・各シリーズの圧倒的なネタバレ注意。最低でも5のネタバレを把握していないと意味不明になる。次鋒で2罪罰と初代。
・ペルソナオールスターズ。メインは5、設定上の贔屓は初代&2罪罰、書き手の好みはP3P。年代考察はふわっふわのざっくばらん。
・ざっくばらんなダイジェスト形式。
・オリキャラも登場する。設定上、メアリー・スーを連想させるような立ち位置にあるため注意。
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@
・歴代キャラクターの救済および魔改造あり。
・一部のキャラクターの扱いが可哀想なことになっている。特に、『普遍的無意識の権化』一同や『悪神』の扱いがどん底なので注意されたし。
・アンチやヘイトの趣旨はないものの、人によってはそれを彷彿とさせる表現になる可能性あり。他にも、胸糞悪い表現があるので注意してほしい。
・ハーメルンに掲載している『運命を切り開くだけの簡単なお仕事』および『ペルソナ3異聞録-.future-』、Pixivの『2周目明智吾郎の災難』および『【一発ネタ】有栖川黎の幼馴染』の設定を下地にし、別方向へ発展させた作品である。
・ジョーカーのみ先天性TS。
ジョーカー(TS):
・歴代主人公の名前と設定は以下の通り。達哉以外全員が親戚関係。
ピアス:
罪:周防 達哉⇒珠閒瑠所の刑事。克哉とコンビを組んで活動中。ペルソナ、悪魔、シャドウ関連の事件の調査と処理を行う。舞耶の夫。
罰:周防 舞耶⇒10代後半~20代後半の若者向け雑誌社に勤める雑誌記者。本業の傍ら、ペルソナ、悪魔、シャドウ関連の事件を追うことも。旧姓:天野舞耶。
ハム子:
番長:
・敵陣営に登場人物追加。
@神取鷹久⇒女神異聞録ペルソナ、ペルソナ2罰に登場した敵ペルソナ使い。御影町で発生した“セベク・スキャンダル”で航たちに敗北して死亡後、珠閒瑠市で生き返り、須藤竜蔵の部下として舞耶たちと敵対するが敗北。崩壊する海底洞窟に残り、死亡した。ニャラルトホテプの『駒』として魅入られているため眼球がない。この作品では獅童正義および獅童智明陣営として参戦。但し、どちらかというと明智たちの利になるように動いているようで……?
・「2罰ボスの外見を見た人間の反応」に関するねつ造設定がある。
・普遍的無意識とP5ラスボスの間にねつ造設定がある。
・メメントス関係のオリジナル依頼が発生している。モブの名前は適当に決めた。シャドウの外見モデルは真メガテン4Fのヨモツシコメ。
・オリジナル展開がある。
願いは胸に、誓いを指に
本日新学期。僕はしょっぱなから“嫌われ者”の洗礼を受けていた。
ロッカー式になっている下駄箱には、僕の所だけ油性ペンで怪盗団マークがでかでかと描かれている。開けてみたら大量の予告状――予告状を真似て作られた嫌がらせの手紙がバサバサと音を立てて落ちてきた。内容は一通一通違うようだ。周囲に視線を巡らせると大半の人々が目を逸らしてヒソヒソ話に興じるあたり、みんな考えることは一緒らしい。
“偽りの正義を振りかざす探偵・明智吾郎、貴様の傲慢を『改心』させる”という文面に対し、僕はひっそり笑いを噛み殺した。
教室に入っても僕は孤立したままのようだ。生徒たちは遠巻きに僕を見ている。夏休み前は――特に女子生徒が――有名人である“正義の名探偵・明智吾郎”とお近づきになろうと群がって来たくせに、掌を返すのは早い。獅童が民衆を愚かだと嘲笑う理由が分かる気がした。……100%同意してしまった瞬間、俺は俺自身をこの世から抹殺するのだろうが。
生徒が生徒なら、教師も教師である。夏休み前は僕を持て囃していた癖に、今ではどう扱えばいいかを測りかねている印象を受けた。バッシングを受けている人間を庇っても利益がないためだろう。むしろ、自分が厄介事に巻き込まれてしまう。そっちの方が面倒だと思っている様子だった。
但し、大人たちも僕を生贄にすることはできない。学校内では品行方正、成績は常に学年1位の芸能人である。いじめを受けているという話題がメディアにすっぱ抜かれれば、学校と教師が晒し者にされるのは確実だ。基本、面倒事は避けるが吉である。どうあがいても避けられないなら、被害を最小限にする方がマシだ。
「明智くん、大丈夫かい?」
始業式が終わった後、僕に声をかけてきた猛者は獅童智明である。“正義の名探偵・明智吾郎”にすべてのバッシングを押し付け、高みの見物をする有名人。
怪盗団反対派の急先鋒であるはずの智明に対しては、
「嫌われるのは慣れてますから」
「そうか。……すまないね、相棒にこんな役回りをさせてしまって」
智明はしおらしく肩を落とす。落ち込んでいることは分かるが、相変わらず、奴が今どんな顔をしているかは
内心僕がそんなことを考えているとは気づきもせず、智明は僕に激励の言葉をかけた。奴は教師たちに「僕を庇うように」と根回しをしてきたという。正直、“父である獅童の名を使って圧力をかけたの間違いではないのか”としか思えなかった。
勿論、善意からではない。スケープゴートとして適切なタイミングで使い潰すための算段を立てているのだ。こちらも、奴が僕を潰すより先に行動を起こし、奴らを追い込みながら撤退する算段を立てている最中である。お互い腹の探り合いと言ったところか。
「僕なんかより、智明さんの方が大変でしょう? なんだかいつもより顔色悪そうに見えたから」
「分かるかい? 最近、
「そうですか……」
表面上はちょっとくたびれた笑顔で、けれど内心は派手に火花をまき散らしながら、僕は智明と談笑する。程なくして授業開始5分前となり、僕は奴と別れて自分にクラスへと戻り、席に着いた。
いつも通りの授業が始まる。久々の授業は、休みボケが抜けない心と体には少々キツい。普段が激務だった分、僕の休みボケはマシな部類だろう。男女問わず、だるそうにしている生徒がちらほらと伺える。
夏休み最終日4日前まで激務を突っ込まれていたためか、学校の授業は少々退屈だ。それでも品行方正な優等生を演じることに妥協はしない。長い長い授業時間が終わり、少々長めの休憩時間に入った。僕がスマホを開くと、三島からSNSで連絡が入っていた。
三島:吾郎先輩、ちょっと大変なことになってます。
吾郎:何かあったの?
三島:怪チャンに、『四軒茶屋にある純喫茶ルブランの店員をしており、秀尽学園高校に通っている不良女子生徒を『改心』させろ』って書き込みがあったんです。同じIDの端末番号6種類から、各々20件ずつ。
僕の脳裏に浮かんだのは、夏休み最終日2日前の出来事だ。僕のファンを自称するストーカーの女子生徒に絡まれたとき、黎が助け舟を出してくれたことである。
あのとき出会った僕のファンは、黎のことを敵視していた。黎の前歴(冤罪)を人々の前で言いふらそうとして、僕と佐倉さんに止められたのだ。
それで、彼女は“黎のせいで恥をかいた”と思ったのだろう。僕の態度では、明智吾郎が有栖川黎をどうこうできない悟ったから、報復を怪盗団に任せようと思ったのか。
吾郎:ルブランの店員ってだけでもう嫌な予感しかしないけど、続けてくれないか。
三島:了解です。書き込みの主は、黎の悪口を延々と書き続けてたんです。前歴のこととか、転校初期に裏サイトで話題になってた根も葉もない噂のこととか、『“名探偵・明智吾郎”をたぶらかして堕落させる魔性の女』だとか。
吾郎:あの女……。黎の魔性に関しては間違ってないから反論できないけど、その他は絶対許せない。
三島:ですよねー。吾郎先輩、黎のこと大好きですもんねー。話を戻しますけど、その書き込みの主、とっても腹立つんです! 自意識過剰もいいところなんですよ!! 終いには『私があの女を粛清して、明智くんの目を覚まさせるんだ』って書き込んでました。
吾郎:は? ざけんな。俺がテメーを粛清してやるよクソ女。
三島:でしょうね。悪質な犯罪予告ってことで、アカウント凍結とアクセスブロックついでに証拠を撮って通報した後、管理人権限で隠蔽工作しておきました。
吾郎:でかした三島。ところで、その女はキミと同じ秀尽学園高校に通っているらしいけど、心当たりないかな?
三島:心当たりですか? うーん……少なくとも、俺と同じクラスでは見かけませんね。別のクラスか、もしくは学年違いか……あれだけ大規模な書き込みを短時間で行えるとなると、財力的にも技術的にもイチモツ持ってそうですね。しかも小賢しいし。ちょっと、各学年の知り合いに声かけてみます。
吾郎:分かった。ありがとう。
三島:いいえ! 正体を突き止めた暁には、存分にやっちゃってくださいね!!
僕はSNSを閉じ――ふと思い至る。
(そういえば、怪盗お願いチャンネルに新機能が搭載されたって聞いたな。確か、“『改心』ランキング”だっけ? 民衆が『改心』を望むターゲットを投票する……)
黎と三島から聞いた話を思い返しつつ、僕はサイトを開く。『改心』ランキングトップはぶっちぎりで“明智吾郎”だ。この場に誰もいなければ、俺は1人腹を抱えて笑っただろう。俺がこんなことになっているということは即ち、「俺の“名探偵の仮面”は民衆を欺いている」ことに他ならない。怪盗団の演技派男優は伊達ではないのだ。
因みに、『改心』ランキングは公正さと正確性を保つため、1機種につき1日1回しか投票できない
怪盗団の支持率は急速に上昇している。現在6割強と7割弱を行ったり来たりしていた。海外からの書き込みも増えており、怪盗団は全世界に周知されていた。
もし、獅童一派が何か仕掛けてくるとしたらこの時期だろう。秀尽学園高校の校長とオクムラフーズの社長を使って、怪盗団を追い込もうとするに違いない。
危ないのは神取が名指しした2名だけではない。以前から敵の手に墜ちてしまった冴さんも、早く奪還しなくてはならないだろう。
現状で最も優先順位が高いのは秀尽学園高校の校長だ。彼の取り調べが行われる予定日は9月6日からである。丁度、秀尽学園高校の修学旅行開始日と重なっていた。該当日は9月6日~9月12日、行先はハワイ。出国したが最後、暫く怪盗団の面々は帰ってこれなくなってしまう。
(『改心』はスピードが命だからな。智明が動き出すよりも速く、決着をつけないと)
怪盗団がメメントスに籠って依頼をこなすとき、“ある程度纏まった量の依頼を一手に引き受けてからメメントスへ向かい、纏めて依頼を解決する”という方法を取っていた。
黎は“夏休み明けに召集をかけ、メメントスで依頼をこなす”と言っていた。その際に、秀尽学園高校の校長を『改心』させることを優先できるか進言してみようか。
遅くても、修学旅行前日までには決着をつけておきたい。時間ができ次第、怪盗団のSNSに集会を持ちかけておかなくては。
僕がそんなことを考えている間に、休み時間は終了5分前となっていた。僕はスマホをポケットにしまい、授業の準備を行う。程なくしてチャイムが鳴り、教師が教室へと入って来た。周りは相変らずヒソヒソ声が聞こえてくる。教師は生徒たちを一瞥――どちらかというと睨む――して黙らせた。
この教師は間延びした喋り方が特徴で、多くの生徒が夢の国に誘われている。正直僕も眠ってしまいたくなったのだが、優等生を張っている以上、妥協することは許されない。僕は欠伸を噛み殺しながらノートを取ったのだった。
***
先程から僕のSNSはお祭り状態だ。怪盗団の仲間たちから、次々とメッセージが入ってくる。
杏:上級生の女子が黎にジュースを浴びせてたの! 黎は器用に躱したけど、あれ絶対わざと! かけた本人は『事故。ごめんなさいね』って言い訳してた。ホント感じ悪い! しかも、去り際には『身の程を知りなさいよ、前科者』って捨て台詞吐いたのよ!? ホントサイテー!!
竜司:黎が上級生の女子生徒から難癖付けられてた。一応追っ払ったけど、アレ絶対しつこそうだよなぁ。しかも吾郎の名前連呼してたから、熱狂的で過激派なファンかもしれねーぞ。奴が黎に何かする前に、手ェ打った方が良くないか?
真:生徒会室にやって来た3年の女子生徒が、『黎を退学させるよう校長に進言しろ』って迫って来たの。説き伏せておいたけど、諦めた様子はないわね。『私が明智くんを助けるんだ』ってブツブツ呟いていたわ。黎に危害が加えられる前に『改心』させるべきだと思う。確か、名前は
祐介:朝、駅の改札で黎と会った。仁王立ちする秀尽学園高校の女生徒が、黒服の男を2名ほど連れていてな。黎を無理矢理拉致しようとしていたから割り込んだんだ。相手が勝手に癇癪を起してくれたおかげで、近くにいた駅員が駆け寄って来たから事なきを得たものの、アレを見過ごすわけにはいかないな。
双葉:黎のスマホに盗聴機能を仕掛けてたら、やたらと黎に絡んできた女の音声を録音した。『怪盗団が正義なら、お前を『改心』させるはずだ』とかなんとかほざいてたぞ。怪チャンにも書き込みをしていると聞いたから、管理人からデータを貰い、書き込まれたIDのすべてを辿って持ち主の身元割り出しを急いでいる。明日までには終わらせてやるぞ。
三島:容疑者らしき人物を特定したよ。秀尽学園高校3年の緒賀汐璃。彼女の実家は有名な資産家で、ウチの学校に多額の寄付をしているんだ。だから、教師陣や学校経営に関する奴らは彼女を無視できない。このままだと、黎が退学させられるかもしれないんだ!
仲間たちのメッセージを読み上げて“対策を練る”と返信しながら、僕はルブランへと急いだ。同時に、件のストーカー――緒賀汐璃が僕の後をつけていないかも注意を払う。
幸い、奴が僕をつけているような気配はなかった。内心安堵しながらルブランに入店する。営業時間終了10分前に駆け込んできた僕を見ても、佐倉さんは文句を言わなかった。
僕がコーヒーを注文したのと、黎が帰って来たのはほぼ同時である。今日一日中僕のストーカーから激しい嫌がらせを受けたせいか、どこか疲れ切った顔をしていた。
「おかえり、黎」
「ただいま、吾郎」
黎は僕を見た途端、先程の暗い影など連想できなくなるくらいの――花が綻ぶような――笑みを浮かべた。
僕も、それを目にした途端に、心を苛んでいた憂いの一切が吹き飛んでしまった。僕の恋人が愛しい。
そんな僕たちを見て佐倉さんは何を察したのか、苦笑しながら「黎、店を閉めとけ。あと、将来を誓い合ってると言えど、節度は守れよお2人さん」と言い残して帰宅していった。去り際に「娘を嫁に出す親の気持ちって、こんな感じなのかもしれないな」とぼやいたのには驚いたが。
ストーカーから嫌がらせを受けているにもかかわらず、黎は今日も夜の東京の街を出歩いていた。今日は占い師の御船と話し込んできたそうだ。『運命は変わらない』と諦めていた占い師は、黎との交流――および、彼女の関係者が怪盗団による『改心』を受けたことがきっかけで、『運命は変えられる』と信じられるようになったらしい。
お礼をしたいと請う御船に対し、黎は“有栖川黎と明智吾郎の運命を占って欲しい”と頼んだ。結果、『今まで多くの試練を超えて運命を乗り越えてきたが、最大の試練が近づいてきているようだ。特に、11月~12月にかけては史上最大の“破滅”が待ち構えている』とのこと。
占い師は深刻そうに言いながらも、『貴女と彼氏さんなら、きっと乗り越えられます』と笑ったらしい。パワーストーンの販売もやめ、今後は“真っ当な占い師”として活動するそうだ。黎との協力関係は今後とも継続するという。黎も、これからも御船の力を頼るつもりだそうだ。
他にも、黎は沢山の人々と交流していた。ヤクザの脅迫に苦しむ武器屋の店主、相棒の無実を晴らそうとしていた記者、遺産を狙う双葉の伯父に悩む佐倉さん――彼らから齎された依頼を、彼女は夏休み中の間に纏めて解決したのである。
「最近、“どこかのゲームセンターでチートを使っているプレイヤーがいる”って噂を聞いたんだ。それを隠して勝負を挑んでくるからタチが悪いって。今度の休みはゲームセンターに寄って、情報収集してみようと思ってる」
「そっか……」
「メメントスに潜るのは、その噂を調べた結果次第かな。早くて4日あたりになりそう。そこで、今まで受けた依頼のターゲットと
黎は力強く微笑んだ。彼女はいつでも、どんなときでも、自分を見失わず強く在る。そんな黎が眩しくて、愛おしくて、僕も目を細めた。
「そのターゲット一覧に急遽もう1人ねじ込みたいんだけど、大丈夫かな?」
「いいけど、誰を?」
「緒賀汐璃。秀尽学園高校3年生で、俺の悪質なストーカー。今日、学校で黎に嫌がらせをしてきた奴だよ」
黎とモルガナ以外の怪盗団員は全員“『改心』させるべき”という意見で一致している。後はモルガナと、リーダーである黎の決定を貰うだけだ。
鞄の中に入っていたモルガナも「アイツは『改心』させるべきだ」と声を上げた。黎と同行した際、緒賀汐璃の悪行を見てきたのだろう。彼の表情は剣呑だ。
「……分かった。緒賀汐璃を『改心』させよう」
「了解。他の面々にも連絡しておくよ」
「私が何かされるのは別に平気だけど、吾郎に被害や皺寄せが来るのは嫌だしね」
「……黎はさ。もう少し自分の心配しようよ……」
「吾郎こそ、もう少し自分自身のことを大事にした方がいいと思う」
なんだか釈然としなくて、僕は深々とため息をつく。黎は不満そうに頬を膨らませた後、すぐに静かに微笑んだ。
「時間も時間だから、ココア淹れようか?」という黎の提案に従い、僕は頷き返した。
◇◇◇
9月4日、メメントス。随分前に普通自動車の運転免許を持っている人物――クイーンが加入したにもかかわらず、モルガナカーの運転係は未だにジョーカーのままだ。レースゲーム以外運転経験皆無の彼女は基本安全運転をする。ジョーカーの腕なら、現実世界で試験を受けても合格できるだろう。
だが、シャドウに奇襲を仕掛けるときやシャドウに気づかれたときは話が別だ。見事なドリフト走行を披露しながら、一気にシャドウに激突していく。
平時の現実世界でこの運転をやれば、即刻切符を切られるだろう。免許停止は免れまい。勿論、ジョーカーもそれを理解していてやっている。
次々とターゲットを『改心』させ、残るは2人――緒賀汐璃、チートを駆使するゲームプレイヤーである根島だ。秀尽学園高校の校長は先程『改心』が成功し、本人の心の中へと還って行った。これで、智明によって『廃人化』され殺される心配はなくなった。
校長は鴨志田の体罰問題が表沙汰になる以前より、獅童とつるんでいたらしい。多額の政治献金をする代わりに、様々な便宜を図ってもらっていたという。おまけに、獅童が取り仕切っていた『廃人化』ビジネスの話にも絡んだことがあるそうだ。
そんな経緯があったから、鴨志田が自首したときに、校長は真に調査を依頼した。『廃人化』とは違うこと――『改心』に加担した学生を炙り出せという命令を。同時に、彼は獅童に鴨志田の一件を報告したのだという。丁度、僕らがビュッフェで獅童と出会った日のことだった。
『つい最近、獅童先生から言われたんだ。『足手まといは必要ない。処分は『駒』に任せる』と。……ついに私も殺されてしまうのかと思うと、怖くて怖くて……!!』
校長は泣いていた。死の恐怖から解放され、心の歪みも改善され、理不尽に命を摘み取られる心配もなくなったためだろう。
彼は、“獅童の『駒』が『改心』後の人間に手を出せない”ことを知らされていたようだ。だから自分も死ななくて済むと安心したらしい。
『ありがとう。私はキミたちに命を救われた。キミたちのような生徒が我が校にいてくれたこと、キミたちが怪盗団として人々を助けてきたこと、何よりも誇らしく思う。……教育者としての最後の仕事だ。自分の過ちを、自分の手で正してくるよ』
自分の罪をきちんと受け入れ、更生のチャンスを得た秀尽学園高校の校長は、これ以上ないくらいに晴れやかな顔をしていた。命を失うことなくそれを取り戻せたことは、人生の幸いだったと言わんばかりの笑みを浮かべていた。獅童とつるむ前の彼は――彼が駆け出しだった頃は、理想に燃えた教育者だったのだろう。子どもたちのためにも、正しい姿であろうとした熱い男だったのだろう。
校長の話で、“帝都ホテルで出会った獅童が苛立っていた理由”と“秀尽学園高校・校長の処分が急がれた理由”が解明できた。この調子だと、校長と同じように処分を検討されている人間が多くいるのかもしれない。下手したら、今こうしている間にも――。……いや、情報が手に入っただけでも僥倖で、『改心』に結びついただけでも奇跡である。非常に腹立たしいことだが、高望みはできなかった。閑話休題。
緒賀汐璃は、校長のシャドウがいた区画の下層に陣取っていた。
「明智くん明智くん明智くん明智くん……うふふ……」
散々俺の名前を読んでいるくせに、奴は怪盗服姿の僕を見ても“明智吾郎”に気づく様子はない。
俺にとっては好都合だ。外行き用の仮面を被る必要もない。
「アンタたち誰? まさか、怪盗団?」
「ええ、その通り。緒賀汐璃、貴女の歪んだ心を頂戴する」
「さっさと『オタカラ』を出せ、迷惑ストーカー女。天下の探偵さまも、テメェと同じ学校の女子生徒も、お前のこと迷惑だとしか思っちゃいねーよ」
「なんで!? なんでアタシなのよ!? アタシは何も悪いことしてないのに!!」
怪盗団に取り囲まれた緒賀汐璃のシャドウは、ジョーカーと俺の言葉を聞いて金切り声を上げた。そうしてすぐに合点がいったように手を叩く。
「まさか、これを仕組んだのは有栖川黎ね!? ――怪盗団、貴女たちは騙されているのよ! 悪いのはアタシじゃないわ。有栖川黎っていう最低な女子生徒が――」
「この機に及んで言い訳かよ!? こちとら情報ソースはハッキリしてんだ、大人しくしろっての!」
「嫌がっている相手に無理矢理迫るだけでなく、それを阻んだ相手にまで危害を加えるってのは感心しないわね」
スカルとクイーンが緒賀を黙らせた。哀れな緒賀は、自分が誰に対して喧嘩を売り、誰に対して『改心』を命令していたかに気づいていない。ここにいる怪盗団メンバーは有栖川黎の友人だし、俺に至っては明智吾郎本人だし彼女の恋人だ。そして何より、怪盗団のリーダーであるジョーカーこそが有栖川黎なのである。
緒賀は暫く自分の正当性と黎の悪評をぶちまけようとしたのだが、怪盗団メンバーからの総
シャドウの身体がメメントスの闇に溶け、異形として顕現する。長い髪を派手に振り乱し、黒ずんだ肌に白い着物を身に纏った
「明智くん明智くん明智くん……私が助けてあげるからね……」――緒賀は不気味な笑みを浮かべながら呪詛を紡ぐ。
次の瞬間、緒賀はジョーカーの方に向き直って属性攻撃を打ち放った。爆ぜるような白は、祝福属性。
「きゃあっ!」
「マズい、ジョーカーダウン!」
丁度、ジョーカーが身に纏っていたペルソナは祝福属性に弱かった。不意を突かれたジョーカーが倒れこむ。ナビが悲鳴を上げた。緒賀は醜悪な笑みを浮かべ、ジョーカーへと襲い掛かる!
「させるか! ――射殺せ、ロビンフッド!!」
俺の意志に呼応するようにして顕現したロビンフッドは、赤黒い呪詛を打ち放った。俺の怒りを体現するかのように吹き上がったそれは、呪怨属性由来の闇である。緒賀の弱点属性ではなかったものの、ジョーカーへの追撃は阻止できた。
モナが回復術を使い、ジョーカーの傷を癒す。身動きできない彼女を庇うため、俺はジョーカーの前に立った。それが気に喰わなかったのか、緒賀は金切り声を上げながら雷による攻撃を繰り出した。
次の瞬間、割り込むようにして飛び出したスカルが雷を喰らう。スカルのキャプテンキッドは雷属性を無効化するのだ。間髪入れずスカルはキャプテンキッドを顕現し、緒賀に体当たりを仕掛けた。
派手に吹っ飛んだ緒賀に、フォックスが冷気を、パンサーが炎を喰らわせる。追い打ちと言わんばかりに飛び出したのはクイーンだ。ヨハンナがエンジン音を派手に轟かせながら、フラッシュボムを打ち放つ。
閃光が緒賀の視界を潰したようで、緒賀は見当違いの方角へ攻撃を繰り出す。奴の攻撃はメメントスの壁にぶち当たった。
傷が癒えたジョーカーが立ち上がる。彼女は即座に仮面を付け替え、攻撃を仕掛けた。
「お願い!」
ジョーカーが顕現したペルソナは、派手に風を巻き起こした。攻撃を叩きこまれた緒賀が怯む。
「モナ、任せる!」
「おうよ! ――威を示せ、ゾロ!」
顕現したゾロは、どこからともなくマジックハンドを出現させた。勢いよく打ち放たれた拳の一撃が、緒賀の腹部に叩き込まれて吹き飛ぶ。
奴はその一撃に耐え切れず、そのままダウンしてしまった。ジョーカーの指示に従い、僕たちは緒賀に総攻撃を仕掛けた。
悲鳴を上げる緒賀に止めを刺したのはモナである。彼はどこから現れたのか知らない椅子に腰かけ、葉巻を吸いながら不敵に笑った。
間髪入れず緒賀は崩れ落ちた。歪んでいた心は正しく戻され、醜女は姿を消す。元に戻った緒賀汐璃は茫然と俺たちを見上げていた。
彼女の顔色が真っ青を通り越して真っ白だ。「憧れの人と通じ合っている黎が羨ましかった」――緒賀汐璃は泣きながら、「許してください」と頭を下げた。
「謝る相手が違うだろ。怪盗団に謝るんじゃなく、オマエが傷つけたアケチとレイに謝れ。……オマエはアケチのファンなんだろ? 本当のファンだったら、ソイツの幸せを祈ってやるもんじゃないのか?」
「……そうね、そうだよね。明智くんにも、有栖川さんにも謝らなくちゃ……」
『改心』が成功したようだ。モナの意見に感激したらしい緒賀汐璃は、俺たちに謝ってきた。彼女のシャドウは溶けるように消えて、残されたのは『オタカラ』の元。それはスクラップブックで、明智吾郎に関するインタビュー記事が綺麗に纏められていた。しかも、スクラップされていた記事は僕が探偵王子の弟子としてメディア出演を始めた頃のものばかり。
緒賀汐璃は、最初の頃は“純粋に俺を応援していた一ファンの1人”に過ぎなかったのだろう。それがいつの間にか、俺に対する強い執着へと変わったらしい。彼女の執着心が黎への攻撃へ変化したのは、執着対象であった俺に拒絶されたこと――明智吾郎が優先したのは自分ではなく、有栖川黎だったこと――が理由みたいだ。
……緒賀汐璃の発言からして、万が一、もしかしたらの話だが、彼女は僕と黎の関係性を勘付いたのかもしれない。芸能人に伴侶ができるとファンが荒れて暴走する場合があるとは聞いていたが、自分が体験する羽目になるとは思わなかった。しかも、被害の矛先が俺自身ではなく黎に向けられるという最悪なケースである。
一歩間違っていたら、黎に危害が加えられていたかもしれない。俺のアンチが俺宛でカミソリレターや呪いの言葉、藁人形なんかを贈りつけてくるのと同じ目に合ったのかもしれないし、下手したらもっと酷い目に合わされていた可能性もある。ジョーカー/黎への被害を未然に防ぐことができて本当に良かった。
緒賀汐璃にとってのスクラップブックは、鴨志田にとっての金メダルと同じ扱いと言っても過言ではないだろう。
緒賀汐璃の場合、スクラップブックを作って見返していた頃の気持ちを思い出せるという点では幸せなのかもしれない。
彼女と鴨志田の明暗を分けたのは、“自分が持つ『オタカラ』を汚してしまうような行動に出たか否か”だった。
「ジョーカー、大丈夫?」
「うん。クロウが助けてくれたし、モナが傷を治してくれたから」
ジョーカーは静かに微笑んだ。名指しされた僕は、なんだか照れ臭くて口元を緩ませた。
彼女は屈んでモナの頭をわしゃわしゃと撫で繰り回す。モナは「猫扱いすんな!」と怒ったが、言葉に反して嬉しそうだ。
ナビが加わって以来、モナは自信を喪失して途方に暮れていた節があった。彼のペルソナであるゾロはナビゲートとアナライズの能力を持っていたが、クイーンのヨハンナがアナライズ能力、ナビのネクロノミコンはナビゲートとサポートに特化した上位互換版である。彼女たちのペルソナと比較した場合、モナのゾロはどっちつかずの中途半端に陥ってしまっていた。
鴨志田パレスや班目パレスで、モナが自信満々に僕たちを導いてきたのは、当時の怪盗団にはナビゲートとアナライズ能力を有するペルソナ使いがいなかったためだ。パレス攻略において、モナは重要な立ち位置にいた。攻略の要であり、自分がいなければ怪盗団は成り立たないと思っていたのかもしれない。だが、クイーンやナビの加入によって、その自信が揺らいでいたようだ。
役立たずである自分はここにいていいのか――僕も昔、それで悩んだことがあるから、何となくわかる。最初は空本兄弟に引き取られた直後、その後は至さんと一緒にペルソナ使いの戦いに首を突っ込むことになって、何度も何度もその壁にぶち当たった。力を得た今ですら、黎/ジョーカーの冤罪を晴らしてやれない自分自身に苛立つことがある。獅童に夢を見てしまう自分に嫌悪することだってある。
それでもきっと、ジョーカーは言うのだろう。“吾郎/クロウが私の傍にいてくれて、本当に良かった”と。
同じように、ジョーカーは仲間たちにも言うのだ。“みんながいてくれたから、自分は頑張れる”――その言葉に救われているのは、怪盗団全員の総意であろう。
自分たちの方こそ、有栖川黎/ジョーカーと出会えて本当に良かった。いずれは、彼女にそう伝えられる日が来たらいい。力になれる日が来ればいい。そう、切に願った。
「今回は大活躍だったね。これからも頼むよ、モナ」
「お、おう! ワガハイに任せとけ!」
暫しモナを撫で回して満足したらしい。ジョーカーは立ち上がり、仲間たちを見返す。
「緒賀汐璃の『改心』がうまくいったのは、みんなが手を貸してくれたおかげだよ。ありがとう」
「この調子で、チートゲーマーである根島も『改心』させよう」――ジョーカーの言葉に、仲間たちは迷うことなく頷いた。
***
「まさか、メメントスにまでチートを持ち込んでくるなんて思わなかった」
川上先生のマッサージを受けて体の疲れを取ったにもかかわらず、黎の表情は晴れない。
それもそのはず、僕たちは初めて、メメントスで“一時退却”する羽目になったからだ。
緒賀汐璃を『改心』させた僕たちは、意気揚々と根島の『改心』へ向かった。だがどういう訳か、根島のシャドウは僕たちの攻撃を一切受け付けなかったのである。
無敵状態の相手を殴り続けてもこちらが消耗するだけだ。現実世界に突破口があるのではと踏んだ僕たちは、一端現実世界へ戻ることと相成ったのである。
その後、夜の用事――吉田という政治家からの演説指導、および手伝い――を終えてきた黎と合流した僕は、今日も閉店時間を過ぎたルブランで短い逢瀬を楽しんでいた。
「こうなると、根島の『改心』は修学旅行が終わった後になるかな。ちょっと心残りだけど」
「俺たちの本業は学生だ。流石に、修学旅行をサボるわけにもいかないだろう」
「惣治郎さんも、『学校行事に参加しないで更生なんかできない。何かあったら学校の責任だ』って笑ってたなー。てっきりダメだって言われるかと思ってたのに」
苦笑する黎に、僕も同意する。いくら担任教師の川上先生がサボタージュに協力してくれると言えど、それはあくまでも“授業”限定だ。現に、黎は授業時間にサボることはあっても、学校を休んだことは一度もない。性格的にもそういう真似はしないだろう。そして、厳しい保護司が笑顔で『行ってこい』と言ってくれたのだ。行かないわけにはいくまい。
「そういえば、秀尽学園高校の修学旅行先はハワイなんだって?」
「うん。海外に行くことになるなんて思わなかった。洸星はロスだって。東京の高校って凄いんだね」
「東京の学校がみんな修学旅行に海外へ行くと思ったら大間違いだよ、黎。俺なんて去年は沖縄だぞ?」
「お土産のちんすこう美味しかったし、夜光貝のイルカブローチも嬉しかった。この前身に付けて行ったら、杏と真から褒めてもらったの」
「そっか。ちゃんと使ってくれてるんだね。嬉しいな」
去年の修学旅行、僕の高校は沖縄へ行った。その際、僕は黎へのお土産にちんすこうと、イルカを象った夜光貝のブローチを買ったのだ。
前者は送ってから1週間で食べきったと連絡があり、後者は時折彼女の胸元で輝いているのを目にしている。
今でも黎は夜光貝のブローチを大切にしてくれているようだ。僕はひっそりと目を細めた。
黎がハワイに行っている間、僕は日本で活動を続けることになるだろう。今年に入って僕たちは“いつも一緒にいる”と称してもいい程、距離的にも心理的にも近い場所で過ごしていた。だから、彼女の修学旅行は、僕と黎が初めて長期間顔を会わせられなくなることを意味している。
彼女が東京に来る以前は、傍にいられないことの方が当たり前だった。長期休みになると遊びに来ては、短い時間を過ごして別れることを繰り返していた。不思議なものである。それを日常と認識するまでの期間は、一緒にいられないことが当たり前だった期間よりもはるかに短いのに。
僕がそんなことを考えていたら、目の前にグラスが置かれた。この時間帯にコーヒーを飲むと眠れなくなることと、9月に入っても残暑厳しい日々が続くからこその配慮なのだろう。黎が僕に淹れてくれたのはアイスココアだった。僕は礼を述べ、ココアを啜る。冷たくておいしい。
「ハワイのお土産、期待してて」
「分かった。期待しながら待ってるよ」
顔を見合わせて笑い合う。離れて互いを想う時間も、その間に横たわる寂しさも、何もかもが愛おしかった。
◇◇◇
『怪盗団が“メジエド”を無力化した一件が、世界にも広がっているみたいなんだ。その関係で、アメリカのテレビ番組から出演依頼が来てね。俺もそっちの対応がしたいんだけど、国内で手一杯でさ』
相変わらず、獅童智明の顔は
けど、奴が苦笑しているということだけは分かった。
『原因を作った俺が言うのもなんだけど、最近はキミへのバッシングがどんどん酷くなってて過ごしづらいだろう? だから、気分転換がてら、海外に足を運んでみたらいいんじゃないかって思って』
『父さんが手を回してくれたから、楽しんでおいで』
その行き先がハワイだと聞いたときは、獅童や智明の作為を感じたものだ。
『……そういえば、ハワイって、秀尽学園高校の修学旅行先だよね。キミが接触した怪盗団の関係者も秀尽学園高校の生徒なんだろう? ――接触できるなら、お願いできるかな?』
僕の予感は正解だった。奴らの動きや『改心』させた秀尽学園高校の校長の話からして、獅童たちは“怪盗団の関係者が秀尽学園高校の生徒”だと気づいている。
メンバー構成の情報までは掴めていないだろうが、暗に『奴らを監視しろ』と命じていることに変わりはない。僕は心の中で嘲笑いながら、表面上は苦笑しながら頷いておいた。
『父さん、言ってたよ? 『明智くんには期待してる』ってさ』――それが嘘だってことは、僕が一番よく知っている。おそらくは、僕に笑いかける智明自身も。
僕がそんなことを考えていたとき、丁度そのタイミングで、黒人司会者が番組の終了を告げた。
程なくして監督がOKのサインを出す。これで、番組の収録が完了だ。
「よっ、お疲れさん。……しかし、まさか吾郎がアメリカに来るなんて思わなかったぜ」
「それは僕の台詞ですよ、稲葉さん。アメリカで成功して活躍中って話題になってましたけど、テレビでコメンテーターやってるなんて初耳ですよ」
僕に声をかけてきたのは、アメリカで有名なダンサーとして活動している稲羽正男さんだ。日本では本業に関する話題しか聞かないから、テレビ局で顔を会わせることになるだなんて思わなかったのである。しかも、アメリカではコメンテーターとしても活動している様子だった。
今回行われた収録――怪盗団特集に呼ばれたのは業界人だけではない。仕事やプライベートで日本を行き来する有名人や、アメリカで活躍している日本人も含まれている。稲葉さんはその中の1人だった。有名なダンサーになるという夢を叶えた、嘗ての“反逆の徒”である。
「お前、この後どうするんだ? テレビ収録の為だけにハワイまで飛んできた訳じゃないんだろ?」
「ところがどっこい、その通りなんですよ。……まあ、温情で1日半間の自由時間を貰いましたが」
「うへあ、ブラック……」
「いや、稲葉さんには負けますって。本業の傍ら、アメリカで発生してる悪魔関連の事件も解決してるって聞きましたよ? この前も、悪魔と契約して大変な目に合っていたティーンエイジの若者を助けたって、至さんから」
「いやいや、大したことはしてねーよ。その子がオレのファンだってことが縁で、なし崩し的に巻き込まれたようなモンだし。むしろ、オレでよく解決できたよなって思ってる。……イタリーみたいに、怪異と戦い続けるのって大変なんだなって実感してるトコだな」
苦笑した僕の様子から、稲葉さんは天を仰いだ。稲葉さんは僕が今、何を思って誰の配下として振る舞っているかを知っている。それ故に、僕のことを心配してくれていた。
そして、旧友であるイタリーこと至さんのことも気にかけてくれている。先輩からの激励が嬉しくないはずがない。僕は噛みしめるようにして頭を下げた。
稲葉さんは仕事で忙しいようで、テレビ局の前で別れた。僕が泊まる先はテレビ局――もとい、獅童が用意した超高級ホテルである。普通の学生は絶対に泊まれない場所。
出席日数はそれなりに余裕があるし、教師たちからもある程度は期待され温情をかけてもらっている身だ。獅童の圧力プラスアルファを差し引いても何とかなりそうである。多分。……正直、あまり頼りたくはなかったが。
さて、獅童親子から命じられていた収録はこれで終了。日は傾きつつある。
僕は何の気なしにスマホを確認する。怪盗団の女性陣からメッセージが入っていた。
杏:吾郎大変! 早くしないと、吾郎がフリフリのウエディングドレス着る羽目になる!!
双葉:常夏の国ハワイで、黎の溢れんばかりのカノジョ力が炸裂する! 今こそ、吾郎のカレシ力が試されるとき!!
真:吾郎。今、貴方は非常に危険な状態にあるわ。状況を打破する方法は1つよ。黎を口説き落としなさい。SNSでも電話でも明日の自由時間でもいいから、大至急!
「なんだこれぇ!?」
あまりにも脈絡がないメッセージに、僕は思わず変な声を上げた。内容の意味不明さも突飛だが、女性陣からのメッセージにはパワーワードが満載である。特に杏と双葉。
僕がウエディングドレスを身に纏う羽目になるとは、一体どんな冗談だ。僕はそう思いかけ――凛々しい笑みを浮かべた黎の姿を幻視した。度胸MAXライオンハート、魅力MAX魔性の女、クールビューティーで漢らしい彼女なら、タキシードが良く似合うだろう。
一時期、どこぞの女どもが『明智くんは美少女顔だから女装が似合いそう』と持て囃していたことを思い出して首を振る。――冗談じゃない、俺は男だ! 黎に口説かれたり彼女の漢気に当てられてうっかり乙女と化してしまったりするけど、俺は立派な日本男児なのだ。
僕がハワイに行くことは、怪盗団の面々に報告済みだ。ついでに、明日の自由時間を黎と過ごす約束をしていたことも、何故かみんなが把握していた。双葉経由らしい。
まるで見張られているみたいじゃないか――なんて思っていたら、今度は男性陣からもメッセージが入った。
竜司:吾郎、マジヤバイ! どれくらいヤバイかっつーと、とにかくマジヤバイんだ! このままだとお前、男としてのプライドへし折れるぞ!!
祐介:黎を見ていると、彼女がタキシードを着て、ウエディングドレスを身に纏ったお前をお姫様抱っこしている構図が浮かぶんだ。このままだと、近々現実になりそうだな。
三島:吾郎先輩が男になるのか、黎が漢になるかのチキンレース開始。尚、後者の方が明らかに優勢な模様。もういい加減結婚すればいいのに。もしくは婚約。
「全員切羽詰ってんじゃねーか!」
一体、黎は何をするつもりなのだろう。考えるだけで頭が痛くなってくる。特に三島の発言がおかしい。なんだその意味不明なチキンレース。
しかし、一番分かりやすいメッセージを送っていたのは三島だった。結婚、婚約――僕がその文面を読み取ったとき、僕の中にいる“何か”がぽつりと呟く。
(……指輪、か)
誰かに肩を叩かれたような気がした。
決意を新たに、俺は周囲を確認する。探しているのは土産物店――特にアクセサリーを取り扱う店だ。適当に目に飛び込んできた店へ足を踏み入れれば、そこは男女問わず観光客で賑わっていた。アクセサリー売り場を発見した俺は、指輪が並ぶ区画に辿り着く。
沢山の商品が並ぶ中、一番目を惹いたのは、ユニセックス用にデザインされたシンプルな指輪だった。青く輝く宝石――ブルーオパールが使われている。確か、ブルーオパールはハワイ土産としても有名だった。黎が僕の指の大きさを把握しているかどうかは知らないが、僕の方は既に把握済みである。
少々値は張るけれど、大切な人への贈り物だ。妥協はしたくない。身に着ける際の利便性も考えて、シルバーのチェーンも一緒に購入した。
揃いのモノを身に着ける勇気は、まだない。
この指輪は、俺のささやかな願掛け。勿論、そのことを黎には告げるつもりはない。告げたら確実にむくれてしまいそうだ。俺はひっそり苦笑する。
「喜んでくれたら、いいな」
包みを片手に、僕はホテルへの帰路を急ぐ。
遠くで、一番星がひっそりと瞬いていたのが見えた。
◇◇◇
待ち合わせ場所はハワイのビーチ。夏に行ったビーチと同じく、水着を着た人々が闊歩している。今日の天気は晴天だ。
調子に乗って30分前に来てしまった。案の定、黎はまだ来ていない。やることもなく暇なので、僕は黎を待ちながらウエストポーチの中身を漁る。と言っても、中身は財布、スマホ、黎へのプレゼント――ブルーオパールの指輪くらいしか入っていないため、あまり意味はない。
僕の服装は、8月に海へ行ったときと何ら変わっていなかった。多分、黎もあのとき着てきた水着で来るのだろう。杏や真、双葉と違って露出は控えめだが、それでも水着である。真っ白とはいかずとも、健康的な肌が惜しみなく晒されている。……邪念が湧き上がってきそうだ。
「――吾郎!」
愛しい人の声が聞こえたのは、待ち合わせ時刻まで残り15分を切ったところだった。人ごみの中から、黎の姿を一発で見つけ出す。
それは彼女も同じだったようで、迷うことなく僕の元に駆け寄って来た。果たして僕の予想通り、黒のスカート水着を着ている。
やはり、格好が格好なだけに色っぽい。ついつい俗物的な反応を示しそうになるのを堪える。僕はそうと知られぬよう咳払いした。
「黎はいつも来るの速いよね。そんなに僕に会いたかった?」
「うん。ずっと会いたかった」
「……そ、そう……」
真顔で返されるとは思わなくて、僕は言葉を濁してしまった。ストレートに好意をぶつけられるのは、やっぱり恥ずかしい。
だってこんなにも嬉しいのに、それをきちんと言葉にして伝えられないのだ。悪態にならないだけマシなのかもしれないが、複雑な気持ちになる。
「吾郎は私に会いたくなかったの?」
「……意地が悪いな」
「答えになってないけど」
「会いたかったに決まってるだろ。そうじゃなきゃ、待ち合わせより早く来るわけない」
「だろうね。30分前から待ち構えている人なんていないよね」
見事に言い当てられ、僕は何も返すことができない。これは黎の直感だったらしく、僕の反応を見た途端、嬉しそうに目を細めた。
僕の方が黎より年上なはずなのに、何故か彼女に甘えてしまいそうになる。甘えるのも甘やかすのも下手くそだとは自覚しているが、できれば甘やかしたいというのが本音だ。まともに甘やかせたことは皆無だけど。男としてのささやかなプライドだ。
せめて、黎の前ではまともな人間でいたい。完璧な人間でありたい。彼女の手を引き、数多の理不尽から彼女を守れるような存在でありたい。そう思う度に、それが高望みなのだと突き付けられて打ちひしがれる。生きる限り、僕はきっと、そんな壁にぶち当たり続けるのだろう。
明日の朝一番に、僕はハワイから日本へ戻る。黎たちは明日の夜に日本行きの便に乗るらしい。だから、こうして海外を散策するのは今日が最初で最後となる。
そういえば、怪盗団の面々やモルガナがいない――僕と黎の2人きりでデートをするのは久しぶりだ。僕の口元が自然と弧を描く。なんだか、凄く嬉しい。
「それじゃあ、行こうか?」――何の飾り気もない誘い文句に、黎は頬を薔薇色に染めながら頷き返した。愛情に満ちた眼差しを向け、幸せそうに口元を緩ませる。
泳ぎたい気分かと問われれば、そうでもない。好きな人と一緒に当てもなく浜辺を歩く。
他愛のない話題をしながら歩いていたら、ある屋台が目に留まった。
「あれ、ガーリック・シュリンプだね。ハワイでかなり有名になってる屋台」
「杏が美味しい店だって言ってた。丁度お腹もすいたし、早速食べに行こう」
「そっか。もうお昼の時間帯だもんね。お腹が減るわけだ」
僕と黎は一緒に屋台へ向かった。人は並んでいないため、目的であるガーリック・シュリンプは簡単に購入することができた。
「どちらが奢るか」で口論になりかけるという問題は発生したけれど、最終的には「割り勘にする」ことで事なきを得た。
適当なベンチスペースに腰かけ、僕たちはビーチを眺めながら異国の味を楽しむ。濃い目の大味だったが、とても美味しかった。
屋台の店主も怪盗団に興味があるようで、「怪盗団に会ったら、“世界中の人々がエビ好きになるよう『改心』させてほしい”と伝えてくれ」とダイレクトマーケティングをされてしまった。そういった方面には精通していないが、一応笑顔で対応しておいたので問題ないだろう。
「ところでお兄ちゃんとお姉ちゃんたち、ハネムーン中?」
<へえ、よく分かりましたね。私たち新婚なんです>
「ん゛ん゛ん゛ッ!!」
観光客向けに覚えた拙い日本語で、店主はとんでもないことを訊いてきた。黎は淀むことなく満面の笑みで答える。しかも綺麗な英語でだ。
突如落とされた爆弾に、僕は咳払いして邪念を追い払うので手一杯であった。顔が熱い。僕の様子を見た店主は、微笑ましそうにニヤニヤ笑う。
<新婚のお2人さん、ハワイを楽しんで。キミたちの人生が幸運であることを祈るよ!>と叫ぶ店主が手を振る中、僕は逃げるようにして黎の手を引いた。ああもう格好悪い。
目的もなくビーチを散策し、現地人や観光客とたまに話し、のんびりとした時間を楽しむ。気づいたときにはもう、夕焼けが海に沈もうとしていた。僕と黎は感嘆の息を零す。
近くにあったベンチスペースに腰かけ、僕たちはぼんやりと夕焼けを見つめていた。日本で見た夕焼けとは違い、ロマンティックという言葉がよく似合う。
「綺麗だね」
「うん。とても綺麗……」
僕の隣に黎がいて、微笑んでくれている――なんて幸せなことだろう。だからこそ、胸が痛む。
「ねえ、黎」
「なに?」
「……ごめん。黎の無実を証明するのも、獅童を『改心』させるための調査も全然進まないから、ずっと黎に辛い思いをさせてる」
「吾郎……」
「終いには、緒賀汐璃みたいな奴に粘着されて危害を加えられそうになって……ホント、俺は何をやってるんだろうな。お前を守りたくて、助けたくて密偵を始めたのに、守るどころか危険に晒して……」
なんだか情けなくなってしまい、俺は深々と息を吐いた。黎を守りたいのに、助けたいのに、明智吾郎はどうしてこんなにも無力なのだろう。いつも助けてもらってばかりだ。「こんな自分が彼女と一緒に生きていけるのか」と不安になる。
そんな僕を見ても、黎は静かに微笑む。「そんなことないよ」と言った彼女は俺の肩にしなだれかかった。無防備に重みを任せてくれるその姿は、俺への深い信頼と愛情を示してくれているように思えて、胸が締め付けられる。
この温もりを失いたくないと願う。守れるような人間になりたいと願う。……いや、いつも俺は願ってばっかりだった。俺の目線は自然とウエストポーチへ――ポーチの中に潜ませた指輪へ向かう。“黎と生きる未来を掴む”という、俺の決意の証。
挙動不審にそわそわし始めた俺を見ても、黎は黙ったままだった。俺が何かを言うまで、彼女は辛抱強く待ってくれる。
灰銀の双瞼はどこまでも優しい。彼女は俺を信頼しているのだと伝わってきた。俺は深呼吸し、鞄から指輪の入った袋を取り出した。
上手い言葉が見つからなくて、俺は「これ、黎に」とだけ呟くのが精一杯だった。袋からブルーオパールの指輪を取り出し、黎の左手薬指に嵌める。黎は目を丸くした。
「これ……」
「今日の記念。揃いの――……永遠を誓うための指輪は、いずれ俺から贈るから。……今は、これで」
指輪を通すためのチェーンも押し付ける。気恥ずかしくなって、俺は視線を彷徨わせた。
黎は目を輝かせながら、四方八方様々な角度から指輪をまじまじと観察する。
「ありがとう、吾郎。とっても嬉しい」
黎は花が咲くような笑みを浮かべた。夕焼けでもはっきりわかるくらい、頬を染めている。ああよかった、と、俺が安堵の息を吐いたときだった。
「私からも渡したいものがあるんだ。左手出して」
「あ、ああ」
何の気もなく、俺は黎の言葉に従って左手を差し出した。黎はハンドバッグから何かの包みを取り出す。
彼女は俺の薬指に何かを嵌めた。それはつっかえることなく、俺の指にぴたりとはまる。
――指輪、だった。コアと呼ばれる神聖な木を使って作られた、シンプルな指輪。俺が黎に贈ったものとほぼ同じデザインである。
コアウッドはハワイのお土産としても有名なものだ。現地の言葉で勇気や勇者という意味を持ち、精霊が宿る木とみなされ、お守り代わりにされることもあるという。
密偵として敵の最前線に立つ俺を気遣い、選んでくれたのだろう。俺が派手なものを好まないことを知っているから、シンプルなデザインのものを選んだに違いない。
「いやはや、先手を取られるとは思わなかった」
呆気にとられる俺を見返して、黎は照れ臭そうに笑った。
「正式な婚約指輪や結婚指輪を贈る約束まで取られちゃった」と言うあたり、彼女に先手を取られていたら大変なことになっていたことは明らかである。仲間たちが焦っていた理由が今分かった。
俺に対してプロポーズする――黎なら確実にやりかねない。紙一重で、俺の“男としてのプライド”は守られた。内心戦々恐々としている俺の気持ちなど、黎は気づかない。
彼女が考えていたことは俺と同じみたいで、指輪を通すためのチェーンを手渡してきた。意図せず、俺と黎のプレゼントは材質違いのお揃いとなっている。少し照れ臭かった。
左手薬指に輝くのは、共に生きたいと――生きる未来を手に入れるという決意を示すための指輪だ。不揃いだけれど、同じ未来を願っている証。
いつか、共に未来を生きるという決意が約束へと変わり、永遠の誓いになる日が来る。その暁には、僕と黎はお揃いの指輪をすることになるのだろう。
(その未来を掴むためにも、絶対に、獅童の罪を終わらせるんだ)
黎から贈られた指輪を見つめながら、俺は決意を新たにする。燃えるように赤い夕焼けは、地平線の向こうへと沈もうとしていた。
俺と黎がハワイで過ごす時間にも終わりが近づいてきていた。名残惜しいが、そろそろ黎をホテルへ帰さなければならないだろう。
「……そろそろ帰らないといけないね」
「もう少し、一緒にいたい」
俺と同じことを考えてくれたようで、黎は寂しそうに呟いた。俺も苦笑しながら頷く。最後の抵抗と言わんばかりに、彼女の手を取った。
「それじゃあ、ホテルまで送る」
「ありがとう。――……ねえ、吾郎」
「何?」
「また来ようね。今度は2人きりで」
「――ああ、そうだね。また来よう」
夕焼けに染まるハワイの街並みを、手を繋いで帰っていく。
“共に歩む未来を勝ち取るための戦い”は、佳境を迎えようとしていた。
奥村パレス編開幕。魔改造明智、決意するの巻。秀尽学園高校の校長や双葉パレス編に出てきたストーカー少女を『改心』させたり、獅童智明に命じられて弾丸ハワイツアーする羽目になったり、ついでに命令された通り秀尽学園高校の修学旅行に合流したり、意図せず指輪を贈り合うことになったりと、充実した日々を送っているようです。
今のところは順風満帆に進んでいる様子ですが、はてさてどうなることやら。次回からは奥村パレスに挑むことになりそうです。ハワイでは初代に登場したマークがゲスト出演しました。ダンサーの仕事をメインに、向うのメディアでコメンテーターやったり、時折悪魔絡みの事件に巻き込まれている模様。
ハワイ土産を検索した結果、魔改造明智と黎の指輪交換会(実質婚約指輪状態)に辿り着きました。各種お土産を検索するのは本当に楽しかったです。ブルーオパールとコアウッドを見つけなかったら、ここに着地できなかったでしょう。この報告を耳にしたら、怪盗団と三島、空本兄弟と惣治郎が拍手喝采で赤飯を炊き始めそうです。