超速い慇懃無礼な従者   作:技巧ナイフ。

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原作の最新刊読んで、ハーレイ先生かっけーってなった人は多いはず。

今回は伏線&茶番回です。正直、伏線をここに全て詰め込むのは如何なものかと思いました。2つしかないけど。


第27話 縮まる心の距離

 燦々と照りつける強い日差しの下、信一は寄せては返す波に揺られる釣り糸の先をぼんやりと眺めていた。

 視線を少し左に向ければ、自分のクラスメイト達が砂浜でビーチバレーに興じている。もちろん、みんな水着だ。

 

 その中には当然ながらシスティーナとルミアの姿もある。時折キラキラと彼女達の手首が煌めいて見えるのは、自分がプレゼントしたブレスレットを着けてくれている証拠だろう。

 

「2人とも楽しんでるね」

 

 ルミアは審判。システィーナはグレンとギイブルのチームで、テレサ率いるカッシュとリィエルのチームと熱戦を繰り広げている。

 

「お、食いついた」

 

 指先に断続的な揺れを感じて竿へ意識を集中させ、巧みに動かして魚の体力を奪っていく。そして一瞬の隙を見出し、一気に竿を引く。

 

「よし!」

 

 それなりの大物が釣れた。

 

 元々信一の実家は港町で定食屋をやっていたことから、釣りで魚を調達するのは珍しくなかった。5年も経って勘が鈍っていると心配していたが、旅籠から借りた竿でも十分釣れる。

 針から魚を外して山ほど入っている魚籠に傷が付かないよう入れ、また餌を針へ。

 

(俺も泳ぎたかったなぁ)

 

 一応水着は用意したが、信一は長袖のパーカーを羽織っていた。パーカーの隙間から覗く自身の上半身には痛々しい傷が多く残っているからだ。

 傷が残りやすい体質なのか、【ライフ・アップ】で治したにも関わらずそれなりにくっきりと残ってしまっている。

 

 右胸にはレイクの魔導器で貫かれた刺し傷、左腕にはゼーロスのレイピアが食い込んだ跡と『風刄(フウジン)』を使った時の火傷、右腕も同じく『風刄』と『殺刄(サツジン)』の火傷がある。

 自分はあまり気にしないが、クラスメイトがこんな傷を見せられてはせっかくの海も楽しめないだろう。そういう配慮もあり、信一は1人で海釣りへと洒落込んでいた。

 

「こんなものかな?」

 

 少々たくさん釣り過ぎてしまったが、自分のクラスメイト達は男女共に食べ盛りだ。加えて痩せの大食いであるグレンもいる。このくらいはペロリと平らげてしまうに違いない。

 

 最初はシスティーナとルミアに海の幸を味わってもらいたいという想いからだったが、釣りをしているうちにそれが全員に変わっていた。自分も懐かしさを感じるこの環境に浮かれているのかもしれない。

 

「……シンイチ」

 

「ん?」

 

 クラスメイトが喜ぶ姿を想像して頰を緩ませる信一に、突如背後から声がかかった。振り向くとそこには、リィエルがいつも通り感情の読めない目をこちらに向けている。

 

 彼女は特にお洒落には興味がないらしく、紺のスクール水着だ。ほとんど年も近いはずなのに異様に似合っている。そういう趣味がある人なら思わず攫ってしまいそうだ。無事に攫えるかどうかは別として。

 

「なにしてるの?」

 

「釣りだよ。もう終わりだけどね」

 

「……そ」

 

 チョコチョコと歩いてきて隣に腰を落ち着けるリィエル。しかし特に何も話しかけてこないので沈黙が流れる。

 それが気まずく感じ、信一は先ほどここから見えた彼女のプレイについて話すことにした。

 

「さっきのスパイク凄かったね。どうしてあんな脱力した状態から打った球が砂に半分めり込むのか不思議だよ」

 

「柔は剛を制す……?」

 

「たぶん違う」

 

 まさかの返答に思わずツッコミが口をついた。そんな理屈で説明がつく話ではない。

 

「………………」

 

 リィエルは特に気にせず、魚籠に入った魚を興味深そうにしげしげと眺めている。

 

「食べてみる?」

 

「……いいの?」

 

「元々その為に釣ってたからね。あっちから枯葉と適当な長さの枝取ってきてよ」

 

 コクンと頷いたリィエルは注文通りそれらを拾いに向かった。

 

 素直な彼女の姿を尻目に信一は魚籠の中から適当に二尾を取り出して【ショック・ボルト】を撃ち込むという、とても魔術学院の生徒らしいやり方で締める。それから血抜きを終えた頃、丁度リィエルが腕いっぱいの枯葉と二本の枝を持ってきてくれた。

 

「《火の仔らよ・指先に小さき焔・灯すべし》」

 

 3回目にしてようやく起動した黒魔【ファイア・トーチ】を枯葉に放り込んで火を起こす。その火が大きくなる前に海水で枝を洗い、魚に突き刺して固定。あとは焼き上がるのを待つだけだ。

 

「魚は塩焼きが1番美味しいんだってさ。父さんが言ってた」

 

「……なんか聞いたことある」

 

 2人はパチパチと音を鳴らしながら魚を炙る火に視線を固めたまま、そんな当たり障りのない会話で時間を潰す。

 

 ふと、信一の頭に5年以上前にも同じような光景があったことを思い出した。信夏と2人で釣りをして、少し多く釣れたから兄妹仲良く一尾ずつ食べて笑い合っていた光景だ。

 やはりリィエルといると、どうしても信夏を想起してしまう。

 

「そろそろかな。はい」

 

「……ありがとう」

 

「お腹のところは内臓があって苦いから気をつけてね」

 

「……ん」

 

 信一はまだこの苦味が得意ではない。一応食べられはするが、まだこれを旨味と捉えるには舌が大人になりきれてないのだろう。

 父親が言うに、内臓を美味しいと思えるようになれたら立派な大人らしい。当時は大人の基準って案外しょぼいと思ったが、今も苦手なのだからその基準も捨てたものではない。

 

「あ、美味しい」

 

「新鮮だからね」

 

「新鮮……? 死んですぐってこと?」

 

「間違ってないけど言い方がちょっと……」

 

 もう少し美味しそうな表現をしてほしいものだ。

 

 背中にかぶりつくと、ほどよく乗った油と締まった身が旨味を口の中へ広げていく。この味も、ここ5年で随分とご無沙汰であった。

 

「焼きたてっていうのもあるかもね」

 

「…………………」

 

 美味しさの理由を大雑把に教えると、リィエルは顎に手を当てて真剣な顔へ。その間も魚を頬張ることは忘れない。

 それから自分なりに理解できたのか、人差し指を立ててほんの少し得意そうな顔になった。

 

「つまり……死んですぐ火葬した魚は美味しい?」

 

「もうそれでいいや」

 

『新鮮で焼きたての魚』をどうしてそこまで食欲のそそらない表現にできるのか謎だが、ここはリィエルだからということで納得しておこう。諦めるとも言う。

 

「あ、こらリィエル。口のまわり凄いことになってるよ」

 

「……んむ」

 

 あまりこういった食べ方に慣れていないのか、リィエルの口のまわりは魚の身と油でベタベタになってしまっていた。パーカーのポケットから取り出したハンカチを使い、丁寧に拭ってやる。

 

(そういえば信夏も下手だったなぁ……)

 

 この姿もまた、妹の姿を想起させてくる。釣りの後に魚を食べ、毎回口のまわりを汚す妹の世話を焼いていた。ちょうどこんな風に。

 

「はい、綺麗になった」

 

「……ありがと」

 

 当初はリィエルから妹を想起することに苛立ちを感じていたが、今はどうだろうか。あまりそれを感じない。

 

 自分も変わっているのだろう。

 

「さ、戻ろうか。みんなにも食べさせてあげないと」

 

「死んですぐ火葬した魚を?」

 

「それ、みんなの前で絶対に言わないでよ?」

 

「……わかった」

 

 釣り竿はリィエルに持ってもらい、大量の魚が入った魚籠を抱えてクラスメイトのところへ戻っていく。肩を並べて歩く2人の姿は、髪色が同じなら本当に兄妹のように映るかもしれない。

 

 

 

 

 

「「「「 おぉ!! 」」」」

 

 ビーチに戻り、旅籠から借りた器具で手際良く調理されたパラソルの下の魚料理にクラスメイトは目を輝かせながら感嘆の声を上げた。

 

「すげぇ!」

 

「お…美味しそう……」

 

 カッシュとリンの呟き通り、信一が用意した海の幸は遊びまくった彼らにとってご馳走に見えるほどだ。盛り付けにも気を使い、さらに食欲をそそられる。

 

「これ、もう食べていいのか?」

 

「いいよ。お腹のところに内臓があって、それは苦いから気を付けてね」

 

 一本ずつ渡しておいた串焼きを待ち切れないと言わんばかりに食らいつくグレンを含む男子一同。やはりこうして豪快にかぶりつくのが格別だ。

 しかし、それに抵抗を示すクラスの半数の者達。

 

「「「 ……………… 」」」

 

「はい。女子のみんなもどうぞ」

 

 さすがにお年頃の乙女が大口開けて豪快に、というのは少々はしたない(リィエルは例外)。そこはシスティーナやルミアと一緒に暮らしているだけあって気付くことができた。

 なので、フォークでも食べやすいように開いて骨を抜いた魚を紙皿に載せて女子の人数分用意しておいたのだ。それを渡すと、彼女達の顔も嬉しそうに綻び出す。

 

「こんなにシンプルなのに……美味しいですわ」

 

「う、うん。これ……味付けは塩だけ?」

 

 実は密かに料理上手なリンの分析に褒め言葉を添えて頷く。素材の味を存分に活かす料理、それが塩焼きなのだ。

 

「ここまで来てもシンくんのお料理食べられるなんて思ってなかったなぁ」

 

「そうね。しかもめちゃくちゃ美味しいし……」

 

 幸せそうに食べるルミア。その顔を見るだけでこちらも幸せな気分になってくる。

 対してシスティーナは若干悔しそうだ。最近メキメキと料理の腕を上げている自信はあったが、まだ差は大きいと自覚してしまったのだろう。それでも食べる手を止めないところは流石と言える。

 

「なぁなぁ!こっちの白いヤツはなんなんだ?」

 

 ペロリと内臓までしっかり食べたカッシュが直射日光に当たらないようパラソルの下に置いてあるもう一品の料理を指差して聞いてきた。

 

「それはお刺身だよ」

 

「オサシミ?」

 

「簡単に言うと生魚」

 

「うっ……生………」

 

 生と聞いてカッシュの表情が引き攣る。そういえばと、今更になって信一は思い出した。このアルザーノ帝国には元々食べ物を生で食べるという習慣がないのだ。

 

「新鮮なうちじゃないと食べられないからおすすめなんだけど」

 

「でもなぁ……」

 

「うん……生はちょっと……」

 

 クラスメイトの刺身を見る目は得体の知れないものを見る目と同じだ。絶対美味しいので是非食べてほしいのだが、どうにも食文化の壁は高いらしい。

 

「おや?これはお刺身ですか?」

 

「あ、テレサ。食べたことある?」

 

「父の商談に付き添った時何度か」

 

 たぶんお花を摘みに行って戻ってきたであろうテレサが、みんなの視線の先にあった刺身を見て首を傾げている。

 彼女はそれなりの規模を誇るレイディ商会の娘。レイディ商会が主に営むのは貿易業であり、その筋で異なる食文化に触れていても不思議ではない。

 

 そこで信一の頭に1つ案が浮かんだ。

 

 彼女が食べれば俺も私もとクラスメイト達が食べてくれるかもしれない。無理強いはしたくないが、せっかくなら食べてほしいという気持ちもあるのでこれは名案だ。

 

 さっそく信一は自前の箸で刺身を一切れ摘み、持参した醤油に程良く浸してテレサに差し出す。

 

「どうぞ」

 

「えっと……はい?」

 

「あれ?食べない?」

 

「あ、いえ……あのぅ……」

 

 差し出された刺身を食べようとしないテレサに信一は首を傾げる。あまり日光に当てておきたくないので早く食べてほしい。そして、この刺身の素晴らしさをクラスメイトに伝えてほしい。

 

 信一の気持ちは単純にそれだけなのだが、テレサは困ったような苦笑いを浮かべて右往左往。その頰も少し赤い。

 

「もしかしてわさびが欲しいとか?」

 

「いえ、そうではなくて……」

 

「じゃあ早く食べないと悪くなっちゃうよ」

 

 添えた左手に刺身から滴る醤油が黒い水たまりを作ってしまっている。さっさと食べてほしい。

 

「では……いただきます」

 

 何故か意を決したような仕草をした後、テレサは片手で髪を抑えながらゆっくりと口に入れる。

 おっとりお姉さん系の美少女であるテレサは色々と発育も良く、そのような行動がとてもセクシーに見える。というか、ぶっちゃけエロい。周りで見ていた男子達はもはや刺身ではなく、テレサにしか視線がいってない状態だ。

 

「ど、どうかな?」

 

「えぇ。とっても美味しいですよ」

 

 いくら狂ってようが壊れてようが信一も年頃の男の子なので、これにはちょっと気まずい気分だ。クラスメイトの前で彼女にとんでもないことをやらせてしまったという思いが半分、それでも間近で見れたのはラッキーという思いが半分といったところか。

 

 テレサはテレサで一応平常心を装っているのだが、照れてるのが丸わかりの真っ赤な頰がその努力を台無しにしていた。

 

 そんな男女の距離が縮まる瞬間を図らずも見せられた他の二組全員は……

 

「「「「 ごちそうさまでした 」」」」

 

 そんな気分にさせられたのであった。昼食はまだ終わらないが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 明日は白金魔導研究所へ行くということで、今夜はおとなしく自分の部屋で就寝準備を終えて各々時間を潰していた。

 

「ギイブル、チェスやらない?」

 

「教科書を読んでるのが見て分からないのかい?」

 

「でも眉間に皺寄ってるよ。行き詰まってるんでしょ?」

 

「むっ……」

 

 信一は自分と相部屋であるカッシュ、セシル、ギイブルの分のお茶をそれぞれに渡しながら提案してみる。茶葉とティーポットは旅籠のどの部屋にもあるらしい。

 ちなみにこのチェス盤はカッシュが夜に女子と遊ぶ為、生活費を切り詰めて買ったものだ。

 

「あんまり根詰めても入らないだろうし、頭の体操にどう?」

 

「……分かったよ。一戦だけだぞ」

 

「ありがとう」

 

 実はギイブルが返事をする前から駒を並べて断れないような空気にしておいたので、わりとあっさり承諾してもらえた。

 

「あれ?あそこにいるのシスティーナ達じゃない?」

 

「ホントだな」

 

 なんとなく揃って窓から星空を見上げていたカッシュとセシルがそんなことを言ってきた。

 

「お嬢様達?」

 

「うん。ルミアとリィエルと一緒に海へ向かってる」

 

「ならいいや」

 

 これから街に繰り出そうとするなら止めるが、大方カッシュ達のように海岸から星空を眺めようというのだろう。確かに光の少ない海岸からは星や月がとても綺麗に見られる。一応規則を破ってはいるが、せっかくの機会だ。硬いことを言うのは野暮というもの。

 

 後攻の信一はギイブルが動かしたのを確認して、自陣のナイトをポーンの前へ出す。それから自分のお茶を一口。

 

「そういえば信一ってゲイなのか?」

 

「んぐぅっ!?……げほ!………ゴホゴホ!!」

 

「わわっ!大丈夫!?」

 

 唐突なカッシュの爆弾発言で盛大にむせてしまった。セシルが背中をさすってくれるが、回復に時間がかかりそうだ。

 

「けほけほ……なんだよ突然」

 

「いや、なんとなくさ。昨日も女子部屋に行く時は遊びに行くって言うより俺達を監視する為って感じだったし」

 

「あぁ、そういうことね」

 

 チェスに意識を戻しながらカッシュの質問の意図に納得する。確かに自分は学生生活の中であまり恋愛方面に積極的ではないかもしれない。勉強方面も大概だが。

 

「別にゲイってわけじゃないよ。恋人なら男より女の子の方がいい」

 

「ふぅん。じゃあ好きな子とかいねーの?」

 

「特にいないね。みんな優しくて良い人だから友達としては好きだけど、恋愛対象としてはピンと来ないなぁ」

 

 話し掛けられれば話すし、用があれば話し掛ける。それ意外でも談笑はするが、友達から先の関係になろうとは別に思わない。

 それに自分はどうしようもなく人として壊れている。命を奪うことに何も感じないし、家族を守る為なら女王だろうと殺そうとする狂人なのだ。こんな男と恋仲になったところで、不幸になるだけだろう。

 

 信一は自嘲気味な笑みを浮かべながら、また駒を動かす。

 

「あ、じゃあシスティーナとルミアはどうなの?2人とも一緒に暮らしてるし、恋人になりたいとか結婚したいとかないの?」

 

「随分話が飛んだね……」

 

 セシルと質問に少し考えてみる。答えは決まっていた。

 

「結婚は良いけど、恋人にはなりたくないかな?」

 

「それってシスティーナ?それともルミア?」

 

「どっちも」

 

「「 うん? 」」

 

 信一の言ってる意味が分からず、カッシュとセシルは揃って首を傾げる。それが可笑しく、ちょっと笑い声を溢しつつ言葉を続けていく。

 

「結婚は家族だけど恋人は他人でしょ?わざわざ今の家族を他人にしたいとは思わないだけだよ」

 

「あぁ、なるほど」

 

 ここは信一の独特な感性の問題だが、2人とも納得してくれたようだ。

 

 今のガールズトークならぬボーイズトークで気付いたが、自分は想像以上に恋バナには疎いらしい。なので、この話はおしまいと言外に示すようお茶を一口啜って完全にギイブルとの対戦に集中する。

 

 彼は表に出さないだけでかなり努力家だ。それ故にクラスの次席の座を獲得しているが、地の頭もかなり良いらしい。1を切り捨てて2を得るような戦略は正直手強い。

 

 そんなギイブルが意外にも口を開いた。

 

「だったらテレサはどうなんだい?さっきは良い雰囲気に見えたけど」

 

「「「 …………………… 」」」

 

「なんだよ」

 

 ギョッとした三対の目で見られ、ギイブルは不愉快そうに眉を顰めた。

 だが信一もカッシュもセシルも、まさかギイブルが恋バナに乗ってくるとは思わなかったのだ。この反応はむしろ当たり前と言える。

 

「テレサか……。う〜ん……どうだろう」

 

 ゼーロスに折られてしまったが、彼女からは1度プレゼントを貰っている。レイディ商会がそれなりの名家であるフィーベル家に取り入る為の布石ではあったと思うが、たぶんあのプレゼントはテレサ自身の感謝の気持ちも篭っていた気がする。

 

「昼間のアレ、彼女も満更では無さそうだったよ」

 

「そうなの?」

 

「嫌なら受け取らないだろう」

 

 別にテレサに嫌われるような行動をした覚えはない。好かれるような行動をした覚えもないが。

 かなり悩むが、結局人の心なんて考えても分からない。単に友人の厚意を無下に扱うのが気が引けたからそうしただけだろうと勝手に結論付け、ビショップを次の次の手でチェックを掛けられる位置へ。

 

「まぁ、とりあえず今は恋愛する気ないかな。というわけで———はい、ギイブル」

 

「面白いくらい上手く引っかかったね。ほら、チェックメイト」

 

 対してギイブルは右手にルーク、左手にキングを持ってクルッと旋回させながら2つの場所を入れ替える。

 チェスの特殊手『キャスリング』だ。ゲーム中1度も2つの駒を動かしていない場合、一手で入れ替えることができる。

 

 しかも、その『キャスリング』によってギイブルはチェックメイトと宣言した。信一は慌てて自分のキングを見ると、今動かしたビショップが邪魔で安全地帯が無い。逆に別の駒で防ごうにも、ギイブルを追い詰める為に総動員していて守りに使える物は残っていなかった。

 

「うぐっ……参りました」

 

 悔しそうに歯噛みする信一。仕掛けておいて負けるのはやはり悔しいのだ。

 

「さて、寝ようかな」

 

「ん?教科書はいいの?」

 

 敗者らしく駒を片付けながら首を傾げる。途中から本気になっていたが、元はギイブルの休憩の為に挑んだのだ。てっきりまた教科書でも読み始めると思っていた。

 

「なんとなくだけど、今日はこれ以上やっても身にならないと思ってね。それに明日は研究所の見学だろう?白金魔導研究所への道のりは険しいらしいし、君達も早く休んだほうがいいよ」

 

「それもそうだな」

 

「楽しみだね、白金魔導研究所」

 

 ギイブルの言葉に、カッシュとセシルも頷いてそれぞれベッドへ入っていく。

 

「消灯は俺がしとくよ。おやすみ、3人とも」

 

 片付け終わり、信一がベッドに潜る頃には3人とも寝息を立てていた。

 今日は普段接することの無い海でたくさん遊んで疲れたのだろう。遠目から見ていたが、ギイブルでさえビーチバレーに参加していた。その後少しリィエルと話していたし、案外2人の距離も縮まったのかもしれない。

 

 この遠征学修でリィエルも着々とクラスに馴染みつつある。自分ももしかしたら、彼女をルミアと護衛としてでなく友達として見られる日がくるかもしれない。

 

(それも悪くないかもね)

 

 そして信一も瞼を閉じた。







はい、いかがでしたか?なんだかんだでオリジナル回になっちゃいましたね。
テレサにヒロインの可能性を感じた?気のせいです(白目)


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