Life Will Change   作:白鷺 葵

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【諸注意】
・各シリーズの圧倒的なネタバレ注意。最低でも5のネタバレを把握していないと意味不明になる。次鋒で2罪罰と初代。
・ペルソナオールスターズ。メインは5、設定上の贔屓は初代&2罪罰、書き手の好みはP3P。年代考察はふわっふわのざっくばらん。
・ざっくばらんなダイジェスト形式。
・オリキャラも登場する。設定上、メアリー・スーを連想させるような立ち位置にあるため注意。
 @空本(そらもと) (いたる)⇒ピアスの双子の兄で明智の保護者その1。武器はライフル、物理攻撃は銃身での殴打。詳しくは中で。
 @獅童(しどう) 智明(ともあき)⇒獅童の息子であり明智の異母兄弟だが、何かおかしい。獅童の懐刀的存在で『廃人化』専門のヒットマンと推測される。詳しくは中で。
・歴代キャラクターの救済および魔改造あり。
・一部のキャラクターの扱いが可哀想なことになっている。特に、『普遍的無意識の権化』一同や『悪神』の扱いがどん底なので注意されたし。
・アンチやヘイトの趣旨はないものの、人によってはそれを彷彿とさせる表現になる可能性あり。他にも、胸糞悪い表現があるので注意してほしい。
・ハーメルンに掲載している『運命を切り開くだけの簡単なお仕事』および『ペルソナ3異聞録-.future-』、Pixivの『2周目明智吾郎の災難』および『【一発ネタ】有栖川黎の幼馴染』の設定を下地にし、別方向へ発展させた作品である。
・ジョーカーのみ先天性TS。
 ジョーカー(TS):有栖川(ありすがわ) (れい)⇒御影町にある旧家の跡取り娘。旧家制度は形骸化しているが、地元の名士として有名。身長163cm。
・歴代主人公の名前と設定は以下の通り。達哉以外全員が親戚関係。
 ピアス:空本(そらもと) (わたる)⇒明智の保護者2で、南条コンツェルンにあるペルソナ研究部門の主任。
 罪:周防 達哉⇒珠閒瑠所の刑事。克哉とコンビを組んで活動中。ペルソナ、悪魔、シャドウ関連の事件の調査と処理を行う。舞耶の夫。
 罰:周防 舞耶⇒10代後半~20代後半の若者向け雑誌社に勤める雑誌記者。本業の傍ら、ペルソナ、悪魔、シャドウ関連の事件を追うことも。旧姓:天野舞耶。
 ハム子:荒垣(あらがき) (みこと)⇒月光館学園高校の理事長であり、シャドウワーカーの非常任職員。旧姓:香月(こうづき)(みこと)で、旦那は同校の寮母。
 番長:出雲(いずも) 真実(まさざね)⇒現役大学生で特別調査隊リーダー。恋人は八十稲羽のお天気お姉さんで、ポエムが痛々しいと評判。
・敵陣営に登場人物追加。
 @神取鷹久⇒女神異聞録ペルソナ、ペルソナ2罰に登場した敵ペルソナ使い。御影町で発生した“セベク・スキャンダル”で航たちに敗北して死亡後、珠閒瑠市で生き返り、須藤竜蔵の部下として舞耶たちと敵対するが敗北。崩壊する海底洞窟に残り、死亡した。ニャラルトホテプの『駒』として魅入られているため眼球がない。この作品では獅童正義および獅童智明陣営として参戦。但し、どちらかというと明智たちの利になるように動いているようで……?
・「2罰ボスの外見を見た人間の反応」に関するねつ造設定がある。
・普遍的無意識とP5ラスボスの間にねつ造設定がある。
・『改心』と『廃人化』に関するねつ造設定がある。
・春の婚約者に関するねつ造設定と魔改造がある。因みに、拙作の彼はいい人で、春と両想い。名前は宝条(ほうじょう)千秋(ちあき)、外見は原作の『春のフィアンセ』と同じ。詳しくは中で。
・メメントスにオリジナル依頼が発生している。


名付けるならば、『“反逆の徒”同盟』

 奥村春には婚約者がいる。彼の名前は宝条(ほうじょう)千秋(ちあき)といい、世界的な有名企業である南条コンツェルンや桐条グループの分家筋に当たる宝条家の嫡男だ。

 千秋の祖父は政治家をしていたが、引退した現在は資産家である。両親は大手企業の創業者、長男は会社の跡取りだ。対して、千秋を含んだ他の兄弟姉妹たちは政略婚用の手駒らしい。

 

 白いスーツに着られて見合い会場にやって来た宝条千秋本人が、途方に暮れたような顔で呟いた話は今でも忘れられない。千秋は政治や会社経営よりも、土いじり――野菜や果物の無農薬栽培に力を注ぎたいという。お見合いに軒並み失敗してきたのは、相手方が千秋の理想や趣味に関して理解を示さなかったためだ。

 

 

『お見合い相手に自分が作った自慢の野菜を持っていったら、『青虫がついてる』って大騒ぎになって張り倒されてしまったんです……。しかもグーで』

 

『まあ……』

 

『以来、野菜の持ち込みは禁止されてしまって。僕のアピールできるものは自分が作った野菜と、趣味で淹れるコーヒーと紅茶くらいなんですけど……』

 

『それじゃあ今度、持ってきてくださる?』

 

『え?』

 

『千秋さんが作った無農薬野菜、是非とも食べてみたいんです』

 

 

 春の言葉を聞いた千秋は目を丸くして、文字通りぱああと表情を輝かせて、『はい!』と勢いよく返事を返した。

 

 実際に、彼が作った無農薬野菜はとても美味しかった。野菜本来の味――甘味、苦味、渋味、酸味、旨味が絶妙にマッチしており、そのままでも充分に食べることができる。様々なものを食べて舌が肥えた春は、その反動で素材本来の味を重視するタイプになっていた。

 無農薬栽培やコーヒーおよび紅茶の話をする千秋はとても生き生きとしていて、本当に楽しそうだった。知識をひけらかすのではなく、自分をよく見せようとするのでもなく、自然体に話している。自分の好きなことに対して一生懸命、且つ真摯な人柄が伝わってきた。

 それだけではない。宝条千秋という男性は努力家だった。春と出会い、様々な話題で談笑するようになって以降、無頓着だった他の分野――主に政治経済の勉強を始めた。最近は経営に関しても勉強している。本人曰く、『春さんともっと楽しくお話がしたい』とのことだ。

 

 彼は避けていた社交界にも顔を出すようになった。見合いから半年後、桐条主催のパーティへ春と共に参加したことを思い返す。そこで春は、桐条当主である桐条美鶴と話をしてきた。周りから強い風当たりを受けても、決して折れること無く困難に立ち向かう――その強さを目の当たりにした。

 18歳で父を失い、お家騒動に巻き込まれながらも、父親が残したものを守らんと奮闘する麗しき女傑。守るために最前線に立ち、強大な悪意と対峙する美鶴の姿は本当に美しかった。春が憧れた正義のヒロインを彷彿とさせるような人だった。事実は小説よりも奇なりという表現はこのためにあるのだとさえ思えた程に。

 

 

『運命は受け入れるものじゃない。自らの手で切り開くものだ。……私はそれを、大切な友人から教わったよ』

 

『運命は、自らの手で切り開く……』

 

『私1人では何も変えられなかった。けれど、私にはかけがえのない仲間たちがいる。信頼できる協力者がいる。一緒に困難を乗り越えていきたいと思えるような人たちが』

 

『……凄いですね、桐条さんは。いつか私も、そう思えるような方と出会えるのかしら』

 

『少なくとも、1人とはもう既に出会っているんじゃないか?』

 

『!!?』

 

 

 颯爽と立ち去っていく美鶴の背中を、春は忘れることはないだろう。思えば、千秋が政治経済や経営について勉強を始めたのもこの頃だったか。

 以降、千秋は社交界に出向くようになった。特に、桐条グループの桐条美鶴や、南条コンツェルン時期トップと目されている南条圭と話をするようになったという。

 

 

『『大人しく親に従うことだけがすべてじゃない』と南条さんは言ってたんだ。『もしも親が間違った道を進もうとしているなら、彼らを敵に回してでも、それを正すべきだ』って』

 

『それは、とても勇気のいることよね……』

 

『南条さんの話を聞いて、僕、思ったんだ。“正しいことが何かを己の目で見極められるようになるためにも、何も知らないままでいてはいけない”んだって』

 

 

 そう語った千秋は、初めて出会ったとき以上に生き生きしているように感じた。彼の笑顔には、春が今まで見てきたようなもの――損得や打算のための笑顔や見せかけの優しさはない。桐条美鶴と同じような、強い情熱と決意があった。

 

 後で南条圭本人から聞いた話だが、南条圭氏も父親と対立しかけたことがあったらしい。9年程前に大規模な汚職事件――カルト的なテロ行為を起こして失脚した大物大臣・須藤竜蔵の一件で、汚職事件の告発に圭が関わっていたという。同時に、須藤竜蔵へ政治献金を行っていた人間の名前に南条コンツェルントップの名前があった。

 何も知らずに須藤竜蔵を称賛し、多額の政治献金を行う父親――それを見た圭は大いに悩んだという。一歩間違えれば南条親子は対立し、財閥を崩壊させかねない事態に陥る。『けれどやはり、須藤竜蔵を放置することはできない。正義を己の目で見極めなくては』と決起し、仲間たちと一緒に奔走したという。

 ノブレス・オブリージュを体現し、政治経済にも理解が深かった南条圭だからこその選択だった。彼はその責任を果たし、今も責任を果たすための戦いを続けている。南条圭もまた、正義を貫くために戦うヒーローなのだ。そんな彼の在り方に千秋は惹かれ、それを体現できる人間になろうと努力を始めた。

 

 『千秋くんが変わったのは、奥村のお嬢さんと出会えたからだ』――そう言って微笑んだ圭の言葉は忘れられない。春もまた、千秋のおかげで変わりつつあったためである。

 信じられる人間がいること、心を許せる相手がいること、尊敬できる人がいること――その尊さを知ったのだ。その幸せを、知ったのだ。

 

 

『春さん。キミのお父様と、オクムラフーズのことなんだけど……』

 

 

 彼は彼なりに、春のために最善を尽くそうと戦っている。春もまた、千秋のために最善を尽くしたいと思えるようになった。

 始めは政略結婚の道具でしかなかった。道具同士、どこかに憐れみもあったのかもしれない。

 けれど今は、千秋に出会えてよかったと心から思える。尊敬し、心を許せるかけがえのない相手だ。

 

 ――それを。そんな人を。

 

 

「宝条千秋とかいう人形も煩くなってきた。大人しく“宝条氏に取り次ぐための道具”であればいいものを、余計な知恵をつけて……奴にはもう利用価値はない。そろそろ切り捨てなければと考えていたところだ」

 

 

 父は、容赦なく切り捨てようとしている。春から奪い取ろうとしている。

 ()()()()()()()――春の中にいる“何か”が悲鳴を上げた。

 

 

「お父様にとっては会社だけでなく、あの人までもが“勝利のための道具”でしかなかったというのですか!?」

 

「あの人形とは婚約を解消し、奴の兄と改めて婚約を結び直さなくては。宝条氏に取り次いでもらえるならば、正妻は望まない。愛人でも構わん」

 

「貴方って人は……!」

 

 

 奥村邦夫の話を聞いたジョーカーが怒りをあらわにした。

 

 彼女もまた旧家の跡取り娘であり、暗黙の了承という形で婚約者がいる。『外野からちょっかいをかけられて、何度も危機に陥ったことがある』と語っていた。『その度に試練を乗り越えて、現在に至る』のだとも。ジョーカーの婚約者であるクロウもまた、彼女と同じ気持ちらしい。剣呑な眼差しで父を睨みつけていた。

 次の瞬間、父の背後から1人の青年が現れた。千秋とよく似た顔立ちだが、残忍な顔立ちをしている男。宝条家との会合で遠巻きから見たその男は、千秋の兄だった。おそらく、千秋との婚約を解消した暁には、この男の元へ嫁がせられることになるのだろう。下手をすれば、愛人として一生囲われる運命が待っているのかもしれない。

 春自身もオクムラフーズの富に浴して育った身だ。会社のための政略結婚ならと一度は受けた。期せずして“その相手と心を通わせる”という奇跡を得た春は、自身のため、相手のために、他でもない宝条千秋という男性と寄り添って生きていくと決めた。この幸せを手放したくないと思った。

 

 それなのに。それなのに、それなのに、それなのに!

 父の踏み台になるための政略結婚――あるいは愛人契約なんて、話が違うじゃないか!

 

 

「お父様の野心のためだけに、愛する人と別れさせられた挙句、こんな男のオモチャになれと?」

 

「ふん、何を今更。奥村の娘にとっては、それこそが悦びだ。お前など、最初からその程度の価値でしかないわ!」

 

 

 自分の足元が崩れ落ちていくような感覚に見舞われる。最愛の父親がこんなことを考えていただなんて信じられなかった。信じたくなかった。

 へたり込んだノワールに向かって、千秋の兄がゆっくりと春へ近づいてくる。脳裏に浮かんだのは、照れくさそうに笑って春の名前を呼ぶ千秋の姿だ。

 次の瞬間、千秋の兄は巨大なロボットへと姿を変えた。「飽きるまで遊んでやる」と笑いながら、奴は手を振り上げる。――ああ、なんて醜悪な。

 

 

「……下の下ね」

 

 

 後ろでモナが焦る声が聞こえた。けど、ナビがその懸念を否定する。次の瞬間、ロボの手が振り下ろされた。自分の中にいる“何か”が強い力を持って顕現する。ノワールのペルソナは、ロボの攻撃をがっちりと受け止めていた。

 次の瞬間、頭が割れるくらいの痛みが走った。のたうち回るノワール語り掛けてくるのは、本当の意味で目覚めた“もう1人の奥村春”――ノワールのペルソナ。何のために裏切るのかと女傑は問う。

 

 そんなの、心はとうに決まっている――ノワールの宣言に応えるようにして、彼女は微笑んだ。

 

 

―― 我は汝、汝は我。美しい裏切りで、自由の門出を飾りましょう ――

 

 

 次の瞬間、ノワールのペルソナ――ミラディが本当の意味で顕現し、力を振るった。ドレスの下部から数多の重火器が出現し、派手に火を噴く。千秋の兄だったロボットを容易に吹き飛ばした。

 いつの間にか、ノワールの手には手斧が握りしめられていた。重苦しい見た目に反して、ノワールの力でも充分振り回せる。美しい細工が施された斧を振るえば、ロボットの右腕がぐしゃりと潰れた。

 

 

「エグッ!!」

 

「美鶴さんタイプじゃなくて、まさかの荒垣さんタイプかよ!?」

 

 

 スカルとクロウが顔をしかめた。彼らの表情を盗み見たのか、ミラディがくすくす笑うような声が響いた。

 悲鳴を上げるロボットを見て、父はたじろぐ。だが、即座に威厳を取り戻すと、「お前も廃棄だ」と言い放った。

 ロボットも体を起こしてこちらを睨みつける。ノワールは真っ直ぐに、敵を睨みつけた。

 

 怪盗団の面々も武器を構えてノワールに合流する。正義のヒロイン――女怪盗ノワールの戦いは、ここから始まるのだ。

 

 

◆◇◇◇

 

 

 ノワールのフィアンセの兄を軽くひねって撃破した僕たちは、いまいち認知世界に関しての理解が及ばない彼女に説明をしながらオクムラパレス攻略へ乗り出した。前回モナとノワールがパレスを偵察した際の大騒ぎを考えると、そっちのインパクトの方が印象深く残ってしまったのかもしれない。

 宇宙基地内部を跋扈するシャドウは、すべてがロボットの形状をしていた。その外見に影響されているのか、核熱・電撃・念動属性の攻撃がよく通る。ペルソナを覚醒させたノワールも活躍の機会を得たようで、新人ながらも次々とシャドウどもを屠っていく。彼女の先輩として振る舞うモナも嬉しそうだ。

 

 個人的な話だが、僕はノワールの格好を初めて見たとき、使用武器が斧だなんて予想していなかった。

 奥村春の性格からして、荒垣さんのように斧を振り回すタイプだとは思えなかったのだ。

 美鶴さんのような突剣か、あるいは命さんのような薙刀かと予想していたのである。

 

 

「正直、ミラディは初見、魔法型のペルソナだと思ってたんだ。まさか荒垣さんやアイギスのような物理攻撃型とは思わなくて……」

 

「ペルソナにも、物理攻撃が得意なタイプと属性攻撃が得意なタイプがいるのね。勉強になるわ」

 

 

 相変わらずノワールはふんわりした空気を漂わせている。そんな彼女が、圧倒的な破壊力でシャドウを粉砕していく女性陣の物理アタッカーだとは誰が予想できるだろう。

 

 女性陣の構成は3つ。ペルソナを使い分けるジョーカーがペルソナ能力に依存する万能型、お色気担当となりつつあるパンサーが回復も使える魔法攻撃型、鋼鉄の処女系世紀末覇者クイーンがオールマイティな防御型だ。巌戸台世代以降の男性陣は基本、物理攻撃型に分類されやすい。

 フィレモン全盛期のペルソナ使いなら、男女共にペルソナ変更可能なペルソナ能力依存型だった。ニャルラトホテプから力を与えられた場合は正直よく分からない。ニャルラトホテプが神取を乗っ取った例しか知らないからだ。“ゴッド神取”は僕の中で忘れられないパワーワードとなっている。閑話休題。

 

 僕たちは通気口に侵入し、新たなフロアに足を踏み入れる。細い通路を駆け抜ければ、そこには端末があった。嬉しそうに舌なめずりしたナビが早速解析を始めた。

 現実世界でもハッカー/クラッカーとしてかなりの腕を誇るナビにとって、端末から情報を引っ張り出すのは朝飯前だろう。ものの数分で、彼女はデータを引き出していた。

 閉まっていたドアを開け、パレスの地図を手に入れ、謎の計画――“エスケープ・トゥ・ユートピア(楽園への脱出)”に関する記述を手に入れた僕たちは先に進むことにする。

 

 

「区画はこの先3つもある。オフィスに工場、それにエアロック……」

 

「宇宙基地に工場となると、一体何を作ってるんだろうね」

 

「それな! 気になるよな?」

 

 

 ジョーカーの疑問に対し、ナビも同意する。ナビ曰く、ハンバーガー工場とは思えない程の規模だという。

 宇宙工場でハンバーガーを作っているとは思えない。何を作っているかは、この先に進めば明らかになるだろう。

 

 

「宇宙基地で脱出計画が出てくると、基地を置いてどこかへ逃げようとしてるみたいに感じるんだよなぁ。似たような漫画読んだことあるし」

 

「スカル、今日のお前は冴えてるんじゃないか?」

 

 

 頭をひねりながら唸ったスカルに対し、モナは嬉しそうに頷いて見解を述べる。

 

 

「オクムラは政治家になるつもりなんだよな? そのために、会社を踏み台にしようとしてる。加えて、楽園への脱出と銘打たれた計画ときた。……コイツはもしかしたら、政界進出のための計画なのかもしれないな」

 

「認知上における扱いがこうだと、相当な野心を感じるぞ。獅童から切り捨てられそうになってるのはコレが原因なんじゃ……」

 

「なら、一刻も早く『改心』させなきゃ。『廃人化』を得意とするヒットマンから、奥村社長を守らないと」

 

 

 モナの見解に僕の私見を混ぜた結果、やはり“奥村社長の『改心』を急がなければならない”という結論に辿り着く。ジョーカーの音頭に従い、僕らは先を急いだ。

 

 道中エレベーターを見つけたが、使用中で動かないようだ。もう少し時間が立ったらもう一度調べてみようと決めて、僕たちは先へと進んだ。ナビに解析してもらったはずなのに、扉が開かない場所がある。城の主の意向が反映されていると考えると、奥村社長は余程人を信用していないようだ。

 どうやらこの扉、生体認証で開くものではないらしい。ナビの分析によると、この扉は階級認証で開くものだとのこと。望まれている階級証は部長以上。基地内部をうろつくロボ社員にも役職があるようだ。

 

 

「ならば、身分証を拝借しよう」

 

「社員証ってことね! 確かに会社にも、それで開けるドアがある」

 

「成程! ジョーカーもノワールも頭いい!」

 

「そうね。部長か、それより偉い役職の従業員から社員証をいただきましょう!」

 

 

 方針は決まり、早速僕たちは社員を探しに道を戻る。すると、先程のエレベーターから続々と社員たちが降りてきた。スカルは奴らから社員証を分捕ろうと思ったようだが、フォックスがそれを制止する。奴らが来たフロアへ向かえば、社員は多くいるだろう。

 先程よりも強敵が出てくることは明らかだが、虎穴に入らずんば虎子を得ず。僕らは早速エレベーターに飛び乗り、社員フロアへと足を踏み入れた。ナビ曰く、『普通の反応とは違うものがいくつかあるから、そのどれかが部長クラスらしい』とのことだ。

 そのとき、通路の向こうから沢山の社員たちがやって来た。僕たちは物陰に隠れてやり過ごす。このフロアにはロボ社員がひしめいているようだ。彼らから話を聞ければ、部長の居場所もおのずと分かるだろう。

 

 ジョーカーが提案した方法は盗み聞きだった。物陰に隠れながら、社員の話を聞いていく。ナビ曰く「紳士の嗜み」らしい。流石はルブラン盗聴経験者。僕たちはひっそりと舌を巻いた。

 

 

「ルブラン盗聴なんて盗聴のうちに入らない。いつか、本物の盗聴を見せてやるぜ! ぐふふふ……」

 

「……ま、まあ、上手い手であることは確かね」

 

「……周防刑事や達哉さん、真田さんのお世話にならない程度に頼むよ」

 

 

 平社員から上司の情報を集めて行けば、いずれは部長クラスの社員へと辿り着けるだろう。

 僕たちは盗み聞きに精を出しつつ、部長クラスの居場所を探った。

 

 このフロアで聞き出せたのは係長の情報のみ。平社員が接する機会が多いのは、自分より1階級高い直属上司だろう。他の上司は雲の上の人という扱いなのかもしれない。

 平社員から手に入った情報が係長なら、係長からはそれより上の階級に関するロボの話が聞けるのではないだろうか。

 だが、平社員の社員証がない僕らが部長の元へ行けるとは思えなかった。今回は遠回りになるが、まずは係長を特定することにする。

 

 暫くフロアを進むと、平社員とは違う恰好をしたロボを発見した。しかも2体である。以前偵察したモナとノワール曰く、奴らが平社員に指示を出していた上司ロボらしい。部下から入手した情報――係長は甘いものを食べている――と照らし合わせ、ターゲットを見つけた僕らは容赦なく社員証を分捕った。

 次の瞬間、『シフト交代の時間です』とアナウンスが響き渡る。どうやら一定時間で持ち場が切り替わるらしい。一度足を踏み入れたフロアでも、戻れば係長以上の上司ロボを見つけることができるかもしれない。多少手間はかかるが、くまなく見て回る必要がありそうだった。

 

 

「お、扉発見。係長の社員証が使えそうだ」

 

「それじゃあ早速」

 

 

 見つけた扉に社員証を提示すれば、『認証成功』の文字と共に扉が開く。この調子で上位の社員証を奪っていけば、いずれは部長へ辿り着くだろう。

 

 様々なフロアを探し回っていくうちに、課長の噂話が聞こえてくる。そのうちに、僕たちは見たことのないタイプのロボ社員を発見した。彼の話を聞いた僕らは奴に襲い掛かり、課長の社員証を分捕る。スカルは「いっそ社長が来ればいいのに」とぼやいたが、贅沢は言えないものだ。

 再びアナウンスが響き、シフト交代が告げられる。課長クラスで開く扉を探すと、すぐに見つかった。社員証で扉を開き、フロアをくまなく調べて回る。すると、部長の噂がちょこちょこ聞こえてくる。程なくして、ひときわ大きなロボ社員の姿を発見した。

 

 

「大きさがお父様に重用されている証とするなら、あのロボも地位は高いはず……」

 

「なら、迷う必要はないな」

 

 

 ノワールの見解を聞いたフォックスは頷き、ちらりとジョーカーに視線を向ける。ジョーカーは頷き、部長ロボ(仮)の元へと躍り出た。部長ロボ(仮)から情報を引き出す。

 噂から手に入れた情報と照らし合わせた結果、部長ロボ(仮)から(仮)の字が取れた。僕らは早速部長ロボに襲い掛かり、社員証を分捕った。そうして同じように扉を開く。

 フロアで情報収集とアイテム回収を行って、このフロアを後にする。元来た道を戻り、先程の扉の前へと戻って来た。社員証を提示すれば、やはり、扉は開かれた。

 

 新しいフロアへと足を踏み出す。そこはリフトが点在するフロアだった。モナ曰く、「『オタカラ』がある建物が見えた」とのことだ。フロアを馬鹿正直に探索するより、外壁を伝って行った方が早そうである。

 スカルの提案にクイーンが頷き、早速登れそうな場所を探して片っ端からリフトを操作した。外壁を飛び回り、程なくして目的の建物の前へと着地する。ここまで来るまで、獅童との関わりを臭わせる証拠は一切見つからなかった。

 

 

「獅童と協力している割には、それに関する情報は出てこないな」

 

「協力関係と言うのは建前上だけで、互いを信頼していたわけではないのかも」

 

「あり得そうな話だ。奥村社長も獅童と似たようなタイプだし」

 

「1人で抱え込むという点ではクロウも似てるよね」

 

「……うーん、その話題でその例えはゾッとするかなぁ」

 

 

 ジョーカーの例えに僕は苦笑する。不意に、自分の中にいた“何か”が渋い顔を浮かべた。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と、“何か”は罰が悪そうにしていた。

 

 自分だけの利になる行動をとるということは、“1人で抱え込む”こととよく似ている。誰にも知られることのないように振る舞うためには、他者にそれを悟られないようにしなければならない。パレスが心の世界だとするなら、浅い階層から証拠が手に入るはずがないのだ。

 

 ナビが手に入れた情報から照らし合わせると、この先にあるフロアは工場だろう。僕たちは早速扉を開けて工場に潜入した。オフィスのような白基調の小奇麗さはなくなり、黒基調の無機質さが顔を出す。

 暫く進むと、工場内の光景が見えてきた。フロアの名前の通り、何かを作っているらしい。楽園への脱出と銘打たれた計画と関連しているのだろうか――そんなことを考えていた僕は、ある光景に目を留めた。

 工場で働いている社員たちの動きがおかしい。電池切れの玩具のように挙動不審となったロボ社員が、そのまま停止して倒れてしまう。異変に気づいたのは僕だけでなく、僕が見つけた社員たちだけではない様子だった。

 

 

「……ユートピアって、楽園って意味なんだよな?」

 

「偉いぞスカル。ちゃんと覚えてたんだな」

 

「見る限り、全然楽園とは程遠いんだけど……」

 

「ユートピアのイメージとは正反対ね」

 

 

 スカルが首を傾げ、モナがスカルを褒める。2人のやり取りを見たパンサーは、遠い目をしながら倒れていく社員の姿を見つめていた。クイーンも頷く。その脇で、ノワールが表情を曇らせる。

 

 

「このコンベアと作業員の配置……」

 

「どうしたの? ノワール」

 

「ウチの会社のバンズ工場……」

 

「……成程。奥村は『こう考えている』というわけか。ノワールには悪いが、控えめに言って非道だな」

 

「非道が控えめって……せめてブラック企業で止めておけよ」

 

 

 沈痛な面持ちで呟いたノワールの言葉に、ジョーカーはハッと息を飲む。フォックスの表現に対し、僕は肩を竦めた。軽口を叩きつつ、僕たちは工場内部を進んでいく。

 だが、先へ進むための扉へ進むための道は、突如故障して壊れたロボットアームが原因で塞がれてしまった。機械が爆発したのを皮切りに、上空からブロックが落ちてきたのだ。

 何も考えずに進んでいたらペシャンコになっていただろう。壊れやすいというのは非常に厄介だが、クイーンは「この壊れやすさを逆に利用できないか」と提案してきた。

 

 奥に進む方法を探して工場フロアを駆け抜けるうちに、ロボットアームの操作盤を発見する。どうやらスピードを選べるらしい。

 

 

「3倍、5倍、10倍……」

 

「10倍で動かしたらあっという間に壊れそうだけど」

 

「速度上昇もだけど、選択肢に『減速』と『停止』がないってのもなかなかに狂気的だよね」

 

 

 ジョーカーとパンサーが制御盤を眺める中、僕は顎に手を当てる。そんな仲間たちの渋い顔など気にすることなく、ジョーカーは10倍のボタンを押した。罪悪感もクソもない真顔だった。程なくして、果たして予想通りの結果となった。

 対応するロボットアームが動作不良を起こして倒れこむ。それは丁度良い架け橋となった。仲間たちの見解からして、多かれ少なかれ負荷をかければロボットアームは壊れてしまうだろう。それ程疲弊しているらしい。

 

 対応する端末を操作してアームを壊しながら、壊れたアームを伝って先へ進む。うろつくシャドウを倒しながらフロアを駆け抜ければ、ようやく目的の扉が近づいてきた。

 随分と遠回りさせられてしまった。このパレスは遠回りを強制されることが多い。そのことに悪態をつきながらも、僕らは先へと進んだ。扉の先も工場フロアである。

 元々工場フロアが大きいことは分かっていたけど、このパレスは一体何を作っているのだろうか。それに関する情報も出てこないあたり、奥村の秘密主義が伺えた。

 

 現実世界ではバンズ工場ということ以外の情報は、やはり見つからないままだ。

 

 

「扉発見!」

 

 

 ナビが遠くの扉を指示す。ベルトコンベアやプレス機がせわしなく動いている向う側に、目指すべき扉があった。機械類が動いている状態で向うの通路へ向かうのは難しい。

 とりあえず、機械類を止める方法を探してフロアを探し回る。程なくして制御盤を発見した僕たちは、それらを操作して機械類を止めながら先へと進んでいく。

 昼休みや休憩のシフトを駆使し、僕たちはやっとの思いで扉に辿り着いた。次のフロアもやっぱり工場フロア。ナビ曰く、攻略方法は「応用編」とのことらしい。

 

 

「見ろ。動かなくなった社員たちがラインに……」

 

 

 フォックスが指さす先には、ベルトコンベアに乗せられた社員たちの姿があった。指摘通り、どの社員もピクリとも動かない。

 

 

「本当だ。何作ってるんだろう?」

 

「今までの経験則からすると、ロクなもんじゃなさそうなのは確かだよね」

 

「……ワガハイたちと行く先が同じだから、嫌でも見ることになるだろうな」

 

 

 好奇心で首を傾げたパンサーだが、ジョーカーの指摘に表情が引きつる。今まで見てきたパレスでの経験則や、このパレスを調べ回ったときの情報から嫌な予感を察したのだろう。

 それはモナも同じだったようで、渋い顔をしながらため息をついた。こんな所で足を止めるわけにはいかない。近辺のセーフルームで休息してから、僕たちは再び駆け出した。

 

 コンソールを操作してアームを破壊して橋にしたり、制御盤をいじって機械の動きを止めている隙に先へと進んだりしていくうちに、僕らは妙な社員たちを発見した。

 奴らは「オクムラ様のため」と叫んでいる。動かなくなった同僚たちがベルトコンベアに流されていくのを見ても、彼らは奥村社長に忠義を尽くするつもりでいるらしい。

 マインドコントロールによって過剰適応へ追い込まれた件の社員たちは、崖っぷちで踏み止まっているような状態だ。それが普通だと思い込むことで平静を保とうとする。

 

 嘗て班目から同じような仕打ちを受けていたフォックスが、過剰適応の意味を理解しきれなかったスカルに解説する。

 スカルは合点がいったらしく、何とも言えない顔をしてパンサーと顔を見合わせた。

 

 

「パレス内にこんな奴らがいるってことは、奥村社長も自覚してやってるってことかな」

 

「お父様……」

 

 

 ジョーカーの指摘を受けて、ノワールは表情を曇らせた。父親が非道な真似をしているということを、こんな形で示されれば、誰だって辛いだろう。そんなノワールの肩をジョーカーはポンと叩いた。「『改心』させて、助けるんでしょう?」――彼女の言葉に、ノワールはこっくりと頷き返した。

 

 

「けど、注意しろよ。今までの社員とは違い、話し合いの余地はなさそうだ」

 

「会った途端に戦いになるってことか。了解」

 

 

 モナの警告に頷いたジョーカーは、早速制御盤を操作した。昼休みでプレス機を止めて、僅かな時間を利用してプレス機の上を渡り歩いていく。時にはアームに負荷をかけて壊し、橋代わりに使って先へ進んだ。

 程なくして件の社員たちがいる箇所へ足を踏み入れる。社員たちは僕らを視界にとらえた途端、「邪魔者は潰す。喜んで!」と万歳しながら襲い掛かって来た。僕たちも躊躇うことなく迎撃する。

 社員たちを倒したと思った刹那、今度はまた別の社員たちが現れて襲い掛かって来た。ジョーカーがペルソナを変え、フォックスと共に冷気を打ち放つ。社員ロボの弱点を突いたようで、あっという間に倒れ伏した。

 

 2人を主軸にしながら社員ロボをダウンさせては総攻撃で倒し続け、ようやく倒しきったようだ。僕たちは息を吐いて警戒を解く。

 こき使われて、ボロボロになって、最後は勝てるはずのない相手と戦わされる――ああ、世知辛い世の中だ。

 

 暗い顔をしたノワールを引っ張るような形で奥へ向かう。すると、動かなくなった社員たちが次々と炉の中へと放り込まれているではないか。

 

 ガイド音声が『燃料の投下により出力アップ』と馬鹿真面目に解説してくれたおかげで、この区画の正体が分かった。

 人間こそが、オクムラフーズ――ひいては奥村パレスを動かすための動力源。典型的なブラック企業だ。

 

 

「人の命で、商品を作る工場……」

 

 

 父親の悍ましさを突きつけられてしまったためか、ノワールの顔は真っ青である。彼女が愕然とする理由はよく分かるのだ。俺は実父、フォックスは育ての親の悍ましさを突きつけられたことがある。僕らが何かを言うよりも先に、

 

 

「許せない! こんな風に思っているなんて!! みんな、行こう! お父様を必ず『改心』させてみせる!!」

 

「う、うん」

 

 

 こちらがびっくりするくらいのやる気を出してくれた。

 

 そして、ようやく3か所目のフロアに足を踏み入れた。窓からはパレスの外の風景――宇宙空間が広がっている。エアロックというのは、文字通りの宇宙空間移動らしい。フォックスは「控えめに言って、死ぬな」と分析した。

 だが、ナビがそれを否定する。目鼻口を押えて息を止めれば30秒は持つらしい。「人体は意外と破裂しない」と言い切った彼女の声色は淡々としていて、なかなかに怖い。こんな形で宇宙遊泳をする羽目になるとは思わなかった。

 

 

「銀行が空飛んでるくらいでいちいち驚いていたのが懐かしいわ……」

 

「それを言ったら、ピンクのマント羽織ってパンツ一丁の王様を見て悲鳴を上げていた頃はどうなるんだろうね」

 

 

 懐かしそうに語るクイーンとジョーカーにつられて、僕も頷く。

 

 

「メメントスではヤクザのシャドウに襲われて腹に風穴開けたこともあったっけなあ」

 

「ちょっと待ってクロウ。そんな話一度も聞いたこと無いけど」

 

「げ」

 

 

 ついうっかり零した話題に、ジョーカーは目敏く反応した。ジョーカーだけではない。他の仲間たちが勢いよく僕を見る。文字通り“視線の集中砲火”だ。

 無言の圧力と罪悪感に耐え切れなくなった僕は、結局洗いざらい喋る羽目になった。2年程前の出来事と言えど、勿論みんなから派手に叱られた。

 お説教に関しては割愛し、僕たちはエアロックを使って先へと進む。どうやら動いているものと動いていないものがあるらしい。

 

 動いているエアロックだけで目的地に辿り着ければいいだろうが、世の中はそんなに甘くないのだ。きっとどこかに、エアロックを動かすための仕掛けがあるのだろう。

 僕の予想した通り、エアロックを作動させるための仕掛けがお目見えした。それを作動させながら、奥へ奥へと向かっていく。

 

 

「慣れてくると、宇宙遊泳も楽しいものだな」

 

「だよな! バンジーとは違う感じがするぜ!」

 

「こんなことがなきゃ、一生経験しなかっただろうね」

 

 

 フォックスとスカルが楽しそうに談笑する。僕も同意した。

 

 

「でも、クロウは他のペルソナ使いの戦いで、色んな所へ行ったんだろ?」

 

「まあね。宇宙空間は初めてだけど」

 

「じゃあ、他にはどこへ行ったんだ? ってか、どんなダンジョンだったんだ?」

 

「学校が凍り付いて氷の城へ行ったり、アヴディア界という心の世界に足を踏み入れたり、モナドマンダラという精神世界に足を踏み入れたり、タルタロスという塔を登ったり、テレビの中へ飛び込んだりした。テレビは銭湯とか劇場とかが印象的だったな。筋肉とかストリップショーとか」

 

「ストリップショー!? 誰の!?」

 

「どちらも造形美が気になるな……! 詳しく訊かせてくれないか!?」

 

「本人の名誉にかかわるのでノーコメントで」

 

「ちょっと男子一同。下世話な話はいいから先へ進むわよ」

 

 

 クイーンに突っ込まれた僕らは話を中断した。程なくして、フロアのゴールへ辿り着く。次のフロアも同様で、先程の応用編となっていた。

 だが、スイッチを切り替える以外に、ある一定条件下で開閉する扉があるようだ。新たな仕掛けと今までの仕掛けを組み合わせながら先へと進んだ。

 

 そのうち最奥へと辿り着く。そこにはでかでかとビックバンバーガーのロゴが大きく描かれているだけで、『廃人化』に関する証拠は何一つとして出てこなかった。

 

 奥村社長が獅童と結びついているというのは分かっていた。けれど、ここまで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それを考慮すると、奥村は“獅童のスケープゴート”に仕立て上げられるためだけに、証拠類をお膳立てさせていたのだろう。

 そのくせ、獅童は己に繋がる情報が奥村社長のパレス内に出てこないように気を配っていたらしい。奥村社長は『廃人化』ビジネスを()()()()()()()()()()()使()()()()()()()可能性が高いようだ。ついでに、さりげなく濡れ衣まで着せられている。

 このまま放置すれば、いずれは『廃人化』専門のヒットマンによって無慈悲に処分されてしまうだろう。ついでに、怪盗団も謂れなき罪を負わされる危険性もある。怪盗団を守るためにも、獅童の野望を挫くためにも、奥村社長を『改心』させなくては。

 

 いつも通りの全会一致で、奥村社長の『改心』が決定した。仲間たちは顔を見合わせて頷き合う。

 予告状を出すタイミングはジョーカーに託された。ジョーカーは不敵に微笑んで頷き返す。

 

 ――そうして僕らは、奥村社長のパレスを後にしたのだった。

 

 

***

 

 

『久しいな、明智くん。それと、有栖川のお嬢さんや奥村のお嬢さんも』

 

 

 家路につくためオクムラフーズ本社から一歩踏み出したとき、黒塗りのリムジンが僕たちの前に停まった。顔を出したのは、南条コンツェルン次期社長の南条さんだ。

 

 

『獅童と奥村社長の件について、話は聞いている。作戦会議がしたいが、時間は大丈夫かな?』

 

『はい、大丈夫です』

 

 

 南条さんの問いを聞いた黎が、他の面々にちらりと視線を向ける。僕らは断ること無く頷き、南条さんの乗って来たリムジンに乗った。南条コンツェルンの所有するリムジンに高校生が乗っているという図は周囲の目を惹いたが、南条さん本人がそれを許しているのだから誰も文句は言えない。

 暫しの移動を終えた僕たちが案内されたのは、南条コンツェルン系列の超高級料亭だった。しかも本日貸し切りである。やったのは南条さんだ。呆気にとられる高校生たちの顔など気にすることなく、彼は『至極当たり前のことをした』と言わんばかりの涼しい横顔を浮かべていた。

 店内には特別研究部門関係者である空本兄弟、警察官キャリアである周防兄弟と真田さん、シャドウワーカーのトップである美鶴さん、珠閒瑠における人探しのプロ(マンサーチャー)であるパオフゥさんとうららさん、元祖探偵王子の直斗さん、雑誌記者とカメラマンである舞耶さんと黛さん、地元が東京である真実さんらが集まっていた。

 

 文字通り、そうそうたるメンバーである。ここに集っている人々の肩書も、ペルソナ使いの実力も高い。

 程なくして料理が運ばれてきた。それらに舌鼓を打ちつつ、作戦会議を行う。

 

 

「今まで『改心』が発生してきたタイミングを確かめてみたが、怪盗団にとって最悪の事態が発生する日付であり、『改心』対象者にとって区切りがつく頃に『改心』の効果が発生していることが分かった」

 

 

 航さんがそう言いながら、壇上に立ってスクリーンにパワーポインタを映し出す。

 

 

「鴨志田卓が5月2日の理事会開催日、班目一流斎が6月5日の個展最終日、金城潤矢が7月9日の支払い要求日、双葉さんが8月21日の“メジエド”Xデー。怪盗団側の都合に合わせると、5月2日は鴨志田によるお嬢と竜司の退学予定日、6月5日は怪盗団一同が班目に訴訟されるであろう日、7月9日はお嬢が金城に1000万を支払う期限日、8月21日は“メジエド”によるテロ予告日だ」

 

「その理屈から行くと、オクムラに『改心』が発生するのは“ハルとチアキの婚約を破棄して、チアキの兄に春を身売りさせる日”というコトになるな。予定日は確か、10月11日だったハズだ」

 

 

 航さんの分析結果を聞いたモルガナが予測を立てる。潜入捜査した際、彼は奥村社長と千秋の兄の会話を盗み聞きしていたらしい。春もそれらしい話題を耳にしていたのか、哀しそうに俯いた。期限まで20日以上あるが、『廃人化』専門のヒットマンである智明が動き出す前に決着をつけておくべきだろう。

 

 最も、今回は『『改心』させてお終い』ではない。『改心』させた後からが本番なのである。智明はきっと、秀尽学園高校の校長と同じように、間接的な方法で奥村社長を“処分”しようとするだろう。それだけは防がなければならない。彼を無事に出頭させるまでが、今回の戦いだ。

 僕たち怪盗団ができることは、ターゲットを『改心』させることだけらしい。今まで“ターゲットが出頭することに関しては、怪盗団側が手出しすることは一切できなかった”という事実がその証拠である。つまり、『改心』後のターゲットを護衛することに関しては完全な素人なのである。

 そこで、僕は各分野の大人たちに協力を仰いだのだ。万能ではないものの、ペルソナ使いは強い。警察関係者は犯人や要人の警護にもそれなりに精通しているだろうし、探偵組も荒事には慣れている。記者なら理由をつけて奥村社長に張り付くこともできるし、地元が東京である真実さんは大学生なので比較的小回りが利く。

 

 巌戸台以降の世代は“ペルソナを発現できるのは特殊な環境下(例.影時間やマヨナカテレビ内)にあるときのみ”だ。

 だが、異世界で鍛えた身体能力は、現実世界の身体能力にも影響を与えている。おかげで面々の身体能力は一般人平均より高かった。

 

 

「これだけの協力者がいても、獅童正義とその『駒』は油断ならない相手だ。奥村社長の件を乗り越えても、新たな手を打ってくるだろう」

 

「ウチの校長が“不幸なバスジャック事故”で意識不明になったのがその証拠だよね……」

 

「実際、お姉ちゃんも実質的な人質状態だものね」

 

「……そうか。新島が、か」

 

 

 険しい顔で分析した南条さんに、杏と真が同調する。真から冴さんの話題を聞いたパオフゥさん――元・珠閒瑠地検検事の嵯峨薫氏が表情を曇らせた。

 嘗ての司法修習生が狙われているという事実に関して、複雑な気分なのだろう。そんな彼の隣にいたうららさんは、納得したように頷きながら飲み物を煽った。

 うららさんはパオフゥさんの現・相棒として、冴さんに対し思うところがあるようだ。長らく一緒に活動していくうちに、2人は2人なりの距離感を見つけたらしい。

 

 できればそのままくっついてしまえばいいと思うのは、僕や至さんの勝手なお節介だろう。……そういえば、至さんは今でもうららさんの留守電――『いい男がいたら紹介しろ(意訳)』――にパオフゥさんの電話番号を録音する悪戯を行っているのだろうか? 閑話休題。

 

 

「保険として、奥村社長の関係者も『改心』させておいた方がいいのかもしれないな。キミたちにはかなりの負担になるが……」

 

「やるっきゃないッスよ。バスジャックみたいに他の奴らを巻き込むようなコトになっちまったら、それこそ最悪だって!」

 

 

 周防刑事の言葉に対し、竜司が拳を振り上げて頷いた。漢にはやらねばならぬときがある――竜司からその気迫を読み取ったのか、達哉さんも真顔で頷き返した。

 

 

「でも、千秋さんは大丈夫かしら……。何度かお父様に進言していたから、認知世界のお父様からは処分対象にされてしまっているみたい。千秋さんも、お父様の悪事に対して強く憤っていて……」

 

「そういえば、バスジャック犯も『奥村社長とオクムラフーズの企業体質に対して強い憤りを感じていた』人物だったな。奥村社長“処分”の実行犯役として、春の婚約者に白羽の矢が立てられてしまってもおかしくない」

 

「そんな! 千秋さんが……」

 

「もし婚約者の言動がおかしくなったら俺たちに伝えてほしい。パレスやメメントスで『改心』させるという手があるからな。『性格が変わってしまったため、悪事を行うようになった』という依頼を解決したことがあるから、何とかなるはずだ」

 

 

 春の不安を煽るような発言をした祐介だが、すぐにフォローを入れた。それを聞いた春は安心したのだろう。ホッとしたように息を吐いた。美鶴さんも春の肩を叩いて微笑む。

 舞耶さんは満面の笑みを浮かべて「レッツ・ポジティブシンキングよ春ちゃん!」と口癖を披露した。春も元気良く頷き、決意を新たにする。それを、黛さんが見守っていた。

 

 互いの得意分野を活かし、苦手分野のカバーを頼む――それは、相手を信頼していなければ成り立たない作戦だ。ペルソナ使いの先輩後輩が手を組んで、戦いに挑んでいる。

 

 飲み物を煽っていた達哉さんと至さんが大きくため息をついた。

 彼らの心の中に、強い懸念材料があるためだろう。

 おそらくそれは、僕と同じ意見に違いないのだ。

 

 

「一番の懸念は、“人間側の黒幕である獅童正義は、『神』が用意した前座に過ぎない”という点だな」

 

「確かに。獅童正義にこれ程までもの力を与えた奴だ。獅童に勝った後も安心はできない」

 

「『神』に関して、現時点で分かっている情報は少ないんだよね。“認識や認知を自在に操る”という一点のみ。……これでどう対処すればいいんだか」

 

 

 1人は善神の化身として、もう1人は悪神の悪趣味で理不尽な娯楽のため、『神』によって人生を滅茶苦茶にされかけた者たちだ。僕は善神の化身である至さんと共に、数多の理不尽と旅路の行く先を向き合ってきた。

 

 フィレモンもニャルラトホテプもニュクスもイザナミノミコトも理不尽極まりない奴らだったが、今回の奴も理不尽極まりない力を振るう奴だ。毛色も能力もニャルラトホテプ由来であることは明らかだろう。実際、獅童の『駒』には神取鷹久がいる。

 僕の想像する望月綾時が「僕は不可抗力だからね……?」と寂しそうな顔をした。事情は知っているけれど、それとこれとは話は別だ。最終決戦でアルカナ変化による実質13連戦をする羽目になったあの恨みは忘れられない。本当に死ぬかと思ったのだ。閑話休題。

 

 

「何が相手でも、私が貫くべき正義は変わらないよ」

 

 

 口元をナプキンで拭きながら、黎は静かに宣言する。

 

 

「これ以上獅童の好きにはさせない。奴は絶対『改心』させる」

 

「黎……」

 

「勿論、『神』相手だってそうだ。もし『神』が悪事を企むなら、“悪魔の王”の力を使ってでも叩き潰す。……私の“おしるし”が何か、吾郎は知ってるでしょう?」

 

 

 黎は悪戯っぽく微笑んだ。彼女の“おしるし”が“6枚羽の悪魔の王”であることは、有栖川家の関係者にとっては周知の事実である。

 『運命を打ち砕け』という反逆の意志が込められたそれを思い出し、僕はひっそり苦笑した。やっぱり、僕はまだまだらしい。

 黎の宣言を聞いたモルガナがキラキラ目を輝かせる。「トリックスターに相応しい結末だな!」と語った彼は、そのコンマ1秒で周防刑事に抱きかかえられて悲鳴を上げた。

 

 怪盗団リーダーにして、今代のペルソナ使いたちを率いる『ワイルド』使いの宣言を聞いた新旧ペルソナ使いたちは、互いの顔を見合わせて頷き合った。

 怪盗団は怪盗団の戦いをし、大人たちは大人たちの戦いをする。背中合わせの戦いだ。先輩が守って繋いできた世界は僕らに託され、僕らの運命も彼らに託されている。

 

 強い絆で結ばれたことを確認した僕らの会議は、そのまま交流会へとシフトチェンジした。スクリーンとPCを片付けた航さんが双葉の隣に座り、何かを話し始める。会話の内容的に認知世界に関する見解のようだ。

 

 

「『認知上の人間』ってヤツ、本当に面白いんだ。春の婚約者の兄貴なんて完全に瓜二つでさ」

 

「双葉さんの所で見た一色さんの顔はそっくりだったな。体は完全にスフィンクスだったが」

 

「春が見たアレはたまたまだよ。普通は見た目も性格も歪んでるもの。双葉のアレは特別な一例だけど」

 

 

 盛り上がる双葉と航さんに、杏はツッコミを入れた。鴨志田パレスで出てきた認知上の自分を思い出しているのだろう。確かにアレは本当に酷かった。鴨志田の従順な僕として、性的な目で見られていたのである。卑猥極まりない光景だったに違いない。

 連想的に“黒いベビードールを身に纏った認知上の黎”の姿と、彼女に対して下卑た手つきで触れていた鴨志田の醜悪な笑みを思い出した。随分と久しく怒りが湧き上がり、ついつい手に持っている箸をへし折りたくなってしまった。勿論堪えた。

 

 「班目の美術館にいた俺なんて、人ではなく絵だったからな」――山菜のてんぷらを口いっぱいに頬張った祐介がうんうん頷く。班目にとって、祐介は人間ではなく作品の1つでしかなかった。人を人とは思わぬ黄金美術館を思い出し、僕はひっそりため息をついた。

 

 認知世界のことで春は疑問に思ったことがあるようだ。“奥村社長の認知世界(パレス)に、どうして奥村春(じぶん)がいないのか”という至極真っ当な疑問だった。

 見当たらない理由に心当たりはある。だが、理由は何であれど胸糞悪いことは確かだ。おそらく、金城パレスで見た認知上の金づる――人間ATMと互角であろう。

 昏い顔をする春だが、研究者組に所属する双葉と航さんがワクワクした様子で認知世界のことを話し出す。双方共に目がキラキラと輝いていた。

 

 

「本人の認知1つで景色も人も変幻自在ならさ、上手く使えば、“望みの世界に望みの人間がいる”ドリーム空間とか作れそうじゃん!」

 

「セベクにも似たような研究があった。最もそれは『病弱気味な娘が、せめて夢の中だけでも楽しく過ごしてほしい』という願いの元に造られたが、紆余曲折あって悪用される結果になってしまった。でも、浪漫はあるぞ」

 

「町中に悪魔が跋扈して、コンビニやカジノ等でモノホンの銃が売買される世界はちょっとなぁ……」

 

 

 盛り上がる双葉と航さんの様子に対し、至さんは非常に遠い目をした。もしこの場に園村さんがいたら、無言のまま肩を叩かれ、至さんはどこかへと連れ出されていたことだろう。幸いなことに、今この場には園村さんはいなかったのでセーフである。

 

 パレスへの夢を広げる研究者たちは「いつかどこかで試してみたい」とまで言い切った。そんな実験が行われる日は来るのだろうか。

 僕が苦笑していたとき、僕の中にいる“何か”が呟く。()()()()()()()()()()()()()()()()()――それっきり、“何か”は黙ってしまった。

 僕の中にいる“何か”は双葉と航さんの話に耳を傾けながら、納得し、脱帽し、悔しがり、感服し、打ちひしがれながらもどこか晴れやかに笑っている。

 

 そんな“何か”の姿を見守っていた僕は、ふと気づく。

 “何か”の存在を、僕ははっきり認識できるようになっていたことに。

 

 

(……そういえば、いつからだろう。俺の中に“何か(おまえ)”がいると、明確に知覚できるようになったのは)

 

 

 いつ頃からかは覚えていないが、俺は“何か”の存在を明確に感じられるようになった。“何か”は明智吾郎の中にいて、時折明智吾郎の感情を強く揺さぶるのだ。“何か”は明智吾郎の敵ではないが、仲が良いとは言い難い。よく悪態をつくし、口調も態度も悪いし、ひねくれてはいるが、寂しがり屋で不器用だ。

 他者から愛されたいと願うくせに、言い出しっぺの“何か”本人が誰かを愛そうとせず心を閉ざしている。上辺を取り繕って相手を騙し、取り込み、破滅させることでしか生きていけないと思い込んでいるくせに、何よりも誰よりもそんな自分が嫌いだ。自分の醜さを人一倍責めており、醜い自分は愛されないと自覚している。

 

 要するに、面倒くさい。理解できる部分もあるし共感できることもあるけど、実際に“何か”とつき合うのは非常に面倒くさいのだ。

 

 秘密は多いし、大事なことは言わないし、俺には意味不明なことを口走ったりする。俺には把握できない感情を揺さぶったりする。しかも、揺さぶられたものはすべて()()()()()()()()()というオプション付きだ。この感覚に救われたことは何度もあるが、不用意に騒ぐので始末に負えなくなったことがある。

 特に、獅童智明の存在を初めて知ったときはかなり狼狽えていた。“何か”が派手に狼狽えなければ、俺は自分自身の行動の甘さ――獅童正義の隠し子関連について調()()()()()()()()()()違和感に気づかぬままだったかもしれない。気づいたところで、“何か”の反応は変わらなかっただろうと予測はつくが。

 

 

―― なあ。お前、()? ――

 

 

 俺は、俺の中にいる“何か”に問うた。薄暗くぼやけた輪郭が、俺の声に呼応するようにして形を変えていく。

 

 黒と紫のストライプ柄の全身タイツ――俺がそう認識した途端、“何か”は「その例えはやめろ!」と言わんばかりに睨みつけてきた――に、甲冑を思わせるような黒いフルフェイスマスクを被った青年の姿があった。仮面の右端がひび割れており、顔半分の下を隠す部分は完全に晒されている。

 焼け焦げたような燕尾のマントが闇の中で揺れている。“何か”はずっと体育座りでいたようだ。立ち上がる体力も気力もないようで、その体制のままじっと俺を見上げていた。……なんだか、酷く疲れているように見える。“何か”は動くことすら億劫のようで、のろのろと緩慢な動作で首を動かした。

 擦切れた黄昏を連想させるような瞳はどことなく虚ろだ。ただ、俺に対して、羨望と祈りを込めたような眼差しを向けてくる。……どうしてか、見ているだけで胸が苦しくなった。思わず表情を歪ませた俺を見た“何か”は、弱々しい声で呟いた。()()()()()()()()()()()()――下手くそな泣き笑いを浮かべる。

 

 嬉しそうな顔をしているくせに、“何か”は悪態をついた。やっぱり素直じゃない。

 そして、“何か”は自身の正体を明かすつもりはないのだ。やっぱり面倒くさい。

 

 

(……まあ、黎に害をなす存在じゃないなら、別にいいけど)

 

 

 俺がそんなことを考えた途端、“何か”が苦笑した。馬鹿にするわけでもなく、嘲笑う訳でもなく、寂しそうに、羨ましそうに笑うだけ。

 届かなかった願いの残骸を拾い上げ、慈しむかのような眼差しだ。()()()()()()()()と、“何か”は囁く。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――“何か”はゆっくり首を動かす。その視線の先には、有栖川黎の姿があった。

 

 “何か”は暫し黎を見つめていたが、ややあって、小さくかぶりを振って視線を外す。俺は興味本位で、奴の視線の先を追いかけてみた。

 そこには有栖川黎がいた。けど、彼女に重なるようにして、ジョーカーの姿が浮かんでいるように見える。

 

 俺は思わず目を丸くする。次の瞬間、ジョーカーが俺の方を向いた。――正確に言うなら、彼女の視線は俺ではなく、俯いてしまったっきり動かない“何か”に向けられている。“何か”に対して強い慈しみと悲しみを込めた眼差しを注いでいたジョーカーは、決意を新たにしたらしい。小さく頷いて前を向いた。

 

 

「吾郎? どうかした?」

 

「え? あ、いや、なんでもない」

 

 

 不意に、黎から声をかけられて、俺は慌てて首を振る。途端に、“何か”とジョーカーの気配が一瞬で掻き消えてしまった。

 今日はそれっきり、“何か”の気配を感じなかった。そうして暫く、黎に重なるようにして浮かんでいたジョーカーの姿も見なかった。

 

 

◇◇◇

 

 

 奥村社長を『改心』させるための下準備として、僕たちはメメントスに乗り込んだ。今まで溜まった依頼を解決しながら、彼の関係者たちを次々と『改心』させていく。

 春が危惧した通り、春の婚約者である宝条千秋の『改心』も行った。彼は奥村社長への憤りによって心を歪ませてしまい、奴に対して暴力的な強硬手段に出ようとしていた。

 『最悪な結果になる前に止めてくれてありがとう』と言い残し、千秋さんは自身の心の中へと還って行った。婚約者を助けられたことに喜ぶノワールは、暫く絶好調でいた。

 

 しかし、千秋さんの兄でノワールが身売りされる先の相手――宝条千秋の兄のパレスとメメントスのシャドウは発見できなかった。奥村社長の認知存在は春を玩具にしようとしていたが、現実にいる千秋の兄にはそんな歪みはないようだ。誰かの認知存在が超弩級のクズだからといって、該当者がパレスを持っていたりメメントスの一角を占拠する程の歪みを持っている訳ではないらしい。

 

 奥村社長の関係者たちを軒並み『改心』させるという保険用の強行軍を終えた僕たちは、他の準備を整えて、奥村社長に予告状を出したのである。

 予告状は春本人が奥村社長の机に置いておくこととなった。奥村社長の反応は春に任せてある。僕たちは大人しく学生生活をこなし、放課後にルブランへと集まった。

 

 

「お父様、警察関係者とつるんでいるみたいなの。誰かに連絡して『警察を動かせ』って命令してた」

 

「その結果が予告状バレってことか。日時まで報道されてるもんな……」

 

「ネットでも大騒ぎになってる。誰も彼もが怪盗団を支持してるが、その大半の書き込みが面白半分のものばっかりだ」

 

 

 春が険しい面持ちで、竜司が途方に暮れたような顔をして、双葉が憤りを溢れさせながらため息をつく。

 

 

「手段と目的が完全にすり替わったな。民衆は俺たちを娯楽として消費しようとしている。『何でもいいから偉い奴の土下座が見たい』という理由でだ」

 

「どうしてこうなっちゃったんだろうね。最初はただ単に、苦しんでいる人を勇気づけたかっただけなのに」

 

 

 祐介は端正な顔を憂いに歪ませ、杏は悲しそうに俯く。僕らの初志と願いは、その対象者たちによって、こんな形で歪ませられてしまった。

 『自身の存在が「要らない」ものとなってもいい』と言っていた黎のことが気になり、僕はちらりと彼女に視線を向ける。

 

 透き通った灰銀の瞳には、一切の揺らぎがない。彼女の眼差しはどこまでも真っ直ぐで、自分の為すべきことに対して迷いはなかった。有栖川黎はこんな状況下にあっても、鴨志田『改心』戦勝会で述べた言葉を忘れていなかった。彼女は最初から最後まで初志貫徹の在り方を貫くつもりらしい。

 ()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――“何か”は黎へと羨望の眼差しを向ける。相変わらず体育座りのまま動こうとしない“何か”を見ていると、無性に、奴の背中を思いっきり蹴っ飛ばしてやりたくなるのだ。

 思えば、“何か”は「たられば」で物を語ることが多かったように思う。自分にはそれが出来ないと頑なに主張し、座り込んだまま動こうとしなかった。動かなければ何も始まらないと言うのにだ。“何か”も俺の中で“今までの戦い”を見てきたのだから、いい加減学習してもいい頃だろう。

 

 

「それでも、私の正義は変わらない。理不尽に苦しんでいる人を助けたいんだ」

 

「黎……」

 

「獅童正義を『改心』させ、すべての罪を終わらせる。そのためにも、奴のスケープゴートとして利用されそうになっている奥村社長を放っておくわけにはいかない。彼もまた、獅童の計略によって、理不尽な命の危機を迎えている被害者なんだから」

 

 

 今回の『改心』は、獅童正義を追いつめるための一歩だ。『廃人化』に係わる連中たちが振りまく理不尽との直接対決である。奴らの標的は怪盗団と奥村邦夫で、双方共に超弩級の理不尽が降りかかることだろう。それを止めなくてはならない。

 

 「奥村社長を『改心』させることは、理不尽から彼を救うことに他ならない」――黎の言葉を聞いた春が目を潤ませる。父を助けるのだという決意を固めて、彼女は頷いた。

 正しい意味での確信犯を貫く黎の姿を見た仲間たちも頷く。俺も微笑み頷き返した。他者の思惑や悪意なんて跳ね除けて、有栖川黎は正義の旅を往くのだろう。

 

 そんな彼女の傍らに――彼女の隣にいられることが誇らしかった。

 黎は颯爽とした足取りで歩き出す。俺は当たり前のように彼女の隣に並んだ。

 黎と俺を取り囲むようにして、怪盗団の面々も続く。

 

 ――さあ、『オタカラ』を頂戴するとしようか。俺たちは不敵な笑みを湛えて、奥村のパレスへと踏み込んだ。

 

 




魔改造明智による奥村パレス攻略~奥村パレス予告状突入直前のお話です。春の婚約者が南条と桐条の関係者となり、とんでもないくらい浄化されてしまいました。結果、婚約者が南条くんと美鶴のおかげでひたむきに努力を開始し、その余波に春も巻き込まれてあの改変へと繋がりました。この世界線に原作P5主はいないのでこんな結果に。
獅童による罠から奥村社長を助け出そうとする怪盗団に、頼れる/格好いい大人たちが力を貸してくれることになりました。以後は彼らのバックアップを受けながら、パレスを攻略していくことになります。戦闘以外でも力を貸してくれることでしょう。今回は航が「『改心』までの期間およびサイクルを解析する」大活躍です。
ここに来て、魔改造明智がついに「自分の中にいる“何か”」の存在を明確に察知しました。今までの違和感及び直感を齎し、時には暴発しながら魔改造明智に指針を示していた“何か”の正体もまた、いずれ明かすつもりでいます。……それにしても、この“何か”、どこかで見たことある格好だなー(棒読み)
原作とは違う目的を持って奥村社長の『改心』に乗り込む怪盗団。パレスでは彼らの、現実では頼れる大人たちの戦いが始まります。基本は怪盗団側で話が進みますが、その結果がどこに至るのか、生温かく見守って頂ければ幸いですね。

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