山の頂上に一匹の龍あり。龍は贄を求め、拒否すれば村は血で赤く染まるであろう。
これは、この村に伝わる一つの昔話のようなものだ。実際の所、誰かが贄に出されるところも見たことがないし、村の人に聞いても、所詮昔の話だ。と笑う。
俺自身信じていなかったと思う。その日までは。
「ねぇ、隼人。この村の龍の話、あるじゃない?」
「あぁ、龍が贄を求めるってやつだろ?それがどうした?」
「私さ、それに選ばれちゃったみたいなんだよね」
そう言って三木は右腕を俺に見せてきた。そこには何かが巻き付いているかのような黒いあざがあった。
「この前朝起きたら腕が痛くって、見てみたらこうなってた」
俺は言葉を失った。
「それでおばあちゃんに見せたら、贄に選ばれたんだよって泣いてた」
「でも、今まで贄なんてなかっただろ?なんで今になって・・・」
「贄を求めるのは20年に一度なんだって、まだ私達が17で経験してなかっただけ」
「村の人だって昔話って言ってたし、何かの間違いなんじゃないのか?」
「ほかの人を怖がらせない為に、その家族の人たちだけで全部の事を終わらせるらしいよ」
何故か納得してしまった。現実から離れすぎている。非現実すぎて現実だ。混乱し過ぎて冷静になっている。
「そのあざ、触ってみてもいいか?」
まだ冗談だった。という可能性がある。
「うん・・・」
快くではないが承諾を得て、触れる。
「熱ッ―――」
絶対に人間の体温ではない温度だった。
「大丈夫!!?」
「あぁ、それよりこんな温度でお前が大丈夫なのか?」
「隼人は熱いって言ったけど、私は全く熱くないの。それよりも締め付けられる痛み」
まるで俺に触られるのを拒絶するかのように、お前にできることはないと言うかの如く、そのあざは熱を発している。
「一週間後、私山の頂上に連れていかれるの」
「生贄にされる。村の為に」
「そんなことがあっていいわけないだろ!」
俺は何か糸が切れたように怒りをぶつけていた。
「私だって嫌だよ!今すぐにでも逃げ出したいよ!」
「でも・・・でも・・・私が行かなきゃ皆死んじゃうんだよ!その方が耐えられないよ!」
反論もできずにその日は、以降話すこともなく終わった。
それから三日後の深夜の事だった。俺の携帯に一本の電話が入った。
「もしもし、三木か?」
「そうだよ」
「いきなり電話かけてきてどうかしたのか?」
「ちょっと外出てこれるかな?」
「あぁ」
そう返すと電話を切り、軽く着替えて外へ出る。
外に出たものの、それからどこに行くかは教えてもらっていないわけだが。
そして外に出て気づいたが、今日は妙に明るかった。
「電話・・・掛けてみるか」
三木にコールする。少し時間がかかったがつながる。
「もしもし、今どこだ?」
「今?多田君の家だよ」
「はぁ?なんでお前が多田の家に」
「ちょっと用事があってねー。今家出たよ」
多田の家はちょっと遠いが、自転車を使えばすぐ着くだろう。俺は自転車にまたがり、話をつづけた。
「今そっち向かってるから待ってろ」
「んー、無理かなあ。そっちで探して」
ブツッ 電話を切られてしまった。
嫌な予感がする。俺は更にスピードを上げた―—――
多田の家の前につく。何故か家のドアが開いている。
そして俺は吸い込まれるかのように中に入ってしまった。何故開いているのかという疑問を逸らせなかった。
中に入ると強烈な異臭に鼻を押さえた。それでもなお進むことをやめない足。
これ以上進んではいけないという脳からの信号を無視し続ける。そして、見つける。
多田の死体だった。首を掻っ切られ、心臓を一突きと言った感じだ。即死であることは明らかだった。
ほかの所からも異臭はする。多分全員やられているだろう。
もうこの時俺も壊れていたのだろう。警察を呼ぶ。という選択肢は頭からすっぽりと抜け落ちていた。
家を出た俺は、三木を捜した。
電話をしても出ないし、そんなに遠くにも行っていないはずなのだが、まったくもって見つからない。
「はーやと」
後ろから三木の声がする。振り返るとそこには――――
包丁をもち、血まみれになった三木がいた。
「三木・・・」
多田の家で理解はしていたので、驚くこともなかった。
「私、壊れちゃったみたいなんだ」
「ほら、このあざ」
そう言って、右腕のあざをこちらに見せる。巻き付いているようなあざは範囲を広げている。
「このあざがね、私に人を殺せってずっと言ってくるの」
「もう私耐えられなくって、人を殺しちゃった」
「結構楽しいんだよ?血が噴き出す時とか、呼吸が止まる瞬間とか、思い出すだけでもう。」
三木は本当に楽しそうな顔で言った。
「お前・・・おかしいぞ」
「うん、知ってる」
「だから隼人をここに呼んだの」
「え?」
「私には、もう正しいことも間違ってる事もわからない。壊れているかもわからない程に壊れてる。だから自分が壊れているかを確認したかったの」
「最後のお願い。私を殺して」
「そんなことできるわけ―――」
「この右腕が自殺することを許してくれないの。頼れるのは隼人だけ」
「でも」
「私知ってるよ。隼人が誰よりも優しいってこと。私の事を好きだってこと」
「でも控えめだから、私に告白できないでいたことも」
「私も隼人が好きだったよ」
「なんで今そんな事いうんだよ・・・もうわかんねえよ!」
俺は泣いていた。三木も泣いていた。
「これ以上壊れたら、私は私じゃなくなっちゃう。その前に気持ちを伝えておきたかったの」
持っていた包丁を俺の方に投げた。
「だからお願い・・・私が私じゃなくなる前に、殺して」
俺は包丁を拾った。
「あああああああああああああああああああああああっ」
そして三木の腹に、深く、深く突き刺した。
臓器を突き破る感覚に吐き気を覚える。いろいろなものを裂いていく包丁から手に伝わってくる感触に背筋が凍りつく。
「あり、がと」
口から血を吐きながら、三木はそう言った。そして、その場に倒れた。
俺も全身から力が抜け、その場に倒れこむ。しばらく動けなかった。
気が付くと俺は、三木の死体を持って、山を登っている。ほとんど無意識のうちに登っている。
舗装されている訳でもないのだが、なぜか道が分かる気がした。
いつの間にか山頂についている。そこには小さな祠があり、その祠から一匹の小さな蛇が出てきた。
その蛇は三木の死体に近づき、右腕を見つめた。すると右腕のあざが消えていった。そして蛇は祠に戻っていこうとする。
俺はその蛇を包丁で真っ二つにした。
「ははっ、こんな小さな蛇一匹に踊らされてたのか」
「俺も、壊れてるのかもな」
俺は自分に包丁を刺した。
形の無いものを即興で形作りしたものなので、言葉足らずなどがあるかもしれませんが、楽しんでいただけたら嬉しいです。