Life Will Change   作:白鷺 葵

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【諸注意】
・各シリーズの圧倒的なネタバレ注意。最低でも5のネタバレを把握していないと意味不明になる。次鋒で2罪罰と初代。
・ペルソナオールスターズ。メインは5、設定上の贔屓は初代&2罪罰、書き手の好みはP3P。年代考察はふわっふわのざっくばらん。
・ざっくばらんなダイジェスト形式。
・オリキャラも登場する。設定上、メアリー・スーを連想させるような立ち位置にあるため注意。
 @空本(そらもと) (いたる)⇒ピアスの双子の兄で明智の保護者その1。武器はライフル、物理攻撃は銃身での殴打。詳しくは中で。
 @獅童(しどう) 智明(ともあき)⇒獅童の息子であり明智の異母兄弟だが、何かおかしい。獅童の懐刀的存在で『廃人化』専門のヒットマンと推測される。詳しくは中で。
・歴代キャラクターの救済および魔改造あり。
・一部のキャラクターの扱いが可哀想なことになっている。特に、『普遍的無意識の権化』一同や『悪神』の扱いがどん底なので注意されたし。
・アンチやヘイトの趣旨はないものの、人によってはそれを彷彿とさせる表現になる可能性あり。他にも、胸糞悪い表現があるので注意してほしい。
・ハーメルンに掲載している『運命を切り開くだけの簡単なお仕事』および『ペルソナ3異聞録-.future-』、Pixivの『2周目明智吾郎の災難』および『【一発ネタ】有栖川黎の幼馴染』の設定を下地にし、別方向へ発展させた作品である。
・ジョーカーのみ先天性TS。
 ジョーカー(TS):有栖川(ありすがわ) (れい)⇒御影町にある旧家の跡取り娘。旧家制度は形骸化しているが、地元の名士として有名。身長163cm。
・歴代主人公の名前と設定は以下の通り。達哉以外全員が親戚関係。
 ピアス:空本(そらもと) (わたる)⇒明智の保護者2で、南条コンツェルンにあるペルソナ研究部門の主任。
 罪:周防 達哉⇒珠閒瑠所の刑事。克哉とコンビを組んで活動中。ペルソナ、悪魔、シャドウ関連の事件の調査と処理を行う。舞耶の夫。
 罰:周防 舞耶⇒10代後半~20代後半の若者向け雑誌社に勤める雑誌記者。本業の傍ら、ペルソナ、悪魔、シャドウ関連の事件を追うことも。旧姓:天野舞耶。
 ハム子:荒垣(あらがき) (みこと)⇒月光館学園高校の理事長であり、シャドウワーカーの非常任職員。旧姓:香月(こうづき)(みこと)で、旦那は同校の寮母。
 番長:出雲(いずも) 真実(まさざね)⇒現役大学生で特別調査隊リーダー。恋人は八十稲羽のお天気お姉さんで、ポエムが痛々しいと評判。
・敵陣営に登場人物追加。
 @神取鷹久⇒女神異聞録ペルソナ、ペルソナ2罰に登場した敵ペルソナ使い。御影町で発生した“セベク・スキャンダル”で航たちに敗北して死亡後、珠閒瑠市で生き返り、須藤竜蔵の部下として舞耶たちと敵対するが敗北。崩壊する海底洞窟に残り、死亡した。ニャラルトホテプの『駒』として魅入られているため眼球がない。この作品では獅童正義および獅童智明陣営として参戦。但し、どちらかというと明智たちの利になるように動いているようで……?
・「2罰ボスの外見を見た人間の反応」に関するねつ造設定がある。
・普遍的無意識とP5ラスボスの間にねつ造設定がある。
・『改心』と『廃人化』に関するねつ造設定がある。
・春の婚約者に関するねつ造設定と魔改造がある。因みに、拙作の彼はいい人で、春と両想い。
・オリジナル展開がある。
・過去作のボスが登場。P5仕様になっている。


悪意を超えるために

「な、何だあれ!?」

 

「お~、UFO!?」

 

 

 パレスの最奥にある兵器工場エリアに足を踏み入れた僕たちは、目の前に鎮座する物体を見て悲鳴を上げた。『オタカラ』が出現していたフロアに、巨大なUFOが現れたためである。前回のルート確保時には一切存在していなかったのに、だ。

 入り口付近のホログラムに映し出されていた映像は、このUFOの設計図だったらしい。呆気にとられる僕らを尻目に、馬鹿真面目なアナウンスが事務的に響き渡る。『ユートピア・エスケープ号は間もなく発射シークエンスへ移行……』――合点がいった。

 エスケープ・トゥ・ユートピア計画、宇宙船の名前であるユートピア・エスケープ号……僕たちが予想した通り、奥村社長はこのパレス――オクムラフーズという会社から政界へ進出しようとしていた。その野心が、UFOという形で顕現したのであろう。

 

 

「なあパンサー。シークエンスって何だ?」

 

「直訳すると連続って意味になるけど、アナウンスの意味に一致しないから違うね。合いそうなのは『自動制御であらかじめ定められた動作の順序』の方じゃない?」

 

 

 横文字に滅法弱いスカルが、英単語に滅法強いパンサーに問う。パンサーは顎に手を当てながら答えた。僕はそこに補足する。

 

 

「つまり、このままだとあのUFOが発射してしまうってことだよね。奥村社長のシャドウはアレに乗り込んでいることは間違いない。とすると――急いだ方が良さそうだ」

 

「行こうみんな!」

 

 

 僕の分析を聞いたジョーカーは、仲間たちを先導するようにして駆け出した。僕らもそれに続き、基地内部へと入り込む。幸い『オタカラ』は目の前に鎮座していた。さっさと奪取しようと駆け寄った僕たちは、突然響いた緊急サイレンに足を止めた。

 『緊急発射シークエンスに入ります』――奥村社長は僕たちの侵入に気づいたらしい。パレス内部の区画をいくらか封鎖・破壊することになってでもUFOの発進を急いでいた。次の瞬間、『オタカラ』が急に浮かび上がり、上部に浮かんでいた物体と合体する。

 

 『オタカラ』が勝手に動き出したのを見たのは初めてだ。モナが「なんだとぉ~!?」と間抜けな声を上げる。

 丁度そのタイミングで、奥村社長の声が響き渡った。声色からして、奥村社長は酷く急いでいるらしい。

 おまけにこの基地も、UFO発進の際に封鎖および破壊される区画に含まれている。

 

 

「お前たちはそこで指を咥えて、この基地と運命を共にするがいい!」

 

 

 そう言い残し、奥村社長は『オタカラ』共々UFOの方へと飛んでいった。

 

 このまま立ち止まってしまえば、奥村社長の言うとおり、僕たちは区画の崩壊に巻き込まれてしまうだろう。パレス内で命を落とした場合、現実世界の僕らがどうなるかなんて考えたくない。

 僕がそんなことを思ったとき、僕の中にいる“何か”がかすかに身じろぎした。擦切れた黄昏を思わせるような瞳が、何か言いたげにこっちへ向けられる。しかし、“何か”は真一文字に口を結んでいた。

 

 

「クロウ、どうしたの!?」

 

「ごめん。今行く!」

 

 

 足を止めてしまった僕を現実へと引きもどしたのは、切羽詰ったジョーカーの声だった。発射シークエンスまで時間がないのだ、足を止めている暇はない。

 怪盗団の面々は、ナビの案内を受けて駆け出した。連絡通路を駆け抜けて、何とかUFO内部へと乗り込む。『オタカラ』はUFO内部の天井に固定された。

 僕たちは奥村社長と対峙する。黒いマントを翻して振り返った宇宙服の総帥は、顔を真っ青にして土下座してきた。「私は改心した!」と。

 

 まさかそんなことを言われるとは思わなかったのだろう。悪い笑みを浮かべながら、奥村社長ににじり寄っていたスカルが呆気にとられたように動きを止める。ノワールも目を丸くした。情けない土下座っぷりを見せつけられ、仲間たちも次々と警戒を解いてしまう。

 

 ()()()()――僕の中にいる“何か”が嘲笑する。その言葉に同意しながら、僕は奥村社長を冷めた目で見つめていた。

 ジョーカーもそれに気づいたようで、ちらりと僕に視線を向ける。『そこで待機してて』と目で合図してきた。僕も小さく頷く。

 

 

「お父様、もう終わりにしましょう? 私はお父様を許します」

 

「春……!」

 

 

 歩み寄って来たノワールを見上げ、奥村社長は感極まったように表情を綻ばせる。――その口元が醜悪に歪んだのを、僕は見逃さない。奴の足元目がけて銃を打ち放つ。

 

 威嚇射撃の発砲音が唸りを上げ、奥村社長は情けない悲鳴を上げてひっくり返った。その拍子に、何かが奴の手から滑り落ちる。奥村社長は慌てて何かを回収しようとしたが、モナがパチンコを使って追撃した。彼の一撃は何かを壊したらしい。警告音が鳴り響き、ジョーカーたちが立っていた床が赤く点滅した。

 仲間たちは即座にその場から離れる。最後尾にいたナビが床から数センチ先に出た直後、床が爆発した。それを見たノワールが目を剥いて、再び奥村社長に向き直る。奥村社長は悔しそうに舌打ちした。奴は僕を睨みつける。醜悪に歪んだ顔を見て、僕はため息をついて肩を竦めた。メディアに出ているときの爽やかな好青年の仮面を被る。

 

 

「貴様、何故これが罠だと分かった!?」

 

「ダメですね、奥村社長。そんなヘタクソな演技(パフォーマンス)、国民は簡単に見抜きますよ? ――こちとら、伊達に人の悪意に晒されてきたワケじゃあねぇんだ。舐めるなよ」

 

 

 即座に地を出し、ドスの効いた声で威嚇する。爽やかな青年が一転して口と柄が悪くなる図は、奥村社長にとって強い衝撃を齎したようだ。大切な女性や仲間たちを守るために鍛え上げた二面性は、きちんと効果を発揮してくれたようだ。

 怪盗団の面々が基本お人好しな分、こういうときは“人の悪意を嫌という程見てきた俺がカバーしなくてはならない”と勝手に自負していた。隠し事ばかりで人の顔色を窺う自分にも、こうしてできることがある。……ああ、こんな役回りも悪くない。

 俺の勢いに続くようにして、ノワールは「お父様を『改心』させてみせます!」と決意を語り、モナが「金や権力ですべてを思い通りにできると思ったら大間違いだ!」と啖呵を切る。ジョーカーも手袋をはめ直しながら奥村社長を睨みつけた。

 

 こうしている間にも、奴のUFOは着々と発進準備を進めているらしい。

 発進までには怪盗団を倒すと宣言した奥村社長は、現れた椅子に腰かけた。

 

 

「貴様ら、絶対に生かして帰さん!」

 

「受けて立とう。――貴方のその狂った野心、頂戴する!」

 

「観念しろ!」

 

 

 それが、開戦の合図だ。

 

 奥村社長はジョーカーとナビの言葉に対し、不敵な笑みを浮かべた。次の瞬間、怪盗団と奥村社長を隔てるようにしてエレベーターが出現する。

 扉には達筆な字で『サービス残業』と書いてあった。開かれた扉から現れたのは、平社員のロボ社員たち。奴らは壁になるようにして奥村社長の前に躍り出る。

 

 

「行け、社員ども! 私の勝利の礎となれ!!」

 

「手下たちが壁になってる……! 全部倒して、アイツを直接攻撃するんだ!」

 

「了解! あれは平社員のロボだから――弱点属性は炎と風よ!」

 

「アタシの出番だね! ――おいで、カルメン!」

 

「ワガハイも行くぞ、パンサー! ――威を示せ、ゾロ!」

 

 

 ナビの指示とクイーンのアナライズを受けて真っ先に飛び出したのは、パンサーとモナだ。彼女と彼のペルソナであるカルメンとゾロが顕現し、前者が炎を、後者が風を巻き起こしてロボたちを一網打尽にした。

 奥村社長は容赦なく次のロボットを召喚する。奥村社長の盾として現れたのは、平社員のロボたちだ。「すべてをマンパワーで解決することが自分の強みだ」と豪語する奥村社長は、物量戦でこちらを圧倒する腹積もりらしい。

 最も、平社員など僕たちの敵ではない。弱点を突きながら攻撃を続ければ、いずれ奴らは消滅する。パンサーとモナだけでなく、ジョーカーも仮面を付け替えて弱点攻撃を繰り出す。あっという間にロボたちは吹き飛んだ。

 

 次に現れたのは主任と平社員の組み合わせである。

 平社員の弱点が炎と風なら、主任の弱点は氷と念動だ。

 

 

「行くぞ、ゴエモン!」

 

「ミラディ、ご覧あそばせ!」

 

 

 フォックスとノワールが躍り出て、ゴエモンとミラディを顕現させる。2体のペルソナは、主任に容赦なく攻撃を繰り出した。他の平社員たちもパンサーやモナが繰り出した属性攻撃で粉砕される。

 

 次に奥村社長が召喚したのは、係長と主任の組み合わせだ。

 主任の弱点は氷と念動で変わらないが、係長の弱点は電撃と核熱だ。

 

 

「ブッ放て、キャプテンキッドォ!」

 

「ヨハンナ、フルスロットル!」

 

 

 我先にと飛び出したスカルがキャプテンキッドを顕現し、数多の雷を降らせる。同時に、クイーンがヨハンナを顕現させ、核熱の光を浴びせた。

 追撃とばかりにジョーカーが仮面を切り替えて核熱の光を放てば、係長は呆気なく吹き飛んだ。主任一同はフォックスとノワールが文字通り殲滅する。

 奥村社長が次に呼びだしたのは、係長と課長である。係長の弱点は電撃と核熱だが、課長の弱点は風と祝福属性だ。

 

 

「行くぞクロウ!」

 

「了解、モナ! ――射殺せ、ロビンフッド!」

 

 

 ゾロが巻き起こした風と、ロビンフッドが炸裂させた祝福の光によって、課長はあっという間に粉砕された。勿論、係長もスカルとクイーンが片付けている。マンパワーを売りにしている割には、ロボ社員たちが脆い気がした。

 

 思えば、このパレスにいる社員たちは些か耐久性が足りないように思う。弱点攻撃を数発叩き込めばあっという間に止まってしまうのだ。疲労が蓄積しているのか。

 奥村社長は“社員が疲弊している”という認識を持ちながらも、彼らを容赦なくこき使っている。その影響がパレス内のロボ社員にも反映されているのかもしれない。

 

 僕がそんなことを考えていたとき、奥村社長は新手を召喚してきた。課長と部長のロボである。

 課長の弱点は風と祝福属性だが、部長の弱点は念動と呪怨属性。ジョーカーがニヤリと笑った。

 彼女は即座に仮面を付け替える。顕現したのは、彼女が最初に目覚めさせたペルソナ――アルセーヌだ。

 

 

「奪え、アルセーヌ!」

 

 

 湧き上がった黒い闇が部長に牙を剥く。膝をついた部長へ、ノワールがミラディを顕現して追い打ちを仕掛けた。念動属性の攻撃が炸裂し、部長は膝をつく。

 

 

「たるんでいるな……愛社精神を見せろ!」

 

 

 それを見た奥村社長が叫んだ。一枚の紙がひらひらと宙を舞う。その紙はネクロノミコンの真下に落下した。

 ナビはそれをキャトルシュミレーションで回収すると、早速読み上げた。内容は簡潔に、自爆指令とのこと。

 

 勿論、奴らをこのまま自爆させるつもりはない。顕現したアルセーヌとミラディが、容赦なく弱点属性攻撃を叩きこんだ。自爆を行う間もなく、部長が吹き飛ぶ。

 

 怪盗団の強さを目の当たりにした奥村社長は舌打ちし、新手を呼びだした。召喚されたのは部長より上の階級――専務である。黒いスーツに紫のネクタイを締めたロボは、部長よりも一回り大きな体躯をしていた。

 奥村社長に命じられた専務は唸りを上げて腕を振り上げる。フォックスが顕現したゴエモンのサポートによって素早く動けるようになった僕たちは、専務の攻撃をかわした。轟音と共に床が凹む。まともに喰らったら潰されていただろう。

 僕らが苦い顔を浮かべていることを知ってか知らずか、奥村社長は専務に指示を出した。専務は手を止めて集中し始める。ジョーカーは嫌な予感を感じたようで、「みんな、防御して!」と叫んだ。反射的に防御をした僕らに、眩い光が襲い掛かる。

 

 

「ッ……!」

 

 

 防御が間に合わなかったら、僕たちは大きなダメージを負っていたかもしれない。僕はどうにか体を起こす。そこへ、回復術を使える面々からの治療が施された。誰1人として闘志は折れていない。

 

 仕返しと言わんばかりに僕らは攻めに転じた。自分が使える攻撃手段の中で、一番威力が高いものを次々と叩き込む。奥村社長の切り札に相応しい耐久力と破壊力を有していたが、限界は近いようだ。奴の身体がふらふらと体が傾く。

 「命に代えてもそいつらを殺せ!」――奥村社長の激励に答えようとのたうち回る専務だが、結局はノワールが顕現したミラディの攻撃を叩きこまれて崩れ落ちた。自分の切り札が倒されたことに戦き、奥村社長は慌てたようにして社員を召喚しようとする。

 

 

「な、何故だ!? 何故誰も来ない!? ――おい、誰かいないのか!? おいッ!?」

 

 

 何度も何度もエレベーターが現れたが、中に社員は乗っていない。人海戦術にだって限りがあるのだ。人を使い潰し続けた末路が、「自分の危機に誰も来ない」という結末。

 エレベーターの扉に書かれた文字も、『サービス残業』から『面談面接中』に切り替わっている。……成程。新手を呼ぶためには、社員の調達から始めなければならないようだ。

 恐れ戦く奥村社長へ、僕らは迷うことなく攻撃を仕掛ける。本人には対して戦闘力がなかったらしい。彼が座っていた椅子が突如暴走を始め、奥村社長は地面に叩き付けられた。

 

 その瞬間、アナウンスが響き渡る。『エスケープ・ユートピア号の発進は中止。無期限停止になりました』――それは、奥村社長の夢が絶たれた瞬間だった。

 地鳴りのような轟音と共に、発進寸前だったUFOは動きを止めた。それを見た瞬間、奥村社長は途方にくれたような顔をして、「私のユートピア……」と呟いた。

 

 僕たちは奥村社長を包囲する。最早、奥村社長は抵抗する気力もないのだろう。大人しく項垂れた。

 

 

「所詮、私は敗北者の血筋か……」

 

「お父様……」

 

「今まで申し訳なかった、春」

 

「……顔を上げてください、お父様」

 

 

 ノワールの言葉に従った奥村社長は顔を上げ――ある一点を見つめ、ハッとしたように目を見開く。

 

 

「危ない、春!!」

 

 

 奥村社長は間髪入れずノワールに覆いかぶさる。一歩遅れて銃声が響いた。弾丸は奥村社長の右腕に当たり、奥村社長は苦悶の声を上げる。ノワールは顔を真っ青にした。

 

 

「お父様!」

 

「ノワール、奥村社長!」

 

 

 ジョーカーが即座にペルソナを付け替え、ノワールと奥村社長の前に躍り出た。物理反射の特性を持つペルソナのおかげで、間髪入れず降り注いだ奥村親子への凶弾――その雨あられを跳ね返す。銃弾の飛んでいった方向を視線で追った僕もまた、ロビンフッドを顕現して追い打ちした。

 祝福属性の光が爆ぜる。白い輝きの中に、僅かながら人影が見えた。僕と同じ進学校の制服がちらつく。ほんの一瞬見えた奴の顔は、残忍な表情をしているということは分かるが、どんな顔立ちをしているのか()()()()()()

 

 その特徴には覚えがある。奴が『廃人化』を専門とするペルソナ使いにして暗殺者(ヒットマン)、獅童智明だ。奴とは何度も顔を会わせてきたが、認知世界――特にパレスで、奴の存在を確認したのは今回が初めてである。

 剣呑な表情を浮かべた僕の姿を見て、ジョーカーたちが奥村親子を守るようにして前に出た。モナ、パンサー、クイーンは奥村社長の傷を癒すためにペルソナを顕現して治療術を施す。僕の耳は、獅童智明の舌打ちを聞き取った気がした。

 手当てを受ける奥村社長の傷は、僕らが危惧したような重症ではないようだ。ナビがノワールへ「傷はそんなに深くない!」と分析結果を伝えており、それを聞いたノワールがホッとしたように父親を抱きしめた。

 

 ノワールが父親の奥村社長を『改心』させようと思ったのは、父親が憎かったからじゃない。父親を愛していたからだ。

 

 

「怪我は、ないんだな? ……よかった、春」

 

「私は大丈夫です。お父様のおかげです」

 

 

 僕たちに欲望を正された奥村社長は、ノワールの想いを受け止められるような心の持ち主へと変わったらしい。

 涙を浮かべる娘を見つめる奥村社長の眼差しは、どこまでも優しかった。そんな父を目の当たりにしたノワールも、何度も頷く。

 普段なら感動してもおかしくない場面だった。けれど、それを許しはしないと言わんばかりに、新手が現れる。

 

 

「シャドウの群れ!?」

 

「パレスの主であるオクムラは戦意を喪失したハズだ! なのにどうして……!?」

 

 

 突如、UFO内部に大量のシャドウが出現した。奴らは僕たち怪盗団だけでなく、城の主である奥村社長に対しても、激しい敵意を剥き出しにしている。驚きの声を上げるクイーンとモナだが、異変はそれだけでは終わらなかった。

 シャドウの足元から黒い霧が湧き上がる。それを纏った途端、奴らの瞳が金色に輝いた。心なしかシャドウの体躯が一回り大きくなり、身体の色合いが黒く影を帯びたような気がする。それを見たナビが声を荒げた。

 

 

「な、なんだ!? シャドウの戦闘能力が急激に上昇……まさか、これが精神暴走!?」

 

「では、先程奥村社長を狙撃したのは――!」

 

「アイツが、クロウが言ってた『廃人化』専門のペルソナ使い……獅童正義の『駒』ってことか!」

 

 

 フォックスとスカルは剣呑な面持ちで戦闘態勢を整える。奥村社長との戦いで疲労していたが、そんな泣き言を叫ぶ暇はない。

 

 

「成程。怪盗団(私たち)奥村社長(パレスの主)、双方が疲弊する瞬間を待ち構えていたってことか……!」

 

「この卑怯者! アンタ恥ずかしくないの!?」

 

「…………」

 

 

 ジョーカーとパンサーに睨みつけられても、智明は無言のままだ。奴の顔は()()()()()()が、僕たちを見下していることは間違いない。腹立たしさと苛立ちが募る。

 

 智明が手で合図する。それに呼応するようにして、シャドウの群れは奥村社長に向かって襲い掛かった。僕らは奥村社長を庇いながらシャドウと戦いを繰り広げる。

 精神暴走を引き起こしたシャドウは、本人の限界以上の力を発揮していた。守りを捨て、自身が傷つくことも厭わず、攻撃に固執している。見ているこちらが怖くなる勢いで、だ。

 下手すれば、生半可なペルソナ使いだけでなく、戦い慣れたペルソナ使いでさえ圧倒できる戦闘力を有している。なんて厄介な敵なのだろう。僕は舌打ちして突剣を振るった。

 

 ()()()使()()()()()()()()便()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――その思考回路にぶち当たった途端、僕は反射的に“何か”へと視線を向けていた。“何か”はこの状況と似たような出来事を探しているようで、必死になって打開策を導き出そうとしている。

 今すぐ奴を問い詰めてやりたいが、そんな余裕はどこにもなかった。物量戦を仕掛けてきた相手に対し、少数精鋭・怪我人にして素人である奥村社長を守りながら戦う僕たちが不利になるのは必然だった。戦線を保つことすら難しい。このままでは、奥村社長共々嬲り殺される。

 

 

(クソが……!)

 

 

 焦燥感に駆られながら、俺は智明を見上げた。奴は柱の上からこちらを見下しているだけで、下りてくる気配はない。奴が精神暴走させたシャドウの群れにすべてを任せるつもりでいるのだ。

 認知世界に跋扈する異形は幾らでも替えが効く。大量に召喚することも可能だ。その様は、民衆を操作しながら見下す獅童正義と通じるものがある。奴らの思考回路を理解できてしまう俺も末期だろうが。

 

 

「ジョーカーダウンッ! 誰かフォローを!」

 

 

 悲鳴にも似たナビの声が響き渡る。俺が振り返った先には、膝をつきながらもシャドウを睨みつけるジョーカーの姿があった。

 

 彼女に襲い掛からんとするシャドウの弱点は、ロビンフッドの得意とする祝福属性。すかさず俺がフォローを入れようとしたが、シャドウの群れに阻まれる。

 俺の前に立ちはだかったシャドウたちはみんな、祝福属性や呪怨属性を無効化、あるいは反射する連中ばかりだ。突剣で薙ぎ払おうにも数が多すぎた。

 他の面々もジョーカーの元へ向かおうとしていたが、自身のペルソナが得意とする属性攻撃を無効化、あるいは反射するシャドウの群れを差し向けて身動きが取れない!

 

 ジョーカーの息の根を止めようと、シャドウが迫る。

 俺の手は彼女に届かない。

 

 何もかもがスローモーションのように流れて――

 

 

「――カグヤ、マハンマオン!」

 

 

 ジョーカーに襲い掛かったシャドウたちに、破魔の光が襲い掛かる。本来、ハマやムド系の即死技はギャンブル扱いされるため使いづらい。しかし、今顕現したペルソナは、ハマ系の属性攻撃で高い必中率を誇っていた。ハマ属性を弱点にしているシャドウは百発百中で殲滅できる。

 このペルソナ――カグヤを使える人間は2人だけだ。1人は八十稲羽の超チートお天気お姉さんとして活躍する美女・久須美鞠子だが、彼女の生まれや特性上、八十稲羽を離れることには若干の抵抗があるらしい。“上京する度迷子になる”というのも理由だろう。

 そうなれば、このペルソナを使えて東京にいる人間は1人だけだ。八十稲羽の土地神、その1側面を司る不思議系美女と深い絆を結んだ八十稲羽のペルソナ使い――特別捜査隊リーダー・出雲真実。彼は躊躇うことなくシャドウを袈裟斬りし、ジョーカーを庇うように前に立った。

 

 

「間に合ったようだな」

 

「真実さん! どうしてここに!?」

 

「至さんから『後輩を助けてほしい』ってメッセージと、“イセカイナビ・マモン限定版”が届いた。だから、物産展の準備を切り上げてきたんだ」

 

 

 不敵に微笑んだ真実さんは、伊達眼鏡をくいっと動かした。偽りだらけの霧が充満するテレビの世界で、真実を見通すための補助器具だ。

 それは欲望で歪んだパレス内部でも役目を果たしているらしい。彼はイザナギを召喚し、シャドウたちを屠っていく。

 

 援軍は真実さんだけではないようだ。四方八方からペルソナが顕現し、強化されたシャドウたちを薙ぎ倒していく。風が巻き起こり、氷が敵を穿ち、雷が迸った。

 

 

「敵ダウン! その調子で攻めるよ!」

 

「陽介、みんなの回復頼む! クマと完二は攻撃続行! りせは援護を!」

 

「任せろ相棒!」

 

「了解ッス!」

 

「任せるクマー!」

 

 

 真実さんは特別捜査隊の面々へ、的確に指示を出す。霧に覆われたテレビの世界を駆け抜けた嘗ての『ワイルド』使い――特別捜査隊のリーダーを務めた男だ。陽介さん、クマ、完二さん、りせさんも二つ返事で行動へ移る。

 陽介さんが顕現したタケハヤスサノオが治癒術兼回避上昇効果のある技を使い、俺たちの傷を癒した。完二さんのタケジザイテンとクマのカムイモシリがシャドウたちを吹き飛ばす。りせさんのコウゼオンが身体能力向上効果のある援護技を使った。

 

 

「スゲェ……! 俺も負けられねぇな! ――行くぜキッドォ!!」

 

「うむ! ワガハイも続くぞ、ゾロ!」

 

 

 先輩たちの活躍を間近で見て火がついたのだろう。完二の攻撃にスカルが、クマの攻撃にモナが追撃する。それを見た完二さんとクマも不敵に笑った。彼らは自然と背中合わせになり、次々と敵を薙ぎ倒していく。

 

 その脇で、真実さんと陽介さんが息ぴったりの連携を披露して敵を屠っていった。その輪に、フォックスやパンサーらも加わって、シャドウを吹き飛ばした。

 八十稲羽物産展の参加者が乱入してきたことにより、怪盗団は勢いを取り戻した。文字通りの形勢逆転。俺は柱の上に佇む智明を見上げる。

 智明は俺たちを一瞥すると、そのまま俺たちに背を向けた。自身の不利を察したのか、このまま逃げるつもりらしい。

 

 

「逃してたまるか!」

 

「貴様の正体を現せ! ――幾万の真言!」

 

 

 俺が銃を、真実さんがペルソナを顕現して攻撃を仕掛ける。真実さんが顕現したのはカグヤではなく、彼が導き出した答えそのものを司るペルソナだ。

 誰もが望む都合のいい嘘を消し、清濁併せた真実を見通すための力。イザナミノミコトを降したその力は、逃げようとした智明へと襲い掛かった。

 

 刹那、智明を守るようにして光が爆ぜた。認知を好き放題に弄り回す絶対的な力が、真実さんのペルソナの力を寸でのところで受け流す。だが、全てを無効化できたわけではないようで、ほんの僅かだが、奴の姿が見えたような気がした。

 

 薄らと見えたのは異形の影。智明の姿は溶けるようにして消え去る。

 代わりに、奴を追跡しようとした俺と真実さんの前に黒い影が現れた。

 

 

「ウッヂュー!」

 

 

 その掛け声には覚えがあった。愛くるしいネズミを思わせるような機械仕掛けの外見と、背中に背負った機関銃の物々しさによるギャップに体が引きつる。俺の脳裏に浮かんだのは、12年前に体験した聖エルミン学園高校での出来事だ。当時の俺――6歳児と同じ年頃の少女が高校生に差し向けた敵。

 

 

「な、なんだあれ!?」

 

「か、かわいい……!」

 

 

 完二さんを除いた男性陣が目を剥き、ジョーカーを除いた女性陣と完二さんが目を輝かせる。

 初見の女性陣が興味本位で近づいた途端、呆気にとられた男性陣に何が起きたのか。

 聖エルミン学園高校で発生した“幼児(に)虐待(される)事件”が、俺の頭の中で、鮮明によみがえる。

 

 

「馬鹿、油断するな! アレは――」

 

「うわああああああああああああ!!?」

 

 

 俺が仲間たちに注意を促すよりも先に、テッソの機関銃が火を噴く方が早かった。仲間たちは寸でのところで回避したり、防御することでダメージを最小限に抑える。

 文字通りの強襲に、仲間たちはテッソの危険度合いを理解してくれたらしい。全員気を引き締めて、テッソへと挑みかかった。

 

 

◇◇◇

 

 

 聖エルミン学園高校の悪夢――テッソの乱入によって巻き起こった大乱闘が終結したのは、暫く後のことだった。

 

 奴は機関銃を打ち放ち、核熱属性(フレイ)系や万能属性(メギド)系の攻撃を繰り出してきた。弱点を突かれてダウンする仲間もいたが、ジョーカーや真実さんのペルソナによるマカラカーンやテトラカーンで反射や無効化し、回復術を使える面々が治療を施すことで凌ぐ。

 テッソの弱点はあの頃と同じく電撃属性が通った。ジョーカーや真実さんのペルソナ、完二さんのタケジザイテン、スカルのキャプテンキッドによって雷属性祭りが開催されたのは当然のことである。ついでに、ひっくり返ったところをホールドアップし総攻撃した。

 特別捜査隊が結成され、事件を解決してから早5年。当時は自転車でシャドウへ突撃していた完二さんもバイクの免許を取っている。勿論、バイクに乗って援護攻撃をしてくれた。因みに、攻撃する度にバイクが壊れる陽介さんは、案の定、やっぱり今回もバイクは大破した。

 

 後に、僕から完二さんの武勇伝――自転車で暴走族を撃退――の話を聞いた竜司が脱帽した顔で「自転車でバイクと並走する脚力って……」と呆気に取られていた。

 何度聞いてもシュールな光景だ。隣で僕の話を聞いていた真――バイク乗り――に至っては、完二さんに追いかけ回されたであろう暴走族に同情していた。閑話休題。

 

 

『私は獅童正義からビジネスを持ちかけられてね。商売敵を排除する代わりに、多額の献金を持ち掛けられた。その条件の中に、“商売敵の排除に使う手段に関しては、絶対に追及しない”という取り決めもあったんだ』

 

 

 智明の襲撃からどうにか生き残った奥村社長のシャドウは、彼が知りうるすべての情報を洗いざらい話してくれた。果たして僕の予想通り、“奥村社長は『廃人化』ビジネスに関わってはいたが、その手段に関しては一切知らないまま利用していた”ようだ。獅童は最初から、奥村社長にすべてを押し付けるつもりでいたらしい。

 奥村社長は春と千秋の婚約破棄と千秋の兄との再婚約を撤回し、春と千秋の関係を当人たちに任せると約束してくれた。ただ、自身が『改心』した後のことに懸念があるようで、『会社ももう終わりだろうから、婚約を続けるメリットがない。むしろ切り捨てられるだろう。向うの家がどう判断するかは分からない』と、不安そうな顔をして娘を案じていた。

 

 

『アンタが心の中に還れば、現実世界のアンタが『廃人化』専門の暗殺者(ヒットマン)から狙われることはなくなる。けど、現実世界側からアンタを消そうとする奴がいるんだ』

 

『……だろうな。私は敗者だ、そうなる予感はしていたよ』

 

 

 俺の言葉に対して諦めたように笑った奥村社長へ、ノワールが歩み寄る。

 

 

『償うことを、生きることを諦めないでください。“自分の責任は自分にしか果たせない”……お父様が私に教えてくれたことでしょう?』

 

『誰にだって、やり直しの機会があってしかるべきだ。死んで楽になるんじゃなくて、生きて罪を償ってほしい。たとえそれがどんなに苦しくても……』

 

 

 陽介さんは八十稲羽での出来事を思い出すようにして目を伏せた。彼はあの事件で初恋の女性を亡くしている。その関係者――テレビに映し出された人物を救おうとしてテレビの中に突き落とした人物や、テレビの中で化け物に襲われたら死ぬことを分かっていて事件を引き起こしていた犯人と対峙した陽介さんは、彼らを手にかけなかった。

 犯行内容や犯人に対して一番憤っていた人間だった陽介さんは、彼らに罪を償ってもらうことを要求したのである。結果、善意が空回りした方の犯人は――前歴の件で――七転八倒しながらも八十稲羽の市議会議員として再出発を果たし、もう片方は拘置所で囚人生活を送りながら堂島家や真実さんと文通を続けている。

 双方共に過ちから学び、もう一度真っ当に歩き出そうとしているのだ。もっとよりよい明日を手に入れるために、目先のことで惑わされずに生きていけるように。一歩間違えれば、彼らも道を閉ざされてしまっただろう。彼らの頑張りを知っているからこそ、陽介さんも奥村社長が“やり直すチャンス”を得られるようにしたいと思っている。

 

 不意に、“何か”が身じろぎした。“何か”の視線はジョーカーへ向けられる。()()()()()()()()()()()()()()――そこで“奴”は言葉を飲み込んだ。

 

 脳裏に浮かんだのは箱舟の機関室。シャッターが隔てるのは、光溢れる道を往く正義の義賊と、闇の中を這いずり回っていた卑劣な殺人者だ。()()()()()()()()()――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 手酷く裏切って傷つけた“何か”に対し、正義の義賊は躊躇うことなく手を伸ばした。『一緒に行こう。決着をつけよう』と手を伸ばし、さも当然のように笑いかけてくれた。シャッターで隔てられたときですら、名前を呼んでくれた。何度も、何度も、何度も。

 

 

―― 生きてほしかったんじゃないかな ――

 

 

 僕が“何か”に声をかけると、“何か”は首を動かしてこちらを見上げる。

 

 

―― 他ならぬお前に、生きてほしかったんじゃないかな。“その子”は多分、罪だ罰だ関係なしに、お前のことを大切に思ってたんだよ ――

 

 

 ()鹿()()()()と“何か”は呟いた。

 嬉しいくせに、悲しそうに嘲笑する。

 ……やはりこいつは難儀だ。閑話休題。

 

 

『確かに、お父様の仰る通り、会社や私たちへの風当たりは強くなるでしょう。でも、だからこそ、私は私のやり方で最善を尽くす。奥村の娘として、責任を果たします』

 

『あんたは父親だろ? 娘が覚悟決めて立ってんだ。父親のあんたが逃げてどうすんだよ』

 

 

 5年前は金髪で、文字通りの不良だった完二さん。憧れの男は聖エルミンの裸グローブ番長。今は巽屋を継ぐための修行中――客商売を主に行っているためか、きっちり七三分けの黒髪に眼鏡という格好となっていた。

 

 それでも、硬派で義理堅い性格は変わらない。自身の好み――可愛いものが好きで、裁縫や料理と言った女性的な趣味がある――をコンプレックスと認識することもなくなった。

 他者からそれを指摘され馬鹿にされても、完二さんはもう揺らがない。悪意によって過去を引き合いに出されて距離を置かれても、逃げることなく真っ直ぐに向き合っている。

 

 

『もうこれ以上、春チャンを悲しませちゃダメクマよ! その為にも、絶対生きて罪を償うクマ』

 

 

 普段は下心満載で女の子に近づくクマだけれど、大事な局面では心から誰かを心配できるような人物(……人?)だった。彼の目は、純粋に奥村親子を思っている。

 マスコットがモノを言う時点で奥村社長は度肝を抜かれた様子だったが、怒涛の波状攻撃から生き残った疲労感のせいか、突っ込むことを放棄したようだ。

 そのせいか、奥村社長はクマの言葉に反論する様子もなく、『ああそうだな』と小さく頷いた。憑き物が落ちたみたいな穏やかな笑みを見て、ノワールも嬉しそうに目を細める。

 

 仲間たちの言葉を聞いた奥村社長は『オタカラ』を僕らに引き渡し、静かに微笑みながら彼の心へ還っていった。

 案の定、パレスは崩壊を始める。壊れたバイクを回収できず嘆く陽介先輩を半ば拉致する形で、僕たちは大慌てで現実世界へ帰還した。

 

 ――それが、丁度数日前の話である。

 

 

「はいはーい! 八十稲羽名産のビフテキ串だよー!」

 

「美味しいビフテキ串クマよー!」

 

 

 陽介さんとクマがビフテキ串を売りさばく声を聞きながら、僕たち怪盗団は八十稲羽物産展の休憩スペースに腰かけていた。開催初日とあって、八十稲羽の様々な商品が目白押しである。

 

 小さな特設ステージではりせさんが新曲を引っ提げてゲリラライブを行っていた。物産展に並べる商品とのタイアップも好評なようで、初日から飛ばしているそうだ。

 数年前まで『八十稲羽の名産はビフテキ串だけしかないよね。なんかあったっけ?(意訳)』と言って首を傾げていた商店街にも、新しい名産品が続々と誕生しているという。

 地酒、豆腐、染物――様々なブースが並び、どこも人で一杯だ。特に人気なのが巽屋で、完二さんが手作りした小物やぬいぐるみ類――数量限定品――が飛ぶように売れている。

 

 

「しかし、僅か数日でモルガナぬいぐるみとテッソぬいぐるみをここまで量産するとは……」

 

 

 完二さん手作りのクマストラップを購入した祐介が、巽屋のブースに視線を向けながら感心したように頷いた。

 商品棚には染物生地で作った洋服だけでなく、大小様々なサイズのぬいぐるみが並んでいる。

 

 その中にはモルガナ(黒猫)ぬいぐるみやモナぬいぐるみ、モ(ルガ)ナカーぬいぐるみが鎮座していた。怪盗団のマスコットが並ぶ段の一つ下には、機関銃を背負ったネズミがずらりと並ぶ。何も知らぬ客がテッソぬいぐるみを買っていく度、完二さん以外の人々が渋い顔をした。特に僕とモルガナが。

 ただ、モルガナは、杏がモナぬいぐるみを抱きしめている姿を見ても渋い顔をしていた。そりゃあ、好きな女の子から己がまともに抱きかかえられたことがないのに、ぬいぐるみ風情が可愛がられるという現実には思うところがあるのかもしれない。

 鞄の中でぶすくれるモルガナだったが、完二さんから「モルガナが可愛かったからこのぬいぐるみができた」と言われてご満悦だった。それを見た僕は、『魔術師のアルカナ適性が高いペルソナ使いは総じてお調子者だと聞いたことがあるな』と考えていた。

 

 

「モナぬいぐるみデフォルメバージョン買ったー! すっげー可愛いー! 完成度も高いし、あの完二って人凄くね!?」

 

「玲司さんの話題で盛り上がったついでに、『ぬいぐるみをおふくろのお土産にしたいけど手持ちが厳しい』って話したら、『母親を想う漢に相応しいものを』って、一番でっかい奴を半額で譲ってもらったんだ……。あの人も漢だよなー」

 

 

 双葉と竜司がぬいぐるみを抱えながらうんうん頷く。

 

 

「八十稲羽の地酒、千秋さん喜んでくれるかしら。……お父様も」

 

「春……」

 

「大丈夫だよマコちゃん。お父様のシャドウはお父様の心の中へ還ったから、もう『廃人化』によって狙われることはない。……怪盗団の一員として、私たちは最善を尽くしたの」

 

 

 自分が購入したお土産類を見つめる春に、真が心配そうに声をかけた。春は微笑んで気丈に振る舞って見せたが、心のどこかで不安を抱えていることは明らかだった。

 奥村社長の『改心』を待つ中、春は八十稲羽物産展に参加している。今回の八十稲羽物産展への参加は、怪盗団の仕事がひと段落したことと、春との交流会を兼ねていた。

 

 春の報告によると、奥村社長は以前よりも穏やかな雰囲気へと変わって来たらしい。鴨志田や班目のとき同様、『改心』の兆候はきちんと出てきている。あとは10月11日の結果と、奥村社長出頭が無事に成功するかどうかだ。ここから先は大人たちにバトンタッチする形となる。

 管轄外と言うことで邪魔者扱いされながらも、周防刑事や達哉さん、真田さんたち警察組も動き出していた。パオフゥさんやうららさん、直斗さんの探偵組も同様だ。至さんも最近駆けずり回っているらしく、ご飯類が作り置きされるようになった。

 ちなみに、八十稲羽物産展は来週末で終了だ。奥村社長『改心』の結果を待つ暇なく、陽介さん、クマ、完二さんは八十稲羽に帰らなくてはならない。りせさんにも仕事が入っている。スケジュールの合間を縫って協力してもらったのだから、文句は言えない。

 

 

「みんなはよく頑張ったよ。だから、今はゆっくり体を休めるべきだ」

 

 

 そう言って、真実さんがビフテキ串を差し出した。「先輩からの奢りだ」と笑った彼の言葉に従い、僕らはビフテキ串を手に取る。久しぶりに齧った八十稲羽の名物は、相変わらず適度な硬さがあった。

 

 

「春、楽しそうだね」

 

「ええ。こういう物産展に足を運んだ経験はあまりなかったから。みんなとここに来るの、楽しみにしていたの」

 

 

 黎の問いに、春は嬉しそうに微笑む。豪快にビフテキ串を噛み千切った黎に対し、春は難儀している様子だ。けど、それ自体が春にとって新鮮な体験なのだろう。

 「屋台の料理が美味しいと感じるのは、お祭りが楽しいからかもしれない」と春は笑った。今この瞬間だけは、抱えていた不安を手放すことができたらしい。

 

 僕らは楽しい時間を過ごす。その間にも、色々なことがあった。

 

 売り子の合間を縫うような形でクマが女性陣の和に入り、彼女らを口説こうとして失敗した。完二さんの作ったテッソぬいぐるみがSoldOutしてモルガナが苦々しい顔をしていた。猫として女性陣に撫でまわされるモルガナを羨ましがるクマと、人間体になれるクマを羨ましがるモルガナが本気の喧嘩を始めて、黎と真実さんに叱られていた。

 タイアップ商品の抽選に当たった杏が、りせさんと一緒にステージに立つことになって大はしゃぎしていた。クマも抽選に当たったらしく、それを聞いたモルガナが「アン殿の護衛だ!」と言ってステージへ上っていた。八十稲羽物産展を企画した張本人である生田目氏と再会し、彼は僕や黎、真実さんたちに激励の言葉を贈ってくれた。

 ビフテキ串の値段が安価であることを知った祐介が、「非常食用に」と大量に買い込んでいた。物産展に家族でやって来た城戸さんの姿を見た完二さんと竜司がキラキラ目を輝かせて話し込んでいた。美鶴さんと南条さんが物産展にやって来て、ビフテキ串を食べるのに四苦八苦していたのを見かけて大騒ぎになった。

 

 

「しかし意外だったぜ。奥村社長の『オタカラ』がプラモデルだとは思わなかったな」

 

 

 喧騒も落ち着いてきた頃、話題は奥村社長から頂戴した『オタカラ』へと変わった。切り出したのは、本日のシフトを終えた陽介さんである。竜司もサイダーを煽りながら頷く。

 

 

「確かに驚いたよな。プラモ1000個くらい買えそうじゃん、春んち」

 

「しかも、見る限りかなりの年代物だね。発売当時が大したこと無かったとしても、その業界では値打ちがありそうだ」

 

「……お父様、あんなふうになる前に話してくれたことがあったの。『子どもの頃、どうしても欲しかったプラモデルがあった』って。でも、お爺様にねだっても、結局買ってもらえなかったらしくて」

 

 

 プラモデルをまじまじと観察していた黎の姿を見て、春が話してくれた。

 

 オクムラフーズは3代続いた会社だが、先代社長である春の祖父が経営していた頃はまだ小さな会社だったらしい。同時に、春の祖父はかなりの人情経営を行っていたらしく、知り合いに無担保で金を貸したこともあるそうだ。

 人情だけで渡っていける程、会社経営は甘くない。借金はかさみ、奥村社長の家にはしょっちゅう取り立てが来ていた。幼い頃に味わった借金取りへの恐怖は、奥村社長の心に影を落とし続け、歪んだ欲望――パレスとして顕現したのだろう。

 

 

「自分が誰かに幸せを踏みにじられた反動か。……なんだか、やるせないな」

 

 

 真実さんは悲しそうに呟く。真実さんも、親の都合――文字通りの転勤族で、しょっちゅう転勤していた――で各地を転々としていた。

 友達を作ってもすぐに学校が変わってしまうため、八十稲羽に来る前までは“人付き合いに意味を見いだせずにいた”という。

 但し、親戚付き合いに関しては、愉快な大人たちや黎たちとの交流があったために“親戚付き合いは大事”と認識していたらしい。

 

 八十稲羽で奇跡のような1年を過ごした真実さんは、消して途切れぬ絆を手に入れた。愛する人と運命の出会いを果たし、『神』から与えられた理不尽――試練を乗り越えてみせた。かけがえのない絆を得たからこそ、今こうして生きている。

 人と絆を結ぶことの尊さを知らずに過ごしていた時期を考えると、ある意味で真実さんも“自分の幸せを、他者の都合で踏み躙られてきた被害者”と言えるのかもしれない。それでも彼が歪まなかったのは、「仲間たちがいたから」という言葉に尽きるだろう。

 

 その隣でスマホをいじっていた双葉が目を剥いた。「プラモやばい」という壊滅的な語彙で彼女が伝えたのは、奥村社長の『オタカラ』の値段。

 

 

「……なあ。これ、俺の見間違いじゃないよな?」

 

「0の数が凄まじいクマ……」

 

「プラスチックにこんなに金出すのかよ……」

 

「趣味の世界ではあり得ると聞いていたが、実物を見たのは初めてだな」

 

 

 陽介さんが口元を引きつらせ、クマ――着ぐるみを脱いで人の姿になった――が何度も桁数を数え直し、竜司が目を丸くして、祐介がまじまじと値段を見つめる。俺もそれを覗いてみた。……ハッキリ言おう。馬鹿みたいな金額だった。

 

 

「このプラモが高額な理由が書いてあるよ。プラモを作った会社が倒産した時期が、このプラモが発売された1か月後なんだって」

 

「成程。市場に出回った数量が少ないから、必然的に値段が跳ねあがったってことか……」

 

 

 思いがけぬ収入が入ったことに、僕たちは顔を見合わせた。これなら、奥村社長『改心』の打ち上げパーティは派手になりそうである。

 気が早い連中は「今度はどこで何を食べようか」と話し合いを始めた。僕と黎はそんな仲間たちを見守り、そんな僕たちを先輩たちが見守る。

 

 ()()()()()――僕も、僕の中にいる“何か”も、同じことを考えていた。仲間たちがいて、先輩たちがいて、戦いで時に疲弊しながらも、今この瞬間がとても充実している。生きていると感じられる。それがとても嬉しい。

 僕がその充足感を味わっていたとき、僕よりも先に“何か”はその余韻から覚めたらしい。剣呑な面持ちになって歯噛みする。()()()()()()()()()()1()()――“何か”が警告するように僕に言った。()()()()()()()()()()()と。

 ―― 勿論、お前も一緒だろ? ――僕がそう問いかけると、“何か”は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして僕を見返した。真ん丸に見開いた目をぱちくりさせると、額に手を当てて深々とため息をついた。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――呆れた調子でため息をつくくせに、どうして“何か”の口元は嬉しそうに緩んでいるんだろう。どうして幸せそうにに揺らめく“何か”の瞳から、ボロボロと涙が零れ落ちているのだろう。実に難儀である。

 

 

「それじゃあ、春の歓迎会どうしようか?」

 

 

 「私個人としても、怪盗団のリーダーとしても、もっと春と一緒に話がしたいんだ」――黎の言葉を聞いた仲間たちは、次々と春に声をかける。

 帝都ホテルにあるビュッフェでスイーツを食べよう、銀座で寿司を食べよう、公園を散策しよう等々エトセトラエトセトラ。

 仲間たちの話を聞いていた春は少し悩んだ後、照れたように笑いながら言った。

 

 

「みんなで文化祭を回ってみたいな」

 

「文化祭って、秀尽学園高校の?」

 

「そういえば、もうすぐウチの学校の文化祭だったな……」

 

 

 春の提案を聞いて、杏と竜司が目を丸くした。お金持ちが望みそうなスケールから逸れていることが原因だろう。あまりにもささやかな願いだったというのも理由かもしれない。

 

 

「なら、俺も来ていいか?」

 

「他校生も歓迎してるわ。その日が空いているなら、来ても大丈夫だと思う。確か、10月25日と26日だったかな」

 

「文化祭、か」

 

 

 祐介と真の会話を聞きながら、僕は自分の予定を確認してみた。僕の学校の文化祭は、秀尽学園高校より1週間遅い29日と30日だ。

 正直な話、自分の学校の文化祭に対する興味関心が非常に薄いので、何か適当な用事を入れてサボろうかと思案していたりする。

 

 逆に、黎の学校の文化祭には酷く興味関心があった。――主に、黎へ近づいてくる男どもを撃退するための決戦日として。

 

 とりあえず予定を確認し、この日だけはどうにか開けておくための算段を立てる。

 冴さんと獅童の険しい顔が脳裏に浮かんだが、負けるつもりは毛頭ない。

 

 

「そういえば、私と吾郎がペルソナ絡みの戦いに巻き込まれたのも、文化祭が絡んでたよね」

 

「ああ、聖エルミン学園高校のときか。懐かしいな」

 

 

 文化祭という言葉から、黎は一番最初の戦い――12年前に聖エルミン学園高校で発生した“スノーマスク事件”と“セベク・スキャンダル”を思い出したのだろう。僕も懐かしくなって頷いた。あれからもう12年が経過し、6歳児だった僕は18歳、5歳児だった黎は17歳の高校生だ。当時の至さんたちと同じ年代である。

 あの事件に巻き込まれたのは文化祭の前日だった。空本兄弟や黎と出会い、絆を結んだ僕は、当時有頂天で黎に誘いをかけた。『折角なので、前日のうちに下見に行こうか?』『うん』――提案した僕も、二つ返事で頷いた黎も、自分が何に巻き込まれるかなんて想像していなかったのだ。その果てに、僕たちはここに辿り着いた。

 思い返せば、数奇な旅路を歩んできたように思う。いつも異形に関連する事件に巻き込まれては、人間たちの底力を目の当たりにしてきた。『神』から齎された数多の理不尽を打ち砕き、未来を掴み取ったヒーローたちの旅路を見てきた。その戦いはいつだって、誰にも賞賛されることはない。けど、確かに世界を救う戦いだったのだ。

 

 彼らみたいになりたかった。彼らみたいに、賞賛も勝算もない戦いに挑むことになっても、正義を貫いて進めるような大人になりたかった。

 今回の戦いだって、ある意味では『誰にも知られること無く、誰からの賞賛も浴びることなく進む』ことになる日が来るかもしれない。それでも歩みを止めたくなかった。

 

 

「はー……。どうしよう……」

 

「マコちゃんどうしたの? そんなに難しそうな顔して……」

 

「実は、文化祭のゲストを誰にしようか決めてないのよ。毎年有名人を招待して講演会を開くんだけど……」

 

「そういうのは先生方が決めるんじゃないのか?」

 

「それが……」

 

 

 頭を抱える真に真実さんが問いかけた。真は虚ろな目をして訳を説明する。それを聞いていた真実さんの表情が、見る見るうちに剣呑なものへと変わっていった。真が話終わるころにはもう、般若みたいな顔をしていた。

 

 秀尽学園高校は、校長が意識不明の重体になって以後、生徒会長の真と教頭が回しているらしい。しかも、実質的に動かしているのは真だという。教師陣の木偶の棒っぷりに頭が痛くなった。なかなかに酷い図である。

 真実さんの将来の夢は教師だ。『曇りなき眼で偽りを見抜き、真実を見通すための術を後輩に教え、彼らの人生が豊かなものになるよう力添えができる人間になりたい』と常々語っていた人であった。

 秀尽の教師陣は、『自分より優秀だ』という理由だけで、子どもにすべてを押し付けているのだ。嘗ての“反逆の徒”は、そんな理不尽を見過ごすはずがない。これは後で何かするな、と、僕は何となく思った。

 

 「りせは各校からの依頼で文化祭行脚が決まってるし、直斗は事件が忙しいみたいだし……」と呟き、真実さんは顎に手を当てる。

 暫しブツブツと候補を出して首を振る真似を繰り返した後、真実さんの視線はゆっくりとこちらに向けられた。

 

 ――探偵王子の弟子にして正義の名探偵・明智吾郎へと。

 

 

「……最近は干されてるんだっけ? 吾郎」

 

「俺が行ったら、『怪盗団バッシング野郎は死ね』って何か投げつけられません?」

 

「そこはほら、怪盗団側からのコメントを入れとけばいいんじゃないか? 『本当の意味で怪盗団を信じているなら、理不尽に他人を傷つけるような真似をするな』とか」

 

「それで大人しくなるなら、民衆操作なんてもっと簡単じゃないですか……」

 

「――ああ成程。吾郎も有名人だってこと、忘れてたわね」

 

 

 僕と真実さんの話を聞いていた真は、名案だと言わんばかりにポンと手を叩いた。目が完全に据わっている。僕はぎょっとして問いかけた。

 「真、本気?」「いい案だと思うんだけど」――そう答えた真は、酷く疲れ切った顔をしていた。余程学校関係者各位からネチネチ言われていたのだろう。

 校長がいなくなっても、今度は違う大人たちが真を頼り、そうと知らずに/あるいは意識して彼女を使い潰そうとしている。その煽りが回り回って僕に来たのだ。なんて理不尽。

 

 現時点では出演は保留にしてもらったものの、ゲスト候補の第1位に僕がランクインしていることは変わりない。吊し上げられることには(嫌が応にも)慣れているが、傷つかないわけではないのだ。僕はそんなことを考えていたとき、隣にいた黎が心配そうにこちらを見つめている。

 

 僕が少しでも“傷つくのが当たり前な人生だった”と思ったとき、黎はそれを機敏に察知し、僕を案じてくれる。

 それ程彼女は僕に心を砕いてくれるし、寄り添ってくれる女性(ひと)だった。愛されているというのは、こういうことなのかもしれない。

 

 

「大丈夫だよ。心配しなくても、俺は大丈夫だから」

 

「でも」

 

「キミがいてくれるなら、何だって平気だ。……ホントだよ。本当なんだ」

 

 

 僕は彼女の手を取り、祈るような気持ちで語り掛ける。黎はじっと俺を見つめていたが、僕の言葉を信じてくれたのだろう。真っ直ぐ僕を見て頷いた。

 「私も、吾郎がいてくれるなら大丈夫なんだ。頑張れるんだよ」――その言葉が、嬉しい。彼女は幸せそうに微笑み、チェーンについた指輪を抱きしめるように触れる。

 僕もつられるようにして指輪に触れた。彼女が僕に贈ってくれたコアウッドの指輪が、静かに存在を伝えてくる。僕を想う彼女の気持ちそのものだ。

 

 ささやかな幸せを噛みしめていたとき、どこからか咳払いが聞こえてきた。何事かと瞬きすれば、仲間たちが時計を見ながら「そろそろ帰らなきゃ」と言い始める。

 それにつられるような形でスマホを確認すると、彼らの言葉通りの時間帯になっていた。今回は現地解散となっているため、仲間たちはそれぞれの家路につく。

 

 僕も、黎を四軒茶屋に送り届けるために歩き出した。

 

 

***

 

 

 電車を乗り継いで、夜の道を歩き、程なく僕たちはルブランへ到着する。丁度、佐倉さんが閉店作業をしていたところだった。

 

 

「あー……うん。節度は守れよ」

 

 

 最近の佐倉さんは、僕と黎を見るとそれしか言わない。死んだ魚みたいな目をしたルブランの店主は、鍵を黎に渡すとそそくさと立ち去って行った。

 

 家主たちの許可は取ってあるので、僕は勝手知ったるの調子でルブランへ足を踏み入れる。黎の背中を追いかけるようにして、屋根裏部屋へ向かった。

 モルガナは何かを察したようで、解脱した菩薩みたいな顔をすると、即座に踵を返してどこかへ行ってしまった。空気を読んだというべきだろうか。

 何をするわけでもなく、僕と黎はソファに腰かけて談笑した。ここ数日間で黎がどんな交流を深めてきたのか、僕は彼女の話に耳を傾ける。

 

 以前メメントス攻略時に太刀打ちできなかったチート野郎を改心させる際、“攻略法を教える代わりに怪盗団とお近づきになりたい”という少年と取引を結んだという。奴の回心にが成功した以後も、黎は少年との交流を続けていた。おかげで銃の精度がめきめきと上昇しているらしい。

 新生陸上部発足で紆余曲折した竜司やモデルの仕事について悩みを抱えていた杏も決着がついたようで、黎は2人と固い絆を結んだようだ。他にも、演説を教えてもらう代わりに演説の手伝いを買って出た政治家や、薬を融通してくれた女医とも固い絆を結んだという。終いには正体が露見したが、黙っていることを約束してくれた。

 

 

「怪盗団の正体が露見したときは焦ったけど、みんな協力関係を継続してくれるって。頑張れって応援してもらったよ」

 

「ネットの話題はちょっと怖いけど、身近な人からそう言ってもらえるのは嬉しいよな」

 

 

 彼女がそうやって、周りの人たちに愛されるようになるのが嬉しい。レッテルに左右されず、確かな絆で結ばれている彼女を見るのが嬉しい。

 けれどその反面、少し寂しい気がするのだ。有栖川黎という少女が――僕の1番大切な女性(ひと)が、どんどん遠くへ離れていくような気がして。

 

 

「ねえ、黎」

 

「何?」

 

「触れてもいい?」

 

「――ん、いいよ」

 

 

 本人からの許可は取った。僕は彼女の頬や頭を撫でながら、啄むように口づける。黎は微かに震えながらも、拒絶することなく僕を受け入れてくれた。

 以前は深いキスをするのにも覚悟が必要で難儀していたけど、今では以前よりも抵抗なく触れ合えるようになってきた。良い兆候だなと勝手に思っている。

 但し、年齢指定がかかりそうな性的接触は一切していない。時折そんな欲望が蠢くこともあるけど、獅童の姿がフラッシュバックし、結局止まってしまう。

 

 ささやかな触れ合いだけでも充分満たされるけど、物足りないと感じないわけではないのだ。本当の意味で彼女を手に入れられたら――身も心も繋がることができたら――最高だろな、と、下世話なことを考えた経験だって1度2度だけじゃない。

 

 口づけは基本、僕が主導権を握ることは多い。たまに黎が主導権を握ることはあるけれど、僕よりはがっつかない方である。控えめだけれど、僕が求めれば拒絶することなく応えてくれた。……それにかこつけてしまっている罪悪感がないわけじゃない。

 今だってそうだ。半ば強引に舌を絡められているにもかかわらず、黎は必死になって応えようとしてくれる。馬鹿みたいに溺れる僕の――俺の弱さや歪みを、許すみたいに。散々貪った後、ようやく僕は黎を解放する。銀糸がプツリと途切れ、酷く甘ったるい吐息が漏れた。

 

 すっかり力が抜けてしまった黎の身体を抱き留める。頬を薔薇色に染めた少女は、甘えるようにして擦り寄ってきた。猫みたいに頭を押し付ける仕草が可愛らしい。僕も同じようにして黎に擦り寄る。――この温もりが、何よりも愛おしかった。

 

 

(奥村社長を『改心』させても、獅童はきっと次の手を打ってくる。今度はもっと卑劣な手段を用いて、怪盗団を陥れようとするだろう)

 

 

 脳裏に浮かぶのは、獅童親子の姿だ。不敵に笑う獅童正義と、僕を見下していること以外()()()()()()()()獅童智明。

 

 

(――僕は、怪盗団を……大切な仲間たちと、大切な女性(ひと)を守りたい)

 

 

 決意を抱きながら、黎のうなじに顔を寄せる。この位置だと、僕から彼女の表情が見えない代わりに、僕の表情も彼女から見ることは不可能だ。

 今はどうしてか、顔を見られたくないと思った。馬鹿みたいなプライドだ。僕は内心、自分自身を嘲笑う。――()()()()()()()()

 

 

「吾郎……? 何か、心配事でもあるの?」

 

「なんでもないよ。大丈夫」

 

 

 僕は静かに微笑んで、黎の瞼にキスを落とす。「そろそろ帰るから」と告げれば、黎は名残惜しそうにこちらを見返した。同じ気持ちなのが嬉しくて、少し苦しい。

 

 

「それじゃあ、また明日」

 

「うん。また明日ね」

 

 

 挨拶を交わして家路につく。胸を満たす温かさが、僕の背中を押してくれる。

 その心強さを噛みしめながら、僕は夜の東京の街へと歩き出した。

 

 




魔改造明智による奥村パレス攻略完了。紆余曲折あったけど、怪盗団側のミッションはコンプリートした模様です。後は大人たちにすべてを任せた怪盗団は、ひと段落ついたということで、先輩たちと一緒に羽を伸ばしました。次回は奥村改心からのスタートで、奥村パレス編ラストになる予定。
原作とは違って宇宙船が停止してしまったり、原作明智の立ち位置にいる智明がついに動いたり、初代ボス敵から幼児虐待が現れたり、文字だけでも多くのキャラが交流していたり、怒涛の展開となっております。バタフライエフェクトを巻き起こしながら進む魔改造明智の明日は何処か。
相変らず“何か”が面倒くさい存在と化していますが、魔改造明智の旅路共々、生温かく見守って頂ければ幸いです。

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