Life Will Change   作:白鷺 葵

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【諸注意】
・各シリーズの圧倒的なネタバレ注意。最低でも5のネタバレを把握していないと意味不明になる。次鋒で2罪罰と初代。
・ペルソナオールスターズ。メインは5、設定上の贔屓は初代&2罪罰、書き手の好みはP3P。年代考察はふわっふわのざっくばらん。
・ざっくばらんなダイジェスト形式。
・オリキャラも登場する。設定上、メアリー・スーを連想させるような立ち位置にあるため注意。
 @空本(そらもと) (いたる)⇒ピアスの双子の兄で明智の保護者その1。武器はライフル、物理攻撃は銃身での殴打。詳しくは中で。
 @獅童(しどう) 智明(ともあき)⇒獅童の息子であり明智の異母兄弟だが、何かおかしい。獅童の懐刀的存在で『廃人化』専門のヒットマンと推測される。詳しくは中で。
・歴代キャラクターの救済および魔改造あり。
・一部のキャラクターの扱いが可哀想なことになっている。特に、『普遍的無意識の権化』一同や『悪神』の扱いがどん底なので注意されたし。
・アンチやヘイトの趣旨はないものの、人によってはそれを彷彿とさせる表現になる可能性あり。他にも、胸糞悪い表現があるので注意してほしい。
・ハーメルンに掲載している『運命を切り開くだけの簡単なお仕事』および『ペルソナ3異聞録-.future-』、Pixivの『2周目明智吾郎の災難』および『【一発ネタ】有栖川黎の幼馴染』の設定を下地にし、別方向へ発展させた作品である。
・ジョーカーのみ先天性TS。
 ジョーカー(TS):有栖川(ありすがわ) (れい)⇒御影町にある旧家の跡取り娘。旧家制度は形骸化しているが、地元の名士として有名。身長163cm。
・歴代主人公の名前と設定は以下の通り。達哉以外全員が親戚関係。
 ピアス:空本(そらもと) (わたる)⇒明智の保護者2で、南条コンツェルンにあるペルソナ研究部門の主任。
 罪:周防 達哉⇒珠閒瑠所の刑事。克哉とコンビを組んで活動中。ペルソナ、悪魔、シャドウ関連の事件の調査と処理を行う。舞耶の夫。
 罰:周防 舞耶⇒10代後半~20代後半の若者向け雑誌社に勤める雑誌記者。本業の傍ら、ペルソナ、悪魔、シャドウ関連の事件を追うことも。旧姓:天野舞耶。
 ハム子:荒垣(あらがき) (みこと)⇒月光館学園高校の理事長であり、シャドウワーカーの非常任職員。旧姓:香月(こうづき)(みこと)で、旦那は同校の寮母。
 番長:出雲(いずも) 真実(まさざね)⇒現役大学生で特別調査隊リーダー。恋人は八十稲羽のお天気お姉さんで、ポエムが痛々しいと評判。
・敵陣営に登場人物追加。
 @神取鷹久⇒女神異聞録ペルソナ、ペルソナ2罰に登場した敵ペルソナ使い。御影町で発生した“セベク・スキャンダル”で航たちに敗北して死亡後、珠閒瑠市で生き返り、須藤竜蔵の部下として舞耶たちと敵対するが敗北。崩壊する海底洞窟に残り、死亡した。ニャラルトホテプの『駒』として魅入られているため眼球がない。この作品では獅童正義および獅童智明陣営として参戦。
・「2罰ボスの外見を見た人間の反応」に関するねつ造設定がある。
・普遍的無意識とP5ラスボスの間にねつ造設定がある。
・R-15程度の下品な会話がある。
・直接的ではないにしても、ショッキングなシーンを彷彿とさせるような発言がある(一例:動物の死骸)。


俺とみんなの夏休み

 双葉さんの回復を待つ傍ら、僕たちは思い思いの夏休みを謳歌していた。但し、僕の場合は“夏休みの学生=1日中休み=使えそうな労働力”なんて三段論法で引きずり回されそうになるので大変だった。気を抜くとすぐに、冴さんや獅童たちから招集(ヘルプ)コールが飛んでくるのだ。

 特に後者は、メディア出演や取材もガンガン突っ込もうとするから厄介だ。僕だって人間である。ゆっくり体を休めたり、友達と遊んだり、好きな人とデートしたりしたい。そのことをオブラートに包んで主張した結果、冴さんと獅童から『所詮はお気楽な学生風情が』等と冷ややかな眼差しを向けられた。その代わり、時間を融通してもらえたのでよしとする。

 今回の一件で獅童が僕を切り捨てなかったのは、智明が『俺も彼の気持ちは分かるよ』等とフォローを入れたためらしい。不快そうにこちらを一瞥した獅童本人がペラペラしゃべってくれた。去り際に『智明に感謝して励め』と言い残していくあたり、親馬鹿を奇妙な方向に拗らせている。シュールな絵面であった。

 

 話は変わるが、佐倉家の双葉さんの部屋は南条コンツェルン関係企業による修繕が行われた。費用の大半が航さん持ちだが、直属上司の南条さんも佐倉さんに謝罪の意を示したという。結果、佐倉さんと双葉さんは、十数日間程、南条コンツェルン関連ホテルのスイートルームで生活することになったらしい。

 

 そんな話題を耳にしてから数日後、僕は獅童親子との会食に呼び出された。何の因果か、会場は佐倉一家が仮住まいとしているホテル。

 最初のうちは“こんなこともあるんだな”と軽く考えていたが、後々になって、その認識が甘かったことに気づくこととなった。

 

 

『…………』

 

『…………』

 

 

 会食を終えて去って行こうとした獅童と、ルブランを店じまいして仮住まい(ホテル)に戻って来た佐倉さんが鉢合わせた。――それだけなら、特に何も問題なかったはずだった。鉢合わせた両者が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 派手な睨み合いで火花を飛ばしていた佐倉さんと獅童だったが、最終的には“獅童が佐倉さんを無視して去っていった”ことで事態は決着した。その後ろを智明が追いかけていく。僕は笑顔を張り付けたまま、獅童親子の背中を見送った。対して、佐倉さんは敵意を露わにしていたが。

 

 獅童たちを乗せたリムジンが走り去るのを見送り、僕も黎に会いに行こうと思ったとき、佐倉さんに腕を掴まれた。彼の目は、どこまでも鋭い。

 

 

『――お前さん、どうして獅童なんかとつるんでんだ?』

 

 

 普段よりも一段階低い声で、佐倉さんは俺に問うてきた。その様は、“黎や双葉さんに害意を成す存在”を阻まんとしているように見える。

 多分、僕が思っている以上に、黎は佐倉さんと打ち解けたのだろう。今この瞬間、佐倉さんが“自ら黎を守ろう”と行動を起こす程に。

 佐倉さんが“獅童とつるむ明智吾郎”に危機感を覚えたのは、先程佐倉さんと獅童が睨み合いを繰り広げたところに意味がありそうだ。

 

 

『佐倉さんこそ、獅童正義――……っ、獅童先生とはお知り合いなんですか?』

 

『……昔、色々あってな』

 

 

 うっかり獅童のことをフルネームで呼び捨ててしまいそうになった。そんな僕の態度に訝し気に眉をひそめた佐倉さんは、絞り出すような声色で答える。

 漠然とした答えだが、佐倉さんの態度からして“獅童と関係があった”ことは確かだ。それも、“真っ向な敵対関係”に近しいものである。

 

 

『俺のことはいい。ともかく、だ。……お前さんにどんな思惑があるかは知らないが、悪いことは言わん。奴とは手を切れ、今すぐに』

 

『ご忠告、痛み入ります。僕を心配してくれるのは嬉しいですが、それはできません』

 

『年寄りの忠告には素直に従っとくべきだ。お前さんが太刀打ちできるような相手じゃないし、腰巾着になろうってんなら論外だ。下手したら、黎のヤツが泣くぞ?』

 

『僕は獅童から手を引くわけにはいかないんです。()()()()()()

 

 

 僕は佐倉さんの忠告に逆らった。どさくさに紛れて、獅童のことも呼び捨てにした。他者からの善を踏み躙るというのは申し訳ないが、僕にだって引けない理由がある。今度は僕と佐倉さんが無言の睨み合いを繰り広げることとなった。互いに譲れないものがあるからこそ、派手に火花を散らす。

 

 先に視線を逸らしたのは佐倉さんだった。彼は大きくため息をつき、ばりばりと頭を掻く。『若さってのは、怖いモンだ』と呟いて、僕を見返す。

 彼の眼差しは“僕に誰かの面影を重ねている”かのように感じた。複雑そうに彷徨う瞳は、今ここにいる僕ではなく、昔どこかで見た誰かを映しているのだろう。

 もう二度と帰ることのできない過去に想いを馳せているのだろうか? 真偽は不明だし、たとえ佐倉さんに問うても答えてくれないだろう。そんな予感がした。

 

 結局、佐倉さんはそれ以上何も言わずに立ち去った。僕も、特に意見することなく彼の背中を見送る。

 その日はルブランに行くことは叶わなかったので、自宅へ直帰してSNSでチャットをしていた。

 

 

吾郎:佐倉さんが泊まっているホテルで獅童と会食してたら、佐倉さんと獅童が鉢合わせた。

 

黎:吾郎がこんなメッセージを送って来たってことは、惣治郎さんが獅童に反応したってこと?

 

吾郎:激しく睨み合って火花を散らしてたよ。険悪な関係みたいだった。過去に何かあったことは明白だね。

 

黎:惣治郎さんの過去、か。それに関係する話を聞かせてもらったことはなかったな。

 

吾郎:あと、佐倉さんが俺に警告してきた。『獅童とつるむのはやめろ』って。

 

黎:情報ありがとう。機会があったら、惣治郎さんに獅童との関係を訊いてみるよ。

 

吾郎:かなりデリケートな話みたいだから、直接訊ねても答えてくれそうにないみたいだ。訊くときは注意した方がいいかもしれない。

 

黎:分かった。重ね重ねありがとう、吾郎。

 

吾郎:どういたしまして。少しでも役に立ったなら何よりだよ。

 

 

 黎のメッセージに返信した後、僕はふと思い至った。

 

 鞄をひっくり返して確認すれば、果たして思った通りの“ブツ”が――獅童の関係者から報酬で貰ったプラネタリウムのチケットが出てくる。お誂え向きとばかりにペア券だ。使用期限も近い。

 以前、冬休みに八十稲羽へ遊びに行った際、八十稲羽を一望できる展望台で夜空と街並みを見ていたことを思い出す。田舎町故に電気が少なく空気が澄み切っていたから、星空がとても綺麗だった。

 御影町も田舎の方ではあるけれど、八十稲羽程の広大な自然は残っていない。滅多にお目にかかれない満天の星空を見上げた黎が、目を輝かせながら、嬉しそうに表情を綻ばせていたことを覚えている。

 

 ……そんな僕は、星空よりも黎の笑顔ばかり見ていたけど。

 当時のことを思い出した僕は、チャットにメッセージを書き込む。

 

 

吾郎:プラネタリウムのチケットを貰ったんだ。明日、一緒に見に行かない?

 

黎:いいね、楽しそう。是非行こう。プラネタリウムとだけ言わず、色々な所に。

 

吾郎:分かった。明日、ルブランに迎えに行くよ。

 

黎:待ってる。デートなんて久しぶりだね。

 

吾郎:そうだね。何度も顔を合わせてるけど、怪盗団の面々抜きで遊びに行くのは久しぶりだ。

 

黎:1日中吾郎と一緒に過ごすのも久しぶりだと思う。

 

吾郎:確かに。明日が楽しみだ。

 

黎:私も。それじゃあ吾郎、お休みなさい。

 

吾郎:お休み、黎。

 

 

「っし!!」

 

「何してるんだ吾郎? お嬢からデートのお誘いでもされたのか?」

 

「待って航さん。色々言いたいことはあるけど、1つだけ。――何で俺が誘われる前提なんだよ!?」

 

「いや、お嬢だったら吾郎をエスコートするだろうから」

 

「男の矜持をへし折るようなこと言うな!」

 

 

 勢い余ってガッツポーズを取った瞬間、航さんが予備動作無しで部屋の扉を開けた。何度もやられているけど、いきなり部屋に踏み込まれるのにはやはり慣れない。

 しかも、航さんはさも当然のように“黎が俺をデートに誘い、エスコートする”と思っているようだ。完璧主義者を自負する俺にはゆゆしき言葉である。

 「あれ? 違うの?」と首を傾げる航さんを至さんに押し付けた俺は、持ち前の負けず嫌いを発揮して、航さんの言葉を覆すための算段を立てたのであった。

 

 

***

 

 

 当日はプラネタリウムを見たり、有名なクレープ店で手作りクレープに舌鼓を打ったり、大通りで買い物もしたり、公園を当てもなく散歩してみたり――とにかく、東京中の遊び場を網羅する勢いで遊び倒した。

 甘いものを好む黎が幸せそうに『甘くて美味しい……』と食べ進める姿を見てほっこりしたり、プレゼントとしてシックな革紐のストラップを貰ったり、とりとめのない雑談をしたりする時間は、俺にとっても至福のひと時だった。

 

 ……“黎をエスコートできたのか”って? 全部黎にエスコートしてもらったよ畜生!!

 

 なんで俺の恋人は漢前なんだろう。俺をエスコートしているのは、黒いキャミソールを着て、フェミニンな白いプリーツスカートを穿いている女の子なのに。

 メディア露出をするようになってからよく言われるのだが、俺は俗にいう“美少女顔”をしているとのことだ。自他ともに母似であることは認めるが、釈然としない。

 

 

◇◇◇

 

 

 佐倉さんと獅童が睨み合いを繰り広げてから更に日々は過ぎて、佐倉さんと双葉も佐倉家へ戻った頃。

 

 8月になり、夏休みも中盤に突入。三島からの依頼や黎の協力者から依頼を受けてメメントスに潜ってターゲットを『改心』させたり、宿題に精を出したり、怪盗団の仲間と交流してみたりした。

 怪盗団の面々と交流、と言っても、普段から顔を合わせているから今更かもしれない。だが、日がな一日中“休み”であるが故に、やり取りが普段よりも濃密になることは当然のことだった。

 

 例えば――

 

 

『助けてくれ吾郎! もやしを買う金もなければ、近所に生えていた食べられる雑草すら取り尽してしまったんだ!!』

 

『はぁ!? お前、何をどうすればそんなことになるんだよ!?』

 

『俺が順平さんとチドリさんに贈るための絵を描き始めたのは知ってるだろう? その絵に、どうしても使いたかった珍しい画材が入荷していたから、つい……』

 

 

 収入に見合わない買い物をして金欠に陥った祐介が、今にも死にそうな顔をして僕の家に駆け込んできた。要するに、食事をたかりに来たのである。

 祐介は何かある度に、僕の家を訪ねてくるようになった。以前奴を家に泊めたとき、至さんが振る舞った和食をいたく気に入ったためだろう。

 至さんは祐介が夕食を食べに来ても文句は言わない。むしろ、『吾郎の友達がやって来たから、美味しいご飯でおもてなししよう!』と張り切るタイプだった。

 

 でも、夏休みに突入して以後、その頻度が無駄に増えたように感じる。1週間に1回くらいだったらギリギリ許容できるかもしれないが、数日に1回となると流石に我が家のエンゲル係数が飛躍的に上昇してしまう。いくら至さんや航さんが高給取りとはいえど、保護者に負担を強いるわけにはいかない。

 僕も一応、探偵業とメディア出演等のギャラはある。ただ、できれば『“いざというとき(一例:黎や保護者への贈り物)”のために備えておきたい』というのが僕の本音だ。黎や空本兄弟のために金を使うのは惜しくはないが、祐介のために使えるかと問われると、『優先順位は低い』と言わざるを得なかった。

 

 僕が渋っているのを確認した祐介は、『そうか……ダメか……』と、沈痛そうな面持ちで俯いた。――そうやって、絶妙に、罪悪感を煽るのはやめてほしい。

 

 

『ならば、黎にカレーを作ってもらおう。実験台を募集してると言っていたし――』

 

『――分かった。今日は僕が奢る』

 

 

 奴が黎の名前を出した瞬間、僕は反射的にそう口走っていた。途端に救世主を目の当たりにした村人みたいな顔をして、祐介が表情を輝かせる。なるべくコイツを黎に近づけたくなかった。

 せめてもの嫌がらせとして有名なパンケーキ店に連れて行ったが、『和食が一番だが、食べられれば何でもいい』という思考回路の祐介にはご褒美でしかなかったことが悔しいところだ。本当に。

 

 他にも――

 

 

『吾郎! グラビアパーティやろうぜ!』

 

『みんなでコレクションを見せ合いっこしましょう!』

 

『鷹司くんの誕生日プレゼント選ばなきゃいけないから俺帰るわ』

 

『『いやいやいやいや!!』』

 

 

 いつぞやの“メイドルッキングパーティ”を彷彿とさせるようなやり取りを思い出しながら、俺は竜司と三島に背を向けた。緊急案件と銘打たれて呼び出されたのにこの有様では、呼び出しに応じた意味がない。鷹司くんの誕生日プレゼントを引き合いに出したが、正直、本当は既に準備済みなのだ。

 

 しかし、結局俺は奴らに引きずられて、前回の“メイドルッキングパーティ”会場に連れてこられた。

 2人が嬉々として秘蔵のコレクションを披露する中、俺はもう帰りたくて帰りたくてしょうがなかったのだ。

 

 

『正直、恋人がいるのに赤の他人をオカズにしなきゃいけない理由がよく分からない』

 

『あーくそ、余裕ですね! 吾郎先輩、恋人持ちだからって偉そうに!』

 

『本当に歪みねえな! けど俺たち、童貞仲間じゃ――……って、ハッ!? まさか吾郎、裏切り者なのか!? 非童貞なのか!?』

 

『ええッ!? もう既に初体験経験済み!? どどど、どんな感じなんですかッ!?』

 

『喧しいわァ! 清く正しいおつき合い舐めんなよ!!』

 

 

 童貞だの初体験だのと騒ぎ始めた三島と竜司を、奴らが持って来たグラビアポスターを丸めた筒で勢いよくはたく。

 苦悶の声を上げた2人は、悶絶しながらも意外そうな顔で俺を見上げていた。……そんなにおかしいか。

 2人の様に、能天気に夢を見ていられるような性格だったら、大人の階段をもっと楽に登れたのかもしれない。

 

 『吾郎には男の浪漫が分からない』とブーイングをしてきた竜司と三島だけれど、恋人持ちのくせに赤の他人をオカズにするというのは不誠実ではないだろうか。

 実際、俺はその“不誠実な男の身勝手”によって生まれ落ちた命である。――だから、だろう。女を食い物にする男にはどうしても嫌悪感を抱くし、逆も然りだ。

 

 他者への嫌悪だけだったらまだマシだったのかもしれない。俺の場合は、“自分が奴らと同じものに成り下がるのではないかという恐怖”や“自分自身に対する嫌悪”としても纏わりついているため、先に進むためには人一倍の覚悟――主に精神方面――が必要なのだ。何で俺の人生こんなにハードモードなんだろう。好きな人と普通に触れ合いたいだけなのに。

 

 

『鴨志田や俺の母を捨てたクソ野郎と同じ轍を踏むくらいなら、今すぐ“黎に冤罪を着せた黒幕”と一緒に心中する』

 

『うわあああ!? 吾郎先輩が壊れたぁぁぁ!!』

 

『やめろォ! そんなことしたら黎が泣くぞ、考え直せ! 俺たちが悪かったから!!』

 

 

 そこから30分ほど記憶が曖昧なのだが、俺を諌めていた竜司と三島曰く『目が死んでたけど本気(マジ)だった。あんな悲壮感溢れる目を見たのは初めてだった』と、げっそりした顔で呟いていた。竜司と三島は俺に深々と謝ってくれたけど、俺も謝り返した。

 結局グラビアパーティは俺の不調(?)によってお開きとなり、代わりに3人で街に繰り出した。お礼とお詫びに何か奢ると提案したら、竜司が『至さんのご飯が食べたい』と主張し三島が乗っかったため、その日我が家の夕食にはフレンチフルコースがお目見えした。至さんは凄い。

 

 因みに、竜司は鷹司くんのプレゼントに水筒を購入したそうだ。しかもその水筒、魔法瓶メーカーが開発した保温と保冷性に優れた逸品である。

 体を鍛えるついでに短期アルバイト(肉体労働系)にも挑戦したようで、『それなりに筋肉がついたかもしれない』と嬉しそうに主張していた。

 鷹司くんは兄貴分のプレゼントを大いに喜んだ。玲司さんからは運動靴を貰い、織江さんからはケーキを作ってもらったそうだ。

 

 僕が贈ったのは遊園地の家族用フリーパスだ。無期限で、玲司さんが『近々休みを取る』と言っていたことも加味した結果である。物を貰うことも嬉しいけれど、僕の場合、大事な人と一緒に過ごす時間はかけがえのないものだと思っている。だから、城戸一家の家族団欒を彩れたらいいと考えて選んだのだ。

 

 互いが何を思ってプレゼントを選んだのかを話した結果、竜司が『吾郎はモノより思い出派なんだな……』と目から鱗をされたのにはちょっと笑った。

 竜司の場合、『スポーツをする際の利便性――主に水分補給に関してのことを考えて水筒を選んだ』らしい。鷹司くんは運動――特に走るのが大好きだから、お誂え向きだとは思う。

 

 それから――

 

 

『この前、達哉さんからバイクツーリングに誘われたから出かけてきたの。あの人、バイク乗りだけじゃなく、バイクチューニングの才能も凄いのね』

 

 

 真はこの夏休みの間に、珠閒瑠市や巌戸台、八十稲羽に足を運んで警察官組と交流を続けていた。東京から近い順に街を並べると、最寄りが巌戸台、珠閒瑠市、御影町、一番遠いのが八十稲羽の順になる。

 ペルソナ使いの先輩であり現職警察官である周防兄弟や真田さん、ペルソナ使いの先輩にして同じ警察志望者である千枝さんだけでなく、最近は黎とも交流をしていた。彼女たちとの交流を得て、真も色々思うところがあるらしい。

 

 嘗て、共に駆け抜けた先輩が褒められているというのはとても嬉しいことだ。俺は真の感嘆に頷き返す。

 

 

『達哉さん、『自分でバイクをチューニングしたい』って理由で整備士の免許取ったんだよ。それも、一流の整備士として充分食べて行ける程の才能と腕前の持ち主だ』

 

『私も気になって訊いてみたの。『それ程までの腕を持ちながら、どうして整備士にならなかったんですか?』って。……そうしたら、『父さんと同じ刑事になりたかったから』って教えてくれたのよ』

 

 

 周防兄弟の父親の話は、珠閒瑠市の戦いで耳にしている。須藤竜也が起こした放火事件を追っていた周防兄弟の父は、須藤竜蔵の圧力と同僚の裏切りによって汚職事件をでっちあげられ職を追われてしまう。本来なら反抗することもできたのだが、家族の命を盾に取られて辞めざるを得なかった。

 元々は菓子職人を夢見ていた克哉さんは父親の無実を晴らすために警察官となった。達哉さんは克哉さんと折り合いがつかなくなってグレてしまい、七姉妹学園高校随一の不良になってしまう。その後、彼に“滅びの世界からやって来た”達哉さんが憑依し、彼の身体は珠閒瑠市を駆け抜けることとなる。

 あの戦いのことを、達哉さんはよく覚えていない。同一人物と言えど、赤の他人に体を操作されていた状態なのだから仕方がないだろう。だが、あの旅路で得た答えはきちんと残っていたらしく、彼は突然真面目に勉強を始めて公務員試験を突破し、兄と同じ警察官――刑事になった。

 

 真の父親も刑事で、数年前に亡くなっている。彼女もまた、父親と同じ警察官を目指している人間だ。故に、共感できる部分があるのだろう。

 他にも、弟妹繋がりという共通点もあるからか、自分の姉兄のことで盛り上がったらしい。……大半が愚痴だらけだったのだが。

 

 

『克哉さん、今でも“達哉貯金”なるものをやっているみたい。自分が成人した後も、結婚した後も、ずーっと続けているみたいだから困ってるって』

 

『周防刑事、まだあの貯金続けてたんだ……』

 

 

 克哉さんは筋金入りのブラコンだった――そこまで考えて、僕はふと、思ったことを口に出す。

 

 

『冴さんと周防刑事、絶対似たようなタイプだよね』

 

『吾郎?』

 

『“真貯金”――』

 

『待って! 本当にやめて! 今、“吾郎が思い浮かべた新島冴(お姉ちゃん)像”を口に出されたら耐えられない!!』

 

 

 克哉さんと冴さんがビシガシグッグと拳や手を突き合わせ、親指を立てて笑い合う図が脳裏に浮かんで離れない。僕がそんな光景を思い浮かべていることを察して、真が顔を真っ赤にしておろおろと狼狽える。

 最も、僕が頭の中で思い浮かべた光景が現実になるためには、冴さんの精神暴走状態を解かなければならないだろう。近々、獅童の『駒』の手に墜ちた冴さんをどうにかする算段も立てなくてはなるまい。

 

 更に――

 

 

『ねえ、吾郎。航さんっていつも()()なの?』

 

『何が?』

 

『麻希さんと英理子さんのこと』

 

 

 杏がげんなりした表情でため息をついた。彼女が言いたいことを何となく察した俺も天を仰ぐ。

 

 航さんは未だに、あの2人と三角関係状態になっているらしい。学生時代からずっと変わらない、絶妙な関係――主に、航さんが園村さんや桐島さんの好意を完全スルーしている――を、杏は目の当たりにしてきたのだろう。朴念仁のくせに女を口説くのは無意識なところが、航さんの悪いところだ。

 聖エルミン学園高校を卒業後、桐島さんはモデル、園村さんはセラピストの道へと進んだ。桐島さんはポニーテールの髪をバッサリと切り、ショートボブの髪型に変えている。恋愛絡みだろうと言われているが、本人がノーコメントなので、僕の方からも不用意な発言は控えるとしよう。閑話休題。

 桐島さんも園村さんも、学生時代から今に至るまで、航さんへの想いを告白していない。……いや、告白はしているんだけれど、至さんがそれを“異性からの愛の告白”と認識していないのだ。彼女たちの発言やアピールは、すべて『Love』ではなく『Like』に変換される。

 

 長い間朴念仁に振り回されている彼女たちが諦められないのは、航さんが無意識に餌をやっている――脈ありらしき言動をする――ためだ。

 魚を釣る気がないのに定期的に餌をばら撒いているため、魚の方から集われるような男――それが、空本航である。

 

 

『桐島さんと一緒の撮影現場で、園村さんと航さんがブッキングでもしたんだね?』

 

『至さんもいた』

 

『ああ……』

 

 

 桐島さんと園村さんに肩を掴まれ、『自分の味方になれ(要約)』と脅されている至さんの姿がハッキリと浮かんできて、俺は目頭を押さえながら首を振った。

 航さんが巻き起こす恋愛関連の問題は、いつも至さんが尻拭いをする羽目になる。フィレモンの化身として理不尽な目に合っているのに、もうこれ以上酷い目にあわないでほしい。

 ……多分、俺の願いも簡単に無視されてしまうのだろう。『神』の類はそういうモンだ。ペルソナ使いとしての実力を磨いたら、いつかフィレモンを殴りに行きたい。

 

 

『なんか、黎の親戚って、魔性が多そうなイメージがあるんだけど』

 

『……どうして、そう思った?』

 

『“他者の懐に入るのがうまい”っていうか、“人の心にきちんと寄り添ってくれる”っていうか……見守ってくれる感じがする』

 

『――“この人は絶対、自分を見捨てないで助けてくれる”?』

 

『そう、それ! だからみんな、“この人について行こう”って、“この人のために頑張りたい”って思うんだよ。それが、いつの間にか恋愛に発展していくこともあるのかもね』

 

 

 俺の指摘に対し、杏は納得したように手を叩いた。俺も否定することなく頷く。

 

 実際、黎の親戚――至さんと航さん、舞耶さん、命さん、真実さんには人を引っ張る、あるいは人を惹きつける不思議な魅力があった。気が付くと、チームの求心力になっていたことも1度や2度ではない。彼や彼女たちが中心となってペルソナ使いたちをまとめ上げ、様々な怪異を解決してきたのだ。

 確かに『神』の作為があったといえども、世界を救った人々を指揮していた才能と実力は本人のものである。有栖川黎という少女もまた、空本至、空本航、周防舞耶(旧姓:天野舞耶)、荒垣命(旧姓:香月命)、出雲真実の想いを受け継いで、ここに立っているのだ。その強さと在り方は、いつ見ても眩しい。

 

 彼や彼女に惹かれている人間は沢山いる。支えられた人間も、救われた人間も、想いを寄せる人間も沢山いた。コミュニティは多種多様に渡っている。

 きっと、黎に想いを寄せる人間はどこかにいるのだろう。黎の協力者の中にだって、黎に想いを寄せたり、救われたり、黎を慕ったりしている人物がいるのかもしれない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と思ったことは何度かあった。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()とも。

 

 ――それくらい、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

『吾郎は凄いよね。誰もが惹かれる、我らがリーダーの心を射止めたんだもん』

 

『杏……』

 

『だから絶対、黎を悲しませるような真似しないで。――あの子を泣かせたら、絶対承知しないから』

 

『――分かった。肝に銘じておく』

 

 

 黎のことを大切に思っているという意味では、俺と杏は同志だ。

 握り拳を軽く打ち合いながら、俺は俺自身に誓いを立てた。

 

 

 ――そうして、来る8月21日。“メジエド”のXデー当日がやって来た。

 

 

「ねえ、〇〇銀行のATM止まったらしいわよ」

 

「日本の株価が下落し始めてるんだって」

 

「怪盗団、全然反応してないよ?」

 

「やっぱり、怪盗団にはサイバーテロ集団なんて止められなかったのか……」

 

「なんで怪盗団のせいで私たちが被害を受けなきゃいけないのよ!」

 

「明智くんの言う通りだったね。やっぱり、明智くんが正義だったんだよ」

 

 

 人々は好き勝手に噂を繰り広げている。特に、ついさっき僕とすれ違った女子高生は僕を讃えている様子だった。僕自身の立場が立場なので、彼女の言葉が滑稽に思えた。

 件の女子高生――名探偵・明智吾郎のファンを自負する連中も、好き勝手に噂を繰り広げる民衆たちも、誰1人として“僕が怪盗団のメンバーである”ことに気づいていない。

 それに、『銀行のATMが止まった』というのはガセだし、日本の株価が急落したのは“メジエド”の影響を恐れた資本家たちがバタバタしていたのが原因だろう。

 

 民衆はみな、自分で自分の不安を煽っているのだ。その不安を他者に伝染させることで、更に自分たちを不安に追い込んでいる。齎された情報が真実か否かを調べようともせずに、だ。堂々巡りと言う言葉がぴったりである。

 獅童が常々語る“愚かな民衆たち”という言葉がすとんと落ちてきて――それを、躊躇うことも違和感を抱くこともなく、すんなりと受け取ってしまった己自身に寒気を覚えた。自分の中に流れる血筋が悍ましいものなのだと再確認させられた。

 

 僕がそんなことを考えていたとき、花屋が目に入った。白い花を見て、僕は思い出す。

 

 

(そういえば、今日は一色さんの命日だっけ)

 

 

 航さんが研究から帰ってきてすぐ、徹夜明けでズタボロの身体を引きずってどこかへ出かけてしまっていたことを思い出す。最近は夏休みであるという前提の元、テレビ出演や取材の依頼、“メジエド”の件でバタバタしていたから、日付の感覚がおかしくなっていたのである。

 警察や検察庁も“メジエド”のテロを警戒していた。一介の高校生探偵であり、サイバー犯罪の知識は専門職以下である僕になど、お鉢は回ってこない。精々テレビや取材でのコメンテーターくらいしかできることはないだろう。今日の仕事は、そっちが中心であった。

 

 テレビ番組収録が終わり、僕はトイレに駆け込んだ。

 個室に立てこもるような形でSNSをチェックする。

 見ると、黎からメッセージが入っていた。

 

 

“双葉さんが意識を取り戻した”

 

“彼女は約束通り、“メジエド”を何とかしてくれるらしい”

 

“丁度そのタイミングで、風花さんも合流した”

 

“A時B分:ハッキング&クラッキング開始”

 

“C時D分:継続中”

 

“E時F分:継続中”

 

“G時H分:継続中。暇なので、双葉さんの部屋掃除を開始”

 

“I時J分:継続中。双葉さんの部屋掃除完了”

 

“K時N分:継続中。暇なので、アレンジコーヒーを作る”

 

 

 ずらりと並んだSNSのメッセージに、僕は目を丸くした。現在時刻はK時N分の15分過ぎ――もうすぐ夜の時間帯。僕が今出演していたニュースは生放送である。

 

 “メジエド”関連の生放送番組で僕が出演する番組は、先程のニュースで最後であった。今から駅に向かって電車に飛び乗り、自宅ではなく四軒茶屋に向かえば、黎と顔を合わせることができるかもしれない。

 そうと決まれば迷う理由はなくなった。僕は大急ぎで四軒茶屋に向かう。四軒茶屋に到着したのと、僕のスマホがSNSの着信を告げたのはほぼ同時。メッセージの送り主は黎で、内容は簡潔に一言――“ハッキング終了。“メジエド”討伐完了”とだけ。

 

 今までのメッセージを総合すると、『双葉が風花さんと組んで“メジエド”を退治した』ということになる。具体的に何をしたかを訪ねようとしたとき、更にメッセージが届いた。

 “双葉さんが再び眠ってしまったため、詳細を聞き出すこと叶わず。今日はルブランに帰還する”――僕の目的地は、佐倉家ではなくルブランに変更となった。

 現在時刻はルブラン閉店15分前。走ればぎりぎり駆け込める時間帯だろうが、一応、佐倉さんに連絡を取ってみることにする。程なくして、不愛想な返事が返って来た。

 

 

『お前さん、何の用だ』

 

「今からルブランに向かいます。そこで黎が来るまで待ちたいんですけど、大丈夫ですか?」

 

『構わんぞ。……そんな声で懇願してくるお前さんを追い返したと知れたら、アイツに恨まれるだろうからな』

 

 

 佐倉さんは呆れたような声でそう答えた。店主の許可を得たので、僕は礼を言って電話を切った。勢いそのまま駆け抜けて、ルブランの扉をくぐる。閉店3分前の駆け込み客――もとい、僕を見た佐倉さんは、特に文句を言うことなく店じまいの支度を整えていた。

 

 僕はカウンター席に座って時間を潰す。佐倉さんはカレーの仕込みを始めたようだ。程なくして黎が帰ってくる。彼女は僕を見て目を丸くしたが、嬉しそうに目を細めた。

 そんな僕らを見て、佐倉さんは何を思ったのだろう。「節度は保てよ」とだけ言い残し、煤けた顔をして去ってしまった。……どうやら、僕は釘を刺されたらしい。

 

 

「……そんなこと、注意されなくてもな。“悪い子”になる勇気なんてないのに」

 

 

 俺は自嘲する。俺にとって、有栖川黎は大切な女性(ひと)だ。そんな人を傷つけるような真似はしたくないし、実父と同じ轍は踏みたくない。

 奴と――獅童正義と同じ轍を踏むくらいなら、奴と一緒に心中した方がまだ有意義である。……黎に言ったら怒られそうなので言わないが。

 苦笑を浮かべる俺を見た黎は、どこか寂しそうに俯いた。けど、彼女はすぐ静かな面持ちで目を細める。俺の弱さを受け入れてくれたかのように。

 

 

「ねえ、吾郎。ココア飲んでく? この時間帯にコーヒーだと眠れなくなりそうだから」

 

「――うん。貰うよ」

 

 

 些細なやり取りに幸せを嚙みしめる。一緒にいられることに幸せを噛みしめる。

 どんな壁や困難も、彼女と手を取り合って立ち向かえることに幸せを噛みしめる。

 

 ――いつか、いつの日か、今以上に強固な繋がりを結ぶ日が来たらいい。……俺は、ひっそりとそんなことを思うのだ。

 

 

◇◇◇

 

 

 メジエドXデーを越えた8月22日。

 

 

「メジエドのHPが、何者かのハッキングを受けたらしい」

 

「ホームページには怪盗団のマークが表示され、日本人男性の個人情報が掲載されていたそうだ」

 

 

 検察庁は大騒ぎだった。勿論、僕も冴さんから呼び出しを受けた。

 冴さんはギリギリと歯を食いしばりながら、悔しさを口にする。

 

 

「どいつもこいつも私たちを無能呼ばわりし、民衆は怪盗団を義賊と讃える……! ああもう、どうしてうまくいかないのよ!?」

 

「……冴さん、一端落ち着いてください。でなきゃ、まともな議論もできませんよ」

 

 

 怒り狂う冴さんにコーヒーを渡すと、冴さんは少しだけ落ち着いたようだ。「ありがとう」と礼を述べ、渋い顔つきのままコーヒーを啜る。

 とりあえず、僕は『佐倉惣治郎には、被保護者である佐倉双葉に対する虐待の痕跡は一切なし(だから諦めてください)』という結果を記した書類を手渡す。

 

 

「……そうよね。あのマスターが、虐待なんてするわけがないわ」

 

「冴さん……?」

 

「幾ら情報が欲しいからと言っても、アレはやりすぎだわ。『違法捜査である』と検察庁宛にクレームが来てもおかしくない……」

 

 

 冴さんは僕の予想と反して、すんなり結果を受け入れていた。それだけではない。「切羽詰っているといえ、私は何をしているのかしら」と言って、自己嫌悪に陥っている。

 ……それもそうか。対象者を常に怒り狂わせていたら、流石に周囲の人々も違和感を抱くだろう。智明もそれを理解して、適度に人の精神を弄り回しているのかもしれない。

 その結果が、今の冴さん――自分の暴走に自己嫌悪する姿なのだろう。自分が迷走していることを自覚したが故に、彼女の心は余計に追い詰められているようだ。

 

 

(悪質なやり方だ)

 

 

 獅童智明の顔を思い浮かべる。()()()()()()()()()が、奴は涼しい顔をして笑っていた。

 自分を追いつめる存在を逆に利用し、追い詰めていく……なんて卑劣なやり方だ。僕は心の中で舌打ちする。

 

 ――ふと、僕の脳裏に思いついた単語があった。

 

 現在の冴さんは、比較的、正気に近い状態下にある。なら、もしかしたら。

 僕のイメージする周防刑事が、ワクワクした様子でこっちを見ている。

 

 

「“真貯金”」

 

 

 ――次の瞬間、冴さんが凄まじい勢いで首を動かした。

 

 真と同じ色彩の瞳が、「何故(赤の他人である)明智くんが知ってるの!?」と言いたげにこちらを映し出している。

 途端に、僕のイメージする周防刑事が拍手喝采した。彼は「分かる。分かるぞ新島検事!!」とうんうん頷く。

 

 

「…………明智くん」

 

「知り合いの人に、弟の名義で給料の一部を貯金している人がいるんです。この前まこ――新島さんと話したとき、丁度その人の話題になって。『冴さんも“真貯金”をやってそう』だなって盛り上がったんですよ。……まさか本当にやってるとは思いませんでしたけど」

 

 

 冴さんは目を丸くした。「その人とは分かり合えそうな気がするわ」と語った冴さんは、とても穏やかな表情を浮かべる。そんな横顔を見たのは久しぶりだった。

 獅童智明の介入を断ち切れば、冴さんも本来の気質を取り戻すだろう。だが、問題は、“冴さんのシャドウがどこにいるか”という点だ。

 大衆の牢獄メメントスか、僕らが『改心』させてきた大物――獅童関係者と同じパレスか。それだけで、冴さんを助け出す段取りは変わってくる。

 

 前者であれば、メメントスで冴さんのシャドウを探し出し、シャドウを撃破することで解放することができるだろう。しかし、後者になると難易度が上がる。冴さんのパレスの場所とキーワードを割り出さなくてはならないからだ。

 

 仕事が終わったら、スマホで冴さんの名前を入力してみようかと考えていたときだった。

 獅童から受け取った仕事用のスマホに着信が入る。僕は内心舌打ちしながら、冴さんに断りを入れて電話に出た。

 

 

「はい、もしもし」

 

『仕事だ。智明が、若者向けの怪盗団関連特番に出る。生放送だ。お前も来い』

 

「……分かりました」

 

 

 “怪盗団がメジエドを黙らせた”という大ニュースを、メディアが放置しておくはずがない。各局が怪盗団特集を始めるのも、怪盗団のライバルとして表舞台に立つ僕がメディアに吊るしあげられるのは当然のことだった。

 明智吾郎という高校生探偵は“怪盗団を敵対視する智明のシンパ”だ。おそらく、僕は智明共々、各方面から激しいバッシングを受けることだろう。僕が言うのも何だが、民衆の心は非常に流されやすい。

 

 実際、ネットではかなり大騒ぎになっている。怪盗団の信者たちがお祭りの様に書き込みを続けていた。同時に、僕に対するアンチも大量発生している。

 人から敵意や悪意を向けられることには慣れていた。母が亡くなり、僕を誰が引き取るかでモメていた親戚たちから向けられたものと変わらない。

 街の外に出るだけでも、悪口や影口を叩かれることだろう。贈り物というお題目で、変なもの(一例:カミソリレター)が贈られてくる可能性もある。

 

 

(――さて、『白い烏』の腕の見せ所だ)

 

 

 俺は自分自身に言い聞かせながら、大きく深呼吸した。

 

 

***

 

 

『怪盗団がメジエドを潰したのか、怪盗団のシンパが潰したのかは、俺にとっては正直どうでもいいんです。どちらも犯罪者集団であることには変わりませんから』

 

『一番の問題は、奴らが好き放題しているのを野放しにしている警察機構や日本政府の対応ですよ。国民は不安で震えていたというのに』

 

『明智くんはどう思いますか? “警察や検察庁に出入りしているキミですら、怪盗団の動きに気づけなかった”ということに関して、意見が聞きたいのですが』

 

 

 若者向けの生放送討論番組で、怪盗団VS“メジエド”事件の顛末に関する発言を求められた獅童智明の内容だ。奴は別番組で獅童が主張していたことをそっくりそのままリピートし、僕に投げかけてきたのである。

 討論番組が始まる前に『暫くキミに苦労を掛けることになるが、俺に力を貸してほしい』と声をかけられたのだが、奴の発言を聞いて理解した。警察や検察庁を出入りしている僕を、上手い具合にスケープゴートにするつもりなのだ。

 奴は怪盗団反対派の急先鋒である態度を貫きつつ、責任の所在を警察や内閣に求めることで、民衆の興味関心をスライドさせている。10代後半から20代前半の若者で構成されたコメンテーターは“警察や検察および僕への批判”という点に関しては、面白いくらい智明に同調した。

 

 怪盗団支持派の面々は、現代社会に強い不満を持っている人々だ。警察や法律、政府が悪を野放しにしていることに対し、憤りを感じている。

 だから、それらが手を出せない/野放しにしている悪党を次々と『改心』させていった怪盗団を“現代の義賊”と称賛しているのだ。

 

 そんな人々に対して“今の政府は腐ってる。根本的に改革しなければならない”と持ち掛ければ、同調するのは当然だ。

 

 怪盗団反対派にして警察や検察側と関わりが深い“正義の探偵・明智吾郎”の仮面を被りながら、俺は冷静に考えていた。「獅童正義が俺に利用価値を見出したのは、こうやって俺を“使い捨てるため”だったのだ」と。

 獅童正義が最低な大人だということは、随分昔から分かっていた。頭ではきちんと理解していた。けど、心のどこかではずっと、父に必要だと言って欲しかった。認めてほしかった。褒めて欲しかったのだ。――獅童智明と同じように。

 

 

「お疲れさまでした、智明さん」

 

「お疲れさま、明智くん。……今日はすまないね。あんな役回りをさせてしまって」

 

「構いませんよ。これも、獅童先生による世直しのためですから」

 

 

 罰が悪そうにする智明であるが、やはり僕は奴の顔を()()()()()()ままだ。僕は“正義の探偵・明智吾郎”の仮面を被りながら微笑んでみせた。

 

 本当は、僕に対する罪悪感など微塵も抱いていないくせに。嘗て母をゴミ同然に切り捨てたように、僕のことも“智明の身代わり”として切り捨てるつもりのくせに。

 獅童智明に向けられるはずの悪意を受け止めるスケープゴート――それが、明智吾郎に与えられた価値。獅童正義が、俺という人間に見出した役割だった。

 

 

(……畜生……ッ!!)

 

 

 血の繋がった親に愛されたい――そう願うことの何が悪いのだろう。黎だって、竜司だって、杏だって、ちゃんと親から愛されているじゃないか。

 血の繋がった親から愛された証拠が欲しい――そう願うことの何が悪いのだろう。祐介だって、双葉だって、愛されていた証があるじゃないか。

 血の繋がった家族から愛されたい――そう願うことの何が悪いのだろう。真だって、ちゃんと家族から愛されているじゃないか。

 

 鞄を握る手に力を込めて、やるせない気持ちをやり過ごす。頭では誰よりも獅童の思考回路を熟知しているのに、「もしかしたら」なんて無意味な期待を抱く自分の馬鹿さ加減に反吐が出る。決して手に入らないものを見て駄々をこねるガキみたいな自分もまた、頭の中がお花畑になっていそうで腹立たしい。

 僕の気持ちなど知ってか知らずか、智明は迎えに来た神取と一緒に車に乗り込んで去っていった。神取は私設議員秘書だけでなく、運転手も兼ねているらしい。元セベクのCEOがそんな有様になっていることに、僕は一抹の寂しさを感じていた。神取も、死後に運転手としてこき使われる羽目になるとは思わなかっただろう。

 

 

「明智くん。キミ宛に手紙が来てるよ」

 

「ああ、ありがとうございます」

 

 

 関係者から、ファンレターと銘打たれた手紙が入っている紙袋を手渡された。それを受け取り、僕はテレビ局の外に出る。

 多くの人々がごった返す雑踏を歩いていると、四方八方からひそひそ話が聞こえてきた。

 

 

「明智っているじゃん? あのウルサイ奴……」

 

「さっきの生討論番組でも出てきたな……」

 

「イチャモンばっかりつけてるよね……」

 

「怪盗団が悪党とか、そんな訳ないじゃん!」

 

「必死過ぎてダサくない?」

 

 

 精神を抉りに来る発言だ。それでも、僕は耳を傍立てる。冷静に、冷静に。――人々の噂話に違和感を覚えたためだ。

 

 怪盗団否定派としてメディアに取り沙汰されていたのは、獅童智明と明智吾郎の2人である。それにも関わらず、人々から派手にバッシングされているのは()()()()()()1()()である。怪盗団が正義であると信じる人々にとって、獅童智明もまた、アンチ対象であるはずだ。

 しかし、いくら耳を傍立てて精神をすり減らしても、怪盗団信者による獅童智明アンチは()()()()()()()()()()。奴は何度もメディアに顔を出しているのにだ。――流石にこれは不自然である。人心掌握術やコネ等に長けた獅童が手を回したにしても、智明だけ無事でいられるはずがない。

 以前、智明を見た至さんが言っていたことを思い出す。『智明もまた、『神』――十中八九悪神の方――の関係者である』と。航さんも言っていた。『ある日突然、智明の母方の家――五口家の話題が出てきた』と。……“『神』の化身が人間の中に紛れ込む”例は、至さんが証明しているではないか。

 

 “()()()()()()()()()()()()()()()、“()()()()()()()()()()()()()()()()

 人間には決してできないそれは、『神』の所業としか言いようがない。獅童たちは、そんな御業を操って立ち回っている。

 

 

(獅童智明の顔を()()()()()()ことこそが、“奴が『神』の関係者であることの証明”だったとして、だ。智明には一体、何の役目が与えられたんだ……?)

 

 

 認知世界に干渉できる人間は、怪盗団を除くと3択に分かれる。

 1つ目は嘗て『神』に打ち勝ったペルソナ使い。

 2つ目は僕らがまだ見ぬペルソナ使い、もしくはペルソナ使いの適合者。

 3つ目は『神』によって生み出された化身たち。

 

 僕は獅童智明を2つ目のタイプだと認識していた。でも、もし、奴の正体が3番目であるならば――ある意味で、“獅童は『神』から力を得た”と言っても間違いじゃない。

 

 

(獅童の背後に『神』が潜んでいるのは明らかだ。……十中八九ロクな理由じゃないことは明らかだが、『神』は獅童に――あるいは怪盗団に、一体何をさせたいんだ?)

 

 

 僕がそんなことを考えていたとき、僕のスマホが鳴り響いた。SNSを確認する。怪盗団のグループチャットからだ。

 “双葉が怪盗団に参加することが決まったが、本人の人見知りが激しく、意思疎通がなかなかうまくいかない”とのこと。

 仲間たちで協議した結果、『日替わりで怪盗団メンバーとの交流を図る』ことにしたらしい。真曰く、かなり荒療治になるそうだ。

 

 佐倉さんには『双葉に夏の思い出作りをする』と言っておいたらしい。それぞれの予定を確認し、双葉と交流を持つ日付を決めている最中だという。

 

 僕の予定を確認してみると、27日までスケジュールがびっしり埋め尽くされている。“メジエド”関連の特集番組や取材を、獅童によって突っ込まれたためだ。

 怪盗団VS“メジエド”の決着がついて1日が経過した時点で、怪盗団を悪党とみなした僕にこれ程までのアンチがつくのだ。……28日まで、僕は無事でいられるだろうか。

 

 

真:吾郎は? いつなら空いてる?

 

吾郎:27日まで予定がびっしり。番組特番や取材が入ってて、解放されるのは28日以降かな。

 

黎:今まで怪盗団を否定していた人々に対して批判が相次いでいるからね。吾郎も表向きは怪盗団否定派だから、吊し上げも兼ねているんだろう。

 

吾郎:どっちかって言うとスケープゴートかな。僕の他に怪盗団を否定してた奴がいただろう?

 

杏:確か、獅童智明だっけ? 高校生で政治家の卵って騒がれてる、獅童の息子。

 

黎:彼に向かう筈のヘイトを、すべて吾郎に押し付けるつもりでいるのか。

 

双葉:もう既に押し付けられている最中のようだ。ネットでは大炎上してるぞ。

 

祐介:釈然としないな。吾郎も俺たち怪盗団の仲間だと言うのに……。

 

真:表向きは敵対してるとはいえ、仲間があんな風に吊し上げられているのを見ると心が痛いわね。

 

竜司:俺、さっきの討論番組見たぞ。何で吾郎ばっかり責められなきゃいけないんだよ!?

 

杏:ホントよね! 見ててすっごく腹立ったもの! 鞭で調教してやりたいくらい!!

 

吾郎:竜司、杏。お前ら、絶対俺のアンチに喧嘩売ったりするなよ。絶対だからな。

 

黎:私も番組見たよ。かなり酷いこと言われてたから心配なんだ。辛そうな顔してたし。

 

吾郎:そうかな?

 

黎:そうだよ。吾郎本人は上手くごまかしたつもりかもしれないけど。

 

 

 ――悟られてる、と思った。僕は苦笑する。

 

 

吾郎:参ったな。黎は全部お見通しか。

 

黎:何年恋人やってると思ってるんだ。舐めないでほしい。

 

吾郎:不甲斐ないや。もうちょっと頑張れると思ったんだけど。

 

黎:辛かったら、いつでもルブランに来なよ? 話聞くし、実験台でいいなら、コーヒーやココアも淹れるから。

 

吾郎:分かった。閉店時間過ぎになるかもしれないけど、大丈夫?

 

黎:惣治郎さんに許可取っておくから。

 

吾郎:ありがとう、黎。

 

黎:至さんや航さんにも相談しなよ。きっと心配すると思うから。

 

吾郎:分かった。

 

 

杏:おふたりさん。そういうのは、個人でやってほしいかなぁ。

 

真:2人とも、怪盗団共用のチャットであることを忘れないでね。

 

双葉:(*ノωノ)ウワァァァァァァ!!

 

祐介:?

 

 

 チャットを切り上げる。先程まで打ちひしがれいた僕の心は、酷く晴れやかな気持ちだった。

 

 ()()()()()()()()()()()()――“何か”は泣き出しそうな顔をして苦笑した。俺も、“何か”の言葉に同意する。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 大丈夫。俺は大丈夫。黎がいる。みんなもいる。だから平気だ。何もかもが。――そう、信じられる。

 

 世界のすべてが敵に回っても、俺の味方で居てくれる人がいるのだ。黎もいるし、怪盗団の仲間たちもいるし、信頼できる大人たちだっている。

 だから、今度は俺だって、みんなの味方でありたい。何があってもどんなことがあっても、大切な人たちを守れるような人間でありたい。

 

 

(大事な人を守るための、『白い烏』なんだから)

 

 

 俺はまっすぐ、自宅へ向かう。

 今はとても、足取りが軽かった。

 

 

 

 

 

 ――因みに。

 

 

 

「吾郎。贈り主不明でお前宛にヤバいもんが届いてたから、保健所に届けといたぞ」

 

「……因みに聞くけど、何が来た?」

 

「モルガナと非常によく似た黒猫の死骸」

 

「クソが!!」

 

 

 この日のうちに、自宅に嫌がらせが発生したらしい。メディアや取材では住居を明かしていないはずなのに、どこから漏れたのだろう。

 至さんの話を聞いた後だと、“明智吾郎宛のファンレター”一式の入った紙袋も中々に怪しく感じる。俺は半ば戦々恐々としながらも、自室で袋の中身を確認した。

 

 中身はすべて手紙である。ありとあらゆる罵詈雑言が書き殴られているのか、それともカミソリでも仕掛けられているのか、もしくは虫の死骸でも入っているのか。

 憂鬱な気持ちを噛みしめながら、俺は1通目の手紙に手をかけた。結果、左手指がざっくりと切れて出血した。1通目からカミソリがヒットしたらしい。

 案の定、本日のリザルトは以下の通り。カミソリレター16通、呪いの呪文が書かれた手紙が8通、小さな藁人形が4つ、蝶の死骸が大量である。

 

 

「至さん、絆創膏頂戴」

 

「ノーデンス、メシアライ――」

 

「そこまでしなくていいから!」

 

 

 嫌がらせの品々は、後日きちんとお炊き上げしてもらった。尚、全部送り主不明である。

 

 




魔改造明智の夏休み、基本災難編。色々引っ張られる魔改造明智の脇で、思い出したように正気に戻った(一時的であることは明らかな)冴さん、色々なことを察した佐倉さん、他メンバーに絡む歴代ペルソナ使いたちがわいわいやってます。いつか、冴さんと周防兄も絡めてみたいです。
密偵活動も苦境に入りましたが、「みんなが傍にいてくれるので大丈夫」と踏ん張ることを決めた模様。次回で双葉パレス編が完結しますので、魔改造明智の夏休みがどうなるかを生温かく見守って頂ければ幸いですね。

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