pixivに載せていたものが無事に終了したので記念にこっちにもと思いまして。
枕元で携帯電話が振動している。
初めはメールだと思っていたがどうやら着信のほうらしい。休日の朝なのに着信がくるなんて。あ、別に何時でも着信とかきませんわ。
そろそろ出た方がいいよな。とりあえず誰であろうと文句を言わせてもらおう。こんな朝から電話しやがって・・・・・・
「やっはろー、比企谷くん」
間違え電話だわ、これ。さっさと切ってしまおう、そうしよう。
「切っちゃダメだからね。あ、違うね、切ってもいいけど・・・・・・この後は言わなくてもわかるよね」
「そんなことするわけないじゃないですか」
なんで電話越しでも考えてることがわかるんだよ。
「それでこんな朝早く、それも休日に何の用ですか」
「朝早くってもう10時になるけど・・・」
「知らなかったんですか、俺の中では10時はまだ朝早くなんですよ」
「まあなんでもいいけど、とりあえず時間がないから用件を伝えるね」
めずらしいな。いつもなら俺を弄り倒すところなのに。別に弄られたいわけじゃないし、弄られなくて残念だなとか思ってもいない。
「比企谷くんを弄るのはまた今度ね」
「それは遠慮します。それで?」
「実はね──────」
「帰って」
「帰ってほしいならもっと体調の良さそうなフリをしてから言うんだな」
「ふん」
ベッドの上で寝ている雪ノ下が睨んできたが、顔が赤いので全く怖くない。むしろいつもとのギャップでいろいろとやばいけど、さすがに病人を襲うつもりはないし後が怖い。
「今なら私をどうにかできるとか思わないことね」
「そんなこと思ってるわけないだろ。俺から言うことじゃないかもしれんが、安心して看病されろ」
「そもそもなんで比企谷くんが来るのよ」
「陽乃さんに頼まれたんだよ。雪ノ下が体調崩したから看病に行ってくれってな」
「だからってなんであなたなのよ」
「今日は忙しいらしぞ、雪ノ下家全体が」
みんな出払っていて誰も雪ノ下の相手をできないとかなんとか。
「そんなこと知ってるわよ。私が聞きたいのはいつもの比企谷くんならそれでも動かないと思うのだけれど」
うーん、これは言い返せない。確かにいつもならなんで俺がとか、めんどくさいとかそんな感じで断るところだよな。
だけど、
「だけど、具合が悪いときに1人だと寂しいだろ」
「えっ・・・」
「それにこんな時ぐらい他人に頼ったほうがいいぞ」
「大丈夫、比企谷くん。いつものあなたからは考えられないようなことを言っているのだけれど」
「知らん。お前の体調が悪いからそう感じるだけだろ」
「そうなのかしら」
今までで1番顔を赤くしながら呟かれても困るんですが・・・。本当に体調悪そうだな、この感じだと。
「な、何をしているの」
「何って熱を測ってるんだろ」
「わざわざおでこで測る必要はないでしょ。それもお互いのおでこをくっつけるなんて・・・」
「小町にいつもする様にしただけなんだが」
小町にこうやるもんだと教わったんだが、これが普通じゃないのか?いや、普通だよな。
それにしてもおでこ熱いな。これは本当に相当やばいな。
「薬は飲んだのか」
「いえ」
「そうか。そうなると、とりあえずなにか食わないとな。なにか食えそうか?」
「お粥ぐらいなら、たぶん」
「そうか。それなら作ってくる。それとほかには何か必要なものとかあるか」
「え、えーとそうね、身体を拭きたいからタオルを用意してもらってもいいかしら」
「了解した」
「ちょっと待て」
「ん、なんだ」
「もしかしてあなたがお粥作ってくれるの」
「もしかしなくてもそうだが。ああ、材料は事前に買ってきたから大丈夫だぞ」
「いえ、そういうことを言っているのではなくて、あなたにそこまでさせるわけには・・・」
「はぁ。いいか、雪ノ下。俺はここに看病しに来たんだ。だから、お粥だって作るしお前の頼み事にはなんでも答えるつもりだ」
我ながら殊勝な心掛けだと思う。だけど、さっきも言った通りこいつは人に頼らないし弱味も見せない。そのわりに弱くて脆い。
だから今回ぐらいは甘やかしてやろうとそう思ったのだ。陽乃さんに頼まれたってのもあるにはあるのだが、それはそれだ。
日頃お世話になっている?部長様のケアも部員の大事な勤めのひとつだ。
そう考えると由比ヶ浜がいないのがおかしいと思うが、あいつは間が悪いことに家族旅行中だ。この間の部活中にお土産楽しみにしててねとか言っていたが、本当にタイミングが悪いやつだよ。
「そ、そう」
「とりあえずタオルを持ってくるよ」
「洗面所に掛かってるはずだから」
「あいよ。そうだ、俺が拭いてやろうか」
ドアを閉める寸前でそんなことを言うと、ドアを閉めたタイミングでドアになにかがぶつけられた音とともに「へんたい・・・」と言う声が聞こえたのだった。
***
「ケダモノ」
「口をきいてくれるだけ僥倖かね」
「今すぐ追い出してもいいのよ」
「それはやめて頂きたい」
「それならそれ相応の態度をとりなさい」
うーん、雪ノ下は自分が言ってることわかってるのか。捉え方にもよるけどその言い方だと俺がここにいても良いことになると思うんだが・・・。
そっちの方が個人的には嬉しいし、ありがたいけど。
「悪かったよ、反省してる」
「本当かしら。言うだけなら誰でもできるわ」
確かに雪ノ下の言う通りだ。言葉にして相手に伝えたからには、それなりの結果が必要だよな。こんな時でもちゃんとしようとする雪ノ下さんマジ流石っす。
「ちょ、ちょっと何してるのよ」
俺はとりあえず不言実行を心掛け何も言わずに雪ノ下の頭を撫でることにした。
これも小町が熱を出した時にはよくやっていることだ。辛いだろうけど頑張れって意味で。小町には好評だから間違っているはずがないし、これで少しは機嫌が直るはず。
「ふにゃー」
機嫌が直るどころか効果バツグンっぽい。目がトロンってしてるよ。小町にやる時はこんなことにならないんだが・・・・・・。
まあ、気持ちよさそうに撫でられてるからいいか。
「さて、こんなもんか」
「えっ、やめてしまうの」
「うん?」
「んっ・・・なんでもないわ」
「そうか。あ、タオル持ってきたぞ」
「ありがとう」
素直に感謝を述べるなんて雪ノ下らしくない。それも具合が悪いから本調子じゃないからだよな。いつもこれぐらい素直なら「可愛いのに・・・・・・」
「な、何を言っているの。それよりも身体を拭くから早く出て行って」
「お、おう。なんかあったら呼んでくれ」
なんか知らんがそっぽを向いて捲し立てるように言われてしまった。なぜ?と思ったが冷静に考えると、さっきの不用意な発言のせいだと気づいたので、さっさと部屋を出ることにした。
「今度はなによ」
俺が部屋に入るなり睨んでくる雪ノ下。まだ顔が少し赤いので、ただただ可愛いだけなのだが言わないでおいたほうがいいな。
「こいつを買ってきてたのを忘れててな」
「それは・・・」
「熱さまシートだな」
「それぐらい知ってるわよ」
冷えピタではなく熱さまシート。
俺なんかだと冷えピタとよく間違ってしまうが、冷えピタは暑さ対策に貼るらしい。
熱さまシートでも暑さ対策で貼るかもしれないが、やっぱり熱さまシートは熱が出た時に貼るものだよな。
「そんなものまで買ってこなくても」
「そんなものって・・・・」
さては雪ノ下は熱さまシートの有り難みを知らないな。これを貼るだけでどれだけ楽になるのか、この機会に思い知ってもらおうじゃないか。
早速貼ってもらおう。
「あ、あの比企谷くん」
「どうした」
「なんで私の顔に向かって手を伸ばしてくるのよ」
「熱さまシートの偉大さを知ってもらうために・・・じゃなかった、早く雪ノ下の体調がよくなるように熱さまシートを貼るんだよ」
「そうだったの、ありがとう・・・・・・じゃなくてなんであなたが貼ろうとしてるのよ」
なぜに怒ってらっしゃるのかな?
熱さまシートって普通、自分以外の誰かに貼ってもらうものじゃないのか。
自分で貼ろうとすると前髪を巻き込んじゃったりするんだよね。そうすると前髪が気になること気になること。
それを体験して以来、小町が風邪を引いた時には進んで貼ってやってる。おかげで貼るのに慣れてしまった。
ここで言い返したいところだが、そのまま言い合いになると雪ノ下の体調に悪いと今更ながら思い黙って貼らせてもらうことにした。
「自分で貼れるから大丈夫よ」
無視無視。いや、無視じゃなくて返事をしないだけだな。あれ、それって無視じゃね。
「なんで黙っているのよ」
雪ノ下のことを慮って不言実行したが、怖がられてる様な気がしてならない。
今の状況を客観的に見たら目付きの悪い男が人形みたな綺麗な女の子に、無言で近づいてるように見えるだろうな。もっと正確に言うと体調の悪い女の子なのだが。そうするとさらに犯罪性が増してしまう。
だけど、実際は看病しているだけなんだよな。だから八幡は気にしません。
それにしてもこんな間近で雪ノ下の顔、というかおでこを見ることになるとは。白くて綺麗なおでこだな。
雪ノ下には悪いが役得だよな。
「貼るだけにしては顔が近くないかしら」
おっと、気付かないうちに思ったよりも顔が近付いてしまっていたらしい。それもこれも雪ノ下のおでこがいけないのだが(責任転嫁)
「よし」
「貼ってくれなくてもよかったのに」
「だから、俺は今日ここに雪ノ下の看病をするために来たんだから、俺が貼るに決まってんだろ。それとも、なにか不都合でもあったのかよ」
我ながら今更こんなことを聞くものではないと思ったけど、もし何かあるのなら今度からは考慮しようと思ったのである。
「そ、そうよね。私のために来てくれたのよね」
看病という言葉が抜けてたような気もするが、概ねその通りなので訂正しない。
これ、大人の対応な。
そんなことより雪ノ下がやっと理解してくれてよかった。
「不都合というか、・・・顔が近い・・・・・・と思っただけ・・・・・・」
「あー悪かった」
「そんな言葉で許すと思っているの」
顔が近かったのは貼るのにそのほうがラクだからってのがあるんだけど、如何せん俺のほうが至近距離で見蕩れてたから言いづらいんだよな。
「それじゃあ、どうすればいいんだよ」
「そうね。それでは言うことを聞いてもらいましょうか」
「それでいいならいいけど」
始めっから今日はなんでも言うことを聞くって言ってるんだがな。それで雪ノ下がラクならいいけど。
「それでは名前で呼びなさい」
「はぁ・・・・・・はい?」
なぜそんなこと言い出したんだ。俺はてっきり看病に関係ある事だと思ったんだが。
「関係あるわよ。名前で呼ばれたほうが治るのが早くなるのよ。知らなかったの?」
「それは、初耳だな」
なぜか必死な雪ノ下さん。めずらしい、そしてかわいい。
「それに・・・」
「それに?」
「姉さんだけずるいわ」
「はぁ」
両方とも同じ名字なんだからしょうがないだろ。
だけど、そんなことで言いならいいけど。
「雪乃、そろそろ昼ごはんを作ってきていいか」
「うん」
反応がうすい。それもそのはず、名前を呼ばれた瞬間布団に潜ってしまったのだ。
なぜに突然布団の中に潜るんですかね。
「眠たいんなら後にするけど・・・」
「いいから早く作ってきなさい」
てっきり眠たいのかと思ったが、どうやら違うらしい。
そう言うなら作ってくるが。
「テレるんなら頼むなよ」
「うるさい」
布団から手が出てきて腹を殴られたが、ポフッと音がするだけで全く痛くなかった。むしろかわいいと思いました。まる。
***
初めて使うキッチンは、やっぱり慣れないし使い辛い。何処に何があるのかわからないのが不便でならない。
これがさらに片付いていないキッチンなら、なおさら料理に悪戦苦闘していただろう。
だけど、雪ノ下が普段からきれいに整頓しているおかげで、なんとか料理のほうも恙無く終わらせることができた。
キッチンが綺麗なのは当然と言えば当然なのだ。料理を上手く作れる人がキッチンを汚く使うわけがないのだから。ソースは俺の家のキッチン。
俺の中で一番料理が上手いと思う小町が、普段から使っている俺の家のキッチンが汚いところなんて、1度も見たことがないのだから。自分が使うからこそ綺麗にしているのかも知れないが、それでも俺はそんな小町が好きなのだ。
あ、やべ。いくら心の中だと言っても妹である小町に対して好きは良くないな。愛してるぐらいにしておくか。あれ?これってさらに酷くなってね。
話を戻そう。
小町ほどとは言わないまでも雪ノ下だって料理が上手いのだから、必然的にキッチンだって片付いているのだ。
ここまでキッチンが綺麗、キッチンが綺麗と言ってきたが、俺が今回作った料理はキッチンが汚くても作れるぐらい簡単なものなのだ。
八幡特製の大根を使ったお粥。
自分で言うのもなんだが、久しぶりに作ったにしてはよくできたと思う。将来、専業主夫になるためにはこれぐらいできて当然だと言われたらそれまでだが・・・。
それはそれとして、雪ノ下にお粥を持っていっていいか聞かなくては。
もう食べると思って持って行ったら、寝てましたなんてことがあるからな。体験なんだけど。
「雪乃、お粥でき・・・・・・」
雪ノ下の部屋のドアをゆっくり開けながら入ってみると、ベッドに横になってる雪ノ下と目があった。雪ノ下が寝ていること自体はおかしくない、むしろ病人としては正しいものだろう。
だが、ベットに横になるという体勢にプラスして、パンさんのぬいぐるみを抱き締めているとしたらどうだろう。これだけなら、なんて可愛い子なのだろうと思い、さらに心がそれだけで洗われるようだと思うだけなのだが。
あろうことか雪ノ下は、パンさんを抱き締めるだけでは我慢できなかったのか喋りかけていたのである。具体的に何を言っていたかまではわからなかったものの、俺が途中で喋るのをやめてしまうのも無理はないだろう。
なによりも空気が重い。雪ノ下が顔を逸らしてしまったせいもあるが、突然部屋に入ってきて黙ってしまった俺もいけなかった。
無理にでも俺が喋り続けていればこんな空気にはならなかったかもしれないが、今頃後悔しても時すでに遅しって感じだ。
だけど、考えてみたらもともと一人暮らしなのだから、寂しい時は独り言のように誰かに喋りかけるのかもしれないな。昨今、ノイローゼになる一人暮らしの大学生だっているぐらいなのだから、女子高生だってそういう時があるのだろう。
それが風邪を引いて、弱っているのならなおさらだろう。俺が風邪を引いたのはだいぶ前だが、その時も少なからず寂しいと思ってしまっていた事実があるぐらいだからな。
これは看病する側としての配慮が足りなかったな。メンタルケアも看病の一環だろう。こんなことに今更気付くなんて・・・。
とりあえず、ここから挽回していくしかないな。
「雪乃、お粥できたから持ってきてもいいか?」
「お、お願い・・・します・・・」
ここでさっきの独り言については言及しない、そして何も見ていないふりをするのが正解だろう。雪ノ下もわざわざ自分から言ってくることもないはずだ。
ただ、これだけは言わしてくれ。
パンさんを抱き締めて、それで顔を半分隠して上目遣いで俺を見るのはやめて下さいませんかね。
確かに、目を背けられてるよりはむしろ相手の目を見て話すほうがいいことは重々承知しているけど、わざわざ顔を半分隠すとか、上目遣いとか、風邪のせいだと思われるけど顔が赤いとか、そんな要素はいらないだろ。
嫌ではないんだけど、なんていうか、こうね。
俺も男子高校生なんだから、考えてほしいよね。
落ち着けよ、俺。相手は病人だ。
ここで変なことをしたら警察を呼ばれる。まだ捕まりたくないし、捕まるにしても雪ノ下の看病が終わってからでなくては。
「すぐに持ってくるから待ってろ」
なんだかんだあったがやっと昼ごはんである。
お粥の最後の仕上げをして部屋に持っていくと、雪ノ下も調子を取り戻した(風邪なので本調子ではないと思われる)ようで、「比企谷君も料理ができたのね」とか意外そうな顔で言ってきた。
これでこそ俺の知ってる雪ノ下雪乃だな、とか思ってたけどその後の所謂『頼み事』で考えを改めることになった。
「あ、あの比企谷君・・・少し身体がだるいので・・・その・・・・・・」
「ん?」
「た、食べさせ・・・て・・・」
困ったな。
何かを言ったってことはわかったんだが、声が小さすぎて何を言ったのかわからなかった。
わからなかったが、なんとなく分かるような気がするのであとは実行するだけだ。
それに元からやるつもりだったし。
「今日の俺は何でもやるからな。もちろん、昼ごはんだって食べさせるに決まってるだろ。嫌だと言っても、やるつもりだったぞ」
「そ、そう。それは、頼もしいわね」
引いたような顔をされたが、それでもいいと思えてきた俺はもしかしたらドMなのかもしれない・・・。
冗談はおいといて、食べさせてあげますか。
なんて簡単なことのように考えていた、楽観視していた自分を呪ってやる。
まさか、小町以外の人に食べさせるのが俺の想像以上に大変なことなんて思ってもみなかった。それも雪ノ下という俺が今まで出会った中でトップクラスの美人を相手にするだけでここまで大変なことになるなんて。
風邪のせいだとわかっていても、頬が少し赤くなって口を恥ずかしそうに小さく開けて俺を見上げる姿や、口からお粥が少し垂れてしまって恥じらいながらも俺に拭ってもらう姿や、美味しそうに食べて無意識だろうけど小さな声で「おいしい」と言ってしまう姿とか・・・
列挙するとキリがないが、一言だけ言えるとしたらそれは俺にとって最高であり、また同じくらい辛い時間だった。
***
「ごちそうさま」
「お粗末さまでした」
初めのうちは雪乃の可愛さにやられていたが、徐々に慣れることができて食べさせ終わる頃にはもう少しこの時間が続けばいいのにと思ってしまった。
そんな邪なことを考えてはいけないと思ったが、こればっかりはしょうがないだろ。理性の化け物とかリスクリターンの計算ができるとか言われているが、俺だってこれでも高校生なのだ。
それでもなんとか最後の1歩を踏み出さないようにしながら、俺は完食した雪乃の頭を撫でてやるのだった。
マジで他人事みたいに考えないとやばい時があるからいけない。今がその時なのだが。
頭を撫でられてる時の雪乃の顔がなんとも言えない蕩けきった顔をしていて、それを見るとやばいのだが雪乃に頼まれる前に無意識で撫でてしまった俺がいけないのである。
だって、上目遣いで見られたら撫でたくなるだろ。
「それじゃあ俺は片付けしてくるから、薬と水をここに置いておくからちゃんと飲んどけよ」
ひとしきり雪乃を撫でると流石にこれ以上は俺がまずいので、さっさとこの場を離れるために最もらしいことを言った。
言うだけ言って部屋を出ていこうとしたら止められた。止めたのは言うまでもないが雪乃だ。雪乃が俺の服の裾を少しだけ引っ張っていた。本当にちょっと引っ張っただけだ。
それこそいつもの俺なら気付かない、気付いたとしても無視する止め方だ。
だけど、今日はいつもより意識して行動しているおかげで気付くことができた。
本当によかった、気付けて。
もし気付かなかったら、上目遣いで俺の服の裾を引っ張る雪乃を見ることができなかっただろうから。
「お盆にのってるそれはなに?」
「うん?あぁ、俺の昼飯だな」
「まだ食べてなかったの」
初めは一緒に食べるつもりだったのだ。いつもの俺だったら1人で食べているだろう。学校でも基本的にはひとり飯だし。
雪乃だって学校にいる時は、たまに由比ヶ浜と食べていると思うけど、基本的には1人で食べてるはずだ。家にいる時は一人暮らしなのだから当然1人だろう。
だけど、こんな時ぐらい誰かと一緒にご飯を食べたいと思うものではないだろうか。
そんなことを考えていがただの憶測なので、拒否されたら1人で食べようと思っていたのだが、まさか俺が雪乃に食べさせることになるとは思わなかったからな。
なので、リビングで食べようかなと思っていたのだが。
「ここで食べなさい」
まさかの発言である。
部屋の主である雪乃の許可が降りたのだからここで食べてしまってもいいのだがここで更なる問題点がある。更なる問題点というか単純に俺のミスだ。
「俺の分のスプーン持ってくるの忘れたんだよ」
雪乃と一緒に食べるつもりだったのに、スプーンを1本しか持ってこないやつ。俺です。
なら、ここに一旦置いといて取りに行けよと思われるかもしれないが、雪乃に食べさせるとかその他いろいろあったせいで忘れていたのだ。それにここまで来たら一人で食べたほうがいいだろう。雪乃がこの後寝るだろうし、それを邪魔してまでここで食べようとは思わない。
「まだ寝ないわ。それよりも、もう一度さっきと同じところに戻りなさい」
そう言うと雪乃は俺に体を向けて、俺が持っていたお盆の上から俺の分のお粥と雪乃が使っていたスプーンを取った。
「食べさせてあげる」
そう言った時の雪乃の表情は小悪魔めいていた。もっとわかりやすく言うと陽乃さんが俺にたまに見せる顔だ。
「イヤだ、とは言わせないわよ」
「雪乃はそれでいいのかよ」
「私がやりたくてやるのよ」
言うが早いか雪乃は冷めてしまった俺の分のお粥をスプーンで掬って俺の口の前に持ってきた。
改めて、さっきまで自分がやっていたことを他人にやってもらうと分かったことだが、これってやられる方も恥ずかしいもんなんだな。なんというか変に意識しちゃうみたいな感じで、正直よろしくないと思う。
その後、何が嬉しいのか今まで見たなかで一番じゃないかと思われるぐらいの笑顔で俺に食べさせる雪乃と、なんの味もしないお粥を口の中で咀嚼しては入れられるを無心で繰り返す俺の姿があったりなかったり。
いや、あったんだけどね。
***
「やっと寝たか」
洗い物を終えて雪乃が寝ているであろう部屋を覗いて見たらちゃんと寝ていた。
部屋を出る際、寝るように伝えておいたが実行してくれたらしい。
俺のご飯で一悶着のあと、文句なしに薬も飲んでくれたし、聞いてみたら朝よりもだいぶ体調が良くなったみたいなことも言っていたし、これで寝て起きたらもしかしたら治っているかもしれない。
そしたら俺のこの任務も無事完了だ。
嬉しいような嬉しくないような微妙な感じだが、雪乃の体調が良くなるのは素直に嬉しいことだ。
これを機にもう少し周りに頼るようになれば言うこともないんだが・・・・・・
人を奉仕する前に自分をどうにかしろと言いたくもなるが、まあ今回は雪乃の可愛い姿を見ることもできたし、今さっき思わず撮ってしまった寝顔だったたりで役得なところが多かったので良しとするか。
それにしても寝ている時は本当に可愛いな。間違えた、寝ている時もだな。
この写真、スマホのロック画面にしてみようかな。
あ、だけどバレたらやばいか。
まあ、その時はその時で考えればいいか。
とりあえず、無意識で撮ってしまった寝顔をロック画面に設定して、もう少し近くで撮ろうかと雪乃に近づいて、その無防備に寝ている顔に手を近づけようとしたらその手を掴まれた。
「!?」
驚きすぎて声にならない叫びをあげそうになった。
「ゆ、雪乃?」
どうやら起きたわけではないらしいが、無意識に掴んだらしい。
寝息もたててるし、呼吸もさっきと変わってないから、たぶんたぬき寝入りとかではないと思いたい。演技でここまでできるならそれはそれで困る。
それに、もしそうなら写真を撮ったのがバレてることになる。
だけど、俺の手を握ったまま動かなくなったのでもう寝てるってことにしておこう。
このまま下手になにかして起きてしまっても困るし、できることならちゃんと寝て体調を良くしてほしい。
なので、俺はこのままここに居ることにした。
だって、手を離してくれないんですもん。
本当は起きているんじゃないかってぐらい、強く握っていて離さない。
人肌が恋しいってことなのかね。
俺の手なんかでいいのならいつまでだって繋いでいてやるのだが、このままにしておくと起きたら面倒くさそうだな。
それもそれでいいなと思いながら、俺はもう一度雪乃の手を起こさないようにしっかり握り直した。
今回のオチ。
皆さんのご想像通り、見事に俺こと比企谷八幡は雪ノ下雪乃から風邪をうつされたのだった。
当然だよね。だって、治りかけといえども風邪をひいている人の使ったスプーンを使ったらそれはうつりますよ。
今更ながら、八幡反省してます。
それにあの後、雪乃と手を握ったまま一夜を明かしてしまうっていう無能ぶりである。
これには、先に起きていた雪乃も呆れたらしい。2人で朝まで寝てしまったことに対する呆れであってほしいと俺は思っているが、たぶん違う理由だろう。
雪乃は俺の予想通り次の日の朝には熱も下がりいつも通りの雪乃でした。
ちなみに今現在、俺はどこにいるかというと、
「ご飯はお粥でいいかしら。あ、安心してね食べさせねあげるから」
雪乃の家で雪乃に看病してもらっているのだった。
「雪ノ下」
「雪乃」
「雪ノ下、それは昨日で終わりだろ」
「いいえ、八幡。私がしてもらったことを全てあなたにやってあげることにしたの。だから、名前呼びもそのままよ」
「さいですか」
「それよりも、八幡。スマホがなっているわよ」
「そうか。すまんが、取ってくれ・・・・・・あっ」