コラボの提案をしてくださったのは同じくロクアカの二次創作を書いている“おうどんたべたい”さん。そして彼(彼女?)が執筆する『ロクでなし魔術講師と忍ばない暗殺者』から。
それでは、お楽しみいただければ幸いです。
夢というのは往々にして現実では不思議なことでも当たり前のように感じることがある。
「夢……か」
朝比奈信一は一言そう呟きながら目の前の光景を眺めていた。
グレンが授業中にロクでもないことを宣い、システィーナがそれに怒り、苦笑いを浮かべるルミアの膝ではリィエルが居眠りをしている。そんな日常の風景が信一には夢だということがすぐに分かった。
明晰夢———夢であることを自覚しながら見る夢のことだ。何故信一が夢だと気付いたのか。それは頭に変な記憶があるから。
“闇夜”や“ノーネーム”という二つ名を持つ都市伝説レベルで有名な暗殺者の記憶。
正直暗殺者が都市伝説レベルで有名になっていいのか、とか色々ツッコミどころはあるが、それはつまり現実ではあり得ないということ。
暗殺者と聞いてまず思い付いたのはルミアが狙われることだが、そこまで考えて信一は夢だと気付いた。こんな、それこそ夢のような話があってはたまらない。現実逃避ではなく、今自分が睡眠中なのだということを理解したのだ。
心が壊れ、狂ったように家族を守ることを第一とする信一が、いちいち夢に翻弄されるわけもなく……もう少しこの風景を見ていようかと頬を緩める。夢であろうと、家族の笑顔はこの上ない幸福感を胸の奥に募らせてくれるから。
「シンくん、システィ。そろそろ帰ろう?」
「そうね」
リィエルを起こしながら帰宅の準備を進める2人に促され、席を立つ。
「今日のおやつは何かな〜?」
「リクエストがあれば作りますよ?」
「……イチゴタルト」
「なにさり気なく食べようとしてるんだよ、リィエル」
まぁ別に良いけど、と心の中で付け足して自分の鞄と刀の入った布袋を持った。
この調子だとリィエルは夕飯もたかる気だろう。
「気を付けて帰れよ、お前ら〜」
廊下ですれ違ったグレンにも挨拶を交わして学院を出ると、既に空は真っ暗だった。
学院から帰る時間が真っ暗ということは通常あり得ない。ほら見ろ、やはりこれは夢なのだ。この闇夜を当たり前のように受け入れてる家族と友人の姿がこの考えにさらなる確信を生む。
(星空を見ながらの帰宅も案外良いものだなぁ……)
せっかくの明晰夢なのだからと楽しむ程度の余裕があった。現実ではあり得ないことも、夢なら当たり前というのは面白い。
しかし———どうやらこの夢は面白いだけでは終わってくれないらしい。
「———っ!?」
———ヒュン……ガガガッ!
信一の足元、石畳の地面に3本のナイフが突き立つ。ルミアやシスティーナ、リィエルと自分を分断するように。
だが、所詮は短いナイフ。ただ境界線を形取っただけで、特に意味は無い。
むしろ問題は道の脇に立ち並ぶ薄暗いランプ式街路灯———その上。
黒ずくめの格好をした男だ。手には地面に突き立つナイフと同じ物が握られている。疑う余地もなく、この男が投げたのだろう。
「刃物は投げちゃいけませんって習わなかった?誰だよ、アンタ」
軽口を叩きながらも、信一は油断無くこちらを見下ろす男を見据えて布袋から二刀を取り出す。
頭上からナイフを投擲することが友好的な行動とは思えない。とても特異な文化を持った少数民族の可能性も少しはあるが、そんなヤバい文化を持つ民族は即刻淘汰されるに違いない。
ならば考えられるのは、敵であること。
こちらを睥睨する男は、ニヒルに口元を歪めて問いかけに答える。
「
不可思議な返答に眉を寄せるが、信一はすぐに男の正体を導き出せた。
“誰でもない”ということは、個人を示す名前が無いということが連想できる。それはつまり、
「……
今が夢と断定するきっかけの都市伝説だということに他ならない。
「お、正解。よく分かったな」
意外と若く軽薄な声で褒めてくれるが、信一には伝わってくる。この男———ノーネームがレイクやゼーロス、リィエルに勝るとも劣らない強者であることが。
「それで、何か用?」
「惚けんなよ。俺の職業はご存知だろ?」
「……暗殺者」
「なら分かるよな」
さらに口元を歪め、ノーネームは視線をルミアへと向けた。
これは夢だ。この異常事態でも、ルミア達はノーネームに気付かず楽しくおしゃべりしながら帰路についている。
今あそこにいるルミアが殺されたところで、現実のルミアにはなんら影響はない。だからこんな化け物染みた男と戦う必要なんて無い。
「———やらせると思う?」
そして、そのようなくだらない思考を信一は即座に切り捨てて抜刀。
夢ならば家族が死んでもいい?現実に影響が無いなら戦わない?
そんな楽観的に解釈ができる程、信一の精神は健全では無い。
「そうこなくっちゃな」
星明かりを煌めかせる
「今夜は星が綺麗だね。アンタにとっては今生最後になるわけだし、見といたほうがいいんじゃない?」
「今生最後ってのはいただけないが……あぁ、確かに。綺麗だな」
「……《疾くあれ》」
バチイィィ———!!
ノーネームの意識を星空に向かせたその隙に脳内へ【ショック・ボルト】を撃ち込み、【迅雷】を起動。
潜在能力を開放して石畳に突き立つ彼のナイフを1本、足に引っ掛けて蹴り上げるようにノーネームへと飛ばす。
さらに信一自身も【迅雷】の脚力を活かして距離を詰める。
「甘いな。狙いが露骨過ぎだ」
パシッと。視線は空に向けたままのノーネームだが、難無くナイフを指に挟んで受け止めてみせた。だが構わない。これで片手は塞いでやったのだ。
「———っ!」
既に街路灯の上に乗るノーネームと同じ高さまで飛んでいた信一は二刀を無尽に奔らせる。その数、十三。暗いフェジテの宙空で蒼銀が線を描く。
しかしその斬撃がノーネームを刻むことはなく———スッと重力に従って街路灯から降りていった。
「《業火よ》」
片手をついて着地したノーネームは、ナイフを持つ手を街路灯の上にいる信一に向けて呪文を詠唱。すると彼の目の前で次々と火球が生まれこちらに飛来してくる。その速度は……それほど速くない。
今ノーネームが行ったように信一も街路灯から降りて火球を避けようとした、その時。火球は軌道を変え、こちらに追ってくる。どうやら追尾式のようだ。
(面倒な)
バオオォォォォッオオォォォンン——ッ!!
「ほら、まだまだ行くぜ!」
信一も地面に降りたことで直線的に迫ってくる火球へ、何故同じ呪文を使うのかと呆れた目を向けて今度は
「———か、
慌てて二刀を旋回させ、生み出した気流で相手の攻撃を逸らす防御技に切り替える。
火球が服の裾を焦がしながら背後へ飛んでいく中———ジッ! 左頬に鋭く小さな痛みが走った。
(やっぱり……!)
ノーネームの手を見れば、さきほど返したナイフが握られていない。やはり左頬に走った痛みの正体はナイフのようだ。
もしあのまま普通に火球を消し飛ばしていたならば、その影になって投擲されたナイフが左目を貫いていたことだろう。
「———
姿勢を低く落とし、二刀を大鋏のように構えて突進する。
【迅雷】で強化された触覚が、背中に当たる熱を感知していた。見るまでもない。追尾式の火球が近づいているのだ。
ならばノーネームに突っ込み、ギリギリで避けて逆に当ててやろうというのは見え見えの魂胆だろう。
「そんなよくある手が通じると思ってんのか? 《透過よ》」
瞬間、ノーネームの姿が消えた。
(とうか?……透過か。確かに見えないな……)
火球に追われながら信一は目を閉じる。どうせ敵の姿は見えないのだ。ならば視覚を閉じ、他の感覚に集中させる。
触覚で感じ取れる空気の流れ、聴覚で感じ取れる微かな衣擦れの音、嗅覚で感じ取れる自分以外の体臭———この3つの要因から導き出せるノーネームの位置は、
「ここだ……!」
———バサアアァァァァァッ!!
今まで彼が立っていた場所から右に3歩。その位置へ信一の突進の勢いを乗せた後ろ回し蹴りが大気を斬り裂く轟音と共に放たれる。
「おっ?」
流石にこれは予想外だったらしく、透明化が解けたノーネームは素っ頓狂な声を上げながらも上体を反らして避けてみせた。しかし信一には二刀がある。
「《氷結よ》」
「……遅い」
「お前がな」
左手から顔面目掛けて放たれた氷塊を首を傾ける最小の動作で躱し、ノーネームを斬り刻もうと【迅雷】の速度を以て牽制を交えつつ二刀を振るう。狙いは腿、首、肩、膝、肘。
———ギギギギギギギギギギギギギギンッッ!
しかしノーネームは、どこからともなく取り出した右手のナイフと美しさすら覚える踊るような体術でその全てを捌き切ってみせた。
(冗談でしょ……っ!?)
信一の身体能力は【迅雷】を使用することで常人とは天と地ほどの差があるはず。にも関わらず、ノーネームは常人の身体能力でその攻撃を捌いたのだ。驚愕しなければ嘘というもの。
「驚いてていいのか?」
「———熱っ!?」
突如、背中から高温の蒸気で包まれる信一。さきほど避けた氷塊が、追ってきていた火球とぶつかり蒸発したのだ。
想定外の攻撃に信一の意識が逸れる。それを見逃すノーネームではない。
「《雷鳴よ》」
呪文を詠唱しながら軍式の横蹴りを腹に叩き込んできた。信一は二刀の柄を十時にしてなんとか防ぐがノーネームの蹴りは重く、衝撃で後退を余儀なくされる。
蒸気の中を突っ切るように下がりながらも、空中でノーネームの呪文による攻撃に対して構えるが……来ない。
(不発?いや、ブラフかな?)
何も起きない事に眉を顰め、相手の狙いに思考を回す。だが、答えはどちらでも無かった。
———バチバチバチチチィィィィッ!!
ザアァと地を滑って着地した信一の真上。その位置から雷鳴を猛らせて落雷が迫ってくる。
「……っ!?」
信一は【迅雷】の思考力と反射神経で咄嗟に
ナイフは金属。そして魔術による電撃も一応金属に伝導する。
その性質を活かし、信一はレイクから奪ったナイフを避雷針にしてなんとか難を逃れたのだ。
もちろんナイフは粉々になったが、所詮は夢。どうなろうと構わない。
追撃に備えて腰を落とす信一へ、ノーネームはヒュウと口笛を吹いて不敵な笑みを浮かべた。
「へぇ、【サンダガ】にも対応したか。今ので決められると思ってたんだけど」
「………………」
「ちぇ、だんまりかよ」
つまらなそうに口を尖らせるノーネームの姿は、まるで少年が拗ねているかのような印象を受ける。声の高さといい、もしかしたらこの男は自分と年齢が近いのかもしれない。
「でもいいぜ。いい意味で期待を裏切ってくれてるよ、お前」
嬉しそうに笑うノーネーム。さきほどは戦闘狂などと考えたが、少し違う。どちらかと言えば、欲しかった玩具を与えられた子どものような、稚気が多分に混ざった笑みだ。
対して信一も、小さく口元を歪めて三日月を作る。戦闘時に浮かべる無表情な笑みではなく、頭を悩ませている難問の模範解答が見つかったようなもの。
「……なんだよ?」
「アンタさ、元からルミアさんを殺すつもりなんてなかったでしょ?」
「…………」
今度はノーネームがだんまりを決め込む番であった。片眉をぴくりと上げ、口元を隠す。
「……どうしてそう思った?」
「アンタが
戦闘中、どうしても引っ掛かっていた。そもそも、本当にルミアを殺したいのであれば自分に仕掛ける必要なんてない。
ノーネームがナイフを投げた時、信一は彼に気付いていなかったのだ。ならばその時に殺してしまえば良かった。
———でも、しなかった。
「アンタは暗殺者にも関わらず、俺と戦うことを選んだんだ。どう考えても変でしょ?」
「俺が戦闘狂だから、とは思わなかったのか?」
「最初は思ったよ。だけど、戦いを楽しみたいならルミアさんを殺して怒り狂った俺を相手にしたほうが面白いんじゃないかな?」
冷静なお前を相手にしたかった、と言われてしまえばそれまでだ。しかし、これなら彼の行動にも説明がつく。彼の本当の目的は———
「———俺と戦うこと。アンタがやりたかったのはそれでしょ?」
落としていた腰を上げ、
もちろんこんなことは【迅雷】の思考力が無ければわからなかった。だが、1つ気付いてしまえばあとは芋づる式にズルズルと答えが出てくるもの。
「まぁアンタ自身、そこまで一生懸命隠してたわけじゃなさそうだけどね」
“いい意味で期待を裏切ってくれた”など、相手のことを調べていなければ出てこない言葉だ。
夢とはいえ、都市伝説レベルの暗殺者がそんな杜撰なミスをするとは思えない。ぶっちゃけ自分と戦える口実があればなんでも良かったのだろう。
「ちょっと楽しみ過ぎてボロが出ちまったか……失敗したな」
「じゃあ、やっぱり?」
「あぁ。お前の言う通りだよ」
あっけからんと明かすノーネーム。それを見て信一は、さてどうしたものかと思考を巡らせる。
ルミアが狙われていないのなら戦いたくないというのが本音だ。彼のやりたいことに付き合う義理はない。なので付き合ってやる気もない。
しかしそれで納得してくれるだろうか。たぶんしない。
「一応聞くけどさ、ここで握手して『はい、仲直り』する気はないよね?」
「ない」
「ですよね〜」
何がここまで彼をそうさせるのかわからないが、これは夢なのでさっさと覚めてほしい気分だ。
「でもまぁ、無理矢理付き合わせちまってるわけだし、次の一合で終わりにしてやるよ。止めてみせろよ?」
「うわぁ……すごいイヤだ」
とはいえ、心はさきほどとは比べ物にならないほど軽い。家族の命が狙われていないのなら必死になって殺す必要もないので気楽だ。腕試し気分でいけばいい。
お互い小さくも獰猛な笑みを浮かべ、足に力を込め———ダンッ!石畳にヒビを作りながら踏み出す。
信一は前へ。ノーネームは
「あっ、逃げるな!」
「《我が心に誓う・私は決める・———》……」
呪文を唱えつつ、ノーネームは迫る二刀を正確無比に捌いていく。時にはナイフで、時には拳で。また時には蹴りで。
「《友の為に己を焼くと・私は決める・———》……」
負けじと振るわれる
【迅雷】を起動して3秒ごとに開放する潜在能力のパーセンテージを上げていくしかない。ノーネームが対応できない、その先まで。
「66%ォ……!」
「《己が歩んできた道を振り返らないと・私は決める———》……」
微かに、蒼銀の奔る空間に赤色が舞い始めている。さすがの都市伝説も、呪文を唱える傍らで徐々に速度を増す斬撃に対処するのは難しいらしい。
(でも、詠唱節数から考えてあの魔術はマズイね)
先刻の攻防では、ノーネームが使う呪文は全て一節詠唱だった。それがこれで終わりになると言った直後にこれだけ長い節数の呪文。ならば起動される魔術は彼にとって切り札にも等しいと考えて然るべきだ。
「《己を敬い、誇る事を・此処に三大の決心が産まれた———》……」
押し切れる。その確信が生まれた。
信一は横薙ぎに二十八閃。間髪入れずに蹴りを30発。速度はとうに音速を超え、袖口から繊維の焦げた匂いを漂わせている。それでも、緩めるわけにはいかない。
「《誓約、義務、誇張を———》……」
ノーネームに一瞬の隙。それを見逃さず、信一は彼の首に
狙いは……左手首の大動脈と深指屈筋。
「くっ……!」
驚愕と焦燥の混ざった息を呑みながら———ガッ!
取った。さきほどの落雷を凌いだ時と同じように三指で刀を支え、薬指と小指の二指を使って。
信一の左手とノーネームの右手は完全にお互いを抑えあっている。だが信一にはまだ
(
ノーネームの左手人差し指と中指による白刃取りで。
「《これにて私は真価を放つ》」
そして、ノーネームの呪文が完成。刀を挟んだ状態の彼の左手が彗星にも似た輝きを解き放ち、
「【アルテマ】」
その言葉を最後に信一は放たれた光の奔流に呑まれていった。
チュンチュンっと、小さな鳥の囁きが耳朶を打って意識が朝の空気を感じ取る。
信一はフィーベル家で与えられた自分の部屋のベッドで体を起こし、微睡みに任せて下に駆けようとする瞼をこすった。
「ふぁ〜……」
あくびを1つ。壁の時計を見れば、いつも通りの起床時間を示している。これから朝の鍛錬をして、郵便受けを覗き、家族の為に美味しい朝食を作るのだ。そして昏睡状態の妹に一言声をかけ、学院へと向かう。
それに対して面倒という感情は一切無い。血の繋がりこそないが、それでも家族と過ごす日常は心に温かいものを募らせてくれる。
ただまぁ、一言だけ言いたかった。何か壮大な夢を見ていた気がするが、内容までは覚えていない。だから一言だけ言いたい。
「……寝た気がしない」
はい、いかがでしたか?
『ロクでなし魔術講師と忍ばない暗殺者』はチート主人公による爽快感溢れる戦闘シーンが魅力的です。皆さまもぜひ読んでみることをオススメします。
では、“おうどん”でも買いに行きましょうか。ちなみに自分は“伊勢うどん”と“ひもかわうどん”が好きです。スーパーに売ってるかな……?