Life Will Change   作:白鷺 葵

13 / 57
【諸注意】
・各シリーズの圧倒的なネタバレ注意。最低でも5のネタバレを把握していないと意味不明になる。次鋒で2罪罰と初代。
・ペルソナオールスターズ。メインは5、設定上の贔屓は初代&2罪罰、書き手の好みはP3P。年代考察はふわっふわのざっくばらん。
・ざっくばらんなダイジェスト形式。
・オリキャラも登場する。設定上、メアリー・スーを連想させるような立ち位置にあるため注意。
 @空本(そらもと) (いたる)⇒ピアスの双子の兄で明智の保護者その1。武器はライフル、物理攻撃は銃身での殴打。詳しくは中で。
 @獅童(しどう) 智明(ともあき)⇒獅童の息子であり明智の異母兄弟だが、何かおかしい。獅童の懐刀的存在で『廃人化』専門のヒットマンと推測される。詳しくは中で。
・歴代キャラクターの救済および魔改造あり。
・一部のキャラクターの扱いが可哀想なことになっている。特に、『普遍的無意識の権化』一同や『悪神』の扱いがどん底なので注意されたし。
・アンチやヘイトの趣旨はないものの、人によってはそれを彷彿とさせる表現になる可能性あり。他にも、胸糞悪い表現があるので注意してほしい。
・ハーメルンに掲載している『運命を切り開くだけの簡単なお仕事』および『ペルソナ3異聞録-.future-』、Pixivの『2周目明智吾郎の災難』および『【一発ネタ】有栖川黎の幼馴染』の設定を下地にし、別方向へ発展させた作品である。
・ジョーカーのみ先天性TS。
 ジョーカー(TS):有栖川(ありすがわ) (れい)⇒御影町にある旧家の跡取り娘。旧家制度は形骸化しているが、地元の名士として有名。身長163cm。
・歴代主人公の名前と設定は以下の通り。達哉以外全員が親戚関係。
 ピアス:空本(そらもと) (わたる)⇒明智の保護者2で、南条コンツェルンにあるペルソナ研究部門の主任。
 罪:周防 達哉⇒珠閒瑠所の刑事。克哉とコンビを組んで活動中。ペルソナ、悪魔、シャドウ関連の事件の調査と処理を行う。舞耶の夫。
 罰:周防 舞耶⇒10代後半~20代後半の若者向け雑誌社に勤める雑誌記者。本業の傍ら、ペルソナ、悪魔、シャドウ関連の事件を追うことも。旧姓:天野舞耶。
 ハム子:荒垣(あらがき) (みこと)⇒月光館学園高校の理事長であり、シャドウワーカーの非常任職員。旧姓:香月(こうづき)(みこと)で、旦那は同校の寮母。
 番長:出雲(いずも) 真実(まさざね)⇒現役大学生で特別調査隊リーダー。恋人は八十稲羽のお天気お姉さんで、ポエムが痛々しいと評判。
・「2罰ボスの外見を見た人間の反応」に関するねつ造設定がある。
・普遍的無意識とP5ラスボスの間にねつ造設定がある。
・敵陣営に登場人物が増える。誰かは本編にヒントあり。


ささやかな願いを、ひとつ

 世紀末覇者――もとい、ペルソナ使いとして覚醒した新島さんのおかげで、僕たちは金城パレス侵入口の確保および警備員たちの包囲網から脱出することができた。彼女のペルソナであるヨハンナはバイク型。新島さんを乗せるような形で顕現するタイプで、今までにない顕現方法である。

 『パレスの警備は完璧、現実に逃げ場はない。ゆえに、お前たちに明るい未来など万に1つもない』と叫び散らすシャドウの金城――現実世界とは違い、黒髪七三分けに髭を蓄えた銀行責任者――を尻目に現実へ帰還した僕たちは、現在、僕と僕の保護者が暮らす家に集っていた。

 なんてことはない。渋谷の連絡通路で今後のことを話し合おうとしたら警察官と補導員がうろついており、どうやり過ごそうかと悩んでいたら、丁度至さんと遭遇したのだ。至さんは僕らの様子を見て静かに笑った後、『ウチに来なさい』と声をかけてくれたのである。

 

 学生のみの集団で補導員や警察官と対峙した場合、やり過ごすのは難しかったであろう。至さんは名実共に俺の保護者だし、南条コンツェルンの調査員という社会的な肩書もある。彼の背後には南条さんもいるから、警察官と補導員たちは僕たちを黙って見送ってくれた。

 そんな僕の保護者は、現在僕たちの晩御飯を作り終えたところだ。今日のメニューはイタリアンを意識しているらしい。表面のチーズに綺麗な焼き目がついたリゾット、多種多様のハーブで味付けされたチキンソテー、魚のあらを使ったポモドーロ、野菜やチーズをオリーブオイルで和えたサラダが並んでいる。

 

 「食べながらゆっくり話し合いなさい」と言った至さんだが、直後、彼のスマホが鳴り響いた。

 

 

「はいはい南条くん? ――は? 航がグロッキー? “浴びるように酒を飲んだ”、“俺の名前を呼びながら眠り続けて動かない”……成程。了解、すぐ回収に向かうわ」

 

 

 至さんはころころ表情を変えた後、電話を切るなり出かける準備を始めた。「まったくもう」とぼやく彼の横顔は、愛情溢れる苦笑が浮かんでいる。

 甲斐甲斐しく準備をする様子は、まるで母親か妻みたいだ。祐介が手で枠を作っていたのを妨害しながら、僕は至さんの背中を見送った。

 

 各々の保護者達に『遅くなる』という断りを入れて、僕たちは作戦会議に興じる。

 

 

「……しかし、凄いのが出たな。合気道とかそんなもんじゃねぇ。超武闘派じゃねえか」

 

「絶対怒らせないようにしよう。腕とか持っていかれそう……」

 

「やりかねんオーラはある……」

 

 

 竜司、杏、祐介がひそひそと話をしていた。確かに、新島さんのデビュー戦は完全に世紀末覇者という言葉が似合う有様だったし、彼女の怪盗服も棘が目立つデザインだった。

 バイク型のペルソナに跨ってシャドウを轢き倒すだけでなく、拳を使ってシャドウを殴り倒す物理攻撃も披露してくれたのだ。今までのアレが猫かぶりだと考えると空恐ろしい。

 

 

「今まで色々な武闘派を見てきたけど、轢き殺す系は初めてだよ……。ということは、お姉さん――冴さんにもあのケがありそうだから……」

 

「吾郎、頑張れ」

 

 

 僕がひっそりと分析していたら、竜司が乾いた笑みを浮かべて肩を叩いてきた。竜司の接点は新島さんだけだから、冴さんのことに関しては完全に他人事である。

 片方のことだけを考えればいい竜司が羨ましいが、獅童の悪行を止める/黎の無実を証明するために俺が選んだ道だ。己自身のためにも逃げるわけにはいかない。

 決意を新たにした僕を横目に、黎は新島さんと話をしている様子だった。僕たちもひそひそ話を止めて、新島さんの方に向き直った。

 

 

「新島さん、大丈夫?」

 

「ここ何年かで、一番疲れた……。だけど……結構、良かった」

 

 

 黎の問いに答えた新島さんは、とてもスッキリした表情を浮かべていた。金城の元へ突撃していったときのような焦燥はすっかり鳴りを潜めている。憑き物が落ちたみたいだ。

 おそらく、いい笑顔を浮かべる新島さんの姿こそが本来の“新島さんらしさ”だったのだろう。その笑い方は、新島さんの話をする冴さんの笑い方とよく似通っていた。

 

 

「まさか、追いかけていた怪盗団に自分がなっちゃうなんてね。お姉ちゃんが知ったら失神しちゃうかも」

 

「失神してくれれば御の字じゃないかな。『よくも真を巻き込んだわね!?』って、僕ら全員が尋問室送りにされそうだ。……いや、下手したら拷問?」

 

「失礼ね。明智くんはお姉ちゃんを何だと思ってるのよ」

 

 

 カム着火ファイヤーインフェルノ状態の冴さんを思い浮かべる僕のことを、新島さんはジト目で睨みつけてきた。僕はさっと目を逸らす。

 

 怪盗団のことがバレてしまったら大変ではないかと竜司が危惧したが、僕と新島さんは首を振った。現実の捜査でパレスやメメントスのことが明らかになるとは思えない。

 現実の金城と邂逅した際に顔を合わせた周防兄弟や真田さんはペルソナ使いで、異形や異界に関する事件のプロである。しかし、彼らの活躍は表に出ない定めにあった。

 “怪異は誰も知らぬ場所で、ひっそりと燃え尽きるべきである”――彼らの暗黙の了解だ。彼らが怪盗団をどうするかは知らないが、きっと表沙汰になることはないだろう。

 

 実際、周防兄弟が活躍した珠閒瑠市の事件も、真田さんが活躍していた巌戸台および八十稲羽の事件も、その大部分が認知されていない。世間は彼らの活躍を知らないし、余程のことがない限り、彼らの活躍が認められることもないだろう。

 「ペルソナ使いの司法関係者が僕らの敵に回らない限りは、完全立証は不可能だろうね。いや、仮に、彼らが力を尽くしても闇に葬られるんじゃないかな。表の尺度で測れるようなものではないし」――僕の見解を聞いた面々は、周防刑事や真田さんを思い出して渋い顔をした。

 

 

「でも、これが私の運命だったのかもしれない」

 

「怪盗団になることが? どうして?」

 

「私はお姉ちゃんみたいになれないもの。いつか分かり合えないときがくるって思ってた」

 

 

 杏の問いに、新島さんは苦笑する。必死に働く姉の姿に感謝はしていたけれど、姉の姿をどこか哀れに感じることがあったらしい。

 ペルソナの声を聴いて、新島さんは自分の本音をハッキリ聞き取った。要するに、新島さんは根っからのマジメではなかったのだ。

 「“いい子”の仮面は大人の言いなりになっていただけ」と新島さんは自己分析する。……確かに、今の彼女からは息苦しさを感じなかった。

 

 頭も切れるし度胸もある――新島さんの才能は、参謀に向いている。僕のような怪異専門・超弩級の邪道一辺倒とは違い、一般的な正攻法と邪道に関する作戦立案役にはぴったりだろう。斜め穿った見方しかできない僕ではカバーできない部分だ。

 そのことを仲間たちから提案された新島さんは「役に立てるなら」と言って快く引き受けてくれた。彼女のコードネームも(“世紀末覇者”を推し過ぎて紆余曲折あったが)『クイーン』に決定した丁度そのタイミングで、黎と真の携帯が鳴った。

 

 

「こっちの金城は、パレスの出来事を知らないのね」

 

「ああ。だが、こっちのカネシロの認知が変わればパレスは影響を受けるぜ。慎重にな」

 

 

 金城からの催促状を読んだ真は、改めてパレスの世界と現実世界の差異を認識したようだ。モルガナも念を押す。

 

 認知を書き換えることでパレス攻略に影響が出た事例は、班目のパレス攻略でも実証済みであった。あのときは上手い具合に作用したから良いものの、逆のケースだってあり得る。金城パレスの攻略は、慎重に行うに越したことはない。

 期限は残り3週間。そうして、あのセキュリティだ。余計な接触は控えるべきだろうが、突破口を開くためには奴の懐に忍び込まねばならないこともあろう。虎穴に入らざれば虎子を得ず。笑えないけど笑ってしまう。――なんとも怪盗らしくなってきたではないか、なんて。

 

 

「金城を『改心』させることができれば、絶対イイよね!」

 

「叩き潰してやるわよ。私を怒らせたこと、必ず後悔させてやる……」

 

「その意気だよ、真」

 

 

 杏が手を握り締め、真は不敵に笑いながら拳を打ち付け、そんな2人を黎が優しい眼差しで見守る。全会一致で、怪盗団のターゲットが金城潤矢になった瞬間だ。

 明日以降からは作戦実行だと息巻く仲間たちは、これからのためにと腹ごしらえに打って出た。その様子を見つめながら、僕は考える。

 

 今回、怪盗団がターゲットとして選んだ金城潤矢は、僕が追いかけている獅童正義と繋がっている。

 それだけじゃない。鴨志田を黙認した秀尽学園高校の校長や、意図せずなし崩し的に狙った班目も、獅童と繋がりがあった。

 獅童は既に怪盗団に目を付けており、金城を『改心』させれば、獅童は今度こそ怪盗団を敵として認定するだろう。

 

 そして何より、人知の及ばない強大な力を持つ『神』による介入の疑いが濃厚だ。怪盗団のターゲットを、()()()()()()()()()()()()()()獅童正義に向かわせている――こんな芸当ができるのは、『神』と称される類の連中くらいだ。

 

 明智吾郎はピンポイントに穿った見方しかできない。保護者である空本至や航と駆け抜けてきた旅路が、今の僕の価値観を定めている。

 こんな話をしたって、信じてもらえるとは思えなかった。気に留めてもらえるとも思えなかった。けれど、このまま黙っていることもできない。

 

 

(……覚悟を決める、か)

 

 

 達哉さんの静かな面持ちが、真田さんの苦しそうな面持ちが脳裏をかすめる。

 

 もうこれ以上は隠し通せそうにないし、隠し続けることで発生するデメリットの方が大きい。隠したせいで怪盗団の面々を危険に曝すこともできなかった。

 自分の背負ったものに振り回されてばかりで、背負い続けることもできなくて、呆気なく崩れ落ちてしまいそうで――そんな自分が、嫌いだった。

 寄りかかっても、許されるだろうか。手を伸ばしても、助けを伸ばしても、良いのだろうか。……手を、握り返してもらえるだろうか。

 

 

「吾郎」

 

 

 名前を呼ばれた。顔を上げる。そこには、静かに微笑む黎がいた。野暮ったい眼鏡の奥で、灰銀の瞳が煌めく。すべてを赦すように細められた眼差しに、僕は酷く泣きたい気持ちに駆られた。手を伸ばして、縋りつきたくて仕方ない。

 他の面々も、僕が何かを言いたいのだと気づいたらしい。食べる手を止めて、余計な茶々を入れることなく、ただ静かに待っている。大丈夫だと告げるように。彼らの眼差しはどこまでも温かくて、力強くて、優しい。

 

 ()()()()()()()()()()()――僕の中にいる“何か”が苦笑した。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そこにいたいと、いたかったと、いるに相応しいものであったらよかったと、ささやかな願いを抱いたのは誰だったんだろう。そんな誰かの欲したもの――今僕が望んでやまないものが目の前にある。手を伸ばせば、きっと掴める。

 

 

「……みんな、聞いてくれ。金城をターゲットにするにあたって、話しておきたいことがあるんだ」

 

 

 神妙な面持ちでそう切り出した僕の話を、仲間たちは遮ることなく訊いてくれた。

 

 

「鴨志田卓を庇っていた秀尽学園高校の校長、前回僕らが『改心』のターゲットに選んだ班目一流斎、そして今回僕たちがターゲットとして選んだ金城潤矢には、ある人物との共通点がある」

 

「ある人物?」

 

「獅童正義。国会議員で現職大臣。次期総理候補とも目されている政治家だ。……そして、昨今の『廃人化』事件の黒幕であり、僕が『改心』させたい相手でもある」

 

 

 僕の話を聞いた仲間たちは目を丸くした。今まで怪盗団が関わって『改心』させてきた人間や、これから『改心』させようとしている相手に共通点があったとは思っていなかったのだから当然だろう。僕が『改心』させたい人間に行きつくことになるなんて、予想していなかったはずだ。

 それだけではない。僕が挙げた人物――獅童正義が、自分の駒に命じて『廃人化』事件を引き起こしている張本人なのだ。それ故に、自分に関わりのある人間を脅かしている怪盗団の動きに注視している。恐らく、金城を『改心』した後は本格的に敵視してくるであろう。

 鴨志田と班目をターゲットとして見出し『改心』したところまでは“偶然”と言えるだろうが、3人目のターゲット――金城にまで獅童正義が関わっているとなると“偶然”とは言えない。ここまでになると、最早“故意”の類だ。

 

 

「僕の経験則が正しければ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と考えられる。そいつが動くとしたら、獅童正義を『改心』させた後になるだろう。そのことを覚悟していて欲しいんだ」

 

「御影町や珠閒瑠市、巌戸台や八十稲羽の事件……ペルソナ使いたちが対峙してきた怪異だね。最終的にはみんな『神』レベルの連中と戦う羽目になってたっけ」

 

 

 ペルソナ使いの戦いに関しては、僕はそれを見守って来たし、黎も親戚一同から聞かされている。それ故に、黎は僕の話を何の抵抗もなく受け入れていた。

 対して、他の面々は神妙な面持ちで顔を見合わせていた。「スケールが大きすぎてついて行けない」と言いたげな表情である。その気持ちはよく分かった。

 

 僕だって、保護者である至さんに連れられて怪異事件に巻き込まれていなければ、こんな話を真面目な顔でする/信じることになるだなんて思わなかっただろう。これが、僕が僕自身を“怪異専門・超弩級の邪道一辺倒”担当と自負する所以であった。

 

 真顔で納得する黎の姿に、「リーダーが信じるならば」僕の話を信じてみようと思ったようだ。仲間たちも、半ば半信半疑ではあったが頷き返してくれた。

 こういう覚悟があるのとないのでは全然違ってくるので、日頃から“何となく”でも意識してくれれば幸いである。僕が内心ホッと一息ついたときだった。

 

 

「でも吾郎。貴方が獅童正義を追いかけているのは、“奴の『駒』が『廃人化』による殺人を行っている現場に居合わせた”だけではないんでしょう?」

 

「……確かに。赤の他人同然の政治家を“犯罪の現場に居合わせたから”追いかけるというのは、理由として弱いな」

 

 

 案の定、真は僕の話に引っかかりを抱いたらしい。彼女の指摘に祐介も同意する。仲間たちも同じことを思ったようで、竜司、杏、モルガナも「言われてみれば」と頷いた。

 僕は黎に視線を向ける。彼女は静かな面持ちのまま、僕の言葉を待っていた。すべてを受け入れ、許すと言わんばかりの優しい眼差しが――どうしようもなく、嬉しい。

 大丈夫。きっと、多分大丈夫。すべてを手放すことになっても、僕の大事なものは変わらない。為すべきことも変わらない。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()/()()()()()()()()()()

 

 でも、その夢を見れたことを後悔はしていない。夢の中で手にした希望は、ずっと僕の中に残り続ける。

 有栖川黎を想い、有栖川黎に想われた日々は、()()()()()()明智吾郎にとっての“すべて”だった。

 

 

「獅童正義は、黎に冤罪を着せた張本人だ」

 

 

 僕は一度言葉を切って、ゆっくり口を開く。

 

 

「――そして、俺の……“実の父親”なんだ」

 

 

 仲間たちが息を飲む音が響いた。僕を見ていた黎が目を丸く見開く。それを見た途端、俺の決意はあっという間に瓦解した。

 

 彼女を真正面から見ていられなくなって、俺は思わず視線を逸らす。目線は自然と下へ向かい、俯いていた。

 自分を陥れた男の息子である俺に対して、被害者である黎からは、どんな罵倒の言葉が飛んでくるのだろう。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、“()()()()()()()()()()()()。“()()()()()()()()()()()()――。

 

 濁流のように湧き上がって来た感情に飲み込まれる。この想いは俺のモノだろうか。それとも、俺の中に居座っている“何か”のモノだろうか。

 分からない。自分という存在が曖昧になって、ガラガラと崩れていくようだ。しがみつく当てもない。ああ、溺れてしまいそうだ――。

 

 沈黙がいたたまれなくて、俺は口を開く。思った以上に上ずった声が出た。はは、と、乾いた笑い声が漏れる。

 

 

「……分かってるよ。“俺は黎の隣(ここ)にいるべきじゃない”ってことくらい、分かってる。……分かってたけど、ずっと言えなかった。――ごめん」

 

「――だから何だって言うの?」

 

 

 溺れかけていた僕の心を救い上げたのは、凛とした声。反射的に顔を上げれば、穏やかな微笑を湛える黎の姿があった。

 

 

「でも、僕は……俺の父親は、黎のことを――」

 

「吾郎はいつだって、私を助けてくれたでしょう? 御影町で悪魔に追い回されたときも、鴨志田と似たような親戚に私が襲われかけたときも、冤罪に巻き込まれたときも、怪盗団としてパレスやメメントスを駆け回るときだって、私を守ってくれた。支えてくれた。――感謝こそすれど、嫌いになるなんてあり得ないよ」

 

 

 有栖川黎の双瞼には、一切の嘘偽りもない。ただ真っ直ぐに、明智吾郎を見つめている。明智吾郎という存在を求めている。傍にいてほしいと願ってくれている。――俺に手を差し伸べてくれている。

 

 

「なあ、吾郎。よく分からねーけど、お前が誰の息子だって関係ないだろ。お前のオヤジは確かにクズだけど、お前は奴と全然違う。親が悪者だからって、吾郎までその罪を背負わなきゃいけねーのは違うだろ!?」

 

 

 「お前はずっと黎に惚れてて、黎のこと大事にしてたじゃねーか!」と、竜司は真っ直ぐな言葉で訴えた。

 失礼な話だが、彼の語彙力が低い分、紡がれる言葉は朴訥で――けれど、強い調子で俺の心に突き刺さってくる。

 必死に、真摯に、彼は自身の想いを俺にぶつけてきた。彼もまた、俺に手を差し伸べてくれているのだ。

 

 

「……吾郎は偉いよ。アタシだったら、“自分の親が自分の大切な人を嵌めた張本人だ”って言えない。だって怖いもの。もしアタシと志帆の関係がそうだったら、そのまま黙って離れてったと思う」

 

「杏……」

 

「そうよね。私なんて、誰かに必要とされたい一心で“いい子”になろうとしてた。大人たちの言いなりになったのも、そのためだった。必要とされるには、自分自身を殺すしかないって思いこんでた。……そんな『クズ』なんかと比べれば、吾郎は立派じゃない。周りの評価に負けず、自分自身に嘘をつくことなく、ちゃんと言葉にして伝えたんだもの。自分自身の“正義”に従って」

 

「……真」

 

 

 怪盗団の女性たちが静かに微笑む。彼女たちも、俺に手を伸ばしてくれている。手を掴めと促してくれている。

 

 そんな彼女たちを見ていた祐介とモルガナも頷いた。

 彼らの眼差しも、酷く優しい。

 

 

「吾郎。お前が黎を想う気持ちに、一切の嘘偽りはなかった。いつだって真摯に、ひたむきに、彼女を愛していた。文字通り、比翼連理という言葉が似合う程に」

 

「惚れた相手は守り抜く。怪盗として、そして紳士としての矜持だ。それを生涯かけて、命に代えてでも守り通そうとする気概を持ってるオマエが、ワガハイたちの仲間じゃない訳がない! オマエは立派な“怪盗団の一員”だぞ、ゴロー!!」

 

 

 みんなの言葉が、俺を雁字搦めにしていたしがらみを断ち切っていく。それは、マリオネットの操り糸が鋏で断ち切られていくのとよく似た感覚だった。

 ぱちん、ぱちんと、糸が切れる音が聞こえてくる。重苦しくて身動きできなかったはずの身体が軽い。――今なら、思った通りに動けそうな気がした。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 恐る恐る、俺は手を伸ばした。

 黎は力強く笑って、迷うことなく俺の手を取る。

 

 

「一緒に獅童を『改心』させよう」

 

「……黎……」

 

「そうして、それが終わっても、一緒にいよう」

 

「! ――ああ。うん、そうだね。……ずっと、一緒にいよう」

 

 

 ――それは、嘘偽りのない、俺の願いだった。

 

 

◇◆◆◆

 

 

「いーたーるーぅ」

 

 

 でれでれとした声を上げながら空本至に絡むのは、彼の双子の弟である空本航であった。色白の顔は真っ赤に染まっており、呼気からはアルコールの香りが漂う。

 「ああはいはい」と適当に相槌を打ちながら、至は酔っ払いの航を相手する。ぞんざいな返答をされていると知ってか知らずか、航はぐりぐりと頭を押し付けてきた。

 

 

「にーさぁん……」

 

「痛い、痛いって! おい、大人しくしとけよ酔っ払い。あまり騒ぐと運転手さんの迷惑だろ」

 

「にーさんだいすきぃー」

 

「あーはいはい。俺も大好きだぞー」

 

 

 現在、空本兄弟はタクシーで移動中である。酔うと至限定で幼児退行の絡み上戸になる航は、兄さえいれば後は周囲がどうなっていようと知ったこっちゃない。

 

 絡み合う兄弟を見ていた運転手は深々と息を吐いた。「『迷惑料を寄越せ』と言われないだけマシかもしれないな」と小声で呟き、至は苦笑する。素面である方には、余分に取られても仕方がない様を晒しているという自覚はあった。

 猫のように頭を押し付けてくる弟に対し、兄は某動物王国の主の様に「おーよしよし、おーよしよし」と頭を撫でていた。正直な話、半ば自棄である。「お前はネコ科か」とぼやきながら、わしゃわしゃと髪をいじっていたときだった。

 

 

「いたるー」

 

「んー? どうした航?」

 

「ずーっと、いっしょ」

 

 

 弟の言葉を聞いて、兄は一瞬動きを止めた。至の横顔から表情という表情がごっそりと抜け落ちる。

 驚愕、恐怖、絶念、悲哀――藤色の瞳はゆらゆらと揺らめくように伏せられた。

 そんな至の様子を知ってか知らずか、航はにへらと幸せそうな笑みを浮かべた。

 

 赤紫の瞳は、“航は至とずっと一緒にいられる”と無邪気に信じていた。そんな当たり前の日常が続いていくものだと信じて疑わない。明日も明後日もその次の日も、そんな日々が続くのだと思っている。

 

 暫し沈黙した至は、静かな笑みを浮かべた。凪いだ水面のような笑みだった。

 藤色の瞳には、相変わらず4つの感情――驚愕、恐怖、絶念、悲哀――を湛えたまま。

 

 

「そうだなぁ。――……()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 ――思わず呟いた言葉は、縋るような声色をしていた。

 

 

◆◇◇◇

 

 

 僕たちは金城パレスの攻略を開始した。前回クイーンが破壊していった出入り口は封鎖されているため、豚の像の下にあった隠し通路からの侵入である。入った先は銀行の受付フロア近辺にある階段だった。応接室に用はないので、前回の侵入で確認できなかった箇所の探索を始める。

 前回加入したばかりであるにも関わらず、クイーンは大活躍していた。モナのナビを聞いて、彼女が作戦立案を行う。ピンポイントに穿ったやり方しかできない僕とは違い、クイーンの作戦はある意味で正攻法と言えた。やはり、彼女の加入は戦力的にも怪盗団の作戦立案的にも間違いではなかったようだ。

 クイーンの正攻法と僕の怪異専門の超弩級な邪道を組み合わせながら、怪盗団は銀行内を突き進んだ。すると、警備員がエレベーターに乗って地下へ降りていく現場を目撃する。だが、エレベーターには一切操作パネルがない。外部から監視することで、余計な人間が地下へ入れないようにしていた。

 

 地下へ行くための道にセキュリティを仕掛けているということは、金城のシャドウは余程地下へ踏み込ませたくないらしい。僕たちは地下への行き方を探して、片っ端からフロアを探索することにした。

 勿論、シャドウから身を隠し、時には奴らを背後から強襲しながら経験を積む。金城のパレスで犬型のシャドウが初お目見えしたが、他のシャドウより敏感なだけで特に脅威には感じなかった。

 

 道中、シャッターが閉じている部分はスイッチを押して開けることができた。ATM人間による金城への命乞いや愚痴を呟いているのを横目にしながら、僕たちは先を急いだ。

 

 

「あ、ここ登れそうだね」

 

 

 よじ登れそうな個所を見つけたジョーカーは、軽い身のこなしで棚の上へとよじ登った。そのまま配管を足場にして別の棚へ飛び乗る。そうして足を止めた。

 ジョーカーが手招きする。彼女の指さす方には通気口があった。1人づつなら侵入できそうである。僕らもジョーカーに続いて通気口の中へ潜り込んだ。

 

 通気口の外にはシャドウの警備員が控えていた。敵の隙を突くような形で通気口から飛び出した僕たちは警備員たちを強襲し、速攻で降した。どうやらこの部屋は監査室らしい。監視カメラ用のモニターには、銀行内の多くの箇所が映し出されている。

 お誂え向きとでも言うかのように、テーブルにはカードキー、壁には銀行内の地図が飾られている。だが、地図は途中までのものしか手に入らなかった。残りは別のフロアにあるのだろう。だが、カードキーと地図が手に入ったことで行動範囲が広がったことは大きい。

 「警備員が乗っていたエレベーターに飛び乗るのは最後の手段」と語ったクイーンは、カードキーによって行ける範囲が広がったことを指摘した。参謀役の意見に従い、僕たちは現在行けるフロアを駆け回り、片っ端からカードキーを使って乗り込んだ。

 

 

「ここって、エレベーターの真上?」

 

「みたいだな。と言うことは、ここがエレベーターの制御室か」

 

 

 部屋に踏み入ったパンサーとフォックスが、きょろきょろと内部を見回す。部屋の真ん中には金網があり、一部が外れていた。金網の真下には、丁度エレベーターの天井が位置している。

 

 

「でも、こんな場所に来たって意味ないだろ?」

 

「いいや、意味はある。“どのような形でも”()()()()()()()()()ことができれば、地下に足を踏み入れることは可能だ」

 

「エレベーターは箱状になっているから、天井を床にして乗ることだってできるでしょう?」

 

「ジョーカーとクロウは察しがいいな! 後は誰かがエレベーターを操作するのを待てば、ワガハイたちも地下へ行けるって寸法さ」

 

「成程ね。それじゃあ、その手を使いましょう」

 

 

 首を傾げたスカルの言葉に、僕は首を振って指摘する。ジョーカーはうんうん頷いて僕の話に補足を入れた。モナも笑みを浮かべる。クイーンも同じことを考えていたようで、その作戦を立案してきた。僕らは同意し、エレベーターの天井に潜む。

 程なくしてエレベーターが動き出す。暫く下降したエレベーターは止まり、沈黙した。近くにあった通気口を通って新しいフロアに降り立ったとき、この場一帯に業務放送が鳴り響く。声の主は金城のシャドウだった。

 

 

『銀行内にどうやら『ネズミ』が侵入しているようだ! いいか、絶対に地下から先へ進ませるな! これまで以上に警備を強化しろ!』

 

 

 奴の声は切羽詰っている。この放送は、金城の『オタカラ』が地下にあることを自ら白状したようなものだ。同時に、このフロアが地下であることを示している。その代わり、地図は未完成のままなので進み辛い。

 目下の目標は地図を入手し、既に入手してある地図の場所まで辿り着くこととなった。最終目的地は地下へ辿り着くことであるが、そのためにも地図探しが大事だと判断された結果である。僕たちは再び駆け出した。

 監視カメラを掻い潜り、時には監視カメラの電源ボックスをジョーカーの蹴りで潰しながら先へ進む。通路の1つが玄関ホールに繋がっていたり、新しくセーフルームを発見したりしていくうちに、僕たちは開けた場所に辿り着いた。

 

 地図によればこの先に道があるようだが、そこから先は未知の場所である。下の階へ行くことを目的にしつつ、他の地図を探すことにした。

 

 

「見ろよアレ。金庫か?」

 

「でも、地図によればこの先もあるようだけど……」

 

「ならばアレは隔壁だな」

 

 

 程なくして、僕たちの前に大きな鉄扉が現れる。スカルは鉄扉を金庫と推理したようだが、地図と現在地を照らし合わせたクイーンが首を傾げた。そこから、フォックスがあの扉の正体を見極める。

 厳重な鉄扉――もとい隔壁の脇には、暗証番号を入力すると思しき端末が鎮座している。端末は2つ並んでおり、各々を起動させるパスワード/鍵を2つ集めないと開かない仕組みとなっていた。

 

 

「マジかよ、面倒くせぇ。厳重過ぎんだろ……」

 

「本人の自己申告もあながち間違いじゃないってことか……」

 

「でも、この厳重さには意味がある。この先が地下に繋がっていることは間違いないね」

 

 

 悪態をついたスカルとため息をついたパンサーに、不敵な笑みを湛えたジョーカーが頷く。

 

 早速鍵を探しに施設内を駆け回っていた僕たちは、明らかに様子が違う警備員を発見した。奴らの会話を聞く限り、隔壁を開く鍵を持っているのはあのシャドウたちらしい。だが、奴らの強さは金城パレスの中でも有数の実力者だという。そんな相手に真正面から挑みかかるのは愚の骨頂だ。

 そこで参謀役のクイーンが進言する。先程僕たちがカードキーと地図を入手した監視室なら、奴らを呼びだす通信機能があった。それで片方づつ呼び出し、各個撃破と洒落こもうと言うのが彼女の提案だった。全会一致でそれは採用され、決行される。僕らはシャドウを蹴散らし、鍵を手に入れた。

 勇んで守衛室へ戻った僕たちは、番人シャドウを軽く撃破した。これで左右のキーが揃い、隔壁が開けられる。スカルとパンサーが左右の端末を同時に操作することで、分厚い隔壁は簡単に開かれた。「チームワークの賜物だね」と頷くジョーカーの言葉に、仲間たちも誇らしげに笑って頷き返した。

 

 ついに地下フロアに乗り込んだ僕たちは、監視カメラや見張りを掻い潜りながら奥へと進む。

 道中、金城のシャドウが警備員と何かを話している姿を発見した僕たちは、奴らの会話を聞くために近づいてみた。勿論、戦闘することも視野に入れてだ。

 

 

「金城ッ!」

 

「き、貴様ら、どうして!?」

 

 

 「自分のセキュリティーは完璧だったはずなのに」と、金城は悲鳴を上げた。

 僕たちがここに来ることは、彼にとって想像できなかったのだろう。

 

 

「あいにくだったな! 俺たちにとっちゃ、あんなもん余裕なんだよ!」

 

「……割と苦労したがな……」

 

「確かに謎を解いたり罠を潜り抜けるのは大変だったけど、仕掛け自体は単純だったからね。やたら面倒くさいだけで」

 

 

 息巻くスカルの言葉に対し、フォックスはひっそりとツッコミを入れた。僕もさらりと補足する。

 

 

「お、おい! このネズミどもをここで仕留めろ! 絶対にエレベーターに乗せるな!」

 

「御意に!」

 

 

 金城の指示を受けた警備員がシャドウとしての姿を顕現させる。奴は僕たちに襲い掛かって来たので、僕たちも容赦なく迎え撃った。それぞれの弱点属性は把握していたので、属性魔法攻撃を叩きこむ。崩れ落ちたシャドウたちを取り囲み、僕たちは総攻撃を叩きこんだ。

 警備員は呆気なく消滅する。金城のシャドウは既に雲隠れした後だったが、奴は余程慌てていたのだろう。手帳を落としていった。手帳には何かの暗号文らしきものが書き記されている。現時点ではわからないが、どこかで必要となるのだろう。それは一旦保留にして、僕らはついに最深部へ足を踏み入れた。

 

 エレベーターが降りていく。そこに広がっていた光景に、僕たちは息を飲んだ。

 

 

「何だこれ!? まさか、これ全部金庫かよ!?」

 

「こんな数を総当たりして『オタカラ』を探すの!? ムリムリムリムリ!!」

 

 

 スカルとパンサーを筆頭にして、フォックスとモナの4名が顔をこわばらせる。僕もざっと金庫の群れを見てみたが、ふと気づいた。頭の中に1つの仮説が浮かぶ。

 どうやらジョーカーとクイーンもその法則を察したようで、「全部の金庫を調べなくてもいいかもしれない」と言いながら頷き合っていた。……寂しくない、決して。

 小さな金庫を調べなくて済むことを祈る4名を横目にしつつ、僕らは最深部へと降り立った。早速周囲を探索すると、暗証番号入力用の端末が姿を現す。

 

 パスワードに書かれたアルファベットを見たパンサーが、先程見つけた手帳の内容を思い出したようだ。件のアルファベットには、それに対応する数字が記されていた。その通りに暗号を入力すると、金庫全体が大きく動いた。塞がっていた道に通路ができる。

 この動き方には覚えがある。それを口に出そうとした僕とクイーンだったが、それを遮るかのように金城の声が響き渡った。奴は相変らず金に執着していて、「もっと金持ちにならないと」等と叫んでいた。……貧乏になることに対して、強い怯えが滲んでいた。

 

 胸糞悪さと憤りを感じながら、僕たちは次々と暗証番号を探しては解除していく。その度に、金城の心の声――命よりも金が大事という歪み――が木霊した。聞いているだけで腹立たしさが湧き上がってくる。自分がのし上がるためならば、弱者を踏みにじることも厭わない……奴のやり口は、獅童正義にも通じるものがあった。

 

 

「……流石は獅童の協力者だ。類は友を呼ぶとはこういうことなんだろうな」

 

「クロウ」

 

「ああ、心配しないで。大丈夫だから」

 

 

 僕を伺うように視線を向けてきたジョーカーへ、僕は笑い返して見せる。僕も彼女も、獅童の気まぐれによって踏み潰されてきた人間だ。

 それ故に、奴の同類は気に喰わない。仲間たちも同じ気持ちのようで、金城の『改心』に向かって一致団結していた。

 

 最奥への道はどんどん開かれていく。やはり、僕たちの予想通り、このフロアの構造は“鍵のシリンダー”のようだ。パスワードを1つ解除する度道が開かれるのは、鍵の形が正しいか否かを判別しているためである。言い換えれば、このフロア自体が巨大な鍵だと言えるだろう。

 

 

「要するに、僕たちのやっていることは、このフロアに対するピッキングと似たようなものだってこと」

 

「随分と大規模だな……」

 

 

 クイーンの説明をまとめた僕の言葉に、モナが吐息のような声を漏らした。そんな雑談を繰り広げながら、僕たちはロックを解除して通路を開いていく。

 そうして、最後の仕掛けが作動した音が響き渡る。同時に、悲鳴にも似た金城の叫びも。彼の過去に何があったかは知らないが、彼は貧乏な頃に戻りたくない一心のようだ。

 最も、どのような理由があれど、金城が犯してきた罪は消えない。彼のしていることは――弱いものを嬲りながら搾取することは、決して許されることではないのだ。

 

 エレベーターに乗った僕たちは、ついに金城銀行の最奥に辿り着く。いつも通り、そこには『オタカラ』がぼんやりと浮かんでいた。後は予告状を出せば直接対決である。

 クイーンは相変らずの頭脳で認知世界の仕組みを理解した。スカルとパンサーが感服するのが最早お約束になりつつある。僕たちは金城パレスを後にして、決行日に備えることにした。

 

 

◇◇◇

 

 

 本日、決行日。予告状を渋谷全体にばら撒く――渋谷の街を“人間ATMが住まう庭”と認識している金城にとって、充分効果的なアピールだと言えるだろう。作戦立案は真、予告状のばら撒き役に選ばれたのは竜司である。ばら撒き役である竜司に変装までさせたという気合の入れようだ。

 相手は超弩級の悪党から支援を受ける“本物の大悪党”。対するこちらには参謀役を担う鋼鉄の乙女系の大型新人を加えた布陣である。期待の世紀末覇者新島真/クイーンは「クズの大人と言いなりだった自分ごと打ち砕く」と闘志を燃やしていた。負ける要素など微塵も見当たらない。

 

 パレスの最奥に侵入した先には、金城のシャドウがヤクザを伴って待ち構えていた。奴の背後には、高速回転し続ける巨大なダイヤル――金庫のモノだろうか――が鎮座している。前回は見かけなかったものだ。

 “短時間で金庫を設置する”――ここは金城の“心の世界”。自分の心を堅牢にする/パレス内部を大改造することくらい、簡単に行えるであろう。パレスの元が銀行というのも相まって、金庫が出てくるのは当然だった。

 

 

「いらっしゃいませ。ようこそ、我が都市銀行へ」

 

 

 金城は恭しく頭を下げたが、顔は全然笑っていない。対して、僕らは不敵で不遜な表情のまま奴と対峙した。

 

 弱い立場の者から金を搾り取る“弱肉強食”を掲げる金城潤矢もまた、嘗てその“弱肉強食”によって辛酸を舐めさせられた人間の1人であった。

 その環境から脱出しようと足掻いた奴は出世し、今の地位を手に入れた。そうして奴は、今度は搾り取る側へ回ったのだ。今までの鬱憤を晴らすように。

 「お前らも大人しく金づるになりなさいよ」と語る金城の言葉をフォックスがにべもなく切り捨て、「やり返す相手が間違ってる」とパンサーが怒る。クイーンは呆れていた。

 

 

「卑怯なことしかできない貴方って可哀想な人よね」

 

「勝ち方に綺麗も汚いもない! クレバーな奴が勝つ!」

 

「……その割には、自分でも収拾つかない状態に陥ってないか?」

 

 

 金城の心の声――際限なく『金を稼がなくちゃ』と怯えた声で喚き散らしていた――を思い出し、僕は奴に指摘してみた。

 

 

「あんたは『勝つために金を稼いでいる』んだろ? じゃあ訊くが、『どれだけ金を貯めれば、あんたは安心して『勝った』と言える』んだ?」

 

「確かにそうだね。目的には達成条件というものがある。貴方にはそれが一切ないけど、いつまで金を集めるつもり?」

 

「そ、それは……」

 

「惨めだね。金以外に縋るものがないなんて」

 

 

 「多分、そのやり方を続ける限り、安心することはできないと思うよ」と、黎が付け加えた。金城が金に執着するのは、貧乏だった頃の辛さから逃げたい一心なのだろう。

 “金さえあれば、辛かった頃の日々に戻らなくて済む”――奴は、その漠然とした指針によって人生の舵を切ったに過ぎない。結果、際限のない敗北の恐怖に囚われている。

 

 憐れみの視線を向けられた金城は激高した。自身が柱とする弱肉強食のルールを掲げ、「ネットの知識だけで世の中悟ったようなガキは良いカモだ」とほざく。

 騙される側が全面的に悪いと吼える。学習しない奴は一生バカなのだと叫ぶ。……一丁前なのは格好だけで、金城(コイツ)の中身もバカではないか。

 僕がそう思ったとき、スカルが額を抑えながら呟いた。「呆れを通り越して頭が痛い」と言わんばかりの表情で、だ。

 

 

「それ以外何も言うこと無いのかよ……。こういうのを“馬鹿の一つ覚え”って言うんだよな」

 

「す、凄い……! 今日のスカル、冴えてる……!!」

 

「明日は槍が降って来そうだぜ……」

 

「おいパンサー、モナ、それはどういう意味だ!? ってかクロウ、お前なんで泣きそうな顔してんだよ!?」

 

「いや、僕が勉強見てやった成果の賜物だなって思ったら感慨深い気持ちになっちゃって」

 

 

 5月の定期テスト勉強で、スカルの勉強を見てやった甲斐があった。実際、定期テストでもスカルは赤点を余裕で脱してテスト平均55点オーバーを叩きだしたらしい。他の面々のテスト平均も上がったようだ。勿論、ジョーカーはぶっちぎりの学年一位を達成している。訳アリ生徒による文句なしの大躍進に、クイーンも目を見張っていたそうだ。

 

 パンサーとモナが目から鱗が落ちたような顔をしてスカルを見つめる中、蚊帳の外に追いやられた金城はげんなりとこちらを眺めていた。

 くだらないことで一喜一憂する学生をバカ呼ばわりした金城は、説教を止めると宣言した。正直説教にすらなってないのだが、なけなしの慈悲で黙っておく。

 

 

「クククク……たかるだけ、たからせていただきますよぉーッ!」

 

 

 そう宣言した金城の身体が変形し始める。手を合わせてこすり合わせる動作、背中に生えた昆虫の羽、大きくなった赤い複眼――文字通り、金と権力にたかるハエそのものだ。

 周囲にいたヤクザたちは顔を真っ青にして逃げ出した。あの反応から見て、彼らは何らかの手段で現実世界から金城のパレスへやって来ていた者たちなのだろう。

 ……もしかして、この周辺に獅童智明が潜んでいるのだろうか。それを確認する間もなく、異形と化した金城潤矢が僕たちへと襲い掛かって来た。

 

 

「汚い金にたかるハエ……気持ち悪いのよ! いくよ、ヨハンナ!」

 

「いっそ燃やしてやるわ! おいで、カルメン!」

 

「私も続くよ。――ペルソナ!」

 

 

 女性陣が即座にペルソナを顕現し、容赦なく核熱や炎属性攻撃を叩きこむ。現実世界では虫を焼き殺す炎であるが、シャドウの金城を同じようにするには至らないようだ。

 僕ら男性陣も続いてペルソナを顕現し、金城へと攻撃を仕掛けた。金城は人が変わったようにラップ調で話しながら、不気味なダンスのステップを踏んでいる。

 

 次の瞬間、僕の足元から凄まじい呪詛が吹きあがった。

 

 

「ぐあっ!」

 

「クロウ!」

 

 

 爆ぜる闇に吹き飛ばされ、地面に叩き付けられる。呪怨属性は僕のペルソナであるロビンフッドの弱点だ。

 ダウンして身動きが取れない僕を狙い、金城が追撃に走って来た。それを阻むようにしてジョーカーが飛び出す。

 ジョーカーが振るった短剣は金城の追撃を弾く。お返しとばかりにジョーカーがペルソナを顕現し、風で金城を吹き飛ばした。

 

 

「よくもやってくれたな!」

 

 

 大事な人に守られてばかりと言うのも頂けない。僕はどうにかして跳ね起きると、即座にロビンフッドを顕現した。お返しとばかりに祝福属性の光が爆ぜる。

 

 ダウンこそ奪えなかったものの、仲間たちが金城の隙を逃すわけがなかった。キャプテンキッドとゴエモンが物理攻撃を叩きこみ、ゾロが突風を巻き起こした。

 連続攻撃に耐えられなかったのだろう。金城ががくりと膝をつく。僕らは躊躇うことなく武器を構えて奴を包囲した。呻く金城に慈悲など要らない。総攻撃を叩きこんだ。

 

 

「ちっ……。思ったより、仕上がってんじゃねーか。なら、こっちもアレを出すしかないか……」

 

「負け惜しみを!」

 

「へへへ、そいつはどうかな……? さあ、出撃だぜ。俺の守護神がな!」

 

 

 ふらついた金城が言い終わるや否や、奴は空中へと飛びあがった。高速回転していた金庫のダイヤルが止まり、中央の扉が開かれる。金城はその中へ入っていった。

 轟音と共に扉が開かれる。そこにあったのは、金属でできた巨大なブタであった。金城が乗り込んだ場所が鼻で、目の部分には機関銃らしきものが回転しながら蠢く。

 モナの「ブタ!?」という言葉を否定した金城曰く、この巨大な兵器は“豚型軌道兵器ブタトロン”というものらしい。……結局はブタではないか。

 

 奴はブタトロンに乗り込んだ状態で攻撃を仕掛けてきた。巨体による攻撃を受けたらひとたまりもない。クイーンのアドバイスを受けたジョーカーは頷いた。

 

 ジョーカーの指示を受けたクイーンがヨハンナを顕現して僕たちに守りを強化する補助魔法を使い、パンサーがカルメンを顕現してブタトロンの攻撃を下げる補助魔法を行使する。他にもフォックスがゴエモンを顕現し、仲間たちに回避と命中を上げる補助魔法を使っていた。モナはゾロを顕現して僕たちの傷を癒す。

 ブタトロンに攻撃を叩きこみながら、補助や回復も怠らない。このときのためにと買い込んでいた薬も使っての長期戦だ。僕らの戦いぶりを兵器内から見ていた金城は「さっきはよくもブタ呼ばわりしてくれたな」と怒りながら、ブタトロンを変形させる。完全な球体となった兵器の上に、金城のシャドウが飛び乗った。

 

 

「アイツ、何する気だ!?」

 

「……玉乗り?」

 

「まさか、転がって体当たりしてくるつもりか!?」

 

 

 スカルが身構え、パンサーが首を傾げる。モナの予測は大当たりしたようで、ブタトロンの回転率は急激に上昇し始める。

 

 奴の攻撃を止めようにも、防御しようにも間に合わない!

 ブタトロンは無防備な僕らの元に――

 

 

「アポロ、ノヴァサイザー!」

 

「ヒューペリオン、ジャスティスショット!」

 

「カエサル、ジオダイン!」

 

「ハラエドノオオカミ、ブフダイン!」

 

 

 次の瞬間、各方面から属性攻撃と物理攻撃が放たれた。それは逸れることなく金城に全弾命中し、金城を吹き飛ばす。地面に叩き付けられた金城は、操り手を失ったブタトロンによって容赦なく轢かれてしまった。奴の攻撃を止めるには、金城をブタトロンから叩き落とせばいいらしい。

 聞き覚えのある名前のペルソナたちに振り返れば、目を回したヤクザたちを拘束した周防刑事と達哉さん、真田さん、千枝さんがパレスの最深部に乗り込んできたところだった。まさか警察が乗り込んでくるとは思わなかった仲間たちが目を剥く。

 ペルソナ使いの刑事たちが怪盗団をどう見ているかは分からない。今は金城を攻撃したが、彼らの討伐対象者には僕らも含まれている危険性があった。金城だけでなく、歴戦のペルソナ使いをも相手取る羽目になった場合、怪盗団が勝てる要素はほぼ0に等しい。

 

 僕らは思わず身構えた。金城も体を起こし、刑事たちを確認して目を見張る。

 

 

「け、警察!? なんでお前ら、怪盗団の味方するんだよ!? さっさとこいつらを――」

 

「――『守ってくれ』と言われたんだ」

 

 

 アポロを顕現させた状態のまま、達哉さんは武器を構える。

 すらりとした銀の煌き。彼の得物は、フォックスと同じ日本刀だ。

 

 

「『“来るべき瞬間(とき)”を迎えた彼女らは、いずれ訪れる滅びを打ち砕く『鍵』になる。だから、先輩として、大人として、どうか彼らの道を切り拓いてやってくれ』と」

 

「……一度、自分たちが“そういう目”に巻き込まれたことがある分、放置するわけにはいかなくてね」

 

 

 弟の言葉を引き継いだ周防刑事は、静かに語った後、金城を睨みつける。彼の銃の照準は、討ち果たすべき悪を捉えていた。

 

 

「あたしもね、昔、そうやって真田師匠や至さんたちに助けてもらったんだ。だから今度は、あたしたちがみんなを助ける番だよ!」

 

 

 千枝さんは得意満面に笑うと、僕たちに自分のスマホを指示した。画面には“イセカイナビ バエル限定版”と書かれたアプリが表示されている。

 それに合わせようにして、刑事たちは自分のスマホを指し示す。全員のアプリに“イセカイナビ バエル限定版”がインストールされていた。

 彼らは満場一致で「至さんからメッセージを貰った後に、このアプリが携帯にインストールされていた」と語った。今回、彼らは直接至さんと顔を合わせていないらしい。

 

 

「それに、今回ここに居合わせたのは、刑事として捜査をしていたためではないからな」

 

「我々は謹慎、または強制的な休職中の身なのでね。現在、警察機構の権限を行使できない状況にある。それ故に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「な、なにィ!? そんなバカな!!」

 

「本当に残念だなぁ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ああ、まったくだ。本当に惜しい。()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 真田さんと周防刑事は嘯く。言葉とは裏腹に、2人は嬉しそうに笑っていた。それは、事実上、「怪盗団を見逃す」と言っていることに他ならない。

 ペルソナ使いの刑事たちが謹慎と休職に陥ったのは、他でもない金城が獅童派の連中を使って警察組織に圧力をかけたせいである。

 

 金城にとって、これはある種の“自業自得”だ。……おそらく、刑事たちはこれも計算に入れた上で動いていたのかもしれない。

 

 自分がした根回しがこんな形で返って来るとは思わなかったのだろう。金城は悔しそうに地団駄を踏んだ。だが、すぐに羽で飛び上がってブタトロンに乗り込む。

 次の瞬間、金城が乗り込んだブタトロンよりも小型のブタトロンたちが湧いて出た。奴らは徒党を組んで目からバルカン砲を連射したり、体当たりによる自爆攻撃を行う。

 勿論、金城が乗り込んだブタトロンも僕たちに攻撃を繰り出してきた。四方八方から攻撃されるのは辛いものがある。しかし、その物量はあっという間に吹き飛ばされた。

 

 

「このブタどもは俺たちに任せておけ」

 

「勿論、現実世界で金城を捕まえることもだ」

 

「その代わり、奴の『改心』は任せたぞ!」

 

「さーて、派手に暴れちゃうよ!」

 

 

 そう言い切るなり、達哉さんと周防刑事が、真田さんと千枝さんが、見事な連携を披露して小型のブタトロンを一網打尽にしていく。これで、僕たちも金城に集中できそうだ。

 

 金城の操縦するブタトロンの攻撃を回避したり耐えたりしながら、身体強化と弱体化、もしくは回復術を駆使して立て直しつつ攻撃を仕掛けていく。時折、金城は先程の攻撃――玉乗りからの体当たり――を繰り出そうと試みたが、一度も成功することはない。

 ブタトロンから叩き落とされ轢かれるか、手持ちの道具の中で高級そうなアイテムを放り投げて奴の気を引いたためである。金の亡者は戦闘中でもお構いなしにアイテムを集めていた。歪みないと言えば歪みないが、一応、これは立派な歪みだったりする。

 

 僕らは気にすること無くブタトロンを徹底攻撃した。長い戦いにも終わりは訪れる。

 ジョーカーの短剣がブタトロンを穿った刹那、ブタトロンの外装が砕けたのである。

 金城の悲鳴が響く。ジョーカーが地面に着地したのと、ブタトロンが爆発したのはほぼ同時だった。

 

 金城が落下してきた。奴だけではない。ブタトロンの中に入っていたと思しきもの――金塊の山が転がり落ちてくる。

 奴の欲望を現す『オタカラ』が顕現した結果が金塊だとしたら、これ程までにお誂え向きなものはないだろう。

 

 

「誰にも渡したくねぇよぉ……俺の金ェ……!」

 

 

 金城は顔を情けなく歪めながら、金塊の山にすり寄った。縋りついているとも言える有様だった。

 だが、それは元々善良な人々から巻き上げていた金である。持ち主の所に戻るべきものだ。

 

 

「元は善良な人から奪ったお金じゃない!」

 

「あんたバカじゃないの!? 無理矢理巻き上げて、無理矢理借金背負わせた金が、自分の手元に残り続けると思ってるなんて!」

 

「“悪銭身に付かず”という言葉も知らないのか」

 

 

 クイーン、千枝さん、達哉さんによる言葉の総攻撃に、金城は身を縮ませた。

 

 

「しゃ、借金はチャラにしてやる……。だから……」

 

「してやる、だと? 随分上から目線だな、ああ?」

 

「元から正規で結んだ契約ではないだろうに」

 

 

 スカルに詰められ、周防刑事からは呆れられ、金城は途方に暮れたように俯く。金色の瞳は所在なさげに彷徨っていた。いつぞや見た鴨志田のシャドウと同じように。

 金城はぽつぽつと自身の身の上話を始めた。元々、金城潤矢は貧乏な家庭の出身で、顔もそこまで良い方ではなく、頭もよろしくないタイプだったそうだ。

 それでも、金城は努力した。努力して努力して努力した結果が、“獅童に関連するマフィアの派閥でのし上がること”だった。蹴落とし蹴落とされる砂の城を、奴は守っていた。

 

 「何もない自分はどう真っ当に生きればよかったんだ」――金城の嘆きが木霊する。

 

 立場の弱い奴はどうしたって幸せになれない。搾取され、踏みにじられるだけの人生が待っている。

 社会が悪い。自分はその被害者だ――金城は金塊に縋りついて泣いていた。僕は肩を竦めた。

 

 

「じゃあ、そんな状態でも必死に踏み止まろうとしている人々は何なんだ。文句1つ言わず、自分に与えられた天井の下でもがき続ける人々だっているはずだろ?」

 

「お前は道を間違えた。追いかけるべきものを、求めるべき力を間違えたんだ」

 

「返す返す痛々しいな」

 

 

 真田さんとフォックスもため息をついた。金城は「居場所が欲しかった」と言い縋るが、「アンタにとって都合のいい奴らが欲しかっただけだ」と一喝するパンサーによって一刀両断される。

 「レッテルに対し、誰もが戦っているのだ」とスカルが吼える。スカルも、パンサーも、フォックスも、クイーンも、真田さんも、周防兄弟も、千枝さんも――ジョーカーも、背負わされたレッテルと戦っていた。

 

 

「けど安心なさい。やっと居場所ができるわよ。一生かけた償いの舞台がね」

 

「お前のその歪んだ心、俺らが何とかしてやるよ。『0円』でな」

 

 

 金塊に縋りついていた金城は金塊から離れた。金塊を椅子にして座り込んだ金城のシャドウの身体はゆっくりと透けていく。

 

 どうやら、大人しく『改心』することにしたらしい。周防刑事や真田さんたちに「現実の自分の身柄を頼む」と頭を下げた。少し怯えた様子なのは、獅童との繋がりのせいで自分が消される危険性を考慮しているからなのかもしれない。

 金城は僕たち全員の顔を見回した後、小さく肩を竦めた。「これだけの力を持っているのに要領悪い」と呟く金城は、パレスとメメントスのことを引き合いに出して金儲けの話を始める。勿論、この場にいる誰一人として耳を貸さなかった。周防刑事は深々とため息をつく。

 

 

「言い訳なら署で聞こう。幾らでもな」

 

「本当だって。もう既にやってる奴がいるってのに……」

 

「獅童正義による『廃人化』ビジネスのことか」

 

「獅童? 誰だそれ? ……まあでも、『廃人化』で儲けてる奴がいるってのは知ってたのか。じゃあ話が早いな」

 

 

 金城は僕の言葉に頷き返した。奴はペラペラと『廃人化』を行っている人間について語ってくれる。と言っても、こいつも獅童にとっては末端扱いらしい。黒幕/獅童の名前を含んで、詳しい情報は知らない様子だった。

 どこぞの権力者――十中八九獅童正義だろう――からの命令を受けた『駒』がメメントスやパレスを行き来し、都合の悪い人間を消している。金城のシャドウは、件の人物とも何度か顔を合わせていたらしい。

 僕と同じ学校の制服を着た男子生徒“白鳥(シュヴァン)”――金城曰く通名らしいのだが、十中八九獅童智明だろう――は何度かこの銀行にも足を運んだことがあるらしい。そこまで話し終えた金城は、「そういえば」と手を叩いた。

 

 

「最近、もう1人『仕事人()』が増えたらしい。ガタイのいい、スーツに身を包んだオッサンだった」

 

「そいつに関する情報は?」

 

「奴は通名で“夜鷹(ナイトホーク)”って名乗ってたぞ。目の部分に傷があって、ずっとサングラスしてた。……そういやあのオッサン、一度もサングラスを外した姿を見たことないな」

 

 

 ――あれ、と思う。僕の中で、“なんかこいつ覚えがあるぞ”と引っかかっていた。

 

 本名を聞いたわけではない。けれど、金城から告げられた情報には、圧倒的な既視感があった。普遍的無意識の悪担当が楽しそうに嗤う姿が脳裏に浮かんだのは気のせいではない。

 僕がそれを考える時間を、金城は与えてくれなかった。「奴らはどちらも強敵だ。お前らに敵う筈がない。出会わないよう気を付けろ」と言い残して、奴が姿を消したためである。

 

 主を失ったパレスは崩壊し始める。いつも通りの展開だった。

 このまま留まり続ければ、崩壊に巻き込まれてお陀仏になってしまうだろう。

 早く逃走しなければならないと言うのに限って、問題が起きる。

 

 

「『オタカラ』ー! にゃふぅぅぅぅ!!」

 

「モナ、本当にいい加減にして! 逃げるよ!」

 

「いいなーいいなー! ヒューマンっていいなー! キンキンキラキラやー!」

 

 

 ジョーカーの叱責など気にすることなく、モナが金塊にすり寄る。テンションがおかしな方向に振り切れてしまったモナは、勢いそのままパンサーの顔面に抱き付いた。

 パンサーは暫しもがき苦しんでいたものの、即座にモナを顔から引き剥がして投げ捨てた。だが、パンサーがモナを投げた直線上には、猫大好きな周防刑事が。

 

 

「ゲェーッ!? この前の刑事!!」

 

「き、キミはまさか、モルガナか!? か、可愛いなぁっ!!」

 

「や、やめろおおおおお! 離せ、離せー!!」

 

 

 周防刑事の反射神経は、迷うことなくモナをキャッチ。猫好きは伊達ではないようで、彼は現実世界で戯れた喋る黒猫がモナであることを一瞬で見抜いた。アレルギーが出ないで触れるという事実が嬉しいのも相まって、周防刑事は幸せそうな顔をしながらモナを天高く抱き上げていた。

 最終的には達哉さんから「現実世界でやれ」との一喝を受け、周防刑事は渋々モナを放す。仲間たちに叱られたモナは怒りながらも、すぐに車へ変身した。まだ何か言おうとする周防刑事を達哉さんが押し込み、『オタカラ』である金塊を積めるだけ積み込んで、僕らも飛び乗った。

 クイーンの運転によって脱出しようと銀行を飛び出した先は渋谷の大空。道はどこにもない。車内は阿鼻叫喚と化し、世界はあっという間に歪んでいく。そうして帰ってきた先の現実世界は、渋谷の横断歩道であった。文字通りのてんやわんやである。

 

 周りの視線から逃れるように、黎がモルガナとアタッシュケース――金城の『オタカラ』を回収し、金城パレスで共闘した刑事たちと一緒に適当な場所へ移動した。

 『改心』がうまくいくことを願いつつ、僕は金城のシャドウの話を思い出す。目の部分に傷があり、サングラスをかけたスーツ姿の男。新しい獅童の『駒』。

 

 ――視界の端に、見覚えのある姿がちらついた。御影町で、あるいは珠閒瑠市で対峙した男の横顔だった。

 

 僕は慌てて振り返る。だが、一瞬のことだったのと人混みのせいで、奴の姿を見つけることはできなかった。

 ……もしかしたら、僕の見間違いだったのかもしれない。いや、見間違いであってほしいと願わずにはいられなかった。

 

 




“魔改造明智、ついに獅童正義の件について仲間たちに打ち上げる”の巻。怪盗団の対人戦最終目標が『打倒、獅童正義』、もしかしたらの微レ存で対『神』戦闘も視野に入れ、改めて団結した模様です。
その脇で保護者に立つ不穏なフラグ、金城パレス攻略と警察組との共同戦線で金城撃破、新たに追加投入されたらしい『廃人化』の『駒』――しかも、魔改造明智には異様な既視感のある相手――と盛りだくさん。
次回で金城パレス編は終了となります。原作をなぞりつつ、原作からどんどん逸れてきました。魔改造明智のバタフライエフェクトがどのような形で展開していくのかを、生温かく見守って頂ければ幸いです。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。