・各シリーズの圧倒的なネタバレ注意。最低でも5のネタバレを把握していないと意味不明になる。次鋒で2罪罰と初代。
・ペルソナオールスターズ。メインは5、設定上の贔屓は初代&2罪罰、書き手の好みはP3P。年代考察はふわっふわのざっくばらん。
・ざっくばらんなダイジェスト形式。
・オリキャラも登場する。設定上、メアリー・スーを連想させるような立ち位置にあるため注意。
@
@
・歴代キャラクターの救済および魔改造あり。
・一部のキャラクターの扱いが可哀想なことになっている。特に、『普遍的無意識の権化』一同や『悪神』の扱いがどん底なので注意されたし。
・アンチやヘイトの趣旨はないものの、人によってはそれを彷彿とさせる表現になる可能性あり。他にも、胸糞悪い表現があるので注意してほしい。
・ハーメルンに掲載している『運命を切り開くだけの簡単なお仕事』および『ペルソナ3異聞録-.future-』、Pixivの『2周目明智吾郎の災難』および『【一発ネタ】有栖川黎の幼馴染』の設定を下地にし、別方向へ発展させた作品である。
・ジョーカーのみ先天性TS。
ジョーカー(TS):
・歴代主人公の名前と設定は以下の通り。達哉以外全員が親戚関係。
ピアス:
罪:周防 達哉⇒珠閒瑠所の刑事。克哉とコンビを組んで活動中。ペルソナ、悪魔、シャドウ関連の事件の調査と処理を行う。舞耶の夫。
罰:周防 舞耶⇒10代後半~20代後半の若者向け雑誌社に勤める雑誌記者。本業の傍ら、ペルソナ、悪魔、シャドウ関連の事件を追うことも。旧姓:天野舞耶。
ハム子:
番長:
・敵陣営に登場人物追加。
@神取鷹久⇒女神異聞録ペルソナ、ペルソナ2罰に登場した敵ペルソナ使い。御影町で発生した“セベク・スキャンダル”で航たちに敗北して死亡後、珠閒瑠市で生き返り、須藤竜蔵の部下として舞耶たちと敵対するが敗北。崩壊する海底洞窟に残り、死亡した。ニャラルトホテプの『駒』として魅入られているため眼球がない。この作品では獅童正義および獅童智明陣営として参戦。
・「2罰ボスの外見を見た人間の反応」に関するねつ造設定がある。
・普遍的無意識とP5ラスボスの間にねつ造設定がある。
・神取鷹久と石神千鶴の関係性、神取鷹久や石神千鶴の好物についてのねつ造設定あり。
・『改心』と『廃人化』殺人に関するねつ造設定がある。
「“我が主”が思った以上に、あの『駒』には耐久性があるようだ」
「“我が主”が
……いいや、男だけではない。
仮にもし、青年の顔を
“
嘗て男が開発したシステムも、後に一色若葉から『認知訶学の前身』と呼ばれることになる理論を使って作られたものだ。
方向性を調整、洗練した結果が、一色若葉が獅童正義によって奪われてしまった論文――認知訶学研究となった。
(『神』の手練手管は悪質だということは、私が一番よく知っている)
男は俯き、己の手を見た。死した後も闇の手先として暗躍する羽目になるとは思わなかった。しかも今回で2回目である。
正直もういい加減眠りたいのだが、今回は変則的な理由で呼びだされていた。暫くは眠らせてもらえないことは明らかだ。
ふと、“上司違いで
自分が把握していないだけで、彼も既に動いていることだろう。もしかしたら、男を『駒』とする悪神なら、彼や彼の上司である善神の動きを察知しているかもしれない。
だが、それを直接悪神に訪ねることは不可能だ。今、悪神は望まぬ形で取り込まれており、取り込んだ犯人から
男に与えられた命令は、ただ1つ。悪神を取り込んだ犯人の『駒』として動きながら、悪神を奴から解放するための算段を立てること。勿論、男の生死は問われない。
「ねえ、貴方はどう思う?」
「何がだ?」
「貴方は“我が主”の『駒』に対して、やたらと執着している様子だったから、気になってね」
青年の問いに、男は笑うだけで返した。青年に語る必要はどこにもない。
男はちらりと視線を向ける。そこには、少女に詰問されている青年の姿があった。茶髪の髪を少し長めに伸ばし、仕事用のジェラルミンケースを持った彼の姿は見覚えがある。セベクで見たときは男の膝くらいの背丈しかなかったのに、今では自分の目元付近に彼の頭がくる程になっていた。
闇に魅入られる宿命にありながら、僅かな可能性の違いで光へ踏み出した少年の姿。闇に魅入られたことで足掻いていた自分にとって、あの子どもは“希望”だった。嘗て男がなりたいと願いながら、至ることができなかった道を往くのだと――黒髪の少女と手を繋ぐ少年の姿を見て、男はそう直感したのである。
生前の自分にも、悪神の『駒』となった自分にも、子どもはいない。生前は未婚だったし、『駒』として甦った際にとある女性と心を通わせたことはあったが、性的な接触は一切行っていなかった。そして何より、件の女性は自分と最期を共にしている。自分と関わったがために、損な役回りをさせてしまった。
『貴方にとってあの少年は、貴方が行きたかった道を往くであろう“希望の子”なのですね』
『父のように、兄のように、友のように、貴方はあの子を見守っている。貴方なりに、少年の旅路に幸あらんことを願っている。……目を見れば、分かります』
女性が微笑む姿が脳裏に浮かぶ。彼女の足跡は、今となっては『ワンロン占いという廃れた占いがあった』という話題が思い出したように顔を覗かせる程度だ。
男がそんなことを考えたとき、茶髪の青年を守るようにして金髪の青年と少女が割り込んできた。2人は女性たちと派手に言い争いを恥じている。
「ケーサツ」「通報」「脅迫」「ストーカー」――男が辛うじて聞き取れたのは、この言葉だけだ。茶髪の青年は少女を威嚇する金髪2人組を制した後、穏やかな態度を崩さぬまま警告した。少女は捨て台詞を言い残し、そそくさと立ち去っていく。
途端に、金髪の青年と少女が纏う雰囲気が一変した。双方、茶髪の青年を心から案じている。それと同じように、茶髪の青年も2人を案じていた。
その様子に、男は目を細める。但し男は既に眼球を失っているため、実際に細めることができたか否かは分からなかった。
暫し話をしていた若者たちは、それぞれの道を歩き始める。けど、彼らの眼差しは同じ輝きを宿していた。――その眩しさに焦がれてしまうのは、性分故だろうか。
「……明智吾郎は、自分に送られてくる嫌がらせの品々の贈り主を、自分のアンチだと認識しているようだ」
男は小さく呟いて、青年に視線を向ける。青年が座るテーブルの上には、贈り主不明で明智吾郎宛となっている手紙の束や箱が並んでいた。青年は悪びれる様子など一切ない。むしろ、それこそが己に与えられた使命なのだと言いたげな様子だった。
「“我が主”に選ばれておきながら、“我が主”の御手から逃げ堕ちた。どうあれども、奴に相応しい末路は破滅だけ。相場は決まっているよ」
逃さない、逃しはしない――青年を構成するすべてがそう訴える。顔は一切
茶髪の青年には、まだまだこれからも災難が続くらしい。自分と彼に早く安寧の刻が来ることを願いながら、男は静かに空を見上げた。
腹立たしい程真っ青な空を、黄金の蝶が横切っていく。それを見た男は笑みを深くした。――いずれ来るその瞬間を待ちわびるが如く。
◆◇◇◇
本日、8月28日。ようやく僕は、獅童に突っ込まれた地獄のような日々から解放された。討論番組、視聴者からSNSで意見が送られてくるニュース番組、反明智派からの取材依頼をこなすのはストレスとの戦いである。おまけに民衆の多くが僕を嫌っている訳だから、日常生活でも風当たりは強い。
僕のファンを自称する少女から詰め寄られたときは本当に面倒だった。そこに買い出し途中の竜司と杏が割り込んでくれなければ、僕は取材の時間に遅れていただろう。『黎も心配していたから、時間ができたらルブランに顔を出して行け』と言い残し、2人は買い出しへと戻った。その後ろ姿に救われたのは忘れられない。
ここ数日は夜に雨が降り続いたため、誰かに背中を押されて水たまりに倒れこむ被害が続出した。以前のように熱を出して倒れないか心配になったが、今回は風邪で倒れることはなかったので本当にセーフである。
黎や怪盗団の仲間たちともSNSで連絡を取り合っていたけど、双葉の人見知りは劇的に改善傾向にあるようだ。
26日には女性陣で水着の試着を行ったらしい。27日にはもう、違和感なくやり取りができるようになったと聞く。
怪盗団の中で双葉と直接交流していないのは、唯一僕だけとなった。
(……SNSでのグループチャットでなら普通に話したけど、どうなんだろ……)
身支度を整えながら、僕は仲間たちのSNSにメッセージを入れる。一同が“双葉を頼む”と返信してきた。黎にもルブランへ向かう旨のメッセージを送った。丁度そのとき、双葉個人からメッセージが入った。
“黎とそうじろうから聞いた。『花火大会がダメになって、黎と吾郎の浴衣デートがおじゃんになった』って”
“そうじろうに『花火をしたい』と提案したら、『夜が晴れてて小さい花火なら、裏手でやっていい』って許可貰ったぞ!”
“黎には『黎の浴衣が見たい』って要求した。そしたら顔赤くして頷いてた”
“吾郎、浴衣もってこいよ! 忘れるなよ!!”
「よっしゃあナイス双葉!」
「双葉さんがどうしたって?」
「だからノックしろって!」
僕がガッツポーズを取ったとき、航さんが扉を開けて入って来た。どんな体勢で眠っていたらそうなるのかと思いたくなるような寝ぐせと、顔に接触していたと思しき物体の跡が残っている。俺の顔を見た航さんは静かに微笑みながら、くるりと踵を返して去っていった。
そういえば、25日に“航さんがルブランに来て、双葉さんと談笑していた。連絡先も交換したみたいだ”というメッセージが入っていたか。航さんがやたらと嬉しそうなのは、双葉さんとSNS上で会話しているということもあるのだろう。
早速、僕はクローゼットの肥やしになりつつあった新品の浴衣を鞄に詰める。今年はもう二度と出番がないと思っていただけに、凄く嬉しい。
最後に自分の身なりを確認した後、僕は軽やかな足取りで家を出た。そのまま迷うことなく四軒茶屋へ向かう。
程なくして、目的地であるルブランが見えてきた。心が弾みだしたその瞬間、僕の道を阻むようにして少女が現れた。
すらりとした体系に、やたら胸を強調した露出度高目の服を身に纏った今
「明智くん! このままじゃ、貴方はダメになってしまうわ!!」
(げぇッ!?)
突っ込んできた少女は、竜司と杏によって追い返された件のファンである。彼女は突如僕の手を取った。どこか血走った目をした少女は、勢いよく捲し立てる。
支離滅裂な内容を叫び散らす少女を、どうやって躱そう。できれば穏便に済ませたい。「落ち着いてほしい」と言いきかせても、少女は止まってくれない。
そうこうしている間にも、僕と少女が騒いでいる図を見て野次馬たちが集まって来る。集まるだけで、助けに入るような人間はどこにもいなかった。
叫び散らす少女によって、僕が明智吾郎であることは完全にバレている。現在、世間の明智吾郎に対する認知は“怪盗団を悪と断じる煩いヤツ”だ。
周りが冷ややかな傍観者になるのは当たり前だろう。下手すれば、野次馬の大半が「いい気味だ」と思っててもおかしくはない。
「あの、ここだと人の迷惑になりますから。それに僕、急いでいるんで、話をするとしたら別の機会に――」
「どうして!? どうして私の話を聞いてくれないの!? 私はこんなにも明智くんのことを思ってるのに!!」
(いい加減にしろよクソがぁぁぁぁぁッ!!)
地を出して叫びだしたくなるのを堪える。だが、この状況で下手を打ってしまえば、今後の密偵活動にも支障が出てしまいそうだ。――なんとか、なんとかしなければ。
俺が頭を回転させていたときだった。ルブランのドアベルが鳴り響き、エプロン姿に身を包んだ黎が割り込むようにして顔を出した。「ご予約いただいていた明智さまですね。お待ちしておりました」――黎はあくまで店員として接する。助かった、と思った。
次の瞬間、少女はぎろりと黎を睨む。黎は接客用の笑顔を崩すことなく少女を見返す。涼し気に微笑む黎の顔に何を思ったのだろう。少女は目を丸く見開いた。彼女の口元が醜悪に歪んでいく。まるで、有栖川黎という人間の弱みを掴んだかのように。
「アンタ、ウチの学校に転校してきた生徒でしょう!? 私、アンタが最低な奴だってこと知ってるんだからね! 地元でも相当のワ――」
「――いい加減にしないかッ! 彼女まで巻き込むんじゃない!!」
少女の矛先が黎に向かう。反射で、僕も声を荒げていた。まさか怒鳴られるとは思わなかったのだろう、少女は呆気にとられた顔で僕を見上げた。
周りから“黎との関係”を察せられぬように注意を払いつつ、俺は黎を庇う。女を張り倒したくなる衝動を抑え込みながら、俺は冷静な口調で言った。
「お店の営業妨害になりますから、やめてください」――俺の言葉を耳にした女は、途端に顔を歪ませた。何かを言おうと口を開き、けれど彼女は沈黙する。
黎に続いてやって来たのは、明らかに機嫌を急降下させたルブランの店主・佐倉さんだった。基本女性に対して優しい紳士だが、怒るべきときにはきちんと怒る“頼れる大人”である。その後ろには、人見知り故に身を隠しながらも「そ、そうだそうだ。営業妨害反対!」と小声で主張する双葉もいた。
赤の他人に害意を振りまいた時点で、少女を見る野次馬の目は変わった。野次馬の中にはルブランの利用者もいたようで、「あそこの店員さんはいい子だよ。なんでイチャモンを付けるんだろう?」と囁く者が出始める。彼女はあっという間に孤立した。
それを彼女も察知したのだろう。わなわなと震えた後、踵を返して駆け出した。その背中を見送った後、俺はちらりと目で合図した。黎も同じように合図を返しながら、何事もなかったかのように俺を店内へと招き入れてくれた。店の前のざわめきも、蜘蛛の子を散らすように去っていく。
久しぶりにやって来たルブランは、以前と変わらず落ち着いた雰囲気が漂う。俺が安心できる数少ない場所の1つであり、黎のいる場所だ。
いつものカウンター席に座り、ほっと息を吐く。それを見た黎も、ふわりと笑みを浮かべた。――ああ、幸せだなぁ。俺はひっそり噛みしめた。
「いつもの?」
「うん、いつもの」
ただそれだけで会話が通じる。それ程、ルブランの店員である黎が、常連客である僕と通じ合っているということだろう。なんだか照れ臭い。
「しかし、お前さんも災難だな。今じゃバッシングの嵐なんだろう?」
「……まあ、嫌われるのには慣れてますからね」
獅童とブッキングする事件があって以降、佐倉さんは俺に対しても心配してくれるようになった。
俺との会話で彼が何を悟ったかは知らないけれど、やっぱり少しむず痒い。
母亡き後初めて対峙した大人たちは、みんな僕のことを嫌っていた。「売女の子など要らない」、「どうしてこんな足手まといを残して死んでいったんだ」、「こんな子ども引き取っても利がない」、「コイツも死ねばよかったのに」――ありとあらゆる罵詈雑言が、容赦なく僕の元へと飛んで来たのだ。
大人はみんなこんなものだと諦めて絶望していた僕の前に降り立った、高校生のヒーローを知っている。ヒーローは今や大人になって、ヒーローと呼べるような存在とはほぼ遠い立ち位置に追いやられてしまったけれど、彼らは今でも戦い続けている。あのとき僕を嫌った大人とは大違いだった。
あの日の傷は癒えていない。彼らと共に駆け抜けてできた傷だってあるし、まだ治っていない傷だってある。それでも歩いていくことを決めたのだ。傷だらけの手でも掴めたものがあって、手放したくないものがあったから。痛みと引き換えにするにはささやか過ぎる成果が、僕をここに繋ぎ止めている。
「その年で、そんなことを言わなきゃいけない人生を歩むのはおかしいと思う」
俺の言葉に異を唱えたのは黎だった。あの理不尽を諦めて受け止めることに慣れてしまった俺の代わりに、いつも黎は怒ってくれる。彼女にそうさせてしまう自分が情けないけど、俺はその事実がとても嬉しかった。
黎が淹れてくれたコーヒーを受け取り、啜る。佐倉さんレベルとは言わないけれど、爽やかで華やかな味がする。ボロボロになった俺を掬い上げてくれるようで、ちょっとだけ泣きそうになった。……情けない話である。
「なあ、吾郎」
「何? 双葉」
「……航さんから、聞いた。おかあさんに『研究が終わったら、娘さんと一緒に過ごしてあげて欲しい』って提案したの、吾郎なんだって」
――双葉はぽつぽつと話し始める。一色さんが亡くなる直前にした喧嘩の話を。
一色さんは俺との約束を守ろうとしてくれたらしい。双葉と喧嘩した後、『研究が終わったら、好きな所に旅行へ連れて行ってあげる』と約束を交わしていたそうだ。……その約束は、もう二度と果たされなくなってしまったが。
それでも一色さんは足掻いたのだろう。嘗て俺が母から遺された呪詛の話を聞いていたから――愛された証が遺っていたら、きっと生きてけるはずだと知っていたから、双葉への手紙を遺した。そしてそれを、航さんに託した。
双葉と航さんを会わせようとしたのは、研究関係の話で盛り上がれそうな人物を探した結果らしい。惣治郎さんや親戚では、研究に関する知識欲や好奇心を満たすことなど不可能だ。一色さんの遺したメッセージ曰く、“誰かと語り合うからこそ発展する研究もあるから”とのこと。
航さんと双葉が仲良く話す間柄になったのは、研究者気質がうまい具合に一致したためだろう。他にも、PC繋がりで風花さんや、母親が一色さんの元上司だったと発覚した園村さんとも連絡を取り合っているという。……もし神取が悪神の『駒』でなければ、彼もこの中に加われたのだろうか?
そんな光景を思い浮かべると、俺の想像する神取から「無意味な妄想はやめ給えよ」と小突かれた。苦笑してはいたけれど、込められた感情はどこまでも優しい。まるで近所に住む世話好きなおじさんみたいだ。実際の俺と神取の関係は、そんな微笑ましいものではなかったのに。
「一色さんの姿を見ていて、どうしてか納得できなくてね。実体験や『僕もそうしてもらえたらよかった』という願望を交えて、ちょっと主張したんだ。……僕の場合、遺っていたものが色々とアレだったんだけど」
「アレって?」
「内容が、どこからどう見ても『吾郎なんて生まれてこなければよかった』という呪詛だったから」
コーヒーを啜りながら、俺はできるだけ何でもない風を装いつつ、かいつまんで説明する。母亡き後の遺品に記されていたのは、『実父と結婚することを夢見た母が僕を孕み、それを利用して実父に迫ったが断られた。生まれた子が実父そっくりなら認知してもらえるかもしれないと思って子どもを産んでみたが、まるっきり母親似だった』という真実だった。
母は女手1つで俺を育てていた。当時の俺は父親がいなくても、母さえいてくれればいいと思ってた。母は俺の前ではとても優しかったから、俺は母に愛されているのだと無邪気に信じていた。……今となっては、遺品から受けた衝撃によって、思い出の大半がゴミ屑と化してしまったけれど。
だから、正直、双葉が羨ましい――その言葉ごと、コーヒーで飲み下す。
一色さんと双葉のやり取りを聞いて、黎からチャットで又聞きする形となった双葉の話を読んで、ゴミ屑と化した思い出の一部を改めて見つめられるようになった。
俺の母は、俺に対して優しかった。母が生きている間、『生まれてこなければよかった』という酷い言葉は一度も聞いたことがなかった。
思えば、母は俺の前で弱音を吐いたことはなかった。いつも笑って、『大好きよ、吾郎』と言ってくれた。貧しかったけど、あの日々は幸せだったのだ。
「でも、さ。最近気づいたんだ。母の遺品に書かれていたのはあくまでも“僕が生まれるに至った経緯”に関する事実であって、母が僕のことをどう思っていたかについては一切記されてなかったなって」
「吾郎……」
「だから、信じてみようと思ったんだ。“母さんが僕を愛してくれたのは本当のことだったんじゃないか”、って」
「自分にとって都合のいい真実を見ようとしている」と言われればそれまでかもしれない。八十稲羽を覆いつくした霧の正体は、万人が望む甘い毒だった。
下手すれば、俺は自らの意志で霧の中に引きこもってしまうことになるだろう。――でも、嘘にしたくなかった。母がいた日々を、ゴミ屑として棄てたくなかった。
今だからこそ、そう思えたのだ。自分が造り上げた母親の虚像と戦うことを選んだ双葉の背中を見て、俺も、母がいた日々と向き合えた。ガラクタの中からわずかに拾えた思い出は、確かにキラキラ輝いていた。
「双葉は強いよ。僕はキミから勇気を貰った。だから大丈夫」
「……ありがと。でも、わたしが立ち上がろうと思えたきっかけをくれたのは、吾郎と黎だよ」
「そっか。じゃあ、イーブンってことでいいかな?」
俺と双葉の話を聞いていた黎が微笑み、俺の座る席に何かを置いた。見れば、美味しそうなガトーショコラが置かれている。
「これ……」
「私の奢り。双葉にも、後で同じの出すから」
「本当か!? ありがとう黎!」
「よしよし。今は仕事中だから、終わるまでは頑張ろうね」
黎と双葉の姿を見ていると、なんだか本当の姉妹のように見える。姉として振る舞う黎に対し、双葉は存分に甘えている様子だった。
有栖川関係者の中で、黎は舞耶さんや命さんに妹の如く可愛がられていた。それ故、姉として振る舞う黎を見たのは初めてのことである。
どうしてか、近々双葉が黎のことを「お姉ちゃん」呼びして甘え倒す予感がしてならない。黎もそれを拒否しないだろうな、とも思う。
……妹分にとって、姉貴分の彼氏というものはどう見えるのだろう。交際反対を掲げられてネットを駆使されたら非常に辛い。双葉が俺の敵に回らないでほしいと切に願った。
俺はコーヒーとケーキに舌鼓を打ちながら、佐倉さんに視線を向ける。
佐倉さんは微笑ましそうに目を細めて、黎と双葉のやり取りを見守っていた。
「ああ、そうだ。マスター、冴さんが……」
「あの検事に言っとけ。『何度もしつこい。もう話すことは何もないぞ』ってな」
「違います。冴さんが『証拠欲しさに脅すような真似をして申し訳なかった』と謝ってました」
検察庁で冴さんが零していたことを伝えると、佐倉さんは目を丸くした。てっきり“俺を使って証拠をでっちあげるのを諦めていない”とばかり思っていたためか、拍子抜けしたように「お、おう」と返事を返した。
ドアベルが鳴り響き、客の来店を告げる。何ともなしに視線を向けて――俺はコーヒーを気管に詰まらせそうになった。咄嗟に奴の本名を口走らなかっただけマシだろう。
そいつ――神取鷹久(偽名:神条久鷹)は静かな笑みを浮かべたまま、団体席に1人腰かけた。座っている位置は俺の左後ろ。奴は黎にブラックコーヒーを注文した。
多分、黎や怪盗団から話を聞いていた双葉も驚いたに違いない。けれど、奴が客として来店した以上、騒ぎを起こすわけにはいかなかった。
黎も営業スマイルを浮かべたまま、神取にコーヒーを差し出す。神取は「ありがとう、お嬢さん」と礼を述べ、コーヒーを啜る。
新聞を読みふけっているポーズは酷く様になっていた。そう言えば、こいつは元・実業家なんだよなぁと俺は思った。
暫しコーヒーを啜っていた神取だが、ふと何か思い出したように追加注文を出した。奴が注文したのはチーズケーキである。俺はそれに違和感を覚えた。
(――もしかして……)
セベクで顔を合わせたとき、奴は酒を煽っていた。その酒の銘柄は辛口の日本酒。珠閒瑠で顔を合わせた際も、何かの話題で“神条久鷹は甘いものを好まない”なんて話を耳にしたか。対して、珠閒瑠で対峙した敵――須藤竜蔵の愛人にしてワンロン占いの使い手・石神千鶴は、何かの話題で“一番の好物はチーズケーキ”なんて話を耳にしたことがある。
神取と石神千鶴が深い結びつきを持っていることは察していた。それがどれ程のモノだったのか、今でも俺のような小僧に測ることなど不可能だろう。ただ、それは決して、汚していいものには思えなかった。神取は運ばれてきたチーズケーキをずっと凝視していたが、彼はコーヒーを追加注文してコーヒーが来るのを待った後、ゆっくりと食べ始めた。
甘いものを好まないという噂は本当らしく、神取は非常に食べにくそうにチーズケーキを口に運ぶ。何度もコーヒーで口直しをしていた。コーヒーお代わりの追加注文が入るため、佐倉さんは文句を言わない。
俺はちらちらと神取に視線を向けた。神取は暫し何も言わず、ぼうっと時間を潰していた。……奴は一体、何をしに来たのだろう。
時計の針が動く音だけが響く。どれ程の時間が過ぎたのかは分からない。気づけば、外は夕焼けに染まっていた。
神取もチーズケーキを食べ終わり、口直しのコーヒーを啜っている。もう6杯目だ。佐倉さんもウキウキしている。
「……
「っ!?」
「元気そうでよかったよ。
そう言って、神取は微笑んだ。遠回しに、奴は双葉さんのことを気にかけていたらしい。
双葉は挙動不審に視線を彷徨わせていたが、こくこくと首を縦に振ることしかできない様子だった。
奴は何を思ったのか、こちらに背を向けた。携帯電話を操作する。そのまま、誰かと電話をし始めた。
しかも――俺たちには辛うじて聞き取れる声量で、だ。
「例の件はどうなっている? ……
俺は即座にボイスレコーダーを回した。神取もそれに気づいたようで、ちらりと俺を一瞥する。
「奴は政治家に転身してのし上がろうと考えているようだ。……ああ、その通りだな。そのような器など、奴にあるとは思えない。精々、
双葉がぎょっとした顔をして口を開きかけ、俺と黎がそれを制する。
神取は思い出したように「そういえば」と声を上げた。
「
神取は笑いながら、話を続ける。
「しかし、不思議だな。今まで逮捕された連中を野放しにするなんて。奴らを
神取は暫し雑談に興じた後、精算を済ませてルブランを後にした。なかなかの上客――コーヒー8杯とチーズケーキを食べて帰って行ったので、客単価はかなり高い――だったためか、佐倉さんは上機嫌で神取を見送った。
神取の言葉を思い出す。奴はかなり回りくどい方法だったが、俺に情報を流してくれた。今の話は“獅童智明が誰をターゲットにしているかのヒント”になり得る。
名前は自分で調べろということか。秀尽学園高校校長の本名は学校関係者に訊けば本名が分かるだろうし、オクムラフーズ社長は公式HPを見れば一発で本名を割り出せそうだ。
後はその情報の裏取りをしつつ――けれど迅速に『改心』させなくてはならない。神取の話を聞く限り、秀尽学園高校の校長の『改心』は急がねばならないだろう。
秀尽学園高校の校長が獅童と繋がっていたことは、以前から把握していた。俺たちは秀尽学園高校に絡んだ連中を『改心』させ、校長が隠蔽しようとした事件を表面化させた。
獅童にとって、不祥事を連続で起こした秀尽学園高校校長の利用価値は無に等しい。そろそろ切り捨てるべき相手とみなし、タイミングに入ったのだろう。
(検察がどう出るかは分からないが、獅童に切り捨てられた人間が辿る末路は破滅だけだ。社会的死か、肉体的な死か……おそらく後者だろう)
本人が証拠を持って警察に自首したという形ならば、獅童にそれなりのダメージを与えることができるかもしれない。そして、獅童の罪を明かすために必要な材料が出てくる可能性もある。
神取の発言を聞く限り、メメントスやパレスにいるシャドウを『改心』させて心に還せば、認知世界専門のヒットマンでも手を出すことはできないようだ。
実際、『改心』した獅童の関係者たちは、獅童にとって利用価値がなくなったのに生かされている。今でも、『廃人化』され手を下される様子はなかった。
……もしそこで神取を出されて、現実世界に干渉できるペルソナ――ゴッド神取を出されてしまった場合は、彼ら全員の無事は保証できなくなってしまうが。
「な、なあ。アイツ、敵なんだよな?」
「完全な味方とは言い難いけど、敵と断じるには親切すぎる男なんだよ。いい意味で、道化みたいな奴かな」
双葉がルブラン出入り口と俺を見比べて右往左往している。俺は苦笑しながら頷いた。黎も、静かに目を細めながら彼の去った扉を見つめる。
今日はそれなりに客が出入りしていた。佐倉さん、黎、双葉が各々作業するのを見守りながら、俺はコーヒーをお代わりした。
***
花火大会の再来だ。あのときの浴衣姿で、黎は夜の四軒茶屋に現れた。眼鏡をはずし、黒い生地に青系で描かれた牡丹と蝶の柄が目を惹く。
対して、僕も浴衣を身に纏う。白基調のそれには、柳と燕が青で描かれていた。生地の色は正反対だが、柄に使われている色は同じ。なんだか一種のお揃いのように思える。
双葉は佐倉さんが持っていた男女兼用のシンプルな浴衣を身に纏っていた。生地の色は黄緑色で、薄い黄色で鹿の子模様が描かれていた。黎に着つけてもらったと自慢していた。
双葉は自分で花火を買いに行き、無事に帰って来たという。こっそり護衛していたモルガナが「もう大丈夫だろ! これなら海に行っても問題ないな!」と我がことのように自慢していた。
今回、ルブランで行われるのは家庭用花火を用いた花火大会である。但し、打ち上げ花火やロケット花火の使用は厳禁。線香花火や普通の花火がメインだ。規模は小ぢんまりとしたものだが、それでも充分だった。
早速花火に火をつけて、思い思い楽しむ。双葉は2本同時に線香花火を持ち、点火して勢いを楽しんでいた。僕と黎はそんな双葉を見守りつつ、花火に火をつけて楽しむ。色とりどりの炎が夜闇に彩りを添えた。
「綺麗だね」
「うん。本当に……」
花火も、浴衣を着た黎も、とても綺麗だ。僕は感嘆の息を零す。
黎もまた、蕩けるような笑みを浮かべて僕と花火を見つめていた。
「ゴホッ、ゲホッ! オマエら、ワガハイに煙かけんな!」
「え? あ、ごめんモルガナ」
風向きの関係か、モルガナがいる場所が悪いのか、花火の煙がすべてモルガナに向かっていく。
「うりゃあ、2本取りー!」
「ひ、人の話をゲフォッゴフオッ!!」
「こら、猫が嫌がってるだろ。動物に火を向けるんじゃない」
おまけに、双葉がノリノリで花火を振り回すから、余計に煙が発生する。それも漏れなくモルガナの方へ向かっていった。
モルガナは涙目で必死に抗議するが、花火に夢中な双葉には聞こえないようだ。佐倉さんが深々と息を吐いて窘める。
だが、双葉はどこまでもマイペースだった。線香花火が爆ぜるのをやめ、火の玉だけになったからだ。
「すげー、でっかい火の玉できた。そうじろう、見て見て!」
「お、おう。気をつけてな」
「次は10本取り!」と意気込む横で、モルガナが絶叫する。ならば風向きのない方――僕と黎の真後ろに来ればいいのだが、モルガナは決してその位置から動こうとしなかった。どうしてだろう。
佐倉さんは何か悟ったような目をした後、モルガナにチチチと手招きする。自分の方なら煙が来ないからとアピールしているらしい。それを察知したモルガナは、即座に佐倉さんのいる場所へ避難した。
酷い目に合ったと愚痴るモルガナを横目に、僕たちも花火に火をつける。花火大会のような派手さはないけど、黎と一緒に花火をしているという事実がじわじわと胸を満たした。
時折響く双葉の声と言動を見守りながら、僕と黎は寄り添いながら談笑した。年齢より子どもっぽい双葉を見ていると、同年代の集まりではなく疑似家族じみた光景に思えるのだ。
僕が夫で黎が妻、双葉が子どもでモルガナがペット――何の抵抗もなくそんな役割に自分たちを当てはめた己自身に目を剝く。幾らなんでも、色々すっ飛ばし過ぎではなかろうか。
だってまだ、僕は、ちゃんと黎に言ってない。何も、言ってない。その約束を、口に出していないのだ。……言わなければ、今みたいな光景なんて見れるはずがないと言うのに。
「ねえ、黎」
「なに?」
僕が口を開いたのに反応して、黎が僕を向き直る。花火に照らされた白い肌、普段は見えないうなじ、光の中から艶やかに浮かぶ黒髪――綺麗だと思った。
言葉が喉に閊えて出てこない。“これから”を誓うのに相応しい言葉なんて何も出てこなくて、素直な言葉すらも零せなくて、そのまま息を吐く。
機関室、裏切り者、叶うはずのない“もしも”の話。探偵の仮面を被り、復讐のためにすべてを犠牲にしてきた殺人者の末路――
“謂れなき罪”、“理不尽な罰”。俺の知らない、俺の中にいる“何か”が問いかけてくる。
迫るような響きに気圧された俺は、言葉を言い淀む。すべてが不誠実になってしまいそうな気がしたからだ。――けど。
「……これからも、ずっとこうして、傍にいられたらいいって思うんだ」
偽りのない願いを口に出す。不誠実なことは言いたくないけれど、でも、そう願っているのは事実なのだと。
「すべてが終わった後も、ずっと」
「――そうだね。ずっと、一緒にいよう」
黎は迷うことなく頷き返して、俺に寄り添う。それがとても嬉しくて――けれど、それが今の自分の限界なのだと思うと、なんだか情けなくて、どうすればいいのか分からなかった。
◇◇◇
本日8月29日、晴れ。海水浴日和に相応しい晴天と天気である。夏の終わりが近いことを感じ取っているためか、遊び納めということもあって、海は人々でごった返していた。
ビーチパラソルで場所を取り、双葉の様子を確認する。特訓の甲斐あって、ひしめくような人口密度の中にいても平然としていた。真主導の荒療治が効いたのだろう。
『みんながいるから大丈夫』
最も、一番の理由は、双葉が語ったこの言葉に集約されているに違いない。
双葉の気持ちは分かる。崩れ落ちてしまいそうになるときは何度もあったけど、傍に誰かがいてくれた。自分に何かあっても、助けてくれる人がいる――『拠り所がある』という事実がどれ程幸いなのか、僕は知っているのだ。
僕の場合が黎や怪盗団の仲間たち、頼れる大人たちだったのと同じように、双葉にとっての怪盗団も同じような存在なんだろう。
(しかし、どうしたものか……)
気を抜くと、水着姿の黎に視線を向けてしまう自分がいる。黎は普段、露出を控えめにした格好を好む。だから、水着姿になることで露出される肌が気になってしまうのだろう。
今回の海水浴で黎が着てきたのは、黒いスカート水着である。スカート部分は分割されており、水着のワンポイントになるような形で結ぶこともできるようになっていた。
泳ぐときはワンポイントとして右端に結ばれていたが、泳ぎ終えた今は結び目が解かれ、スカートとして機能している。裾がはだけてチラリと除いた肌に、僕は生唾を飲んだ。
「どうかした? 吾郎」
「……素敵だな、と思って」
「ありがとう。吾郎も似合ってるよ」
黎は爽やかな微笑を浮かべて僕を称賛する。どうして彼女は照れることなく人を称賛できるのか、そのライオンハートに太刀打ちできなくて悲しくなってくる。
性別が逆だったらつり合いが取れるのではないか――遂にそんなことを考え始めた自分がアホらしくなって、僕はひっそり苦笑した。
因みに、僕が着てきた水着は白と青基調のサーフパンツである。上には同じ色合いでジッパー付きのTシャツを着て、黒いビーチハットを被っていた。閑話休題。
燦々と降り注ぐ太陽は眩しい。パラソルでそれを遮りながら、僕たちは昼食を取ることにした。『海の家で何か買ってくる』と立ち上がった竜司だが、ここで双葉がインスタント麺を持ち込んできたことが発覚した。お湯をどこで調達するつもりだったのだろうか。
それはさておき、僕たちは昼食を調達して食べ始めた。午前中は水着に着替えた後、適度に泳いできている。動けば腹は減るものだ。掃除機を連想する勢いで食べ進める竜司と祐介を横目にしつつ、僕は僕のペースで食べ進める。真横から掻っ攫われぬよう注意しながらだ。
海の家で購入したホッドドッグは、至さんが家で作ってくれるものと比較すると遥かに美味しくない。だけど、仲間たちと一緒に海水浴に来て食べているのだと思うと、この上なく美味しいと感じてしまうのは何故だろう。きっともう、これと同じ絶品には一生巡り合えないとさえ思ってしまう。
「真、あんま食べてないな。もしかして、具合でも悪いのか?」
「あ……ううん、大丈夫」
竜司が真に問いかけた。彼女が食べている昼食の量が少ないことに心配しているのだろう。しかも、普段より食欲が落ちているように見える。
真は歯切れ悪く答え、視線を彷徨わせた。余程言いにくいことなのだろう。彼女が怪盗団に入る前――僕たちを尾行してきたときのようなよそよそしさがあった。
真の様子を見る限り、人――特に、男性――から指摘されたくないようだ。その気配を察知した僕は、その話題を逸らそうと口を開く。だが、それよりも先に、モルガナが得意げに鼻を鳴らしてうんちくをしゃべり始める方が早かった。
「分かってねえなあ、リュージは。女子は水着のときは、少しでも細く見せたいモンだ。でも気にしすぎだぞ。朝飯はちゃんと食ったか?」
「モナ、デリカシー皆無」
自身を紳士と語る黒猫から飛び出したのは、女性の繊細な心理である。乙女心が分からない竜司には大変参考になる解説だったが、それは女性の前で口に出していい話ではない。モルガナの言葉を聞いた女性陣の機嫌は急降下した。
沈黙してしまった面々の気持ちを代弁したのは双葉だ。自分の発言が地雷だったことを察したモルガナは慌てて弁明しようとしたが、余計見苦しくなるだけだと思ったのだろう。申し訳なさそうに項垂れていた。
ただ、モルガナが視線を逸らした先には、竜司や祐介に負けず劣らずの勢いで焼きそば・お好み焼き・ホッドドッグを平らげ、炭酸飲料を一気飲みする黎がいた。彼女はのんびりとした調子で「かき氷も食べようかな」と微笑む。
何をどうすれば、その細い体にアレだけのものが入るのだろう。しかも、すらりとした体型を崩すことがない。終いには、彼女は着痩せするタイプだった。特に胸部が。
完全に、“
「で、この後どうする? ビーチバレーでもするか?」
「あーごめん、今から女子だけでバナナボート乗る約束してるから」
女性陣が申し訳なさそうに頭を下げる。4人乗りのものを1つだけしか借りられなかったようで、僕たち男性陣は取り残されることが確定した。文字通りの荷物番である。
僕は別にそれでも構わないのだけど――黎と一緒にいられないのは寂しいが、待つのは嫌じゃない。彼女が楽しいのが一番なのだから――、竜司とモルガナが不満そうにぶすくれていた。
「なんで俺らの扱いが雑なんだよ!? 俺らだって色々頑張ってんだぞ!?」
「異世界の中ではいいと思えるんだけど、不思議よね」
「お宝は盗めても、女の子のハートは盗めそうにないもんね!」
「そ、そんな……アン殿……」
バッサリと切り捨てられ、竜司が憤慨し、モルガナが愕然とする。前者は仲間の女性陣から雑に扱われたこと、後者は惚れた相手からショッキングなことを言われたためだろう。
「そういう訳なんだ。吾郎、荷物番頼めるかな?」
「ああ、ここは任せてくれ。楽しんでおいで」
「ありがとう。行ってきます」
「行ってらっしゃい」
申し訳なさそうにこちらを見つめてきた黎に対し、僕は微笑み返して手を振った。黎も微笑み、手を振り返してくれる。女性陣は連れ立って、砂浜の人並みに飲まれて消えた。
彼女たちの背中を見送り終え視線を向けると、竜司とモルガナが死んだ魚みたいな目をして天を仰いでいた。祐介はどこからともなくスケッチブックを取り出しデッサンを始める。
黎も楽しんでいるといいな――なんて考えながら、荷物番に精を出す。そんな僕の前で、竜司とモルガナが息巻き始めた。女の子のハートを盗むのだと言って燃え上がっている。
いつの間にか、デッサンを終えた祐介も竜司と同調し始めた。何やら不穏な気配になって来たが、僕は荷物番から離れるつもりはない。絶対にない。
どうやって2人と1匹を攻略すべきかと思案したのと、竜司・祐介・モルガナが僕に視線を向け――何事もなかったかのようにそそくさと視線を逸らしたのは同時だった。
「吾郎は俺たちと違うもんな」
「だな。ゴローには既にレイがいるもんな」
「むしろ、『黎以外の誰かをナンパするくらいなら、今すぐ獅童と心中してくる』とか言い出しかねん」
「は? 当たり前だろ何言ってるんだお前等」
「お前歪みねえな! 黎に対して執着しすぎだろ!?」
竜司が諦めたようにため息をつき、モルガナが己の浅はかさを責めるように首を振り、祐介が頭の中で模写した未来図を憂いて明後日の方に視線を向けた。当たり前のことだと指摘したら、竜司が半ば怒鳴るような調子でツッコミを入れてきた。
彼の言葉は間違ってない。むしろ、僕の中にある異常性をハッキリ指摘している。明智吾郎という人間は、心を許した相手に対して強く依存――あるいは執着してしまうのだ。一歩間違えれば中野原のときと同じように、メメントスやパレスで歪みとして発現したっておかしくない。
そうならないのは、ひとえに“一番の対象者である有栖川黎が、明智吾郎を否定せず受け入れてくれる”おかげだろう。黎のことは確かに救いだけれど、それに甘え続けるのはあまり良くないと自覚している。自分を見捨てずにいてくれる黎に応えられるような、まともに生きられるような人間で在りたかった。
「……そうだね。竜司の言う通りだ」
そう呟いて俯いてしまったのは、この執着心が“まともなところから来たものではない”と自覚していたためだ。
過去に刻みつけられた傷跡が、薄暗さを伴った結果なのだと。
「好きになった人に対して、まともな好意を示せるようになりたいとは思ってるんだけどね」
そう言った自分の顔は、どんな表情だったのだろう。モルガナが解脱した釈迦みたいな顔になり、竜司と祐介が悟りを開いた坊主のような目で顔を見合わせる。
暫し沈黙していた2人と1匹だが、ややあって、「女の子の心を盗んでくるから荷物番を頼む」と言い残して、浜辺へ繰り出していった。
僕は彼らを見送って荷物番に精を出す。熱中症対策で持ち込んでいたスポーツドリンクを舐めるように飲みながら、今までの出来事を思い出していた。
母が存命だったとき、海に行けたのは片手で数えられる回数だけだった。至さんと航さんに引き取られたとき、聖エルミン学園高校の仲間や黎と一緒に海に行ったか。珠閒瑠のときは鳴海区で南条さんのクルーザーに乗ったり、海底洞窟で命懸けの戦いをしたり、珠閒瑠浮上による鳴海区の崩壊で海どころじゃなくなったりしたか。
巌戸台での戦いがあったときは、桐条財閥の別荘がある屋久島に行った。ラボでアイギスと出会ったり、波打ち際で順平さんを総攻撃したり、桐島さんと園村さんが空本兄弟とブッキングして浜がメギドラオンで吹き飛んだり、別荘に備え付けられたカラオケで幾月のヤロウからチャンネルを奪ったりした。
八十稲羽では虫取りをしたり、海水浴に向かったり、夏祭りに参加したり、花火で盛り上がったりもした。ただ、“僕らの様子を心配した南条さんがリムジンで乗り付けて来た”という珍事件で田舎町が大騒ぎになったか。――
人ごみの中に、黎たちの姿を見つけた。だか、彼女たちはこっちに戻ってくる気配がない。よく見れば、浅黒くなるまで日焼けした男たちが道を阻んでいる。……成程。女の趣味とルックスに関する目の付け所だけはいいらしい。僕は即座に立ち上がり、黎の元へ向かった。
「ねえねえ、俺たちの船でクルージングでもどう? 芸能人とか業界人とかいっぱいいるよ~?」
「お断りします。私には連れがいますから。連れに口説かれているのも楽しいですけど、連れを口説く方が楽しいので」
「そんなこと言わずに行こうよ。ほら――」
「――僕の連れに、何か用ですか?」
無理矢理黎を引っ張ろうとした男の手を払い落し、僕は庇うようにして黎の前に立つ。それとほぼ同時に、斜め向かいの方から竜司たちがやって来るのが見えた。
ヤンキーよろしく猫背で不敵な笑みを浮かべる竜司、何故か両手にイセエビを抱えた白フードの祐介、穏やかな物腰に対して殺意マシマシの睨みを効かせる僕。
黎、杏、真を執拗に誘っていた男たちは一瞬たじろぐが、奴は懲りずに声をかける。勿論、怪盗団の女性陣は、金や権力でなびくような安い人間ではないのだ。
「貴方たちといるよりも、ずっと有意義ですけどね」
「確かにそうだね。そういう訳ですから、女性を口説くなら夜のパーティでどうぞ。私は連れを口説くので忙しいんで」
「いつも口説かれてばっかりだから、たまには僕にも口説かせてよ。――あ、そういう訳なんで、どうぞお引き取りください」
真・黎・僕の言葉に、男たちは渋々と言った様子で去っていった。その際、僕に対して可哀想なものを見るような眼差しを向けてきたことだけは絶対許さない。杏が憤慨し、真が深々とため息をつく。黎は、男たちの背中に呆れたような眼差しを向けて肩を竦めた。
どうやらあの男たち、しつこく怪盗団女性陣を口説いてきたのだという。真が奴らに武力行使する寸前だったあたり、男性たちは運が良かったようだ。世紀末覇者、鋼鉄の処女系乙女の破壊力を舐めてはいけない。ここが認知世界だったらヨハンナに轢き殺されていたであろう。
双葉とモルガナはどこへ行ったのかと思ったとき、双葉とモルガナが祐介目がけて突っ込んできた。双方の眼差しは祐介が持っているイセエビに釘付けだ。正直、先程からもがくように尻尾をビチビチ振る甲殻類の様子がシュールで気になっていた。双葉と祐介はそのまま戯れ始めた。
「なんか、盛りだくさんだし、みんなで海に来た甲斐はあったよな」
「うん、そうだね」
仲間たちは顔を見合わせて頷く。楽しい1日は、あっという間に過ぎて行った。
***
『私、怪盗団に入る。お母さんを殺した犯人と、そいつにお母さんを殺すよう命じた獅童正義を、絶対許さない』
僕たちを真っ直ぐ見返して、双葉はそう宣言した。一色さんの研究を奪って悪用するだけでは飽き足らす、命さえも奪い取った獅童に罪を償わせるのだと。
明智吾郎と獅童正義の関係を知っても、双葉は『それがどうした? 吾郎は悪いことしてないだろ!』と迷わず言い切った。清々しい笑みに泣きたくなる。
認知訶学研究は既に完成したが、成果はすべて獅童によって回収され葬り去られた。獅童の行動は、一色さんの研究が自分に都合が悪いものだと知っていたかのような対応だ。
僕の経験則上、一色さんの研究は“獅童の後ろにいた『神』にとって都合が悪かったが為に、獅童を使って潰させた”ようにも思える。だとしたら、悪神は相当のワルだろう。
双葉の話を聞く限り、一色さんは次の段階として“人がいなくても世界が存続し続ける理由――即ち『神』の認知に関する認知訶学”に手を出そうとしていた節があったようだ。
『でも、航さんから“その領域に手を出すのはやめた方がいい”とアドバイスを受けたらしいんだ。……直後、獅童の関係者がお母さんに接触して来た』
『それって――』
『お母さんの研究は、吾郎の言う『神』の逆鱗に触れた。だから、口封じの対象にされたんだと思う』
理不尽過ぎると双葉は憤った。一色さんも、自分の研究が『神』の逆鱗に触れてしまったとは思っていなかったに違いない。
それから話は変わり、双葉のパレスが回りくどいことになっていた理由を彼女自身が説明してくれた。彼女は怪盗団のことを見極めようとしていたらしい。それが、『シャドウはウェルカム状態なのに、えげつない罠が襲ってくる』というアンビバレンス状態だった。そこからの話は、双葉さんのシャドウが言った通りである。
本来ならば、僕から齎された一色さんの情報を聞いた双葉さんは“反逆の徒”――ペルソナ使いとして目覚めるはずだった。だが、何者か――十中八九獅童智明だろう――が双葉さんの心を弄り回し、パレスを乗っ取って双葉さんの覚醒を邪魔していたのである。結果、パレスは本来通りのえげつない仕掛けを作動させてきたのだ。
『これ以上、お母さんの研究を好き勝手に悪用されたくないんだ』
少女の決意は固かった。
それが、佐倉双葉が怪盗団に参加する理由。
怪盗団に所属する人間たちはみんな、大なり小なり私的な理由を抱えている。黎は“理不尽に苦しむ人を助けるため”、モルガナが“メメントスの奥地へ向かう方法と、自身の記憶を取り戻して人間になるため”、僕が“『廃人化』の黒幕にして黎に冤罪を着せた張本人で、実の父である獅童正義の罪を終わらせるため”、竜司が“自分が成りたい“カッコいい漢”に必要なものを見つけるため”、杏は“黎を助けるという約束を果たすため”、祐介は“理不尽に苦しむ人々を救いながら、パレスやメメントスから作品の着想を得るため”、真が“自分の理想や正義を貫く強さを手にするため”。
それ故に、双葉の参入は簡単に認められた。彼女のコードネームは自薦の『ナビ』。『勝利に導いてやる』と不敵に笑った双葉は、最年少ながら本当に頼もしい。
「そろそろ帰りましょうか」――真の言葉に、僕はふと景色に目を向けた。海に沈む夕焼けはとても綺麗だが、楽しい時間が終わったことを示している。
よく見ると、空の端で星が瞬き始めていた。名残惜しい気もするが、仕方がない。僕たちは片付けの準備を始め、ゆっくり家路についたのだった。
魔改造明智と怪盗団の夏休み、ラスト。ルブランでの双葉交流イベントと海イベントにがっつり使いました。そして書き手でも驚くくらいに神取が出張る出張る。立場は敵だけど、やってることは怪盗団に利益が出る行動が多い模様。でも、“神取に与えられた行動方針は全く別な方向性である”という複雑な立ち位置となっています。
神取が魔改造明智を気にかけたり、魔改造明智が未来に想いを馳せたり、魔改造明智がウダウダしたりと盛りだくさん。あと、魔改造明智にモブがストーカーしているようですが、次回以降の奥村パレス編で回収する予定。奥村『改心』の顛末が、原作では怪盗団が窮地に追い込まれる原因になるのですが、この世界線ではどうなることやら。
金城パレス編が善神の『駒』に関するネタが多かったのに対し、双葉パレス編は悪神の『駒』に関するネタが多くなりました。次回は何のネタを多めにして展開しようか思案中。そろそろ魔改造明智に関する話が入るかもしれないですね。次回は奥村パレス編がスタートします。次回以降は4~5話構成を目指していきます。
獅童パレス編やメメントス奥地(P5黒幕)編は少し長くなるかもしれません。そちらは6話~7話以内で纏められるよう目指す所存です。