超速い慇懃無礼な従者   作:技巧ナイフ。

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第39話 初めての共同作業

 夢で見たレオスの姿を忘れるように荒々しく、日課の素振りは鍛錬というよりもどこか八つ当たりのような勢いで振っていた。

 しかしルーティンを行うことで冷静さは取り戻すことができ、朝食の時間にルミアとシスティーナが自分を不審がることはなかった。

 リィエルは動物的な直感でどこか信一の変化に気付きかけてはいたが、イチゴタルトを与えたらそちらに夢中になってくれたようだ。

 

 そして、その日の午後。ついにグレンとレオスの決闘となる“魔導兵団戦”が始まる。

 

 場所はフェジテ東門から延びるイーサル街道を東へ。広大なアストリア湖南端付近の湖畔が今回魔導兵団戦演習の場所だ。

 ほとりに立ち並ぶ緑の木々や色とりどりの花。白化粧された山の稜線に冷たく澄んだ湖の水。せっかくならばここで昼食を摂りたかったと思わせてくるほど自然豊かで美しい場所である。

 そこに集まった生徒は綺麗に整列し、今回の演習におけるルールの説明をするハーレイへと視線を向けていた。

 

「まず、この魔導兵団戦で大きな怪我の心配はない。なにしろ、使用可能な魔術は初等呪文のみ。微弱な電気戦を飛ばして相手を感電させる【ショック・ボルト】、激しい音と振動で相手を無力化する【スタン・ボール】など、殺傷力が低い学生用の攻性呪文だけだ」

 

 授業の一環とは言え、魔術戦を行うことに不安のある生徒は多い。そんな生徒達を冷たく一瞥しながらハーレイは続ける。

 

「それらの呪文を、極めて殺傷能力が高い軍用魔術と見なし、我々立ち会いの審判員から致命的なダメージを負ったと判定された者を『戦死』とする。万が一の事態に備え、学院の法医師先生もこの演習に立ち会ってくれているので、遠慮なく競い合うがいい」

 

「はい。もし怪我をされた方は、遠慮なく申し出てくださいね?」

 

「「「 はーい!! 」」」

 

 おっとりとした、いかにも儚げな印象の年若い美女———セシリア先生の言葉に、男子生徒の大半は野太い声と共に元気よくお返事する。

 その光景を見る女生徒の視線は恐ろしく冷たい。

 

「ふあぁ〜」

 

 そして、信一は今周囲で起こっている全ての事象に興味が無いと言わんばかりの大あくびをかます。昼食後で眠い上に、基本こういった説明はあまり聞かない方なのだ。理解できないので。

 ついでに言えば、隣で立っていたリィエルは自分の左肩にもたれかかって寝ている。若干迷惑なので、軽く体を後ろに反らすと、顔面から地面に倒れ込んだ。

 

「……痛い」

 

「寝るのは構わないけど、せめて自分で立ってくれない?」

 

「無理」

 

 立ち上がり、今度は思い切り背中を預け出した。どうせ言っても無駄だと悟ったので、ため息を溢して放置する。

 既に寝息を立て始めたリィエルの寝顔を眺める。今回、彼女は自分にとってパートナーとなるのだ。

 

(普通、殺した奴相手にここまで無防備な姿晒せる?)

 

 少なくとも自分には絶対無理だ。確かに、サイネリア島では極上の陽気にお互いの肩を支えにしてうたた寝してしまったが、あれは例外とする。あの寸前、恥ずかしい勘違いもしてしまったので、それも含め黒歴史として忘却の彼方にぶん投げたい気持ちがいっぱいである。

 いつもボサボサの髪が、もたれかかったことでさらにボサボサになっていた。手櫛で優しく直してやると、リィエルの口から心地良さそうな声が漏れる。

 

「信一の奴…見せつけてくれるじゃねぇか……」

 

「おうおう…ナチュラルに女の子の髪直して慣れてるアピールかぁ?」

 

「グレン先生といい、信一といい…二組の女の子を侍らせやがって。俺達の希望が尽くなぁ…!」

 

 グレンとレオスとシスティーナの件で、色恋沙汰がちょっとブームなクラスメイト(主に男子)から冗談のような殺意と嫉妬の視線を感じるのは気のせいではないだろう。

 一応訂正しておくと、リィエルはともかく、ルミアとシスティーナに侍っているのは自分の方である。従者なので。グレンは知らん。

 

「ふん。まったく…みんな浮かれすぎだろう。この演習だって成績に入ること、忘れてるんじゃないか」

 

「そうだね。お嬢様の人生が懸かったものなんだから、もっと真剣にやってほしいよね」

 

「……君は僕の言葉を聞いていたのか?」

 

「もちろん」

 

 ガッシュと並んで立つギイブルが鼻を鳴らしながら吐き捨てたものには半分同意見だったので、嫉妬の眼差しから逃れるためにそちらへ意識を持っていく。

 こういう時、彼の冷たいとも思える態度がありがたい。

 

「でもよ、意外だったぜ?信一がまさかレオス先生よりグレン先生を応援するなんて」

 

「珍しく意見が合うじゃないか、カッシュ。あんなロクでなし、どこに応援する要素があるんだい?」

 

「う〜ん……まぁ、色々とね」

 

 一応、グレンの良いところを挙げろと言われれば、目玉の数と同じくらいは思い付く。

 それを言って、つまり嘘をついてはぐらかすという手もあるが……友人としてそこは極力誠意を持って受け答えしたい。だが部外者でもあるので、流石に詳しく言う気にもならない。

 そんな心境の下、笑って誤魔化すしかない信一であった。

 

「それよりギイブル。今回の先生の作戦、上手くいくと思う?」

 

「強引に話題を変えてきたな。……そうだね、まぁ僕たちのクラスがボロ負けするってことはないんじゃないか」

 

「そっか。でも勝ちたいんだよね。最悪引き分けまでは持ち越したい」

 

「愛しのお嬢様の為に、か?」

 

「当然」

 

 いつも通りの皮肉気な言葉に即答で返す。つまらなそうにそっぽを向いたギイブルへ微笑み、ハーレイへと視線を向ければ、もう説明は終わっていた。

 

「それでは生徒諸君、健闘を祈る」

 

 そう締めくくられ、生徒各々が各自の担当配置へと向かって行った。

 

「カッシュ、ギイブル。森は任せたよ」

 

「おう!」

 

「ふん」

 

 拳を掲げると、カッシュは力強く、ギイブルは慎ましく、それぞれぶつけてくれた。

 そして信一も、この期に及んで眠り続けるリィエルを猫のように掴んで自分の担当配置へ向かう。

 

 

 

 時間は遡り、二組の教室へ。

 教壇に立つグレンが、多くの図がまとめて描かれている黒板をチョークで叩く。

 

「今回の演習はいわゆる3レーン構造だ。平原を中心に、北西には森、東には丘。どう頑張ってもこの3つのルート以外から進軍はできない。さて、ここで問題だ。この構造上、明らかに平原を突破するのが1番早い。では、この平原を突破する為に抑えなければならない場所はどこだ?」

 

「森ですわ。平原を進軍されても、森を抑えておけば横殴りに攻撃ができます」

 

「正解だ、ウェンディ。なら丘は捨てても問題ないか?」

 

「いえ、丘も重要です。戦場において高所を取るというのは、それだけで大きなアドバンテージとなりますもの」

 

「良い答えだ、テレサ。そのアドバンテージを説明できる奴、いるか?」

 

「上からなら、少し体を出すだけで射線を通せる。逆に、下から見上げる方は的も小さく、少し下がられただけで見えなくなっちまう」

 

「そうだね。さらに加えて言えば、今回の演習場で使われる平原は、本当に隠れる場所がない。ほとんど一方的に撃ち下ろされるだけになります」

 

「その通りだ、カイ、セシル。じゃあまとめるぞ。この3レーンのうち、もっとも重要な場所は?」

 

「全てです。むしろ勝敗の肝は場所ではなく、どこへ、どのタイミングで、どれだけの戦力を送るか。違いますか、先生?」

 

 最後にシスティーナが自信満々に答え、その回答にグレンはニヤリと笑う。

 

「完璧だな、白猫。さすが俺の未来の花嫁だ」

 

「ちょっ…!?それは今関係ないでしょ!」

 

「いやいや、俺は乗るぜ。この逆玉の輿に!」

 

「そんな最低なことを最高のキメ顔で言わないでください‼︎」

 

「ガハッ!痛っ!」

 

 赤面するシスティーナの投げた教科書がグレンの額に当たり、さらに後頭部を黒板にぶつける。

 なんだかんだでいつも通りの光景に、教室には安堵と呆れの入り混じった空気が流れていた。

 

「いてて……話を続けるぞ。まず間違いなく、レオスが率いるクラスは3人1組(スリーマンセル)1戦術単位(ワンユニット)でくる。レオスの研究分野からみて絶対だ」

 

 3人1組(スリーマンセル)1戦術単位(ワンユニット)とは、防衛前衛、攻撃後衛、支援後衛の陣形を指す。

 これは現代の戦場で魔導兵を運用する上で、特に優れた陣形だ。敵兵撃破率、味方損耗率、他あらゆるスコアが統計的に優れている。これらの戦術や戦略は、軍用魔術の研究を専門的に行うレオスにとって、常識だ。

 

「ちなみに、さっき言った『魔術師の戦場に英雄はいない』ってのはここから来てる。いくら一騎当千の強さを持った魔術師1人がいても、そいつと組まされた2人は確実に死ぬからだ。そうなれば、なんの援護も受けられない残った1人も、いつか消耗して終わる。わかったか、ギイブル」

 

「ふん……えぇ、確かにその通りでした」

 

 グレンの述べる理論の有用性と論拠に、ギイブルはふて腐れたように言う。

 

「我を捨てて3人1組(スリーマンセル)を組め…周りと足並みを揃えろって言うんですね」

 

「……は?何言ってんの、お前」

 

 忌々しげだが、それでも素直に納得したギイブルへ、きょとんとした顔を向けるグレン」

 

「お前らに3人1組(スリーマンセル)1戦術単位(ワンユニット)編成なんか無理に決まってんだろ」

 

「はぁ?」

 

「だって、3人1組(スリーマンセル)1戦術単位(ワンユニット)編成なんてプロの魔導兵が長期的に十分な訓練を受けて初めてできるようになる代物だぜ?特に支援後衛の動きときたらもう……。少なくとも、たった数日そこそこで、お前らを使い物になる3人1組(スリーマンセル)1戦術単位(ワンユニット)に仕上げられる自信は俺にはねぇ。……レオスの野郎は知らんがな」

 

「じゃ、じゃあどうしろっていうんですか⁉︎ここまで偉そうに説明しておいて、一体なんなんですか、もう!」

 

 流石にこれには苛立ちを隠せないギイブル、怒声スレスレの声と共にグレンを睨みつける。

 しかし、ここまでは授業の予定通りと言わんばかりに不敵な笑みを返す。

 

「実に単純な話さ。3人1組(スリーマンセル)1戦術単位(ワンユニット)が無理なら———2人1組(エレメント)1戦術単位(ワンユニット)にすればいいだろ?」

 

「はっ!どうやってほとんど同じ実力を持った2人が、3人に勝つって言うんですか!」

 

「さっきも言っただろ?支援後衛は難しいんだぜ?むしろ、無理矢理3人で組まされてる連中よりも、無理なく2人で動けるお前らの方が戦術価値は高いんだ」

 

「ぐっ……」

 

「ついでに言えば、相手のクラスと俺たちのクラスは人数が同じ。だったら3人1組(スリーマンセル)1戦術単位(ワンユニット)の奴らより1.5倍の戦術単位(ユニット)数があることになる」

 

 そこまでの説明を全て黒板にまとめ、最後にもう一度グレンはチョークで叩いた。

 

「———ここに俺たち勝機があるってわけだ」

 

 反論の余地がない。そんな感嘆の空気が二組に流れる。

 それを察したグレンはニヤリと笑い、素早く生徒達を2組に分けて演習場の配置を決めていく。

 

「次、信一とリィエル。お前らは———」

 

 

 

 信一はリィエルと2人きりで、丘の上から【迅雷】で強化した視力を用いて演習場の真逆に位置する森ルートを眺めていた。

 

「ははっ、さすが先生。やる事なす事すべてがド汚い」

 

 そこでは、明らかに人為的な罠に引っ掛かる相手の生徒達がいた。

 どうやらグレンは、あらかじめ演習場に仕掛けていたらしい。

 父親が昔言っていたが、魔術師は魔術罠(マジック・トラップ)には敏感だが、魔術の絡まない罠には面白いほど引っ掛かるらしい。仕事で軽い落とし穴を仕掛けたら、敵の外道魔術師が足を捻挫したらしい。さらにそこをタコ殴りにしたであろうことは想像に難くない———閑話休題。

 

「これはルール的にセーフなのかな……?」

 

 一応、ハーレイなど他の講師が審判役を務めているので、演習を止めていないということはセーフなのだろう。確実に青筋を立てているだろうが。

 しかし、これもクラスの総合力を補う為、さらに言えばシスティーナとレオスが結ばれることを阻止する為。信一は心の中でグレンに礼を言い、同じく森ルートに配置されたルミアとシスティーナのペアに目を向ける。

 システィーナの表情はまるで鬼神のようであった。どうやら魔術師としての誇りを全て便所に捨てたかのようなグレンの所業に腹を立てているようだ。隣にいるルミアが珍しくオロオロしている。

 

「……今日の夕食はルミアさんの好物にしてあげよう」

 

 完全にとばっちりな彼女が可哀想で仕方なかった。

 そんなこんなで夕食の献立を考え始めた信一の袖を、ボケ〜と突っ立っていたリィエルがクイクイと引く。

 

「シンイチ。来た」

 

「ん?あぁ、本当だ」

 

 リィエルが指差す方向から相手クラスの生徒12名、4戦術単位(フォーユニット)がこちらに進軍してくる。

 

 二組の生徒で、丘に配置されたのは信一とリィエルの2人だけ。理由は単純で、この2人は学生用の呪文がほとんど上手く起動できないからだ。

 リィエルは言わずもがな、信一も【迅雷】と刃物を用いた肉弾戦が主体である。【迅雷】の正体が【ショック・ボルト】である以上、ルール的には使用しても問題ないのだが、それをすれば【迅雷】の術理が明るみに出てしまう。それは流石にまずいので、今回はグレン考案の特別な戦法を用意していた。

 

「リィエル。分かってると思うけど、俺達の役割は相手の足止め。わざわざ無理に撃破することはないからね」

 

 どこを見ているのか分からないリィエルにそう言いながら、信一は制服のローブだかケープだかマントだか未だによく分からない部分を外し、構える。

 これには、システィーナに基本三属の呪文に耐性を付与する【トライ・レジスト】を付呪(エンチャント)してもらった。

 今回の演習で戦死扱いを受ける呪文はこれである程度防げる。【スタン・ボール】など、これで対処できないものは頑張って避けるしかないが、十分戦いやすくなった。

 

「じゃあ、よろしく」

 

「ん」

 

 ダッ!瞬時に【フィジカル・ブースト】を自身へかけたリィエルは、恐ろしい速さで相手へと突っ込んでいく。まさに猪だ。

 

「ら、《雷精の紫電よ》!」

 

「…⁉︎《大いなる風よ》!」

 

 さすがは学年で2番目に優秀なクラス。慌てながらも、なんとか呪文を紡いで対応する。

 電気線、突風。最初にリィエルと当たる予定だったものは、

 

「……ん」

 

 当たり前のように避けられる。そのまま一直線に、拳を振りかぶって最前列の男子生徒へ向かうリィエル。ルール上、物理攻撃は禁止だと分かっていても、男子生徒は無表情で暴力を振るおうとしてくる彼女に恐怖を覚え、目を瞑ってしまう。

 

「う、うわぁ⁉︎」

 

「《雷精の紫電よ》」

 

「今……?」

 

 直後、後方から信一の呪文が聞こえ、リィエルは———ピョン!高々と慣性を無視して後方に背面飛び。彼女の背中スレスレを信一の放った【ショック・ボルト】が通過して男子生徒へとヒットした。

 

「ぎゃっ!」

 

 悲鳴を上げ、感電して倒れる男子生徒。1人撃破だ。

 

「こ、この!《白き冬の嵐よ》ッ!」

 

「《雷精の紫電よ!》ッ!」

 

「《雷精の紫電よ!》」

 

 前衛のリィエルを囮にして、その隙に後衛の信一が仕留めるという作戦を察した他の生徒が、今度は信一は向けて呪文を放ってくる。

 しかし、学生用の初等呪文は起動から相手に当たるまで軍用魔術と比べて大きな差がある。素の身体能力でも、最近立て続けに軍用魔術を目の当たりにした信一ならば問題無く対応可能だ。

 

「よっ…と」

 

 右手に持った制服を広げるように翻し、それに呪文を当てて防ぐ。その間に、リィエルがもう一度突っ込んでいった。

 しかし、相手もリィエルが撹乱要員である事は分かっただろう。そもそも、初見殺しに偏った単純な作戦だ。

 ならば———初見殺しを続けようではないか。

 

「こいつも⁉︎」

 

 信一もリィエルに続き走り込んでいく。左右から2人で敵部隊を挟み込む動きだ。

【フィジカル・ブースト】によって身体能力を上げているリィエルに比べて、素の身体能力で走る信一はかなり遅れるが、それも折り込み済み。このタイムラグが、どちらを優先的に迎撃するかという思考の迷いを生ませる。

 

「お、俺はこっちのチビをやる!お前はそっちだ!」

 

「わ、わかった!」

 

「《雷精よ・紫電の・———」

 

「《雷精の紫電よ》ッ!」

 

「———衝撃以て・打ち倒せ》」

 

 迎撃ならば、初等呪文では最大の射程がある【ショック・ボルト】だろうと読み、信一はわざわざ4節で詠唱。当然1節詠唱の相手の方が早く唱え終わるが、真っ直ぐにしか飛ばない【ショック・ボルト】は制服で払って防ぐ。

 そのまま信一も【ショック・ボルト】を迎撃してきた生徒に向けて放つが、それは当たる直前に———()()()()()()

 

「へ?」

 

「あばばばばばばッ!」

 

「よし、大成功」

 

 2度目の初見殺し、成功。リィエルへと意識を向けていた生徒を撃破した。

 これはグレンがまだ非常勤講師だった頃、初めて本気を出した授業で扱った内容だ。それ以降彼の授業は評判になり、他クラスからも聴講する生徒がいたが、これだけはあの時、あの場にいた二組の自分達しか知らない。

 もちろん、1節詠唱で済む呪文をわざわざ4節で唱えてみようなんて思う物好きなどいるはずも無く、この【ショック・ボルト】に対処できる者はいなかったのだ。

 結果、12人中2人を撃破できた。ここらが潮時だろう。

 信一はリィエルへウインクを2回する。これはあらかじめ決めておいた符丁で、『あとは自由に動け』という意味だ。

 

「ん」

 

 だが何を思ったか、リィエルはウインクを返してきた。両目を瞑ってしまい、できてないが。

 彼女は高々と太陽を背負うように飛び上がり、まだ残っている3人1組(スリーマンセル)1戦術単位(ワンユニット)のど真ん中に着地していった。一見自殺行為だが、友軍撃ち(フレンドリー・ファイア)を恐れて生徒の反応が一瞬遅れる。その隙にリィエルは1人の女生徒へ接近。

 

「ひっ!」

 

「えい」

 

 ———パン!怯んだ声を上げる女生徒の目の前で両手を打ってネコ騙し。突然のリィエルの奇行に、女生徒はヘナヘナと腰を抜かしてしまった。

 それが成功すると、心なしか満足した様子で別の生徒へ同じようにネコ騙しをかましにいく。

 まったくもって意味の無い行動だが、どこか楽しそうなのでまぁいいだろう。

 リィエルが謎の遊びをしてくれたおかげで、信一も相手の生徒に手が届くあと一歩の範囲まで接近できた。

 

「いつの間に…⁉︎《雷精の紫電———」

 

「ほら」

 

 ———パンッ!信一は信一で、反射的にこちらへ【ショック・ボルト】放とうとする生徒へ、制服をジャブを打つように扱って音を鳴らす。それに怯んだ隙を突いて、あと一歩を詰めることに成功。

 

「ら、《雷精の紫電よ》ッ!」

 

「し、《白き冬の嵐よ》ッ!」

 

「危な」

 

 この距離はもはや、信一の距離だ。

 まず改めて【ショック・ボルト】を放とうとする、すぐそばの生徒の左手をパシッ。払うようにして、【ホワイト・アウト】で攻撃してきた別の生徒へ向けさせる。

 キャンセル出来なかった【ショック・ボルト】の電気線は左手が指した方向へと飛んで行き、氷風を突っ切って生徒に当たった。

 

「きゃあ!」

 

 悲鳴を上げて感電するが、その生徒の【ホワイト・アウト】は既に起動してしまい、こちらに凍えるような風が吹いてくる。

 それを確認し、信一は制服で【ショック・ボルト】を放った生徒の首に巻き付け、さらに右手を押さえて盾にした。

 

「このっ…《大気の壁よ》ッ!」

 

 しかし、意地でなんとか起動したもっとも基本的な対抗呪文(カウンター・スペル)、【エア・スクリーン】でなんとか氷風を受け止める。

 正直これは予想外だったので、信一は最大限の感謝を相手に伝える。

 

「お、ありがとう。この状態で対抗呪文(カウンター・スペル)起動できるなんて凄いね」

 

「おい、これは反則じゃねぇのか……?」

 

「これ?」

 

 悲しいことに、お礼への返事は憎々しげな声音だった。当たり前だが。

 

「制服で首締めるのだよ」

 

「あれ?苦しい?」

 

「いや、別に苦しくはねぇけど」

 

「じゃあセーフだと思うよ。これはあくまで拘束。禁止されてるのは攻撃だから」

 

「屁理屈言いやがって……」

 

 反則であれば、すぐさま審判役の講師から退場のアナウンスが流れるだろう。それが無いということは、問題ないのだろう。恐らく反則スレスレではあるだろうが。

 残念だが、接近するまでに相手を撃破する為に用意していた初見殺しはネタ切れになってしまったのだ。もう打つて無しである以上、こうするしかない。

 こちらを狙ってくる他の生徒に牽制の為、拘束した生徒を振り回して盾であることをアピールする。

 

「正直卑怯だとは思ってるよ」

 

「だったら離せよ。魔術師の誇りはねぇのかよ」

 

「ごめんね。この演習に限って言えば、俺は誇りとか矜恃とかプライドとか、そういうの捨ててるんだ」

 

 システィーナの———家族の人生が懸かった演習なのだ。その時点で、信一は自分の名誉など捨て去っている。

 大切なのは家族の幸福のみ。レオスがシスティーナを確実に幸せにできる保証が無い以上、自分のやる事など一つしか無い。

 グレンの案で制服に【トライ・レジスト】を掛けて、リィエルを囮にして、【ショック・ボルト】を4節詠唱した場合のバグを使って、相手の魔術の起動を指ごと逸らす荒技をして、最後には人質を取る。

 そこまでやっても12人中3人しか撃破できない。そんな自分が嫌で嫌で仕方ない。結局自分は、暴力でしか物事を解決できないのだ。

 

(それでも…お嬢様が笑顔になれる結末を手に入れられるのなら……)

 

 やっぱり朝比奈信一は自分の名誉などかなぐり捨てて、どこまでも家族愛に狂っていられる。

 






はい、いかがでしたか?結局信一の落ち着くところはそこなんですψ(`∇´)ψ

今回はタイトル通り、ヒロインとの初めての共同作業でした。ほぼしゃべっていませんが(おい)
でも大丈夫です。無言でイチャつきましたから。個人的にリィエルちゃんはウインクできなさそうな印象なんですよね……。

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