Life Will Change   作:白鷺 葵

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【諸注意】
・各シリーズの圧倒的なネタバレ注意。最低でも5のネタバレを把握していないと意味不明になる。次鋒で2罪罰と初代。
・ペルソナオールスターズ。メインは5、設定上の贔屓は初代&2罪罰、書き手の好みはP3P。年代考察はふわっふわのざっくばらん。
・ざっくばらんなダイジェスト形式。
・オリキャラも登場する。設定上、メアリー・スーを連想させるような立ち位置にあるため注意。
 @空本(そらもと) (いたる)⇒ピアスの双子の兄で明智の保護者その1。武器はライフル、物理攻撃は銃身での殴打。詳しくは中で。
 @獅童(しどう) 智明(ともあき)⇒獅童の息子であり明智の異母兄弟だが、何かおかしい。獅童の懐刀的存在で『廃人化』専門のヒットマンと推測される。詳しくは中で。
・歴代キャラクターの救済および魔改造あり。
・一部のキャラクターの扱いが可哀想なことになっている。特に、『普遍的無意識の権化』一同や『悪神』の扱いがどん底なので注意されたし。
・アンチやヘイトの趣旨はないものの、人によってはそれを彷彿とさせる表現になる可能性あり。他にも、胸糞悪い表現があるので注意してほしい。
・ハーメルンに掲載している『運命を切り開くだけの簡単なお仕事』および『ペルソナ3異聞録-.future-』、Pixivの『2周目明智吾郎の災難』および『【一発ネタ】有栖川黎の幼馴染』の設定を下地にし、別方向へ発展させた作品である。
・ジョーカーのみ先天性TS。
 ジョーカー(TS):有栖川(ありすがわ) (れい)⇒御影町にある旧家の跡取り娘。旧家制度は形骸化しているが、地元の名士として有名。身長163cm。
・歴代主人公の名前と設定は以下の通り。達哉以外全員が親戚関係。
 ピアス:空本(そらもと) (わたる)⇒明智の保護者2で、南条コンツェルンにあるペルソナ研究部門の主任。
 罪:周防 達哉⇒珠閒瑠所の刑事。克哉とコンビを組んで活動中。ペルソナ、悪魔、シャドウ関連の事件の調査と処理を行う。舞耶の夫。
 罰:周防 舞耶⇒10代後半~20代後半の若者向け雑誌社に勤める雑誌記者。本業の傍ら、ペルソナ、悪魔、シャドウ関連の事件を追うことも。旧姓:天野舞耶。
 ハム子:荒垣(あらがき) (みこと)⇒月光館学園高校の理事長であり、シャドウワーカーの非常任職員。旧姓:香月(こうづき)(みこと)で、旦那は同校の寮母。
 番長:出雲(いずも) 真実(まさざね)⇒現役大学生で特別調査隊リーダー。恋人は八十稲羽のお天気お姉さんで、ポエムが痛々しいと評判。
・敵陣営に登場人物追加。
 @神取鷹久⇒女神異聞録ペルソナ、ペルソナ2罰に登場した敵ペルソナ使い。御影町で発生した“セベク・スキャンダル”で航たちに敗北して死亡後、珠閒瑠市で生き返り、須藤竜蔵の部下として舞耶たちと敵対するが敗北。崩壊する海底洞窟に残り、死亡した。ニャラルトホテプの『駒』として魅入られているため眼球がない。この作品では獅童正義および獅童智明陣営として参戦。但し、どちらかというと明智たちの利になるように動いているようで……?
・「2罰ボスの外見を見た人間の反応」に関するねつ造設定がある。
・普遍的無意識とP5ラスボスの間にねつ造設定がある。
・『改心』と『廃人化』に関するねつ造設定がある。
・春の婚約者に関するねつ造設定と魔改造がある。因みに、拙作の彼はいい人。


飛んでけ、バタフライエフェクト

 秀尽学園高校の校長は、酷く晴れやかな面持ちで街を歩いていた。目的地は警察署。彼が成そうとしていることは自首。鴨志田卓の暴力事件をもみ消そうとしたことを筆頭に、獅童正義との関係によって発生した多種多様の汚職行為を洗いざらい話すためである。

 華々しかった己の人生が、他ならぬ己自身によって破滅を迎えようとしている――にも関わらず、校長は満足げに笑っていた。自分は正しいことをするのだと、それが自分の最後の務めなのだと言わんばかりの笑みを浮かべていた。社会的な死など、最早恐れる必要はない。

 教師たちへの連絡は済んだ。学校は暫く大騒ぎだろうが、秀尽学園高校の教師たちも生徒たちも、手を取り合って危機を乗り越えてくれることだろう。すべての罪と罰は自分が連れて行く――秀尽学園高校の校長は、己の決意を噛みしめた。

 

 校長の心境が大きく変わったのは、恐らく怪盗団が校長を『改心』させたためだろう。

 

 罪の重さを自覚し、深く反省するだけでなく、罪を償う機会を得た。教育者である己が行うべき最後の仕事を全うする機会を貰えた。怪盗団には感謝している。文字通り、心を変えられたのだ。

 獅童正義による『廃人化』ビジネスを知っていた校長は、それ故に、対を成す『改心』を得意とする怪盗団を恐れた。今なら、彼/彼女らに怯えていた当時の自分を諭してやりたい。彼らは誇らしい子どもたちだと。

 

 秀尽学園高校の校長は足を止めた。歩行者用の信号機が赤だからだ。そこにおかしなところは何もない。校長は大人しく、信号が青になるのを待っていた。

 程なくして、歩行者用の信号が青に切り替わる。校長を始めとして、多くの歩行者が横断歩道を渡り始めた。

 

 ――どこからどう見ても平和な光景。おかしいところは何もない。

 

 

「……ん?」

 

 

 秀尽学園高校の校長の視界に“何か”がちらついた。校長は思わず足を止める。東京――それも、ビルが屹立し人がごった返すコンクリートジャングル――のど真ん中に、蝶が飛んでいる。しかも、普通の蝶ではない。黄金に輝く蝶が、光のように瞬く鱗粉をまき散らしている。蝶は校長の視界を横断するように飛び回っていた。

 

 不規則で気まぐれな軌跡に、校長の目は釘付けになる。何故か視線を外すことができずにいたとき、青信号がチカチカと点滅し始めた。早く行かなくては、道路のど真ん中で取り残されてしまうだろう。

 校長が慌てて足を踏み出そうとした瞬間、どこからか派手なタイヤ音が響いた。何ごとかと思い振り返る。車側の信号――色は赤――を無視したバスが、人が歩いている横断歩道目がけ、蛇行しながら突っ込んでくるではないか!!

 人々の悲鳴が四方八方から響き渡る。逃げ惑う者、腰を抜かして動けない者、呆気に取られて立ちすくむ者。秀尽学園高校の校長もまた、呆気に取られて立ちすくむ者の1人であった。逃げなくてはならないと分かっているのに、身体が動かない。

 

 バスの車体が大きく傾き横転した。校長の立つ場所目がけて、バスが迫る。文字通りのスローモーション。

 そんな状況にもかかわらず、金色の蝶は、校長を庇うかのように前へと躍り出る。

 

 ひらひら、ひらひら、きらきら、きらきら。――次の瞬間、砕けた車の部品が蝶を弾き飛ばした。

 

 耳をつんざくような轟音と衝撃。何があったかを理解するよりも先に、秀尽学園高校の校長は、自分が地面に倒れ伏していることを知った。身体はピクリとも動かない。体から急速に熱が引いていく。

 だめだ。だめだだめだだめだ。まだ自分は何も成していない。まだ、教育者としての“最後の仕事”を果たしていない。こんな所で死んでいる暇はないのだ。死にたくないのだ。死ぬわけにはいかないのだ。

 自首を。警察署に行かなくては――自身の叫びとは裏腹に、校長の意識はどんどん遠くなっていく。視界が暗くなっていく中、バスの部品に潰されたはずの蝶が、何事もなかったかのように飛び立っていく姿を見たような気がした。

 

 

 

 ……。

 …………。

 ………………。

 

 

 

 黄金の蝶は、誰かの叫びを宿しながら空を飛ぶ。

 ひらひら、ひらひら、ひらひらと。

 

 

「――蝶の羽ばたきは、運命を変える」

 

 

 黒いジャンパーを着た青年は、ぽつりと呟いた。

 

 横断歩道のど真ん中で立ち止まった恰幅の良い男が、車に撥ねられ即死した――()()()()()()()()()()()()()()()()

 自首をしに警察署へ向かっていた恰幅の良い男に、暴走したバスがぶつかり即死した――()()()()()()()()()()()()()()()

 

 変化はほんの些細なこと。けれども、それは()()()()()()()()()()()。今この瞬間にも波紋が広がり、蝶の羽ばたきが小さな風を巻き起こし、()()()()()()()()()()()。人はそれを、バタフライエフェクトと名付けた。

 誰かの願いを乗せて飛び立った蝶が空を舞う。たったの一羽なら、きっと誰も目に留めないだろう。気づけば蝶は群れとなり、誰の目に見えても“大きな存在”となっていく。それが、()()()()()()()()()()()理由。

 願いはいずれ決意に変わり、決意は滅びすらも超えていく。――今この瞬間だってそうだ。蝶が運んで来た景色は異国の砂浜。よく似たデザインだが材質違いの指輪が、夕焼けに照らされて輝いている。()()()()()()()()()()()()()

 

 

「――成程。それが、()()()()()()()()()()()()力なのだな」

 

 

 スーツを着てサングラスをかけた男は納得したように頷きながら、眼下に広がる惨状を見つめていた。

 

 商業用ビル内の一角を陣取るカフェテラスの窓際席はガラス張りになっており、道路を行き来する人々の様子がよく見える。そこには、横転したバスと右往左往する人々がいた。パトカーや救急車が何台も停まり、事故の周辺には野次馬どもがひしめく。

 スーツの男が見ているのは、山吹色のスーツを着た恰幅の良い男性である。頭から血を流していた男性はストレッチャーに乗せられ、救急車に運び込まれた。発進していく救急車を見送る男は、興味深そうにこちらへと向き直った。

 

 

「さて、彼は一体、何件の病院を盥回されることになるんだろうな? その間に力尽きるか、それとも持ちこたえるか……」

 

「盥回しに関しては、俺よりもあんたの方が知ってるんじゃないのか? 奴らの協力者の中には病院関係者だって数多くいるんだから」

 

 

 スーツの男の問いに対し、黒いジャンパーを着た青年は淡々と答えた。彼の周囲には、金色に輝く蝶々がひらひらと舞っている。

 青年が蝶に群がられているにも関わらず、周囲の人間は()()()()()。いや、青年の方が、周囲に蝶の存在を()()()()()()()()()()()()()のだ。

 金色の蝶は善神の化身。その力を振るう青年もまた、善神の化身の1体だ。経歴が異色すぎるため、思考回路や行動原理は人間寄りとなっている。閑話休題。

 

 

「秀尽学園高校の校長は、キミが守り導こうとするあの少年少女らによって『改心』させられている。私では把握することが不可能だが、“アレ”曰く『対象者が『改心』してしまうと、直接『廃人化』して()()することは不可能になる』とのことだ。キミは何か知っているのかね?」

 

役立たず(フィレモン)が言うには『『改心』させられた人間は正しい形で心の海に帰還してるから、悪神が直接手出しすることはできない』とか。某カダスマンダラみたいな感じらしい。間接的ならワンチャンあると踏んだんだろう」

 

 

 「その手段が“バスジャックの果ての大事故”か」と、青年は呟いた。「隠せていないぞ」と笑いながら、男も頷く。

 

 

「対象が無差別であり、被害者が多ければ多い程、1人1人の影は薄くなる。その中に秀尽学園高校の校長がいても、『不幸な事故に巻き込まれた』という一言で片づけられるという訳だ」

 

「それでも、バスジャック犯は“精神暴走事件の被害者”として注目されるんじゃないのか? 精神暴走事件を追いかけている新島検事は、そっちが精神暴走させてチャネリングしてるといえど、おたくらの派閥と対立構造にあるんだろ?」

 

「その点は抜かりない。実行犯として選んだのはオクムラフーズの元社員だ。“オクムラフーズのブラック企業体質を告発するも、奥村社長との裁判に敗訴。それが切っ掛けで失意のまま自堕落に日々を過ごすうちに、薬物へ手を出した。数度の逮捕歴もある”という経歴持ちだ。“再犯の結果、薬物による諸症状によって理性を失った挙句、バスジャックという強行に走った”と尾ひれがついても違和感はないさ。たとえ『廃人化』した末に死んだとしても、直前に違法薬物を摂取しているから判断できないだろう」

 

「悪辣だな。“凶悪犯が破滅の道を転がり落ちた理由は、オクムラフーズの社長にあり”――そうやって、世間に奥村社長の印象操作を行うわけか。民衆は奥村社長と元社員の顛末を知り、それ故に民衆は彼の『改心』を望み、怪盗団も民衆の意見に従うような形で動かざるを得まい、って?」

 

「もっとも、()()()()()その作戦は破綻しているがね。奴らが奥村社長を使い潰そうとしていることは既に伝えてある。怪盗団は、奥村社長を奴らから守るために『改心』させようとするだろう。あとは、奴らと彼らのどちらが読み合いに勝利するかだ」

 

「お前は誰の味方なの? 怪盗団と対立するような立ち位置にいるのに、その実、怪盗団を助けるような情報を流してる。……てっきり俺は、()()()()()()()()()()()()()()()()()モンだとばかり思ってたよ」

 

「私は『神』の『駒』。私を『駒』として重用している『神』からは、『手段は問わないから、“アレ”から私を解放しろ』と命じられている。……キミも()()()()()()()だろう」

 

 

 男はそう言い残して立ち上がると、そのまま立ち去ろうとする。

 青年は男を呼び止めた。男は首をかしげて振り返る。

 

 

「――ありがとな」

 

「……礼を言われるようなことは何もしていないよ。キミもそろそろ帰り給え。“あの子”はきっと、キミが作る食事を楽しみにしているだろうからな」

 

 

 男は踵を返し、ひらひらと手を振って立ち去った。その背中を見送った後、青年は止まり木を連想させるような動きで指を動かす。金色の蝶が誘われるようにして指に停まった。

 次の瞬間、自分を取り巻くように舞っていた他の蝶たちが一斉に飛んでいく。夕焼けの光に紛れ込むようにして、黄金の蝶の群れは空を舞う。その行方を知るのは青年だけだ。

 できることが増える度に、できないことが増えていく――青年はそんなことを考えながら蝶の行方を見つめていたが、立ち上がる。今日の献立を考えながら、家路へ着いた。

 

 

◆◇◇◇

 

 

 僕がハワイから戻って来たその日、とんでもないニュースが入った。

 秀尽学園高校の校長が、バスジャックによる交通事故に巻き込まれ、意識不明の重体になったのである。

 

 

『彼は学校関係者や警察署に『これから自首しに行く』と連絡を入れ、『後のことを頼む』と言っていたそうよ。それと、あと一歩前に出ていたら、横転したバスの下敷きになって亡くなっていたかもしれないらしいわ。……余程運がよかったのね。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだもの』

 

 

 冴さんは渋い顔をして書類と睨めっこしていた。僕もこっそりと書類を覗き込んだが、校長の入院先だけが大手の病院ではない。獅童とは一切関わりのない中規模な医院だ。

 獅童にとって、秀尽学園高校の校長は最早不必要な存在である。病院関係者に彼の受け入れを拒否するよう根回ししていたのだろう。処置遅れによる死を狙ったのかもしれない。

 秀尽学園高校の校長は、“生きてはいるが意識不明”のままだ。しかも、一生目覚めない可能性が高いとある。その間に、獅童は自分の権力地盤を整えるに違いない。

 

 そういえば、荒垣さんもストレガのタカヤに狙撃されたときは『一生目覚めない可能性が高い』と言われていた。でも、彼は卒業式数日前に目覚めた後病院を抜け出し、屋上へと駆けつけたのだ。文字通り、奇跡という言葉がよく似合う結末だった。

 

 荒垣夫婦の純愛を秀尽学園高校の校長に当てはめるのはかなり無理があることだが、奇跡が起きる可能性があることを僕は知っている。

 実際、奇跡は起きたのだ。死んでもおかしくなかった大事故に巻き込まれても、悪意によって病院を盥回しにされても、校長は生き残ったのだから。

 

 

『それで、バスジャックの犯人は?』

 

『亡くなったわ。バスが横転した際、窓ガラスの破片で首が切れたことによる出血性ショック死。オクムラフーズの元社員なんだけど、以前社長の奥村邦夫相手に裁判を起こし敗訴している。以後、彼の生活は荒み、薬物へ走ったみたい。売買や使用の件で逮捕歴もあるわ。再犯も繰り返していたようで、薬の常用性も認められている』

 

『薬物中毒による心神耗弱状態……』

 

『やるせないわね。オクムラフーズの一件さえなければ、彼の人生はここまで転がり落ちることはなかったでしょうに……』

 

 

 冴さんがため息をつきながら仕事をする隣で、僕も表面上は大人しく仕事を続けた。

 

 “『改心』に成功した人間は『廃人化』させることはできない”――神取が流した情報が頭の中にリフレインする。

 もしかして、バスジャック事故が発生したのは、僕たちが『改心』させた秀尽学園高校の校長を何とかして“処分”しようとした智明による苦肉の策だったのか。

 怪盗団が『改心』させてきた連中――鴨志田、班目、金城らにはもう手を出せない分、これ以上獅童に不利益が被らないようにしたかったのだろう。

 

 休憩時間にネットを確認したが、秀尽学園高校の校長についての話題は鳴りを潜め、帰宅ラッシュ時の夕方に発生したバスジャック事件がお祭りのように取り沙汰されていた。話題の中心は事故の犠牲者ではない。実行犯の陰惨な過去――オクムラフーズ社長との裁判に敗訴したことを機に、転落人生を歩んでいった――がクローズアップされている。

 それが皮切りとなったのか、各メディアはオクムラフーズに疑惑の目を向けていた。ネットの書き込みや噂話をする人々も、“凶悪犯誕生の裏には、奥村邦夫の罪が絡んでいる”と思っているらしい。終いには、『奥村邦夫を怪盗団に『改心』させればいい』だの『すべての悪党は怪盗団がやっつけてくれる』だのという話題が席巻していた。

 

 

『本当なら、怪盗団は不必要な方がいいと思うんだ。でも、理不尽に苦しむ誰かの助けになれるなら、存在する意味はある。……いつか、私たちが必要なくなるその日まで、そうなるように力を尽くしたい。人々の意識が少しでも変わっていけるならば、私たちの歩いた軌跡は決して無駄じゃないんだから』

 

 

 鴨志田の『改心』が成功してホテルのビュッフェで打ち上げをしたときに、黎が語っていた言葉を思い出す。――ああ、何て皮肉なのだろう。

 “いつか自分たちが必要なくなる”その日を目指していたはずなのに、いつの間にか“自分たちがいないと世界が成り立たない”なんて事態に陥っていた。

 

 

『それから、これを見て頂戴』

 

『……これ、精神暴走事件と思しき事故や自殺ですよね? 被害者の性別や年齢に共通点は見えませんが……』

 

『被害者の死によって利益を得る人物がいないか調べてみたの。そうしたら、オクムラフーズ社長の奥村邦夫が浮かび上がったわ』

 

 

 それだけではない。以前神取が僕に流してくれた情報通り、獅童たちは奥村邦夫に『廃人化』事件の罪を着せてスケープゴートにしようとしている様子だ。

 冴さんが集めた証拠はすべて奥村邦夫犯人説を裏付けるようなものばかり。その証拠を読み解いた冴さんは、“奥村邦夫と怪盗団が繋がっている”と推理していた。

 獅童からは『怪盗団にすべての罪を被って破滅してもらうために、警察や検察を誘導しろ』と命じられていたが、冴さんは自力でそこに辿り着いてしまっている。

 

 誘導役を命じられているにもかかわらず、誘導役としての役目は“冴さんの意見に同意すること”のみ。違和感を抱かずにはいられなかった。()()()()()()()()()()()()()()――僕の中にいる“何か”が、ギリギリと歯噛みする。

 

 ……“何か”の推測通り、獅童は既に僕を“脅威となり得る存在”であると認識しているのだろうか。

 だから、僕を重用するふりをして、精神暴走によって手駒にした冴さんを使い、逆に僕を監視をしている――?

 

 

「吾郎ー、ご飯できたぞー!」

 

「あ、ああ。今行く!」

 

 

 部屋の外から響いてきた至さんの声に返事をして、僕は部屋を出た。階下のダイニングキッチンへ向かうと、美味しそうな洋食が並んでいる。

 ソースの香りが鼻をくすぐるハンバーグ、半熟卵がとろとろなオムライス、みずみずしい野菜を使ったサラダ、ごろごろ切った野菜を煮込んだポトフ――どれも美味しそうだ。

 日本を離れていたのは僅か数日だったのに、至さんの料理を食べるのが久々に感じてしまう。僕は席について「いただきます」と挨拶し、夕飯を食べ始めた。

 

 相変わらず、“正義の名探偵・明智吾郎”は総すかんを喰らっている。学校でも腫れものを扱うように接してくる連中ばかりだし、下駄箱や机には怪盗団グッツの一種である予告状風ポストカードが大量に入っているのだ。内容はすべて誹謗中傷および脅迫文。毎朝登校する度、下駄箱と机のゴミ捨てからスタートするのが僕の日課になりつつある。

 

 対して、怪盗団は華々しく持ち上げられていた。怪盗団のロゴを使ったグッズが多方面に売り出されており、若者たちはこぞってグッズを買い占めている。勿論非公認なので、僕らの利益にはならない。ブームに乗っかって商法を始めた奴らがいるのだ。

 三島は大台に乗った支持率に大喜びしていたが、書き込み内容に若干の不穏を感じ取っているという。『早く次の獲物を『改心』しろ』だの『怪盗団に任せておけば世間は安泰』だのという書き込みが目立っているためらしい。つい数時間前のチャットが脳裏をよぎる。

 

 

三島:怪盗団が有名になったのは嬉しいんですけど、なんかこう、俺が思い描いていた理想とは違うなって思って……。

 

吾郎:確かにそうだね。黎は“怪盗団が絶対的な正義だ!”って真似がしたかったんじゃない。怪盗団の活躍が、人々の意識を良い方向へ変えることを願ってた。間違っても、現状のような怠惰に満ちた状況なんか望んじゃいないよ。

 

三島:それ、黎からも言われたんですよ。『理不尽に苦しむ人たちを勇気づけたい、彼らが立ち上がれるようにしたい、助けたいって思ったから怪盗団をやってきた。でも、“すべての悪党を怪盗団に任せればいい”、“怪盗団こそが絶対正義だ”って持て囃されたかった訳じゃないんだ』って。

 

吾郎:民衆の意見はうつろいやすいからね。支持率が高ければ高い程、彼らの暴走を制御することが難しくなる。8割で“悪党は全て怪盗団に丸投げすればいい”となると、俺らが『彼らの思い通りに動かない存在』とみなされた場合、確実に暴動が起きるだろう。

 

三島:ネットでいう『炎上』ってヤツですね。吾郎先輩が現在進行形で燃えてる……。

 

吾郎:俺が『炎上』するのは別にいいけど、怪盗団の面々に被害が齎されるようなことにはなってほしくないかな。

 

 

 俺がそう返信した後、暫しの間をおいて、三島のメッセージが届いた。

 何となく、今までとは雰囲気が変わったような気がする。

 

 

三島:吾郎先輩。前にも話した通り、俺、怪盗団の支持率を100%にすることが夢なんです。

 

吾郎:知ってるよ。一番最初に顔を会わせたとき、言ってたね。

 

三島:他の人たちに怪盗団の活躍を知ってもらいたいし、それを見た人たちが良い方向へ変わってくれたらいいって思ってます。……でも、最近になって、不安になってきたんです。『俺が怪盗団に協力しようと思ってしてきたことは、間違いだったんじゃないか』って。

 

吾郎:どうしてだい? キミには随分と助けられているけど。

 

三島:さっきも言いましたけど、支持率が上がるにつれて、過激なシンパによる書き込みが増えてきたんです。ログの速さが尋常じゃなくて、毎日スマホをチェックしてないと、依頼の書き込みがあっという間に流れてしまうくらい。誰も彼もが狂ったように『怪盗団万歳。怪盗団さえいれば世間は安泰』って書きこんでいる。

 

吾郎:そうだね。怪盗団の張本人である俺も、正直怖い。

 

三島:黎に言われて、気付いたんです。俺は怪盗団を手助けしたくて怪盗お願いチャンネルを始めたけど、本当にそれは、怪盗団の――黎の助けになってたのかなって。逆に困らせる結果になったんじゃないかって。丁度、今みたいに。

 

吾郎:三島くん……。

 

三島:それに、『怪チャン新機能の様子がおかしい』んです。ここ数日投票エラーが頻繁に発生してて、おまけに投票エラーになっていた票の該当者、すべてオクムラフーズの社長なんですよ。

 

吾郎:本当か!? 他に、何か変わったことは?

 

三島:エラーだけじゃなく、プログラムの書き換えをしようとしてる輩もいるみたいなんです。最近サイト管理に協力してくれるHN:アリババが撃退してくれてるんですけど、キリがなくて。誰かが怪盗団にオクムラフーズ社長を『改心』させようとしてるのは分かるんですが、なんかこう、今までと違う……意図的というか、悪意みたいなものを感じて。

 

 

 ハワイ旅行の真っ最中でも、三島は怪チャンを確認していたらしい。本名と正体は明かしていないが、双葉も協力して怪チャンが悪党に操作されぬよう頑張っていたようだ。

 

 以前、僕が気にしていたこと――三島の善意が怪盗団に牙を剝くことになり得るのではという懸念は、民衆の盲信と怠惰という形で現れた。今――特に、匿名性が高いネット上――では、『真っ当な大人よりも正体不明の怪盗団の方が信じられる』なんて意見が蔓延っている。

 脳裏に浮かんだのは、世の中の理不尽や不条理に真っ向から挑む大人たちだ。聖エルミン学園高校OBOG、七姉妹学園高校および春日山高校OBOGや珠閒瑠市の社会人、月光館学園高校のOBOG、八十神高校のOBOGのペルソナ使いたち。僕が信頼できる、真っ当な大人たち。

 “正義の名探偵・明智吾郎”が否定されるのは別にいい。でも、僕の保護者や僕らの先輩たちのことまで否定されるようなことを言われるのは我慢ならない。彼/彼女らの頑張りが怪盗団より劣るなんて思っちゃいないし、そんなこと言う奴が目の前にいたら殴ってやりたかった。

 

 そんなに言うならやってみろ。氷漬けになったエルミン学園高校でアシュラ女王を倒し、アヴディア界でパンドラを倒し、モナドマンダラでニャルラトホテプを倒し、タルタロスの頂上でニュクスを倒し、八十稲羽でイザナミノミコトを倒してみせろ。世界を救ってみせろ!

 彼らは今だって戦っている。数多の異形や悪意と対峙し、誰にも褒められることなく、必死になって世界を守ろうとしている。理不尽な運命を打ち砕こうとしている。――それが出来ないくせに、彼らを馬鹿にするんじゃない!! ……そう叫んでやりたい。閑話休題。

 

 三島も、執拗なオクムラフーズ社長『改心』要求から、強大な悪意が蠢いていることを察した様子だ。

 今こうして、彼は『自分の善意は悪意にしかなり得なかったのではないか』と懸念を抱くに至っている。

 

 

三島:今も現在進行形なんですが、オクムラフーズの社長がじりじりとランキング上位に浮上しつつあるんです。これ、絶対何かありますよね。

 

吾郎:三島くんの勘は正解だ。今、巨悪が動き始めている。巨悪は自分のシンパだったオクムラフーズ社長を切り捨てるついでに、怪盗団を破滅させようとしているんだ。怪チャンの『改心』ランキングが操作されかかったのもその一環だろう。

 

三島:マジですか!? 一歩間違ってたら、怪チャンがみんなを追いつめてた可能性があったってことか……。くそっ!! サイトの管理人として、怪盗団を見守って来た古参の人間として、すごく悔しい!!

 

吾郎:怪盗団のために怒ってくれるのは嬉しいよ。でも、今だからこそ落ち着いてくれ三島くん。この事実に憤っているからこそ、キミには冷静に、できれば普段通りであってほしいんだ。怪チャンを使ったサポートを駆使できるのは三島くんだけだ。そっちに関する戦いを任せられるのは、三島くんしかいないんだよ。

 

三島:吾郎先輩……。

 

吾郎:僕たちは僕たちの戦いをする。だから、三島くんは三島くんの戦いをしてほしい。キミが支えてくれなかったら、怪盗団はここまで来れなかった。僕たちはずっと、キミに助けられてきた。それだけは、何があっても、絶対に忘れないでくれ。

 

三島:分かりました。怪チャンに関しては、俺が何とかします。俺は怪チャンの管理人として、怪盗団の最古参ファンとして、絶対、黎や吾郎先輩を――怪盗団のみんなを守ります。

 

吾郎:ありがとう、三島くん。

 

 

 チャットはそこで終わったけれど、三島の決意はここで終わるようなものではないだろう。

 異形と戦う力、奴らが跋扈するパレスやメメントスだけが戦場じゃない。

 現実世界で人の悪意と向き合うことだって、立派な戦いなのだから。

 

 

「そういえば、お嬢が帰って来るのは明日だったな」

 

「ああ。今日の夜、飛行機に乗って帰って来るって」

 

 

 僕はオムライスに舌鼓を打ちながら答えた。自然と右手が胸元――黎から貰ったコアウッドの指輪――へ伸びる。脳裏に浮かんだのは、黎の笑顔。

 “共に生きる未来を掴む”という決意の証だ。見ているだけで胸が温かくなったのは、込められた想いを――黎からの慈しむような愛情を感じるから。

 

 今までは精神的な支えがあったから、ここまで来れた。今だってそれは変わりない。けど、明確な証ができたことで、今まで以上に頑張れる。きっと大丈夫だと信じられる。

 

 ハワイでの出来事を思い返しつつ、僕は指輪を服の中に隠した。有名進学校の優等生という仮面の中に押し込むような形になっているけど、チェーンにつけて肌身離さず身に着けている。冬服へ衣替えすれば、隠し場所を手袋の下にするつもりだ。勿論、左手薬指に。

 黎も、僕が贈った指輪をチェーンに通して肌身離さず身に着けているのだろう。時折服の下にある指輪を意識して、ひっそりと触れているのかもしれない。彼女は密やかに微笑むのだろう。考えるだけで、胸の奥底が酷く熱を持つのだ。

 

 

「……オムライスじゃなくて、赤飯の方がよかったか?」

 

「!!?」

 

「ああ、やっぱり! ハワイでいいことあったんだな。しかもお嬢絡みで!!」

 

「ちょ、待てってば! わざわざ根回しする程のことじゃないだろっ!!」

 

 

 至さんは大喜びでスマホをいじり始める。他の人々に連絡を回そうとしたのだろう。

 

 

「よーし! まずは真実と、八十稲羽物産展開催のために上京してる陽介たちに――」

 

「やめろォォ!!」

 

 

 僕は慌てて、保護者の暴走を止めようと手を伸ばした。

 

 

◇◇◇

 

 

「奥村社長の娘さんが、秀尽学園高校に通ってる?」

 

「うん。引率代理の3年生の中に、奥村春先輩がいたの。今朝の全校集会や放課後に見かけたんだけど、元気なさそうだった」

 

「同じ3年生だけど、私、奥村さんとはあんまり話したことなかったのよね。今回の件がなかったら、言葉を交わさないままだったと思うわ」

 

 

 僕の問いに、黎は神妙な面持ちで頷いた。真も難しそうな顔をして唸る。他の仲間たちも神妙な面持ちで、互いに顔を見合わせていた。

 

 夜、ルブランに集った僕たちは作戦会議を行った。秀尽学園高校の校長が事故に巻き込まれて意識不明の重体となった話は、全校集会という形で黎たちにも伝わったらしい。校長は『鴨志田の暴力事件と金城の恐喝事件を隠蔽しようとしたことを認め、警察に自首しに行く』と関係者各位に連絡していたという。

 “今まで何もかもを隠蔽しようとしていた校長が、自ら罪を認め、償おうとしていた”――僕らが行った『改心』は成功していたようだ。その様を知った生徒たちは口々に『怪盗団がやったんだ』と噂し、持て囃していたらしい。怪チャンでの妄信っぷりに若干の不安を感じていた仲間たちは、複雑な気持ちで生徒たちの囁きを聞いたそうだ。

 集会が終わった後は、別な話題で持ちきりだった。“バスジャック事故を起こした犯人が、オクムラフーズの元社員だった”――多くの生徒が奥村邦夫に対して悪い噂を囁いていたそうだ。令嬢の立場を隠していたとはいえど、父の悪口を囁かれていた奥村さんは、非常に居心地悪そうにしていたという。

 

 だが、ひょんなことから、奥村さんが“オクムラフーズの関係者である”ことが露見してしまった。

 結果、奥村さんは学校中から――勿論悪い意味で――遠巻きにされてしまったという。

 

 

「生徒の中に、“親族がオクムラフーズをリストラされた”奴がいたみたいでな。そいつが奥村センパイに突っかかってたから、ちょっと威嚇してきた。蜘蛛の子散らすように逃げてったよ」

 

「竜司がちょっと威嚇しただけで逃げ出すような度胸無しだから、仕方ないね。奥村社長本人に直訴できないからって、その娘である奥村先輩に当たるのは筋違いだろうに」

 

 

 そのときの出来事を思い出したのか、竜司と黎は深々とため息をついた。怪盗団の秀尽学園高校勢の中で、竜司は名(レッテル)実(際の性格)共に柄が悪い方だ。

 ついでに、聖エルミンの裸グローブ番長である城戸玲司さんを深く敬愛し、彼のような漢にならんとしている。気迫と凄みが磨かれるのは当然と言えよう。

 

 

「ところでモルガナは?」

 

「そういえば、いないな。黎、モルガナはどうした?」

 

「モルガナには潜入捜査に行ってもらってる。『ちょっと用事があって、暫くモルガナを預かってもらえる人を探してる』って奥村先輩に相談を持ち掛けたんだ。奥村先輩、引き受けてくれたよ。動物大好きなんだね」

 

 

 双葉と祐介の問いに、黎が答えた。黎たちが奥村さんと話した時間は長くはなかったようだが、モルガナを預かることを了承するくらいには心を開いてくれたらしい。怪盗団の演技派猫は奥村家に潜り込み、情報収集に精を出すようだ。

 

 ……なんだかちょっと釈然としない。密偵は僕の専売特権だ。それを横から掻っ攫われてしまったような心地になる。

 確かに、現実世界のモルガナは猫だ。肉球でピッキングするという特技を持っているが、気高く気まぐれな黒猫だ。

 会社経営を行う金持ち――奥村家へ忍び込むのは、人間よりも動物の方が入りやすいのも事実である。

 

 たとえ家の中をひっくり返しても、対応は違う。人間なら通報モノだ。だが、犯人が猫ならば、『好奇心旺盛な子なんです』という言い訳を押し通すことは容易だった。

 まあ、たとえ切り抜けられたとしても、十中八九『人に預けるなら、猫をきちんと躾けておけよ』というクレームが飛んでくることは覚悟しなくてはならないが。

 

 

「モルガナ、黎から『モルガナにしかできないことだから任せる』って言われて張り切ってたわよね」

 

「『ワガハイはレイの相棒だからな!』って言った後から、『勿論、レイの人生の伴侶はゴローだぞ』って言い直してたな。死んだ目をしてたけど」

 

「そりゃあ、指輪の話聞かされればねぇ……」

 

 

 仲間たち――真、竜司、杏はこぞって遠い目をしていた。僕と黎の指輪に関する話題は、もう怪盗団中に広がったらしい。早いものだ。

 なんだか照れ臭くなって、僕はちらりと黎に視線を向けた。黎もほんのり頬を染め、嬉しそうに襟元を弄ぶ。そこにはきっと、指輪が隠れているのだろう。

 俺も、つられるような形で襟元に手が伸びた。服の下に隠れている指輪の感触をひっそりと確かめる。黎も俺の行動の意図に気づいたようで、照れくさそうに微笑んだ。

 

 どこからか「ぐあああああああああああ!」という双葉の悲鳴が聞こえてきた。「双葉、解脱すれば楽になるわよ」と虚ろな声で呟く真の声も聞こえる。杏と竜司がブツブツと何かを唱え始め、祐介は何かに憑りつかれたかの如く鬼気迫った顔でスケッチに精を出していた。……どうしたのだろう。

 

 

「しかし、獅童の奴もあくどいね。怪盗団を嵌めるためだけにスケープゴートを用意するなんて」

 

「おまけに印象操作は完璧だ。マスコミ各社はバスジャック事件より、バスジャック犯が敗訴した裁判を筆頭とした“オクムラフーズの黒い噂”ばかり取り沙汰している」

 

 

 黎の言葉に僕は同意した。のたうち回っていた双葉ががばりと体を起こし、唸るような声を上げながらPCを操作する。解析したデータを示しながら、彼女は説明してくれた。

 

 双葉は真に依頼し、冴さんのノートPCをハッキングするための手はずを整えていた。他にも、風花さんや至さんを筆頭とした桐条・南条の調査員たちから協力を得ていると聞いた。

 解析したデータを鑑みても、「“奥村邦夫は『廃人化』事件の重要参考人になるように、証拠の開示や印象操作が行われている”ことは明らか」らしい。

 他にも、冴さんが入手したデータに入っていた“オクムラフーズ脱税疑惑”に関する情報には、「用途不明の大金がどこかへ流れている」ということを示唆するものもあるらしい。

 

 疑惑が出たのは、僕と黎がイセカイナビによってメメントスへ迷い込んだタイミングと前後している。巷では精神暴走事件が周知され、獅童の支持率が急上昇し始めた時期だ。

 神取から手に入れた情報とすり合わせれば、この時期には既に獅童と奥村がつるんでいたらしい。しかも、その繋がりは精神暴走や『廃人化』による闇のビジネスだ。

 

 

「神取曰く、『奥村社長は政治の世界へ打って出ようとしていた』とのことらしい。それが獅童にとって、奴をうっとおしいと感じる理由だったんだろう。まだ仮定の段階だけどな」

 

「『今まで協力してやったんだから、今度は協力してもらう番だ』ということか。……理由は知らんが、それを起点にして、持ちつ持たれつの関係が崩れてしまったようだな」

 

 

 僕の推論を聞いた祐介は表情を曇らせる。嘗て彼が師事していた班目もまた、何かあったら、奥村のようにスケープゴートとして消される可能性もあったためだろう。いくら決別したと言えど、一時期は育ての親と慕っていたのである。複雑な気持ちは消えないようだ。

 獅童の基本は等価交換(ギブアンドテイク)。相手が自分に対して理であるならば援助は惜しまないし、相手が僅かでも敵対の姿勢を見せたら容赦なく排除する。理にならないと判断した場合も同様、相手の事情などお構いなしで切り捨てるのだ。具体例を挙げるなら、秀尽学園高校の校長だろう。

 鴨志田の一件を露見させたことによるスキャンダル、金城の暴挙を隠密に解決できなかったことによる責任問題――そこまで考えて、僕は思う。いずれ僕も、秀尽学園高校の校長と同じように消されるのだろうか。『廃人化』か、それとも事故に巻き込まれる形で――……。

 

 僕の手は、自然と服の上から指輪を探すようにして動いていた。

 黎と共に生きるという決意の証を確認したかったのかもしれない。

 

 死んでたまるか。死ぬわけにはいかない。黎と一緒に、未来を一緒に生きると誓ったのだ。

 

 

「でも、どうする? 奥村を『改心』させても、ウチの校長と同じような目にあわされたらヤバイんじゃ……」

 

「そうね。周防刑事たちにも協力を依頼しておくべきかしら。彼らに護送を頼めば、無対策より奥村社長の生存率も上がるはずよ」

 

 

 竜司と真が顔を見合わせた。『改心』後、何らかの手段によって奥村社長が“処分”される危険性があることは、秀尽学園高校の校長に降りかかった“バスジャックが原因の巻き込まれ事故”が証明してくれている。本人を『改心』させることはできても、巻き込まれ事故までは対応できない。

 “異世界とペルソナを熟知していて獅童と通じていない、信頼できる警察関係者”という条件で探すと、金城パレス攻略時に手を貸してもらった周防刑事たちは適任と言えるだろう。警察関係者でカバーできない点は、他の大人にもサポートしてもらう必要がありそうだ。

 

 

「吾郎。他に、こういうことが得意そうな面々に心当たりある?」

 

「探偵という面からだと、師匠その1の元祖探偵王子の直斗さん、人探しのプロという所以からマンサーチャーって呼ばれてる師匠その2のパオフゥさんとうららさんの2人。司法関係者という観点からだったら、元珠閒瑠地検で現在は探偵やってるパオフゥさん。異形対策の専門家という面からだと、至さんたち含んだ南条の特別研究部門や風花さんたち含んだ桐条のシャドウワーカー関係者一同。メディア関係者では記者の舞耶さんやカメラマンの黛さんかな?」

 

「……驚いた。ペルソナ使い同士のコネクションって、意外と広いのね……」

 

 

 次々と俺の口から出てくる名前に、真が感嘆した。俺は苦笑しながら首を振る。

 

 

「ペルソナ使いたちと連携が取れるようになったの、至さんのおかげなんだ。行く先々で事件に巻き込まれる度、昔の仲間たちに連絡を取って、そのコネクションを当時のペルソナ使いたちに結び付けてきた。今こうして俺たちがその恩恵に預かれるのは、至さんを中心にした結びつきを受け継いできたからに他ならない」

 

「成程。吾郎の保護者は、ただただ厄介事に巻き込まれてきたワケじゃないんだな」

 

 

 「ある意味、至さんはわたしと同じ『ナビ』だったんだ」と、双葉はうんうん頷いた。

 

 実際、双葉の分析は間違っていない。強大な運命に挑むことになった後輩たちを助けるために、至さんは戦友たちに協力要請を出した。すべては、彼が見出したペルソナ使いたちを――正義の味方を()()()()()()にしたことだ。

 結んだ絆をバトンにして、次々と手渡してきた。それが今、僕らの手にある。『天井を突破するのが子どもの戦いだと言うならば、天井の中でどう足掻くかが大人の戦いだ』――至さんが呟いた言葉が脳裏をよぎった。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。いずれ僕たちもまた、未来の後輩に力を貸す日が来るのだろう。天井の中でどう足掻くかを思案しながら、未来の後輩のために体を張る瞬間(とき)が来るに違いない。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()2()0()X()X()()()1()1()()()1()2()()()()()()()()――。

 僕の中にいる“何か”は、どこか遠くを見つめながら口をつぐむ。警告音、シャッターが閉まる音、2発の銃声。鏡写しの人形が頭をよぎった。

 

 

(……一緒に生きる未来を掴むって、決めたんだ)

 

 

 僕は服の上から指輪に触れる。自分自身の決意を確認するように、何度も。

 そうでないと、身体が水底に沈んでいくような感覚に飲まれてしまいそうになるからだ。

 崩れゆく世界に取り残されてしまうような恐怖が、背中に迫っているように感じた。

 

 

 

 

 

 ――どこからか、水の音が聞こえる。

 

 沈没した世界を悠々と進む豪華客船。歪んだこの世界の主は、自身の城を“箱舟”と称した。城の主である自身のことを“船長”と称した。自分の■■の正体を知っていたからこそ、■■を人形のような存在だと認知していた。最初から“最後は使い潰す”ための道具だとみなしていたのだ。

 懸念材料がなかったわけじゃない。疑問がなかったわけじゃない。けど、どうしてだろう。「自分は特別だから、絶対に大丈夫」だなんて、馬鹿なことを考えていた。そうやって罪を重ねた挙句、どこにも行けなくなった。自業自得だと理解している。相応しい末路だと自覚している。

 

 それでも、そうであったとしても。

 この命に、この破滅に、意味を与えれたならば。

 壊すだけしかできない自分でも、変われるだろうか。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ()()()()()()()()()()/()()()()()()()()()()()()()()()()――?

 

 

 

 

 

 

 仄暗く冷たい水の底へ引きずり込まれていくような感覚から覚醒したのは、僕のスマホがチカチカと光ったためだ。

 誰かからの着信を告げるそれに気づいた僕は、慌てて番号を確認する。電話の主は――意外な人物だった。

 

 

「陽介さん……?」

 

 

 ジュネス八十稲羽店長の息子であり、現在はジュネスの店長候補生として修行しながら地元の大学に通うガッカリ王子――花村陽介さん。八十稲羽で発生した殺人事件を調査していたペルソナ使いであり、常識人なのに蔑ろにされがちだった苦労人だった。

 

 そういえば、『東京で八十稲羽物産展が開かれるから上京してきた』等と至さんが喋っていたような気がする。今回の連絡はそれに関する話なのだろうか?

 類推していても進まないので、僕は電話に出た。「もしもし」の「も」の字を言うより先に、受話器越しから爆音と悲鳴が響き渡る。

 機械の機動音と言うか、駆動音と言うか。妙に無機質なアナウンス音も聞こえてきたように思う。何が一体どうなっているのか、よく分からない。

 

 

「も、もしもし?」

 

『よっしゃあやっと繋がったァ! 吾郎、何をどうすればいいのか教えてくれ!』

 

「それはこっちの台詞ですよ!? 何がどうしてその発言に至るんですか!?」

 

『猫が! 黒猫が、二足歩行するぬいぐるみに! そいつが『吾郎に連絡しろ』って――ックソ、邪魔だァ! タケハヤスサノオ!!』

 

 

 受話器越しから轟音が響いた。吹き荒れる風と、陽介さんの舌打ちが響く。

 

 

『ダメだ、コイツら風属性あんま効かないぞ!?』

 

『りせ、アナライズ頼む!』

 

 

 次に響いたのは、特別捜査隊を率いた張本人である出雲真実さんだった。彼の地元はここ、東京である。真実さんはあの頃と変わらず、仲間たちに指示を出していた。

 

 

『任せて出雲先輩! ――って、えぇ!? 核熱なんて属性聞いたことないよ!?』

 

『それ以外に弱点は!?』

 

『ある! 電撃属性!』

 

『それなら……! やるぞ完二!』

 

『了解ッス先輩!』

 

 

 『イザナギ!』『タケジザイテン!』――再度轟音が響いた。風ではなく、雷がバチバチと爆ぜるような音。それに紛れて機械の爆発音も聞こえてきた。『流石センセイクマー!』という暢気な喝采や『マジかよ……』と呆気にとられるモルガナの声も聞こえる。

 受話器の向こう側では八十稲羽関係者の多くが揃っているようだ。しかも、この電話はパレスからかかってきているらしい。パレス内でスマホを使うことは可能だっただろうか? 一度も使ったことがないので、正直よく分からないのが本音である。

 

 

「陽介さん、陽介さーん!? 俺の声聞こえてる!? 今どんな状況か説明できる!?」

 

『げぇ! また増援かよ!?』

 

『う、うぅ……』

 

『ノワール!? ――出雲先輩、これじゃあキリがないよ!』

 

『仕方がない……! モナ、こういうときはどうやって逃げればいい!?』

 

『待ってろ! ワガハイが何とかしてやる!』

 

『きゃあ!? モナちゃんが車になった!?』

 

『猫が車になるなんて前代未聞クマよ!?』

 

『……これって、昔やってたネコバスって奴か……?』

 

『逃げるぞオマエら! 早く乗れェ!!』

 

『わー!? ま、待てって!!』

 

 

 もう何が何なのかよく分からない。僕が唖然としている間――『車に変身できるのに、なんで自走じゃないんだよ!?』という陽介さんの叫びを最後――に通話は切れ、ツー、ツー、ツーと音を響かせるのみだ。

 

 途方に暮れた僕は、仲間たちの方に視線を向けた。当たり前のことだが、僕でさえ理解できない状況を、僕の声以外まともに聞こえるはずのない怪盗団のみんなが理解できるはずもない。困惑しながら首をかしげている。

 それと入れ替わるようにして、今度は黎の携帯電話が鳴り響いた。電話の主は、奥村春さん。現在世間の注目を(悪い意味で)一身に浴びるオクムラフーズの社長――奥村邦夫の1人娘だ。以前の真同様、電話番号を交換した覚えがないのか、黎は目を丸くする。

 黎は暫し奥村さんと何かを話し合っている様子だった。最終的に「明日の放課後、ルブランで会う。案内はモルガナに頼む」ということで話は終わったらしい。黎は静かな面持ちで電話を切った。何ごとかと問う代わりに、僕を含んだ全員が黎を見つめる。

 

 

「――奥村先輩が、ペルソナ能力に目覚めたらしい。しかも、怪盗団への入団を希望してる」

 

 

 黎の言葉を聞いた俺たちは、全員で悲鳴を上げた。

 

 

◇◇◇

 

 

「有栖川さんからモナちゃんを預かってすぐ、私のスマホに“イセカイナビ”がインストールされていたことに気づいたの」

 

 

 ルブランにやって来た奥村さん――怪盗としてのコードネームは『ノワール』だ――は、黎の淹れたコーヒーに舌鼓を打ちながら話し始めた。

 

 丁度、父親からオクムラフーズ本社に来るように言われていた奥村さんは、本社の前で、何の気なしにアプリを起動したという。結果、彼女はモルガナ共々パレスに迷い込んでしまった。しかも、彼女はパレスに入った直後にペルソナを覚醒させたらしい。モルガナ曰く『まだ弱っちいが、素質は充分ある』とのことだ。

 モルガナから認知世界や怪盗団の話を聞いた奥村さんはいたく感動し、『ここ数年間、父親から黒い噂が絶えない。もしそれらが本当ならば、父を『改心』させたい』と協力を申し出てきたという。早速、試金石がてらパレスの偵察を始めたモナとノワールだったが、自爆すら厭わぬロボットたちや、施設内のブラックっぷりに怒りを募らせた。

 偵察を終えて撤退しようとした矢先、施設内が突然騒がしくなったという。何事かと確認しに向かった先で運悪くロボットたちと鉢合わせ、モナとノワールは追いつめられてしまった。そこへ、施設内で暴れていた張本人たちが駆け込み、モナとノワールと一緒に大立ち回りを演じることとなったそうだ。

 

 地元が東京である真実さんや、八十稲羽物産展に出展することが決まっていた陽介さん、熊田――もといクマ、完二さん、物産展のイメージキャラクターにしてビックバンバーガーのCM出演で打ち合わせに来ていたりせさん。

 彼らは八十稲羽物産展の準備をしつつ東京観光と洒落こみながら、りせさんをビックバンバーガー本社に送ってきた途中だった。丁度そこで、奥村さんが起動したイセカイナビの転移に巻き込まれてしまったらしい。

 

 

「あーもう、散々な目にあったぜ……」

 

「でもでも! そのおかげで、杏チャンや真チャン、双葉チャンや春チャンとお近づきになるきっかけになったから、結果オーライクマー!」

 

 

 疲れ切った顔でコーヒーを啜る陽介さんの脇で、ジュネス八十稲羽店のでっかいマスコットが意気揚々と飛び跳ねる。せめて人の姿で来ればよかったのではないか。店内の圧迫率がおかしい。

 直後、彼の造形に興味を持った祐介から「モデルになってくれ」と頼まれたクマは、「格好良く頼むクマよー!」と、ノリノリでポーズを決めていた。祐介も凄まじい勢いでスケッチを始める。

 自分と同じ“人外のペルソナ使い”を見たのは初めてらしく、モルガナは何とも言い難そうな顔をしてマスコットを見ていた。これで「犬もいる」と言ったら、モルガナはどんな反応をするのだろうか。

 

 次の瞬間、クマが着ぐるみを脱ぎ捨てて中身を披露した。金髪碧眼の美少年と化した彼は、これでもかと言わんばかりに気障なポーズを取る。祐介は「うおおおおお!? 何か、何かが降りてきたぞ!」と叫びながらスケッチに没頭し始めた。中身とのギャップに驚いた怪盗団メンバーは、黎と僕以外が呆気に取られていた。

 

 

「なあゴロー。あのクマってヤツ、人間じゃないんだよな?」

 

「ああ、そうだよ。元はシャドウ由来で生まれたけど、俺たちの味方だ。彼が何であっても、先輩であることには変わりない。モルガナと同じく義理堅い性格だからね」

 

「ワガハイにはミーハーな尻軽にしか見えないんだが……」

 

「人一倍惚れっぽいだけだよ。あと寂しがり屋。彼の明るさは、その裏返しなのかもしれない」

 

 

 僕はそこで一端言葉を切った。

 黎が淹れてくれたコーヒーを啜る。いつの間にか冷めてしまったらしい。

 

 

「一時期、彼は自分が何者なのかについて悩んでいた時期があるんだ」

 

「自分が、何者なのか……」

 

「そう。最終的に、“自分は自分である。真実さんたちと一緒に過ごしてきた日々で積み重ねられた自分がすべてだ”って答えを出した。そういう意味では、クマはモルガナの先輩だよ」

 

「……ワガハイは一体、何者なのか……」

 

 

 モルガナは、僕の話を半分しか聞いていない様子だった。彼はじっとクマを見つめている。

 

 モルガナは自分を元・人間だと思っており、何かがあって猫になってしまったと認識していた。猫の姿になる以前の記憶は一切有していないという。クマも、底抜けた明るさの裏側に「自分は空っぽで何もない、自分が何者なのか分からない」という恐怖心を抱えていた。実際、真実さんと出会う前の記憶は殆ど覚えてない様子だったし。

 至さんはモルガナを役立たず(フィレモン)の関係者――人外であると一発で見抜いているが、モルガナには詳しく言ってない。僕も、それを口に出すことはしなかった。……最も、今ここでクマの話を聞いて考え込むあたり、モルガナも自身の存在について違和感を覚えつつあるのだろう。アイスブルーの双瞼が不安そうに揺れている。

 

 

「お前は怪盗団の一員にして、『改心』専門のペルソナ使い、モルガナ。コードネームは『モナ』」

 

「え?」

 

「それじゃあ、不満か?」

 

 

 今まで積み重ねてきた日々を思い出せという代わりに、僕はじっとモルガナを見つめた。モルガナは暫し難しそうな顔をした後、「そうだな。ワガハイはオマエらの仲間だ」と笑う。その瞳に迷いはない。

 僕とモルガナの話を聞いていたのだろう。黎がふわりと微笑み、モルガナの頭を撫でる。撫でられたモルガナはムッとした様子で「猫扱いするな」と怒りをあらわにしたが、嫌ではないのだろう。黎の手を払うことはなかった。

 それを見たクマが「ずるい」とぶすくれたが、以前黎にちょっかいを出して俺に顔面を鷲掴みにされた事件を思い出したのだろう。言いたい言葉全てを飲み込んだ彼は、顔を青くしたまま小さくかぶりを振った。

 

 八十稲羽組と怪盗団の面々は楽しく談笑している。

 

 りせさんと杏がスイーツ談義に花を咲かせ、完二さんが量産するモルガナぬいぐるみに竜司と春が感嘆し、調子に乗るクマへツッコミを入れる陽介さんに触発され双葉と祐介が漫才をはじめる。

 そんな面々を、黎・僕・真実さんは生温かな眼差しで見守った。自分の仲間たちが先輩たちと和気藹々している姿を見ると、凄く嬉しい。真実さんは、自分の仲間と後輩が楽しくしている図が嬉しいのだろう。

 

 

「黎、吾郎」

 

「「はい?」」

 

「――いい仲間を持ったな」

 

 

 真実さんは静かに微笑む。どこか安心したように笑う横顔から、どうしてか目を離すことができなかった。

 

 

***

 

 

 八十稲羽物産展の準備を行うという真実さんたちと別れ、僕たちは奥村社長のパレスに足を踏み入れた。

 

 キーワードは『奥村邦夫』、『オクムラフーズ本社』、『宇宙基地』。入力したキーワード通り、奥村社長のパレスは近未来を連想させるようなメカメカしい造りとなっていた。前回侵入していたモナとノワールが僕たちを先導する。先日派手に大暴れしたこともあって、パレスの中にはシャドウがうようよしていた。

 新人であるノワールを鍛えつつ、奥へ進む。初めてのパレス攻略――しかも、ここは父親である奥村邦夫氏の精神世界だ――に、ノワールは若干の不安と高揚感を抱いているようだ。怪盗服に身を包んだ自分や仲間の姿を見比べては、納得するように小さく頷いている。

 

 

「ノワール、どうかした?」

 

「夢物語みたいだけど、現実なんだなって思ってたんだ」

 

「確かに。私も最初は驚いたよ。変態城主に襲われそうになったときは、義賊家業をすることになるとは思わなかったなー」

 

「その変態城主って、もしかして鴨志田先生のこと? た、大変だったのね……」

 

 

 ジョーカーと談笑していたノワールは、何か思うところがあったのだろう。

 いい笑顔で話し続けるジョーカーにつられるような形で、訥々と語り出す。

 

 

「私、正義のヒロインに憧れてたの。テレビの変身ヒロインはいつも格好良かった! いつでも誰かの為に無償で戦って、自分も笑ってる……そんな風になりたかったの」

 

「ノワール……」

 

 

 何となく、僕も覚えがあった。テレビの中のヒーローはいつだって格好良くて、大事な人を守るために戦っていた。その強さに憧れた。そんな強さがあったなら、母を守ってあげられる――幼い頃の僕は、無邪気にそう信じていたのだ。

 テレビの中のヒーローが創作物であることを思い知ったのは母が亡くなった後だったけど、同時に、現実にもヒーローとして戦っている人がいるということを知った。脳裏に浮かぶのは、僕に手を差し伸べてくれた双子の高校生。今では立派なアラサーだ。

 彼らは己の無力さに嘆いているけど、そんなことはないと僕は思っている。彼らがいなければ越えられなかった悲劇があった。彼らがいてくれたからこそ、困難に立ち向かう勇気を貰った人がいた。――僕だって、その1人だった。

 

 

「誰だって、1度はヒーローに憧れるモンだ。なりたい奴がいたっていい。そういうモンだろ?」

 

「だよね。それが現在進行形であっても問題ないはずだ」

 

「……えっ?」

 

「クロウが? 現在進行形で!?」

 

 

 まさか僕が同意するとは思わなかったのか、スカルとナビが目を剥いた。……驚き過ぎじゃなかろうか。

 

 

「心外だな。大学生になってもフェザーマンシリーズが大好きな人だっているんだから、何もおかしくないじゃないか」

 

 

 僕の脳裏に浮かんだ天田さんが、いい笑顔でフィギュアセットを指示してきた。歴代フェザーマンシリーズのDVDも抱き合わせて、だ。

 天田さんは僕より1つ年上の大学生。数年前に前線から引退したコロマルと共に、巌戸台で暮らしている。閑話休題。

 

 

「小さい頃は、正義のヒーローみたいに母さんを守ってあげたかった。母さんはもういないけど、今だって、正義のヒーローになりたいと思う理由がある。……守りたい、大切な人がいるんだ」

 

「クロウ……」

 

 

 僕がジョーカーに視線を向ければ、ジョーカーは嬉しそうに目を細める。

 途端に、ノワール以外の仲間たちが居たたまれなさそうに目を逸らした。

 ノワールはどこかうっとりした様子で「素敵ね、2人とも」と微笑んだ。

 

 

「小さい頃から、周りの人たちは私を見てなかった。私に優しくすれば、お父様に気に入ってもらえる。お金やプレゼントだって貰える。大人も、先生も、友達だってそう。人はみんな損得の為に笑う……そう思ってた」

 

「だから、学校で家のことを伏せていたのね」

 

「随分後になってようやく、『そうじゃない人たちもいるんだ』ってことを知ったの。婚約者や彼の関係者と会わなかったら、私は完全な人間不信になってたかもしれないなぁ」

 

 

 沈痛そうに俯いたクイーンに対し、ノワールは照れたように微笑んだ。自分の記憶の中にいる誰かの姿を思い浮かべているらしい。

 しかも、その人物はノワールにとってかけがえのない人のようだ。僕にとってのジョーカー/黎と同じように。

 

 僕はつい条件反射的に「わかる」と言って頷いていた。ジョーカーも「わかる」と言ってうんうん頷く。この瞬間、僕、ジョーカー、ノワールは確かに通じ合った。同時に、何故か他の面々の目が死んだ。

 

 

「ここで、何をしている!?」

 

 

 そんな談笑をしていたとき、声が響く。現れたのは、奥村邦夫社長のシャドウだ。

 宇宙服に身を包んだ格好はやはりメカメカしい。困惑するノワールを庇いながら、僕たちはシャドウの奥村社長と対峙した。

 

 




魔改造明智、急転直下の事態にギリギリしながらも、どうにか立ち向かおうと足掻く話。校長の『改心』は成功したものの、別件の事故に巻き込まれて意識不明になってしまいました。おまけに、原作とは違った形でオクムラフーズ社長を狙わざるを得ない状況に陥っています。
悪神と善神の『駒』同士が接触したり、蝶がわさわさ飛び立ったり、黒幕の悪意に気づいた拙作の三島が決意を固めたり、八十稲羽の面々が多く現れたり、魔改造明智と黎に奥村春という同士ができたり、今回も盛りだくさんとなっています。
次回は春覚醒から本格的に奥村パレス攻略開始。春覚醒のくだりには、拙作における『春の婚約者』とその関係者に関する(書き手にとっての)小ネタを盛り込む予定。原作に沿いつつ、原作とは違う物語が展開していきます。魔改造明智による奥村パレス攻略を、生温かく見守って頂ければ幸いです。

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