Life Will Change   作:白鷺 葵

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【諸注意】
・各シリーズの圧倒的なネタバレ注意。最低でも5のネタバレを把握していないと意味不明になる。次鋒で2罪罰と初代。
・ペルソナオールスターズ。メインは5、設定上の贔屓は初代&2罪罰、書き手の好みはP3P。年代考察はふわっふわのざっくばらん。
・ざっくばらんなダイジェスト形式。
・オリキャラも登場する。設定上、メアリー・スーを連想させるような立ち位置にあるため注意。
 @空本(そらもと) (いたる)⇒ピアスの双子の兄で明智の保護者その1。武器はライフル、物理攻撃は銃身での殴打。詳しくは中で。
 @獅童(しどう) 智明(ともあき)⇒獅童の息子であり明智の異母兄弟だが、何かおかしい。獅童の懐刀的存在で『廃人化』専門のヒットマンと推測される。詳しくは中で。
・歴代キャラクターの救済および魔改造あり。
・一部のキャラクターの扱いが可哀想なことになっている。特に、『普遍的無意識の権化』一同や『悪神』の扱いがどん底なので注意されたし。
・アンチやヘイトの趣旨はないものの、人によってはそれを彷彿とさせる表現になる可能性あり。他にも、胸糞悪い表現があるので注意してほしい。
・ハーメルンに掲載している『運命を切り開くだけの簡単なお仕事』および『ペルソナ3異聞録-.future-』、Pixivの『2周目明智吾郎の災難』および『【一発ネタ】有栖川黎の幼馴染』の設定を下地にし、別方向へ発展させた作品である。
・ジョーカーのみ先天性TS。
 ジョーカー(TS):有栖川(ありすがわ) (れい)⇒御影町にある旧家の跡取り娘。旧家制度は形骸化しているが、地元の名士として有名。身長163cm。
・歴代主人公の名前と設定は以下の通り。達哉以外全員が親戚関係。
 ピアス:空本(そらもと) (わたる)⇒明智の保護者2で、南条コンツェルンにあるペルソナ研究部門の主任。
 罪:周防 達哉⇒珠閒瑠所の刑事。克哉とコンビを組んで活動中。ペルソナ、悪魔、シャドウ関連の事件の調査と処理を行う。舞耶の夫。
 罰:周防 舞耶⇒10代後半~20代後半の若者向け雑誌社に勤める雑誌記者。本業の傍ら、ペルソナ、悪魔、シャドウ関連の事件を追うことも。旧姓:天野舞耶。
 ハム子:荒垣(あらがき) (みこと)⇒月光館学園高校の理事長であり、シャドウワーカーの非常任職員。旧姓:香月(こうづき)(みこと)で、旦那は同校の寮母。
 番長:出雲(いずも) 真実(まさざね)⇒現役大学生で特別調査隊リーダー。恋人は八十稲羽のお天気お姉さんで、ポエムが痛々しいと評判。
・「2罰ボスの外見を見た人間の反応」に関するねつ造設定がある。
・DLCネタバレあり。


今に見てろよドチクショウ!

「――賢しいネズミめ。貴様らが探しているのはこれか?」

 

 

 多くの警備員を連れ立って来た班目のシャドウは、1枚の絵を示した。警備員が大事そうに抱える金の額が、本物の『オタカラ』なのだろう。

 

 

「ワガハイに鼠捕りなんてナンセンスだぜ!」

 

「そういえばこの前、『昨今では“罠用トラバサミで猫が怪我をする”という被害が多い』って聞いたかな」

 

「やめろジョーカー。洒落にならねぇ」

 

 

 息巻くモナに対して、ジョーカーは静かな面持ちのまま付け加えた。現実世界では一介の猫として認知されているが故に、彼は嫌そうな顔をしてツッコミを入れる。

 班目のシャドウは、予め怪盗団の『オタカラ』奪取計画を想定していたのだろう。だから、本来の『オタカラ』と贋作を入れ替えて、布をかけて判別不可能にしていたのだ。

 

 

「……成程。随分姑息な手段を使うんだな」

 

「ニセモンで釣るなんて卑怯だぞ!」

 

「ハッハッハ! 日本画の世界では、贋作は肯定されているのだよ!」

 

 

 僕とスカルの野次を聞いた班目は怯むことなく、むしろ得意げに開き直った。僕はあまり芸術には精通していないが、これだけは言える。班目の言う『贋作は肯定されている』というのは、本来の意味とは違う使われ方をしているのではないだろうか。閑話休題。

 

 どうやら僕たちは班目のシャドウに嵌められたらしい。多くの警備員に囲まれて、文字通りの絶体絶命だ。

 危機的状況の中、僕は現状を打破するため、ここまでの出来事を思い出した。

 

 予告状を班目に送り付けた僕たちはパレスへ侵入。先日に立てた作戦は見事に成功し、布に包まれた『オタカラ』を奪取した。後は出口まで逃げるのみの段階だった。

 だが、中庭に辿り着いた途端、鴨志田のときと同じモナが『オタカラ』の御開帳をしようとしたのだ。が、モナは『これは『オタカラ』じゃない!』と驚愕の声を上げる。

 彼の言葉通り、布の中から出てきたのはただの落書きである。何かを察知したフォックスが警告したコンマ数秒で、突如セキュリティが発動した。――そうして、現在に至る。

 

 

「何故変わってしまった!? 有名になったからか!?」

 

 

 「育ての父親に罪を問わねばならない子どもの痛みが、貴様に分かるか!?」――班目へのフォックスの問いは、獅童への俺の問いと同じだった。

 

 実の父親である獅童正義に捨てられただけではない。奴は人に命じて人殺しを行っており、挙句の果てには俺の大事な人であるジョーカー/黎を冤罪で陥れた。“彼女が自分の思うとおりに動かなかった”という、そんなくだらない理由で。

 できることなら、俺もフォックスと同じように、獅童を問い詰めたくて仕方がなかった。“俺を身籠った”という理由で母を捨て、(例えそうと知らずとも)息子の恋人に狼藉を働こうとしたクソみたいな父親に。班目とフォックスのやり取りは、俺には他人事のようには思えなかった。

 

 

「……思い返せば、お前を預かったのは、お前の母を世話した縁だったな」

 

「何だと!?」

 

 

 班目はどこか懐かしそうに呟き、フォックスの母のことを話し始める。

 

 フォックスの母は夫が亡くなっても、絵への情熱を失わなかった。彼女の技術と才能を見出した班目は、彼女の“世話をして”やったそうだ。……勿論、()()()()()()()()()()。班目にとって、フォックスの母も、フォックスの母が描いた作品も、単なる道具に過ぎなかったのだ。

 「折角だ。冥土の土産に、本物の『サユリ』を見せてやろう」――班目は警備員に命じた。警備員は頷いて、黄金の額縁に入った絵を俺たちの前に掲げる。そこに描かれていたのは、まだ幼い赤ん坊を抱く女性であった。作者はフォックスの母親で、絵のモデルは自分と息子――赤ん坊であるフォックス/祐介。

 死期を悟った母が、息子へ残した愛そのもの。“いずれこの絵が、1人で生きていくことになるであろう息子の標になるように”――彼女の想いは、班目による『演出』によって踏み躙られた。赤ん坊である祐介が描かれた部分を、班目は塗り潰したのである。『女が湛える表情が神秘的なものになるから』という理由で。

 

 だが、班目が奪ったのは祐介の母の作品だけではなかった。彼女の才能に恐怖を感じた班目は、持病の発作に苦しむ彼女を見殺しにしたのである。助かったかもしれない命だったにもかかわらず、だ。

 その事実を知った俺の脳裏に浮かんだのは、歪んだ回廊の標となった『サユリ』の絵。あの仕掛けは『班目を追いつめるもの』としてではなく、『祐介を守り導く“はずだった”もの』としての認知があったから存在していたのだ。

 

 

「こんな推理、できれば当たってほしくなかったよ。しかも最悪な結末だ。……性質が悪いな、アンタ」

 

「『腐った芸術家』の方がまだマシだったね。金輪際、芸術家なんて名乗らないでほしいな」

 

 

 俺の親父に、獅童正義にそっくりだ――その言葉を飲み込みながら、俺は班目を睨みつける。ジョーカーも頷いた。

 班目は悪びれる様子もなく肯定し、次はフォックスを使い潰すと宣言した。そんなこと、この場にいる誰1人として許すはずがない。

 

 

「そんな大事なモン、盗みやがったのか……!」

 

「しかもそれだけじゃ飽き足らず、フォックスのお母さんまで……!」

 

 

 班目の所業は、母子家庭育ちで母親想いのスカルと、女性を踏み躙ろうとする輩を蛇蝎の如く嫌うパンサーの地雷を見事に踏みぬいた。2人は班目を睨みつける。勿論、フォックスも、モナも、俺も、ジョーカーもだ。

 成程。そういった経緯があるからこそ、班目の『オタカラ』は“本来の『サユリ』”なのだろう。祐介の母親の才能と、子を想う親の心の美しさ――班目の強欲など比べ物にならない輝きを宿している。

 『サユリ』は元々班目の『オタカラ』ではない。フォックスこと喜多川祐介に渡るはずだった『オタカラ』であり、フォックス/祐介の“人生の拠り所”になるはずだった。それを怪盗団が頂戴する――最高のピカレスクロマンではないか。

 

 班目に散々馬鹿にされ、踏み躙られ、今まさに使い潰さんとされていたフォックスが突如笑い出した。

 彼の眼差しはどこまでも鋭い。恩義という名の嘘が吹き払われた双瞼は、班目の真価を見通していた。

 

 

「礼を言うぞ、班目。お前を許してやる理由が、たった今、すべて露と消えた。――貴様は『腐った芸術家』じゃない! 芸術家の皮を被った、世にも卑しい悪鬼外道だ!」

 

 

 血の底から轟かんばかりの響きを持って、フォックスは班目を糾弾した。その言葉が班目の琴線に触れたのであろう。奴は大量のシャドウを召喚しつつ、自身の“本来の姿”を顕現させる。黒い汚泥の中から這いずり上がってきたのは、班目の顔を模した4枚の絵画だ。

 

 

「ハハハハハハハ! 塗り潰してやるぞォォォォ!」

 

 

 奴の絵画は右目、左目、鼻、口が1枚の額縁に収まっており、それらは自立した意志を有しているらしい。それぞれの絵画の前に魔力が収束する。

 絵画によって特異な属性魔法攻撃が違うらしい。奴が仕掛ける前に止めなければと駆け出すが、大量に沸いた警備員に邪魔されてしまう。

 

 

「――切り裂け、トリスメギストス!」

 

「――行くわよ、アルテミス!」

 

「――行けッ、ドゥルガー!」

 

 

 万事休すかと思ったときだった。ガラスが割れるような音が響き、凄まじい力の放出を感じ取る。敵全体に刃の嵐が発生し、それに合わせるようにして冷気と雷が爆ぜた。

 放たれた攻撃は、絵画と化した班目ごと警備員を巻き込む。吹っ飛ばされた班目の図画は地面に叩き付けられ、警備員たちの大半が攻撃の餌食となって消滅した。

 ――まさか。攻撃が飛んできた方向に視線を向けると、そこには、班目に訴えられそうになっている大人たち――順平さん、舞耶さん、黛さんの姿があった。

 

 

「間に合った! 大丈夫か、祐介!?」

 

「順平さん……!? どうして……」

 

「至のヤツに頼まれたのさ! 『あの子たちを助けてやってほしい』ってね!」

 

 

 フォックスの問いに答えたのは黛さんだった。彼女は不敵に微笑みながら、自分のスマホを指示す。そこには『イセカイナビ アザセル限定版』と書かれたアプリが映し出されていた。

 

 3人はここに来る前に至さんと会い、話をしていたという。彼と別れた後で、自分のスマホにこのアプリが入っていたことに気づいたようだ。ペルソナ使いとしての勘を働かせた人は、迷うことなくナビを起動させた。結果、パレスに転移し、大量の警備員と攻撃動作に入った班目の絵画を発見したという。

 次の瞬間、呻き声が響いた。見ると、絵画と化した班目の顔が溶け、底へと消えていく。間髪入れず這い出してきたのは、黄金の着物に身を包んだバカ殿だ。どうやらあの絵を倒すと班目のシャドウが這い出てくるらしい。奴を直接叩くためには、あの絵をすべて倒す必要があった訳か。

 

 僕たちは躊躇うことなく奴を取り囲んだ。

 班目は呻きながらこちらを睨みつける。

 

 

「くそっ……ワシは『あの』班目だぞ……。個展を開けば満員御礼の、班目だぞ!」

 

「だから何?」

 

「貴様らのような『無価値な奴ら』が逆らっていい存在ではないのだッ!!」

 

「まだ言うか! ジョーカー、容赦する必要なんかない。存分にやるぞ!」

 

 

 尚も言い募ろうとする班目を無視し、モナがジョーカーに進言する。ジョーカーは迷うこと無く頷いた。

 号令に従い、僕たち全員で班目に攻撃を仕掛ける。攻撃を叩きこまれた班目は吹っ飛び、地面に叩き付けられた。

 班目はよろよろと立ち上がり、警備員と女性秘書の群れを召喚した。それを見た舞耶さん、黛さん、順平さんが飛び出す。

 

 

「こいつらは任せろ!」

 

「ジョーカーたちは、班目を!」

 

「あんたたち! この腐ったバカ殿に、目に物見せてやりな!」

 

 

 そう言うなり、順平さんは両手剣をフルスイング。バッター宜しく振るわれたそれは、容赦なく警備員を吹っ飛ばした。文字通りのホームランである。

 舞耶さんは二丁拳銃で女性秘書を狙撃し、黛さんは投具を投げつける。射撃と投擲はシャドウを穿った。断末魔の悲鳴を残してシャドウたちが消えていく。

 

 雑魚の群れは先輩たちに任せ、僕たちは班目の本体に攻撃を仕掛けた。ペルソナを召喚して攻撃したり、自分の持つ得物で近接/遠距離攻撃を仕掛け、班目を追いつめる。

 

 勿論、班目もやられっぱなしではないようだ。奴はエネルギーを炸裂させる。威力は大したこと無いものの、全体攻撃持ちのシャドウは厄介だ。

 ジョーカーがモナに指示を出す。モナはゾロを顕現し、治療術を施した。全体の傷を癒せるモルガナがいてくれて本当に助かった。

 

 

「フン。小賢しいガキどもめ……!」

 

 

 班目の本体が黒い汚泥の中に消え去る。再び、4枚の絵が出現した。数の暴力宜しく、絵画どもは属性攻撃を発動する。それらを躱し、僕たちも反撃した。相手の戦術を丸々奪い、パーツごとの弱点を突く。

 キャプテンキッドの雷、カルメンの炎、ゾロの風、ゴエモンの冷気が、アルセーヌの闇が、ロビンフッドの光が炸裂した。複数枚の絵画が地面に落ちたが、残っていた絵画たちが他の絵画を修復していく。モナ曰く「同時に倒さないと復活する」らしい。本当に厄介だ。

 戦術はそのままに、絵画へ属性攻撃を叩きこんでいく。僕らの方も何度も弱点を突かれて倒れそうになったが、打ち合いに勝利したのは僕たちの方だった。すべての絵画が地面に落ちて、再び班目の本体が姿を現す。奴の制止を無視し、僕たちは奴に総攻撃を喰らわせた。

 

 

「貴様ら、やめろ……! さもないと――」

 

「――貴方の弟子たちも、『やめてくれ』って言ったはずだ」

 

「!?」

 

「でも、貴方は止めなかったよね? 弟子たちの悲鳴を無視して、完膚なきまでに叩き潰した。……それと同じだよ」

 

 

 呻きながらこちらを睨む班目に対し、ジョーカーは冷ややかに言い放った。班目は舌打ちしてジョーカーに襲い掛かろうとしたが、奴の攻撃はジョーカーに届くことはない。

 フォックスが繰り出した目にも止まらぬ居合切りによって、班目のシャドウはついに崩れ落ちた。戦う意志も力も失くした殿様は、黄金の着物が汚れることも構わず後退りする。

 

 順平さん、舞耶さん、黛さんもシャドウを倒し終えたらしい。こちらに合流し、全員で班目を睨みつけた。

 

 そんな中、フォックスがゆらゆらとした足取りで班目に歩み寄っていく。彼の双瞼はどこまでも冷徹で鋭い。班目は『サユリ』を抱えて悲鳴を上げた。

 「芸術に求められるのはブランド」だの「のし上がるには金が要る」だのと無様に叫ぶ班目の言葉など歯牙にもかけず、フォックスは奴の眼前に立った。

 「金のない画家は惨めだ。もう戻りたくなかっただけ」――班目はそう締めくくり、怯えた様子でフォックスを見上げる。フォックスは奴の襟首を掴んで一言、

 

 

「外道が芸術の世界を語るなっ!」

 

 

 物静かな祐介からは想像できないくらい激高した口調。順平さんはびくりと肩をすくめ、黛と舞耶さんが納得したように頷く。班目は呆気にとられた様子でフォックスを見上げた。

 

 班目に終わりを宣言したフォックスは、奴から『サユリ』をひったくる。

 それを大事そうに脇に抱えた後、フォックスは班目を睨みつけた。

 

 

「ひいいっ、助けてくれ! 命だけは、命だけはぁぁ!!」

 

「現実の自分に還って、これまでの罪を告白しろ! すべてだ! ――約束しろ!!」

 

 

 フォックスの言葉を聞いた班目は目を丸くした。「殺されるのかと思った」と班目が零す。そうして、班目はきょろきょろと周囲を見回した。奴の目には明確な怯えの色が滲んでいる。例えるならそれは――“死への恐怖”。

 俺が獅童正義を追いかけるきっかけとなった事件が頭をよぎった。獅童の『駒』――獅童智明がメメントスで議員のシャドウを手にかけた光景が、一際鮮烈にちらつく。あのときの被害者も、こんな顔をして命乞いをしていた。

 

 班目が言っている/探しているのは、獅童の『駒』なのだろうか。僕がそれを問いかけようとしたとき、班目が口を開く。

 

 

「あ、あやつは、来ないのか……? あの、〇〇高校の制服を着た……」

 

「それって、まさか……!」

 

 

 〇〇高校――そこは、俺が通う超有名進学校だ。そんな格好でパレスを歩き回れそうな人間は、獅童の『駒』として動き回っているヒットマン――獅童智明だけである。

 僕とその現場に居合わせたジョーカー、予め僕から『廃人化』専門の殺人者の話を聞いていたモナ、スカル、パンサー、フォックスらが鬼気迫った顔で僕に視線を寄越した。

 順平さん、黛さん、舞耶さんもぎょっとした顔で僕を見る。――次の瞬間、俺は思わず班目の胸倉を掴んでいた。はやる気持ちを抑えきれず、噛みつくようにして問う。

 

 

「そいつの顔は見たのか!? 名前は!? 何故お前のパレスに来た!? 奴がここに来る心当たりは!?」

 

 

 矢継ぎ早に俺が問いかけるが、班目は怯えるように呻くだけだった。

 

 班目は何故、殺しの専門家――獅童智明のことを知っているのだろう。

 確かに、以前入手した情報で、「班目には“獅童との繋がりがある”」という噂が流れていた。

 

 ……まさか、噂ではなく、本当に、こいつには獅童との繋がりが?

 

 

「班目、答えろ! お前は、アイツと――」

 

 

 俺がたどり着いた仮説をぶつけようとしたとき、パレス全体に地鳴りが響き渡る。班目の『オタカラ』を盗み出したことが原因で、パレスが形を保っていられなくなったのだろう。

 脱出すべきとは頭で理解している。だが、班目のシャドウはまだ彼の中に還っていない。もし班目が獅童と繋がっていれば、奴は利用価値を失った班目を手にかけようとするはず。

 この場に智明がいたならば、確実に班目のシャドウを殺して現実の班目を『廃人化』させるだろう。そんなことをされたら、獅童への手がかりが――祐介の願いが!!

 

 

「吾郎クン! ここには()()()()()()()()()()()使()()()()()()わ!」

 

 

 足を止める僕に声をかけたのは舞耶さんだった。黛さんも頷く。

 

 この2人にはペルソナの共鳴反応を察知する力があり、付近にいるペルソナ使いの強さまで判別できるのだ。フィレモン全盛期に力を与えられたペルソナ使いたちの特権らしい。

 巌戸台世代以後、『ワイルド』使いを含んだペルソナ使いでは共鳴反応を駆使することができなくなった。それ故、敵の能力をアナライズできるペルソナ使いは希少である。

 代わりに、アナライズ特化型のペルソナ使いが誕生していた。具体例は、巌戸台や八十稲羽におけるナビゲーター――山岸風花さんのユノや久慈川りせさんのコウゼオンだ。

 

 

「モナ、私たち以外にパレスに入った人物の反応は!?」

 

「ワガハイが察知できる範囲に存在してないぞ! 仮にいたとしても、こんな状況じゃ脱出するので手一杯なはずだ!」

 

 

 ジョーカーの問いにモナが答える。現時点では、アナライズ能力を有しているペルソナはモナのゾロだけだった。アナライズ特化型のペルソナ使いに比べれば範囲は狭く精度も劣るが、それでも充分な分析能力を有している。

 暫定高位のアナライズ使いがそう分析しているならば充分信頼できた。僕は班目の襟元から手を離し、ジョーカーたちの元へと駆け出した。モナが車に変身し、怪盗団と大人たちがそれに乗り込む。

 

 

「……なあ、祐介。ワシ、これからどうしたら……」

 

「――有終の美くらい、自分の作品で飾ったらどうだ」

 

 

 フォックスも、足元へ縋りついてきた班目のシャドウを一瞥し、モナへと乗り込んだ。

 

 

「祐介! 祐介ェェェェェェェ!!」

 

 

 班目のシャドウは、最後の弟子であるフォックス――喜多川祐介の名前を呼んでいた。

 『オタカラ』を失った日本画の権威は、ただの情けない老人に成り下がったのだ。

 

 

***

 

 

 ――こうして、絢爛豪華な黄金の美術館は完全に崩壊した。

 

 僕たち怪盗団は『オタカラ』を奪い取り、現実世界へと帰還した。ナビが目的地――パレスの消去を無機質な声でアナウンスする。班目の宝は“本物の『サユリ』”で、それは本来の持ち主である祐介の両手に抱えられていた。

 順平さん、舞耶さん、黛さんらと一緒に渋谷の連絡通路に戻り、作戦はひと段落ついた。“『廃人化』専門のヒットマン/獅堂智明に関する情報が班目から齎される”という誤算はあったものの――「モルガナの分析曰く」という条件付きだが――、奴の介入があった様子はない。

 鴨志田の一件と併せて考えれば、『改心』は「上手くいった」と言えるだろう。後は班目が罪を認めて自白するのを待つだけだ。奴が自白するタイミングまでは感知できないという問題点はあるものの、個展終了頃に片が付きそうな気はする。

 

 

「『サユリ』は、祐介のお母さんの名前なの?」

 

「誰でもない女の名前だろう。『ミステリアス』にするための、班目の演出だろうさ」

 

「……まあ、本名だったら盗作だってバレるよなぁ」

 

 

 黎の問いに祐介は首を振った。順平さんも渋い顔をして頷く。

 

 母の愛、その結晶である絵画を見つめる祐介の眼差しはどこまでも優しい。14年の年月はかかったが、母親の想いは確かに祐介の元へと届いたのだ。

 嘗ては“尊敬する師の作品”として祐介を支えた『サユリ』は、“母からの贈り物”として祐介の原点で在り続ける。そうやって、彼を支え育んでゆくのであろう。

 

 ……羨ましくない、訳ではない。祐介の母親は、祐介のことを心から愛していた。祐介が生まれ落ちたことを誰よりも喜び、誰よりも祐介の未来が健やかであることを祈っていた。

 祐介にはその証がきちんと残されている。自画像という形で残されたそれは、今、彼の手の中にあった。祐介はこれからもこの絵に――母の愛に支えられて生きてゆくのだろう。

 僕とは全く正反対だ。僕に残された母の遺品には、“僕が生まれてきたことによる悲劇”がありありと記されていた。僕に対する恨みつらみが残されていた。

 

 

(生きている間、母さんはそんな素振りを一度も見せなかった。俺に対して優しかったから、愛してもらえていると思ってた。……だから、余計に辛くて――)

 

「吾郎」

 

 

 当時のことを思い出していたとき、不意に声をかけられて現実へと戻される。

 声をかけてきたのは祐介だ。彼はじっと僕のことを見つめている。

 

 

「何だい、祐介?」

 

「以前、お前は俺に言ったな。『覚悟した方がいい』と。……お前は『サユリ』が班目の作品ではないと察したから、俺にそれを伝えられなかったんだろう? 俺の心の支えがなくなってしまうと危惧したから」

 

 

 ……流石、真贋を見抜く力を持つ男だ。僕は苦笑し頷く。

 

 

「そうだね。“『サユリ』も班目が弟子から奪った”とは推理してたけど、まさかこの絵が“祐介のお母さんが、他でもない祐介のために描いた絵”というのは想定外だったかな」

 

「吾郎……」

 

「……本当に良かった。俺の取り越し苦労だったみたいで。『推理が外れて嬉しい』って思った経験、初めてかもしれない」

 

 

 祐介が俺と同じように打ちひしがれなくて、良かった――その言葉を飲み込んで、俺は笑った。

 

 俺の顔を見た祐介が何を思ったのかは分からない。ただ、静かに笑って「ありがとう」と答えた。それ以上突っ込んでこなかったのは、俺の気持ちを汲んでくれたからか。そうだったら嬉しいのだが。

 班目のパレスでは、俺の琴線に引っかかるような出来事が沢山あった。祐介と班目および『サユリ』の関係性、活動し続けていると思しき『廃人化』専門のヒットマン――獅童智明に関する明確な情報。

 6月から司法修習生(予備)としての活動を再開する身だ。班目と獅童の関係を洗い出さなければなるまい。獅童の罪を終わらせるための小さな手がかりを、俺はようやく手にしたのだから。

 

 

「班目の個展が終わるまでは、あっちの脅しに怯える上司どもを宥めすかす日々が続きそうだね」

 

「でも、これで一件落着したって思えばいいのよ。ユッキー、レッツ・ポジティブシンキング!」

 

「……あーはいはい。マッキーは能天気ねぇ」

 

 

 黛さんと舞耶さんは軽口を叩きつつ、僕たちに別れの挨拶をして去っていった。喜多川祐介へのインタビュー記事が掲載される号が発売されるより、班目の個展が終わる方が早い。2人は去り際に「班目の『改心』が終わった頃に、改めて取材させてほしい」と祐介に頼み込んでいた。

 祐介はその話を聞いて少々困惑していた様子だったが、舞耶の「これからは後ろ盾なく、自分自身の実力で頑張っていく祐介クンのことを紹介したい。そして何より、キミを紹介してくれた淳くんとの約束だから」と頭を下げられて了承していた。橿原の顔を立てるという礼儀らしい。

 

 

「でも、『愛花繚乱』はどうなるんだろうな。祐介の作品として、きちんと評価して貰えればいいけど……」

 

「気にかけてくれてありがとうございます、順平さん。……また今度、チドリさんと一緒に、俺の絵のモデルになって頂けませんか? 結婚式の日取りが決まり次第、その日までにお2人の絵を描いて贈りたいんです」

 

「祐介、お前……! ――分かった、チドリにも話しとく!!」

 

 

 祐介から『結婚祝いに絵を贈りたい』と打診された順平さんは、嬉しそうに笑いながら去っていった。班目との一件であわや失われてしまうかと思っていた絆を、怪盗団は守ることができたのである。大きな一歩だと僕は感じた。

 特に、以前似たような経験をした竜司が嬉しそうに――誇らしげに笑っていた。鴨志田のせいで陸上部エースとしてのすべてを奪われ、弟分との絆を失いかけた竜司。嘗て玲司さんによって自分が助けられたように、竜司も祐介の手助けができたことが嬉しい様子だ。

 

 その後ろで、杏は黎に話しかけていた。チドリさんと順平さんの詳しい馴れ初めを聞き出している。

 

 敵同士でありながら心を通わせ、順平さんが死にかけた際に己の命を懸けて相手を救い上げたチドリさん。

 後に息を吹き返したチドリさんは記憶喪失になっていたけど、また順平さんと恋人同士になった――その話を聞いた杏が驚いたように目を丸くした。

 

 

「み、見た目によらず重い話……。でも、だからこそ、あの人は今の幸せを噛みしめてるんだよね。……きっと、2人は素敵な夫婦になれるよ」

 

 

 杏は思いを馳せるように、順平さんが消えて行った方角の人混みを見つめていた。

 

 

「なあ、これからどうするんだ? 俺たちはこれからも怪盗団を続けていくつもりだけど、祐介は怪盗団続けんのか?」

 

 

 祐介へ質問を口に出したのは、意外なことに竜司だった。

 普段は考えなしに突っ走るタイプなのに、今の彼はとても真剣な面持ちでいる。

 

 

「成功したかどうかは分からねーけど、班目は『改心』させちまったぞ? そしたら、お前が怪盗団で活動する理由、なくなるよな」

 

「リュージはユースケが止めた方がいいってのか!? ペルソナ使いとしての実力、類稀ない審美眼……ワガハイたち怪盗団には必用不可欠な才能を持ってるんだぞ!」

 

「でも、無理矢理やらせるのはおかしいだろ。……そんなことしたら、俺たちも班目のヤロウと同じになっちまう」

 

 

 モルガナが食いつくようにして問う。“ペルソナ使いで怪盗団を結成し、メメントスの奥地へ向かう”という条件で知識と戦力を提供しているモルガナにとって、竜司の発言は取引違反に思えたのだろう。だが、竜司は己の意見をはっきりと言い返した。

 腐った大人に未来を奪われ滅茶苦茶にされた竜司は、その経験があったからこそ、腐った大人が齎す理不尽を嫌っていた。そして、今回間近で見せつけられた班目の所業。だから竜司は主張する。「“祐介の意思を無視して、無理に怪盗団を続けさせる”という方針を取りたくない」と。

 己の今後を問われた祐介は少し考え込んだ後、僕たちに問いかけてきた。“怪盗団は何のために動いているのか”――黎は静かに微笑んで、祐介の問いに答えた。

 

 

「正しいことを正しいって言うために、間違いを間違いだと言って正すために、悪い奴の身勝手な理不尽に苦しむ人を助けるために――そんな人が1人でも減るように」

 

 

 鴨志田パレスを攻略したときと変わらない答えだ。黎はずっと、初志貫徹を忘れていない。

 

 

「……そうやって、苦しんでいる人たちを元気づけたいんだ。そうして、自分がどう生きるかを考えてもらえたら、誰かと一緒に生きていくにはどうすべきか考えてもらえたら、どうすれば世の中がもっと良くなるのかを考えてもらえたら――そんな風に、意識を変えるきっかけになれたらいい」

 

「意識を変える、か。そうすれば幸せになれるのか?」

 

「そこまでは保障できない。でも、意識することからでも始めてほしいと思う。“大衆の意識が超弩級の理不尽(世界滅亡)を回避した”って話もあるから、案外侮れないよ?」

 

 

 冗談っぽく語っているように見えるかもしれない。だが、黎の話は珠閒瑠市で実際に起きた戦いのことを話している。それを、祐介はどう受け止めたのだろうか。

 僕は祐介の表情を伺った。奴は真面目な顔を崩すことなく、“大衆の意識が超弩級の理不尽(世界滅亡)を回避した”という言葉を噛み砕いているようだ。

 愚直を超えるレベルの真っ直ぐさ、そうして真贋を見抜く眼力――それらを駆使した祐介は、納得したように頷いた。口元がゆるりと弧を描く。

 

 

「……なら、俺と同じだな。俺もまた、身勝手な理不尽に苦しんだ1人だ」

 

「祐介……」

 

「それに、パレスとやらの探索をすれば、着想の幅が広がるかもしれない」

 

「……祐介って、やっぱりどこまで行っても芸術家なんだ……」

 

 

 祐介の結論を聞いた杏は遠い目をした。彼の行動原理の大部分が芸術に帰結するあたり、芸術家は根っからの天職と言えるだろう。

 

 これで、喜多川祐介/フォックスは正式に怪盗団の一員となった。

 それに僕が納得していたときである。

 

 

「じゃあ、吾郎はどうするんだ?」

 

 

 竜司の眼差しは、真っ直ぐに俺を見つめていた。

 

 

「どうするって……怪盗団は続けるよ? なんでそんなこと訊くのさ」

 

「班目のパレスに、俺ら以外の奴らが出入りしてたって話あったろ? お前、前に言ってたじゃねーか。“吾郎と同じ学校の制服着た奴が、人を次々と『廃人化』させてる”って」

 

 

 竜司は心配そうに俺のことを見つめている。いいや、竜司だけじゃない。杏も、祐介も、モルガナも、黎も、俺のことを心から案じている様子だった。

 怪盗団の面々は、俺が『廃人化』専門のヒットマンを追いかけていることを知っていた。そのせいで一度殺されかけたことも知っている。

 そして、そいつは誰かの『駒』でしかないことも、そいつを操っている黒幕がいることも、俺が捕まえたい奴がその黒幕であることを知っている。

 

 ――そいつが獅童正義という国会議員で、黎の冤罪をでっちあげた犯人で、俺の実父であることは、まだ言っていない。言えるはずがなかった。

 

 ……何より、ペルソナ使いの戦いが『対人間』だけで終わるはずがないのだ。あくまでもこれは俺の経験則に基づくものだし、そうだという確証を得られたわけではない。

 黎以外の面々は、俺の予測を――突拍子もない話を受け止めてくれるだろうか? いいや、それ以前に、俺自身がその真実をきちんと直視して受け止められるだろうか。

 

 

(――『黒幕の獅童正義すらも()()()()()に過ぎず、奴の背後には()()()()()()()()()()()()()()』なんて、そんな話……)

 

 

 自分の推理が、酷く甘美なもののように思える。真実が、俺にとって“都合の良いもの”に置き換わってしまうような気がした。

 

 だって、獅童を操っている犯人がいて、その犯人がもし『神』ならば、『獅童正義が狂ったのは『神』が介入したから』という仮説が生じてしまう。おかげで、俺の中には『『神』が介入する前の獅童は、俺の知っている獅童と別人なのではないか?』という希望的観測が芽生え始めてきた。

 “俺を身籠った”という理由で母を捨てたのも、(そうとは知らずとはいえど)息子である俺の恋人に狼藉を働こうとしたことも、気まぐれで黎に冤罪を着せたのも、すべては『『神』が介入して、獅童の精神を捻じ曲げてしまったため』だったのではないかと思ってしまうのだ。

 

 “父が正気に戻れば、俺を認めて愛してくれるのではないか”――なんて、馬鹿な話を夢想する。夢想してしまう。

 向かい合うべき真実が、深い霧に覆われて見通せない。都合が良く甘い真実(どく)に沈みそうになる。

 以前八十稲羽で真実さんたちの戦いを見ていたはずなのに。偽りを吹き払う方法を知っているはずなのに。

 

 

「なあゴロー。オマエは一体、誰を追いかけてるんだ? オマエが『改心』させたい相手は誰なんだ?」

 

「モルガナ……」

 

「……そろそろ、ワガハイたちにも話してくれてもいいんじゃねーの?」

 

 

 モルガナの眼差しが、痛い。

 怪盗団の面々の眼差しが、痛い。

 

 

「吾郎……」

 

 

 ――黎の眼差しを、直視できない。

 

 不甲斐ない、と思う。大事な人に沢山心配かけて、迷惑かけて、傷つけて、不安にさせることしかできない俺自身が嫌になる。背負った重石に耐え切れず、ふらふらとよろめく自分が嫌になる。

 ……寄りかかっても、いいのだろうか。助けを求めて、いいのだろうか。こんなに弱くても、みっともなくても、不甲斐なくても、血筋が害悪以外の何物でもなくとも、怪盗団と――黎と一緒にいても、許されるのだろうか。

 

 

「……現時点では、言えない。でも、今よりもっと証拠が集まれば、あと少しで確証が得られるんだ。だから――」

 

「確証を得たら、必ず話してくれるんだね?」

 

 

 黎の問いに、俺は頷く。……嘘は言っていないけれど、本当のことを言っている訳でもない。

 俺は“犯人が獅童であると知っている”が、“獅童の後ろに『神』の影がある”という確証はなかった。

 でも、6月になって検察庁や獅童の関係者と接触できるようになれば、証拠を集めることができるはずだ。

 

 それらを繋ぎ合わせて、俺自身が“都合のいい真実”に囚われない強さを取り戻せたら――獅童正義が本当はどんな人間だったのかを“正しく”見極めることができたら。その姿を、きちんと受け止めることができるようになったら。

 

 ……きっと、真実を告げる覚悟ができると思ったのだ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「約束する。…………ごめん」

 

「いいよ? 待ってるから」

 

 

 俺のことを気遣ってくれる黎の優しさに、どうしようもなく泣きたい心地になった。……多分、このときの俺は、上手く笑えてなかったと思う。

 

 

◇◇◇

 

 

 班目が改心するまで、僕たちは普通の学生生活を送ることと相成った。僕たちが普通通りに過ごしているつもりでも、世間の動きや僕たちを取り巻く周囲はどんどん変わっていく。その代表例は班目だった。

 パレスを失った班目の態度は徐々に変わっているらしい。班目の元に残った祐介がチャットにメッセージを入れては、『これは『改心』が進んでいるのか?』と問いかけてきた。鴨志田の例と照合し、分析しては首を傾げる日々が続いた。

 

 他にも変化はある。特に、黎の周辺は怒涛という言葉が似合っていた。

 

 冴さんの妹である新島さんが活発に動いているらしい。彼女は黎たちに目を付けたようで、待ち伏せされては何度か声をかけられたようだ。かくいう僕も、駅で待ち伏せされて話しかけられたことがある。冴さんがしていた新島さんの自慢話で応戦したら、明らかに上機嫌で帰宅していった。

 治療薬を融通してくれる女医の治験に協力していた黎は、ひょんなことから“女医が嫌がらせを受けている”現場に遭遇したという。どうやら、女医の元上司である医局長が手を回しているようだ。協力関係云々を抜きにして、黎は女医のことを心配している様子だった。

 竜司の事件後潰れてしまった陸上部が再建されるという話が出ており、その関係で竜司と元・陸上部員の関係性に折り合いがつきつつあるようだ。杏の周りも変化が起きているようで、モデルたちとの関係や仕事に関する意識も変わってきているらしい。

 

 ……その中でも一番衝撃的だったのは、彼女の担任教師が家事代行サービスで働いていたことだろう。

 

 

『吾郎! メイドルッキングパーティやろうぜ!』

 

『メイドさんが家事を代行してくれるんだ! 吾郎先輩も興味あるよね?』

 

『要らない。家事は至さんに任せればすべてが間に合う。黎がメイド服着るならアリだけど、そうじゃないでしょ?』

 

『『そんなこと言わずに!!』』

 

 

 竜司と三島に『緊急の用事だ』呼び出されて出向いてみればそんなことを言われたので、僕はにべもなく切り捨てて帰ろうとしたのだ。だが、奴らに引っ張られている現場に黎がやって来てしまったのである。

 『やましいことがないなら私も連れて行けるはずだ。同行する』と黎に押し切られ、僕らは4人で家事代行サービス『ヴィクトリア』に電話したのである。全員制服から私服に着替え、僕はがっちり変装して、だ。

 黒い帽子を被った上から赤いパーカーのフードを被り、ダメージジーンズを履いた僕を『明智吾郎』と認識できるのは黎と空本兄弟くらいだ。僕の格好を見た三島と竜司が呆気にとられたあたり、この服装は使えるようだ。

 

 空き家に忍び込んで、件の会社に電話したまではよかったのだ。三島が『高校生が家事代行サービスを利用していいのか』という至極当然な疑問を口に出すまでは。この発言がきっかけで、メイドが到着してすぐ、竜司と三島が状態異常:恐怖を発症して戦線離脱したのである。

 

 人を呼んでおいて逃走するのはどうかと思った僕たちは、そのままメイドさんへ対応をした。そうしたら、メイドと黎が顔を見合わせて凍り付いたのである。――なんと、メイドは黎の担任教師――川上先生だった。昼間は教師として働き、夜は家事代行サービスで働くというダブルワークだったのだ。

 鴨志田の一件によって、黎の学校では“教師の裏の顔”を探そうと躍起になる教師が動き回っているらしい。それを誤魔化してくれたら手を貸す、と、川上先生は取引を持ち掛けてきた。黎はその申し出を受け、翌日、追及されている川上先生に助け舟を出したそうだ。結果、夜の電話番号とアドレスを入手したらしい。

 

 

黎:早速代行サービスを頼んでみた。先生にも色々事情があるみたいだ。

 

 

 ――とのことらしい。家事代行サービスを頼みながらも、黎は川上先生に殆ど仕事を言いつけないので、実質的には『川上先生をサボらせる』形となっているようだ。

 

 僕の方も、6月に入ってから冴さんの司法修習生(予備)としての活動を再開した。同時に、メディアへの復帰も目途が立っている。6月10日に収録が行われる番組で、獅童派議員のコネで勝ち得た出演権。これで、“探偵王子の弟子・明智吾郎”は獅童に接近することができた。

 末端議員に連れられた僕は獅童の執務室に通された。獅童正義は智明と談笑しながら昼食を取っていたようで、それを邪魔するように現れた僕をあまり快く思っていない様子だった。普段は遠目からすれ違うだけなので、奴と顔を合わせるのは初めてである。

 自分の心に冷や水を浴びせられたような心地になったのは何故だろう。そうと名乗ってはいないが、一応実父と息子の再会だ。感動的ではなくとも感傷に響くかと思ったが、奴にとって僕はあくまでも“利用価値がありそうな『駒』の”1つでしかないらしい。

 

 冷ややかな眼差しを向けた獅童であるが、奴は僕の肩書――探偵王子の弟子にして再来と謳われる高校生探偵は、使えると認識したようだ。

 同時に、僕が智明と同年代であることにも利用価値を見出したらしい。奴は“人当たりがよく、国の未来を憂う情熱的な議員”の顔をして打診してきた。

 

 

『ここ最近、怪盗団と名乗る輩が跋扈していることは知っているね?』

 

『若者の間では有名になってますね。怪盗団の支援サイトなるものもできているようですし』

 

『怪盗団は危険な存在だ。あんな輩に踊らされている若者の目を覚ますには、彼らと同年代であり、奴らを追いかけるような肩書を持つ者が必要なのだよ。――キミのように』

 

 

 それが、奴らの恩恵を受け取る対価。獅童正義の懐に飛び込むために、俺が支払わなければならないものだった。奴はそう知らずとも、俺に『仲間を陥れる『烏』になれ』と言っている。

 

 父に必要とされながら、父を裏切っている――胸の底を突き刺すような痛みに、眩暈しそうになった。甘さと苦さがじわじわと俺を侵していくようだ。“もし獅童の味方になれば、父から愛してもらえるのではないか”――なんて、馬鹿なことを考えてしまう。あり得ない、と、俺は必死に俺自身に言いきかせた。

 俺は神取の言葉を思い返す。『キミは何のために生きるのか』と問われたとき、俺は何と答えたか。『大切な人の傍にいるのに相応しい人間になりたい』と答えた。『黎の隣にいても許されるような人間になりたい』と答えたのだ。俺が俺であるための、大切な原点。……忘れられるはずがない。

 

 だから、一時の迷いでその権利を失うのだけは憚られた。

 獅童に与して黎を捨てるなんてできるはずがない。

 大事なものが何か、俺はきちんと分かってる。

 

 

『任せてください、先生』

 

『ありがとう。キミのような若者が私の味方についてくれるというのは心強い。そのついでだが、智明のサポートに回ってもらえないだろうか?』

 

 

 『キミは智明と同年代だから』と獅童は笑った。智明は『父さんは過保護なんだから』なんて苦笑する。――どうやら、奴の懐に潜り込むためには“獅童智明の味方”として振る舞う必要もあるようだ。精神の大部分が摩耗しそうだが、負けるつもりはない。

 今回の収録では、僕以外のゲストに獅童智明、オーディエンス役として秀尽学園高校の2年生一同が訪れるそうだ。……獅童と秀尽学園高校の校長が繋がっていたことを考えると、明らかな作為を感じる。

 相変わらず智明の顔は()()()()()()。しかし、奴は相変らず穏やかに笑っている。獅童の愛や優しさを一身に受けて育ったと言わんばかりの健やかな笑みに、心を穿たれたような心地になった。生まれが違うだけで、獅童に望まれていただけで、俺と智明はこんなにも違う。

 

 

『よろしくね、吾郎くん』

 

『こちらこそよろしくお願いします、獅童さん』

 

『あはは。そんなに畏まらなくても大丈夫だよ。普通に話してほしいなあ』

 

 

 智明本人には一切その気はないのだろうが、僕から見ると、自分が如何に幸せなのかを見せつけてくるように感じる。おかげでますます惨めな気持ちになった。

 

 勿論、それを表に出すような真似はしない。元々武器にするつもりでこの二面性を磨いてきたのだ。鉄壁の微笑と呼ばれるまでに鍛え上げた猫かぶりはきちんと仕事をしてくれた。獅童親子は何も気づいていないだろう。

 すべてを白日の下に晒し、有栖川黎の汚名を雪ぐその瞬間(とき)まで――怪盗として獅童を『改心』させるその瞬間(とき)まで、精々俺のことを『何も知らない馬鹿な高校生探偵』と思っていればいいのだ。そのときが来たら、存分に嘲笑ってやる。

 

 大衆操作の方向性を定めるため、獅童は徹頭徹尾怪盗団批判を貫くつもりらしい。それは智明も同じようで、『もし、怪盗団が父さんに悪影響を及ぼすようならば潰さなきゃいけない』と語っていた。『どうせ潰すなら、もっと有意義に潰さないとね』とも。

 奴らが怪盗団に敵意を抱いている理由は単純なことだった。“獅童と繋がりを持つ秀尽学園高校の校長が鴨志田の件で不祥事を起こし、いずれはしょっ引かれることになりそう”という事態を招いた原因を排除するためらしい。危険な芽は早いうちに潰すのだそうだ。

 自分にとって危険な要素を把握し、該当者を的確に潰す――班目の上位互換を地で行く才能に、俺はひっそりと舌を巻く。人を見る目があっても、見つけた才能ある人々を『自分の害悪になりそうだ』と認識すれば、対象者を潰すための力へ変貌するのは当然かもしれない。

 

 

『怪盗団は父を失脚させようとしているのかな。吾郎くんはどう思う?』

 

『……今のところ、怪盗団騒動の対象者は鴨志田という体育教師だけだ。この件だけで動くのは早計ではないかと感じる。けど……』

 

『けど?』

 

『“()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()かな。……違う?』

 

『――うん、素晴らしい。詳しい事情(こと)は何も話していないのに、そこまで見抜くなんて……父さんがキミを見出した目に狂いはなかったね』

 

 

 俺の推察は智明のお気に召したようだ。

 『これから僕とキミは相棒だ』と微笑む智明に、俺もまた微笑み返した。

 

 ……正直、この時点で、俺は班目を『改心』させたことに一抹の不安を抱いた。

 

 もし班目が獅童側の協力者だった場合、班目の『改心』を目の当たりにした獅童から怪盗団/俺たちは確実に目を付けられるだろう。コードネームで呼び合ってはいるが、獅童の権力を使えば誰が誰かを判別することなど容易だ。それに、パレスやメメントスを自在に出入りできるキラーマシン・智明だっている。

 奴らを失脚させ、物理的な証拠を掻っ攫えれば万々歳だとは思った。だが、得られた情報は胸糞悪くなるものばかりだ。暫くはストレスとの戦いになりそうである。怪盗団が次の得物として誰を定めるかによって、俺も今後を考えなければなるまい。単なる偶然か、『神』の作為か――曇りなき眼で、見定めなくては。

 

 そんな決意を抱きながら、僕は獅童の事務所を後にした。駅のベンチスペースに腰かけた僕は早速怪盗団関係のSNSを起動し、仲間たちに報告する。

 

 

吾郎:今、『廃人化』を引き起こしていた黒幕と会って来た。やっと奴の懐に入り込める算段が付いたよ。

 

竜司:いきなり爆弾を落とすな!

 

黎:モルガナが「やっぱり無茶しやがった!」って頭を抱えて天を仰いでる。

 

杏:南条さんみたいな人たちが束になっても勝てなかった相手なんだよ!? 単身乗り込むなんて……。

 

祐介:探偵に怪盗だけでなく、終いには密偵の草鞋まで履くのか。お前は忙しい奴だな、吾郎。

 

杏:そりゃあ、吾郎の猫かぶりは鉄壁だし素晴らしいと思う。怪盗団の演技派男優ぶっちぎりだし。

 

吾郎:ありがとう、『烏』にとっては最高の褒め言葉だ。

 

祐介:確か、『烏』は神話や伝承から、斥候・走駆・密偵・偵察の役目を持つ位置付けであるとされていたな。

 

竜司:でも、流石にここまでコードネームに忠実じゃなくてもいいと思うぞ。

 

吾郎:僕はこのまま奴に張り付くつもりだ。物理的な証拠を握れれば御の字だろうけど、おそらくその可能性は低いだろう。奴は悪事のデパートだが、証拠隠滅のプロだから。

 

黎:そんな危険な相手の元に、単身で乗り込む……。

 

竜司:なあ、黎。吾郎に何か言ってやれよ。でないとコイツ、『死なば諸共』とかやりそうで怖いんだよ! あ、チャットじゃなくて現実の方で頼む。

 

黎:分かった。吾郎、このチャット終わったら時間ある?

 

吾郎:丁度、黎の顔が見たいって思ってたんだ。このままルブランに寄ろうと思ってた。行ってもいい?

 

黎:OK。待ってるね。

 

祐介:結局チャットでやったな。

 

杏:これだけでも胸焼けするようになっちゃった……。辛い。

 

 

吾郎:それと、黒幕は鴨志田の一件で怪盗団のことをイエローカード扱いしてたみたいだ。班目が黒幕と関わっていたとしたら、班目が『改心』した暁には、要注意人物としてイエローカード2枚目が出るだろうね。

 

竜司:マジか……。あと1枚でレッドカードじゃん。

 

杏:怪盗団の今後って話題になったら、慎重にならなきゃダメかも……。

 

吾郎:いや、むしろ逆に攻めてくれた方が助かる。

 

祐介:なぜだ? お前は理由なく罠に飛び込むようなタイプではないだろう。

 

吾郎:確証が得られるかもしれない。そうすれば、黒幕についてみんなに話せる。

 

竜司:本当だな!? 本当に話してくれるんだな!?

 

黎:「ゴローがすべてを話してくれるのが先か、黒幕諸共消し飛ぶのが先か」ってモルガナが。幾ら何でも不謹慎だ。

 

杏:アタシ、モルガナの意見に同意。だって吾郎、本当に『死なば諸共』やりそうで怖いもの。

 

吾郎:お前等は俺を何だと思っているんだ。

 

黎:私も吾郎のことが心配だ。でも、吾郎のこと信じてる。

 

吾郎:黎……ありがとう。

 

 

黎:吾郎、黒幕と接触した後はどうするの?

 

吾郎:これから暫くスパイ活動かな。奴のシンパとしてメディアに露出する機会が増えるかもしれない。あと、黒幕から『テレビ番組で怪盗団を批判しろ』って命じられた。

 

竜司:はぁ!? 黒幕のヤツら、俺たちのことが気に喰わないだけだろ!

 

祐介:自分の活動を自分で否定する、か。辛くはないのか?

 

吾郎:正直気が重い。でも、折角手に入れたチャンスを無駄にするつもりはないよ。うまくいけば、『廃人化』に関する事件を止められるかもしれないから。

 

杏:やめるつもり、ないんだね。

 

吾郎:勿論だ。みんなには悪いけど、俺はこれから怪盗団を批判し続けるだろう。でも、これが俺の仕事で、黒幕の懐に潜り込むために必要なことだから。それだけは、みんなに知ってて欲しかったんだ。

 

 

 俺はメッセージを打つ手を止めた。雑踏のざわめきがやけに遠い。SNSは沈黙している。

 実際に経過した時間は秒単位のはずなのに、何年も放置されているような心地になった。

 

 程なくして、メッセージが映し出される。

 

 

竜司:分かった。お前がすっげー頑張ってくれてるんだ。俺たちだって負けないからな! いつか絶対、その黒幕を俺たちで『改心』させようぜ!

 

杏:アタシは黎の味方だけど、黎にとって一番大事な人である吾郎の味方でもあるからね。そのこと絶対に忘れないで。

 

祐介:安心しろ。お前が俺たちを裏切ったわけではないことくらい分かっているさ。仲間だと言うのに、それくらいの真贋、見抜けなくてどうする。

 

黎:「お前が追ってる巨悪や司法関係者とのコネを有しているのはゴローだけだ。怪盗団としても、ゴローを手放すつもりはない。それに何より、ゴローがいなくなったらレイが悲しむ。イタルさまに至ってはきっと発狂するだろう」ってモルガナが。口では色々言ってるけど、吾郎のことを追い出したりしないってさ。私だってそうだよ。

 

 

 自分の奥底から湧き上がって来た感覚に、俺は思わず口元を抑える。変な声が出そうになった。それをどうにか飲み下した後は目を覆う。衝動に任せて大きく息を吸って吐き出すと、掠れた吐息が雑踏に紛れて消えていった。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。俺の中にいる“何か”が歓喜の声を上げた。

 実の父親からは愛されなかったし、必要とされなかった。要らない子と言われて捨てられた。獅童を父に持つ俺が生まれたせいで、母も黎も不幸な目に合った。『居場所なんてどこにもない』と途方に暮れた痛みを一生忘れることはないだろう。

 けれど、()()()()()()()()()。黎がいて、怪盗団の仲間たちがいて、保護者たちがいて、尊敬できる大人たちがいる。()()()()()()()()()()()()()()――その事実が、すとんと俺の腑に落ちた。それ故に、今なら素直に大丈夫だと信じられた。

 

 暫し歓喜に震えた俺は、平静を取り戻してすぐに仲間たちへ礼を述べた。

 即座に「気にするな」「仲間なんだから当然」という返信が画面に映し出される。

 

 仲間たちへの礼でSNSのやり取りを締めた俺は、すぐに四軒茶屋へ向かった。電車を乗り継ぎ、行き慣れた道を通ればすぐにルブランが見えてきた。看板はクローズだが、店の灯りは消えていない。佐倉さんと黎が何かをしている姿が見える。僕は扉をノックする。佐倉さんが扉を開けてくれた。

 

 

「こんばんわ」

 

「吾郎」

 

「ああ、お前さんか。……黎から話は聞いてるぞ」

 

 

 佐倉さんはどうやら、黎にコーヒーの淹れ方を伝授していたらしい。「折角だ。お前さんの未来の伴侶にも飲ませてやれ」と茶化した。黎は頬を淡く染めた後、小さく頷いて準備を始める。それにつられるようにして、僕の頬も緩んだ。

 しかめっ面をしなくなり、どこか気さくな気配を漂わせる佐倉さんの様子からして、僕もルブランに馴染んできたのであろう。それが、どうしてだか凄く嬉しく感じた。僕はカウンター席に腰かける。程なくして、店内にコーヒーの香りが漂ってきた。

 黎が僕に淹れたてのコーヒーを差し出した。僕はそれを受け取り、啜る。纏わりつくような疲労を吹き払うような――けれどどこか、僕を労るような味だった。張りつめていた心が解けていく感覚に、僕はひっそり息を吐いた。

 

 佐倉さんは何も言わず、ひっそりと裏へ引っ込む。彼なりに気を使ってくれたのだろう。

 それでも万が一のことを考えて、詳しい話を出さないようにする。怪盗団としての決まりだ。

 

 

「吾郎、これから()()忙しくなるんだよね?」

 

「そうだね。今まで通りここに来るのも難しいかもしれない。……ごめんね、黎」

 

「謝らないで。むしろ、謝るのは私の方だ。吾郎に沢山迷惑かけてるから」

 

 

 黎は申し訳なさそうに苦笑する。僕は首を振った。

 

 

「そんなことないよ。……謝るのは僕の方だ。キミの冤罪を晴らすと約束しておいて、結局何もできないでいる。その分、()()()()()しなきゃ役に立てないし」

 

「違うよ、吾郎。私はいつだって吾郎に助けてもらってるし、支えてもらってるし、守ってもらってる。キミに頼ってばかりなんだ」

 

 

 だから無理しないでくれ、と、黎の眼差しは訴える。彼女の優しさは嬉しい。けど、それに報いれない自分の無力さが悔しい。

 僕はこれからも密偵を続けるつもりだし、必要経費の無茶を張り倒すだろう。だから、黎の祈るような眼差しを裏切ることになる。

 

 

(誰も彼もを裏切っている、か)

 

 

 俺がひっそりと自嘲したときだった。不意に、黎の手が俺の手に重ねられる。灰銀の瞳は、どこまでも優しく細められた。

 

 

「帰ってきてね。何があっても、どんなことがあっても、私たちのいる場所に帰ってきて」

 

「黎……」

 

「私、信じているから。信じて待っているから」

 

 

 ――ああ。

 

 胸の奥底から溢れだしてきたこの感情を、何と例えよう。俺の中にいる“何か”が、許容不可能な感情に溺れて悲鳴を上げる。『縋りつくものがなくて辛いのに、誰からも咎められること無く溺れることができることが嬉しい』と。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――その事実を改めて噛みしめていたとき、俺の視界が一気に歪んだ。何が起きたのかよく分からなくて、けれど、その理由を分析できる程冷静ではなくて、呆気にとられる。

 一歩遅れて、俺は自分が泣いていることに気づいた。あまりにも情けない姿を曝している。俺は慌てて涙を拭うが、全く止まる様子を見せない。こんな有様だというのに、黎は咎めることなく静かに見守っていてくれた。寄り添っていてくれた。

 

 




魔改造明智&怪盗団の班目パレス攻略終了。あとは班目の『改心』を待ちながら、高校生として精力的に活動中。密偵として本格始動した魔改造明智の精神状態は現状ガタガタですが、みんながいて引き上げてくれるので大丈夫でしょう。
女性ジョーカーで川上先生とコープ活動するにはどうしたらいいかなと考えた結果、あの流れとなりました。魔改造明智の変装という形でDLCネタも含まれています。いつか絶対、DLCの七姉妹学園高校制服ネタをぶち込みたいです。DLCと黎の通っていた学校が七姉妹学園高校という設定を活かしたい。
次回は班目パレス編完結会にするか、班目完結ついでに金城前日譚として金城パレス編に組み込むか悩みどころです。初期構想における班目パレス編は「祐介の暴走に振り回される魔改造明智」だったのですが、いつの間にかシリアスになってました。不思議だなあ(遠い目)

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