超速い慇懃無礼な従者   作:技巧ナイフ。

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こんにちは。
相変わらず話が進みません。


第16話 再開する女王と廃棄王女

『精神防御』は辛くもルミアの勝利に終わった。

 

 なにやら『精神防御』を担当した講師、ツェスト=ル=ノワール男爵が身の毛もよだつ性癖を暴露したり、それを聞いたリック学長が彼をクビにしようか考えたり、信一が彼を打ち首にしようか考えたりなど色々あったが、とにかくルミアの勝利に終わった。

 

 そして今は昼休み。競技場に集まっていた生徒達は学院内の食堂に行くなり、持参したお弁当を開くなどして昼食を楽しんでいた。

 

 そんな和気藹々とした雰囲気が広がる中を、信一は1人で口を尖らせて歩いている。

 

「むぅ……別にいいじゃん。ケチくさいなぁ」

 

『精神防御』が終わり、昼休みに入る直前で魔術競技祭運営委員から呼び出しをくらった信一。

 何かしたのかと首を傾げながら向かうと、軽くお説教された。

 

 どうやら『精神防御』の競技中に観客席でバカ騒ぎしている奴がいて集中できなかったと出場していた選手から苦情が入ったらしい。どう考えても見え見えの腹いせなので運営側も軽く注意するだけに留めたが、競技中の撮像は禁止にされた。

 

 これでは午後にある『決闘戦』でシスティーナの勇姿が映せないではないかと、信一はヘソを曲げているのだ。一応競技が終了して観客から拍手をもらっている間はOKとのことだが、それでは意味がない。

 システィーナが称賛されるのは当たり前。必要なのはシスティーナが頑張っている姿なのだから。レナードとフィリアナもそれを楽しみにしている。

 

 ということで、信一は『決闘戦』のシスティーナの時だけは競技中でも撮像することを心に決めた。

 

 考えをまとめ上げ、思考を切り替える。

 これからシスティーナが初めて作ったお弁当が待っているのだ。材料の選別は自分が行ったとはいえ、主自ら作った料理。従者の信一が楽しみにしない理由はない。

 

 あらかじめ決めておいた場所に到着した信一はキョロキョロと周りを見回す。目当ての人物はすぐ見つかった。

 

「お嬢様!ルミアさん!あと……リン?」

 

 リンはクラスメイトなので別段システィーナ達と一緒にいるのは珍しくないが、昼食まで一緒というのはあまりない。彼女たちが誘ったのか、と首を傾げながら近くに寄る。

 

「もう!遅いわよ、信一」

 

「すみません。ルミアさんも、遅くなりました」

 

「う、ううん。大丈夫だよ信い……じゃなくてシンくん!」

 

「ん?」

 

 どこか挙動不審なルミア。何か違和感がある。

 

「……まぁいいか。リンもこれからお昼?良かったら一緒に食べない?」

 

「あ……ううん…私はウェンディ達と約束……してるから」

 

「そっか」

 

 小動物のようなリンでも、二組にはちゃんと友達がいる。基本仲良しな二年次生二組なのだ。

 

「信一、アイツ見なかった?全然見当たらないのよ」

 

「いえ、見てませんが」

 

「ねぇ、白ね……じゃなくてシスティ?アイツって誰だか知らないけど早く食べない?」

 

「そんなにお腹すいての、ルミア?」

 

「う、うん!もう背中とお腹が熱い抱擁を交わしちゃいそうだよ!!」

 

 やはりどこかルミアの様子がおかしい。

 

 基本彼女はあまり自分の意見を優先させるような言動はしない。にも関わらず、今日はかなり強引だ。それに加えて謎の違和感。

 

 少し確かめなければならない。

 

「ルミアさん、ちょっと失礼しますね」

 

「え?なに?……って、うおっ!?どうして俺……私の匂い嗅いでるの?」

 

「ふむ……なるほど」

 

 信一は匂いを嗅ぐために近付けていた顔をルミアの首元から離し、納得したように頷く。

 

「お嬢様、ちょっと下がってください。リンもルミアさんから離れてくれる?」

 

 訳が分からず首を傾げながらもシスティーナは信一の指示に従う。

 対してリンは、どこか冥福を祈るような顔をしていた。

 

 2人がルミアから充分離れたことを確認。信一は布袋から鞘に収まった刀を一振り取り出し、左手に持つ。

 

「ルミアさん、動いちゃダメですよ?」

 

「う、うん」

 

 腰を落とし、右半身が前にくるよう半身を作ってルミアを見据える。

 刀は左腰に当て、親指で鯉口を切り……

 

「すぅ……せいっ!!」

 

 信一は左足、右足の順で二歩。鋭く踏み込み、ルミアに接近。

 二歩目が地面を踏みしめる力を膝、腿、腰、胸、肩、腕へと伝えていき、素早く右腕で刀を鞘から振り抜く。

 

 鞘から抜くと同時に相手を斬りつける———抜刀術と呼ばれる刀特有の技術だ。

 

「うおぅっとおぉぉぉぉぉぉッ!?」

 

 振り抜かれた刀身はルミアの股間、主に男性ならばぶら下がっている『男の勲章』を斬り落とす軌道で放たれていた。

 対してルミアは股間を中心に体をくの字に曲げてギリギリ回避する。

 

「ちょ……なにしてんのよ信一!?」

 

 あまりにも唐突な信一の凶行にシスティーナが悲鳴のような声を上げた。しかしそれには構わず、返す刀をルミアの首筋に当てる。

 

 そして信一は目が笑っていないにこやかな表情でルミアの顔を覗き込む。

 

「はっはっは、女性になりたいのならいつでも斬り落としてあげますよ———グレン先生?」

 

「……え? グレン先生?」

 

「ひ、ひいぃぃぃぃッ!?やめてぇ!まだ使ってないの!新品なのぉぉぉぉ!!」

 

 ルミアの姿がグニャリと一瞬歪み、そこからグレンが現れた。講師が生徒に向けるとは到底思えない、とてつもなく情けない声を上げながら。

 

「もしかして先生、ルミアさんに化けてお嬢様の弁当を盗もうと考えてたわけじゃありませんよね?」

 

「も、もし考えてたら……?」

 

「う〜ん……ちょっと人目のないところに移動しましょうか?」

 

「考えてません!! 神に誓ってそのような事は!!」

 

「ならいいんです」

 

 刀をグレンの首から離し、鞘に収める。

 

 にこやかな信一。怯えるグレン。呆然とするシスティーナ。意外にも落ち着いているリン。

 なんかもう、色々とカオスな空間が広がっていた。

 

 そんな中、トテトテと足音が近付いてくる。本物のルミアだ。

 

「シンくーん!もうこっち来てたんだ」

 

「え?もしかして俺のこと探してました?」

 

「運営委員から呼び出されてたから、お手洗いのついでに迎えに行ったんだよ」

 

「あらら……入れ違いになっちゃいましたね。すみません」

 

「ううん、私が勝手に行っただけだから気にしないで。それより……」

 

 ルミアがこの惨状を見回して不思議そうに首を傾げる。

 

「どうしたの、みんな?」

 

「ちょっと遊んでました。それより早く昼食にしましょう? なんと今日はお嬢様が作ってくれたんですよ」

 

「え、そうなの! 楽しみだなぁ♪」

 

 グレンが光の屈折で姿を変える黒魔【セルフ・イリュージョン】でルミアの姿に変身してシスティーナの作ったお弁当を掠め取ろうとしてたところを自分が匂いでルミアじゃないと見破り尋問していた、などと言うわけにもいかないので適当に誤魔化しておく。

 

 

 ……匂い嗅いで正体を看破とか、変態だと思われちゃうからね。

 

 

 天使のように優しいルミアから軽蔑されたら、軽く100回は自殺してしまう。

 

「じゃあまた後でね、リン。午後の競技、応援してるよ」

 

「うん……ありがとう信一…。またあとで」

 

 3人を代表してリンに手を振り、次にグレンに振り返ってにっこり笑顔を作る。

 

「グレン先生……次はありませんからね?」

 

「す、す、すみませんでしたぁぁぁぁぁ!!」

 

 グレンは尻尾を巻いて逃げる悪役のようにそそくさの逃げていった。

 

 なんとなくグレンが初めて学院に来た日のような光景だなぁと思いながら、彼の背中を見送る。

 

 ルミアはその光景とムッとしているシスティーナを見て、またグレンが何かやらかしたなぁと察した。

 苦笑いを浮かべつつ、まぁまぁとシスティーナを宥めるいつもの昼食風景。お昼休みはまだ始まったばかりだ。

 

 

 

 

 

 

 女王アリシアは学院北部にある『迷いの森』に向かっていた。

 しかし、彼女の周りに王室親衛隊の衛士はいない。侍っているのは1人の男。宮廷魔導士の礼服に身を包んで、刀を一振り腰に差している。

 

 その男、朝比奈零は友人に話しかけるような気安さで女王に声をかける。

 

「まさかセリカ=アルフォネアが手助けしてくれるとはね」

 

「えぇ。しかもその理由が……ふふ、私がいなくなったことに親衛隊が気付いたらどんな顔をするかなんて。とてもセリカらしい理由ですわ」

 

「それを笑うあんたは悪い女王だな」

 

「いいじゃありませんか、たまには。それに、そのおかげで3年ぶりに娘と会えるのですから」

 

「まぁ、子に会えることを喜ばない親はいないよな」

 

 悪戯に成功した子どものような笑みを浮かべる女王。それを見つめる零も内心では競技祭が終わった後、5年ぶりに息子と娘に会えることを楽しみにしている。

 

 娘は相変わらず昏睡状態が続いているらしいが、それでも肉親の顔が見れるというのは嬉しいものだ。

 

「そういえば、あなたのご子息とご息女はどのような人なのですか?」

 

「ん?俺の子ども達か?そんなの聞いてどうするんだよ」

 

「だって今はエルミアナと一緒に暮らしているのでしょう?」

 

「あぁ、なるほどね」

 

 娘と1つ屋根の下に暮らす人間のことが気になるのは母親として当然だ。まだ『迷いの森』までは距離があるので、暇潰しに話すとしよう。

 

「まず息子のほうは信一。さっき見たよな?あいつだ」

 

「えぇ。見事な【ショック・ボルト】の腕前でした」

 

「学生のレベルで見ればな。そんで信一はまぁ、なんというか……泣き虫な奴だ。今はどうか知らないが、5年前以降は俺が長期の休暇を取って帰ってきてもついぞ母親の背中に泣きついてるところしか見てない気がする。わりとマジで」

 

 気が小さくて人種的な問題で小柄だった信一は近所でも有名ないじめられっ子だった。

 

「それでも可愛いところがあってな。俺が帰ってくると、母親の背中から離れて抱きついてくるんだ。それで俺にはかっこいい所を見せたいのか、上手く作れた料理の話をしてくれるんだよ」

 

「はぁ……。そういえば貴方の家は定食屋さんでしたね」

 

「はは、まぁな。それで娘の信夏なんだが、こいつはお兄ちゃんっ子でな。信一がいじめられてるのを発見したらいじめっ子を蹴散らしてたらしい」

 

「蹴散らす……ですか?」

 

 兄をいじめているということは、当然信夏にとって相手は年上のはず。しかも女の子が、となるとアリシアは不思議そうに首を傾げる。

 

「文字通りの意味だよ。信一がいじめられてたら、いじめっ子のほうに飛び蹴りをかましてた」

 

 その現場を見るまでは半信半疑だったので、さすがの宮廷魔導士である零も娘の暴れっぷりには茫然自失だった。

 子どもの喧嘩に大人は手を出さないと決めていたが、あまりやり過ぎるとご近所付き合い的によろしくないので止めることにした。

 

「なんというか……仲の良い兄妹なのでしょうか?」

 

「仲は良かったな。信一も信夏のお願いはできるだけきくようにしてたし」

 

 何故いじめられっ子の情けない兄のことがあそこまで大好きだったのか謎だが、それはそれ。家族の仲が良いことに代わりはないし、喜ばしいことである。そして———

 

 ——その日々はもう戻らない。妻を息子が殺し、それを見ていた娘は昏睡状態になっている。

 

 そんな現実を直視すると、どうしても胸が痛む。今でも後悔の念は絶えない。

 

「どうかしましたか?いきなり暗い顔になって……」

 

「いや、なんかさ。信一は俺のことを憎んでるんじゃないか、って思えてさ。そうてなくても、あまり良い感情は持ってないと思うんだ」

 

「何故?」

 

「俺はあいつが1番辛い時、側にいてやれなかった。赤の他人であるフィーベル家に預けるだけ預けて、俺は妻を失った悲しみを仕事に没頭することで打ち消そうとしていただけで何もしてやれなかったんだ」

 

 目を伏せたまま悲痛な面持ちで独白する零。

 

 信一と昏睡状態の信夏を一緒に暮らさせるということで、フィーベル家は1番都合が良かった。

 

 学究都市であるフェジテは医学もある程度先進的であり、なおかつ貴族であるフィーベル家なら継続的に信夏の医療費を払い続けるだけの財力があったからだ。

 今は夫婦となっている同級生と恩師が2人を快く引き取ってくれたこと、とても感謝している。

 

「正直、私にはなんとも言えません。貴方のご子息は貴方を嫌いになんかならない、と言うのは簡単です。しかしそれは私の言葉であり、私の推測でしかないのだから。そんなものに価値はないでしょう?」

 

「……そうだな」

 

 女王の言葉を無価値と断ずる。本来アルザーノ帝国に住む者なら光栄に思うべきものであるにも関わらず。

 

 だが、それは女王としての言葉であった場合だ。

 

 今の彼女の言葉は零の友人としての言葉。であるならば、むしろ無条件に傅くのは失礼だろう。不敬ではなく、失礼。

 友人に傅くなど、健全な友誼とは言えない。そんなことは小さな子供でも知っている。

 

「お互い、子どもには苦労しますね」

 

「まったくだ」

 

 アリシアと零は揃ってため息を吐く。しかもその苦労を子どもにも強いてしまったのだから、そのため息は深い。

 

 そんな話をしているうちに、2人は目的地に着いたらしい。目の前にはルミアと、セリカが言った通りグレンが並んでベンチに座っていた。どうやら昼食は食べ終えたらしい。

 

 2人は後ろからこっそり近付き、アリシアが声をかける。

 

「あの……あなた方。少しよろしいですか?」

 

「はいはーい。全然よろしくありませーん。俺今すっごく忙しいでーす」

 

 こちらをロクに確認もせず、グレンが非常にかったるそうな口調で言葉を返す。

 それに零は悪戯を考えた子供のようにニヤリと笑い、アリシアを体で隠すように立つ。

 

「———いいからこっち向けよ。不敬罪でその首が胴体とgood-by foreverする前にな」

 

「ハァ……不敬罪?なんだあんた、そんなに偉いの……」

 

「よお、グレン。久しぶりだな」

 

「カァ……ッ!?」

 

 こちらを振り向いたグレンが零の顔を見るなり劇画調に硬直した。

 

 そしてたっぷり10秒ほど固まった後、ルミアに振り向く。とても優しく穏やかで、この世に一片の悔いもないような爽やかな笑顔を浮かべて。

 

「ルミア……すまない。俺の命はここまでのようだ。クラスのみんなに短い間だったが楽しかったと伝えておいてくれ」

 

「いや、さすがに殺さないぞ?殺してくださいって泣いて懇願するくらい殴るがな」

 

「ひいぃぃぃぃ!!」

 

「……冗談だ」

 

 そんなに本気でビビらなくてもいいではないか、とちょっぴり傷付く零であった。

 

 ここまで怯えるほど彼に厳しくしたつもりはない。ただ、3時間ほどぶっ通しで組手をしただけだ。無論訓練なので彼は素手、自分は刀と槍を持って。あの時は必死なグレンを見るのが楽しかった。

 

 そんな追憶をしながら、零はルミアに向き直る。

 

「久しぶりだな、エルミアナちゃん。覚えてるかな?」

 

「貴方は……」

 

「まぁ、今は俺のことなんてどうでもいい。君に話があるのはこちらの方だ」

 

 零は一歩横にずれる。

 

「元気でしたか、エルミアナ?」

 

 そこにはルミアに微笑みかけるアリシアがいた。慈愛に満ちた、深い愛情を感じられる笑顔だ。

 

「ずいぶん背が伸びましたね。それに凄く綺麗になったわ」

 

 3年ぶりに会う娘に触れ合おうと、アリシアはルミアの頰に手を伸ばす。

 

 その手が頰に触れる瞬間———ルミアは避けるように跪いた。

 顔を伏せ、前髪で表情を隠しながら彼女は言葉を紡ぐ。

 

 

 

 

 

 

 

「失礼ですが、陛下は人違いをされておられます」

 




はい、いかがでしたか?なんかほとんど原作キャラにオリキャラがくっついておしゃべりしてた回でしたね。
この2巻の話のポイントは親子。親と子の気持ちは同じであり自分は憎まれているかもしれないというところです。

原作を読んでる方達って、戦闘パートと日常パートどちらが好きなんでしょう?ちなみに自分はどっちも好きです。

というわけで、次回は戦闘パートが入ります。感想などお待ちしてますね。

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