Life Will Change   作:白鷺 葵

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【諸注意】
・各シリーズの圧倒的なネタバレ注意。最低でも5のネタバレを把握していないと意味不明になる。次鋒で2罪罰と初代。
・ペルソナオールスターズ。メインは5、設定上の贔屓は初代&2罪罰、書き手の好みはP3P。年代考察はふわっふわのざっくばらん。
・ざっくばらんなダイジェスト形式。
・オリキャラも登場する。設定上、メアリー・スーを連想させるような立ち位置にあるため注意。
 @空本(そらもと) (いたる)⇒ピアスの双子の兄で明智の保護者その1。武器はライフル、物理攻撃は銃身での殴打。詳しくは中で。
 @獅童(しどう) 智明(ともあき)⇒獅童の息子であり明智の異母兄弟だが、何かおかしい。獅童の懐刀的存在で『廃人化』専門のヒットマンと推測される。詳しくは中で。
・歴代キャラクターの救済および魔改造あり。
・一部のキャラクターの扱いが可哀想なことになっている。特に、『普遍的無意識の権化』一同や『悪神』の扱いがどん底なので注意されたし。
・アンチやヘイトの趣旨はないものの、人によってはそれを彷彿とさせる表現になる可能性あり。他にも、胸糞悪い表現があるので注意してほしい。
・ハーメルンに掲載している『運命を切り開くだけの簡単なお仕事』および『ペルソナ3異聞録-.future-』、Pixivの『2周目明智吾郎の災難』および『【一発ネタ】有栖川黎の幼馴染』の設定を下地にし、別方向へ発展させた作品である。
・ジョーカーのみ先天性TS。
 ジョーカー(TS):有栖川(ありすがわ) (れい)⇒御影町にある旧家の跡取り娘。旧家制度は形骸化しているが、地元の名士として有名。身長163cm。
・歴代主人公の名前と設定は以下の通り。達哉以外全員が親戚関係。
 ピアス:空本(そらもと) (わたる)⇒明智の保護者2で、南条コンツェルンにあるペルソナ研究部門の主任。
 罪:周防 達哉⇒珠閒瑠所の刑事。克哉とコンビを組んで活動中。ペルソナ、悪魔、シャドウ関連の事件の調査と処理を行う。舞耶の夫。
 罰:周防 舞耶⇒10代後半~20代後半の若者向け雑誌社に勤める雑誌記者。本業の傍ら、ペルソナ、悪魔、シャドウ関連の事件を追うことも。旧姓:天野舞耶。
 ハム子:荒垣(あらがき) (みこと)⇒月光館学園高校の理事長であり、シャドウワーカーの非常任職員。旧姓:香月(こうづき)(みこと)で、旦那は同校の寮母。
 番長:出雲(いずも) 真実(まさざね)⇒現役大学生で特別調査隊リーダー。恋人は八十稲羽のお天気お姉さんで、ポエムが痛々しいと評判。
・敵陣営に登場人物追加。
 @神取鷹久⇒女神異聞録ペルソナ、ペルソナ2罰に登場した敵ペルソナ使い。御影町で発生した“セベク・スキャンダル”で航たちに敗北して死亡後、珠閒瑠市で生き返り、須藤竜蔵の部下として舞耶たちと敵対するが敗北。崩壊する海底洞窟に残り、死亡した。ニャラルトホテプの『駒』として魅入られているため眼球がない。この作品では獅童正義および獅童智明陣営として参戦。
・「2罰ボスの外見を見た人間の反応」に関するねつ造設定がある。
・普遍的無意識とP5ラスボスの間にねつ造設定がある。
・オリジナル展開がある。


デンジャラスなピラミッド探検記

 佐倉双葉には、チャットでよく合う友達がいる。1人は桐条財閥関連企業で働いているというHN“(かぜ)ちゃん”、もう1人はつい最近独立したばかりのセラピストであるHN“MAIAKI”だ。前者はPCカスタマイズという共通の趣味が合って仲良くなり、後者は“風ちゃん”から紹介された“風ちゃん”の友達である。

 “風ちゃん”から“MAIAKI”を紹介されたときは職業的に身構えたものの、“MAIAKI”は無理に双葉を外に出そうとはしなかった。双葉の意見をきちんと聞いてくれて、『無理しなくてもいいよ。いつか、貴女が自分で立ち上がろうと思える日が来るから』と言って見守るスタンスを取ってくれた。惣治郎と同じで、そこは感謝してもしきれない。閑話休題。

 

 双葉の亡くなった母親――一色若葉は研究者だった。いつも研究が忙しくて、双葉はずっと留守番をしていたことが多かった。幾ら我儘を言って引き留めようとしても、若葉は双葉よりも研究を優先するような人だった。双葉は若葉に我儘を言って困らせてばかりだったように思う。

 そんな双葉のことを、若葉は疎ましく思っていたのだろう。双葉の我儘と自分の研究に板挟みにされた若葉は追いつめられた挙句、双葉の目の前で自殺したのだ。『双葉のせいで研究が進められなくなった』という遺書を残して。その遺書を双葉に見せてきたのは、黒服の男たちだった。

 一色家にとって、女性でありながら優秀な研究者であった若葉は、期待にして希望の星だった。“そんな若葉が死を選んだ理由が双葉だった”――それを知った親戚たちは双葉を詰った。双葉のせいで若葉が死んでしまったのだと怒りをあらわにした。『お前が若葉を殺したのだ』と。

 

 親戚から育児放棄を受けていた双葉は、母の知人である佐倉惣治郎に引き取られた。それから2年間、双葉はずっと家の部屋に引きこもったままでいる。

 

 

“貴女のせいで私は死んだの。貴女のせいよ、双葉”

 

「うぅ……」

 

 

 ずきりと頭が痛んだ。纏わりつくような女性の――母である若葉の声に、双葉は頭を抱えて身体を丸める。

 若葉が自殺して、黒服から遺書を見せられて、親戚たちから責められてから、ずっと聞こえる声だった。

 

 けど、普段よりも頭が痛くないのは――苦しくないのは、先日盗聴して知った“新事実”があるためだろう。双葉は恐る恐る頭を上げる。

 

 探偵王子の弟子として怪盗団批判を繰り広げる探偵が実は怪盗団の副将ポジで、おまけに彼の保護者が若葉と交流があった研究者だった。調べてみたところ、彼の保護者――空本航は南条コンツェルン特殊部門に常勤しており、認知訶学と親和性が高い研究部門の最前線にいるらしい。

 双葉は、若葉が亡くなる前、『信頼できる研究者仲間ができた』と語っていたことを覚えていた。亡くなる当日の朝、『双葉に会ってほしい人がいる』と言っていたことも。……そういえば、母が車に轢かれたとき、道路の向かい側で叫んでいた男性がいたか。

 その人はいの1番に若葉の元に駆け寄って声をかけながら、すぐに『救急車と警察を呼べ』と指示を出していた。近くにいた見知らぬ人々に対し、何の迷いも容赦もなく指示を出していたように思う。――双葉の記憶の中にいた男性と、南条コンツェルンから拝借した社員名簿の写真が重なった。

 

 

(……“おかあさんは、殺された”……)

 

 

 探偵王子の弟子はそう言った。“犯人は特別な手段を講じて、一色若葉を『廃人化』させて殺した”、“精神暴走による『廃人化』には実行犯と黒幕がいる”、“黒幕は獅童正義という国会議員”と。

 

 

(この人が、その証拠を握っている……)

 

 

 双葉は映し出された画像を見つめる。南条コンツェルンの社員名簿から抜き出した写真に映る男性は、にこりとも笑っていない。

 口元を真一文字に結んだ真面目面。けど、その瞳は酷く優しい。……怪盗団のリーダーにして屋根裏部屋の住人は、『彼に会ってほしい』と言っていた。

 

 

(……“怪盗団の目的は、怪盗団の副将の実父にして、怪盗団のリーダーを嵌めた張本人――獅童正義の『改心』”……)

 

 

 以前盗聴した話を思い出す。彼らの話が本当ならば、獅童正義は佐倉双葉にとって因縁深い相手だ。一色若葉の仇だ。

 

 自分の中にいる“何か”が動き出そうとしているように感じたのは何故だろう。外に出る気にはならないけれど、まだ頭の中がごちゃごちゃしているけれど、動き出すために踏み出せずにいるけれど――。

 双葉はゆっくりと深呼吸する。怪盗団から齎された情報を受け止めながら、自分に降りかかった理不尽な日々を思い返す。“その中で、何か違和感を覚えなかったか”と自問自答する。

 

 

“貴女なんて、いなければよかったのに”

 

「うぅう……!!」

 

 

 怖い。怖い怖い怖い怖い――!!

 

 大人たちに責められた日々がフラッシュバックし、双葉は身体を丸める。上手く呼吸ができない。もう無理だ、と、双葉は根を上げた。

 今までの出来事を思い出していたのは1時間にも満たないのに、身体は疲労を訴えている。怠くて仕方がない。

 そのとき、双葉のSNSに反応があった。チャットの申し込みである。申し込んできたのは“風ちゃん”と“MAIAKI”からだ。

 

 2人は双葉のことを心配しているらしく、「大丈夫か」とメッセージを送って来た。双葉は体を起こし、「調子が悪い」と返信する。

 「訳あってトラウマと向き合ってみたが無理だった」と書き込めば、セラピストである“MAIAKI”が反応した。

 

 

MAIAKI:葉っぱさんが良ければなんだけど、何があったのか話してくれないかしら?

 

葉っぱ:えっ?

 

MAIAKI:誰かに話すことで楽になることだってあるよ。もしかしたら、1人で悶々と思い出すよりも、何かに気づけるかもしれない。

 

葉っぱ:……できれば早く思い出したいことなんだ。荒療治でも構わない。応援頼む。

 

MAIAKI:分かった。でも、無理はしちゃだめだよ。

 

風ちゃん:私も、できる限りお手伝いするよ。

 

 

 寄りかかる術を得たためか、先程より気持ちが幾分か楽になったような気がする。双葉は当時の日々に思いを馳せながら、キーボードを叩いた。

 

 

◆◇◇◇

 

 

 現実世界で双葉さんと接触したが、その際に佐倉さんと鉢合わせた。佐倉さんは自宅に乗り込んできた僕らの姿を見て厳しい目をしてきたが、僕がそれとなく『提供された情報に不満を持った冴さんから、虐待の証拠を集めろと命令された。だが、正直僕は冴さんのやり口に反対している』と言えば、佐倉さんは観念したように話してくれた。

 一色さんが亡くなった後、双葉さんは親戚から『お前のせいで若葉さんが死んだ。人殺し』と詰られ、責められてきたそうだ。それだけではなく、事実上の養育放棄状態にあり、必要最低限の生命維持ができる程度の生活しかさせてもらえなかったらしい。おまけに関係者一同がそれを推奨していたと言うのだ。

 それを見かねた佐倉さんが親戚一同とやり合った末に双葉さんを引き取ったのが2年前。丁度、一色さんが亡くなって半年が経過した頃らしい。佐倉さんはずっと双葉さんを見守ってきたという。双葉さんは部屋から殆ど出てこないものの、ようやく佐倉さんとまともに会話できるようになったらしい。

 

 

『あのいけ好かない女検事に会ったら言っといてくれ。若葉の研究は、今となっちゃあ俺が持っている資料しか残っちゃいないってな』

 

 

 険しい顔をした佐倉さんと別れた僕らは、彼が家の中に入っていくのを確認してイセカイナビを起動した。

 

 双葉さんのパレスは砂漠の奥にあった。パレスとの距離が離れているのは、双葉本人が“他者に近づいてほしくない”と強く思っているためだろう。パレスに忍び込んでも、僕たちの格好は外の服ままだ。モナ曰く、『佐倉双葉が怪盗団に危機感を抱いていないため』とのことだ。

 バンに変身したモナに乗って揺られること十数分。空調のポンコツ具合に文句をぶうたれる竜司や杏のがなり立てるようなやり取りを聞きながら、僕たちはようやくパレスの入り口へと辿り着く。そこには見事なピラミッドが聳え立っていた。

 

 

「なあ、ピラミッドって墓なんだろ?」

 

「王墓だな」

 

「それが有名だけど、諸説あるわ。“死者の復活装置”とも言われたりするし」

 

 

 竜司と祐介の会話に補足を入れた真は、“死者の復活”という言葉から“悪神による神取鷹久の復活”を連想したのだろう。僕も、暑さのストレスと連想した神取の後ろ姿に辟易しながら付け加える。

 

 

「クトゥルフ神話におけるニャルラトホテプの化身にも、エジプトのファラオがいたって話だ。……そういえば、神取のペルソナもファラオモチーフだったかな」

 

「マジかよ。どんなペルソナだったんだ? 名前は?」

 

「ゴッド神取」

 

「えっ」

 

 

 竜司の問いに答えた結果、黎を除く全員が表情を引きつらせて振り返った。「本当にそんな名前なのか」と、渋い顔をした仲間たちが無言で問いかけてくる。僕は何も言わずに頷いた。黎も何も言わずに頷いた。

 神取鷹久が宿していたペルソナ――ゴッド神取は元々ニャルラトホテプが生み出した化身の1体である。神取に宿っていたニャルラトホテプが神取を乗っ取ったとき、異形と化した神取が名乗っていた名前が始まりだろう。

 “セベク・スキャンダル”の際には金ぴかの仏像の頭部に上半身裸の神取がくっついたような形だった。珠閒瑠市で再会したときに奴が使っていたペルソナも、ゴッド神取という名前のままファラオモチーフに変わっていた。最も、金色なのは頭部と上半身だけで、下半身はニャルラトホテプのままだったのだが。

 

 僕の話を聞き終えた面々はしばらく顔を見合わせた後、何事もなかったかのようにピラミッドへ向き直った。僕と黎もそれに従う。

 

 

「パレスが“墓”じゃなくなって“死者の復活装置”になりつつあるなら、希望はあるよ。現状では死を考えている双葉さんだけど、心のどこかでは『もう一度立ち直りたい』って思っているのかもしれない」

 

「願望だって『こうなりたい』という欲望の1つだ。そして、先日の一件で、双葉さんの認知は変わりつつある。……もしかしたらの段階だけどね」

 

 

 ここで語り続けるのは、暑さに体力を持っていかれる。ピラミッドの黄金比に感嘆する祐介を引っ張りながら、僕たちはピラミッド内部に足を踏み入れた。

 双葉の秘密が眠る場所――双葉の心の傷と葛藤が造り上げた世界。内部は外と違ってひんやりとしており、とても過ごしやすかった。

 

 うだるような熱さに悲鳴を上げていた面々の表情がぱっと輝く。現実世界の影響があるなら、部屋の中は冷房が効いているのだろう。冷暖房完備の部屋で1日中ゴロゴロする――人によっては、贅沢な休日だといえそうだ。それが双葉の日常なのだろうが。

 双葉に警戒されていないためか、内部に突入しても僕たちの服装は変わらない。だが、パレス内部は壁だらけで、進める場所は限られていた。文字通りの一本道、長い長い階段が僕たちの行く手を阻む。

 

 

「階段長ぇ……」

 

「敵に襲われないだけマシだろ。贅沢言うな」

 

「でも、怪盗服じゃない状態でパレスを進んでるってのは不思議な気分だ。しかも、怪盗団としての力も普通に使えるし……」

 

 

 僕は思わずつぶやいた。怪盗服じゃない状態でパレスを駆け抜けるというのは新鮮である。しかも、怪盗としての力――主に身体能力――も思う存分振るうことができるとなると、別に怪盗服じゃなくてもよいのではないかと思ってしまう。

 怪盗服のような仮面着用のスタイルなら、認知世界を行き来する他のペルソナ使いに顔や名前を発揮されにくいだろう。僕らの世代のペルソナ使いが有する特徴――“反逆の意志”は、“忍んで暴いて盗み出す”というスタイルに特化しているのかもしれない。

 モナ曰く、「階段の先からオタカラの気配がする」とのことだ。仲間たちも気合を入れて突き進む。敵が出てこないことに喜ぶ竜司、ピラミッドを間近で見てはしゃぐ祐介、ピラミッドの罠を用心する真――みんなそれぞれ、マイペースを崩さずにいる。

 

 階段の踊り場に差し掛かったときだった。

 

 白い法衣に身を包んだ少女が佇んでいる。眼鏡をかけて、夕焼け色の髪を長く伸ばした女の子。おそらく彼女が佐倉双葉さん――一色若葉さんの娘さんだろう。

 ここはパレス、心の世界。そう考えると、ここに佇む少女は佐倉双葉さんのシャドウだ。本人ではないが、本人と深く繋がっている“もう1人の双葉さん”。

 

 

「…………」

 

 

 双葉さんのシャドウは僕らを伺うように視線を向けてきた。金色の瞳がこちらを映し出す。好奇心6割、怯え4割といったところか。

 人見知り、なのだろう。しかも2年間部屋に閉じこもっていたため、その度合いはますます強くなっているのかもしれない。

 

 詰問調や脅すような調子で話しかけられたり、いきなりグイグイ来られたら警戒されてしまいそうだ。前に出ようとした該当者――竜司、杏、祐介、真を手で制し、僕は黎と顔を見合わせて頷く。そうして、一歩踏み出した。

 

 

「はじめまして、双葉さん。貴女からご依頼を受けて来た怪盗です」

 

「早速本題に入るけど、キミの宝物はどこにあるのかな?」

 

 

 あくまでも穏やかな口調を崩さず、目線を合わせて、黎と僕は双葉さんのシャドウに話しかける。彼女はぱちぱちと目を瞬かせると、伺うように見上げてきた。

 無理に答えを急かすのではなく、彼女が自分から口を開こうとするのを待ってやる――セラピストの麻希さんが患者さんと接するときに心がけている態度である。

 同時に、僕を支えて掬い上げてくれた人――有栖川黎の対応そのものだ。僕はちらりと黎に視線を向ける。黎もアイコンタクトで返してきた。

 

 人当たりの良さは職業柄鍛えている。黎のような天然ものには及ばないけど、それなりに効果があったようだ。

 双葉さんのシャドウは口を開けたり閉じたりを繰り返した後、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

 

 

「我が墓を荒らす者。何しに来た?」

 

 

 ――あれ?

 

 予想していた反応と違ったため、みんなは一気に目を丸くする。ウェルカムだと思っていたが、何やら齟齬が発生しているようだ。

 言うに事欠いて墓荒し扱いとは。困惑のせいか、口の端が若干崩れたような気がしたけれど、どうにか口の端を釣り上げてみる。

 

 

「……盗んでほしいと依頼されたのだけれど、違った?」

 

「盗れるものなら、盗ってみるがいい」

 

 

 僕の問いに対し、双葉さんはぶっきらぼうに言い放った。仏頂面で言い放つあたり、どことなく挑戦的に思える。――だが。

 

 

「……なんて。少し前の私なら、そう言ったかもしれない」

 

 

 幾何の間を置いて、双葉さんは付け加えた。墓で永遠に眠り続けることを選んだ女王は憂いの眼差しでピラミッド内部を見回す。母の死に秘められた悪意を知ってしまったが故に、女王は揺れ動いているのだろう。

 『母が死んだのはお前のせい』だと周りから責められ、自身も罪悪感を抱えて生きてきた。だが、それは謂れなき罪だった。しかも、母を手にかけた悪党は、誰にも罰せられること無くのうのうと生きている。

 本来ならば、墓場で大人しく死を待っていられるような状況じゃない。普通であれば、『母を殺した犯人を野放しにしてはおけぬ!』と奮起してもおかしくなかった。けれど、過去の傷が双葉さんの足を引っ張っているのだ。

 

 

「確かにここは私の心の世界だ。だが、私でさえ、この世界を把握できなくて困っている」

 

「把握できない? どうして……」

 

「お前たちから真実を告げられたとき、この世界は“墓”としての役割を失ったはずだった。“死者の復活装置”として、“反逆の意志”として、私は目覚めるはずだった」

 

「“反逆の意志”だって!? ってことは、オマエは“フタバのペルソナになるはずだった存在”ってコトか!?」

 

 

 モナの問いに対し、双葉さんはこっくりと頷く。そうして、彼女は「私でも察知できない“何か”によって、私の目覚めが阻害されている」と付け加えた。

 次の瞬間、パレス一帯にありとあらゆる罵詈雑言が響き渡った。双葉さんを『人殺し』と詰る声。双葉さんは頭を抱えて膝をついた。そうして、忌々し気に天井を睨む。

 

 一歩遅れて、パレス内部が大きく揺れた。罵詈雑言はぴたりと止んだが、揺れは一向に治まらない。

 

 どこからか咆哮が響いた。双葉さんは声がした方角に視線を向ける。困惑と不安が滲む横顔。小さく口が動く。僕の聴覚が正確だったなら、「おかあさん」という呟きが聞こえた。

 咆哮の主を「おかあさん」と呼んだことに違和感を覚えたとき、ようやっと揺れが止まった。双葉さんは立ち上がった後、パレスの奥に向かって歩き始めた。モナが彼女を引き留める。

 

 

「オ、オイ! フタバ、どこへ行くんだ!?」

 

「私は、私の世界を――真実を取り戻す。この世界に与えられた“本来の役割”を果たさなくてはならない」

 

 

 “死者の復活装置”――あるいは“反逆の意志”として目覚めなくてはならないのだと、双葉さんは告げた。ゆっくりと、彼女の姿が溶けるようにして消えていく。

 

 

「……あそこにいる母は、私の母ではないのだから」

 

 

 その言葉を最後に、双葉さんの姿は掻き消えた。間髪入れず、僕らの服が怪盗衣装へと変化する。今のやり取りで敵意を抱かれるとは思えないのに、何故だろう?

 

 唖然としていた僕たちだが、再び地鳴りの音が響き渡る。何ごとかと音の出所に視線を向けて――絶句した。階段の奥から大岩が転がって来たためである。

 立ち止まっていたら大岩に潰されてしまう。僕らは脇目もふらずに駆け出した。ヒイヒイ言いながら登って来た階段を、わあわあ言いながら駆け降りる。

 入り口へととんぼ返りした僕たちは、左右に分かれて通路に逃げ込む。一歩遅れて、大岩が入り口の柱を吹き飛ばしながら転がり落ちて行った。

 

 文字通りの間一髪。僕らがほっと息をついた刹那、奥へと続く扉が閉ざされてしまった。

 ……今回のパレスは、仕掛けと“他者の介入”の疑いのせいで、一筋縄ではいかないだろう。

 

 

「思ったより単純じゃなさそうだ。ちゃんと準備してから来ないか?」

 

「そうね。あんな罠がうじゃうじゃあるんじゃ、生半可な状態で突っ込むのは危険だわ」

 

 

 モナとパンサーの言葉に、僕らは頷く。

 満場一致で、僕たちは双葉さんのパレス――死者を復活させるための装置――を後にした。

 

 

***

 

 

 現在、僕たちは純喫茶ルブランで作戦会議を行うため集合していた。マスターが不在なのは自宅に帰ったからで、黎に店の鍵を預けているためである。それ程、黎は佐倉さんと打ち解けたようだ。保護司としていささか不用心すぎやしないかと思ったけれど、それが彼の信頼なのだろう。

 食欲をそそるスパイスの香りが鼻をくすぐる。同時に、格調高いコーヒーの香りもだ。程なくして、僕たちの前に出来立てのカレーと淹れたてのコーヒーがお目見えする。作ったのは、佐倉さんからコーヒーとカレーの作り方を仕込まれた黎だ。

 「実験台でいいなら。腕は保証できないよ」と黎は語るけど、そんなことはないと僕は思う。黎のカレーとコーヒーも、佐倉さんに負けず劣らず美味しいのだ。竜司と祐介がお代わりを要求し、杏と真が「美味しい」を連呼するレベルには。

 

 竜司と祐介は止まることなくカレーを貪り喰う。掃除機を連想させるような勢いだ。

 僕の食べる分が無くなりそうな気がしたので、わざと話題を振ってみた。

 

 

「八十稲羽には、人を殺せるカレーがあるんだよ」

 

「人を殺すカレー? それって、至さんが言ってた“ムドオンカレー”だっけ?」

 

「至さんから聞いている。八十稲羽にある旅館の女将や、金城の件で共闘した里中さんらが中心になって作成した劇物だとか……」

 

 

 果たして僕の予想通り、竜司と祐介が食べる手を止めた。至さんからどんな話を聞かされたのか大体予想はつくが、竜司と祐介は渋い顔をしている。僕も頷き返した。

 

 

「今でもたまに錬成されるみたいなんだよ。去年の夏休みに八十稲羽へ遊びに行ったけど、そのときも出てきたから」

 

「ああ、アレね。幽霊が断末魔の声を上げているみたいな凄い色のカレーか。吾郎が私から取り上げて一気食いし、そのまま泡吹いて倒れたときは本当に肝が冷えたよ」

 

「アレを黎に食べさせるくらいなら俺が食べる」

 

「歪みない漢気だな……」

 

 

 僕と黎の会話を聞いていた竜司が感嘆する。馴染みのない人間の場合、ムドオンカレーの話をするだけで食欲が削がれることが多い。僕は――あまり嬉しくないが――それなりに馴染みがあるので、話をした程度でカレーを食べる手を止めることはなかった。

 ムドオンカレーの話を振っておいて普通にカレーを食べ進める僕と黎を見て、仲間たちは何とも言い難そうな顔をして僕らを見ていた。ムドオンカレーを引き合いに出すことはおこがましい程に、僕の好きな人が作ったカレーは美味しい。

 

 カレーを食べ終えて一息つく。黎は立ち上がり、追加のコーヒーを淹れた。コーヒーの香りが再び漂い始め――ふと、気づく。先程淹れたコーヒーとは、香りが少し違うのだ。

 僕がカウンターの奥を覗いてみると、黎は冷蔵庫や棚を漁っている。彼女が手に取ったのは牛乳、練乳、生クリーム、ハチミツ、スパイス、チョコレート、果物やジャム等々。

 こちらの視線に気づいた黎はちょっと悪戯っぽく笑って、全員に声をかけた。……どうやらここ最近、黎は佐倉さんに内緒でアレンジコーヒーに挑戦しているらしい。

 

 

「惣治郎さんからは『勝手にブレンドしたり、余計なアレンジをするな』って厳しく言われてるから、惣治郎さんが帰った後くらいしか挑戦できなくてね。今までは自分で味見したり、モルガナに味見してもらってたりしたんだ。結構美味い具合になったから、そろそろお披露目してもいいかなって思って」

 

「コイツのアレンジコーヒーを初めて見たときは身構えたが、材料のニッチさとは比較にならないくらい美味いぞ! ワガハイ、この前飲んだマンゴーオレが好きだな!」

 

「モルガナ、お前いつの間に……!」

 

「なんでオマエが怒るんだよゴロー!? ワガハイはただ、レイから『ゴローやみんなに美味しいアレンジコーヒー飲ませたいから実験台になってくれ』って頼まれただけ――あっ」

 

 

 僕の避難轟々な眼差しを受けたモルガナが憤慨した。が、怒りに任せて余計なことを口走ってしまったためか、「やっちまった」と零す。モルガナの発言に呆気にとられた僕は、おそるおそる黎に視線を向けた。黎は視線を彷徨わせた後、観念したように肩を竦める。苦笑した彼女の頬は、ほんのり薄紅色に染まっていた。

 

 彼女のアレンジコーヒーを飲み続けていたモルガナに対して嫉妬していた自分が恥ずかしくて、僕のために頑張ったという黎のいじらしさが照れくさくて、僕は口元を抑える。

 ふと気づけば、祐介が手で枠を作って唸り、竜司とモルガナが悟りきったような目をして天井を仰ぎ、杏と真は生温かな視線を向けてきた。一体どうしたのだろう?

 僕と黎は顔を見合わせたが、結局原因は分からない。黎がコーヒーのアレンジを始めたので、僕は彼女の手元を見つめることにした。黎はテキパキと作っていく。

 

 出来上がったコーヒーはアイス2種類・ホット2種類の計4種類だ。牛乳のほかに練乳とココアを加えたアイスコーヒー、綺麗な二層に別れたアイスカフェモカ、リンゴジャムとシナモンの香りが漂うラテ、ハチミツと生姜が入ったコーヒー。

 コーヒーの苦みが苦手な竜司は練乳ココアが入ったアイスコーヒーを気に入ったらしい。杏はリンゴジャム入りのシナモンラテに舌鼓を打つ。祐介はアイスカフェモカのスケッチを始め、真はハチミツと生姜が入ったコーヒーを「意外といけるかも」と評していた。

 

 

「デザートコーヒーって女の人好きそうだよね。チョコレート一杯盛ったり、イチゴとかホイップクリーム乗っけたアレンジもあるらしいし」

 

「確かにそうかも! 今の季節だと、冷たいスイーツとか欲しいし!」

 

「ねえ黎、コーヒースイーツとか作らないの?」

 

「いいね! 惣治郎さんに見つかったら怒られそうだけど……」

 

 

 黎、杏、真がきゃあきゃあと楽しそうに談笑し始める。

 そのとき、バラエティ番組が放送時間を終えて、ニュースが始まった。

 

 

『……“メジエド”が予告したXデーは8月21日。名指しされた怪盗団ですが、今のところ目立った動きはありません。“メジエド”のテロは、予告通り行われてしまうのでしょうか? ……』

 

 

 ニュースキャスターは不安を煽るような調子で原稿を読み上げる。本人にその気はないのだろうが、彼の抑揚とニュース内容がそうさせているのであろう。

 

 

「“メジエド”のテロを阻止するためには、21日より前に佐倉双葉を助けないと。限度は2日前の19日までって所かしら」

 

 

 先程まで年相応の女子の顔を前面に押し出していた真が、怪盗団の参謀役としての凛々しい顔つきに変わる。僕らもそれにつられるような形で神妙な顔になった。

 怪盗団のアジトとして使っていた渋谷の連絡通路に一々集まって四軒茶屋に向かうのは手間がかかるし、何より、金城『改心』後から更に増えた警察官や補導員の巡回が厄介だ。

 彼らの追及によってボロが出る危険性や利便性を考慮した結果、怪盗団のアジトは連絡通路からルブランに変更となった。マスターに見つからないよう気を付けねばなるまい。

 

 もし鉢合わせしたら「友達同士の集まりだ」でごり押しするつもりでいるが、誤魔化せるか否かは別問題だ。

 最近の佐倉さんが黎に対して甘くなったとはいえ、油断はできないのである。……最近は、僕に対しても甘くなったように思うけど。

 

 

「ピラミッド内部は何が起こるか分からないぞ。フタバのシャドウ自身が『自身の城の状況を把握できていない』状態だからな」

 

 

 モルガナは一端言葉を切って、僕に向き直った。

 

 

「ゴロー、1つ訊きたい。ペルソナ使いの覚醒を邪魔する力を持ってる奴と対峙したことはあるか?」

 

「直接そうやって邪魔してきた奴と対峙したことはない。だが、“できてもおかしくなさそう”な奴には心当たりがある」

 

 

 僕の脳裏に浮かんだのは、七姉妹学園高校の制服に身を包んだ達哉さん――正確に言えば、彼の姿を模して出てきた邪神ニャルラトホテプだ。奴は“セベク・スキャンダル”で神取のペルソナを暴走させて乗っ取った(実際は自分で神取を乗っ取った)。

 そういえば、八十稲羽連続殺人事件の“人間側の黒幕”として逮捕された刑事が使っていたペルソナに干渉して、ニャルラトホテプの二番煎じをやってのけた八十稲羽の土地神様――ガソリンスタンド店員の方――もいたか。あれは八十稲羽限定なので除外できる。

 

 「多分、それを応用すれば、ペルソナ使いの覚醒を阻害することはできるはずだ」――僕の推論を聞いたモルガナは渋い顔をしていた。

 

 

「最も、手を加えているのがニャラルトホテプじゃない可能性もあり得る。俺の知ってる『神』の類であれば、こういうことは朝飯前だろう」

 

「吾郎の顔を見ていると、余程『神』に酷い目にあわされてきたんだなと思うな」

 

 

 僕の結論を聞いた祐介がアイスカフェモカを啜りながらぼやく。……これは、理不尽との戦いが日常茶飯事だった弊害だ。

 他にはペルソナ抑制剤を使うという人為的な原因もあるが、引きこもりである双葉さんがエルゴ研の残党と接触する可能性は低いだろう。

 そもそもの段階で、双葉さんはペルソナ能力が何なのかを知らないのだ。詳細を知らぬまま、得体の知れない薬に手を出すとは思えない。

 

 

「しかし、今年はとんでもない夏休みになりそうだな……。世界的ハッカー相手して、ピラミッドで『オタカラ』探ししながら、ピラミッドを乗っ取ってる奴と対決しなきゃいけねーんだろ?」

 

「しかも、原因は十中八九『神』関連だ」

 

「怪盗団の存続どころか、一歩間違えれば世界の危機に繋がりそう……」

 

「……これが、“頭が爆発する系の理不尽”……。私たち、怪盗団でペルソナ使いだけど、本質はただの一介の高校生に過ぎないのに……」

 

 

 お調子者の竜司が辟易したようにため息をつき、黎が顎に手を当てる。杏は頭を抱えて項垂れた。真は至さんに言われたことを思い出している様子だった。僕もアイスカフェモカを啜りながら息を吐いた。

 

 今年はアツい夏になりそうだと思っていたが、下手したらヤバい夏になりそうだ。

 この世界まで滅ぼされてしまったら、溜まったものではない。

 

 

◇◇◇

 

 

「ご苦労。……正直、もう来ないかと思っていた」

 

 

 そう言った双葉さんのシャドウは、僕らに色々と話をしてくれた。

 

 人間不信で引きこもりだった双葉さんの心は、元から双葉さんのシャドウが完全統治できる状態ではなかったらしい。だが、一色さんの真実を知ったとき、双葉さんの心には“反逆の意志”が宿り、双葉さんのシャドウもペルソナとして覚醒するはずだった。

 だが、得体の知れぬ“何か”の干渉により、双葉さんのシャドウはペルソナとして覚醒することができず、双葉さん本人も立ち上がることができないまま引きこもりを続けているという。結果、パレスの統治は余計滅茶苦茶になってしまったらしい。

 

 

「今、現実世界の私は、チャットで出会った友人やカウンセラーの手を借りて、必死になって答えを掴もうとしている。……その影響が“パレスの制御不可”や“パレスの罠”として作動するかもしれないが、どうか容赦してほしい」

 

「そっか……。現実世界の双葉ちゃんも、戦おうとしてるのね」

 

「今まで人間不信だったんだもの。防衛本能が働いてもおかしくないわ」

 

 

 シャドウの双葉さんは、こちらを伺うようにして見つめる。パンサーとクイーンはできるだけ優しく微笑み頷いた。

 現実世界の双葉さんが必死に戦おうとしているのだから、こっちも手を抜くわけにはいかない。怪盗団一同は顔を見合わせ頷き合う。

 双葉さんのシャドウもこくこくと頷き返していたが、ややあって、おずおずとした様子で「早速で悪いが」と依頼を出してきた。

 

 

「賊に大事なものを盗まれた。奴は街へ逃げたようなので、取り返してほしい」

 

「街……確か、ピラミッドにつく前に見かけたね。何を取られたの?」

 

「私が目覚めを迎えるために必要なものだ。現実の佐倉双葉にとって、現時点では“忌まわしい記憶”かもしれない。だが、それは“反逆の意志”を解き放つ鍵になる」

 

「分かった。待ってろ、俺たちが取り返してくるぜ!」

 

 

 ジョーカーの問いに答えた双葉さんのシャドウは、真剣な面持ちでこちらを見つめる。スカルは二つ返事で頷き、僕たちは街へと繰り出した。

 

 辿り着いた先は砂漠の街だが、シャドウが跋扈するのみで人の気配はひとつもない。現実の双葉さんは人との付き合いが一切ないのと、外の世界に興味がないためというのが根底にあるのだろう。異形しかいない街を調査していた僕たちは思わず足を止める。

 街に跋扈していたシャドウはミイラのような恰好をしている者が大半だ。なのに、そいつには認知世界の法則――衣装の変化――が発動していないようで、一目見てわかるような高級スーツを身に纏っていた。目には大きな傷があり、サングラスをかけている。

 凍り付く僕や黎、反射的に威嚇態勢に入ったモナ、疑念を滲ませた怪盗団の面々を一瞥すると、そいつは芝居かかった様子で畏まって見せた。

 

 

「お初にお目にかかる、怪盗団“ザ・ファントム”の諸君。会えて嬉しいよ」

 

「神取鷹久……!」

 

「へっ!? コ、コイツが、12年前に死んだはずの“玲司さんの異母兄(アニキ)”だって!?」

 

「そして、悪神ニャルラトホテプの『駒』として甦らされたペルソナ使いってことね……! 気をつけて、奴の方が明らかに強敵よ」

 

 

 僕がそいつ――神取の名を呼べば、スカルが素っ頓狂な声を上げた。クイーンも警戒しながら身構える。

 “制御不能に陥り、覚醒を妨げられている”――シャドウの双葉さんが零していた言葉が脳裏によぎった。

 

 スカルから玲司さんの名前が出たとき、神取は一瞬身じろぎした。サングラスの下に眼球があったら、きっと大きく見開かれていただろう。神取は真顔になって顎に手を当てると、懐かしむように笑みを零した。少しだけ寂しそうに見えたのは僕の見間違いだったのだろうか?

 

 それを問う間は与えられなかった。

 神取は芝居かかった調子を崩すことなく語り出す。

 

 

「私は神取鷹久という名前ではないよ。キミたちが怪盗なら、私はただの暗殺者(ヒットマン)。『神』の『駒』。闇に紛れて羽虫を食らう、影に魅入られたペルソナ使い……“夜鷹(ナイトホーク)”といったところか」

 

「うわ……痛い……。あのオジサン何歳なの?」

 

「享年? それとも、今の年齢? どっちにしても痛々しいわよ」

 

「パンサー、クイーン、言わないであげて。あの人、根は真面目なんだよ。言ってることとやってることが回りくどいだけで」

 

 

 現代の若者にとって、神取の言い回しは――悪く言えば――厨二病や高二病と呼ばれるものを悪化させた大人にしか見えない。

 奴が孤高に貫く“悪としての美学”は、御影町や珠閒瑠市での出来事で事情を知っている僕やジョーカーしか理解し得ないだろう。

 女子高生故の容赦ないツッコミを放ったパンサーとクイーンに対し、ジョーカーがフォローを入れた。慈母神のなせる業である。

 

 勿論、神取はまったく気にしていない。奴は悪役の調子を崩すことなく、「自分は賊から“奪ったモノ”の守護を命じられた」と宣言した。

 

 

「私個人としては、あまり重要なものではないのでね。正直な話、このままキミたちに渡しても構わないんだ」

 

「なら、そうしてもらえるとありがたい。奪ったものを返してくれ」

 

「受け取り給え……と言いたいところなのだが、今の私も使われる身なのでね。――少々、お相手願おうか」

 

 

 神取のやる気なさそうな発言を聞いたフォックスが奴へと手を伸ばす。奴もフォックスに何かを手渡すような素振りをしたが、すぐに戦闘態勢を取った。ペルソナの降臨を意味する青い光が舞い、奴のペルソナが顕現する。珠閒瑠の海底洞窟で相対峙したときのペルソナ、ゴッド神取だ。

 「普通に渡せよ!」と憤慨したスカルだが、息巻いた彼の憤怒はゴッド神取から放たれる威圧感によって拡散した。代わりに、スカルも戦闘態勢を取る。笑顔が消えたあたり、神取のヤバさはお調子者の彼であっても理解できたらしい。仲間たちも戦闘態勢を取る。

 

 今までパレスやメメントスでシャドウを倒してきた僕たちだが、ペルソナ使いと戦うのは初めてだ。しかも神取は航さんや達哉さんたちを追いつめた実力者である。

 神取は強力な攻撃を繰り出してこちらに迫る。ガルダイン、ジオダイン、刹那五月雨撃、刻の車輪――その攻撃は、僕らを屠らんと振るわれた。

 正直ジリ貧なのだが、モナやジョーカーの全体回復魔法や仲間たちの味方強化・敵弱体魔法を駆使して食い下がる。一進一退の攻防が続いた。

 

 

「クソ、強ェ……!」

 

「だが、負けるわけにはいかんな……!」

 

「立ち直ろうとしてる女の子の心を滅茶苦茶にする悪党なんかに、これ以上好き勝手されてたまるもんかっての!」

 

 

 スカルが呻き、フォックスが刀を支えに体を起こす。パンサーも、ふらつきながら仮面に手をかけた。神取は相変らず、涼しい顔をして佇んでいる。

 

 

「ときに少年。“キミは、何のために生きている”?」

 

「――んなもん、決まってるだろ……! “黎と、俺にとって大事な人たちと一緒に生きるため”だ!」

 

 

 神取は俺に視線を向けて、問いかけてきた。俺の答えはあの頃から何も変わっていない。迷うことなく答える。

 奴は俺が何と答えるのかを知っていたのだろう。「では」と、もう1つ質問を重ねてきた。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 俺はそれに答えようと口を開く。けど、俺の中にいる“何か”にそれを封じられた。

 脳裏にリフレインするのは、獅童智明が俺に警告した言葉。

 

 

『明智吾郎、()()()()()()()()()

 

 

 “()()()()()”、“()()()()()”――珠閒瑠市で、滅びを迎える世界からやって来た達哉さんの犯した“罪”と、それに下された“罰”が脳裏をよぎる。あのとき、達哉さんは愛する舞耶さんと離れて滅びの世界へと帰っていった。それ以来、俺は“滅びを迎える世界から来た達哉さん”の姿を見ていない。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()――俺の中にいる“何か”が、ぽつりと零した。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――“何か”は苦しそうに呟いた。

 “何か”が言っているのは、達哉さんが犯した罪だ。世界を救うためにリセットした七姉妹学園高校と春日丘高校の高校生は、自分たちの記憶をすべて手放さなくてはならなくて。でも、達哉さんは最後の最後で「忘れたくない」と願ってしまった。

 結果、この世界は一度滅びかけた。ニャラルトホテプの暗躍によって、滅んだ世界を再現しようとした連中が動き回ったためだ。そのトリガーを引いたのは、「忘れたくない」と願った達哉さんだった。……“何か”は、その轍を踏む予感に怯えている。

 

 

「クロウ」

 

 

 隣から、力強い声が響いた。振り向けば、ジョーカーが不敵な笑みを浮かべて僕に手を伸ばしている。

 灰銀の瞳に迷いは一切ない。その輝きに見せられて、俺も“何か”も泣きたい心地になった。

 

 

「手を取って」

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()■■■■■■■だ。正義を貫いたその在り方は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 希望はここにある。標はここにある。俺には、大切な人たちがいてくれる。

 “何か”は小さく身じろぎした後苦笑した。嬉しいくせに、満面の笑みは浮かべられないひねくれ者らしい。

 俺は躊躇うことなくジョーカーの手を取った。喉に詰まっていた答えを、ようやく神取に告げる。

 

 

「――貫いてみせるさ。たとえ神様を相手取る羽目になっても、俺は、大切な人と生きる未来を掴んでやる!」

 

 

 荒い呼吸を繰り返していたし、体力も気力もジリ貧だから、全然格好なんてついちゃいない。けど、確かに俺は、はっきりと宣言したのだ。

 神取はジョーカーに視線を向ける。ジョーカーは何も言わずに神取を見返した。神取は、ジョーカーの眼差しから何かを察したらしい。満足げに笑った。

 

 不意に、神取から放たれていたプレッシャーが拡散した。顕現し、俺たちに襲い掛からんとしていたゴッド神取の姿が掻き消える。いきなり戦闘態勢を解いた神取は、俺の方へ何かを投げてよこした。俺は反射的にそれをキャッチする。

 

 

「賊――もとい、私の上司である“白鳥(シュヴァン)”から守護を命じられていた物だ。……元々の持ち主は女性なのだから、中身を見るなんて破廉恥な真似はやめ給えよ」

 

 

 神取が俺に投げてよこしたものは、絵が描かれたパピルス紙だ。奴の口ぶりからして、これがシャドウの双葉さんが言っていた“盗まれた物”――“反逆の徒”として目覚めるために必要な鍵なのだろう。神取の言葉に従って道具袋にしまえば、奴は満足げに頷いた。

 思えば、この大人は狂言回しが得意だった。滅びゆく悪役の定めを熟知しているが故に、影に魅入られたペルソナ使いであるが故に、光に与するペルソナ使いと敵対し倒されるように仕組んでいた。自分自身を斃されるべき障害と認定して、だ。

 俺たちがポカンとしている間に、奴はくるりと背を向ける。奴の背中には戦意はない。神取は懐かしむように砂漠の街並みを見渡した後、感慨深くため息をついた。そうして、ちらりと俺たちの方に向き直った。

 

 

「一色若葉の娘を頼む」

 

「え?」

 

「生前、セベクに勤めていた彼女と何度か言葉を交わしたことがあってね。……と言っても、数える程度のことでしかないが」

 

 

 それだけ言い残し、神取鷹久は街の奥へと消えて行った。あの様子の神取なら、双葉さんのパレスを荒らしまわるような真似はしないだろう。あくまでも、双葉さんに干渉しているのは獅童智明――神取曰く“白鳥(シュヴァン)”らしい。

 

 数回言葉を交わしただけの知人の娘を気にし、彼女の所有物を勝手に見ないように釘を刺す程度には、奴は紳士的な男だ。神取を「痛い大人」だと思っていたクイーンとパンサーが感嘆の息を零した。

 フォックスが奴の器の大きさを評価し、スカルは複雑な顔をして神取が消えて行った方角を見つめる。ただ、紳士な悪役(悪神の『駒』)という存在を好きになれないのか、モナは渋面のまま小さく唸っていた。

 

 僕たちは顔を見合わせて頷き合い、街を後にした。

 ピラミッドへ戻り、取り戻したパピルス紙を双葉さんのシャドウに手渡す。

 彼女はパピルス紙を手に取ると、満足げに頷き返した。早速彼女は道を開こうとして――

 

 

「あ」

 

 

 突如、双葉さんのシャドウが声を上げる。

 間髪入れず、僕らの足元に大穴が開いた。

 

 

***

 

 

 落とし穴からなる蟻地獄トラップに嵌って地下へ落とされたり、地上への道を探して地下を彷徨ったりするのは本当に大変だった。新たな侵入口を確保した僕たちは、意気揚々と再びパレス攻略に乗り出す。

 雑魚シャドウや番人シャドウを蹴散らしながら、僕たちは先へ進む。奥へ続く道を探していたときに迷い込んだ一室には、外の光を集めるオブジェが鎮座していた。だが、光は壁に照射されているだけで、何か意味があるとは思えない。

 僕たちが周囲を散策すると、謎のスイッチを発見した。ジョーカーは躊躇いなくスイッチを作動させる。すると、下のフロアに設置されていたバリスタから矢が打ち放たれた。矢は壁に大穴を開ける。

 

 丁度大穴が開いた位置が、謎の球体が光を照射していた壁だったようだ。光が扉に当たると、閉ざされていた扉のロックが外れて先に進めるようになった。

 どうやらここの仕掛けは扉に光を当てると開く仕組みになっているらしい。文字通り、僕たちは双葉さんの「心の扉を開きながら」進んでいく。

 

 

『来たか。こっちだ』

 

 

 双葉さんのシャドウの先導に従いながら、ピラミッドの仕掛けを解いていく。

 

 道中、壁画のパズルを解くことになり、ジョーカーは難なくそれを解除した。泣いている幼い王女――双葉さんに対し、黒服に身を包んだ大人たちが何かを読み聞かせている。声は壁画から聞こえてきた。

 “双葉なんて産まなきゃよかった”――男の声だ。“貴女のことが鬱陶しい”――違う。一色さんはそんなこと思ってない。そこで、僕は思い至る。航さんは、『一色さんの遺書が偽造されていた』と言っていなかったか。

 奴らは双葉さんが幼い子どもであることをいいことに、一色さんの死を目の当たりにしてショックを受けていてまともな判断ができないことをいいことに、双葉さんに悪意塗れの嘘八百を吹き込んだのだ。

 

 

“キミのお母さんは、キミのことで随分悩んでいたようだね”

 

“……育児ノイローゼだったんだろう……”

 

 

『……ッ!!』

 

 

 あまりの胸糞悪さに口元を抑える。僕もまた、彼女と似たような悪意に晒されたことがあるからだ。母が遺したものに否定され、親戚からも否定され、心を閉ざしかけた。

 僕の傍には至さんや航さん、黎がいてくれたから立ち直れたけど、双葉さんは孤立無援だ。おまけに、この遺書のせいで親戚から拒絶され、本当の意味で孤立無援にされてしまった。

 

 

『クロウ……』

 

『……平気。キミがいてくれるから、大丈夫』

 

 

 僕の手を握り締め、ジョーカーは心配そうにこちらを見つめる。それだけで呼吸が楽になった。それだけで、救われた心地になった。

 もう大丈夫だと伝えたくて、僕は精一杯笑い返した。ジョーカーも察してくれたのだろう。柔らかに微笑み返してくれた。

 

 

『酷い……! 双葉ちゃんはお母さんを目の前で失ったのに……』

 

『おまけに、母を失ったショックでまともな判断が下せないことまでもを利用したのだろう。人間、パニックになると流されるがままになってしまうからな』

 

『どこまで卑劣な真似をすれば気が済むのかしら。獅童正義、本当の悪党よ』

 

『そうだな。絶対許せねー!』

 

 

 憔悴しきった子どもに対し、惨い追い打ちをした黒服たち――獅童の息がかかった連中に対し、パンサー、フォックス、クイーンが怒りをあらわにする。スカルも怒りをあらわにしていたが、『けど』と付け加えた。

 

 

『……双葉のヤツがこんな気持ちになったの、分かる気がする。俺も、おふくろに散々迷惑かけたって自覚あったし、もしかしたら鬱陶しがられてんのかもしれねーって思ったことあるし、それで自己嫌悪したことだってあるし』

 

『スカル……』

 

『もし、俺の目の前でおふくろが亡くなって、その直後にこんなモン見せられたら……最期のメッセージに『私が死んだのはお前のせいだ』って残されてたら――たとえそれが嘘でも、耐えられねーよ……』

 

『……そう、だね。例え嘘でも、こんなこと言われたら辛いよ』

 

 

 僕もそうだったけど――その言葉を飲み下す。僕の場合はそれが“事実だった”から尚性質(タチ)が悪かった。……だから、正直、双葉さんが羨ましい。

 母から一心に愛を受けていた双葉さん。けど、彼女はその事実を知らないまま、自分は疎まれていたと思い込んで生きてきた。自分のせいで母が死んだと思いこまされた。

 僕とは全くの正反対。だからこそ、双葉さんには知ってほしい。一色さんが伝えたかった本当のメッセージを。一色さんの愛情を、ちゃんと受け取ってほしかった。

 

 壁画から声が聞こえなくなった瞬間、装置が回転した。壁画を光が貫く。光が差し込んだ途端、壁画は空洞へと変化する。光は真っ直ぐ大扉に導かれ、大扉の鍵が外れた。僕らはさらに先へと進む。

 

 

『遅いぞ。何してる』

 

『ごめんね。……色々、見てきたから……』

 

『…………いや、私の方こそすまない。こっちだ』

 

 

 自分がパレスの制御をうまくできないと自覚しているためか、双葉さんのシャドウは罰が悪そうに目を伏せた。幾何か沈黙していたが、怒られない――自分を信じて待っていてくれる――のだと察知した彼女はこっくりと頷き返し、案内を再開する。

 だが、次の瞬間、大岩が通路に転がってきた。命からがら罠から逃げ戻った僕らは、大岩の罠を咲けて進む方法を探すことにした。幸い廊下の一部に通り抜けられそうな個所を発見したので、そこを進むことにした。

 

 どうやら、ここは大岩が転がる仕掛けの裏側らしい。調査していくうちに暗号と仕掛けの作動を確認した僕たちは、早速暗号に従って仕掛けを操作する。すると、別な場所にあった装置と石板の色が変わった。早速操作すると、奥の扉が開く。

 今度も似たような仕掛けが広がっていた。同じ要領で、石板を光らせて暗号を確認しながら仕掛けを操作する。今度の石板の色は赤。赤と言えば危険色なのだが、これを操作する以外の手はない。すべての装置を動かし終えたとき、凄まじい轟音が響いた。

 結果、大岩の仕掛けは完全に壊れた。いや、僕たちが壊したと言った方が正しい。廊下は通れなくなってしまったものの、大岩の上を飛び越えれば先へ進めそうである。僕たちは大岩を飛び移りながら先へと進んだ。

 

 その先には、また別の壁画がパズルになっていた。上下も操作する必要があったが、割と簡単に絵が揃う。泣いている王女の前で、年若い女性が車に飛び込んでいる絵だった。その斜め向かい側に、白衣を着た男の姿が小さく描かれている。

 

 

『これ、双葉さんのお母さんが自殺したときの……』

 

『……ねえ、ちょっと待って。また声がするよ!』

 

 

 ジョーカーが沈痛な面持ちで壁画を見上げていた時、パンサーがハッとしたように壁画を見た。次の瞬間、年若い女性の這いずるような声が響き渡った。

 

 

“ふ、ふたばああああああああああぁぁぁぁぁ……!”

 

『この声、一色さんだ!』

 

『亡くなった母親の声が、どうして……』

 

 

 僕の指摘に、フォックスが首を傾げる。

 

 

―― あ、ああ、あああ……! おかあさん、おかあさん……!! ――

 

―― 誰か! 救急車! 警察に連絡を! ……ええい、どいつもこいつもそんなにツイートが大事か!? おいそこのキミ! 暇だろ、救急車呼べ! そっちのキミは警察に連絡だ! 早くしろ、人の命が賭かってんだぞ!! ――

 

 

 不意に、少女と鳴き声と青年の切羽詰ったような声が響いた。前者は分からないが、後者は非常に聞き覚えがある。むしろ日常的によく聞いている声だ。僕がその声の主の名を呼ぶよりも先に、壁画が消える方が早かった。

 空洞を真っ直ぐ進んだ光は扉に当たり、光を受けたことによって扉の鍵が解除される。モナ曰く、『ここで半分を超えたぞ!』とのことらしい。パピルスを盗んだ賊から守護を託されていた神取以外、特に目立った妨害はない。だが、油断は禁物だ。

 扉の先には見事な造形の巨象――ツタンカーメンが鎮座している。芸術家のフォックスが感嘆し、スカルは生返事ながらも同意し、パンサーが海外旅行気分だとはしゃぐ。そこへ、シャドウの気配を察知したモナが注意を促した。

 

 途切れた廊下を飛び移り、時には横穴を潜り抜け、新たなフロアを駆け抜ける。数多のスイッチを操作し、アヌビス像から拝借した宝珠を台座に嵌めると、光で出来た床が現れた。

 『消えてしまいそうで怖い』というパンサーの発言におっかなびっくり気味になりつつ、先へ進む。こちらの不安に反して、床は勝手に消えたりしなかった。

 

 奥へ進むと、双葉さんのシャドウが待っていた。

 

 

『死んだかと思った』

 

『割とマジで死にかけたけどな……』

 

『けど、期待と依頼に答えるのが私たちだもの』

 

『……頼もしいな』

 

 

 スカルが苦笑し、ジョーカーが不適に微笑む。それを見た双葉さんのシャドウが、ほんの僅かながら口元を緩めた。

 彼女曰く、『もう少し』とのことらしい。次の瞬間、双葉さんのシャドウが『あ』と声を漏らして溶けるように消え去ってしまった。

 

 間髪入れず現れたのは、僕らの行く手を阻んだ番人シャドウだ。王の墓の守護者と名乗った番人は、容赦なくこちらに襲い掛かって来る。ならばこちらも手加減は不要だ。

 番人は雑魚より少々腕が立つほどでしかなく、雑魚を簡単に蹴散らして進んできた僕たちにとって話にならない。奴を簡単に下した僕たちは探索を再開する。

 慣れた手つきで仕掛けを解けば、光の床が新たに出現した。見た目に反して消えないことを知っているため、躊躇うことなく駆け抜ける。すると、スイッチを発見した。

 

 スイッチは押すものである。ジョーカーは躊躇うことなく仕掛けを作動させた。バリスタから矢が発射され、壁を壊す。すると、装置から伸びていた光がさらに奥へと繋がった。双葉さんのシャドウが言っていたことが正しければ、このパレスの攻略も佳境に入っている。僕らは顔を見合わせた後、再び駆け出した。

 

 光の柱を追いかけていく。道中見上げたツタンカーメン像をよじ登っては飛び移り、光の柱を繋ぐオブジェを飛び移り、小部屋に辿り着く。

 光が途切れたその部屋にある仕掛けは、僕たちが目にした壁画のモノだ。ジョーカーは何の苦もなく壁画のパズルを解き明かす。

 

 

『これ、甘えてるの双葉ちゃんだよね?』

 

『子どもが、母親の袖を引っ張っている?』

 

 

 出来上がった絵を見たパンサーとフォックスが考え込む。幼い王女が母親の服の袖を引っ張っている壁画。間髪入れず、声が響いた。

 

 

“お母さん、わたし、いつもご飯1人なのやだ。コンビニの弁当ばっかりだし……。どっか行きたい、連れてってー!”

 

“ワガママ言うんじゃないの! お母さんだって頑張ってるんだから! ――ああもう!”

 

 

 苛立たし気な一色さんの声が響いた刹那、仕掛けが動いた。光は壁画に当たり、壁画は溶けるように消えていく。光は大回廊の扉に照射され、大扉の鍵は解除された。

 

 

『……もしかして、双葉はこういう出来事が積み重なっていたことを気に病んでいたのかしら』

 

『親が忙しいって分かってても、やっぱり寂しいし。アタシも諦めがつくまではそうだったからなぁ』

 

『罪悪感で一杯になる気持ちは俺も分かるからな。……そんなときに、嘘でもあんな遺書見せられたら……』

 

『もしかしたら、一色家の家庭事情を知っていた上での遺書偽造だったのかもしれん。許せんな』

 

 

 クイーン、パンサー、スカル、フォックスが分析する。彼/彼女らを眺めながら、僕は考えた。一色さんは、僕と会話をした後、双葉さんとどんな会話をしたのだろうか。あの壁画のまま喧嘩別れしたような形だったら、双葉さんが自分を責めてしまうのも頷ける気がした。

 そのとき、双葉さんのシャドウが現れた。彼女は酷く憔悴しきっている。真っ直ぐ立っているのが難しいようで、ピラミッドの王女は身体をふらつかせていた。彼女は顔を真っ青にしており、うつむいたままブツブツと何かを呟き続けている。

 

 

『思い出せ、思い出せ。おかあさんは、あのとき、どんな顔をしていた? あのとき、なんと答えた? あのとき、あのとき――』

 

 

 双葉さんのシャドウはそのまま消えてしまった。確か、現実世界の双葉さんは、チャットの友達やカウンセラーと対話しながらトラウマと向き直っていたはずだ。

 セラピストの麻希さん曰く、カウンセリングと言うのは一長一短でどうにかできるものではない。無理に押し進めれば、悪化の可能性も孕んでいる。

 現実の双葉さんは、かなりの無茶をしているのだろう。その心的疲労が、双葉さんのシャドウに反映されている。……双葉さんが必死になって戦っている証拠だ。

 

 ならば尚更、急いで双葉さんを助けなければならない。大扉が開かれた先へ進もうとした僕たちだが、その先には黄色いテープと緑の看板が張られていた。

 立ち入り禁止を意味するそれは、双葉さんの部屋の扉に張られていたものと同じである。彼女の認知が、この先へ進む道を閉じているのだ。

 

 そこへ、再び双葉さんのシャドウが現れた。彼女曰く、この先が『王の間』で『オタカラ』が安置されている場所らしい。だが、この先に進むには、現実世界の双葉さんから許可を得なければならないという。

 

 

『ここまで来たお前たちなら、できるかもしれないな。……頼む』

 

 

 双葉さんのシャドウはそう言い残し、ゆっくりと姿を消した。僕たちは顔を見合わせて頷き合い、現実世界へと帰還する。

 

 

「でも、どうやって部屋に入れてもらうの? 『誰も入れてもらえない』って、マスター言ってたわよね?」

 

「重度の引きこもりだもんな……」

 

「多少強引でもやるしかないかな。もう一度忍び込むとか。……航さんと連絡取れれば、また別なんだろうけど」

 

 

 「あの人、研究になると1か月間泊まり込みとか普通にするから」と黎がぼやく。僕も遠い目をしながら頷いた。それを聞いた真と竜司が深々とため息をつく。流石に研究でデスマーチ状態の航さんを無理矢理呼びつけることは不可能だ。

 今回は今までとは違い、頼れる大人の力を借りることはできなかった。多少強引な手段になってしまうが致し方ない。「佐倉さんに見つかったときの言い訳を考えておく必要がありそう」と杏が苦笑した。黎も頷く。

 

 

「まあ、最悪の場合は『冴さんが本格的に強硬手段(でっちあげ)を企てていて困っている。本人たちの証言が欲しい』って言っとくから」

 

「……吾郎。貴方の新島冴(お姉ちゃん)像は一体どうなってるの?」

 

「……真。正直、あの状態の冴さんだと、本当に何をやってもおかしくない――」

 

 

 ジト目で睨んできた真に答えようとしたとき、僕の電話に着信が入った。発信元は――なんと、冴さん。仲間たちに静かにするようジェスチャーし、僕は電話に出る。

 冴さんは随分とおかんむりだった。無意味にピリピリしていると言ってもいい。話の半分は警察や上司に対する罵詈雑言だが、僕に出された指令は『虐待の証拠集め(でっちあげ)』だった。

 まさかの“嘘から出た実”状態である。電話を切った僕は真に視線を向けた。真は「お姉ちゃん……」と声を震わせながら顔を覆った。黎が真の肩を叩き、無言のまま励ます。

 

 予告状は竜司と真がどうにかしてくれるらしい。ならば、後は佐倉家に乗り込むタイミングを決めるだけだ。

 

 僕は黎に向き直る。

 黎は力強く笑って頷き返した。

 

 

◇◆◆◆

 

 

「――なんだここ?」

 

 

 空本航は南条コンツェルンの研究者である。しかし、航が目覚めた場所は研究棟の仮眠室ではなく、ピラミッドの一室だった。

 

 しかし、この部屋はおかしい。ピラミッドの一室であることは確かなのだが、時折、現代風の部屋へと装いを変えるのだ。

 左手前の壁にベッドが、奥に多くのモニターを持つPCが置かれた机が鎮座している。右側奥の壁には大量のごみ袋が積み上げられていた。

 

 

「…………夢か」

 

 

 航は暫しその光景を眺めた後、白衣のポケットからスマホを取り出した。現在時刻は深夜1:00。実験もひと段落して眠っていたことを考えると、まだ寝てていい時間帯だ。

 躊躇うことなくベンチに横になり、そのまま身を丸める。そこでふと、航は思い至って懐を漁った。『双葉へ』と書かれた封筒を取り出す。亡くなった友人が娘へ宛てた手紙。

 封は切っていない。この手紙の封を切るべきは、一色若葉の娘である一色双葉なのだから。航はそんなことを考えつつ、封筒を懐へとしまい込んだ。

 

 早々に瞳を閉じる。予期せぬ覚醒だったためか、身体はすんなりと睡眠を受け入れた。

 航の意識はそのまま沈んでいく。深く、深く、深く――あっという間に、世界は闇に包まれた。

 

 




魔改造明智と怪盗団による双葉パレス攻略。流れは本編とは同じですが、会話の内容がちょこちょこ変化しています。一色若葉さんに神取を結んでみたり、2罰弱体化仕様の神取と怪盗団でイベント戦をやったりと好き放題した感が否めません。ラストは保護者の片割れ=ピアス登場。低血圧と図太さが仕事した結果です。
ハンドルネームだけですが、今回も歴代キャラが参戦しています。片方のHNは前章で出てきていますし、もう片方は初代か2罪罰をプレイしたことがあるなら何となく察せるかもしれません。答え合わせは次回に行う予定ですので、暫しお待ちいただければ幸いですね。
頼れる大人がいるっていいですよね。原作明智と2罰神取を絡ませたら、ある種の師弟関係になりそうだなと思えてなりません。正義の味方には決してなれない原作明智にとって、現実を思い知ったが故に“悪の美学”あるいは“滅びの美学”を極めた神取は指針になりそうです。
多分、原作明智は徹頭徹尾悪態付きながら反抗するんでしょうけど。そんな原作明智を見捨てることなく、神取は「“光へ与する場所へ行く”という選択肢もある」ことを示唆しつつ、自身の“悪の美学”や“滅びの美学”を教えていくんだろうな――なんて妄想が浮かんでは消えていきますね。

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