Life Will Change   作:白鷺 葵

26 / 57
【諸注意】
・各シリーズの圧倒的なネタバレ注意。最低でも5のネタバレを把握していないと意味不明になる。次鋒で2罪罰と初代。
・ペルソナオールスターズ。メインは5、設定上の贔屓は初代&2罪罰、書き手の好みはP3P。年代考察はふわっふわのざっくばらん。
・ざっくばらんなダイジェスト形式。
・オリキャラも登場する。設定上、メアリー・スーを連想させるような立ち位置にあるため注意。
 @空本(そらもと) (いたる)⇒ピアスの双子の兄で明智の保護者その1。武器はライフル、物理攻撃は銃身での殴打。詳しくは中で。
 @獅童(しどう) 智明(ともあき)⇒獅童の息子であり明智の異母兄弟だが、何かおかしい。獅童の懐刀的存在で『廃人化』専門のヒットマンと推測される。詳しくは中で。
・歴代キャラクターの救済および魔改造あり。
・一部のキャラクターの扱いが可哀想なことになっている。特に、『普遍的無意識の権化』一同や『悪神』の扱いがどん底なので注意されたし。
・アンチやヘイトの趣旨はないものの、人によってはそれを彷彿とさせる表現になる可能性あり。他にも、胸糞悪い表現があるので注意してほしい。
・ハーメルンに掲載している『運命を切り開くだけの簡単なお仕事』および『ペルソナ3異聞録-.future-』、Pixivの『2周目明智吾郎の災難』および『【一発ネタ】有栖川黎の幼馴染』の設定を下地にし、別方向へ発展させた作品である。
・ジョーカーのみ先天性TS。
 ジョーカー(TS):有栖川(ありすがわ) (れい)⇒御影町にある旧家の跡取り娘。旧家制度は形骸化しているが、地元の名士として有名。身長163cm。
・歴代主人公の名前と設定は以下の通り。達哉以外全員が親戚関係。
 ピアス:空本(そらもと) (わたる)⇒明智の保護者2で、南条コンツェルンにあるペルソナ研究部門の主任。
 罪:周防 達哉⇒珠閒瑠所の刑事。克哉とコンビを組んで活動中。ペルソナ、悪魔、シャドウ関連の事件の調査と処理を行う。舞耶の夫。
 罰:周防 舞耶⇒10代後半~20代後半の若者向け雑誌社に勤める雑誌記者。本業の傍ら、ペルソナ、悪魔、シャドウ関連の事件を追うことも。旧姓:天野舞耶。
 ハム子:荒垣(あらがき) (みこと)⇒月光館学園高校の理事長であり、シャドウワーカーの非常任職員。旧姓:香月(こうづき)(みこと)で、旦那は同校の寮母。
 番長:出雲(いずも) 真実(まさざね)⇒現役大学生で特別調査隊リーダー。恋人は八十稲羽のお天気お姉さんで、ポエムが痛々しいと評判。
・敵陣営に登場人物追加。
 @神取鷹久⇒女神異聞録ペルソナ、ペルソナ2罰に登場した敵ペルソナ使い。御影町で発生した“セベク・スキャンダル”で航たちに敗北して死亡後、珠閒瑠市で生き返り、須藤竜蔵の部下として舞耶たちと敵対するが敗北。崩壊する海底洞窟に残り、死亡した。ニャラルトホテプの『駒』として魅入られているため眼球がない。この作品では獅童正義および獅童智明陣営として参戦。但し、どちらかというと明智たちの利になるように動いているようで……?
・「2罰ボスの外見を見た人間の反応」に関するねつ造設定がある。
・普遍的無意識とP5ラスボスの間にねつ造設定がある。
・『改心』と『廃人化』に関するねつ造設定がある。
・春の婚約者に関するねつ造設定と魔改造がある。因みに、拙作の彼はいい人で、春と両想い。
・R-15。


“祭りの後こそ佳境である”の法則

 秀尽学園高校の文化祭は人で賑わっていた。秀尽生の中に紛れるようにして、他校生や一般見学者がちょこちょこと校内を練り歩いている。赤いパーカーに帽子を被り、ダメージジーンズを履いて、髪を結い、野暮ったい黒淵眼鏡をかけた俺のことを明智吾郎と認識している生徒は果たして何人いるだろうか。

 ついでに、学校側には『25日は探偵の仕事が忙しいから、26日は講演会のオファーを受けたから』と言って休みを取っている。担任や他の教師たちは俺の言葉をそのまま信用したみたいで、『頑張ってね』という激励の言葉を頂いた。2学期が始まった9月時点では晴れ物扱いしていたくせに、掌返しが早い連中だ。

 俺は待ち合わせ相手――怪盗団のメンバーを探して周囲を見回す。程なくして、仲間たちの姿は見つかった。引きこもりの双葉以外、全員が学生服着用である。秀尽学園の生徒は分かるが、祐介まで制服姿なのは洸星高校美術科クラスがテスト――要するに課題提出用の作品作成――期間のためらしい。

 

 仲間たちは俺の格好を見てもすぐに明智吾郎だと認識したらしい。待ってましたと言わんばかりに手を振る。特に黎は嬉しそうだった。

 

 どうやら俺が一番最後の到着のようだ。その理由は俺と黎だけが知っている。おそらく()()()()()()()()()()()()()()()()()のはモルガナだ。鞄の中に潜んだ猫が死んだ魚のような濁った目をして、あらぬ方向を向いていたことが証拠である。

 俺が始発電車でとんぼ返りし、保護者達に無断外泊の説明をして頭を下げていた間に、黎はモルガナにどう説明したのかは分からない。ただ、モルガナが濁った眼をしているあたり、彼にとっては凄まじい精神的ダメージを負ってしまうような内容だったのだろう。

 

 

「よし、これで全員揃ったわね」

 

「それじゃ、みんなで見て回ろうか」

 

 

 真が俺たちの顔を確認した後、黎が音頭を取った。仲間たちは頷き、秀尽学園高校文化祭模擬店を練り歩く。

 

 俺は自然と黎の隣に並んだ。黎もそれを受け入れる。隣に並んで歩くのは、普段通りと何も変わらない。それでも、互いの距離が以前よりも近くなったと感じたのは、昨日のことが理由だろうか。

 脳裏に浮かんだのは幸せな夜。身も心も重ね合って、貪るように互いを求めあって、その温もりに浸りながら眠ったときのことだ。つい数時間前の俺たちである。込み上げてくる衝動のままに、俺は黎へ手を伸ばした。

 祈るような気持ちで小指を絡める。黎の指がピクリと震えたが、慈しむようにして指を絡め返してきた。そのまま僕らは手を繋ぐ。俗にいう恋人繋ぎだ。黎は嬉しそうに微笑んだが、ふと思い至ることがあったらしい。小首をかしげて問いかけてきた。

 

 

「吾郎、有名人でしょう? 大丈夫?」

 

「平気だろ。こういう格好して地で喋ってりゃ、俺と探偵王子の弟子が結びつくはずがない」

 

 

 探偵王子の弟子という仮面を被っているときは絶対にしないような――少々、悪さを含んだ不敵な笑みを浮かべてみせる。

 こういう顔ができるようになったのも、“明智吾郎”が俺の中に戻ってきたためだろう。黎は目を丸くしたけど、すぐに艶やかな笑みを浮かべて見せた。

 

 なんだか悪巧みをしているような気分だ。密やかに笑いながら、絡める指にひっそりと力を籠める。あるべきものがあるべき形に治まったような安堵感と、ずっとこうやって歩いてゆけるのだという幸福感に満たされていた。

 

 “ジョーカー”と“明智吾郎”も、俺たちとは少し違う形で隣に並んでいる。前者は嬉しそうに目を細めた。後者は眉間に皺を寄せた上に唇を尖らせ、不平不満をぶちぶち呟いていたが、言葉に反して顔は真っ赤であった。

 凄いな、と思う。あんな面倒くさい“明智吾郎”を、何のかけ値なしに全身全霊で求める“ジョーカー”が。そんな“ジョーカー”の想いを宿していた有栖川黎の行動原理もだ。健気で真っ直ぐで、真摯な感情――慈しみを込めた深い愛情。

 ただ1人に対し、ここまでの感情を注ぐことができる一途さに胸が痛んだ。“ジョーカー”は裏切られてばかりで、置いて逝かれてばかりで、辛かったはずだろうに。俺が黎と同じような立場だったら絶対に諦めていただろうから、尚更だ。

 

 

(……これ以上、ジョーカーを――黎を裏切りたくない。悲しませたくない)

 

―― …………そう、だな ――

 

 

 俺の想いに反応したのか、“明智吾郎”がぽつりと呟く。蚊が鳴くようなか細い声だったけれど、双瞼には強い決意が宿る。俺も頷き返した。

 

 

「私、友達と一緒に文化祭を見て回るの初めて」

 

「そうなんだね。私も、こんなに大人数で文化祭を見て回るのは初めてなんだ」

 

 

 春と黎が楽しそうに談笑している。前者はオクムラフーズ経営者の娘、後者は御影町旧家の娘というお嬢様が揃い踏みだ。なんだかここだけ空気がふわふわしているように感じたのは気のせいではない。

 後者はお嬢様ではあるものの、家の方針で一般市民とほぼ同等の価値観を有している。たまに旧家のお嬢様らしき物差しを持ちだしてくることはあるが、それは必用に駆られたとき以外に振るうことはなかった。

 

 

「『友達と回るのは初めて』ってことは、カレシ――もとい、吾郎と回ったことはあるんだな!?」

 

「うん」

 

「うおおお、やっぱり! 黎のことだから、絶対そうだと思ったんだー!」

 

「12年前の聖エルミン学園高校の文化祭から、文化祭を見て回るのはいつも吾郎と一緒だったなぁ」

 

 

 双葉の問いかけから当時のことを思い出しているのか、黎はしみじみと頷いた。

 

 「じゅ、じゅうにねん……おさななじみ、じゅんあい……ほええええ……」――双葉が戦きながら口元を抑えた。顔を赤くしたり真っ白にしたりと忙しいようだ。

 「交際期間、長ッ!」「しかも一途!」――竜司と杏が驚きの声を上げる。確かに実質的な交際期間は12年だが、恋人や許嫁を意識し始めたのは俺が中学生になった直後からだ。

 「まあ素敵! よければ、馴れ初めを聞かせていただけるかしら?」――春がパアアと目を輝かせて食いついてきた。成程、春はこういう話に興味があるらしい。

 

 真は解脱した菩薩みたいな顔をして天を仰ぐ。「お姉ちゃんが言ってたなあ。『結婚するなら包容力がある人を』って……」――そんなことを言いながら黎を見つめた。

 祐介は「何かが降りてきそうだ!」と叫んでクロッキー帳にひたすらペンで描きなぐる。何を描いたのかは分からないが、かなり情熱を注いでいることは確かだろう。

 

 

「あったあった! 8名様ご案内ー!」

 

「って、お前のクラスかよ!?」

 

 

 何か所かの模擬店を回った末に、俺たちは2年D組の模擬店に案内された。先導したのは杏で、コンセプトは“メイド服でたこ焼きを売るカフェ”とのことらしい。

 店内はお誂えと言わんばかりに閑古鳥が鳴いていた。ひそひそ話をするのには打ってつけだろう。メイド服を身に纏った生徒に案内され、僕たちは席に着いた。

 

 僕は先日の1件――冴さんのパレスに潜入調査を行ったことを報告した。冴さんのパレスは『新島冴』・『裁判所』・『カジノ』というワードで入ることができること、内部は様々な遊戯施設があること、カジノ内部には複数のフロアに分かれていること、認知存在たちは賭け事および勝利に拘っていること。

 次に、検察庁で冴さんと話をしたときに耳にした情報も報告する。奥村社長の護送を成功させた立役者である周防刑事、達哉さん、真田さんを“怪盗団検挙の鍵となる人物”とみなして引き入れようとしていること、彼らから南条の特別研究部門や桐条のシャドウワーカーが巻き添えを喰らいそうになっていること。

 最近には怪盗団を全国指名手配し、確保に協力すると最大3000万円の報奨金が出る話もあった。ついでに、智明や特捜部長曰く、『今までとこれからの『廃人化』事件をすべておっ被せるための下準備も進んでいる』という。怪盗団への包囲網は着々と迫ってきているようだ。

 

 因みに、冴さんの精神暴走度合いはヤバいことになっていた。『犯人の因果関係さえ立証できれば、証拠はどうとでもできる』と平気で言い切るようになってしまう程には、もうまともではない。現時点ではまだ言葉にはしていないが、恐らく偽の自白をでっちあげる危険性もある。それを聞いた真が不安そうに俯いてしまった。

 

 

「お姉ちゃんがまだまともだったときから、検察の仕事で沢山嫌なことがあったみたいなの。上司や同僚からは『女だから』って馬鹿にされて、やりたいこともできないって嘆いてた。だから、どうにかして手柄を立てて出世しようとしていたの。『自分の正義を振るうためにも、出世しなくちゃ。頑張らなきゃ』って……」

 

「マコちゃん……」

 

「そんなお姉ちゃんの心を弄ぶなんて、絶対、犯人を許さない。獅童の『駒』には、私の怒りを思い知らせてやらないといけないわね……!」

 

 

 春の心配は杞憂だった。右手を左手の掌に叩き付けながら、真は殺気に満ちた笑みを浮かべる。

 竜司が「世紀末覇者先輩ちーす」と超小声で呟けば、間髪入れず、竜司の頭に真の手刀が入った。

 ぺちんという軽い音からして威力はないが、威嚇には充分すぎたらしい。竜司は怯えるように背を丸めた。

 

 智明の顔面はきちんと原形を留めていられるだろうか。元々あいつの顔は()()()()()()から分からないけれど、クイーンにぶん殴られたら顔面崩壊の恐れがある。

 敵の心配をしてしまったのは、俺とヤツが獅童の息子――腹違いの兄弟であることが原因だろう。同じ血筋を持つ人間を放っておけなくなる悪癖に、俺は苦笑した。

 

 

「後は、獅童の密偵の件だな。奴らが仕掛けるのと同じタイミングで、幕引きを図ろうかと思ってる」

 

「特捜が動くタイミングは掴めたのか?」

 

「一斉捜査を行うのが11月20日。それに合わせて、冴さんのパレス攻略と、獅童の計略をやり過ごすために作戦を立てないと」

 

「成程。次はワガハイたちが仕掛ける番ということか」

 

 

 つい先程まで死んだ目をしていたモルガナが、アイスブルーの瞳をぎらつかせる。怪盗団のマスコットとして、彼は爪を研ぎ澄ましている様子だった。

 「シドーや『廃人化』専門の暗殺者(ヒットマン)に、目に物見せてやろうぜ!」とモルガナは息巻く。仲間たちも不敵に笑って頷いた。

 話し合いの結果、「予告状を出すのは11月18日に固定。それまでに冴さんのパレスを攻略し、『オタカラ』までのルートを確保する」ことが決まった。

 

 

「それと……」

 

「それと?」

 

「話すと長くなるんだけど、新しいペルソナが覚醒した」

 

 

 首を傾げた杏の問いに答えた俺は、新しい力――ロキを発現させるに至った経緯を仲間たちに説明する。

 

 “奴”は早い段階から俺の中にいて、様々な局面で指針を示し、最良の結末を手繰り寄せてきてくれた協力者であること。

 “奴”の正体は『どこかにあり得たであろう“明智吾郎”の可能性』で、獅童の『駒』であり『廃人化』専門のペルソナ使いであったこと。

 “奴”は獅童正義に復讐するために、一色さん、秀尽学園高校の校長、奥村邦夫を始めとした多くの人々を暗殺してきたこと。

 “奴”は獅童への復讐の布石として、『“ジョーカー”に『廃人化』の罪を被せて殺す』ために怪盗団に近づいてきたこと。

 

 “奴”の本音は、『形はどうあれど、名実ともに“ジョーカー”の相棒(パートナー)になりたかった』こと。

 “奴”は『もう少し早く出会えていたら、怪盗団の仲間として、“ジョーカー”たちと一緒にいられたのではないか』と思っていたこと。

 “奴”の想いがあったから、俺は今、有栖川黎の伴侶(パートナー)として、怪盗団の仲間として()()にいることができること。

 

 俺の中にいた“明智吾郎”は、『諦めたけど諦めきれなかった“明智吾郎”の絶望であり、願いであり、未練であり、祈りそのもの』が顕現した姿。だが、“奴”は自分が犯した罪の重さを十二分に理解し、承知していた。だからこそ、“奴”は“奴”の理想形である『俺の心の海』へ還ろうとしなかったのだ。

 自身の罪の重さに苛まれた“明智吾郎”の暴走によって危うく意識を塗り潰されかけたが、“彼”は俺の心の海へと還って来た。結果、“彼”は新たなペルソナ――神々のトリックスターと謳われる1柱・ロキとして顕現したのだ。“彼”はそのまま、俺の中で力を貸してくれている。

 

 

「どこかの世界にあるどこかの可能性で、俺は怪盗団の敵として立ちはだかった。獅童の『駒』として、沢山の人を殺したんだ」

 

 

 そこで一旦言葉を切る。俺は戦々恐々としながら、仲間たちの顔色を窺った。

 

 いくら別の世界の出来事であれど、これは“明智吾郎”と俺の背負うべき罪そのものだ。「人殺しは決して行わない」という流儀を掲げる怪盗団からしてみれば、蛇蝎の如く嫌われてもおかしくない。今まで積み上げてきた日々があったとしても擁護不能だった。

 唯一例外は、昨日すべてを察した黎だけだろう。万が一にも不和の原因――俺を庇ったせいで、黎が不利益を被るようなことになるのだけは絶対に嫌だ。傷ついて当然な顔している俺自身が馬鹿みたいで、ひっそりと自嘲する。

 

 幾何の沈黙ののち、おずおずと口を開いたのは竜司だった。

 「難しいことは分からねーけど……」と唸って、付け加える。

 

 

「でもよ、それってお前のことじゃなくねぇ?」

 

「竜司……?」

 

「だってお前、誰も殺してねーじゃん。むしろ俺たちと一緒に色んな奴らを『改心』させて、助けてきたじゃねーか。ウチの校長だって、春の親父さんだって、お前が助けたんだぜ?」

 

「そうだな、リュージの言うとおりだ」

 

 

 竜司の言葉に同意したのはモルガナだった。

 

 

「ゴローは『改心』専門のペルソナ使いとして、ワガハイたちと共に戦ってきた。惚れた相手であるレイを守ろうと必死だった。オマエはワガハイたちの仲間だ。……それでも不安だってんなら、何度だって言ってやる。オマエは立派な、怪盗団の一員だぞ!」

 

「モルガナ……」

 

「確かにそうだよ。どこかの“明智吾郎”が罪を犯してたとしても、そのせいで、アタシたちの世界の吾郎が“謂れなき罪”とやらの裁きを受けるのはおかしいと思う」

 

「杏……」

 

 

 モルガナの言葉を引き継ぐようにして、杏が語った。空色の瞳はどこまでも真剣であり、揺らがない意思が伝わって来る。

 怪盗団の初期メンバーたちは微笑み、頷き返した。憤りを感じる話は幾らでもあっただろうに、彼らは笑って俺たちを受け入れてくれた。

 特にモルガナは「ゴローはワガハイを仲間だと言っただろう? それと同じだ!」と誇らしげに胸を張る。

 

 

「どこかの世界にいた“明智吾郎”の罪は許されることではない。取り返しがつかないことが多すぎる」

 

「祐介……」

 

「――だが、それを悔いて、“奴”が吾郎に指針を示してきたことも確かな事実だ。俺は、お前の中にいる“お前”と共に、今まで歩んできた道を信じているぞ」

 

 

 険しい顔で俺たちの罪を糾弾した祐介だが、彼は表情を柔らかくすると静かに頷く。物事の真贋を見抜く瞳は、俺と“明智吾郎”を『怪盗団の仲間である』と鑑定したようだ。

 

 

「平行世界にいる同一存在の罪を推し測って罰条の裁定をし、それを全く関係ない同一存在へ与えるなんて真似、人間にはできないわよ。そんなことをできるのは、自分の物差しに対して大層自信をお持ちな『神』くらいだわ。それを、私たちの次元では超弩級の傲慢(よけいなおせわ)と言うのよ」

 

「真……」

 

「至さんの言葉通り、世の中には頭が爆発する系の理不尽があるのね。できれば経験しないまま生きて行けたら幸せだったんだろうけど、仕方ないかぁ。そういうのを野放しにしておくわけにはいかないもの」

 

 

 口調は呆れているけれど、真の表情はどこか晴れやかだった。

 椅子の上で体育座りしていた双葉もうんうんと頷き返す。

 

 

「わたし、どこかの世界でお母さんを殺した“明智吾郎”は許せない。絶対許すことなんてできない。だけど、だからといって、それを吾郎に償えなんて言えるはずない。償いのために死ねだなんて絶対言いたくない!」

 

「双葉……」

 

「吾郎が怪盗団のためにって、必死に頑張ってたこと知ってるから。黎にとって吾郎が一番大事な人だって分かってるから。――わ、わたしにとっても、吾郎は大事な仲間だ! だから、トチ狂った挙句に玉砕覚悟の自爆特攻とか、絶対にやめろよ!? 時代遅れも甚だしいし、何より、これ以上、わたしの大事な人にいなくなってほしくないぞ!!」

 

 

 大切な人を失う痛みを、双葉は誰よりも知っている。だからこそ、これ以上自分の目の前で“大事な人”の命が零れ落ちてほしくないと願うのだ。

 誰に何を吹き込まれたのかは知らないが、双葉の中の明智吾郎像は『追いつめられると暴走した挙句、概算度外視の自爆特攻に走る男』らしい。不名誉である。

 反論をしてやりたいのだが、もし金城パレス攻略時に仲間たちへ本音を話せなかったら『そうなっていた』可能性が無きにしも非ずだから、ぐうの音も出なかった。

 

 そんな彼女に続くようにして、春が微笑む。名は体を表すが如く、温かな笑顔だった。

 

 

「大丈夫よ、吾郎くん。吾郎くんがお父様を助けるために、色々手を回してくれたことを知ってるもの」

 

「春……」

 

「貴方のおかげでお父様は助かった。……それは、私にとっての事実であり真実だよ。どうか、忘れないでね」

 

 

 怪盗団の後期メンバーたちも、真摯な眼差しで俺を見返した。本来なら俺は糾弾されてもおかしくない。特に、双葉や春は俺を糾弾する資格があるし、そうして当然の立場だ。どこかの世界にいた彼女たちの分まで暴れてもいいのである。

 それでも、双葉も春も俺を罰しなかった。祐介だって、真だって、“明智吾郎”の贖罪を俺へ求めることもない。責められる覚悟をしていたためか、なんだか拍子抜けしてしまう。身構えていた身体から力が抜けた。――ここは、とても温かい。

 

 

「吾郎」

 

 

 優しい声がした。隣に視線を向ければ、黎が静かに微笑んでいる。俺と“明智吾郎”の罪を赦すように、それでも一緒にいると主張するように、隣に寄り添って手を重ねてくれた。

 俺も黎へ微笑み返し、彼女の手に指を絡める。当たり前のように握り返してくれたことが何よりも嬉しい。一緒に生きていこうと示してくれる黎のことが愛おしくて堪らなかった。

 「大丈夫。大丈夫だよ」――根拠は何もないのに、黎がそう言って笑うなら、本当に何とかなってしまいそうな気がした。俺が望む明日を手に入れることができると信じられる。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――!!

 

 その幸福を噛みしめる。

 その奇跡を噛みしめる。

 

 俺は仲間たちの方へ向き直った。みんな、力強く笑って頷き返してくれる。――それがどれ程心強いことか、嬉しいことか、きっと怪盗団の面々は知らないのだろう。知ってほしい気もするが、なんだか気恥ずかしいからやっぱりナシにしよう。

 「ありがとう」と素直に告げれば、当たり前のように「どういたしまして」と返って来る。ささやかなやり取りに感動と照れくささを感じた俺は、話題を逸らすようにして模擬店のメニューを引っ張り出した。2-Dの模擬店はタコ焼き屋である。

 

 ――だが。

 

 

「普通のタコ焼きください」

 

「申し訳ありませーん。普通のはさっきので終わっちゃったんですよ~」

 

「じゃあ、明太チーズを」

 

「ごめんなさーい。明太子が切れてしまって~」

 

「ならば、イカ入りを」

 

「イカは今調達中なんですー。仕入れには5、6時間かかるかと……」

 

「完全に詐欺じゃねーか! 普通の店だったら、公共広告機構に訴えられても文句言えないレベルだぞ!」

 

「いやー、メイド服の調達で予算の大半を使い果たしちゃって。その煽りで具材が減って、こんなことに……」

 

 

 店側のあんまりな対応に、ついに竜司がキレた。どうしてこんな有様になったのかを説明したのは杏である。力を入れる部分を間違えてしまったが故の喜劇だった。

 

 

「竜司。貴方、公共広告機構なんてよく知ってたわね」

 

「ん? あー……玲司さんが『それ関係のトラブルに巻き添え喰らったことがある』って言ってたの聞いたことがあって」

 

「明日は槍が降るな……」

 

「バカにすんな!」

 

 

 真が目を丸くし、モルガナが茶化す。それを聞いた竜司が怒り狂った。彼らの様子を見た“明智吾郎”が目を丸くする。()()()()()()()()()穿()()()()()()()()()()――“彼”の世界にいた竜司は一体どんな奴だったのか気になったが、“彼”はきっと話してくれないだろう。そんな予感がした。

 

 竜司が中心の漫才を見守っていた“明智吾郎”は何かを思い至ったのか、表情を険しくする。

 その理由は、彼の口からではなく、春と店員の対応によって明らかになった。

 

 

「それじゃあ、今あるものをください」

 

「わかりましたー! オーダー、ロシアンたこ焼き9個ー!」

 

―― そういう経緯かよォ!! ――

 

 

 “明智吾郎”は悪態をつき、盛大に床を叩いた。床を叩く動作が机を叩く冴さんの動作と非常によく似ていたように感じたのは、俺の気のせいだろうか。

 悲鳴を上げて頭を抱える“彼”の様子からして、ロシアンたこ焼きで酷い目に合わされたことは容易に想像がついた。大方、大当たりでも引いたのだろう。

 程なくしてメイドがたこ焼きを持って来た。9個あるたこ焼きの中で、他のと比べて赤みを帯びたものが1つある。それを見た“明智吾郎”はぶんぶんと首を振った。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()――成程。俺の予想は大当たりだったわけだ。必死に訴える“明智吾郎”の様子に苦笑しつつ、俺は他の面々の出方を待つ。仲間たちは「誰がどの順番でたこ焼きを食べるか」の相談を始めた。

 

 真っ先に名乗りを挙げたのは黎だった。視線を感じた方向に目を向けると、“ジョーカー”がいい笑顔を浮かべる。覚悟を決めたような眼差し。度胸MAXライオンハートが何をしでかそうとしていたのか明らかになったのは、その刹那だった。

 彼女の手は、迷うことなく1つのたこ焼きへと伸びた。――他のと比べて赤みを帯びたたこ焼きに。それを見た俺は黎の手を取り、彼女の代わりに赤いたこ焼きを取ろうとする。だが、黎も同じようにして俺の手を取って妨害した。

 

 

「黎、放して」

 

「嫌だ。吾郎こそ放して」

 

 

 傍から見れば社交ダンスのポーズに見えることだろう。もしくは、タルタロスの番人シャドウ・クラリスダンサーのポーズか。

 

 それでも俺たちは真面目だった。「危険物を食べさせてなるものか」と、互いが互いを守ろうとしていた。お前も手伝えと“明智吾郎”に視線を向ければ、“彼”も“ジョーカー”と奇妙なダンス――もとい、取っ組み合いを繰り広げているところだった。あちらも同じ理由でやり合っているらしい。ぐるぐるとターンを繰り返している。

 仲間たちも、俺たちの動きからどれが当たりなのかを察したのだろう。赤みを帯びたたこ焼きを凝視した彼らは、この事態の収拾を図ろうと生贄投票を始めた様子だった。だが、誰だってヤバいものは食べたくないし、無理矢理押し付けるのも気が引ける。どうするか考えあぐねてしまうのは当たり前のことだ。

 

 

「みんな、ここにいたんだな!」

 

 

 収拾がつかなくなりかかっていた俺たちの前に現れたのは、俺の保護者の片割れ・空本至さんだった。至さんは表面上、秀尽高校文化祭を楽しみに来たと言い張るのだろう。だが、多分それだけじゃなさそうだ。

 文化祭を楽しむという名目で、あの人は子どもたち――『神』へ挑む“反逆の徒”の様子を身に来たのだろう。前例を鑑みるに、文化祭の直前直後を境にして、ペルソナ使いたちの戦いは激化を迎える傾向があるためだ。

 

 俺たちは暫し至さんと雑談していたが、彼はふとたこ焼きに目を留める。「おいしそうだなー」と朗らかに笑った至さんは、メイドに同じもの――ロシアンたこ焼き10個セット入りを注文した。程なくして、メイドはたこ焼き10個を持ってくる。

 

 至さんは俺たちが注文した方から1つ、自分が注文したものから1つ取り、「1セット分奢るから、あとはみんなで食べなさい」と笑った。

 俺たちが制止する間もなく、彼は2つのたこ焼きを一気に頬張った。――双方共に、赤みを帯びたたこ焼きを。

 それを見た“明智吾郎”があんぐりと口を開ける。刹那、至さんの身体がびくりと震えた。間髪入れず大量の汗が流れ始める。

 

 

「……至さん?」

 

「…………」

 

 

 笑顔を崩さぬまま固まっていた至さんは、俺に呼ばれると、口元を抑えて首を振った。開いている手で掌を向けて2回示し、次は(片手のままだが)手を合わせてお辞儀するような動作を数回――このセットを合計3回繰り返した後で、彼は脱兎のごとく教室を飛び出した。

 

 「無理無理無理無理。ちょっと待って、本当にちょっと待って。本当にゴメン、本当の本当にゴメン」――彼の動作から伝えたかったことを通訳するとそうなる。

 至さんが俺たちの前で無様を晒さなかったのは、ひとえに意地があったためであろう。程なくして、階下のトイレから野太い悲鳴が聞こえてきたような気がした。

 

 

◇◇◇

 

 

三島:吾郎先輩! 12年の交際を経て恋人から婚約者にグレードアップ、おめでとうございます! 引き出物はどんなものがいいですか!?

 

吾郎:待て待て待て。

 

 

 文化祭2日目も無事に終了し、僕は一足先に秀尽学園高校を後にした。ルブランのカウンター席に腰かけ、佐倉さんのコーヒーを啜りながら、黎が帰って来るのを待っていたのだ。丁度そのときに三島が送ってきたチャットがこれである。

 どうしてこんな文面が送られてきたのかというと、学園祭の後夜祭に関係があった。秀尽学園高校が毎年恒例で行う“秀尽生の主張”で竜司が指名され、壇上に引っ立てられておろおろしているところに黎が割り込んだそうだ。

 『竜司の代わりに爆弾発言する』と言って壇上へ躍り出た黎は、全秀尽生と教師の前で『12年間交際していた恋人がいる。つい最近、彼とは正式に婚約を結び、婚約者同士となった』ことを笑顔で宣言したのだという。

 

 前科持ち――冤罪のレッテルがあるとはいえ、慈母神にして魔性の女である黎を狙っていた相手はそれなりにいたようだ。男性陣が嘆きを叫び、女性陣がざわめいたという。

 野次の中には『前科持ちのくせに生意気。身の程を弁えろ』等の誹謗中傷があったが、そう叫んだ生徒に対して、三島や川上先生、怪盗団の面々らが反撃したそうだ。

 

 

三島:黎への誹謗中傷に対して怒ってくれた人の中には、緒賀汐璃さんもいたんだ。『アンタは3股かけてるじゃない! アンタの方こそ身の程を弁えなさいよ!!』って叫んで、同学年のギャル系女子に掴みかかってたよ。

 

 

 こんな形で緒賀汐璃――僕の元・ストーカーで、黎に危害を加えてきた少女――の後日談を聞くことになるとは思わなかった。中々にアグレッシブだ。

 

 

『竜司に対して怪盗団絡みの質問が投げかけられてね。彼が答えに窮していたから、話題を逸らすために思いついたんだ。おかげで竜司はターゲットから解放されたし、怪盗団の話題も有耶無耶になったから結果オーライだよ』

 

 

 三島とのチャットを終えた――佐倉さんが仕込みを終えたタイミングで黎が帰って来た。店主が帰った後、屋根裏部屋で問い正したところ、彼女は満足げに笑いながら理由を話してくれた。大胆な行動力には舌を巻いたが、一歩間違えれば黎が吊し上げられる事態に陥ったかもしれない。肝が潰れてしまいそうだ。

 僕の中にいる“明智吾郎”が咎めるような眼差しで“ジョーカー”を睨んだが、“ジョーカー”は不敵な笑みを更に深くするだけだ。……“ジョーカー”と同じように、黎も、必要に駆られれば、躊躇うことなく自分の身を差し出してしまうのだろう。その危うさが、酷く怖い。

 

 

『黎は、怖くないの? ……そんな風に、躊躇いなく自分を差し出すような真似をするなんて』

 

『……怖いよ。とても怖い』

 

 

 黎は俯き加減にそう答えた。彼女の言葉通り、その手は小刻みに震えている。

 

 

『でも、大切な人たちが辛い目に合う方がもっと怖いよ』

 

 

 顔を上げた黎は、真っ直ぐに俺のことを見つめてきた。普段は不敵で鋭い眼差しが、今は不安に揺れていた。誰かを想うその優しさが、今は彼女にとっての毒になりそうだ。

 いつか、その優しさが――あるいは彼女の正義が、彼女に理不尽な選択を選ばせる結果になってしまいそうだ。決断の果てに、黎が命を失うようなことになったら――。

 喪失への怯えに駆られるようにして、僕はそのまま黎を抱きすくめていた。黎は小さく体を震わせた後、僕の背中に手を回す。――そのまま僕は、噛みつくようなキスをした。

 

 気づいてほしかった。黎がそんな無茶をする姿を見て、心を痛める存在がいることを、彼女に知ってほしかった。……黎のことだから、全部わかってても突き進むのだろうが。

 

 駄々をこねる子どもみたいに見苦しい姿を曝したし、彼女に沢山無理もさせた。一方的な思いをぶつけるようにして、彼女の細い体を何度穿ったことだろう。今思えば、あれは完全に強姦の類だ。挙句の果てには泣かせてしまったのだから最悪である。

 自己嫌悪と罪悪感に怯える僕を見ても、黎は全部許すように笑ってくれた。いくら慈母神と謳われる彼女でも、怒り狂っていいはずなのに。困惑しながら途方に暮れていた僕を見つめていた黎は、僕をあやすようにして抱きしめながら、ぽつりと言葉を零した。

 

 

『いかないで、吾郎』

 

『……黎』

 

『そばにいて。……二度と、離さないで……!』

 

 

 黎の呟きに気づいたとき、僕も同じようにして彼女を抱きしめていた。

 

 有栖川黎を突き動かしてきたのは『“明智吾郎”を望んだ“ジョーカー”』の権化なのだ。僕が黎に置いて逝かれることに怯えていた以上に、“ジョーカー”は“明智吾郎”の喪失を目の当たりにしてきた。一緒にいられない運命に打ちひしがれたことだってあっただろう。

 黎の心は“ジョーカー”の思考回路に引っ張られているのだ。彼女はそれを自分の側面としてきちんと受け入れている。受け入れているから、僕の悲鳴を甘んじて受け止めていた。――そんなことも気づかなかった自分が身勝手で、馬鹿みたいで、情けなくて。

 

 

『――ごめん』

 

 

 そのくせ、黎も同じことを願っていたことが何よりも嬉しいと感じてしまうあたり、僕は本当にダメな奴だと思う。

 当たり前のことだったのに、自分のことばかりで、黎の気持ちを気づいてやれなかった――自分の余裕のなさに苦笑した。

 零れた涙を掬い、唇で吸い取る。あやすように背中を撫でて、許しを乞うように黎の手を取れば、彼女はこちらを見返して頷き返した。

 

 

『愛してるよ、吾郎』

 

『俺も……愛してる、黎』

 

 

 今度は啄むようなキスをした。彼女も静かに目を細めて、僕に応えてくれた。お互いの気持ちを確かめるように触れ合って、お互いを労るように――慈しむように愛し合った。そう在れる今この瞬間を、大切にしていたかった。

 

 この日もルブランに一泊し、佐倉さんが店に出て来るより先に始発電車へ飛び乗って自宅へ帰った。先日と同じように、黎も早起きして僕を見送ってくれた。モルガナは散歩から帰って来た直後だったようで、僕らの姿を見て絶望したような顔をしていた。

 『またあとで』『うん。またあとで』という密やかなやり取りが、なんだか新婚夫婦が『いってきます』『いってらっしゃい』と挨拶を交わしているような気に思えて、嬉しくて舞い上がってしまったのはここだけの話である。

 

 

***

 

 

 さて、それから丸々数時間が経過した後。

 

 ニュースでは大々的に、怪盗団が指名手配されたことと懸賞金3000万円の話題が流れた。懸賞金の額からしても、特捜――および、彼らを動かすよう働きかける獅童正義の本気具合が伺える。

 冴さんは捜査の陣頭指揮を執っているため、いつも以上にピリピリしていた。近づけば彼女の精神暴走度合いに飲み込まれてしまうので、僕は遠巻きから様子を覗き見ただけなのだが。

 

 皮肉なことに、陣頭指揮を執る冴さん自身が、怪盗団検挙において一番の『蚊帳の外』なのだ。

 身近にいる真は怪盗団、実質的な直属部下である僕も怪盗団。特捜部長や一部警察関係者は獅童の手駒。

 冴さんだけが何も知らない。彼女の与り知らぬところで、事態は刻々と動いている。

 

 

『始めまして、新島検事。貴女のお話は、明智くんから聞いています』

 

『怪盗団検挙のため、貴方の『力』を宛にしているわよ? 周防克哉刑事』

 

 

 特捜部によって切り札認定されたペルソナ使いの警察関係者――周防刑事が、冴さんに挨拶する。すったもんだの末に、彼らは特捜部による怪盗団検挙に駆り出されてしまった。

 他にも、南条コンツェルンの特殊研究部門や桐条グループのシャドウワーカーに登録されている面々(一般人すら含む)からも人を引っ張ることにしたという。

 

 以前からその可能性を危惧していたが、やはり逃れることはできなかったか。疲れた顔している大人たちをアイコンタクトを取り合いながら、僕は頭を回す。

 特捜部が切り札として持ちだしてきた対超常現象のプロ――ペルソナ使いたちは、本来“僕たちの味方”ばかりである。それを、相手はまだ気づいていない。

 これをうまく利用できれば、獅童関係者たちの目くらましに使えるのではなかろうか。……神取が特捜の面々にそれを吹聴する危険性も高いため、安心はできなかった。

 

 どさくさに紛れて協力者名簿を確認してみたら、刑事以外に呼び出されていた面々は以下の通り。

 

 シャドウワーカーからはナビ役の風花さん、アイギス、天田さんとコロマルが引っ張り出されていた。特別捜査隊からはオクムラフーズの一件で協力してくれた面々からりせさんが抜け、代わりに直斗さんが加わっていた。聖エルミン学園OBからは城戸さん、上杉さん、綾瀬さんらに声がかかったという。神取と智明の名前はないが、どこかに潜んでいることは明らかだろう。

 

 

『……前者の判断がどうなのか、なんだよなぁ』

 

 

 神取が智明の完全な味方ではないことは知っている。智明は神取を思った通りに動かす立場ではないことも、だ。神取は基本獅童の直属部下を装っているけれど、本来はニャルラトホテプの部下である。ニャルラトホテプに優位になるようなことしかしない。

 僕がそんなことで悩んでいたら、特捜部が騒めいた。テレビで報道されたような『廃人化』事件が発生し、暴徒と化した怪盗団シンパが超常的な力を振るって逃走を続けているという。周防刑事たちはその鎮圧と、彼らの実力の試金石がてら駆り出されてしまったのだ。

 

 そんな怒涛の昼を過ごした僕がルブランに足を踏み入れると、険しい顔をした佐倉さんが僕を迎えてくれた。丁度そのタイミングで、黎が屋根裏部屋から降りてくる。

 

 

『――お前さん、獅童の息子なんだってな』

 

『……向うは俺を認めていませんけどね。奴の血が流れてると考えると、反吐が出ますが』

 

 

 冷や水をかけられたような心地になりながらも、僕は佐倉さんの問いに答えた。彼は双葉の養父だし、黎のことも自分の娘のように思っている。

 こちらを探るような鋭い眼差しから予想するに、“獅童が一連の黒幕であり、黎に冤罪を着せた犯人である”と聞いているに違いない。

 僕の答えを聞いた佐倉さんは、『黎から言われる前から察してたけどな』と言って苦笑した。張りつめた空気が一気に緩み、僕は目を丸くした。

 

 

『何も、言わないんですか?』

 

『つい最近になって“黎のことを娘みたいに思った”俺が、ここに来て以来、徹頭徹尾“黎の伴侶”として奔走していたお前さんに何が言えるってんだよ』

 

 

 『むしろ俺の方が厄介者じゃないか。恋路の邪魔はしないから、蹴らんでくれよ?』と茶化すように笑った佐倉さんは、黎を始めとした怪盗団の面々を匿うと約束してくれた。それはとても心強い。

 

 それから、佐倉さんは自分の過去を語ってくれた。佐倉惣治郎さんが喫茶店のマスターになる前は、官僚として勤めていたという。そこで獅童と出会い、不本意ながらも腐れ縁となったらしい。

 佐倉さんが官僚として勤めていた頃から、獅童は冷徹で残忍な男だったそうだ。人を駒として使い、敵対者や役立たずは容赦なく切り捨てる。佐倉さんはそんな獅童に危機感を抱いていたという。

 

 

『楯突く相手は虫1匹でも潰しきらないと気が済まない――奴はそんな性分の男だった。上昇志向の塊で、弱者は自分の踏み台にしか思っちゃいなかったよ』

 

 

 佐倉さんの剣呑な面持ちから伺えるのは、獅童正義は元々クズ野郎でしかなかったことだった。奴がクズだと分かっていたのに、実父であるというだけで奴に縋りつかずにいられなかった自分の弱さが嫌になる。

 獅童のバックにいる『神』は、獅童が傲慢に塗れた男だと分かったうえで手を貸していた。むしろ()()()()()()()()()()()()()、獅童の背後についたのだろう。もしかしたら、獅童自身が望んで『神』の『駒』となったのかもしれない。

 “元の性格が『神』によってねじ曲がってしまっただけなのではないか”――そんな淡い願いは露と消えた。当たり前のことだと分かっていたはずなのに、落胆してしまうのはどうしてなのだろう。僕はひっそり苦笑した。

 

 

『奴に子どもがいて、引き取ったという噂が流れたときは驚いたモンだ。アイツでも、人を愛し、家族を作るなんて人間らしさがあったのかと』

 

『五口智明……今の獅童智明ですね』

 

『ああ。――だが、獅童はお前の母親を捨てた。……黎からお前さんの身の上話を聞いて、再確認したよ。獅童は昔と何も変わっちゃいねぇってな』

 

 

 『おそらく、お前の兄貴を引き取って手元に置いたのも、パフォーマンスに使えると判断したからだろう』――佐倉さんは厳しい顔で言い切った。

 僕を身籠った母を捨てたのも、母と僕の存在がスキャンダルの元になると判断したためだ。僕や母のことなど、自分が出世する際の足枷程度にしか思っていない。

 逆に、智明を引き取ったのは利用価値があったためなのだろう。五口家という名家の跡取り娘という血筋や、智明が引き継いだ五口家の遺産が狙いだった。

 

 正直な話、今となっては『獅童正義と五口愛歌は愛し合っていたが引き裂かれ――』云々の話も怪しさを増してきている。『廃人化』事件が出てき始めた頃と、智明が獅童に引き取られたのは同時期だったからだ。それに、突如湧いてきた五口家という名家の存在もある。

 

 俺がそんなことを考えていたとき、佐倉さんがポンと手を打った。

 昼間にやって来た上客が、僕宛に伝言を残していたという。

 

 

『そいつ、『白鳥が獲物を狙っているが、夜鷹は興味がない』って言ってたな。お前さんに言えば分かると豪語してたが……』

 

『……その人の特徴は?』

 

『サングラスにスーツを着ていた。チーズケーキとコーヒーを注文したが、奴は甘いもの嫌いなんだろうな。嫌そうな顔してケーキを食べ進めながら、コーヒーを8杯もお代わりしてくれたよ。――そういえば、前にもウチの店に来てたぞ』

 

 

 成程。今回、特捜の件に関しては神取はノータッチでいるらしい。ニャルラトホテプにとっても利益がないためだろう。それなら難易度は下がりそうだ。

 父親の部下も自分の部下だと認識していた智明は、思い通りにならない神取に対してむくれていそうだ。ざまあみろ、と、心の中で嗤ってやった。

 

 それから僕は黎や佐倉さんと談笑した後、帰路へ着いた。

 

 終電の2~3本前の電車を待っているためか、駅をうろつく人々の目は微睡みかけている。電車に乗り込めば、多くの客が夢の中へ旅立つのであろう。僕が乗る予定の電車はまだ30分以上あり、今日に限ってホームもがらがらであった。

 ルブランで軽食を食べてきたものの、どうしてか口寂しく感じた僕は、駅構内のコンビニへと足を進めた。適当な菓子と飲み物を購入し、ホームの待合席に座る。当たり前のことだが、ここにも人の気配が一切ない。

 

 

(珍しいな。ここまで人がいないのって)

 

 

 僕がそんなことを考えながら菓子の袋を開け、それを口に運んだとき。

 

 

「明智くん」

 

「……智明、さん」

 

 

 白いコートに身を包んだ獅童智明が僕の隣に腰かける。奴は不自然なくらいニコニコしていた。機嫌がいいという次元で収まらないことは確かだ。僕は笑顔を張りつけながら、内心苦い顔を浮かべていた。

 

 

「――()()()()()()()

 

 

 奴の言葉に、僕の背筋が凍り付く。弱みを見せてはいけないのに、どうしてか、僕は目を見開いて戦慄くことしかできなかった。

 僕のあからさまな変化を見た智明が、更に笑みを深くする。対して、僕の中にいた“明智吾郎”が憎々し気に歯噛みした。

 

 ――だが、次の言葉で、僕は呆気にとられることになる。

 

 

「明智くんは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 智明の問いかけは、僕に対して「はいそうです」以外の返事を望んでいないように見える。奴の表情は笑っていたが、目だけは全然笑っていなかった。

 それがある種の脅しであることを察し、僕は無難に――奴の思った通りに「はい」と返答した。それを聞いた智明は嬉しそうに微笑む。

 

 

「そうだよね。明智くんが俺たちを裏切るはずないよね」

 

「……当たり前じゃないですか。僕と智明さんはコンビでしょう?」

 

「当然さ。……それなのに、父さんはキミのことを疑っているんだ。キミを信頼できないって言うんだよ! 酷いよね。――俺たちは、()()()()()()()()()()()

 

 

 ()()()()()()()()智明の顔が、ほんの一瞬だけ見えたような気がする。

 絶対零度を纏った緋色の瞳が、僕を値踏みするように視線を向けてきた。

 優しい表情を浮かべているくせに、その眼差しだけがどこまでも冷ややかだ。

 

 

「ねえ、()()

 

 

 奴の声が、僕を侵していく。

 甘い甘い毒となって、僕を飲み込もうとしていく。

 

 

「怪盗団を一網打尽にすれば、きっと、父さんもキミを息子だって認めてくれると思うんだ」

 

「っ」

 

「父さん、喜ぶだろうなあ。吾郎の活躍を聞いたら、息子だって認知してくれるかも!」

 

「……僕を、認知する……?」

 

「そうだよ! そうすれば、俺も吾郎のことを弟だってみんなに自慢できるようになる。一緒に暮らすこともできるようになる。――俺、吾郎が弟だったらよかったのにって、ずっと思ってたんだ!!」

 

 

 僕が嘗ての“明智吾郎”と同じような存在としてここにいたら、智明の甘言にフラフラと吸い寄せられていただろう。

 

 奴らの甘言に乗っても意味がないことは、()()()が一番よく知っていた。僕の中にいる“明智吾郎”が嘲り笑う。そんな甘言に揺らぐ必要など無いのだ。

 だって、()()()には大切な伴侶(パートナー)がいる。怪盗団の仲間たちもいる。尊敬できる大人たちや、愉快な保護者たちだっているのだ。今更、獅童の元へ行こうとは思わない。

 切り捨てられると分かっている。切り捨てるために欲しているのだと気づいている。愛されたいという願望によって曇っていた僕の瞳は、真実をはっきりと見出した。

 

 霧が晴れた先に待ち受けるのは底なしの闇だ。数多の悪意で造り上げられた世界に、標も持たずに飛び込むなんて愚の骨頂である。

 僕の標はちゃんとある。今まで僕が歩いてきた旅路、共に未来を生きようと笑ってくれた大切な人の笑顔、仲間たちが待つ場所。

 

 だから――

 

 

(お前らの思い通りに動くと思ったら、大間違いだ――!!)

 

―― お前らの思い通りに動くと思ったら、大間違いだ――!! ――

 

 

「――僕も、智明さんのこと、兄さんって呼びたかったんです」

 

 

 表で感極まったように笑い、裏で不敵に嗤い返す。

 ここからが、()()()の戦いの始まりだ。

 

 智明は嬉しそうに笑った後、僕に手を差し出してきた。僕はその手を握り返す。

 

 智明は立ち上がり、「それじゃあまたね」と言い残して去っていく。僕も奴の背中を見送った。――刹那、僕の周辺が突如ざわめきに包まれた。

 慌てて周囲を見ると、駅にはいつの間にか人が沢山現れた。駅には既に電車が止まっている。……僕が乗ろうとしていた電車だ。

 僕は慌てて電車に飛び乗った。空いている席に腰かける。ふと見れば、“明智吾郎”が心底愉快そうに笑っていた。僕も笑い返す。

 

 

(負けるつもりなんて、微塵もない)

 

 

 決戦に向けての大一番が、始まった。

 

 

◇◇◇

 

 

 冴さんのパレス――カジノは今日も満員御礼。誰も彼もが賭け狂っている。僕が潜入時に見つけていた侵入口ルート――非常口から照明を伝うようにして突っ切れば、カジノのメインフロアはすぐそこだ。

 

 メインのエレベーターがあるが、クラブのメンバーズカードがなければ入ることができない。勿論、メインフロアでメンバーズカードの話を聞きだそうとしてみたが、みんな賭け狂っているのに忙しいらしく、まともな情報が手に入らなかった。

 考えられる候補は、顧客情報に関するシステムがあるフロア――即ち裏方であるバックヤードが妥当だろう。以前潜入したときは奥深くまで進むことは叶わなかったけれど、仲間たちがいるなら、シャドウの出現地帯を通り越して進むことは不可能ではない。

 意気揚々とバックヤードに忍び込んだ僕たちだが、僕が潜入したとき以上にシャドウがわんさか蠢いている。……パレスの主が警戒を強めているのだろうか? 僕が顎に手を当てて考えていたとき、僕の中にいた“明智吾郎”が声をかけてきた。

 

 

―― 力を使え ――

 

 

 “彼”に促されるまま、僕は自分の仮面に手をかけた。

 身に纏っていた反逆の意思は姿を変える。

 

 

「――顕現せよ、ロキ!」

 

 

 顕現したロキは剣を振るう。嘗ての“明智吾郎”は、この力を『廃人化』や精神暴走を引き起こすために使っていた。

 

 けれど、僕の場合は違う。シャドウの認知を操作するという点は一緒だが、奴らの注意を逸らすことに特化しているようだ。ロキの力を受けたシャドウたちは、僕らが目の前にいるのに無視してどこかへと去ってしまう。先程までひしめいていたシャドウの大半がいなくなってしまった。

 ()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――“明智吾郎”は悪戯っぽい笑みを浮かべた。多分、切羽詰ったときになって初めて教えるのであろう。今はこれ以上語らないのだろうなという予感があった。

 

 

「それが、クロウの新しいペルソナの力か……」

 

「無駄な戦闘を避けるのには重宝しそうだね!」

 

「他にも使い道はありそうだな。色々使ってみてもいいかもしれん」

 

 

 ジョーカーが感心したように僕らを素通りするシャドウたちを見つめる。パンサーが小さく握り拳を作って笑い、フォックスが興味深そうに僕のペルソナを観察していた。

 “明智吾郎”がロキを使っていたときは赤黒い光を纏っていたのだが、今、俺が顕現しているロキは青白い光を纏っている。同じペルソナでも人によって姿が変わるものだ。

 それは能力にも影響を与えるらしい。僕の使うロキの力が“明智吾郎”の使うロキの力と違っていたとしても、なにもおかしいことではない。

 

 パレス攻略を進めながら、時にはロキの力を有効活用するための手立てを考える。今のところ、シャドウの気を引いている隙に背後から襲撃したり、シャドウに気づかれることなくセキュリティキーを拝借したりと、地味だが堅実な使い方ができた。

 

 ロキは戦闘面でも高い能力を持っており、防御を捨てて攻撃力を強化するデスパレード、万能属性物理攻撃であるレーヴァテイン、攻撃反射のカーン系スキル、呪怨属性攻撃や火属性の攻撃を得意としていた。耐性は祝福と呪怨で、弱点属性は無し。これなら、怪盗団たちの足を引っ張ることはないだろう。

 但し、新たな力を手に入れたのは僕だけではない。スカルのキャプテンキッドはセイテンタイセイに、パンサーのカルメンはヘカーテへと覚醒していた。弱点属性は変化していないが、覚醒前より能力は上昇している。いずれ他の面々もペルソナを覚醒させるのであろう。

 

 

「2人のペルソナがああだとすると、私のペルソナであるヨハンナはどうなるのかしら?」

 

「わたしのネクロノミコンは、覚醒したらどうなるんだろーなー!? 楽しみー!」

 

「俺のゴエモンはどうなるんだろうか……」

 

「私のミラディも、いずれは新しい力を得るんでしょうね。どんなペルソナになるのかしら」

 

「ワガハイのゾロも、いずれは覚醒するのだろうな。そうなったら、ワガハイもニンゲンに……!?」

 

 

 ペルソナが覚醒していない仲間たちが、自分のペルソナの進化に思いを馳せる。特にモナはクマの一件――元々は空っぽの着ぐるみを象ったシャドウだったが、ペルソナの覚醒によって人間としての姿を手に入れた――に希望を捨てられないようだ。夢を馳せるように目を輝かせている。

 

 手に入れたセキュリティキーを使って扉を開く。通気口を通って道を探していくうちに、監視フロアらしき場所へと辿り着く。見張りは監視カメラに夢中でこちらに気づかない。

 おまけにこのフロアは、監視カメラだけではなく、顧客データに繋がる端末が置かれていた。ナビが獲物を見つけた肉食動物のように舌なめずりする。

 このフロアの見張りシャドウは一体だけだ。ロキの能力――シャドウの気を逸らす――を使わずとも、充分戦えそうである。僕らは勇んで飛び出し、シャドウに攻撃を仕掛けた。

 

 シャドウを撃破するまでそんなに時間はかからなかった。泥が爆ぜるような音を立ててシャドウが消え去る。すると、床に1枚のカードが落ちていた。

 どうやらこれがメンバーズ・カードのようだ。但し、利用者の名前は一切記載されていない。……もしかして、未登録(ブランク)カードだろうか?

 

 

「こういうの、登録されてないと使えないよね」

 

「ナビ、お願いできる?」

 

「むふふ、そういうのは任せろ!」

 

 

 僕が未登録(ブランク)カードを観察していたら、ジョーカーから頼まれたナビが胸を張って頷いた。

 ハッキング系列はナビの得意分野である。僕は彼女へカードを渡した。

 

 

「そういえば、名義どうする?」

 

 

 ナビは早速端末を使おうとして、ふと止まった。確かにナビの指摘通り、名義をどうするかは大事な問題である。適当に付ければすぐ嘘だとバレるし、本名なんてもってのほかだ。

 最初は『タナカ・タロウ』で登録しようとしたが、流石にバレるだろうと思ったらしい。何かいい名前は無いかと、ナビはジョーカーに視線を向ける。

 ジョーカーは少し考えるような動作をした後、僕に対してちらりと視線を向けた。眼差しの意図が分からず僕は首を傾げる。ジョーカーは悪戯っぽく笑って口を開いた。

 

 

「『アケチ・レイ』で」

 

「!?!?!!?」

 

 

 待ってほしい。色々と待ってほしい。僕は派手に咳き込み、ジョーカーに向き直った。

 

 ジョーカーは相変らずいい笑顔を浮かべていた。彼女には一切恥ずかしがっている様子がないのが悔しい。

 どうしてジョーカーはそんなことを言いだしたのだろう。僕は思わず声を上げた。

 

 

「なんでそんな名前を提案したんだい!?」

 

「だって、クロウはいずれ有栖川姓を名乗るでしょう?」

 

「そりゃあ、有栖川家の血を引く直系の跡取りはジョーカーだけだ。だから僕が婿養子になるのは当然だけど……」

 

「だから思ったんだよ。『もし私が嫁ぐ側だったらどうなるんだろう』って」

 

 

 先程まではライオンハート宜しく不敵な笑みを浮かべていたはずのジョーカーが、頬を薔薇色に染めながらはにかむ。僕の婚約者が可愛い生き物すぎてつらい。

 僕は漠然と『自分が婿入りして有栖川吾郎になる』ものだとばかり考えていたから、『黎が嫁入りして明智黎になる』なんて考えたことはなかった。

 正直に言う。いい響きだ。僕が有栖川姓になるのもいいが、黎が僕と同じ明智姓になるのも浪漫があると思う。実際あり得ないからこそ、尚更。

 

 ……まあ、僕としては、黎と家族になれるのなら、姓など些細な問題でしかないが。

 

 ジョーカーたっての希望で、カードの名義は『アケチ・レイ』となった。どこかにあり得たかもしれない可能性の1つ――僕の元へ嫁いできた花嫁の名前。なんだか心の奥底がざわめいてきた。正直な話、凄く照れ臭い。

 ナビは死んだ魚みたいな目をしながら「まかせろー」と言って端末を操作した。棒読みだった。ナビは名義を登録するついでに、パレス内部の地図をハッキングして入手していた。流石はハッキングのプロである。

 

 メンバーズカードを手に入れたため、ようやくエレベーターを利用することが可能になった。

 ジョーカーが照れ照れとした笑みを浮かべてカードを観察している。微笑ましい光景だ。

 

 

「あ、丁度いい。お誂え向きに出口があるぜー」

 

「よーし、長居は無用だな。急いでずらかるぞ」

 

「これでもう、メインフロアのエレベーターが使えるようになってるんだよね?」

 

「地図を参考にすると、来た道を戻るよりも出口を通った方が近道だわ」

 

 

 スカルが、モナが、パンサーが、クイーンが、どこか元気のない声――むしろ棒読みと例えた方がいいかもしれない――で会話を始める。よく見れば、ノワールとフォックス以外の面々の目が死んでいた。面々は僕たちの行動を待っているらしい。

 仲間たちの言葉にジョーカーが頷き、先導するようにして通気口を進んだ。通気口の出口から壁を伝って、メインフロアへと帰還する。早速エレベーター前へと戻って来た僕たちは、早速メンバーズカードを使ってみた。

 

 このメンバーズカードは、流石のナビでも“内蔵データを改竄することができない”仕組みになっているらしい。カードを入手した時点で、僕たちはようやく“ゲームの参加者”として認められたようだ。

 現在、僕たちが行ける場所は一般フロアとメンバーズフロアのみ。成程。駆け出しの参加者が、何のコネや実績もなくパレスの支配人――冴さんがいるであろうフロアに行く権限は存在しない。

 

 とりあえず僕らはスタンダードフロアへ足を踏み入れた。認知存在から耳にした遊戯フロア――ダイス、スロット等が主軸になっているらしい。

 

 僕らが周囲を見回していると、黒服を引き連れた1人の女性が現れた。黒を基調にした派手なメイクに身を包み、大胆なスリットが入った黒の背中開きドレスと帽子を身に纏った女性――彼女がパレスの支配人である新島冴さんのシャドウ。

 戦闘かと身構える僕たちを鼻で笑った冴さんは、「勝ち続けなさい。貴女たちが上り詰めてきたなら、そのときは相手してあげる」と宣言した。僕らは完全に見下されている。冴さんは僕らを一瞥すると、あっという間に姿を消した。

 

 

「今までのヤツとは勝手が違うな。力じゃなくて策で来るタイプか……」

 

「誰が相手であろうと、私たちのすべきことは変わらないよ」

 

 

 モナがううむと唸る。他の仲間たちも難しい顔をして考え込んでいた。

 そんな中でもジョーカーは不敵に微笑んだ。躊躇うことなく施設内へと足を進める。

 リーダーの背中を追いかけて、僕らも先へ進んだ。

 

 ――さあ、ここからが正念場だ。

 

 僕は手を握り締める。決意を新たに、冴さんのパレス攻略は幕を開けた。

 

 




魔改造明智の文化祭、敵からの圧力、パレス攻略開始回となりました。不穏な気配にギリギリしつつ、所々で魔改造明智と黎がきゃっきゃうふふしてます。他の周りも漏れなく巻き込まれている模様。一番の被害者はモルガナで、春と祐介以外の目が死んでいる件について。
新島パレス攻略開始とともに、頼れる大人たちが敵として戦場に引っ張り出されることが決まったようです。でも、魔改造明智は逆にそれを利用できるのではないかと思い至った様子。原作とは違った理由――最終決戦の前哨戦として『神』と獅童に挑む魔改造明智の明日は何処か。
一線を越えてから割と自重しないバカップルのお花畑具合共々、生温かく見守って頂ければ幸いです。新島パレス編は5~6話構成になりそうですね。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。