超速い慇懃無礼な従者   作:技巧ナイフ。

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久し振りに1週間以内の投稿。

今回から3巻の内容ですね。2巻では戦闘シーン少な目だったので、さっそく入れてみました!!


第3章 それでも君は……
第22話 編入生、襲来!?


「ふぅ……」

 

 井戸から汲み上げた水をザパァと頭から被り、朝比奈信一は汗を流す。

 

 髪から滴る水滴がよく整えられた芝生に落ち、太陽の光をキラキラと反射させている。今日も1日、良い天気になりそうだ。

 

 真銀(ミスリル)製の刀———“むーくん”と“はーちゃん”を布袋にしまい、フィーベル家の郵便受けがある門を横目で見る。

 

「ん、またか……」

 

 すると、そこにはコソコソと屋敷を抜け出す銀髪の少女———システィーナがいた。

 

 魔術競技祭も終わり、女王アリシアから信一に刀が送られてきた日以降、システィーナは毎日のように早朝屋敷からコッソリ抜け出している。

 システィーナも少女とはいえ女性なので、従者であり家族でもあるが男の信一には知られたくないことあるだろうし、ちゃんと朝食前には帰ってくるので何か言うことはないのだが……今日信一はいつもより早起きしたので、鍛錬も早く終わった。なので、システィーナを尾行してみようと思い至る。

 

 考えたくも無いが、もしかしたらいたいけな彼女を利用して何か良からぬ事の片棒を担がざれているかもしれない。もし本当にそうなら……まぁ、フェジテは人口も多い。人間が1人や2人消えてもバラやしないだろう。

 布袋に入った刀を見て、信一は冷たい微笑みを浮かべる。

 

「公園……?」

 

 システィーナが入っていったのはフェジテにあちこち点在する自然公園の一つ。

 森林浴や散策が楽しめる周囲に住む人々の憩いの場だ。だが、今は早朝。公園に人はいない。

 

 彼女に気付かれないよう細心の注意をしながら信一も公園へ入る。森林浴もできることから木々が生い茂っていて、一瞬システィーナを見失ってしまった。

 

「あれれ?」

 

 キョロキョロと辺りを見回すが、どこにも姿が見えない。どこか木の陰に紛れてしまったのかな、と困ったように八の字眉を作って首を傾げていると……声が耳に届く。

 

「……今日は遅かったな」

 

 それはシスティーナの声ではない。しかし、ここ数ヶ月で聞き慣れた男の声。信一のクラスの担当講師であるグレン=レーダスのものだ。

 

 彼の声が信一の目の前にある一際大きなブナの木の裏から聞こえてきた。

 

「その、ごめんなさい……今日先生と会うことを考えてたら、その……なんだか緊張して眠れなくて……」

 

 グレンに応えるシスティーナの声は、どこか熱を孕んでいるようである。

 

 

 ……逢引だとおぉぉぉぉぉっ!?

 

 

 顎が外れるのではないかと思えるほど、信一は愕然とした面持ちだ。

 

 ここは人っ子1人いない早朝の公園。そんな場所で男性講師のグレンと女生徒のシスティーナが密かに会っている。しかし、まだ分からない。決定的とは言えない。もしかしたら逢引ではなく、別の要件の可能性が……五分五分だ、たぶん。

 

「はは、期待してたってやつか?とんだマゾヒストだな、お前」

 

「ば、馬鹿!そんなんじゃないわよ……ッ!」

 

 否定はするが、やはりどこか期待してたかのような声色のシスティーナ。可能性が六分に縮む。

 対称的に信一の手が刀の入った布袋へと伸びていく。

 

「しっかしお前も悪い奴だな、白猫。嫁入り前の女の子が両親にも黙って、俺と毎日こんなことしてるなんてな……親御さん、知ったら泣くぞ?」

 

「そ、そんなこと……だって仕方ないじゃない……私は……その……」

 

 可能性が七分へ。布袋から刀を二振り共抜き、鯉口が切られた。それと同時に、信一の目はグレンとシスティーナの2人がいるブナの木へと向けられる。

 声の反響からして、システィーナが木の幹に背中を預け、グレンが彼女に正面から迫っているのだろう。

 

「まぁいい。生憎、ここなら誰もいない。誰に憚ることなく、心置きなくできる。さっそく始めるぞ」

 

 システィーナの身長は毎日並んで歩いてるだけあり、目を瞑ってても完璧に分かる。

 鞘が重力に従って落ち、真銀(ミスリル)特有の美しい蒼銀の刃が日の下に晒された。

 

「……待って…私……まだ……」

 

「悪いな。俺はせっかちなんだ」

 

 可能性が八分へと。

 

 木の幹を見据え、肩幅に開いた両足、その右足を半歩引く。それに合わせ右刀(むーくん)も後ろへと引かれる。重心は七……八……と逢引の可能性が高まると共に右へ傾いていく。信一の態勢はまるで見えない弓に矢を番えるようなものになった。

 

 これは突きの構えだ。

 

「あ…あぅ……その…痛くしないで……」

 

「保証しかねるな」

 

 可能性と右への重心が九分まできた。

 

 狙うはシスティーナの頭上スレスレ、グレンの喉元。

 木の幹を貫き、一気に突き穿つ。

 

「なんつーかお前、イジメ甲斐あるしな」

 

「うぅ……この鬼……」

 

 そして十分に。

 

「《疾くあれ》」

 

 バチイィィィ———ッ!!

 

 頭の中で雷の弾けたような音が響く。

 

 ———ドウゥゥゥッ!

 全ての体重が掛かった右足。まずはその足首を捻り、一気に前方へ。まさに信一が一本の矢になったかのように地面を爆散させながら飛び出す。

 

 足首の捻りは膝、腿、腰……体重をエネルギーへと変えながら下半身を駆け上がっていく。

 だが止まらない。そこから腹へ、胸へ、そして肩へ。

 自身の体重と【迅雷】で解放された人間の潜在能力で生み出される膂力。それを余すことなく乗せた信一の右片手一本突きは幹を突き抜けてその先にいるグレンへ。

 

「うあっっっとおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?」

 

 しかし、さすがは元宮廷魔導士。しかも拳で戦い抜いてきただけあり、驚異的な反射神経で体を捻って避けられた。

 

「チッ……」

 

 仕留めた手応えを感じられず、舌打ちを溢す。

 

 信一の突きにより、一際大きかったブナの木は刀が刺し込まれた部分から上へと()()()()()()()。そのまま裂けたのをいい事に木を飛び越え、左刀(はーちゃん)による追撃を加えようと振りかぶり……

 

「ん?」

 

 そこで初めて見えたグレンとシスティーナの姿に信一は首を傾げる。グレンは突きを避けたので崩れているが、システィーナの姿勢は若干猫背になりながら、半身を作って両拳を顔の前へと置いていた。

 

 これではまるで———2人が拳闘術の組手をしていたかのようだ。

 

「あれ?」

 

 再度、信一は首を傾げる。左刀(はーちゃん)を振りかぶり、右刀(むーくん)を引くというマヌケな態勢で。

 

 

 

 

「———ということなの」

 

「そういうことだったんですね」

 

「うん。でもごめんなさい、秘密にしてて」

 

「いえ、早とちりした俺も悪かったので」

 

 まったく着衣の乱れていないシスティーナから説明を受ける。

 

 毎朝システィーナがグレンと会っていたのは魔術戦の訓練を頼んだかららしい。もちろんグレンも最初のうちは断っていたが、彼女の熱心さに折れて今に至るというわけだ。

 しかし、グレンに魔術の才能がないのはもはや周知の事実。なので魔術戦ではなく拳闘術の訓練になったというわけだ。

 

 グレン曰く、魔術戦も拳闘も根っこの部分は同じらしい。

 

「ですが、何故わざわざ訓練を?」

 

「そのぅ……今まで私って何もできなかったじゃない?テロリストが入ってきた時も、魔術競技祭の時も、私はルミアを守る為に戦えなかった。そんな自分が情けなくて」

 

「ふむ……」

 

 少し肩を落とす信一。自分が守るのでは不安なのだろうか。確かに毎回大怪我をしているが。

 そんな信一の気持ちが伝わったのか、システィーナは慌てて手を振りフォローする。

 

「べ、別に信一が頼りないってわけじゃないのよ!ただ、私にも何かできたらなって」

 

「………………………………」

 

 顎に手を当ててこの状況を考える。信一の率直な意見を言わせてもらえば———この訓練は即刻やめてほしい。

 

 もし……いや、これからも確実にルミアは狙われ続ける。当然ながら戦闘になることもあるだろう。

 そんな時、中途半端な力しか持たないシスティーナに出しゃばられてはルミアを守ることに支障をきたすかもしれないのだ。

 

 もちろんシスティーナの魔術の才能は家族であり従者でもある信一だってよく理解している。しかし才能があって上手く使えるのと、実戦でその力を振るえるかはまったく別の問題だ。

 

 だが、システィーナの力を求める理由も分からないではない。なにせ、信一自身とまったく同じなのだから。

 

「う〜ん……まぁいいでしょう」

 

「いいって?」

 

「お嬢様の気持ちはよく分かります。それに、グレン先生も戦うのは最後の手段と教えたのでしょう?」

 

「あぁ、そりゃあな。まずは逃げることを考えて、どうしようもない時に戦えって最初のうちに教えておいたぞ」

 

「なら構いません。ですが、今まで通り朝食までには絶対に帰ってきてください。ルミアさんが心配しますので」

 

「うん、わかった」

 

 力強くシスティーナが頷いたのを見て、ふぅと安堵の息が漏れる。

 怪我する可能性もあるが、戦闘の為の訓練なら仕方がない。あまりしてほしくはないが。

 

 そんな気持ちを胸にしまい、信一はグレンへと振り向く。

 

「それはそうとグレン先生、ちょっと提案なんですが」

 

「ん、なんだ?」

 

「俺と手合わせしませんか?もちろん拳闘で」

 

「えっ!?」

 

 いきなりの提案にシスティーナは声を上げるが、グレンは首を傾げるだけ。手合わせするのは構わないが、その理由を尋ねてるようだ。

 それを察し、軽く微笑んで言葉を続ける。

 

「特に理由はありません。単に自分の実力がどれほどが気になっただけですよ」

 

「お前、拳闘できたのか?」

 

「昔父さんから護身術程度に習いました。それに、刀が折れたから戦えません見逃してくださいは実戦じゃ通じないでしょう?」

 

「そりゃそうだ」

 

 ニヤリと笑い、グレンは拳を鳴らす。案外彼も技術を競い合うのは嫌いじゃないようだ。

 

「あ、でも怪我したからって体罰とか騒ぐなよ?そろそろ学院からの減給がマイナスになって俺からお金を払わなきゃならなくなりそうなんだ」

 

「どうしてそこまでやらかしてるのにクビにならないか心底不思議ですよ」

 

 ハァ、と呆れたため息を一つ。しかし、彼にクビになられるとルミアを守るのが難しくなるので、内臓売っ払ってでもグレンには講師を続けてもらいたい。

 

「え?え?本当にやるの?」

 

「そんな慌てなくても、ただの組手ですよ。【迅雷】だってつかいませんし。ルールはどうします?」

 

「う〜ん……寸止めでもいいけど、当てた方が面白いだろ」

 

「じゃあ一本勝負で」

 

「いいぜ」

 

 信一とグレンはシスティーナから少し離れ、さらにお互い三歩分距離を取って構える。

 

 グレンの構えは帝国軍式格闘術。両拳を顔まで上げ、左半身を前に出す。タンタンとステップを踏み、いつどこからの攻撃でも対応し、反撃もできる自由度の高いものだ。

 

 対して信一の構えは拳闘術に精通するグレンから見ても異質。左半身はグレンと同じ。両手は共に開き、右手は腰に、左手は前へ。

 特筆すべきは大きく斜めに開かれた脚。踵は完全に地面へと着いている。

 

「へぇ、静の構えってやつか?」

 

「えぇ」

 

 静の構え———主に防御やカウンター狙いの構えだ。自分は動かず、相手の動きに合わせる。

 

 見た所信一の構えでは、前に出した左手で攻撃を捌いて右手か右脚で反撃をするものだろう。そこまで読めれば容易い。

 

「———シッ!シッ!」

 

 先に動いたのはグレン。左ジャブ2発による牽制で接近しながら信一の左手を巧みに誘導し、攻撃の意識を顔へ。

 そこから間合いに入った瞬間、ムチのようにしなるローキックを叩き込む。

 

「ととっ……よ」

 

 咄嗟に反応し、ローキックに対して自身の脛を使ってカット。ガスッという骨と骨のぶつかる硬い音が響く。

 そこからカウンターに移行。カットに使った脚を下ろさず、上半身の捻りと軸脚の返しのみでミドルキックを振り抜く。

 

 だが、グレンはスウェーで避けた。が———

 

「ハッ!」

 

「んなっ!?」

 

 振り抜いた脚で地面を蹴り、掛け蹴りで今度はグレンの顔面を狙う。

 まさか避けた脚と同じもので攻撃してくるとは思わなかったグレンは咄嗟に両腕を上げて信一の踵を受け流す。

 

「まだ終わりませんよ!」

 

 受け流された勢いを殺さず再度振り抜いてからの旋風脚。もはや防ぐ手段を持たないグレンは下がってやり過ごす。

 しかし信一の追撃は止まらない。

 

 ——バッ!ババッ———

 

 地面に手を着き、それを軸にさらに回る。その勢いで飛び、空中で地面と水平に体を倒して袈裟懸けに浴びせ蹴り。それを避けられれば槍のような後ろ蹴りでグレンの鳩尾を狙う。

 

「チッ……」

 

 思わず舌打ちが漏れる。動きがアクロバットなので、魅せ技っぽさもあるが、蹴りを避けた時に顔へと当たる風圧は間違いなくれっきとした攻撃であることを物語っていた。

 

 猛攻は続く。

 牽制の前蹴りを放つがグレンに横へと払われる。しかしそれを見越してたかのように払われた勢いで体を回し、斬りかかるように側頭部への手刀。振り抜いてからの喉元へ貫手。

 

 蹴り技もさることながら、手技もそれなりに速い。しかも信一の手技は拳だけでなく、掌底、手刀、貫手、微かな距離の違いと当てる箇所によって巧みに使い分けている。

 

(これじゃあジリ貧だな……クソ)

 

 最初のうちは少し揉んでやろう程度だったが、少し本気を出さねばならない。

 

 横殴りに迫ってくる顎狙いの掌底をダッキング———潜るように避け、レバーを狙って左ボディ。

 対処できるタイミングではないと確信したが、

 

(マジかッ……)

 

 信一は避けられた掌底打ちを肘を支点にして90°回転。グレンの拳に当て、その勢いを使って()()()で片手側転を切り、彼の側面に回り込んだ。

 

「サァッ」

 

 ———ズバゥ!

 

 空気を斬り裂くような上段回し蹴り。さすがに避けることもできず、グレンは両腕を上げて上腕筋をクッションにして受ける。

 

(重い……っ!?)

 

 態勢が崩れた。ならば、一気呵成に畳み掛ける。

 

 左手を開いて前へ、右手は貫手を作り思いきり引く。

 右脚で一歩。力強く地面へと踏み込み、左手を引いて背骨を滑車のように使い、右の貫手を射出。狙いはグレンの喉元。

 

 全身の勢いを乗せた貫手が喉に当たると、さすがのグレンも死ぬのでこれは寸止めに留めるつもりだ。

 

(入った!)

 

 勝利を確信し、いつものウザったらしい顔が焦りに染まっているだろうとグレンの顔を見る。

 

 

 

 

 ———ニヤリ。彼は獲物が罠にかかったことを喜ぶ狩人のような笑みを浮かべていた。

 崩れた態勢でありながら、信一の貫手を両腕で絡める。そこから敢えて態勢を立て直さず、グルン!

 

 瞬間、信一の視界が上下逆になる。

 

 一本背負い———相手の腕一本に組みついて投げる技。見た目も派手なソレが信一へ綺麗に決まり、勝負は決した。

 

 

 

 

 

 

 システィーナに膝枕をしてもらいながら、グレンが汲んできてくれた水を一口煽る。やはり体を動かした後の冷えた飲み物は格別だ、と少々おっさんくさいことを考えながら信一は組手の反省点を考えていた。

 

 だが、分からない。グレンの方が上手(うわて)だったと言われてしまえばそれまでだが、それにしたって何か改善点が欲しい。

 

「信一、本当に拳闘もできたのね」

 

「父に習ったのを剣術に合わせてちょっとアレンジしたものですけどね」

 

 やはり独自に改良したのがまずかったのだろうか。我流で鍛えると、どうしても悪癖が付いてしまう。そこを突かれた可能性が高い。

 

「剣術に合わせたってことは……あぁ、そういうことか」

 

「何かありましたか、先生?」

 

「いや、だから随分と腕や脚を振り抜いてたんだなってな。本来拳闘は『打ったら引く』っていうのが定石だからさ」

 

 戦闘において、相手に背中を見せるのはほとんど自殺行為に等しい。熟練者なら、ほんの一瞬であろうとそこを突いて食い破ってくる。

 本来信一は刀を握っていてリーチがあるので隙を突かれることはなかったが、拳闘においてはそうはいかないらしい。

 

 信一は小柄なので、刀を持っていようとリーチが短い。それを補う為に蹴り技も多数習得していたのだが……と、ここまで考えて自分の敗因に気付く。

 

「決め手を手技にしたのが悪かったのでしょうか?」

 

「かもな。お前の蹴りは脅威的だが、手技はそうでもない。両手に刃物を持って初めて成り立つもんだったよ」

 

「そうですか……」

 

 どうやらこれが改善点らしい。毎朝の日課に素手による攻撃の素振りも加えたほうがいいようだ。

 

 そこまで考えて、信一はダメ元でグレンにもう一度提案する。

 

「先生、今度は【迅雷】使っていいですか?」

 

「やめろ。俺が挽き肉になる」

 

「えぇ〜」

 

 受け入れてもらえなかったが、特に残念な気分にはならない。

 

「こ〜ら。背中打ちつけたんだから無茶しちゃダメよ」

 

「……それもそうですね」

 

 膝を貸しているシスティーナは手慰みに信一の頭を撫でる。

 

 実は完璧に受け身を取っていたので全然動き回れるが、素人のシスティーナにはそれが見切れていない。なので、珍しく彼女が優しくしてくれるのを良い事に信一は甘えることにした。

 それをグレンは見抜いているのだが、余計な事言ったらぶった斬るという殺意の篭った視線で睨まれたので何も言わない。

 

 それからはなんとなく拳闘の話で盛り上がり、本日の早朝訓練はお開きとなった。

 

 

 

 

 

 屋敷に戻った2人は素早く交代で湯浴みを終え、信一は朝食の支度を、システィーナはルミアを起こして向かう。

 それからはいつも通り。他愛もない会話に花を咲かせ、3人は今日も仲良く学院へ向かう。

 

 いつもならこのまま学院まで3人のままだが、魔術競技祭が終わってからは十字路で4人目が合流することになっていた。

 

「あ、先生!おはようございます!」

 

 ルミアが嬉しそうに噴水の前に立つグレンへ挨拶をする。それに合わせ、信一とシスティーナも会釈。

 

 この噴水のある十字路は、グレンの赴任初日にひと騒動あった場所だ。突っ込んでくるグレンを信一が噴水まで(無理矢理)送り届け、ご臨終一歩手前までいった場所。そこにこうして挨拶を交わしながら集まるということに、不思議な面白さを感じる。

 

「先生、朝食は食べましたか?」

 

「いや。今日も元気にシロッテの枝生活だよ」

 

「だったらこれ、良かったらどうぞ」

 

 信一は持ってきていた小振りなバスケットを手渡す。

 

「サンドウィッチです。少し行儀が悪いですが、これなら歩きながら食べられるでしょう?」

 

「おぉ!サンキュー信一!!」

 

 早朝色々と付き合わせてしまったし、少し前からシスティーナが世話になってたらしい。あまりこのロクでなしを甘やかすのはよくないが、餌付けと考えればいい。

 

 グレンはさっそくバスケットを開けてサンドウィッチを摘みながら歩き出した。3人もそれに続く。

 

「あ、そういえば先生。今日、編入生が来るんですよね?」

 

「あぁ……ムグ…モグモグ……仲良くして………ゴクン……やってくれ」

 

「食べながらしゃべらない!」

 

 ルミアは楽しげに、システィーナは説教ぽくグレンに話しかけ、信一はそんな3人を半歩後ろから優しい眼差しで見守る。いつもの平和な光景だ。

 

「……あれ?」

 

 そんな光景に、今日は何か別のものが混ざっていた。

 

 学院正門の前に、制服に身を包んだ見慣れない小柄な少女が佇んでいる。特に目立つのは長く鮮やかな青髪。アルザーノ帝国では珍しい部類だ。少なくとも学院にあのような髪色をした女生徒はいなかったと記憶している。

 

(てことはあの子がルミアさんの言ってた編入生かな?)

 

 首を傾げながらその少女を見ていると、あちらも自分たちに気付いたようだ。

 すると、石畳に何かを呟きながら手をつき———持ち上げる。大剣を。

 

「なっ!?」

 

 そして、おもむろにこちらへと大剣を構えながら駆けてきた。速度は空間を飛ばしているかのように速い。

 

「2人とも下がって!」

 

 そう言いながら信一は腰からナイフを抜く。布袋から刀を出す時間すら惜しいほどに、少女の駆ける速度は人智を超えていた。

 

(このナイフじゃあの大剣は防げない。となると……)

 

「《疾くあれ》」

 

 バチイィィ———ッ!

 

 バキッ……バキバキッと身体中の筋肉が引き絞られる音が響く。

【迅雷】を起動。人間の持ち得る潜在能力を80%ほど一気に解放しつつ、青髪の少女を見据える。

 

 少女は跳躍し、重力も合わせて稲妻のような縦一閃を振り下ろそうとしていた。

 

 大気との摩擦で刃を赤熱化させ、相手の武器を融解と共に斬り飛ばす———『殺刄(サツジン)』を使おうと少女の大剣が振り下ろされる軌道を【迅雷】で強化された脳で演算すると……

 

(……ん?)

 

 何故か大剣はグレンに振り下ろされるようだった。

 よく見ると、少女は無表情ながらもグレンに視線を固めている。

 

 まぁせっかく【迅雷】を起動したし使わないのはもったいないので、とりあえずグレンの肩を軽く蹴り込んでおく。しかし、侮るなかれ。

 

「どぉおわぁあああああッ!?」

 

「「 せ、先生ーッ!? 」」

 

 常人の40倍の筋力で蹴られれば、それが軽くであろうととんでもない威力となる。それを証明するように、グレンはまるでボールのように蹴られた方向へと転がっていった。

 システィーナとルミアの悲鳴にも似た声が響く。

 

 気にせず、グレンが持っていたバスケットを空中でナイフを取っ手に引っ掛けて回収。ナイフの先でグルグルとバスケットを回転させながら空中に散らばったサンドウィッチを【迅雷】の動体視力をフルに使って見事一つも取り零さず収めた。

 

「……グレン、どこ?」

 

「あっち」

 

「ありがとう」

 

 突如消えたグレンの行方を少女に尋ねられ、信一は正直に答える。少女は一言お礼を言ってまた元気良くグレンに斬りかかりにいった。

 

 どうやら狙いはグレン1人のようなので、信一は即座に他人のふりをしてシスティーナとルミアの手を引き、学院を目指す。





はい、いかがでしたか?リィエルちゃん、襲来しましたね。

基本家族優先のオリ主は、グレンだけが危ない目に遭うのならトカゲの尻尾みたいに切り捨てます。そういう奴です(笑)

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