超速い慇懃無礼な従者   作:技巧ナイフ。

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一応、この話を込みで2話にまとめたかった……。そんなお話です。


第24話 人間関係

 アルザーノ帝国魔術学院の食堂は今日も多くの生徒や講師が賑やかに食事をしていた。

 

 そんな中、1つのテーブルではシスティーナ、ルミア、そして今日編入してきたリィエルが食事を共にしている。性格に難アリ、社交性に難アリのシスティーナとリィエルも一応は美少女。性格良し、容姿良し、社交性良しのルミアも美少女。

 その3人が楽しそうに食事する姿はとても華やかで、食堂を飾るステンドグラスが霞んで見えるほどだ。

 

 ———そしてそれを物陰から見守るグレンの姿は、テーブルクロスにこびり付いたシミのような異物感がある。

 

「なにやってんですか、先生?」

 

 周囲の生徒達から変質者を見るような目を向けられているグレンに声を掛けるのは気が引けたが、そこは勇気を振り絞った信一。昼食の載ったトレーを持って彼の背中に問いかける。

 

「うぉっ!?……ってなんだ、信一か」

 

「はい、信一です。ちょっとお話したいことがあるので、一緒にどうですか?」

 

 トレーを掲げ、信一は近くの空いてるテーブルに流し目で示す。

 

 昼食を摂りながら話。学院の講師と生徒なら普通は魔術についてと考えるが、今の状況であれば信一がグレンに話したいことなど限られている。

 

「……リィエルについてのクレームは受け付けてないぞ?」

 

「う〜ん……それもあったんですが、他にもあります」

 

「他にも?」

 

 他となるとグレンには見当がつかないので、とりあえず信一が示したテーブルに腰を落ち着けて話を聞くことにした。

 

「で?話ってなんだよ」

 

「はい。その、ちょっと先生にお願いがありまして……」

 

 話の流れが読めず、首を傾げるグレン。信一は肉料理大半の昼食を美味しそうに食べながら言葉を紡ぐ。

 

「なんだ?遠慮せずに言ってみろ」

 

「実は、先生の人脈で人を探してもらいたいんです。あ、個人ってわけじゃないですよ?ただ今から俺が言う条件に合う人です」

 

 前置きをして、信一は条件を並べていく。

 

 まず家事全般ができる人。ある程度の武力を持つ人。信頼も信用もできる人。そして女性。

 

 このような人物を探してほしいというのがグレンへのお願いだ。

 

「ふぅん、なんでこんな人が必要なんだ?」

 

「えっと……突然なんですけど、先生は俺の妹についてご存知ですか?」

 

「……あぁ、知ってるよ。昔酒に酔った零さんに聞かされた」

 

 信一の妹———信夏は精神的なショックで5年前から昏睡状態。今もフィーベル邸の一室で眠っている。毎日関節が固まらないように体を動かしてやり、医術や魔術的な手段で今まで生きてきた。

 

「知っているのなら話が早いですね。今度ある『遠征学習』の時、今言った人にフィーベル邸の留守を任せたいんです」

 

『遠征学習』とは、アルザーノ帝国が運営する各地の魔導研究所に生徒が赴き、最新の魔術研究に関する講義が受けられるという二年次生の目玉イベントだ。

 どこの研究所も日帰りできる場所には無く、少なくとも1週間以上は帰れない。そんな中、フィーベル家はシスティーナの両親もほとんど家に居ない。となると必然的に『遠征学習』の期間はフィーベル邸に昏睡状態の信夏が1人きりとなってしまう。

 

「あぁ、だから女性ね」

 

「そういうことです」

 

 信夏は間違いなく美少女。その意見は信一の身内贔屓というわけでは決してない。

 そんな美少女が抵抗できる状態でないことを見て取れる状況で、知らない男と一緒にしておいて安心できるほど信一も子どもではないのだ。

 

「そういえば、零さんはダメなのか?」

 

「なんか『遠征学習』の日はどうしても外せない仕事があるそうです」

 

「なるほどなぁ。でも、そんな才色兼備の女なんて俺の知り合いには……ん?」

 

 何か思い当たる人がいるような反応。

 

「あぁ、いたわ。家事全般ができて武力を持ってて信頼も信用もできる暇な女」

 

「本当ですか!」

 

 思わず信一は身を乗り出していた。その様子にグレンは相好を崩す。信一が手放しに喜ぶ姿は案外珍しい。

 

「一応聞いてはみるけど、たぶん大丈夫だと思うぜ」

 

「ありがとうございます。これで安心して()()『遠征学習』に行けます」

 

「俺も?元々行かないつもりだったのか?」

 

「えぇ。今朝ルミアさんの護衛が来ると言われて、だったら俺は留守番でもしてようかと思ってたんです。でも来たのがアレですから……」

 

 まるで一般常識のないリィエルの姿を見て、むしろ彼女から護衛したくなってしまった。

 グレンといい、リィエルといい、父親の同僚には社会不適合者しかいないのだろうか?

 

「あぁ……うん、ゴメン」

 

「いえ、先生が謝ることではありませんよ。本当にどうしようも無ければ適当なところで肉壁にでもするんで大丈夫です」

 

「そ、そうか」

 

 サラっと怖いことを言うが、信一はいざそれを実行する時になっても特に何も感じることはないだろう。グレンも最近になってようやく信一がどこか壊れた人間であることに気付いてきていた。

 

「でもまぁ、たぶんそうならないと思うんですよね」

 

「え?」

 

 信一はグレンの背後、周囲の人間がドン引きする量の苺タルトをサクサクと食べているリィエルのテーブルを見る。グレンもそれに釣られて同じように。

 いつの間にかウェンディやカッシュ達も同じテーブルに着いていた。食堂の喧騒で会話の内容までは聞き取れないが、少なくとも険悪な様子はない。

 

 元々目の前で人間1人を解体し、人を殺す事に何も感じない信一にすら友達でいたいと言うような連中なのだ。時間はかかるかもしれないが二組の仲間達はリィエルを1人にしないし、させないだろう。そんな確信めいた直感が信一にはあった。

 

「皆、とても良い人ですから」

 

「……そうだな」

 

 そして昼休み終了を告げる予鈴が鳴る。

 

 

 

 

 

 

 

 リィエルが学院にやってきて1週間。彼女がクラスに受け入れられるのにそう時間はかからなかった。

 カッシュやウェンディといったクラスの中心的なメンバーが早々にリィエルを受け入れたのも大きかったかもしれない。彼等がリィエルと話す光景を目の当たりにし、他の生徒も受け入れ始めていた。

 

 最初はリィエルを快く思っていなかった信一も、少し彼女のことが理解できてきた。リィエルは常識がないのではなく知らないのだ。それを証明するように、一度やってはいけないと教えればやらなくなる。システィーナやルミアも言ってたが、手のかかる妹を持った気分だ。

 

(信夏もあんな感じだったかな?)

 

 天真爛漫な妹と基本無表情のリィエル。顔は似ても似つかないし、髪色だって全然違う。にも関わらず、何故か彼女を見ていると妹を想起させられる。

 

「…ン……シ………ん!……シンくん!」

 

「ん?」

 

「大丈夫?なんかボーとしてたよ?」

 

 突然肩を叩かれ、そちらを見るとルミアが心配そうに顔を覗き込んできていた。どうやら随分深く考えてしまっていたらしい。

 

「あぁ、ごめんなさい。何かありましたか?」

 

「リィエルが錬金術について話してくれるみたいだよ。一緒に聞こう?」

 

 ルミアが示す先では、リィエルが羽根ペンと紙を持った状態でクラスメイトに囲まれていた。囲んでいる中にはシスティーナもいて、早く来いと手招きをしている。

 

 リィエルの錬金術———ウーツ鋼の大剣を錬成する高速武器錬成のことだろう。確かに興味はある。

 いつも刀を持ち歩いているが、正直二振りを持ち歩くのは疲れるのだ。リィエルのようにどこでも大剣を作り出せるのはとても魅力的に思える。

 ぶっちゃけ刀二振りとか重いから持ち歩きたくない、という真銀(ミスリル)製の刀を送ってくれたアリシア女王が聞いたらブチギレそうなことを信一は常々思っていた。

 

「いいですね」

 

 楽ができるなら楽がしたい。そんなダメ人間の片鱗を見せつつ、信一もルミアに手を引かれてリィエルの解説を聞くことにしたのだが、

 

「で……こうなって…ここの元素配列式をマルキオス演算展開して……こう。……で、こうやって算出した火素(フラメア)水素(アクエス)土素(ソイレ)気素(エアル)霊素(エテリオ)根源素(オリジン)属性値の各戻り値を……こっちに……こんな感じで根源素(オリジン)を再配列していって……物質を再構築……」

 

 まったくもって理解不能であった。

 

 スラスラと数枚に渡ってびっしり記載された魔術式も、複雑極まりない元素配列変換の錬成式も、何もかもが理解できない。理解できないことすら理解できているのか理解が追いつかないくらい理解できていない。

 

「……わかった?」

 

「「 おう、まったくわからん 」」

 

 見事にハマったカッシュと信一は一瞬だけ視線を合わせ、その後ノールックでパンッと男らしいハイタッチを交わす。

 

「リィエルって凄いね……私も途中から何をやってるのか全然わからなくなっちゃったよ……」

 

 苦笑いを浮かべるルミアも理解できなかったらしい。成績は良くも悪くも平凡とはいえ、自分より高い彼女が分からないのなら仕方ないのだろう。

 

「凄すぎる……」

 

「なんてこと……この術式、誰が作ったの……?」

 

 なんとか理解できたのはセシルとシスティーナの2人だけ。だが2人とも全てとはいかなかったようで、額には脂汗を浮かべている。

 

「ウーツ鋼の大剣をどうやってあんなに素早く錬成していたのか不思議だったけど、まさか魔術言語ルーンの仕様に存在するバグすら利用していたなんて……」

 

 セシルの説明は分かりやすかったので、遅ればせながら驚愕することができた。つまり錬成する時に起こる術式の中の『誤算』すら、あの高速錬成の一助になっていたということらしい。

 

「お嬢様、これは誰にでも真似できるものですか?」

 

「無理よ」

 

 システィーナは即答。その表情には驚愕というより憤りのようなものが見て取れる。

 

「これ、一歩間違えたら脳内演算処理がオーバーフローするわ」

 

「すみません。分かりやすくお願いします」

 

「つまりミスったら廃人になるってことよ。まったく……正気とは思えないわ、この術式作成者。使う術者の安全がまったく考慮されてないもの」

 

 それを言ったら信一が使う【迅雷】も脳に直接【ショック・ボルト】をブチ込んでるのでそれなりに危険なものなのだが……あれはしくじれば1発で死ぬ分、廃人のように他の人に迷惑がかかることはない。その点で言えばリィエルの高速武器錬成の方が厄介なのだろう。

 

「皆、真似しちゃダメよ。こんなの、ほとんどリィエルの固有魔術みたいなものなんだし」

 

「真似なんてできるわけねーだろ……」

 

 カッシュの呟きに、全員が揃って首を縦に振っていた。

 と、その時だ。

 

 ———ガタン!

 

「ギイブル?どうしたの?」

 

 荒々しい音を立てながら立ち上がったギイブルは乱暴に教科書やノートを鞄へと詰め込んでいき、苛立たしげにこちら……というよりリィエルを睨んできた。

 

「……帰る。君達もそんな風に遊んでいる暇があったら、帰って魔術の勉強に励むべきなんじゃないか?」

 

 それだけ言って、さっさと教室を出て行こうとする。だがその時、くいっと彼の袖が引っ張られた。

 

「なっ……き、君は……ッ!?」

 

 彼の袖を引っ張ったのは今までクラスメイトに囲まれていたリィエルだ。リィエルはまるで瞬間移動のようにギイブルの後ろに回っていた。

 

「……これ、落とした」

 

「〜〜〜〜〜っ!」

 

 彼女の手にはギイブルがいつも使っている羽根ペン。乱暴にしまい込んだせいで落としていたらしい。

 それをリィエルは渡そうとするが、やはりギイブルは苛立たしげな様子でひったくるように奪い取る。

 

「ハァ……まぁ、これも仕方ないことなのかな」

 

 信一も完全にリィエルを受け入れたわけではないが、それでも一緒にルミアを守る者同士折り合いをつけて良好な関係を築こうとしている。

 だが、はっきり言ってしまえばリィエルはこの平和な日常にとって異物だ。それをすんなりと受け入れるのは誰にでもできることではない。

 

 これもまた、時間が解決してくれるのを祈るばかりだ。








はい、いかがでしたか?オリ主のお願いでグレンが誰を紹介するかは、たぶん原作読んでる人なら分かりますね。

次回はオリジナル、システィちゃん&ルミアちゃんと水着を買いに行く話です。お楽しみに。

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