今回はオリジナル回。頑張ったせいか、アホみたいに長いです。もう一度言いましょう。
ア ホ み た い に 長 い で す !
それでも楽しんでいただければ幸いです。
休日。フィーベル家の食卓で3人は学院がある日より少し遅い朝食を摂っていた。もちろん、仲良く雑談を交わしながら。
「そういえば2人とも。水着はもう準備しましたか?」
飲みやすい温度のオニオンスープを啜りながら、ふと信一はそんな事を聞く。
ついに来週に迫った『遠征学習』。二年次生二組は『白金魔導研究所』へ赴くことになった。
この『白金魔導研究所』はサイネリア島という島にあり、リゾートビーチとしても有名なサイネリア島周辺は
「そういえばまだ買ってないわね」
「そろそろ買わないとね〜」
どうやら美少女2人はまだ水着を買っていないみたいだ。
「良かったら今日買いに行きませんか?せっかくの休日ですし、俺も荷物持ちくらいならしますよ」
「いいわね。ルミアは?」
「私も賛成。シンくんが来てくれるならたくさん買っちゃおうかな」
「あはは……お手柔らかに」
ショッピングが確定すると、システィーナとルミアは流行のファッションについて相談を始めている。2人ともどこか浮世離れしているところはあるが、この辺りはやはり年頃の少女らしい。
そんな彼女達を微笑ましく思いながら、信一は隣の席に置いていた2つのメジャーを机の上へ置く。
「屋敷の掃除などをしたいので出掛けるのは正午過ぎにしましょう。その間にお願いしてもいいですか?」
「うん、わかった」
置かれたメジャーを見て2人は真面目な顔で頷く。それに微笑みで応え、また3人は仲良く食事を再開するのであった。
「はい、ルミア。そっちから捻らないように引っ張って」
「は〜い」
フィーベル邸の一室。信一の妹であり、今なお昏睡中の信夏の部屋でシスティーナとルミアは信一から渡されたメジャーで彼女のスリーサイズを計っている。
今は信夏の体を横向きにし、軽く持ち上げた腋からシスティーナがメジャーを通して逆側のルミアに渡している場面だ。
「それにしても、信一って愛が深いわよね」
「どうしたの、急に?」
「だって私たちと出掛ける度にこの子の服買ってあげてるじゃない」
システィーナの言う通り、信一は2人と買い物に行くたびに信夏の服を買っている。理由は単純で、目覚めた時に着る服が無いのは可哀想というものだ。
信夏は昏睡状態とはいえ、医術や魔術の力でちゃんと生きているし成長もしている。そんな彼女も身体が子どもから大人に成る時が訪れ、順調な発達をみせていた。
本来なら信一も主達にこのような雑用をやらせるのは気が引けたが、兄とはいえ男である自分に眠っている間しょっちゅう体を触られていた年頃の女の子からすれば気色悪いと断言されてしまう。なので、彼女達に頼んでいるというわけだ。
「システィ、もしかして嫉妬してる?」
「してないわよ。ただ、愛が深いなぁって思っただけ」
「でも、私がここに来てシンくんが私のお世話係になった時は『信一が取られた〜』っていつも拗ねてたよね?」
「い、いつの話してんのよ!」
あの時は毎日一緒にいた信一が急に構ってくれなくなったのが寂しかっただけ。
ただそれだけなのだが、なにぶんシスティーナは素直じゃないので頰を膨らませて否定するしかない。
「……もしさ、信夏が目覚めたら信一はこの子に私達をなんて紹介するのかな?」
ウエストを計り終え、そのままヒップにメジャーを滑らせながらふとそんな事をシスティーナが呟いた。
「私はお姉ちゃんって紹介してほしいなぁ」
「あ、分かる気がする」
どこか信一の面影があるが、それでも愛らしい顔立ちの信夏にそう呼ばれたらなんでもしてあげたくなっちゃうだろう。なんとなく、そんな気がするのだ。
これはきっと、最近編入して来たリィエルの影響があるのかもしれない。
システィーナとルミアは測定の為に脱がせていた服を信夏に着せ、シーツを掛けてあげた後、優しく彼女の頭を撫でる。
———早く目が覚めますようにと願いを込めて。
信一はフィーベル邸の掃除を1週間のうち5日間に分けて行なっている。1日目は玄関、2日目は一階、3日目は二階といったように。
そしてそれも終わり、私服に着替えて読書をしながら玄関でシスティーナとルミア待っていた。
ちなみに彼の私服は祖国の民族衣装。若草色で染められた
「おまたせ」
「ごめんねシンくん、待たせちゃったかな?」
声に振り返ると、当然ながら2人とも私服姿。
システィーナは白いシャツにサスペンダースカート。手に持つトートバックと首元のループタイがささやかながらも彼女らしい知的さとオシャレさを引き立たせている。
ルミアは淡い桃色のワンピース。膝丈のスカートが彼女の持つ清楚な雰囲気をさらに高めていた。左肩から右腰に掛かる小さめのショルダーバッグも、その一助となってるのだろう。
「…………」
「ん?どうしたの、シンくん?」
「手間を取らせて申し訳ないのですが…その……お嬢様とルミアさん、バックをチェンジしてもらってもいいですか?」
「なんで?」
小鳥のように無邪気な顔で首を傾げるルミア。そんな彼女に信一は気まずそうに頰を掻きながら理由を述べる。
「いえ……ルミアさんのショルダーバッグの紐が…そのぅ……胸にですね……」
信一の言う通り、ルミアの豊満な胸の隙間にバックの紐が食い込んでしまっている。これでは、彼女に邪な視線を浴びせる不埒な者たちの眼球を1回1回潰して歩かなくてはならない。
ルミアは一瞬赤くしながらも、すぐに悪戯っ子のような顔になって信一に告げる。
「……えっち」
「えっとぉ……」
そう言われてしまうと何も言い返せず、ただ顔を背けるしかない。
しかし甘酸っぱい反応を示すルミアとは対照的に、システィーナは不満気に眉間へ皺を寄せていた。
「なによ、信一。私なら食い込んでもいいって言うの?」
「……お嬢様…………」
すると、信一は打って変わって憐れみに満ちた目で彼女を見る。
「……もしかして笑わせようとしてます?」
「なんでよ!」
「だって、まるで自分に食い込むくらい胸があるってボケたから……」
「別にボケてないわよ!」
「ちなみに俺の祖国の西側では、相手がボケたらコケるという風習があります。コケた方がいいでしょうか?」
ルミアに対して行った発言を誤魔化す意味もあり、わりと苛烈にシスティーナをからかい倒す。顔を真っ赤にして憤慨する彼女のおかげで、気まずい空気は払拭できたので良しとしよう。
勝手に自己完結した信一は2人の手を引いて歩き出した。
———そして街の中へ。
「最初はどこ行くの?」
「まずは水着を見ましょう。2人が気に入ったものを買えたら、最近話題になっている店で昼食。後は適当にブラブラしようかと」
「あら、最初に水着なのね」
「さっき食べたばかりですしね。それに、少し時間をずらした方がお店も空いてると思いますよ」
なんだかんだ言いつつも信一に言われた通りバッグを入れ替えた2人の質問に答えながら仲良く歩く。
「良い水着が見つかるといいですね」
「そうね!」
「うん!」
今から楽しみで仕方ないという2人を微笑ましく思う。学校行事とはいえ、せっかくの旅行なのだ。グレンのおかげで自分も同行できるようになったので、彼女達には最高の思い出を作ってもらいたい。
「———お母さん!早く早……うあっ!?」
「痛っ」
———べちゃ
突然腹部に衝撃が走り、直後小さな悲鳴が聞こえた。
視線を下に向けると、足元では10歳くらいの女の子が尻餅をついてしまっている。そして、その女の子が転ぶ直前まで持っていたと思われるアイスクリームがべっとりと信一の着物に付着していた。
これから買い物という時にコレである。一言言ってやろうとこちらを見上げている女の子と目を合わせると、
「あ……」
「うぅ……あいす……」
その目には今にもこぼれ落ちてしまいそうな程いっぱいの涙が溜まっていた。
服に付いた大きさからして、今さっき買ってもらったばかりなのだろう。それが自身の不注意とはいえダメになってしまい、悲しみに暮れているのが見て取れる。
そんな姿を見せられてしまうと何か言う気もすぐに失せ、むしろこちらにはなんの落ち度は無いにも関わらず心の内から罪悪感が湧いてくる。
居たたまれなくなり、思わずシスティーナとルミアを見ると『うわ〜泣かした〜』みたいな白い目を向けて来ていた。
「あ、あの〜!」
何故かまったく悪くないのに極悪人のような扱いを受けている信一に、体を揺らさないようにゆっくり走ってきた女性が声を掛けてくる。下腹部が大きく膨らんでいるが、太っているというわけではない。どうやら妊婦のようである。
その女性が慌てた表情で信一に大きく頭を下げてくる。
「申し訳ありません!クリーニング代はお支払いしますので……」
どこか女の子の面影があるところから、母親のようだ。女性は財布から銀貨や金貨を数枚取り出して信一に許してもらえるよう懇願する。
泣きそうな女の子を見下ろす男と、その男に許しを乞いながらお金を差し出す母親。
その構図はまるで、信一が服を汚されたのを口実にしてお金を脅し取っているようにすら見える。しかも服装はあまり一般的なものじゃない分余計に目立つ。
心なしか周囲の関係無い人々からも白い目を向けられてるような気分になり、信一は慌てて手を振りながら断ることにした。
だが、普通に断ってはダメだ。できるだけ紳士的に、なおかつ優しくやんわりと。
「クリーニング代なら要りませんよ。代わりにそのお金でこの子に新しいアイスを買ってあげてください」
屈んで泣きそうな女の子に手を貸してやりながら、できるだけ柔らかい表情を作る。
信一の言葉に目を丸くする女性。それを尻目に女の子の服に付いた埃を払ってやる。
「ごめんね。どこか痛いところはないかな」
ここまでやれば完全に紳士だろうと内心で自画自賛。しかしそれは決して出さず演じ抜く程度には余裕が生まれ始めてきた。
頷く女の子にもう一度微笑みかけ、頭に手を乗せて諭すように言う。
「怪我が無くて良かったよ。今君のお母さんのお腹には赤ちゃんがいるみたいだから、君は今度お姉さんになるんだね」
「……! うん!わたしお姉ちゃんになるの!」
「だったらあまりお母さんを走らせちゃダメだよ? お母さんとお出掛けする時はちゃんと手を繋ぐ。お兄さんと約束できるかな?」
「うん!」
紳士的なそれっぽい事が口からポンポン出てくるようになってきたのが自分でも分かる。興が乗ってきたらしい。
———もしくは、自身の母親に対する気持ちの表れかもしれない。女の子の正確な歳は分からないが、信一はこのくらいに母親を殺している。
だからかもしれない。子どもの為に迷わず頭を下げ、許してもらえるよう懇願する女性に苦労してほしくないと思ったというのもあるだろう。
信一が差し出した小指に小さな小指を絡ませる女の子へと今度は本心からの笑みを向けてもう一度頭を撫でてやれば、女の子はくすぐったそうな顔をしてしっかりと母親の手を握った。
「お兄さんバイバイ!」
こちらに大きく手を振る女の子と会釈する女性に微笑みかけ、システィーナとルミアを振り返ると……何故かこっちはこっちで暖かい視線を自分に向けている。
「シンくんは優しいね」
「優しい……のでしょうか? これくらい普通だと思いますよ」
「それを普通って言えるから優しいんだよ」
そんなものだろうか? 母親との思い出なんて怒られた事より『良かったね』と言われた事の方が多いに越したことはない。信一にはその程度の認識である。
「それより……服、どうするの?そんなんじゃお店に入れないんじゃない?」
自分の事のように誇らしそうなルミアへと首を傾げる信一へシスティーナが呆れたような口調で言う。
べっとりと着物に付いてしまったアイスクリーム。さすがにこれを着て服を扱う店に入るのは迷惑行為以外のなにものでもない。
さてどうしたものかと頭を捻る信一を見て、ルミアはポンと手を叩いた。
「こういうのはどうかな!」
名案とばかりに明るい口調で口にしたそのに明るい提案に、信一は自身の顔が引き攣るのを感じるのであった。
「その色ならタイはこっちがいいかな?」
「う〜ん……色合いはいいけど、信一はゆったりしたのが好きみたいよ」
「もうなんでもいいんですけど……」
「「 よくない!! 」」
バッサリ切り捨てられ、試着室で疲れたよう項垂れる信一。
そんな信一の様子など知る由も無く、システィーナとルミアは手に持った紳士服を頭の中の彼の姿と重ねて仲良く議論していた。その顔はウキウキと浮かれまくっている。まるで新しい着せ替え人形を買ってもらえた子どものようだ。
その例えは案外的を得ていて、実際信一は彼女達の着せ替え人形と化していた。
「はい、今度こっち着てみなさい」
外側から試着室の縁に掛けられた何着めかを手繰り寄せ、疲れ切った表情で淡々と着替えていく。
学院の制服以外洋服はほとんど着ない信一でも、一応着方は分かる。しかしアルザーノ帝国の紳士服はビシッとしていて、システィーナが言ったようにゆったりと着こなせる着物が好みの信一にとっては肩が凝ることこの上ない
「着替えましたよ」
サァーと試着室のカーテンを開け、今が楽しくて仕方ないといった様子の2人へ彼女達が選んでくれた服を着た自身の姿をお披露目。
今着ているのは
「少し派手じゃないですか?」
正直、信一は自分にスーツなど似合わないと思っている。スーツはスラっと背の高い男が着るものであり、小柄な自分ではあまり格好がつかない。
そのはずなのだが……
「おぉ!シンくんカッコいい!」
「似合うじゃない!」
2人とも、大絶賛である。
実際のところ、ただ単に信一の姿がいつもと違うのが新鮮なだけだ。変ではないが、絶賛するほど似合ってるわけでもない。少年が大人への背伸びとして頑張った、というのが妥当な評価だろう。
それを証明するかのように、近くでこちらをチラ見した店員は苦笑いを浮かべている。
だが、ぶっちゃけもう疲れちゃった信一はこれ以上着せ替え人形になるのはごめんだった。オシャレに本気を出した少女2人を相手取るなど、【迅雷】を使っても無理なんじゃないかと思う。
「ハァ……じゃあコレ買ってきますね」
スーツにブーツという少し謎な格好になるが、もうこの店から出たい一心でレジへ向かおうとすると———システィーナとルミアが自分を追い越してレジへ走っていく。その手にはちゃっかり水着が握られている。きっと信一の服を選んでる片手間で決めたのだろう。
その水着と、何故か信一の服を指差して店員と話す2人。彼女達の話を聞き、頷いた店員は信一へ近付いてまだ付いていたスーツの値札を切り取ってから戻っていく。
「あ…ちょっと……」
訳が分からず首を傾げていると、近くにいた別の店員が寄ってきた。
「お連れの方が貴方にそちらの服をプレゼントしてくれるみたいですよ」
「はい?」
「あとコレ、アイスクリームが付いた服です。紙袋に入れておきました」
いきなり渡された紙袋の中には、確かにさっきまで自分が着ていた着物が入っている。これは助かるが、彼女達にわざわざ買ってもらって良いのだろうか。2人にお小遣いを渡すのは信一がレナードとフィリアナに任された役目なので、ある程度の所持金は把握している。たぶん2人で出し合うのだろうが、それでもかなりお金を使わせてしまうことは想像に難くなかった。
思わず顔を顰めていると、紙袋を持ってきてくれた店員が耳打ちをしてくる。
「お客様。差し出がましいようですが、このままでよろしいのでしょうか?」
「と言いますと?」
「こちらなど、あちらの2人によくお似合いかと思われます」
男なら女性からのプレゼントにはお返ししろ、と言外に目で訴えてきた。この店員の商魂はたくましいの一言に尽きる。
そんな事を考えながらレジで会計を済ませる2人に見えないよう店員にお金を渡し、店員が持っていた物をこっそりとジャケットのポケットへしまう。
慣れない服に違和感を覚えながらも2人からのプレゼントに自然と頰が緩む信一。人目さえなければ鼻歌も歌ってしまいそうな気分だ。
「昼食は俺が出しますね。これは絶対譲りませんよ」
ニコニコと笑いながらも強めな口調で言う信一に、システィーナとルミアは顔を見合わせて苦笑い。だが、プレゼントを喜んでもらえるというのは一目瞭然なのでそこは大人しく従おうと決める。
「そういえば話題のお店ってどういうお店なの?」
「従業員がみんな子どもなんです。俺達よりも年下の」
「「 ……………… 」」
「な、なんですか?」
質問に答えたらいきなり2人の視線が冷たいものになった。それに気圧されながらも一応尋ねる。
「……ねぇ、システィ。シンくんってもしかして……」
「あまり信じたくないけど……可能性はあるわ」
しかし華麗にスルーされ、2人はコソコソと耳打ちで会話。その間も何度か信一をチラチラと見ているのだが、目はやはり冷たいままだ。
そんな2人のコミュニケーションは、意を決したように頷き合うことで終わった。
「信一。1つ、確認しておきたいことがあるんだけど」
「はい、なんでしょう」
「信一ってもしかして……そのぅ…小さい子が好きだったりするの?」
「……? まぁ、人並みには好きですよ」
「「 ———っ!? 」」
質問の意図は分からないが、とりあえず素直に答えると2人の顔がぎょっとしたものになった。
それからまた信一に背を向けてコソコソと話し出す。
「やばいわよ、ルミア。私の聞き間違いじゃなければ信一は今、人並みって言ったわ」
「たぶん聞き間違いじゃないよ。私もそう聞こえたもん」
「つまり信一は……」
「シンくんは……」
「「 ロリコンが普通だと思ってる!! 」」
狂っていたり壊れていたりはするが、それは命に対する価値観だけだと思っていた。それがまさか———性癖まで狂っているとは……。
システィーナは5年、ルミアは3年。信一と一緒に暮らしてきた中でもトップクラスのビックリ案件だった。
「あの、何かありましたか?」
「「 う、ううん……なんでもない! 」」
「一応言っておきますが、俺はロリコンじゃありませんからね」
こっそり【迅雷】を使って2人の内緒話を聞いていた信一は自分の名誉の為に弁明しておく。さすがに家族からロリコン認定は承服しかねる。
「でもさっき小さい子どもが好きだ、って」
「一般的な意味です。子どもと遊んだり話したりするのは好きですが、恋愛対象には入りません」
そんなローボールを打てるほど名バッターではない。しかも打ったら人生アウト、住む場所はチェンジでブタ箱直行。想像するだけで恐ろしい。
「良かった〜。でも、私はシンくんがどんな趣味でも付き合いを変えるつもりはなかったよ」
「いや、さっき思いきり冷ややかな目を向けてたじゃないですか……」
そう返すが、ルミアはニコニコ笑うだけ。どうやら彼女の耳は都合の悪い事を遮断できる機能が付いているらしい。
「っと、ここですね」
足を止め、店の看板を見上げる。
「ここが話題のお店?」
「はい」
目論見通り、時間をずらしたおかげで店は空いてるようであった。休憩時間ということもなく、ちゃんと営業してる。
店の扉を開けると、入店を知らせる為に付けられているベルが涼やかな音を響かせた。
「いらっしゃいませ」
信一達3人を出迎えたのは少年だった。どう見ても自分達より年下である。
「こちらの席へどうぞ」
席に促され、腰を落ち着けてから店の中を見回す。
「本当に子ども達ばかり」
今は客が少ないからか、働いている従業員は4人。席に案内してくれた少年、カウンター側で水を淹れている少女、ちょうど料理を運んでいる少女。
あとカウンター席に何故かI字バランスで立っている貴族風の男。この男は店側の唯一の大人だ。
「あのカウンター席のちょっと頭がヤバそうな人が店長です。どうやら上流階級の三男坊らしいですよ」
「えっ、あの人が?」
自分も上流階級の人間であるシスティーナはもう一度カウンターの男を見る。
目を閉じ、ただひたすら椅子の上で見事なI字バランスをとり続ける男が自分と同じ立場とは信じたくないようだ。
信一が調べたところ、この店はあの男の道楽らしい。基本的に家は長男が継ぐし、もしその長男に何かあっても次男がいる。家督相続の可能性が限りなく低い彼は、早々に相続争いから降りてこの店を開いたという経緯だ。
「お名前は確か……ノブリスさんですね。あ、名札に書いてあります」
I字バランスの男の首からネームプレートがかけられていて、そこには信一の言った通りの名前が書かれている。
「なんか変な人ね」
「変わり者ではありますね」
ただひたすら椅子の上でI字バランスを取る人間は今のところ会ったことがない。しかしどうやらあの光景はこの店の日常であるらしく、働く子ども達はまったく意に介してない様子だ。シカトとも言う。
「ご注文はお決まりですか?」
「あ、じゃあ俺はコレで」
「私はこれをお願いします」
信一とシスティーナがノブリス店長を眺めてる間にルミアは決めていたらしい。信一も事前に調べていたのでルミアが開いていたメニューのページにあったものを指して注文。
「あっ、えっと……これをお願い」
「かしこまりました」
システィーナだけは慌ててメニューをパラパラとめくって、よく考えずに決めた。
注文を取りに来た少年は一礼して席を離れていく。
「ふぅ……」
水を一口煽り、やっと一息つく。
システィーナとルミアは自分達の水着を片手間にしてしまうほど楽しかったらしいが、着せ替え人形にされた信一本人は完全に疲れ果ててしまっていた。これほど疲れたのは、生まれて初めて【迅雷】を使った時以来ではないかと思ってしまうほどに。
それでも彼女達からのプレゼントは小躍りしたくなるほどに嬉しいものだ。
フッと1人で相好を崩しておしゃべりしている2人を眺める信一の背中を、トントンと叩く手があった。
「……ん?」
「あ、やっぱりお兄さんだ!」
「あれ、君はさっきの」
振り返ってそちらを見ると、疲れ果てる原因とも言えるアイスクリームの女の子が笑顔で自分を見上げていた。店の人(主に店長)のインパクトが強すぎて気付かなかったが、出入り口の近くに女の子の母親も座っていてこちらに会釈している。
「代わりのアイスは買ってもらえた?」
「うん!」
元気良く応える姿に自然と頰が緩む。やはり子どもというのは元気なのが一番だ。
ポンっと頭に手を乗せて微笑みかけてやれば、嬉しそうに笑ってくれる。子どもの無邪気な姿は疲れを吹っ飛ばすというのは本当らしい。
「お兄さん達もお茶しに来たの?」
「ううん、お昼ごはんだよ。朝ごはんが早かったからね」
どうやらすっかり懐かれてしまったようだ。
自分としてはシスティーナやルミアとの時間を楽しみたいが、だからといってこの女の子の笑顔を無下に扱うのも気が引ける。自分は子ども好きではあるが、得意ではないなと苦笑を浮かべるしかない。
———その時だ。
「きゃっ!」
「お、ぉおい!かかか金を出……出せぇ!」
突如店の扉が乱暴に開かれ、ナイフを持った男が近くにいた女性客の腕を強引に掴みながら叫んだ。握られているナイフは女性の首元へ向けられている。
誰がどう見ても強盗だ。
強盗は1人。長身痩躯の男。通常なら親しみやすそうなタレ目が特徴的だが、その目は興奮と緊張で見開かれている。見た目からしても強盗をするとは思えない。そんな強盗である。
この店は従業員が全員子ども。唯一の大人であるノブリス店長も貴族の三男坊だが相続争いを自分から降りた腑抜け。しかも今は時間がズレていて客も少なく、信一とノブリス店長以外男はいない。考えてみれば強盗がしやすい店だ。そして強盗しやすい店が不運にも今日強盗された。状況を並べればそれだけのこと。
しかし、不運というものは重なる。
「お母さん!」
「……っと」
強盗が人質に取った女性は、不運にも信一に懐いてくれていた女の子の母親だった。
信一は母親のピンチに突っ込んでいく女の子の手を引き、自分の元へ片手で抱き寄せる。相手は痩躯といえど大人。しかも刃物を持っている。この少女が立ち向かったところで、怪我をする……下手したら死んでしまうかもしれない。
「《大いなる……」
「お嬢様もストップです」
正義感の強いシスティーナが得意の【ゲイル・ブロウ】を放とうとするが、それも信一は空いてる手の方で制する。
人質が首元にナイフを突きつけられている状況で強盗を吹っ飛ばせば突風に煽られたナイフが女性の頸動脈を切りつけてしまう可能性が高い。
信一は静かに強盗とシスティーナ、ルミアの直線上に立つ。刀は足元にあるが、この状況で武器を持てば強盗の興奮を助長させるだけだろう。ただでさえあまり強盗に向いているとは思えない強盗だ。逆上させて良いことがあると考えるのは楽観的すぎる。
「はやっ、早くしろぉ!」
どもりまくる強盗は一瞬だけナイフを従業員の子どもに向けるが、すぐに女性へと戻す。この人質を失えば自分が圧倒的不利なものになると理解しているようだ。
総じて厄介としか言いようがない。刃物を持っていることもそうだが人質の女性は妊婦。この状況を長引かせれるのは心労となる。最悪【迅雷】を使って強盗を殺すことも考えるが、人が殺される姿も心労になることに変わりはない。むしろ従業員の子どもや片手で抱き寄せている女の子のトラウマにもなるだろう。
あと飲食店なので、血飛沫が舞うのは衛生上よろしくない。
(さて、どうするか……)
一度朝比奈信一個人の感情を切り離し、フィーベル家の従者としての思考へ切り替えてみる。
すると、まず最初に現れる感情は安堵。システィーナとルミアが人質にならなくて良かったという安心。
次に出てきたのはこの打開策。従者として、この状況は主達の危険に他ならないと言える。ならば妊婦の心労や子どものトラウマ、店の迷惑など一切考えずに【迅雷】を使って強盗の首を捩じ切ってしまえばいい。
(ダメだな)
従者としての行動で得られる結果をシスティーナとルミアは喜ばない。人間の首が目の前で捥がれる光景など嬉しいわけがないのだ。
それが理解できたのならやはり、と流石にI字バランスを止めているノブリス店長へ視線を向ける。彼が店にある金をすぐに渡しさえしてくれれば終わりだろう。
「どうしてお金を求めるのよ?」
瞬間、空気が凍る。
ノブリス店長の口から男声で男性らしからぬ口調の言葉が飛び出したのだ。
「貴方がお金を求める理由はなんなの?答えなさいよ」
「………………」
オネエ口調なのはさておき、ノブリス店長の有無を言わせない剣幕にむしろ強盗は押し黙ってしまう。
やはり、そもそもこのような強行に出るほど度胸があるわけではないようだ。何かやむを得ない事情があるのは明白である。
「もし、ワタシを納得させられるような理由ならお金を渡すわ。でもできないのなら……」
一息。そして従業員の子どもを守るように前へ進みながら言い放つ。
「その女性を離して今すぐここから出て行きなさい」
「…………こっ……この……」
「———お母さんを離して!」
———瞬間、ノブリス店長に意識を持っていかれていた信一の腕から女の子が飛び出して強盗へ走り込んでいく。
「———っ!?」
「来ちゃダメ!」
女の子は強盗が母親を掴んでいる腕に組みついていた。
「はっ、はっ離せぇ!!」
だが、所詮は少女の腕力。痩躯とはいえ、大人の男に敵うはずはない。
強盗は何度も乱暴に腕を振って女の子を解こうとする。女の子もなんとかしがみついて耐えるが、ダメだ。
「うわぁ……」
女の子が予想外に長い間耐えていたので、強盗にも力が入り過ぎてしまったらしい。下から上へと振り抜いた腕から離れた女の子は小さな放物線を描くように頭から落ちていく。落下地点と思われる場所は、度重なる不運を感じさせるが如く机の角。
あんなところに頭から落ちれば、惨劇は免れない。
……流れる静寂。人の頭が机にぶつかる音はしない。
「ほら、大丈夫?」
信一は【迅雷】を起動し、女の子を空中で抱きとめていた。
その光景に、システィーナとルミア以外の全員が目を丸くして何が起きたか理解できないでいる。だが、それと同時に全員が女の子が無傷であることに安堵のため息を溢していた。
———そう、全員。そこには女の子を投げ飛ばした強盗も含まれる。
「《疾くあれ》」
女の子を下ろした後、再び【迅雷】を起動。
安心感から完全に意識が向いていないナイフの腹を手刀で打ち上げてへし折る。そして肝臓のある右脇腹に掌底を叩き込み、呼吸困難に陥らせて動きを止めさせる。
「ガハァ……」
思わずうずくまる強盗から女性を引き剥がし、関節を極めて拘束。本来なら両足の骨を砕いておくが、それはしない。それは妊婦の心労や子どものトラウマになる可能性があるから。
「強盗ごっこは終わりだよ、おじさん」
一応へし折ったナイフを強盗の手が届かないところまで蹴り飛ばしてから言ってやる。
強盗は抵抗しない。未だに自分が投げてしまった女の子へとタレ目を向けていた。
「あの子にケガは……」
「たぶんない。そうなるように抱き止めたからね」
「そうか」
やはりこの男は強盗に向いていない。他人の物を武力で脅し取る行為をするには、優し過ぎる。
ふと信一は、そんな優しさを持つこの男が強盗をする理由が気になってきていた。さきほどノブリス店長も聞いていたので、今なら聞いても問題ないだろう。
「どうしておじさんは強盗なんてしたの?こんな事をするようには見えないけど」
「………………………」
関節を極めている力を振り解かれない程度に緩めながら聞く。
むしろそちらを聞かれるほうがダメージになるように顔を歪めて押し黙る男。
「息子の治療費が……必要なんだ……」
やがて、ポツポツと話し出した。
「僕の息子は少し厄介な病気にかかってしまって……不治の病というわけではないから金さえあれば治せる。だけど……足りないんだ…どうしても、僕の収入じゃ……」
「でも、こんな事して手に入れたお金で治っても息子さんは喜ばない……」
「わかってる!!」
システィーナにもっともな正論を言われ、思わずといった様子で男は声を上げた。だが、それは男が1番理解していた事なのだろう。叫んだ勢いで宙へと舞った男の涙がなによりの消化だ。
「それでも……必要だったんだ。どんな汚い金でも、金は金。息子を治す為なら僕は……」
どれだけ汗を流して稼いだ銅貨1枚でも、金貨1枚の価値になることはない。
それは貨幣経済の常識であり、人によっては理不尽とも取れることだ。ちょうど、この男のような境遇の人には。
男の慟哭を聞き、システィーナは何も言えないでいる。彼女は上流階級の人間であり、金に困ったことは一度たりともなかった。そんな自分が、息子の為なら強盗すら厭わないというこの男に何か言う資格はないと理解したようだ。
家族の為ならなんだってする、という部分には信一も共感できる。家族の為に友人を使い捨てようと一考し、一時は女王にすら歯向かったのだ。
「ごめんなさい……ごめんなさい………」
全ては家族の為。しかしそれが免罪符になることは無いということもちゃんと理解している男は、ただひたすら信一の下で謝罪の言葉を述べるだけになってしまった。
その姿を黙ってみていた従業員の少年は、一度ノブリス店長に目配せしてお互い頷き合う。そして何を思ったか、男の元まで歩み寄り、屈んで手を伸ばした。
「もしよろしければ、ここで一緒に働きませんか?」
「は……?」
少年の言ってる意味が分からず、男は目を丸くしている。それに構わず、少年は言葉を続けた。
「ボク達は元々、スラム出身なんです。そこを店長に拾われて、こうして住み込みで働いています。もちろん国が定めた賃金は出してくれるし、虐待もされていません」
「………でも僕は……」
「『あなたは人間よ』と、拾われた時に店長から言われました」
脈絡も無く少年は言う。その目は男に向けられながらも、過ぎ去った美しい思い出を見ているようだ。
「毎日残飯を求めてゴミを漁っていたボクはまるで野良犬のようだった。時には乞食の真似事もしました。そんな日々の中、いつものようにお金か食べ物を恵んでくれと伸ばしたボクの手を偶然通りかかった店長は無理矢理引っ張って風呂に入れられ、服を着せられ、瞬く間に店のスタッフにされていましたよ」
「懐かしいわね」
ノブリス店長はにっこりと少年へ笑いかける。少年もそれに応え、また男へと視線を戻す。
「恵んでもらったり施されたりするだけじゃダメなんです。それじゃあ結局、野良犬が飼い犬になったに過ぎない。仕事を得て、働いて、自分で稼がないと『人間』とは言えないんですよ。だからもう一度言います」
———ここで一緒に働きませんか?
「息子さんの治療費、ワタシが立て替えるわ。だからその分はここでタダ働きよ。もちろん三食とおやつ代くらいは出してあげるから安心なさい」
「……どうして………そこまでしてくれるんだい?」
男にはノブリス店長の言ってる事が理解できなかった。
確かに息子が助かるなら嬉しい。その為ならなんだってするし、事実今日はそれを実行した。そして自分は加害者でノブリス店長や少年は被害者だ。にも関わらず、それでも自分に手を差し伸べるこの2人の心情が理解できない。
「———あなたが本当はどこまでも息子想いの優しいお父さんだからよ。ワタシ、三男坊だからあまりお父様に構ってもらえなくてね。だからかな」
照れ笑いを浮かべるノブリス店長は、少年と並んで手を伸ばす。
信一もこの空気で未だに拘束しておくのは野暮と分かり、手を離した。だが男は暴れることをしない。ただ目から流す涙の種類を変えただけ。
悔恨の涙から嬉し涙へと。そして、2人の手を取る。
「ありがとう……ありがとう………」
結局、強盗事件は店側の示談金0の示談ということで終わりを告げた。
店もそれほど荒れたわけではなかったし、その場にいた客も男の行動を『仕方がなかった』と受け流せる人格者ばかりだったので第三者に触れ込むこともないだろう。
———そして帰り道。信一達と女の子、母親の女性は今日初めて会った場所まで帰路を共にしていた。
「それでは、私達はこっちなので。今日は色々ありがとうございました」
「お兄さん、お姉さん達もバイバイ!」
たった1日が随分と長いように感じられた。それもこの親子との出会いがあったからだろう。
アイスで着物を汚され、システィーナとルミアに着せ替え人形にされ、強盗に遭う。刺激的というには激し過ぎる1日だった。
「帰り道、気を付けてください。元気な赤ちゃんを産んでくださいね。君も。良いお姉ちゃんになるんだよ」
「うん!」
元気良く返事をする女の子に微笑みかけ、頭を撫でる。
強盗に遭った時、従者としての考えに則って行動していたらこの笑顔も見れなかったかもしれない。そう思うと、ノブリス店長達には感謝するべきだろう。
心地好さそうに目を細める女の子が可愛らしく、どうしても頰が緩むのが自覚できる。
「ねえ、お兄さん。ちょっと」
突然女の子は手招きをし出した。屈めという意味らしい。
それに従って女の子の視線に合うよう膝を折ると———首に手を回して、
「———っ———」
「———っ!?」
小さな唇を押しつけてきた。年齢にそぐわない、えらく情熱的な感じで。
「「「 …………!? 」」」
その光景にシスティーナとルミアはもちろん、女の子の母親ですら目を見開いて驚いている。
女の子の短いキスが終わっても、信一の口は閉じない。いや、驚愕のあまり空いた口が塞がらないという様子だ。
「じゃあ、バイバイ!」
幼さから女の子はあまり深く考えずにキスをしてきたらしく、何事もなかったように信一に言われた通り母親の手を握って背を向けた。
母親の女性は慌てて会釈をしてから、女の子に手を引かれて去っていく。
「「「 ………………… 」」」
残された3人———信一は未だに空いたままの口へ手をやり、システィーナとルミアはそんな信一をとても冷ややかな目で見ていた。
「信一、あれは犯罪よ」
「家族が犯罪者って悲しいね、システィ」
「いや、ちょっと待ってください!?」
ロリコンに人権は無いと言いたげな表情の2人。
自分からしたわけではないのだ。あの女の子から不意打ち気味にされただけで。だが、2人にはあまり関係ないらしい。
「大丈夫よ、信一。アンタがどんな性癖でも私の家族であることに変わりはないわ。だから……」
「私も。趣味は人それぞれだし、それをとやかく言う資格はないと思うの。だから……」
「「 もう少し離れてくれない(ほしいな)? 」」
「一瞬にして凄く高い心の壁ができましたね……」
やばい泣いてしまいそうだ、という感情を必死に押し殺して信一はジャケットのポケットからある物を2つ取り出す。
「あんまり意地悪言うと、これあげませんよ?」
「なにそれ?」
「俺から2人へプレゼントです」
あと店員の商売魂、と心の中で付け足しておいた。
「わぁ!綺麗!」
「ブレスレット……かしら?」
「たぶんそうですね。どうやら水着用のアクセサリーみたいですよ」
せっかくの水着を着る機会だ。あまり甘やかすとレナードやフィリアナに怒られてしまうが、これくらいなら構わないだろう。
システィーナには『
「まぁ、離れちゃったら渡せませんしね。これはいらないということで」
「信一。あなたのこと大好きよ」
「シンくん、大好き!」
「俺への大好き安くないですか……?」
一応期待通りの反応を返してはくれたが、ここまで簡単に掌返しをされるとそれはそれで少し不安になってくる。
とはいえ、基本彼女達がここまで現金な態度を取ることは無い。これはこれで甘えられているのだろう。
いつも通り優しく微笑みつつ2人の手にそれぞれ嵌めてやると、水着用ではあるが私服姿でも充分過ぎるほど似合う。
2人ともブレスレットを嵌めた手を空に掲げたり、お互いを褒めあったりと気に入ってくれたようだ。
「2人が『遠征学習』を楽しめるよう、俺も頑張りますね」
具体的に何を頑張ればいいかは分からないが、それは臨機応変に考えていけばいい。彼女達が楽しめるのなら、それが信一にとっては1番だ。
しかし、そんな信一の考えに二人はかぶりを振る。そしてシスティーナはいつもするように額を小突いてきた。
「いてっ」
「今のセリフ、一部訂正してちょうだい」
「……どこをですか?」
「『2人が』、じゃなくて『
「もちろんそのつもりですよ」
「シンくんの場合、その『みんな』にシンくん自身が入ってないからねぇ」
「むぅ……」
図星を突かれ、眉を顰める。別に2人が楽しんでくれるのならそれで良いのだが、それを言ったところで信一が楽しんでないなら楽しくないと返ってくるのは目に見えている。彼女達はそういう人なのだ。
「わかりましたよ。俺も楽しめるよう頑張ります」
「ふふっ、わかればよろしい!」
「うん!」
とびきり可愛らしい笑顔になり、システィーナとルミアは信一の手を握る。
そして3人は、久しぶりに手を繋いでフィーベル邸へと帰宅していくのであった。
はい、いかがでしたか? この後書きに辿り着いた方は一体何人いるのか……あまり考えないことにしましょう。本当に長くてすみませんでした。
次回は原作通り『遠征学習』へ出発です!それでは、お楽しみに!