超速い慇懃無礼な従者   作:技巧ナイフ。

9 / 49
はい、こんにちは!こんにちは?もしくはおはようございます?

ハーメルンの原作カテゴリに“ロクアカ”が表示されましたね。嬉しい限りです。
アニメもいい感じに盛り上がってますしね。照れるシスティまじ可愛いんじゃあぁぁぁ!!


第8話 そして少年は意識を手放した

 システィーナに【ライフ・アップ】をかけてもらいながら思考する。

 その対象はゴーレムを大量に召喚したあの紳士然とした男———レイクについてだ。

 

 あの尋常ではないゴーレムの数。

 

 召喚魔術【コール・ファミリア】は本来小動物などの使い魔を呼び出す、大して脅威の大きくない術のはずだ。

 あのゴーレムが使い魔だとして、それに戦闘能力を持たせるだけに飽き足らず武装まで付けてあの堅さ。

 これだけの要素を鑑みれば、レイクが凄腕の超一流魔術師であることは疑いようもない。

 

 そして、そんな凄腕の超一流魔術師であるレイクの攻撃手段がアレだけとは考えにくい。その情報を足元に転がっているジンに聞いてもいいが、百聞は一見にしかず。一度見たほうが戦いになった時は有利に動けるだろう。

 

 ……クラスのみんなに一度逃げてもらおうかな?

 

 まだ学生とは言え、魔術師の卵。足元を掬われる可能性がある彼らだからこそ、わざわざジンを見張りにつけてまで教室に閉じ込めたはずだ。

 だからこそ、一度彼らにバラバラに逃げてもらってレイクがそれに対処する様子を観察する。そうすれば———

 

「ははっ…………」

 

 そこまで考えて自嘲の笑いが口から零れた。

 

 自分も結局、このテロリスト達と同じだ。システィーナやルミアを守る為に1年とはいえ友人として過ごした者たちの命を使い潰そうとしている。

 ここ3年ほど彼女達と共にフィーベル家で過ごした優しい日常のおかげで、自分が真っ当な人間になれていたと思っていたのに。

 

 自分が人の命をなんとも思わない異常者だということくらい、わかっていたはずだ。自惚れも甚だしい。

 

 それにクラスメイトの命を使い潰して2人を守り抜いたところで、心優しい彼女達が泣かないはずがない。

 それは自分が1番避けなければならないことだ。

 

 ……やっぱり俺が殺すしかないか。

 

 結局これが今の自分の中では正解らしい。

 考えがまとまったところで、ちょうど治療も終わったようだった。

 

「はい、できたわよ。少し痕が残っちゃうと思うけど」

 

「ありがとうございます。怪我が治ればそれでいいので、気にしないでください」

 

「ルミアなら……もっと綺麗に治せるんだけどね」

 

 悲痛な面持ちで信一の腕にかざしていた両手を引くシスティーナ。火傷の治った腕の調子を確かめるように手を閉じたり開いたりしながら信一はそんなシスティーナに笑いかける。

 

「これはお嬢様を守った名誉の傷ですので消す必要はありませんよ」

 

「でも……」

 

「それに、今はそんなことを悔やんでる場合じゃありません」

 

 優しく諭すような声音で告げる信一の言葉に、システィーナはハッとする。

 確かに、まだルミアを連れ戻すという目的が達成されてはいないのだ。信一の腕の痕は痛々しいが、それは後でルミアの得意な法医呪文(ヒーラースペル)でさっぱり消してしまえばいい。

 

 今優先すべきはルミアの奪還だ。それを理解したシスティーナは力強く頷く。

 

「さてと……じゃあ、拷問の続きといこうか」

 

「ひぃ……っ!?」

 

 信一は床に転がっているジンに、冷たい微笑を向けた。

 

 だが、ジンの姿を見て困ったように眉根を下げる。

 もはやどう拷問しようか迷うくらいにジンの体は傷だらけだった。

 

 残っていた左足もゴーレムから逃げる為に斬り落としてしまったし、右目は抉り取ってしまった。両耳もなく、鼻は削げている。

 

 だが、その心配は杞憂に終わった。信一の冷笑を見た瞬間、ジンが自分からペラペラ話し出したのだ。

 

「ル、ルミアって子ならこの学園にある転送塔ってところにいる!」

 

「なんでそんな場所に?」

 

 転送塔は学院の敷地にある、妙に高い塔のこと。ここには転送方陣があり、馬車なら何日もかかる帝都に一瞬で移動できる。

 昨日の夜、この魔術学院の教授や講師をこれを使って帝都で行われる学会に行ってしまい、今日このフェジテにいる学院の講師はグレン1人。

 

 しかし、そのグレンもこの男の話では死んでしまったらしい。

 

 転送塔にルミアがいるということは、その転送方陣にも細工されているだろう。わざわざ、今日という日を狙って乗り込んで来たテロリスト達だ。そんなところで細工をしないなんていうミスを犯すような間抜けではない。

 

「ルミアって子をある場所に送る為だ」

 

「ある場所っていうのは?」

 

「知らない!本当だ!信じてくれ!!」

 

 必死の形相で叫ぶジンが嘘をついているそぶりはない。とりあえずは信じていいだろう。

 

 学院にある転送塔を使い、どこかへ飛ぶ。おそらくこの男も、その仲間達も一緒にそれでここから脱出するつもりだ。ということは、外部からこの学院に侵入する手段はないということだろう。その逆もまた然り。

 

 ここまでのことを今日という1日で行う。それはさすがにポッと来ただけのテロリストには不可能だ。

 

 つまり、この学院に協力者がいる。

 

 ここまで考えて、まずは自分のクラスメイトを思い浮かべるが……天の智慧研究会なんていう歴史の教科書に載っているようなある意味歴史ある魔術師集団に属する者が魔術を学ぶ生徒役になるだろうか?しかも、生徒は4年で卒業してしまう。

 これでは人員の無駄遣いだ。有史以来、国と対立してきた集団がそんな無駄なことをするはずがない。

 

 では、残る可能性は……

 

「ねぇ、この学院の講師か教授、事務員や清掃員でもいい。協力者がいるよね?」

 

 刀をまだ残っている左目に向け、脅す。そこに罪悪感はまったく無い。

 

「あ、あぁ!いる!」

 

「その協力者の名前は?」

 

「そいつの名前は———」

 

 ジンが協力者の名前を言おうとした瞬間、別の棟から眩い光が轟音を立てて駆け抜けた。

 

「【イクスティンクション・レイ】ッ!?あんな高等呪文…誰が……?」

 

 その光は個人が使用する最高峰の威力を持つ呪文。神さえ殺す術。

 

 それがこんな場所で放たれたのだ。ジンの話ではルミアは転送塔にいるらしいので彼女に被害はないと思うが、では誰がそれを放ったのか。

 

「ねぇ、レイクっていうあんたの仲間。【イクスティンクション・レイ】は撃てる?」

 

「いや……いくらレイクの兄貴でもあんなもん呪文は使えねぇ」

 

「他の奴は?」

 

「今日ここに来た仲間の中にはいないはずだ……」

 

 つまり、テロリスト連中以外の誰かがあれをぶっ放したということだ。

 

 少し希望が見えた気がする。自分達に味方がいるかもしれない。

 

「お嬢様、あの場所に向かいます。走れますか?」

 

「わ、わかったわ」

 

【イクスティンクション・レイ】の存在に目を見開いていたシスティーナを我に帰らせ、ジンを刀の峰に引っ掛けて走り出した。

 

 

 

 

 ゴーレム達を一掃するために【イクスティンクション・レイ】を放ち、魔力切れで土色の顔色になりながらもグレンは自分に()()()()()を避ける。

 

 相手の厄介な魔導器。フワフワと浮く5本の剣のうち、3本は自動で攻撃し、2本は術者の意思で動く隙のない剣技。

 

「チッ!…この!」

 

 相手の隙を見てなんとか起動した【ウェポン・エンチャント】を使い、拳を強化して2本の剣を捌く。

 

「うおっとぉ!!」

 

 だが2本目と全く同じ軌道で隠れていた3本目には反応が遅れ、上体を反らしてなんとか避けた。

 

「終わりだ。グレン=レーダス」

 

 レイクはそう言い放ち、自分が操作している1本を腹部に狙いをつけて飛ばす。グレンの姿勢を考え、1番効果的である一撃。

 

 しかし、グレンもその程度では終わらない。

 

「おんっどりやぁぁぁぁ!!」

 

 バゴゥッ!

 

 反らした体をそのまま後ろに倒し、バク転を駆使してサマーソルトキックを放つ。グレンの足はなんとかそれを弾き飛ばした。

 

 だが、先の避けた3本がバク転で態勢を崩したグレンに殺到して……

 

「チッ……」

 

 これは避けられないと悟る。両手を床についてる状態で弾き飛ばすのは無理だ。

 目の前に迫る剣がスローモーションに見える。魔導器として運用する為に刻まれた紋様までくっきりと。

 

 そして、理解する。自分は死ぬと。

 

 ……やっぱり…働くなんてロクでもねぇな。

 

 死ぬ寸前まで、労働という義務に憎まれ口を叩きながらここ2週間のことが頭をよぎった。

 

 いつも自分に噛み付いてくる猫のような銀髪の少女。

 そんな少女をまぁまぁと窘める金髪の少女。

 その2人を優しく見守る元同僚の息子。

 

 なんだかんだ言って、悪くない時間と思えた。血生臭い世界の住人である自分がまともになれたと勘違いしてしまうほどに。なんてことのない日向の世界の住人に自分はなれたんだと自惚れてしまうほどに。

 

 ……あぁ、やっぱり———死にたくねぇなぁ。

 

 迫る剣はもう目の前まで来ていた。1本は首を抉り、1本は心臓を抉り、最後の1本は首を飛ばすだろう。

 

 ……ちくしょう———

 

 せめて恐怖から逃れる為にグレンは目を閉じる。たった2週間の日向の世界で過ごす時間は……もう終わりなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いいぃぃぃよいしょおおぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生への執着にも諦めがついた瞬間、間抜けな声と共に自分の足に『何か』が激突した。その衝撃で体が倒れ、すっ転ぶ。刹那、頭上を3本の剣が通過していった。

 

「「 ぐはぁっ!? 」」

 

 足にぶつかった『何か』は自分と同じように悲鳴を上げて床に転がっている。

 

「んだよ……いきなり」

 

 その『何か』を確認する。それは———両手両足を無くした黒衣の男だ。レイクと同じローブを纏ってはいるが、耳は無く、鼻は削げ、片目は抉り取られている。

 

 それが床を恐ろしい速度で滑り、自分の足に激突したのだ。どう考えても第三者の力がなければああはならない。

 その第三者———さきほどの間抜けな声の発信源は……レイクの後ろにいた。

 

「《疾くあれ》」

 

 銀髪の少女を脇に抱えながら呪文と共に片手の刀で斬りかかる。

 

「フッ……」

 

 速すぎてまったく見えない一閃がレイクの首を斬り裂こうとするが、それを半歩だけ移動してあっさり避けられる。

 初めからそれで決まるとは思っていなかったらしく、そのまま通り過ぎてグレンの目の前まで来た。

 

「やぁ、グレン先生。生きてたんですね」

 

「信一……それに白猫も……」

 

 抱えていたシスティーナをそっと下ろし、グレンに笑いかける信一。

 その表情はいつも通りであり、殺し合いを行なっているこの場において最も相応しくない。

 

 そのはずなのに……何故かこの少年の笑顔に違和感を感じない。殺し合いを楽しむでもなく、これが自分の日常だと言いたげな顔だ。

 

 だが、そんな悠長な考えは一瞬で霧散した。信一を狙って後ろから迫る剣が2本見えたからだ。

 

「おっと危ない」

 

 信一は振り返りながら両手の刀を逆手に持ち変え、危なげなく柄を用いてシスティーナとグレンに当たらないよう受け流した。

 

「ふむ……。何者だ、少年?」

 

 レイクはその一撃で信一の技量を見抜いたらしい。警戒心を全開にして睨み据えてきた。

 

 しかし、信一はヘラヘラと笑うだけ。相手の問いに答えるようなことはしない。

 

「グレン先生、あの浮いてる剣は?」

 

「あれはあいつの魔導器だ。3本が自律して動くが、もう2本はあいつ自身が動かしてる」

 

「なるほど」

 

 心底面倒くさそうに苦笑しながら、刀を手の中で回して順手に持ち直す。やはり、一筋縄では行かない相手のようだ。

 

 信一はレイクから目を離さずグレンに告げる。

 

「先生、お嬢様を守っていてくれますか?」

 

「ちょっと待て。もしかしなくてもお前が戦うのか?」

 

「はは、戦うんじゃないですよ。———殺すんです」

 

 そう言われた瞬間、グレンは皮膚を体の中から針で刺されるような感覚に襲われた。信一の出している殺気は心臓の弱い者ならそのまま死んでしまうほどの濃密さを誇っている。

 

 間違いなく、この歳の少年が出せる……否、出していい殺気ではない。

 

 横にいるシスティーナも、2度目となる家族の豹変に恐怖を覚えて震えてしまっている。ジンを斬り刻んだり拷問していた時のは自分の勘違いであってほしいと思っていたが、残念ながらそれは間違いだったことを理解してしまった。

 

 それを感じ取った信一は悲しそうに眉尻を下げる。できれば敬愛する主にはこのような醜い自分の姿を見せたくはなかった。

 

「話は終わったか?」

 

 3人の会話が途切れたことを察してレイクが声をかけてくる。

 

「待っててくれたの?下劣で手段を選ばないテロリストが随分と人間臭いことをするんだね?」

 

「どうせ会話の途中で仕掛けたとしても貴様は対処していただろう?わざわざ好んで魔力の無駄遣いをする必要はない」

 

「はっ!道理だね」

 

 やはりこの男は魔術師としても超一流だが、実戦で養われる観察眼も大したものだ。正直、自分には荷が重い。

 

 

 

 だが———それがなんだと言うのだ。自分の背中には守るべき人がいる。最悪、ここで負けたとしても自分が死ぬだけだ。その間にこの男を消耗させて後はグレンに任せればいいだろう。

 

 

 

 思考はそこで止めて、切り替える。自分だって死にたくはない。昏睡状態の妹を目覚めさせるという目的があるし、フィーベル家の方々に尽くし切ったとは口が裂けても言えないのだ。生きてやる事はまだたくさんある。

 

 左の刀で先ほどから床に転がっているジンを拾い上げ、レイクに向き直る。

 

「この人、返すよ」

 

 バチイイイィィィ———ッ!!

 

 頭の中で雷が弾けるような音が響き、【迅雷】を起動。

 バキッ…バキバキと絞り上げられた筋力を使ってヒョイっとジンをレイクの元に投げる。

 

 もはや変わり果てて人の形をしていないジンの姿をレイクは静かに見据える。勝手な行動を取って、あげく失敗した弟分はどうせこのまま生き延びたとしても組織に殺されるだろう。

 

 そんなジンがレイクの視界から信一を隠した瞬間———()()()()()()片刃の刀身が顔面めがけて飛び出してきた。

 

「———っ!?」

 

 咄嗟に横へ飛び避ける。しかし今度は視界の端に何かを捉えた。それは、人の足。

 

 信一がジンのうなじから延髄を貫き、避けられることを予想して回り込むような後ろ回し蹴りを放っていたのだ。

 

「くっ……」

 

 なんとか両手を使って受け流すが、その威力は人間の力が出せるものではない。

 負けじとレイクも自身の魔導器を使って頭上から自律して動く3本の剣で信一を強襲する。

 

「よっ……と」

 

 その剣の雨を、事切れているジンを持ち上げて肉壁に防いでみせた。

 

 体をその場で一回転させ、ジンから刀を抜くと同時に斬撃を二閃。横薙ぎに放ち牽制と共に刀に付いた血液をレイクの目に飛ばす。

 レイクは血液を操作する1本で防いで、残りの1本で信一のアキレス腱を斬り裂くような軌道で後ろから攻撃した。

 

 しかし———そこに既に信一はいない。

 

 血液を防ぐ為に目前にかざした剣がレイクの視界を塞いでる内にまたもや接近していた。

 

「———『刄鋏嶽(ジンキョウガク)』———」

 

 刀を鋏のように交差させて、地を這うように飛ぶ燕の如く低い姿勢で突進してきている。

 そして、一切の躊躇無くレイクの足首を切断しようと一対の刃を閉じようとするが———その交差している刃の間に血液の付いた剣が割り込んで挟めなくなってしまう……しかし、

 

 これは想定内。なんらかの手段で足への攻撃を避けるなり防ぐなりして意識が下に向いたこの瞬間、信一の『刄鋏嶽(ジンキョウガク)』は力を発揮するのだ。

 

 突進の勢いそのままに動かなくなった刀から手を離して前宙をきり、胴回しと遠心力を加えた踵落としを放つ。

 まともに食らえば首が胴体にめり込むような一撃をレイクは後ろに下がって避ける。

 

「惜しかったな、少年」

 

 今の踵落としを避けたレイクにとって、この瞬間は好機。

 信一は得物から手離し、無手の状態だ。すかさず魔導器を信一に殺到させて殺しにかかる。

 

「惜しくないよ、テロリスト」

 

 この状況でも信一は笑っていた。

 

【迅雷】特有の視野の広さと鋭敏な感覚で5本の剣がどこから迫っているかの感じ取り、体を素早く回す。

 たったそれだけの動きで5本の剣は信一をすり抜けるようにかすりもしない。

 

 一度後ろに飛びながらクラウチングスタートのような態勢を作って空中で二振りの刀を回収。システィーナとグレンの元に戻る。

 

「《炎獅子よ》」

 

 信一が下がり、3人が固まったところでレイクは呪文を一冊詠唱。

 火球を放ち、着弾地を中心に爆発を起こす軍用の攻性呪文(アサルト・スペル)、【ブレイズ・バースト】を起動して3人纏めて吹き飛ばそうという算段らしい。

 

 猛スピードで向かってくる火球に対し信一は———

 

「《消えろ》」

 

【迅雷】を起動しながら左の刀でそれを薙ぎ払った。

 

 

 

 バオオォォォォッオオォォォンン——ッ!!

 

 

 

「なにっ!?」

 

 超音速で振るわれた空間から嵐のような音と突風が発生し、火球は内側から四散。消え失せた。

 

 これにはレイクや後ろで控えていたグレンも目を見開く。

 信一は対抗呪文(カウンター・スペル)なしで呪文を打ち消し(バニッシュ)たのだ。

 

 本来魔術の起動を封じるには起動する魔術と同じ量の魔力量をぶつけて打ち消す【ディスペル・フォース】や、炎熱、冷気、電撃といった三属エネルギーをゼロ基底状態に強制的に戻して打ち消す【トライ・バニッシュ】を使う必要がある。

 

 だが、信一にそれを使った様子はない。さきほどから断続的に起動している呪文をまた行使したようである。

 では、何故信一が【ブレイズ・バースト】の火球を打ち消せたのか。

 

 これは単純な物理技に他ならない。

 

 音速を超えた速さで刀を振るい、その軌道上にある空間の大気を押しのけて真空を作る。信一が行ったのはこれだけだ。

 

【ブレイズ・バースト】の火球も何もない場所に炎が発生しているわけではない。ちゃんと空気中の酸素を燃やして火球が作られている。

 

 それに刀を通して内側から大気を押しのければ火球は簡単に四散するという寸法だ。

 ちなみに大量のゴーレムを吹き飛ばし粉々にした『風刄(フウジン)』はこの押しのけた大気でぶっ飛ばすという応用技である。

 

 落ちこぼれの一因でもある潜在的な魔力量(キャパシティ)が少ないという欠点を持つ信一が【迅雷】を起動している時にのみ使える反則技。魔術を手段として使う信一ならではの物理的魔術霧散術。それは魔術や魔導器のみで戦う大半の魔術師が非効率だと断ずるであろうものだ。

 

「《疾くあれ》」

 

 バチイイイィィィ———ッ!

 

 驚愕の時間は与えない。信一の両足がついていた床が爆ぜ、姿が消える。

 刹那、レイクの真横に現れた信一は片手の刀を逆手に持ち替えて彼の足を床に縫い付けるように刺し込んだ。

 

「フッ、私の武器が魔導器だけだと思ったか?」

 

 レイクは縫い付けられそうになる足を引き、ローブで隠れた腰から何かを取り出して信一の喉目掛けて突き込んでくる。

 

 煌めく凶刃。それは大型のナイフだ。

 

 そのナイフを信一は避けず、床に刺さった刀を離してその手でレイクの服に包まれた腕を掴む。

 

「《走れ雷精》」

 

 この距離なら刀よりも効果的な【ショック・ボルト】を起動し、相手の感電による無力化を狙う。

 

「———シッ!」

 

【ショック・ボルト】は確かに起動したはずだが、レイクは構わず反対の手でもナイフを抜いて信一に斬りかかってきた。

 どうやら彼の羽織っているローブには熱、電気、冷気の耐性を付与する【トライ・レジスト】が付呪(エンチャント)済みのようだ。

 

 それを看破し、体を半身にしてナイフによる斬撃を避けながら床に刺さった刀を回収。

 信一とレイクは同時にお互いの腹へ距離を取るための蹴りを入れる。

 

「いってぇ……」

 

「ぐっ……」

 

 刀の間合いから出てしまえば、そこはレイクの距離。浮遊する5本の剣が一斉に襲いかかってくる。

 しかし、さっきと同じ方法で全てを避けた信一はやはりシスティーナとグレンの元に戻っていった。

 

 その行動にレイクは疑問を覚える。さきほどもそうだが、そのまま攻め込めば有利になれる状況であの少年はわざわざ2人の元に戻っているのだ。

 

 ……何かあるのか?あの少年が2人の元に戻る理由が?

 

 信一が下がっていく状況。今とさっきの二回で同じことと言えば、自分が刀の間合いより外に居て魔導器を動かせる余裕ができた時だ。

 

 ……なるほど。そういうことか。

 

 ここでレイクに勝機が見える。

 あの少年の見たことのない、恐らく身体能力強化の魔術は厄介だが、それ以外は案外大したことない。

 一応の心得はあるのだろうが、剣術の腕は杜撰。それは目にも止まらぬ速さで動いているにも関わらず今自分が生きていることがその証左になる。

 

 そして、腕を掴んだ時に使用した魔術。わざわざ威力の低い【ショック・ボルト】を使ってきた。戦うことに特化した魔術師ならあの場合【ライトニング・ピアス】を使う。

 つまり魔術の腕は学生相応のレベル。

 

 戦術の組み立てもめちゃくちゃ。読めても三手先程度。

 これは戦い慣れしてないことに起因するのだろう。

 

 なにより弱点を露見させ過ぎている。剣術の腕は杜撰だが、それでもあの速さと人間離れした膂力で放たれる斬撃は脅威だ。それでゴリ押しすれば、最初のせめぎ合いで勝っていたかもしれない。にも関わらず後ろの2人の元に下がってしまった。

 こんなことをすれば後ろの2人……恐らく銀髪の少女を守っていることくらい誰だって分かってしまう。

 

「少年、もう一度聞く。何者だ?」

 

「なんでそんなこと聞くの?」

 

「私なりの敬意だ。ここまで私と渡り合った者は貴様が初めてでな。しかもその年で、となれば———っ!?」

 

 レイクは自分の本能に従って即座に屈む。その瞬間今まで自分の首があった場所を刀が通過していた。

 

 信一にとって、わざわざこの男の口上に付き合ってやる義理はない。

 この男が自分に敬意を持とうが、そんなことはどうでもいいのだ。

 

「チッ……!」

 

 体を起こすと同時に顎下から口を貫くようにナイフで刺突を繰り出すが、刀を持ったままバク転を駆使してサマーソルトキックを使い手元のナイフを片方弾き飛ばされる。

 

「それは失策だぞ、少年」

 

 だが、奇しくもこれでレイクの勝利が確定した。

 左手をシスティーナに向け、手元に1本だけ残して他の4本で強襲する。

 

 信一の速さなら剣がシスティーナに届く前に自分を殺すことができるだろう。

 だが、それは信一が手練れの戦士であればこそできる判断だ。

 

 彼は未だただの学生。単純に強いし伸び代もあるが、今はまだ戦いに慣れてない子供。

 

 そんな子供だからこそ、レイクの策は功を奏した。

 

 突如守るべき人が狙われたことへの動揺と焦燥が刀を振るう腕の動きを鈍らせる。

 

 

 

 

 

 

 

「が……はぁ———っ!?」

 

 

 

 

 剣とシスティーナの間に割り込んで4本中3本は無理矢理叩き落としたが、残りの1本が深々と信一の右胸に刺さっていた。

 

「ふっ……」

 

 即死ではないが、間違いなく致命傷。そんな信一の胸から容赦無く剣が抜かれ、傷口から血が噴き出す。

 

「「 信一ッ!? 」」

 

 グレンとシスティーナの悲鳴が遠くから聞こえたような気がする。

 だが、それも水面の波紋が消えていくように……少しずつ小さくなっていき……信一は意識を手放した。







ジンの扱い(笑)
拷問される→目隠しとして使われる→肉壁にされる→ポイ

実を言うと信一はこのレイク戦が初めての本格的な戦闘なんですね。
3年前のルミアちゃんを取り返した時は一方的に殺してただけですし。

だから戦いの組み立てとか下手っぴでポンコツ。レイク強いし頭良いからそこを見抜かれても仕方ないよね!!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。