超速い慇懃無礼な従者   作:技巧ナイフ。

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待たせたな(イケボ)

少女家庭の事情で遅くなりました。

今回はちょっと長めです。1万文字超えです。読むのなら通勤通学の移動時間にどうぞなレベルです。

それでは、どうぞ!


第17話 超強い一騎当千の死神

 昼休みも終わり、午後の競技が始まった。

 

 今行われている競技は『遠隔重量上げ』。

 白魔【サイ・テレキネシス】を駆使して、鉛の詰まった袋をどこまでの重さまで持ち上げられるかを競うものだ。

 二組の生徒はテレサが出場している。

 

 そんな競技場の様子に最低限の気を配りながら信一とシスティーナはキョロキョロ辺りを見回していた。

 

「ルミア、どこいったのかしら……」

 

「お手洗い……は昼休み前に行っていましたしね」

 

「うん……」

 

 昼休みの途中で別れてからどうもルミアが見当たらないのだ。

 さすがに1年以上通っている学院で迷子になったとは考えにくいし、なにより彼女はそこまでアホじゃない。

 

 何かあったのかもしれない。その考えが頭によぎり、信一はシスティーナに射影機を渡す。

 

「お嬢様、俺探してきます」

 

「ちょっと待って。一応先生に聞いてみない?もしかしたら知ってるかもしれないし」

 

「……なるほど」

 

 2人とももう気付いているが、ルミアは担任であるグレンに恋慕の情を抱いている。もしかしたら昼休みの途中で別れた後、グレンに会いにいったのかもしれない。

 

 そう考え、壁に背を預けて競技を眺めているグレンに近付く。

 

「先生」

 

「あ? どうした2人とも」

 

「ルミアがいなくなっちゃって……どこ行ったか知らない?」

 

「……あぁ、ルミアか」

 

「何か知ってるんですか、先生?もし知っているのなら過不足無く……」

 

「話す!話すから刀に手をかけないでくれ!?」

 

 ぶんぶん両手を振って布袋から刀を取り出そうとする信一に抵抗の意思が無いことを示す。この生徒、家族のこととなるとマジ怖い。

 

 グレンは2人を手招きし、耳を貸せと合図を出す。それに従い、2人はグレンの口に耳を寄せる。

 

「実はな、昼休みの最中に女王陛下がルミアに会いに来たんだ」

 

「「 んなっ!? 」」

 

「だけどアイツ……仕方なかったとはいえ、自分を捨てた陛下を母親と認めたくなかったみたいでな。『私は陛下の娘じゃない』ってはっきり言っちまいやがった」

 

「そんな事が……」

 

「まぁ、だから今は1人になりたいのかもな」

 

 グレンの簡潔な説明でも充分伝わった。確かに、今のを聞いてしまえば自分たちもルミアになんと言ってやればいいのかわからない。

 

 だが、それならなおさら……

 

「先生、悪いんだけどルミアのところに行ってあげて?」

 

「いや、白猫。こういう時は1人にさせておいたほうが……」

 

「そうですね。先生、行ってあげてください」

 

「信一まで……」

 

 辛い時、1人になりたいと思っても心のどこかで人の温もりを求めているというのは珍しい話ではない。もちろん人にもよるだろうが。

 

 少なくとも信一はそうだった。フィーベル家に来たばかりの頃、与えられた部屋で1人塞ぎ込んでいたが何も解決なんてしなかった。銀髪の少女が自分の手を引いて部屋から引きずり出してくれなければ、今もそのままだった可能性すらある。

 

「行ってあげてください。ルミアさんをお願いします」

 

「……わかったよ」

 

 信一に真剣な眼差しで射抜かれ、グレンは諦めたようにため息を1つ。しかし口元には小さな笑みを浮かべている。

 

「んじゃ、ちょっくら行ってくる。白猫、クラスの連中は頼んだ」

 

「任せて!」

 

「あ、ちょっと待ってください」

 

「なんだよ?」

 

 悩める生徒に颯爽と駆け寄る理想の先生になりきっていたグレンは、呼び止められたことで不機嫌そうに振り向いた。

 そんなグレンに信一は悪戯っぽく笑って問いかける。

 

「なんか朝より顔色が良いようですが、何かあったんですか?」

 

「あぁ。ルミアがな、サンドウィッチ持って来てくれたんだ。捨てる予定のものだから良かったらどうぞ、って」

 

「へぇ。ルミアさんがサンドウィッチですか……」

 

「なんかどこぞの可愛い女の子が気になる男の為に作ったんだけど、渡しそびれたんだとよ」

 

 察しの悪い男もいるもんだよなぁ、とグレンは見ず知らずの『可愛い女の子』に気の毒そうな言葉をぼやいた。

 

 それを聞いて、信一は思わずニヤける口元を隠しながらさらに問う。

 

「でも、捨てる予定のものだったなら美味しくなかったんじゃないんですか?」

 

「いやいや、それがな!!」

 

 ふふん、と自慢気に胸を張るグレン。

 

「めちゃくちゃ美味かったんだよ!本格的なパン屋でもそうそう売ってないくらいフワッフワのパン!そこに挟まれた具材の数々!味付けも一緒に挟まっている具材を引き立てさせ合う最高のコントラストだったぜ!しかも彩りが綺麗で目にも楽しい!ぶっちゃけ、あんなに美味いサンドウィッチは初めて食ったよ!」

 

「そ、そうですか……」

 

 教師辞めて食レポでも始めたらいいんじゃないだろうか? 語彙力的に売れないとは思うが。

 

 そう考えながらあまりの熱弁にドン引きする信一の後ろには、耳まで真っ赤になったシスティーナがいる。

 

「いや〜、ホントに美味かった。あんなに美味い料理を作れる女の子が気になってる男ってどんな奴なんだろうな?ここだけの話、女の子の気持ちも察してやれない奴なんてロクでもない甲斐性なしな男だとは思うけど」

 

「はは、そうですね。きっとロクでもなくて、甲斐性もなくて、おまけに社会の適合能力もない肥溜めに群がるハエのような男でしょうね。死んでほしい〜」

 

「さすがにそこまでは言ってないんだが……」

 

 ひどい言い草に顔が引き攣るグレン。信一が真っ直ぐ目を見てるので、まるで自分が言われているような感じがする。

 

「ま、とにかくだ!そんな美味いサンドウィッチを食べた俺は元気全開だからな。ルミアを探してくるよ」

 

「えぇ、お願いします。呼び止めてすみませんでした」

 

 なんだか信一が怖いので、グレンは逃げるようにルミアを探しに行った。

 

 それを見送り、後ろで耳まで真っ赤になって俯いているシスティーナの顔を覗き込む。

 

「良かったですね、お嬢様。美味しく食べていただけて」

 

「……サンドウィッチのパンを焼いたのは信一じゃない」

 

「それ以外の味付けや具材の組み合わせはお嬢様がやったじゃないですか」

 

「むぅ……」

 

「隙あり!」

 

 リンゴのように赤くなっているシスティーナの手から預けておいた射影機を奪い、彼女の顔を撮像する。

 

「あ、ちょっと!なに撮ってんのよ!」

 

「あはは〜、照れてるお嬢様が可愛くてつい」

 

「べ、別に照れてないわよ!」

 

「え〜そうですか〜?」

 

 慇懃無礼な態度でニヤニヤといやらしい笑みを浮かべる信一。とにかく顔がウザい。

 

「う、うぅ〜……」

 

 それに対し、システィーナは顔がリンゴのまま言い返せずに睨むだけ。それを見ているとなんというか、信一は自分の秘められた何かが目覚めそうだった。

 

 しかし、あまりからかい過ぎると暴力に訴えてくる可能性があるのでここでやめておく。さすがに【ゲイル・ブロウ】で吹っ飛ばされるのは勘弁願いたい。

 

 そう考え……

 

「お、テレサが二位みたいですね」

 

 くるっと身を翻して、競技場からクラスのみんなに手を振っているテレサを撮像する。

 ただ逃げるだけでなく、仕事を全うすることで攻撃しにくくさせるというシスティーナには効果的な策だ。5年間従者として働いている信一ならではの技である。

 

「……ありがと、信一」

 

 だから技を使っている信一の耳に、システィーナの呟きは届かない。

 

 

 

 

 

 

 朝比奈零は自分の前を歩くアリシアになんと声をかけていいかわからないでいる。

 いつも通り肩で風を切るような毅然とした歩き方のはずなのに、どこかアリシアの背中は哀愁が漂っていた。

 

「アリス」

 

「……なんでしょう?」

 

 なんとか彼女を呼ぶ。しかし、それからなんと言えばいいかわからない。とりあえずは謝ったほうがいいだろう。

 

「その……すまなかった。俺が余計な世話を焼かなければ……」

 

「零のせいではありませんよ。あなたは友人として、私の背中を押してくれただけです」

 

「でも……」

 

 自分が背中を押したせいで彼女は娘から拒絶された。それは紛れも無い事実だ。

 

「少し……浮かれてたみたいです。久しぶりに娘に会えると浮かれて、あの子の気持ちを察してあげられなかった。これでは母親失格ですね。……いえ、あの子を捨てた時点で私に母親を名乗る資格なんてなかった」

 

「………………………」

 

「頭ではわかっていても……やはり………」

 

 彼女は振り返る。そこには弱々しい笑顔が本来の感情を隠す仮面のように貼り付いていた。

 

「———家族に拒絶されるのは悲しいものです」

 

「……………………」

 

 何故自分はアリシアだけでなく、彼女の娘の気持ちも考えてやれなかったのか。何故自分はこの状況を想定できなかったのか。

 

 理由はわかっている。

 

 ———自分は彼女達親子がわだかまりを解消するところを見届けて、勇気が欲しかったのだ。

 自分も彼女達のように息子とのわだかまりが無くなると、そう思いたかった。

 

 だが結果は違った。ただ彼女達の軋轢が浮き彫りにされただけだ。

 

「陛下!」

 

 悲しげに俯くアリシアに零ではない声がかけられる。

 貫禄のある男性の声。王室親衛隊隊長であるゼーロスのものだ。

 

「ゼーロス……!」

 

 彼は親衛隊の衛士を5人ほど引き連れ、アリシアに近付く。

 

 親衛隊の前ではアリシアも女王として振舞わねばならない。気持ちを切り替え、表情を公人としてのそれに変える。

 

「見つかってしまいましたね。勝手に外を出歩いてしまってすみま……っ!?」

 

 アリシアが謝罪の言葉をかけようとすると、突然ゼーロスが引き連れていた5人の衛士が零ごと彼女を取り囲んだ。

 

「申し訳ございません、陛下。至急、貴女の耳に入れておかなければならない話があります」

 

「———今すぐここで話せ」

 

 考えたくはないがこの状況、親衛隊がアリシアに危害を加える可能性がある。

 零は腰の刀に手を乗せ、アリシアを守るようにゼーロスの前へと立ち塞がった。

 

「貴様……!」

 

 取り囲んでいる衛士の1人がその態度に怒気を込めた声を上げた。

 だがゼーロスは手でそれを制し、説明を始める。

 

「———なので陛下、ルミア=ティンジェルを殺さなくてはなりません。このアルザーノ帝国に住む全ての国民の為。ひいては陛下の為にも」

 

「そんな……」

 

 ゼーロスの説明を受け、アリシアは口元を抑えてわなわなと震え始めた。無意識に首元へ手が伸びるが、そこにいつも身につけているロケットはない。あるのはこの状況を作り出した元凶だけ。

 

「我等はこれよりルミア=ティンジェルを討ちに参ります。陛下はどうか、貴賓席でお待ちください」

 

 それだけ言い残し、ゼーロスは親衛隊を引き連れてルミアの元に向かおうと踵を返す。

 

 しかし、

 

「待ちなさい、ゼーロス」

 

 アリシアが呼び止める。それに対し、ゼーロスは心から悲痛な面持ちで振り返る。

 

「……心中お察しします。しかし、貴女はこの国の女王。どうかご決断を」

 

「いえ、それについてはもう大丈夫です。一度は捨てた娘。もう未練などありません」

 

「では何か?」

 

「貴方は私の元にいてください。代わりに彼を」

 

 そう言ってアリシアは後ろで黙って話を聞いていた零を指す。

 

「彼なら必ずやルミア=ティンジェルを討ちます。しかし、それ以外の手段で他の者が仕掛けてくる可能性も否定できません。なので貴方は親衛隊隊長として私を1番近くで守ってください」

 

「承知しました」

 

 女王の言葉とあれば是非もない。それに、特務分室所属の零ならば間違っても小娘1人を討ち漏らすことなどありえないだろう。

 態度は飄々としているが、実力は女王から太鼓判が押されているほどだ。

 所属が違うことで他の衛士たちは少し不満そうだが、目的は同じ。零なら問題ないという確信はゼーロスにもある。

 

「彼と連携を取りつつ、なんとしてもルミア=ティンジェルを殺すのだ。年端もいかぬ少女だが躊躇うな。全ては陛下の為に」

 

「「「「「 はっ! 」」」」」

 

 ゼーロスの号令に呼応し、5人の衛士は使命感にあふれた表情でルミアの元に向う。

 

「……頼みましたよ、零」

 

「任せろ」

 

 彼らの後をついて行く為、その方向に歩き出すと自然とアリシアとすれ違う。瞬間、彼女は零に呟いた。

 その声音のから彼女の真意を全て読み取り、頷く。

 

 この状況で誰もが望むハッピーエンド。ルミアは死なず、アリシアも無事。誰1人死者を出すことなく、魔術競技祭を終えるという雲を掴むような話をアリシアは望んでいる。

 

 そしてそれは零1人では不可能だ。しかし、実現させる為に必要な人物に心当たりがある。

 

「ハァ……とんだ貧乏くじだな」

 

「何か言ったか、『死神』」

 

「んにゃ、なんでもないよ」

 

 ため息混じりの独り言に衛士の1人が反応を返してきた。

 

 彼らの歩みに迷いはない。どうやらルミアの居場所は既に突き止めているようである。

 

 ……それにしても、5人全員が剣術に関しては達人の域だなぁ。

 

 暇つぶし程度に所作を見ていてわかったが、彼等は王室親衛隊の中でも剣術に関して言えば精鋭になるのだろう。もちろん奉神戦争を生き抜いたゼーロスには遠く及ばないが、それでも一対一の勝負であれば勝ち星が多い部類だ。

 

 伊達や酔狂で宮廷魔導士の白兵戦戦術顧問をやっているわけではない。白兵戦の実力を見抜く自身の目には絶対の自信がある。

 

「———いたぞ」

 

 親衛隊の1人が顎をしゃくって示した先には神妙な表情で会話するルミアの姿。彼女は手に首から下げた何かを握りながら———グレンと話していた。

 

 ……ツイてるな。アイツもいるのか。

 

 午後の競技が始まった時点で競技場に戻ったとばかり思っていたが、ずっとルミアに付いていたのか。それとも一度は戻ったのか。

 

 どちらにしろちょうど良い。彼はアリシアの望むハッピーエンドに絶対必要なカードだ。

 

「ルミア=ティンジェル、だな?」

 

 親衛隊がルミアを囲みながら尋ねる。

 

「はい、そうですけど……」

 

「恐れ多くもアリシア七世の暗殺を企てたその罪、弁明の余地なし。貴殿を不敬罪、及び国家反逆罪で処刑する!」

 

 さきほど零の独り言に反応した衛士が告げ、それを合図に5人が一斉に腰の細剣(レイピア)を抜き放つ。

 あまりにも突然の事態に、ルミアは口をパクパクと動かすだけ。

 

 そんな彼女の様子を見て、グレンは親衛隊とルミアの間に割り込む。

 

「どういうことだよ、ルミアを処刑って?何かの間違いじゃないのか?」

 

「部外者に開示の義務はない。その娘を渡せ」

 

「断る。裁判も無しに処刑なんてありえねぇだろ!いつから帝国は……」

 

「これは女王陛下直々の勅命である。聞けぬとあらば、貴様も不敬罪に処すが?」

 

 うぐっと、グレンには歯噛みすることしかできない。

 

 アルザーノ帝国において、女王の言葉は国の言葉。国民である以上、その言葉にはなんとしても従う義務がある。例えそれが命を差し出すものであっても。

 

 だがルミアと女王、双方の事情を知っているグレンにはどうにもこの勅命は納得いかない。なので女王とも友人であり、なおかつ自分の元同僚でもあった男———この状況を静観している零に目を向ける。

 

「おい、零さん!あんたから説明してく……ガッ!?」

 

「寝てろ、グレン」

 

 瞬き1つ。ほんの刹那のひと時で距離を詰め、グレンの腹に腰に差してある刀の柄頭を叩き込む。それだけでグレンは地面に倒れ伏した。

 

「先生!!」

 

「安心して良い、ただ寝てもらっただけだよ。ちょっと時間が経てば後遺症も無く起き上がれる」

 

 泣きそうな彼女を見据え、優しく言ってやる。

 

 その雰囲気にルミアはどこか既視感を感じた。なによりグレンが呼んだ零という名前、腰の刀、宮廷魔導士団の礼服。

 

「もしかして……シンくんのお父さん?」

 

「君の言う『シンくん』というのが朝比奈信一のことなら正解だ。俺は信一の父親だよ」

 

 にっこり笑いかける。その笑顔からは何も感じ取れない。自分の家族である信一のような優しさは無い。だからと言って女王暗殺を企てた大罪人に向ける敵意も無い。

 

 本当に何も無い。

 

「知り合いだったのか?」

 

「俺の息子と暮らしてる子でね」

 

「そうか」

 

 衛士の1人がどこか憐憫の浮かぶ目で零を見た。

 

 なにやら息子の婚約者とでも勘違いしたのだろう。だが、それも衛士にとっては栓無きこと。

 零の家族であろうと、彼はルミアを討つ為に動いている。彼がとっくに見捨てているということは自明の理だ。

 

「目を瞑り、動かぬことだ。我らも貴殿をいたずらに痛めつけるつもりはない」

 

「……はい」

 

 そう告げ、衛士が細剣を引く。狙いは心臓。一撃で刺し、即死させる。それが女王を暗殺しようとした罪人に与えられる最後の慈悲だ。

 

 ルミアも諦めがついたらしく、目をゆっくりと閉じる。

 

「いくぞ」

 

「お願いします」

 

 涙が一筋、ルミアの頬を流れる。それと同時に放たれた突きは寸分違わずルミアの心臓に向かい、次の瞬間———

 

 

 ———パキイィィィッ!

 

「ぐあっ!?」

 

 何か細い金属が折れる音と()()の悲鳴が立て続けに上がった。少し間を空け、ドサっと人が倒れるような音も響いた。

 

「……なんのつもりだ、『死神』」

 

 

 別の衛士が低くドスを効かせた声音でルミア……正確にはルミアのいる方向に向けて言い放つ。

 未だに自分が死んでいないことを理解したルミアは目を開ける。その目に映るのは、宮廷魔導士団の礼服に身を包んだ男の背中。

 手には袈裟掛けに振り抜いた刀を持ち、残心の姿勢を取っていた。

 彼の足元には自分を刺し貫こうとした衛士が1人、ゴミのように転がっている。

 

「気が変わった」

 

 あっかからんと言ってのけるその姿を信じられない気持ちで見つめる。

 なにより目を引くのは彼が持つ刀。

 

「金色の……刀……?」

 

 その刀身は美しい金色に輝いていた。

 

 驚愕の声を漏らすルミアをチラリと振り返り、零は笑う。さきほどとは違う、優しさを多分に含んだ自分の家族と同じ笑顔だ。

 それから残り4人の親衛隊を見据えて不敵な笑みに切り替える。

 

「この子、友達の娘でもあるんだ。それに息子と暮らしてるし、みすみすこの子を見捨てたとあってはアイツに嫌われちまう」

 

「ふざけているのか?そのような理由で女王の命に逆らうと?」

 

「アホか。家族に嫌われることは女王の命令より重いんだよ。特に単身赴任の親父にはな」

 

 親衛隊は即座に零を囲み、細剣を構える。

 

 王室親衛隊の闘い方は数で囲んで逃げ場を無くし、同時に突きを放って殺す。

 元より細剣は形状の都合上、突きを放ちやすい。そして剣術において、突きは対処の難しい一撃。それを四方から撃たれればどんな達人でも対処しきれないだろう。しかもそれを放つ4人も達人とあってはなおさら。

 

 しかし侮るなかれ。

 

「俺は魔導士だけど魔術は苦手でね。だからこいつ()で遊んでやるよ。お前ら親衛隊も斬り合い(チャンバラ)のほうが得意だろ?」

 

 4人の達人に囲まれてなおも笑い続けるこの男は一騎当千の猛者。4人の達人程度、なんの障害にもならない。

 

「我らを愚弄するか!!」

 

 零の挑発を受け、4人は裂帛の声と共に突きを放つ。

 感情的になっても、その剣の冴えに一切の曇りは感じられない。そこは賞賛されるものだ。

 

 ……逆に言えばそれだけだがな。

 

 集団における細剣の使い方は教科書通り。四方向から心臓への突き。

 

 確かに首を狙えば屈んで避けられ、アキレス腱を狙えば飛んで避けられる。心臓というなんとも対処の難しい高さを突きで狙うのは基本中の基本。まさに教科書通り。

 

 だが、対処が難しい高さというだけでできないわけではない。

 例えば———

 

 

 

「そりゃっ!!」

 

「うがァっ!?」

 

 ———心臓の高さより高く飛ぶ。

 

 ドガァ——ッ!

 

 零は体を丸めて飛び上がり、空中で横に寝かせて正面から攻撃してきた衛士の顔面にドロップキックを叩き込む。

 

 両手と両足を同時に伸ばすことで、人体で1番威力の出る蹴りだ。

 

 蹴りを放った態勢のまま地面に落ち、蜘蛛のように四肢で這う。そこから刀を持ったまま逆立ちし、隣の衛士に踵を振り下ろす。

 

 体重と遠心力の乗った踵落としは容易く衛士の意識を刈り取った。

 

 細剣の突きが放たれ、引き戻す間に親衛隊2人を無力化。この時点で格の違いは明白だ。

 だが、親衛隊にも意地がある。

 

「いよっと!」

 

 地面に足が着いたと同時に体を回しながら片手で金色の刀が振るわれる。狙いは首。刀身は返され、峰打ちということで殺傷能力は格段に落とされていた。

 

 ……あくまで我らの無力化が狙いかっ!

 

「舐めるなアァァァァッ!!」

 

 迫る金色の刀身を衛士は意地で絡める。

 無力化が目的とあって力も大して入れず、なにより片手で持っていたこともあって簡単に頭上へ飛ばされた。

 

「マジか」

 

「我らに逆らったことを悔いて死ね、『死神』!」

 

 相手の武器を奪い、なおかつ態勢も崩れたとあって完全に無防備。

 零の後ろから別の衛士が心臓に向けて突きを放つ。

 

 見事なコンビネーション。大抵の賊ならこれで終わる。

 

 

 

 

「ん?やだ」

 

 零は左手を思いっきり振り下ろし、腰に差して僅かに体の前面へ出ている鞘を上から叩く。

 

 

 パコゥ——ッッ!!

 

 

 鞘は梃子の原理で腰を支点に、後方へ出ている部分が空気を裂きながら弾き上がっていった。後ろの衛士の顎を打ち、失神させる。

 

 動きは止めない。そのまま前面に出ている鞘を逆手で掴み、指で留め具を外して素早く抜く。逆手斬り上げの要領で放たれた一撃は、刀を頭上に絡め飛ばしたことで無防備になった最後の衛士の顎をかち上げた。

 

 零を挟んでいた衛士2人が空中で仰け反るように体を浮かせ……バタン。

 ほぼ同時に地面へと落ちた。

 

 それを見ながら、零は鞘の口を真上に向けてアドバイスを送るように言う。

 

「お前らに女王の警備はまだ早い。自宅の警備からやり直しな」

 

 言い終わると同時。頭上に飛ばされていた金色の刀が重力に従って落ちてくる。そして———チャキンっと小気味好い音を立ててなんの抵抗もなくスルリと零の持つ鞘に収まった。

 

 

 

 

 

 

「よお、怪我はない?」

 

 零は刀の収まった鞘を腰に差しながらルミアに尋ねる。

 

「は、はい!その……ありがとうございました!」

 

「いえいえ、殺そうとしたのはこっちだし」

 

 礼儀正しい子だなぁと感心するように笑いかける。少々言ってることは頭オカシイが、基本零はこんな感じである。

 

 ポンっと一瞬ルミアの頭に手を乗せ、それから地面に転がっているグレンをゲシゲシと蹴り始めた。すると、すぐに彼は体を起こす。

 

「よおグレン。さっきぶり」

 

「たく……あんたのことだから、どうせこんなことだろうと思ったよ」

 

「うん。理解のある教え子で俺は嬉しいぞ」

 

 そう言いながら本当に嬉しそうにグレンの頭も撫でる。

 

 だが、すぐに止めて目つきを鋭く変えた。それに応えるようにグレンの目も真剣なものに変わる。

 

「それで? これは一体どういうことだよ?」

 

「今そいつらが言った通りだよ。女王陛下はそこのルミアちゃんを殺す命令を出した」

 

「そうじゃねぇ!どうして陛下がそんな命令をしたか聞いてるんだ!」

 

 掴み掛かりそうな勢いでグレンは零に詰め寄る。

 

「あり得ないだろ。だって陛下は……ルミアの………」

 

「あぁそうだ。あり得ない。だが、そのあり得ない命令を陛下は出したんだ」

 

 犬歯を剥き出しにして、問いかけるというにはあまりにも乱暴なグレンの目を見て零は言う。

 

 できれば全てを話したいが、それもできない。ではどうするか?

 その方法を考えようとして、零は遠くから迫る一団を見て思わず舌打ちをこぼす。

 

「グレン、話は後だ。王室親衛隊の援軍が来ちまった」

 

「あぁもうっ!次から次へとどうなってやがる!!」

 

「とりあえずルミアちゃんを連れて逃げろ」

 

「言われなくてもそうするよ!ルミア、ちょっと我慢してくれ」

 

「きゃっ!?」

 

 右腕を背中に、左腕を膝裏に回す。グレンは所謂お姫様抱っこでルミアを素早く持ち上げる。

 突然のことに驚いたルミアは声を上げるが、それに構っていられるほどグレンに余裕はない。

 

 振り返ってわかったが、こちらに走ってくる親衛隊の数は優に20を超えている。あの人数を、ルミアを守りながら切り抜けるのは不可能だ。

 

「零さん、ここは頼んだぞ」

 

「ん、了解」

 

「そんな!?あの人数を1人でなんて……」

 

 戦闘についてはまるっきり門外漢のルミアでもわかる。多勢に無勢という言葉が表すように、数というのは立派な武器だ。

 

 さきほどは不意打ちで1人を無力化し、残りの4人に対しても大立ち回りを演じた零だが、さすがにあの人数を相手に仕切れるとは思えない。

 

「ルミアちゃん。1つ、東方の常識を教えてやる」

 

 ルミアの焦りに、しかし零は優しく諭すような声音で告げる。

 

「俺の母国ではね、『赤色と金色は強い』っていうのが常識なんだ」

 

 その言葉を証明するように、零は宮廷魔導士団の礼服を翻して体を180°回して背中を向ける。

 すると、まるで手品のように今まで何も無かった零の左手には血を吸ったかのような禍々しい赤槍が握られていた。右手にはいつの間にか抜かれた金色の刀。

 

 その一刀一槍を翼のように広げる。

 

「じゃあ、どっちも持つ俺はどうなのか。———簡単だ」

 

 少年のような笑みを浮かべ、この可愛らしい少女に教えてやる。母国の常識を。

 

 バチイィィ———ッ!

 

 零は自分の頭の中に【ショック・ボルト】を予め唱えておいた呪文を使って時間差起動(ディレイ・ブート)。【迅雷】を起動する。

 

「———超強い!」

 

 そして、ブオォゥゥン——ッッッ!!

 一刀一槍を羽ばたかせる。

 

「さぁ飛んで行け———『飛花落葉』——ッ!」

 

 

 ドォォォォォッオオオオォォォォンッッッ——!

 

 

 超音速で一刀一槍が空気を押しのけりながら振るわれる。その押しのけられた空気は衝撃波となり、轟音を上げながらこちらへと迫る王室親衛隊へと向かう。

 

 王室親衛隊一人一人が悲鳴を上げながら吹っ飛ばされていく。

 それはまるで、風に散らされる花の如く。儚い葉の如く。

 

「すごい……」

 

「相変わらずデタラメだなぁ……」

 

 ルミアの驚くように、グレンは呆れるように2人の口から自然とそんな言葉がこぼれていた。

 

「ほら、グズグズしないで逃げるぞ」

 

「はいよ!《三界の理・天秤の法則・律の皿は左舷に傾くべし》」

 

 グレンはルミアを抱えたまま黒魔【グラビティ・コントロール】———自身や自身の触れているものの重さをコントロールする魔術を用いて大きく飛ぶ。

 零も引き続き【迅雷】を起動して彼を追う。

 

 その場に残されたのは死屍累々と転がる王室親衛隊だけであった。





はい、いかがでしたか? オリ主パピー、ほぼ化け物じゃね……?

Q.何故オリ主ではなくオリ主の父親が王室親衛隊の相手をしたか?
A.オリ主は弱いから【迅雷】使って親衛隊をぶち殺しちゃう☆

そもそもルミアちゃんを殺そうとする親衛隊に信一は容赦しません。にっこり笑顔で惨たらしく殺しちゃいます。なので今回はとっても影薄かったですね(笑) 父親に全部持ってかれました。

ちなみに零が使ってる赤い槍はFateのゲイ・ボルグとかゲイ・ジャルグみたいなのを想像してください。わからない方、今すぐGoogle先生に質問しましょう!

次回はリィエルちゃん登場です。あの子のアホ可愛さはもしかしたらラノベ1なのではないだろうかと思う今日この頃……。

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