・各シリーズの圧倒的なネタバレ注意。最低でも5のネタバレを把握していないと意味不明になる。次鋒で2罪罰と初代。
・ペルソナオールスターズ。メインは5、設定上の贔屓は初代&2罪罰、書き手の好みはP3P。年代考察はふわっふわのざっくばらん。
・ざっくばらんなダイジェスト形式。
・オリキャラも登場する。設定上、メアリー・スーを連想させるような立ち位置にあるため注意。
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・歴代キャラクターの救済および魔改造あり。
・一部のキャラクターの扱いが可哀想なことになっている。特に、『普遍的無意識の権化』一同や『悪神』の扱いがどん底なので注意されたし。
・アンチやヘイトの趣旨はないものの、人によってはそれを彷彿とさせる表現になる可能性あり。他にも、胸糞悪い表現があるので注意してほしい。
・ハーメルンに掲載している『運命を切り開くだけの簡単なお仕事』および『ペルソナ3異聞録-.future-』、Pixivの『2周目明智吾郎の災難』および『【一発ネタ】有栖川黎の幼馴染』の設定を下地にし、別方向へ発展させた作品である。
・ジョーカーのみ先天性TS。
ジョーカー(TS):
・歴代主人公の名前と設定は以下の通り。達哉以外全員が親戚関係。
ピアス:
罪:周防 達哉⇒珠閒瑠所の刑事。克哉とコンビを組んで活動中。ペルソナ、悪魔、シャドウ関連の事件の調査と処理を行う。舞耶の夫。
罰:周防 舞耶⇒10代後半~20代後半の若者向け雑誌社に勤める雑誌記者。本業の傍ら、ペルソナ、悪魔、シャドウ関連の事件を追うことも。旧姓:天野舞耶。
ハム子:
番長:
・敵陣営に登場人物追加。
@神取鷹久⇒女神異聞録ペルソナ、ペルソナ2罰に登場した敵ペルソナ使い。御影町で発生した“セベク・スキャンダル”で航たちに敗北して死亡後、珠閒瑠市で生き返り、須藤竜蔵の部下として舞耶たちと敵対するが敗北。崩壊する海底洞窟に残り、死亡した。ニャラルトホテプの『駒』として魅入られているため眼球がない。この作品では獅童正義および獅童智明陣営として参戦。但し、どちらかというと明智たちの利になるように動いているようで……?
・「2罰ボスの外見を見た人間の反応」に関するねつ造設定がある。
・普遍的無意識とP5ラスボスの間にねつ造設定がある。
・『改心』と『廃人化』に関するねつ造設定がある。
・春の婚約者に関するねつ造設定と魔改造がある。因みに、拙作の彼はいい人で、春と両想い。
・オリジナル展開がある。
・メガテン4FINALの仲魔から外見を拝借したシャドウおよびペルソナが出てくる。モデルにしたのは下記の通り。
外道:ジャック・リパー、悪霊:マカーブル、屍鬼:コープス
9月が終わり、暦が10月へと変わった。八十稲羽物産展も終わった。変わったのは暦だけではないようで、世間の動きが少しづつ不穏な気配を滲ませてきている。
現在、10月10日。何ごともなければ、奥村社長が『改心』するのは明日だ。彼を『改心』させた後は、信頼できる大人たちに任せる約束となっている。
僕らは成すべきことを成した。不安がないわけではないけれど、彼らは歴戦のペルソナ使いである。必ず、奥村社長を守り抜いてくれるだろう。
僕は今、生放送番組に顔を出している。テレビ出演や取材依頼に呼ばれることはあったが、大抵叩かれ役としての呼び出しだ。彼らの御望み通り、僕は持論を曲げることなく振る舞い、バッシングを一身に浴び続けた。笑顔を保ったまま、心の中で毒を吐くのもお手の物である。
今回の生放送番組は、獅童の主導で行われた“怪盗団否定派”メインの企画だ。獅童はテレビ局のお偉いさんを抱き込んでおり、世論調査は得意中の得意であった。因みにお偉いさんは『廃人化』ビジネスに関してはノータッチらしい。獅童本人が会食で漏らしていたのを耳にした。
番組収録も中盤である。コメンテーターと和気藹々と談笑したり、真剣な面持ちで討論したり、周囲の意見に耳を傾けながら情報を拾い集める。密偵としての仕事だ。だが、現時点では有意義な情報は見つからない。……その事実が、酷く焦燥を募らせる。
「怪盗団の予告状が奥村社長に届いてから10月に入りましたが、依然動きはないようです。世間は怪盗団の動きや奥村社長の『改心』に関心が集まっているみたいですね」
「奥村社長には『廃人化』や精神暴走事件への関与が疑われているようですが……」
「最近は怪盗団を名乗るグループが犯罪を起こしているみたいです。怪盗団側からの指示があったのか、熱狂的なシンパが暴走したか、模倣犯を気取っているのか……いずれにしても、怪盗団は民衆に不必要な不安を与える存在だ」
「相変らず厳しいね、獅童くんは。明智くんはそこのところ、どう考えてるの?」
「そうですね。僕は――」
コメンテーターや智明の話に耳を傾けながら、僕は“正義の探偵・明智吾郎”として振る舞った。この
忌々しい獅童正義や智明と同レベル、あるいは似たような存在になりつつあるという事実。この力――二面性があるから仲間たちを守れるのだという事実。嬉しいやら悲しいやら悍ましいやら、正直何とも言えない気持ちであった。閑話休題。
智明の言うとおり、奥村社長『改心』直後から今にかけて、怪盗団のニセモノ――模倣犯気取りの連中が姿を現して人に迷惑をかける事件が増えた。
それだけではなく、南条の特別研究部門やシャドウワーカーの周辺でもペルソナ絡みの事件が頻繁に発生するようになったという。
どうやら模倣犯とペルソナ絡みの事件には繋がりがあるらしい。……この時点で既に、僕らを取り巻く事情はきな臭くなっているようだ。
「怪盗団は超常的な力を使っているのでは? 『廃人化』も『改心』も結果は違いますが、心の変化が非常によく似ている」
「へぇ、珍しいですね。智明さんは完全な
「実際、超常的な力に傾倒した人間が暴走した事件はありますよ。9年前の須藤竜蔵や、彼の傘下である新生塾が行った汚職事件――カルト的なテロ事件の背景にも、似たような力がありました。結果、珠閒瑠市の鳴海区が壊滅的被害を被っています」
智明はすらすらと9年前の事件の概要を語り出す。と言っても、世間一般に周知されている程度の内容だ。その事件を間近で体験した僕からしてみれば突っ込みどころしかない。
9年前に発生した事件の真実を、ありのまま世間に語ることは難しい。話をする段階で、『実はこの世界は1度袋小路に突入し滅びが定まっており、それを覆すためにやり直しを行った高校生たちがいる』ことから話す必要があるからだ。『世界は1度滅びを迎えた』なんて話、誰が信じるだろうか。
噂と異形が交錯したあの出来事は、“表舞台から葬られるべき”であると判断された。多くの戦いが闇の中に沈められ、民衆を安心させるための建前が跋扈した。表向きはカルトに傾倒していた現職大臣の暴走、真実は悪神による企て――珠閒瑠市の真相を知っているのは、今となってはペルソナ使いたちだけだ。あとは神取。
須藤竜蔵は珠閒瑠で発生した事件の真相を封印するため、事実上のスケープゴートにされた。二度と表沙汰になることはなかったはずだった。怪盗団の一件で須藤竜蔵が出てくるとは思わなかったようで、多くのコメンテーターが首をかしげている。奴の名が出てきたことに納得しているのは僕だけだろう。顔には出さないが。
「主犯の須藤竜蔵はカルトに傾倒しており、Xシリーズと呼ばれる謎の兵器の開発を急いでいました。この兵器もまた、カルトに傾倒した結果誕生したと言われています」
(ここでその話題を出すか!!)
僕は内心舌を巻きながら、「カルトでロボットが出てくるなんて不思議ですねー。なんでそんな発想に至ったんだろう」なんて白々しく笑ってみせた。
Xシリーズと呼ばれる機械兵器は、対ペルソナ使い用の兵器として考案されたものだ。噂の力で甦らせ、能力をブーストさせた神取に開発させたものである。須藤竜蔵の失脚と同時に研究成果も葬り去られ、Xシリーズに関しての世間の扱いは“カルト的な分析から開発された謎の兵器”となっていた。
智明は「この兵器が開発されるに至ったのは、超常的な力に傾倒していた須藤竜蔵自身がその力を恐れていたため、アンチテーゼの意味を込めて造り上げたのではないか」と分析していた。無能力者がペルソナ能力に対抗するためと考えれば、智明の見解は間違っていない。――その事実が、嫌な予感を募らせる。
獅童親子が怪盗団と僕を潰そうとしていることは最初から知っていた。どうやって潰すかが分からなくて悶々としていたが、その足掛かりを掴めた気がする。
珠閒瑠市の事件で実質的な黒幕扱いになった須藤竜蔵のように、“カルト集団が義賊を名乗って暴走した”というお題目にするつもりなのだろう。
おそらく、怪盗団の模倣犯が出てきているという話題もその布石。テレビやネットに流すことで不安を煽り、支持者に疑念を持たせようとしている。
(各種権力者を手中に収めている獅童と真っ向から勝負すれば、僕らが潰されるのは目に見えている。……ここは一端奴らの思惑通りに追いつめられておいて、隙を伺う方が得策か? 少数精鋭で大規模勢力と渡り合うためにはゲリラ戦が効果的だって聞くし)
民衆から総すかんされても、僕らの正義は揺らがない。座右の銘は初志貫徹、為すべきことを成すと決めている。
そのための布石なら、命を懸けても惜しくはない。……多分、このことを黎に言ったら泣かれてしまうので言わないけれど。
「以上のことから、怪盗団は“シンパを『廃人化』させて事件を引き起こしている”のではないでしょうか?」
「実は、警察からもそのような話題が挙がっていて――」
冴さんの不機嫌な顔を思い出しながら、警察側の動きを説明する。智明から「怪盗団にプレッシャーを与えるために話してほしい」と打ち合わせしていた内容だ。実際、冴さんもその方針で動き始めている。最も、明確な証拠と言えるものは集まっていないようだが、精神暴走状態の冴さんなら、平然と証拠のでっちあげを企てそうで怖い。あるいは、でっちあげられた証拠を抱えて突っ込んできそうだ。
「――ありがとうございました。また次の機会にお会いしましょう!」
MCの締めを最後に収録が終わり、関係者が続々とスタジオから去っていく。僕もさっさと帰ろうとして――ふと、あることに気づいた。以前は頻繁に智明から呼び出されていたが、奥村社長を『改心』させて以来、智明から呼び出されることがなくなったのだ。連絡はすべて電話かSNSである。
奥村社長のパレスで奴と対峙した際、僕たちは怪盗服姿で仮面をしていた。名前もコードネームで呼び合っていたし、真実さんたちは僕らのことを名前呼びはしていない。他のパレスで戦っていた際、援軍に来た面々が名前を呼んでいたことはあったが――まさか、それで正体が露見した?
僕は思わず智明に視線を向ける。智明は番組のお偉いさんと何かを話し合っていた。僕の視線に気づいた智明はお偉いさんとの会話を切り上げ、僕の方に駆け寄って来る。奴はニコニコと笑っていた。
「珍しいね、明智くんの方から俺に話しかけてくるなんて」
「最近、コンビなのにピン同士で活躍してるなって思ってたんですよ。それで、ちょっと気になっちゃって。ダメでした?」
「言われて見ればそうだな。父さんの仕事で忙しくて、なかなか声をかけられなかったんだ」
智明は申し訳なさそうに苦笑する。長らく僕をバッシング回避用のスケープゴートにしようとしていたくせに、と、内心舌を出して睨みつけていた。
「そうだ明智くん、朗報だよ。もうすぐキミへのバッシングが治まるかもしれない」
「どうしてですか?」
「父さんから口止めされていて詳しいことは言えないんだけど、近々特捜が動き出すみたいなんだ。怪盗団の壊滅も時間の問題だと思うよ」
表面上は「そうですか。それは楽しみですね」と笑いながら、俺は内心歯噛みしていた。特捜が動き出すということは、奴らは怪盗団を本格的に潰そうと思案しているのだろう。
認知世界で『オタカラ』を盗む怪盗団を、現実世界の警察組織がどうやって追いつめるつもりでいるのだろうか。智明にはその算段があるようで、自信満々に笑っていた。
「もう少ししたら、特捜部長側から情報を提供してもらえる手筈になってるからね。――そういや、誰だったっけ? キミが予備の司法修習生先でお世話になってる女性の検事さん」
「冴さん……新島検事のこと?」
「そう、その人。その人が指揮を執るんだってさ。……そういえば、最近、その検事さんの様子がおかしいって話を耳にしたなあ。怪盗団検挙に闘志を燃やしているけど、空回りしすぎて精神的に追い詰められているって専らの噂だよ」
「今回失敗したら後がないって焦ってるらしいけど」と智明は苦笑する。
真も冴さんの様子を気にしていた。突然他者へ厳しく当たることもあれば、深い自己嫌悪に襲われて落ち込んでいることもあるらしい。最近は前者の態度でいる時間の方が長いようだ。僕が検察庁で顔を会わせる冴さんは常にピリピリしており、何事に対しても強硬姿勢を貫いていた。
以前竜司が言っていた言葉が脳裏をよぎる。『獅童の『駒』が真の姉さんを人質にとった』という発言が、いよいよ真実味を帯びてきたのだ。僕は笑顔を張りつけながら、心の中で歯噛みした。
“何か”は明らかに隠し事をしている。獅童側の動きに関して、“何か”は自分の“知っている”情報を出そうとしない。
怯えているのか、頑なになっているのか、“何か”は口を噤んでしまった。もう答えてもらえないだろうと思い、僕は心の中でため息をつく。
嘗ては僕も“何か”と似たような立場故に悩んだ身だ。“何か”が安心して口を開けるようになるまで、根気よく待ってやる以外に手はないだろう。
「ああ、いけない。そろそろ時間だから行かなくちゃ。それじゃあまたね、明智くん」
「それじゃあまた。智明さん」
去っていく智明の姿を見送った僕は、大急ぎでテレビ局を飛び出した。
自宅に戻った僕は、慌ただしく自室に戻った。怪盗団のグループチャットを開き、今まで手に入れた情報すべてを入力する。“敵は冴さんを使って僕たちを追いつめる算段を立てるつもりでいる。司法関連からは僕が張り付いて情報を集めるから任せてほしい”と付け加えれば、一同から了承の返事が返って来た。
黎は僕を気遣うメッセージを入れてくれた。それに“大丈夫”と返信した後、“奥村社長の『改心』の顛末を見届け、特捜の動きに関する情報が手に入り次第、次の作戦会議を行う”よう進言する。敵は珠閒瑠市の事件で“人間側の”黒幕とされた須藤竜蔵と同じような形で、怪盗団を『廃人化』の犯人に仕立て上げようとしているのだと。
祐介:成程な。最近、妙に『怪盗団を名乗る人物の犯罪が多い』と報道されるようになったと思ったが、そんな裏があったのか。
杏:テレビ見たよ。逮捕された犯人が口々に『怪盗団の正義を世に示すんだ』って騒いでるって。『犯人はみんな精神暴走の症状が伺える』とも言ってた。
竜司:正義どころか狂気を示してんじゃねーか! 怪盗団をカルト的テロリストに仕立て上げるつもりかよ!? すっげえ嫌なんだけど!
春:テレビ見てたけど、獅童くんの発言にみんなが同意したのが怖かったな。確か、『怪盗団はシンパを『廃人化』させて事件を引き起こしているのではないか?』だっけ。
黎:実際に似たような毛色を持つカルト的テロリストが実在していたことが拍車をかけているみたいだ。こんなときに、須藤竜蔵のせいで酷い目にあうなんて……。
双葉:討論番組の影響か、ネットでは須藤竜蔵に関する情報で溢れかえってたな。怪盗団の『改心』や昨今の精神暴走事件と、須藤竜蔵が起こした事件が比較検証されてる。一般人はそこに“ペルソナ”という共通点があることに気づいていないみたいだが、勘のいい奴らが怪異事件であるという共通点を見つけたらしい。
真:不味いことになったわね。この際、支持率云々は一端捨て置くとして、次は怪盗団を守りつつお姉ちゃんを助け出すための作戦を立てないと。
吾郎:智明曰く、『近いうちに特捜が動く』らしい。冴さん対策は特捜の動きを見て決めた方が良さそうだ。
竜司:トクソー? 何それ?
真:検察のエリート集団のことよ。国政における不正や汚職を取り締まっているの。お姉ちゃんもそこに勤めてる。
祐介:テレビでもよく取り上げられている集団だな。奴らを動かすとは、獅童も本気らしい。
杏:気を引き締めなきゃいけないってことか。
双葉:【速報】怪チャンの支持率がじりじりと下がり始めた。
黎:ちょっと前に三島がSNSを送って来たんだ。『怪盗団のシンパは、怪盗団に『廃人化』させられて、人間兵器として特攻させられてしまう』って噂話をしている生徒を見たらしくて。
竜司:あー、アイツが機嫌悪かったのはそのせいか……。
祐介:担当検事は精神暴走状態で、証拠のでっちあげすら厭わぬ状態なのだろう? 控えめに言って、怪盗団最大の危機だな。
双葉:#控えめとは。
杏:獅童はテレビ関係者の上層部すら手駒にしてるんでしょ? 怪盗団が精神暴走事件の犯人だってニュースが大々的に取り沙汰されたら、アタシたち完璧に悪者扱いだよね。
春:バッシングは最高潮になるでしょうね。社会の敵として後ろ指を指されることになる。
真:突破口を求めるとなると、敵の作戦の裏を突く必要が出てくるわ。敵にとっての作戦の要はお姉ちゃんと警察。そこから情報を集めるとなると、私たちにとっての作戦の要は吾郎になるわね。周防刑事たちは厄介者扱いされているから、情報を意図的に制限されそうだし。
吾郎:任せてくれ。何としてでも、この危機を乗り越える突破口を掴んでみせるよ。
仲間たちとのチャットが終わったと思ったとき、またSNSにメッセージが入った。次にメッセージを送って来たのは、黎からの個人チャットである。
黎:吾郎、ごめん。また危険なことをさせる。
吾郎:大丈夫だよ。こっちこそごめん。冴さんが危ないと分かってたのに、後手に回ってしまった。
黎:それは吾郎のせいじゃない。お願いだから、何もかもを1人で背負おうとしないで。全部背負って、どこかへいってしまわないで。
黎のメッセージを読んだとき、胸を突き刺すような痛みを感じた。それは僕の痛みであり、おそらくは僕の中にいる“何か”の痛みでもある。僕は思わず問いかけた。
―― お前は、1人で背負って「い」ったのか? ――
いくの「い」にはどの漢字が入るのだろう。「行」くか、「往」くか、あるいは――「逝」くか。
僕が問うと、“何か”は泣き出してしまいそうな顔をした。苦しそうに息を吐いて、
―― 逝かない。生きる ――
あっさり即答した僕を見て、“何か”は苦笑した。
僕がそれを問いかけるより前に“何か”は僕に背を向けた。振り返って顔を見せるつもりも、何かを言うつもりもないらしい。僕はため息をついて、SNSに返信した。
吾郎:わかった、逝かない。俺は生きるよ、黎。
黎:吾郎……。
吾郎:だから、心配しないで。大丈夫だから。
黎:分かった。ありがとう、吾郎。
チャットはそれで終わった。
黎はどんな気持ちで、このメッセージを目にしたのだろう。
どうか笑っていて欲しいなと願いながら、俺は指輪を撫でた。
◇◇◇
本日10月11日。予定で言えば、奥村春が宝条千秋との婚約を強制的に破棄され、彼の兄の元へと身売りされる日だ。どんよりとした曇り空が広がる昼休み、怪盗団のグループチャットにSNSで連絡が届いた。鉛色の雲など簡単に吹き飛んでしまう知らせである。
今朝、春は奥村社長から『千秋くんとの婚約破棄と、お前が千秋くんの兄の元へ嫁ぐ話は、先方に連絡を入れて断っておいた』と話を切り出されたそうだ。『オクムラフーズの今後は、経営陣と相談して協議した結果、彼らに任せることにした』とも。
奥村春と宝条千秋の婚約関係は本人たちの強い希望で続行となり、宝条家の面々もオクムラフーズ立て直しに協力してくれるらしい。部屋に籠っていた間に、奥村社長は経営陣への引継ぎや根回しを行っていたようだ。そして、他の関係者各位にも連絡したという。
奥村社長は夜に会見を行うらしい。その際、春に『私が自首したら暫くゆっくりできなくなるだろうから、今のうちに友達と一緒に遊んできなさい』と送り出してくれたという。
放課後に合流する約束をして、僕は普段通り学業に専念した。長い長い授業を終えて、僕は秀尽学園高校へ向かう。秀尽学園高校と洸星高校は結構距離が近いためすぐに合流できたようだが、僕は公共交通機関の遅れに巻き込まれてしまった。
周りからは「事故が起きた影響」、「また精神暴走事件か」とひそひそ話が聞こえてくる。……智明はこの瞬間も、獅童や自分にとって邪魔な存在を消して回っているのだろうか。僕は不安を持て余すようにしてスマホをいじる。程なくして怪盗団のアカウントからSNSからチャットが入った。
黎:打ち上げは文化祭とは別に行おうって話が出てるんだ。
竜司:やっぱり、打ち上げは打ち上げでちゃんとやろうって思ってさ。春の歓迎会も兼ねてるし。
祐介:内々で気兼ねないやつをやりたいと話したんだ。春も同意してくれた。
杏:吾郎もそう思うよね?
吾郎:そうだね。なら、そうしようか。ところで、場所はどこにするか決めた?
黎:デスティニーランドにしようって案が出てる。ナイトツアー貸し切りでイブニングパーティだって。
春:元々会社の親睦会に利用しようと思っていたんだけど、醜聞で自粛することになっちゃって。今からキャンセルにしても全額出て行っちゃうから、活かそうと思ったの。
真:一同既に同意してるわ。あとは吾郎からの意見待ちだけど。
吾郎:待って。巌戸台に滞在してたときの屋久島桐条家別荘3泊4日ツアー・3食カラオケプライベートビーチに温水プール付き、テニス場からゴルフコート完備並みに規模がおかしいんだけど。
春:違うわ吾郎くん。デスティニーランド貸し切り程度を、桐条グループの別荘と比べるのはおこがましいよ。
双葉:セレブマジヤバイ。貸し切りパック使ったらとんでもない金額だもん。一晩だけで凄まじいもん。
吾郎:流石に目立ち過ぎない?
祐介:それなら心配ないそうだ。表向きはオクムラフーズ名義だからな。
春:大丈夫だよ、気にしないで。
黎:吾郎、あと何分くらいで来れる?
吾郎:この調子だと、公共交通機関使って秀尽学園高校で合流するより、家に戻ってからバイクでデスティニーランドへ向かった方が早そうだ。
黎:了解。デスティニーランド前で合流ね。
チャットを終えた僕は、早速自宅へ戻るために駅へ向かった。
***
そうして迎えた夜。打ち上げ兼奥村春の歓迎会は、和やかな雰囲気の中行われた。自分たち以外誰もいない遊園地と言うのは、かなり壮観である。
花火とイルミネーションが煌びやかに夜空を彩る中、僕たちは少し遅めの夕食を楽しんでいた。夢の国のレストランは評判通りの味だった。
しかも、本来はテーブルがない絶景スポットである区画に、イスとテーブルを持ち込んだ上での会食だ。VIP待遇でなければこんなサービスあり得ない。
「このVIP待遇、感動モンだよね! 流石貸し切り!」
「本当に誰もいないよね……」
「私たちは夢の国の支配者だッ!」
杏がはしゃぎ、真が周囲を見回し、双葉がこれでもかとはっちゃける。そんな面々を、黎は優しい眼差しで見守っていた。まるで慈母神のようだなと僕は1人で納得する。
「あのライティングも私たちに?」
「そうだよ」
「美しい……」
「お前の方がな……なんてこと思ってるんでしょ? ねえそこのリア充!」
真の質問に対し、春はにっこりと微笑み返す。ライトアップを見た祐介が感嘆の息を吐いて、指で枠を作りながらその光景を眺めていた。
双葉はニマニマ笑いながら僕と黎に話題を振った。僕らは顔を見合わせた後、仲間たちの方に視線を向ける。
「「いや、みんな楽しそうだなって思ってた」」
「圧倒的トーチャンカーチャンだったァ! リア充は既にリア充を凌駕し、恋人同士のくせに新婚と熟年夫婦の良いところだけを凝縮している! 私たちは最早、圧倒的トーチャンカーチャン
「双葉ー、双葉ー!?」
「も、戻ってきてー!?」
僕らの答えがお気に召さなかったのか、双葉が動作不良を引き起こしてのたうち回る。それを見た真と杏が、慌てて救護活動に入った。どうしてあんなことになったのだろう。
春は「あらあらうふふ」と静かに目を細めた。竜司とモルガナは解脱した菩薩みたいな顔をしている。祐介は手で枠を作り、僕と黎の姿をじっと観察していた。
つい先程までみんな童心に帰って楽しんでいたはずなのに、随分とまあ悟ってしまったものだ。微笑ましさは一転して、ライティングが後光に見えてくる有様である。
春曰く「本来ならパレードも行おうと思ったのだが、流石にスタッフの都合がつかなかった」とのことだ。申し訳なさそうに謝る春に対し、僕らは恐縮して肩を竦めた。それはまた今度にするべきであろう。
今回の打ち上げは、怪盗団が今まで行ってきた打ち上げで最大規模のモノだ。竜司が浮かれ、杏と双葉がはしゃぎ、祐介がそれを微笑ましそうに見守っている。春は嬉しそうに目を細め、モルガナが「余計な贅沢教えちまったな」と軽口を叩きながらも満更でもなさそうだった。
次の打ち上げに想いを馳せるモルガナを祐介が窘めたが、奴自身も楽しみで仕方がないようだ。楽しそうにはしゃぐ仲間たちの姿に、僕と黎も思わず笑ってしまった。不穏な気配は漂っているけれども、僕らは順調に道を歩いている。――今このときだけは、不穏な気配を忘れてゆっくり羽を伸ばしたい。
「あとは、奥村社長が無事に出頭できれば、目的は達成だ」
黎の言葉に、仲間たちは気を引き締める。和気藹々とした空気が鳴りを潜めた。
怪盗団である自分たちは、認知世界を用いた『改心』の専門家だ。だが、僕たちには“現実世界で怪盗の力を100%発揮できない”という致命的な弱点がある。いくら認知世界では敵なしでも、現実世界での僕たちは一介の高校生でしかない。
現実世界でも100%全力で戦えるのはフィレモン全盛期のペルソナ使いだけである。巌戸台世代以降のペルソナ使いは“特殊な条件下でしか使えない”という点は僕たちと同じだけど、長い旅路を経て答えを得たためか、現実世界においても高い身体能力を有していた。
「そろそろ、緊急記者会見の時間だね」
杏がスマホを出して仲間たちに見せる。僕たちもつられるようにして、自分のスマホを操作した。
タイミングはバッチリだったようで、テレビには奥村社長が映し出されている。
『改心』は成功しているが、問題なのはここからだ。僕らは固唾を飲んで顛末を見守る。
奥村社長は粛々と己の罪を告白し、深々と頭を下げた。怪盗団の予告状に関することを問われた奥村社長は、『彼らのおかげで、私は自らの責任を取ることを選ぶ勇気を貰いました』と言い切った。社会的破滅を迎えようとしているのに、彼は晴れやかな表情で言葉を紡ぐ。
『嘗て自分は辛い体験をした。だから自分の幸せを追いかけるようになり、気づいたらここまで来てしまった。いつの間にか私は、幼い頃の私を苦しめた人間たちのような大人になってしまった』と語り、『これから自首をする』と宣言し、再び頭を下げる。フラッシュの光が点滅し、記者の質問が飛び交った。
『――はは、ははは、ははははははっ!』
会見中に異変が発生した。奥村社長に質問していた記者が突然立ち上がり、醜悪に顔を歪ませた。彼は持っていた万年筆を振り上げながら、奥村社長に突進した。
奴の影に重なるようにして、半透明の異形が浮かび上がる。黒いコートと帽子に身を包んだ化け物が、ナイフを振りかざしていた。
呆気にとられる記者と、一歩遅れて動き出した警備員、スマホ画面の向こうで唖然とする僕。奥村社長を守る人間は誰もいないかに思われた。
『奥村邦夫ォ! これが怪盗団の正義……貴様への鉄槌だァァ!!』
『――やめろぉっ!』
横から飛び出して、記者へ体当たりを喰らわせたのは、記者会見を見守っていた春の婚約者・宝条千秋だった。2人はそのまま派手な格闘を繰り広げる。奥村社長は腰を抜かしたのか、床にへたり込んだままだ。
「千秋さん!」
春が悲鳴を上げたとき、記者が振りかざした万年筆が千秋の掌に突き刺さる。千秋が苦悶の声を上げた。記者は再び腕を振り上げ、奥村社長を庇った千秋へ振り下ろさんとする。
だが、そこへ舞耶さんと黛さんが割って入った。双方、そうとは見えぬようにしながらペルソナを顕現し、力を行使した。記者は呆気なく吹っ飛び地面に叩き付けられた。
暴れる記者を警備員が連れて行く。奴はずっと『怪盗団万歳! ブラック企業の社長は死ね!』と叫び散らしていた。会見場は騒然となっている。千秋は舞耶さんからの手当てを受けていた。あの様子からして軽傷だろう。顔を真っ青にした奥村社長を助け起こしに来た警備員の1人が、突如動きを止める。
次に奥村社長に襲い掛かったのがこの警備員だった。そいつは警棒を取り出し、『怪盗団万歳』と叫ぶ。警備員にも薄らと異形が浮かび上がっていた。陶器のように白い肌で、派手なフリルの襟と死神が描かれた黒装束を身に纏い、鎌を持った異形だ。
勿論、この警備員も舞耶さんと黛さんのペルソナによって押さえつけられた。同僚の急変に混乱する警備員たちは最早役に立たない。会見場でスタンバイしていた周防刑事たちが奥村社長を庇いながら、警察署へ向かうため会見場を後にした。
「おいおい……!」
「……予想はしていたが、実際に目の前にすると悪辣だな」
大暴れする怪盗団シンパ(精神暴走済み)を見て、竜司と祐介が顔をしかめた。彼らの気持ちは分からなくもない。
奥村社長を追いかける者、取り押さえられた犯人たちのポケットから落ちた怪盗団グッズ――予告状ポストカードに書かれた言葉をカメラに映し出す者、どうしたらいいのか分からずあたふたする者等、報道陣の反応はバラバラである。
僕が見ていたニュース番組の場合、怪盗団グッズである予告状ポストカードを映す選択をしたようだ。ポストカードには『裏切り者である奥村社長に天誅を下すために、お前の力が必要だ。是非とも我ら怪盗団の力になってくれ。悪党に正義の鉄槌を』という内容が記されているではないか。
「成程な。これを起点にして、怪盗団をカルト的殺人集団へ仕立て上げようって魂胆か……!」
「生放送で発生した事件ってのが嫌らしいね。多くの人々は、これが意図的に発生させられた
僕と黎は顔を見合わせながら歯噛みする。生放送でのアクシデントというものは意図しないことが多い。
そのため、放送を見ている人間の興味関心を強く惹くし、人々の不安をより一層煽るものだ。
「ここまで大々的に取り沙汰されれば、否が応でも、周りは怪盗団に対して疑念を抱くでしょう。怪盗団を支持していた人々が炎上することは間違いないわ」
「わたしたちを支持していた人間すべてが、怪盗団の純粋な支持者ってワケじゃない。中には便乗してたヤツや、勝ち馬に乗ろうって魂胆のヤツもいたはずだ。奴らはすぐに鞍替えし、わたしたちを非難するだろう」
「……成程な。支持率が8割強を超えたこのタイミングだからこそ、ふとした出来事で権威は一気に失墜する。たとえそれが、真実か否かなんて関係ない。……八十稲羽のペルソナ使いたちが言っていた“都合のいいニセモノだけを真実だと認識し、自らの目を
真と双葉は剣呑な顔でスマホを睨み、モルガナは物産展で出会った先輩たちの言葉を改めて噛みしめている。祐介は顎に手を当てた。
「そして、この状況を画策した獅童には、認知を自在に操作する力を持つ『神』がバックについている。世論を好き放題に操作することは容易だ。俺たちが恐ろしい殺人集団にして大悪党になるまでに、そんなに時間はかからない……」
「こりゃあ、怪盗団の敵対者が勢いづくだろうな。特にそいつらの手先と化したマコトの姉ちゃん……ニージマがどう出るか」
「冴さんのことだ。確実に動くだろうな」
モルガナの懸念も当然だ。怪盗団を最前線で追いかけている冴さんは、獅童によって“怪盗団と奥村社長が協力関係にある”と認識させられている。ついでに、最近は怪盗団を名乗る模倣犯が発生しており、奴らはみんな予告状ポストカードを持ち精神暴走状態で犯罪行為を行っていた。
精神暴走によって獅童の意のままに動く駒と化した冴さんなら、これらを強引にでも結び付けてでも『怪盗団は『廃人化』を引き起こしていた犯人である』と判断してもおかしくない。各業界のトップを抱き込んでいる獅童は、各種メディアを通じて、このことを大々的に報じるだろう。
支持率だとか認められたいとか、そんなことは既にどうでもいい。獅童たちの企みについても、今は保留だ。現時点で、僕ら怪盗団の願いはただ1つ。ターゲットである奥村邦夫氏が、無事に警察へ辿り着き出頭することだけである。
僕は他のチャンネルを回してみる。会場に残るのではなく、奥村社長を追いかけることを選んだ局の映像が流れていた。
会社の出入り口に辿り着いた奥村社長と周防刑事たちに襲い掛かったのは、秀尽学園高校の制服を身に纏った男子生徒である。
「ウチの学校の生徒!? なんでこんなところに……」
『怪盗団万歳! 彼らは兄さんの無念を晴らすために、僕に力をくれたんだ……! 喰らえ!!』
竜司と男子生徒が叫んだ瞬間、奴の足元から青白い光が舞い上がった。
「マジかよ!? あれ、ペルソナじゃね!?」
「馬鹿な……! フィレモンはもう全盛期じゃないから、現実世界でペルソナを使える人間は珠閒瑠世代が最後のはずなのに!」
竜司の言葉通りである。半透明だが、あれはシャドウではない。フィレモン全盛期のペルソナ使いが持つ特徴と一致していた。
だが、珠閒瑠の事件でフィレモンは力を失っているため、現実世界でペルソナを召喚できる人物はもう増えないはずだ。
考えられるとするなら、フィレモンとは対を成す悪神・ニャルラトホテプくらいだろう。但し、ニャルラトホテプから力を与えられたペルソナ使いに関してのデータはほとんど残っていない。僕らが知る限り、該当者は神取鷹久だけである。閑話休題。
数多のゾンビが1つに合体したような異形から力を引き出し、男子生徒は奥村社長へ襲い掛かる。だが、異形が奥村社長を傷つけるには至らなかった。達哉さんが――そうと認識されぬように加減はしていたが――アポロの力を顕現させ、男子生徒のペルソナを一撃で屠ったためだ。そのショックか、男子生徒は愕然とした様子で崩れ落ちた。
周囲からは、異形が消えると同時に戦意を喪失したように見えるだろう。その隙に、真田さんと達哉さんが奥村社長を車に乗せる。一歩遅れて周防刑事が転がるようにして車に乗り込んだ。報道陣や刺客たちから逃れるようにして、車が発進する。次の瞬間、車の進路を妨害するようにバイクが現れ、奥村社長と警察組が乗る車に体当たりを仕掛けてきた。
刑事ドラマでも類を見ないカーチェイス。その結末を映すことなく、LIVE映像は途切れる。ニュースキャスターやコメンテーター一同が呆気に取られていた。
彼らの反応は当たり前だろう。何せ、世間一般には伏せられている異形と、それに対抗できる力を持つ人間の存在が公共電波で放送されてしまったのだから。
あちこちから困惑の声が上がる。怪盗団支持派を気取っていた連中が即座に意見を翻し、反対派だった連中が「だから怪盗団は危険な奴らだと言ったのだ!」と息巻く。
「今の生徒の発言、絶対“アタシたちがあの生徒に何かやった”って思われるよね!?」
「“怪盗団が超常的な力に傾倒している集団である”という印象を与えるには、今の演出は充分効果的だわ……」
「おまけに、新生塾に所属していた連中の言動とも共通点ができたようなものだ。須藤竜蔵と同類に見られるのは避けられない」
杏が眦を釣り上げて切羽詰った様子で分析し、真が沈痛な面持ちでスマホの光景を見つめる。僕も歯噛みしながら頷いた。
新生塾に所属していた連中はみな、須藤竜蔵の熱狂的なシンパだった。ここに映し出された彼らも、本人たちの発言から“怪盗団のシンパ”とみなされることだろう。
“怪盗団は自分たちのシンパを『廃人化』させ、利用している”――まことしやかに囁かれていた噂は、鮮烈な形で情報ソースができた/裏が取れたと言える。
『そろそろ特捜が動き出す』――獅童智明が語っていた言葉がリフレインした。
ああそうだ、そうだろうとも。こんな光景を見せつけられたら、警察や検察は本気で動きだす。怪盗団を危険分子と認定するのは当然のことだ。当局の威信をかけて、僕らを根絶やしにしようとすることだろう。
双葉がPCを操作し、ネットの状況を確認した。案の定、ネットは大騒ぎである。怪盗団を擁護していた連中の大半が敵に回り、怪盗団を責めている。ただ、その中の書き込みには、怪盗団を野放しにしていた現政権への批判コメントが多かった。
「怪チャンの掲示板の中に、同じIDのヤツが頻繁に書き込んでるみたいだ。おまけにそのIDは1つ2つじゃない。数十個近くある。そして何より、奥村社長に不正投票しようとした奴らと同じIDだ。書き込み内容はすべて『役人は何をしているんだ』、『怪盗団を野放しにした現内閣は即刻総辞職すべき』だった」
「内閣総辞職ぅ? なんでそんなことばっかり書いてるんだ?」
「……もしかして、衆議院選挙に関係しているのかしら? お父様と話していた黒服の方が、選挙資金が云々という話をしていたの」
双葉の言葉に首を傾げた竜司に対し、春が思い出したように手を叩く。
僕は「それだ!」と声を上げていた。
「獅童正義は次期総理大臣候補と目されていた。だが、早期段階から怪盗団反対派の急先鋒ということが祟り、今まで支持率はあまり伸びなかったんだ。けど、最終的に怪盗団を根絶やしにするために動いていたことを鑑みると、アイツは“自分と怪盗団の支持率をそっくりそのまま入れ替える”ことでのし上がろうとしていたんだろう」
「成程。敵対者を失脚させつつ、敵対者の支持者だった人々を自分の支持派として取り込む……だから“上げて落とす”戦術が得意だったんだね。獅童の最終目的は“圧倒的な支持率を有した上で総理大臣になる”こと。それで、『現内閣を解散させよ』という意見を煽る真似をしているのか」
「おそらく、奴はこれから各メディアでパフォーマンスを披露するだろう。獅童は世論操作の天才だ。認知を好き勝手する『神』もバックにいる。現内閣解散は容易だろうし、自分が総理大臣になることだって夢じゃない。――奴の最終目的は、自分が総理大臣となることで日本を動かすことだからな。そのために、怪盗団を踏み台にして潰そうとしている」
僕の発言に黎が補足を入れた。僕は頷き返し、今までの密偵活動から纏めた結論を出す。それを聞いた仲間たちは、納得したように頷き返した。
明智吾郎が怪盗団に与する理由は、認知世界を用いた犯罪行為を主導する黒幕であり、有栖川黎に冤罪を着せた張本人にして、実の父親である獅童正義の罪を終わりにすることだ。獅童正義を『改心』させるという目的は、最初の頃から何も変わらない。
金城を『改心』させる際、僕は仲間たちにすべてを話した。自分の目的、自分の存在、自分と自分が『改心』させようとしている人間の関係を。仲間たちは僕を拒絶することなく、『一緒に獅童を『改心』させよう』と約束してくれたのだ。
彼らの目は語っている。「獅童正義を『改心』させる瞬間は間近に迫っている」と。そのためにも、奴の手先に仕立て上げられてしまった冴さんを救出しなくてはならない。この危機を乗り越えなければ、獅童の喉元に迫ることはできないだろう。
「みんな、ここからが正念場だ。――行けるね?」
「おう!」
「ああ!」
「うん!」
「ええ!」
僕らは躊躇うことなく頷き返す。その眼差しに迷いはなく、その決意に揺らぎはない。
ああ、ついにここまで来た。僕のこの2年間は、この瞬間をこの仲間たちと迎えるためにあったのだ。
そうしてこれからの戦いは、僕たちの望む未来を――明智吾郎が有栖川黎と共に生きるための未来を手に入れるための決戦となる。負けるつもりなど、毛頭なかった。
次の瞬間、僕の視界の端に、見覚えのある蝶が舞っているのが見えた。粒子のような鱗粉を散らす黄金の蝶は、普遍的無意識を司る善神・フィレモンの化身だ。
何故、ここに奴の化身がいるのだろう。僕が目を瞬かせると、黄金の蝶は“何か”の指に停まっていた。“何か”はじっと静かに蝶を見つめている。
(――奥村社長は、きっと大丈夫)
脳裏に浮かんだのは、黄金の蝶に群がられる僕の保護者――空本至の後ろ姿だ。彼と共に数多の戦場を駆け抜けた、僕の尊敬する大人たちの背中だった。
彼らならきっと、奥村社長を無事に警察まで送り届けてくれるだろう。
その報告を待ちながら、僕たちはデスティニーランドのライティングを眺めていた。
◇◆◆◆
ひらひら、ひらひら。
きらきら、きらきら。
星の見えない夜空に、黄金の蝶が舞う。それを操る張本人もまた、戦いに駆り出されている人間の1人だ。怪盗団として世間を駆け抜ける少年少女は、自身の為すべきことを成し遂げた。今度戦うのは、そのバトンを受け取った大人たちである。
大都会のあちこちから、剣載の音や青白い光が炸裂する気配がした。奥村社長の護送を邪魔しようとする敵と、それを阻止しようとする大人たちの戦いの火蓋が切って落とされたのだ。青年もケースからクレー射撃用の銃を取り出し、戦闘に備える。
丁度その瞬間、泥が爆ぜるような音を響かせて異形の群れが顕現した。現実世界に現れたシャドウ――現実世界に跋扈する異形は悪魔と分類することも可能なのだが、どうも東京式シャドウは御影・珠閒瑠式悪魔と巌戸台・八十稲羽式シャドウの中間点らしい――が唸りを上げた。
まず真っ先に飛びかかって来たのは、獅子を思わせる4つ足歩行のシャドウだ。青年は躊躇うことなく銃で迎撃する。派手な炸裂音と硝煙の臭いが漂った直後、4つ足歩行のシャドウの脚すべてが吹き飛んだ。動く術を失った獅子は地べたを這いずることすらままならない。
次に動いたのは、軽装の白い鎧に身を包んだ武人だった。彼は槍を振りかざして襲い掛かって来る。青年は銃身でそれを受け止めると、即座に相手を銃身で殴りつけた。終身での殴打は結構痛い。怯んだ武人の隙を見逃さず、青年は銃を放つ。次の瞬間、武人の両手足に風穴が開いた。
崩れ落ちたシャドウたちがのたうち回っている。青年はペルソナを顕現した。白い法衣に身を包んだ深淵の大帝が両手を天へと掲げる。強大なエネルギーが収束し、この場に炸裂した。ヒエロスグリュペインを喰らった敵たちが崩れ落ち、溶けるようにして消え去る。
「まずは、一手」
ヒエロスグリュペインが打ち砕いたのは、青年が対峙していたシャドウたちだけではない。周囲に跋扈していたシャドウも軒並み殲滅した。
1羽の黄金の蝶が、青年の肩に停まる。次の瞬間、蝶は光の粒子となって青年の中へと吸い込まれた。青年は状況を把握するように目を伏せると、すぐに前を向いた。
足の震えも手の震えも、すべてを無視して戦場に立つ。数多の蝶――青年を生み出した善神から押し付けられた力――を飛ばしながら、大切なものを守るために戦場へと赴いた。
◆◇◇◇
『お父様、無事に警察へ出頭できたみたい。向うで『怪盗団は悪くない。怪盗団は私を助けてくれたんだ。私を襲ってきた奴らは怪盗団とは何の関わりもない。怪盗団を陥れようとしている奴がいる』って証言しているみたいなんだけど、警察や検察は意図的に無視しているようなの』
翌日、警察および検察からの事情聴取を受けた春が教えてくれたことである。僕も検察庁へ足を運んで情報を調べたが、奥村社長の怪盗団擁護の証言はすべて抹消あるいは隠蔽されていた。今回の件を調査しているのは冴さんなので、隠蔽工作に冴さんが関わっていると言っても間違いではない。できれば間違いであってほしかったが。
冴さんは今日もピリピリしていた。『誰かが私のノートからデータを盗んだ奴がいる』と忌々しそうに吐き捨てた冴さんは、ギロリと僕を睨みつけた。正直僕は誰が犯人なのかを知っていたが、『僕じゃないし、犯人に心当たりはない』と主張しておいた。冴さんのイライラは天元突破しており、精神暴走の度合いが進行していることが伺える。
終いには、証拠捏造を彷彿とさせるような発言までちらつかせていた。怪盗団を捕まえるのは自分だと宣言した冴さんの横顔は、普段以上に険しい。怪盗団によって『改心』させられた面々が『怪盗団は人殺しなんてしない。怪盗団は誰かに嵌められようとしているのではないか?』と証言し始めたこともイライラの理由だと公言していたか。
今回の件は、秀尽学園高校の校長が意識不明になったバスジャック事故とも関連付けて調べている。獅童は先の事件の責任も怪盗団に押し付けるつもりらしい。厄介なことこの上なかった。
怪チャン含んだネットでは“怪盗団は危険な組織である”と認識されており、誹謗中傷の書き込みが目立っている。管理人の三島が火消しに奔走しているが、支持率は急激に下がってきているようだった。
“それでも、『私は怪盗団のおかげで助かったんだ。だから怪盗団を応援する』『怪盗団に濡れ衣を着せた奴らがいる。そいつらを『改心』してほしい』という書き込みもあるんだよ”と三島は教えてくれた。真の怪盗団支持派はきちんと分かっているらしい。
因みに、現在の改心ランキング1位は“怪盗団に濡れ衣を着せた張本人”で固定である。アクセス関連のプログラムはより一層強固にして、一定時間内に一定以上の書き込みをしようとした連中のIDを軒並み弾くようにしたらしい。結果、煽りや嫌がらせは激減したという。その分他の掲示板が割を食っているようだが。
書き込みの中には見覚えのあるものがいくつか混ざっていた。僕らが『改心』させてきた張本人や、関係者が『改心』したことによって助かった人々、僕が出会ったペルソナ使いたちからの激励の言葉。三島は誹謗中傷を消す傍ら、それらのコメントに保護をかけ、流れないようにしているそうだ。閑話休題。
『僕は検察庁で情報収集するから、それが終わるまでは暫く身を潜めていて欲しい。普通の学生として生活を送ってくれ』
『その方が安全だね。それに、丁度いいんじゃないかな。テストや文化祭も近いし』
『いけね。全然勉強してねぇ……』
僕の提案を黎は2つ返事で受け入れた。検察のエリートたちである特捜が動いているのだから、今ここで迂闊な真似をすることはできない。それをすれば最後、僕たちは獅童の手によって闇へと葬られるだろう。
学校の2大イベント・苦行の方を聞いた竜司が顔を真っ青にし、彼につられるような形で杏も目を逸らす。引きこもりは勝ち組だと自慢げに笑った双葉は、呆れた顔をしたモルガナからツッコミを入れられていた。春と真が顔を見合わせ苦笑し合う。
急遽勉強会が開催されたが、テストの結果はまだ出ていない。テスト終了日に顔を会わせた面々は、学年トップ固定の真と黎は晴れやかな顔をして、中堅を守る祐介と春が余裕そうな顔をして、ようやく平均点台に顔を出してきた杏と竜司が疲れ切った顔をしていた。僕? 今回も学年首位確実だよ。
『8月にわたしが潰した“メジエド”、アレはニセモノだ。本物の“メジエド”はあんなザコいPCスキルじゃない。それと、今回の奥村社長に投票してエラーになっていたコードと、偽物の“メジエド”が使ってたコードは完全に一致してる』
『ってことは、ある意味で、ゴローの推理は穿った深読みじゃなかったんだな』
『ああ。そしてそのコードの主はおそらく、獅童の関係者だ』
双葉の分析を聞いたモルガナが納得したように頷いた。8月に僕らが双葉のパレスを攻略することになったとき、僕は『“メジエド”は獅童に与する存在であり、“アリババ”は一色さんの敵討ちのために協力を依頼してきた』と推理していたのだ。
結果は『双葉は何も知らない状態で僕らの話を盗聴していた』というオチだったのだが、今更になって僕の推理が斜め穿った方面で正解していたことを知る羽目になるとは思わなかった。もっと早くその事実に気づいていれば、もっと別な対策を考えることができたのだろうか?
仲間たちは改めて獅童の恐ろしさを噛みしめたようで、顔を見合わせて頷き合っていた。獅童正義、油断ならない男である。
テスト直後、秀尽学園高校の生徒に特捜がやって来て面談をしたそうだ。警察は怪盗団の面々に揺さぶりをかけてきたらしく、他校生であるはずの祐介の名前まで出してきたという。そこまで調べているくせに、明智吾郎に関しては一切コメントがないというのが不気味である。
獅童によって刺客に仕立て上げられた冴さんの影響が出ているようで、刑事たちはみんな不気味な雰囲気を纏っていたらしい。竜司が冷や汗を流し、杏が怯える程だ。因みに黎は、『フィレモンと殴り合いしてるときに笑ってる至さんの方がずっと怖い』と答えた。殺意マシマシだから当然である。閑話休題。
怪盗団の支持率が地に落ちた代わりに、正義の名探偵・明智吾郎の支持率が息を吹き返しつつあった。その証拠にメディアからぽつぽつと出演や取材依頼が舞い込んでくる。
智明からは「
勿論、そのことは仲間たちにも報告した。みな了承し、僕の動きを見守ってくれている。それが僕にとってどれ程の救いなのかは計り知れない。
「こんばんわ、佐倉さん」
「おう、お前さんか。黎なら出かけたみたいでな、もうそろそろ帰って来るだろう」
「それじゃあ待たせてもらいます。コーヒーください」
ルブランに足を踏み入れると、佐倉さんが悪戯っぽく笑って迎え入れてくれた。黎が帰って来て閉店時間になると、死んだ魚のような目をして「節度を守れ」と言い残して帰って行くのは変わらない。けど、僕を迎える態度は4月よりも格段に柔らかくなっている。
薫り高いコーヒーを味わいながら、僕は黎が戻って来るのを待った。程なくしてカウベルが鳴り響き、黎が店へと戻って来る。僕が「おかえり」と声をかければ黎が「ただいま」と返す――この光景も、最早“ささやかで温かな日常”へと化した。
佐倉さんは僕らが談笑を始めるや否や、「今日はもう誰も来ないから店じまいだ」と言ってさっさと店を閉め、逃げるようにして帰って行った。勿論、死んだ魚みたいな目をして「節度を守れ」と言い残していくのも忘れない。
佐倉さんが去っていくのを見送った黎は、悪戯っぽく笑って冷蔵庫から材料を取り出す。怪盗団内での秘密――アレンジコーヒーを作ってくれるようだ。
ホットコーヒー系が飲みたいとリクエストすれば、生クリームと牛乳をたっぷり入れたカフェオレ・コンパナを作ってくれた。甘い香りに心がほぐれていく。
「いやー、協力者の大半に、私が怪盗団の一員だってバレちゃったよ」
「マジかよ。こんな時期に迂闊な……」
「でも、みんな秘密にしてくれるって約束してくれたよ。色々融通してもらったり教えてもらったりしたし、最近では怪チャンに激励のメッセージを書き込んでくれたんだ」
怪盗団が危機的状況に陥る傍ら、黎は他の人々とも強固な絆で結ばれたようだ。
母親の歪んだ執着によって籠の鳥にされかかっていた女流棋士は、怪盗団の『改心』によって母親のお人形から解放されて、アマチュアから再出発することにしたという。女医の新薬は完成し、彼女の気がかりであった少女の病気も回復へ向かいつつあるそうだ。
部長によって取材を邪魔され続けた女性記者は、彼の『改心』によって最高のスクープ記事を書き上げた。その功績で、政治部へ戻ることになったそうだ。汚職事件の過去を背負いながらも立ち上がろうとする政治家は、黎のおかげで聴衆に認めてもらえるようになったという。この調子だと、次の選挙戦に立候補するかもしれないらしい。
佐倉さんは黎と双葉と一緒に、一色さんが眠る教会へと足を運んだという。『報告が遅くなった』と苦笑していた彼は、『双葉だけでなく、黎のことも娘のように思っている』と語ったそうだ。明智吾郎についてのコメントは暈していたそうだが、満更ではなさそうだったという。
僕と黎の関係を認めてもらえたような気がして、なんだか酷く照れ臭い。
自然と口とが緩んでしまうのを抑えるために、僕はカフェオレ・コンパナを啜る。
「惣治郎さんが変わったこと言ってたんだ。『もしも黎が男だったら、双葉を嫁としてやってもいい』って」
「えっ!?」
「だからつい言っちゃったんだ。『そうなると吾郎も女の子になってるはずですので、女の子の吾郎を娶ります』って」
危うくカフェオレ・コンパナが気管に入ってしまうところだった。派手に咳き込む僕を横目に、黎は清々しいくらい凛々しい笑みを浮かべていた。僕は涙目になりながら黎を睨む。
「その理屈はおかしいぞ!? 絶対どこかには僕らが同性同士で出会う可能性があるはずだ!!」
「例えそうだとしても、私にとって吾郎が大切な存在であることには変わりないよ」
「畜生、これだからライオンハート系魔性の女は! 俺の立つ瀬がないじゃないか!」
「今欲しいものはあるか」と問われたら、俺は即答で「立つ瀬が欲しい」と答えるだろう。それが無理なら、「有栖川黎の隣に立つ資格が欲しい」と答える。切実に。
悪態をつきながら、俺はカフェオレ・コンパネを飲み干した。肌寒い季節には丁度良く、身体の奥底が温まったような気がする。俺はほっと息を吐いた。
丁度そのタイミングで電話が鳴る。相手は獅童智明からだ。僕は人差し指を立てて黎に合図し、電話を取る。黎は小さく頷いて息を潜め、気配を押し殺した。
『夜分遅くにごめんね、明智くん。明日収録する生放送番組についてなんだけど』
「構いませんよ。何でしょう?」
『明日、怪盗団を擁護する発言をしてほしいんだ。特捜の方針も決まってね。明智くんには、怪盗団を炙り出すために手を貸してほしいんだ』
「分かりました。具体的な方針とかありますか?」
――来た。
俺はちらりと目で合図する。黎は頷き、スマホのSNSを起動した。怪盗団のグループチャットを開き、仲間たちに連絡する。今頃みんな了解の返事を出している頃だろう。
適当に談笑しながら智明から情報を引き出そうと画策するが、特捜が動き出したということくらいしか掴めなかった。関連内容は冴さんから直接聞きだした方が早そうである。
精神暴走中の冴さんは、僕が捜査の進展について尋ねるとペラペラ喋ってくれる。怖いくらいの勢いで、だ。――素直すぎるのがかえって不気味ではあるが、明智吾郎における捜査関係の情報ソースは冴さんと特捜部長くらいだから仕方がない。
僕が情報源として頼りにしていたのは冴さんだ。彼女は比較的気さくで親しみやすかったためである。逆に、特捜部長は獅童親子経由で知り合った男だ。奴らの同類と考えると、本能的な方面でやりにくさを感じてしまう。一応、不信感を抱かれない程度の付き合いは続けていた。
智明は短い挨拶を遺して電話を切った。黎に視線を向ければ、スマホ画面を指示す。仲間たちからの“了解、そっちは任せる”という返事が並んでいた。その言葉がじわじわと胸を満たす。
―― お前は違うのか? お前だって、誰かに信頼されたことあるんじゃないのかよ ――
俺が問いかけた途端、“何か”はそっぽを向いて黙り込んでしまった。
微かに見えた横顔が情けなく歪んでいるように――怯えているように思えたのは、きっと俺の気のせいではないのだろう。
ずっと一緒にいたはずなのに、“何か”は俺のことを100%信じたわけではないらしい。俺はため息をついて、気持ち的に“何か”の背中によりかかった。
「吾郎、どうしたの? いつもより姿勢悪いよ?」
「へっ!? あー……、うん。ちょっと疲れてるんだろうね。それじゃあ、そろそろお暇するよ」
「わかった。それじゃあ、また明日」
「うん、また明日」
丁度時間も時間だったし、身体も疲労感を訴えていたから嘘ではない。俺はそそくさと還る準備を整えると、ルブランを後にした。
決戦が近いことを噛みしめながら、夜の東京の街へ踏み出す。
吹き抜ける秋風は鋭い寒さを持っていた。
魔改造明智と怪盗団の奥村パレス攻略後日談。奥村社長の緊急記者会見中に、精神暴走を引き起こした怪盗団シンパが乱入。彼らの暴走が生中継されてしまい、それが切っ掛けで、怪盗団への不信感が一気に爆発したような形となりました。奥村社長は助かりましたが、怪盗団の支持率は急速に下がっている模様。
この世界線だと、珠閒瑠市で発生したニャルラトホテプ絡みの事件で“人間側”の黒幕とされたのは須藤竜蔵。彼は“カルトに傾倒した挙句、その影響で大規模なテロ行為を企てていた”という扱いを受けています。「鳴海区が崩壊したのは、須藤竜蔵が企てたテロの余波である」とも言われているとか。
結果、怪盗団も須藤竜蔵の再来という点から“カルト的な殺人集団”となってしまいました。勿論、人間だけの力でこんな認知が広がるはずもありません。そのこともみんな察しており、最終決戦が近いと認識しています。文字通りの急転直下を、魔改造明智と共に駆け抜けてきた怪盗団はどうやって乗り越えるのか。
バタフライエフェクトを受けた結果、三島がすっごく頑張ってます。魔改造明智は自分の中にいる“何か”に色々質問をしては、だんまりを決め込まれている模様。蝶々がわさわさ飛び回っていますが、はてさてどうなることでしょう。
次回から新島パレス編が始まります。魔改造明智たちの行く末を、生温かく見守って頂ければ幸いです。