超速い慇懃無礼な従者   作:技巧ナイフ。

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エアコンの臭いって少し休ませると取れるんですね……。






第11話 超速い慇懃無礼な従者

 アルザーノ帝国魔術学院自爆テロ未遂事件から1ヶ月の月日が経った。

 しかし、その事件の真相は社会的に多くの不安を残すものとされ、学院に刻まれた破壊痕や傷跡は魔術の実験中で起きた暴発と公表され、全てを知るのは巻き込まれた生徒や事件解決に奔走した非常勤講師、ごく一部の教授陣だけとなる。

 

 無論、それだけで全てが闇に葬れる訳もない。

 

 どこからともなく流れた様々な噂がある。

 死んだはずの廃棄王女、伝説の魔術師殺し、噂に名高い【迅雷】など、根も葉もない()()()()ものが飛び交いはした。

 

 それでも、1ヶ月の月日が流れれば好奇心旺盛な若者の興味は別のものに向く。今やそんな噂は忘却の彼方だ。

 

 

 

 

 

 

 

「信一、ちょっとよろしいですか?」

 

「あ、テレサ。もしかして届いたの?」

 

「はい」

 

 本日の授業も終わり、帰りの支度をしている信一にモデル顔負けのプロポーションわ誇る美少女———テレサが声をかけてきた。

 

 彼女の家は貿易商を営んでおり、信一はそのパイプを見込んである品物を注文していたのだ。それが届いたので受け渡しをしたいということだろう。

 

「ただ……物が物なのでここで渡すというのはちょっと……」

 

「OK。じゃあ中庭に行こっか?」

 

 にっこりと笑いかけるが、テレサは少し怯えた様子だ。

 

 それも仕方ない。このクラスメイトの前で自分は悪党とはいえ、1人の人間を惨たらしく斬り刻んだ。たった1ヶ月で普段通りの態度を取れというのは、ごく普通に暮らしてきた少女に求め過ぎだろう。

 

 2人は所々茂みがある中庭に移動して向かい合う。しかし当然と言えば当然だが、テレサは向かい合って話すには少し距離を取っていた。

 それについて何か言うつもりはない。自分だって彼女を含めたクラスメイト達を囮として使おうとした。文句を言う筋合いはないことくらいわかる。

 

 ……それでもちょっと辛いけどね。

 

 身勝手な自分の思考に嘲笑が漏れる。

 

「品物の確認をお願いできますか?」

 

 テレサが重そうに布袋を持ち上げ、信一渡す。そしてすぐにまた離れてしまった。

 信一は悲しそうに眉根を落としながら、布袋を開ける。

 

 中身は刀が二振り。鞘から抜いて刀身を眺めるが、以前使っていたものと質もそこまで変わらないものだ。

 

「うん、完璧だね。ありがとう」

 

「……………………」

 

 あとは明細書を確認して支払いの手続きをすれば受け渡し完了となるのだが、テレサは俯いたまま何も言わない。

 

 信一は怪訝そうに首を傾げて声をかける。

 

「テレサ?どうかしたの?」

 

「いえ……その…ごめんなさい」

 

「……俺が怖い?」

 

「———っ!?」

 

 ハッと弾かれたようにテレサは顔を上げた。

 

「別にテレサが悪いわけじゃないよ。あんなの見せられて、それでも俺に普段通り接することができる人の方がおかしい。テレサの反応が普通だよ」

 

「でも……信一は私たちを守ってくれました。なのに……」

 

「……………………」

 

 自分が守ろうとしたのは家族であり、クラスメイト達ではないのだが……まぁわざわざプラスに考えてくれてるところをマイナスにする必要はないだろう。

 

 ただ、最低限の誠意は見せる必要がある。

 

「俺はね、人を殺してもなんとも思わない異常者なんだよ。たぶんあのテロリストと同じ狂った人種。そんな狂人にテレサが負い目を抱く必要はないよ?」

 

「……やめてください!!」

 

「テレサの感情はごくごく当たり前の健全な感情だからさ。だから自分が間違ってるとか思わないでほしいな」

 

 この少女もそうだが、自分のクラスメイト達は優しすぎる。

 こんな異常者を怖がるという当たり前のことに———泣いているのだから。

 

「1つ、聞いてもいいですか?」

 

「なに?」

 

「あなたは……私たちを殺したいと思ったことはありますか?」

 

 彼女の質問の意図がわからない。何故そんなことを聞くのか理解できない。それは自分が狂人だからなのか?

 

「ないよ。わざわざ自分のクラスメイトを殺したいなんて思わないでしょ、普通」

 

 狂人が普通を語るとはこれ如何に、とくだらない思考が頭をよぎる。

 せっかくある自分の居場所を壊したいなんて思う奴は狂人以前にただの馬鹿だ。

 

「そう……ですか」

 

「聞きたいことはそれでおしまい?」

 

「あともう1つ」

 

 それでは2つ聞いているではないか、と茶々を入れようと思ったが止める。さすがにそんな空気ではない。

 

 テレサは真剣な眼差しで信一を射抜き、口を開く。

 

「信一は、私たちと友人でいたいと思っていますか?」

 

「…………」

 

 信一は黙考する。

 

 できることなら、彼女達とはいつまでも友誼を結んでおきたい。

 どうでもいい世間話をしたり、一緒に魔術の授業を受ける日々は心地良かったと断言できる。

 願わくば、あの時間を可能な限り過ごしていきたいと心から思う。

 

 損得なんてない。ただ一緒に笑い合い、時には共に悩むことのできる友人という関係は素晴らしいものだ。

 だから返事は決まっている。

 

「もちろん。俺はテレサや他のみんなとまだ友達でいたいよ」

 

「……わかりました」

 

 テレサは俯いたまま手に持っている明細書を……容赦無くビリビリと破く。

 

「うえっ!?ちょ……」

 

「皆さん、ちゃんと聞きましたか?」

 

 そして再び顔を上げ、けろっとした表情のテレサは周りの茂みに大きな声で問いかけたのだ。

 信一はわけがわからず目を白黒させて辺りを見回す。

 

 すると、茂みからクラスメイトが次々と顔を出した。

 

 カッシュ、セシル、ウェンディ、リン、ギイブル、その他多くのクラスメイトがいつの間にか茂みに隠れていたらしい。システィーナやルミアまでいる。

 

「うふふ……騙すようなことをしてごめんなさい。でも、どうしても皆さんが信一の本心を聞きたいと言うので」

 

 悪戯っ子のようにウインクをするテレサの真意を信一はやっと理解した。

 彼女が離れていたのは、怖がっていたのではなく自分に大声を出させる為だ。茂みに隠れているクラスメイトに聞かせられるように。

 

 そしてこちらを見ているクラスメイトの表情に恐怖はない。事件が起こる前と同じ、出来は悪いが可愛い弟を見るような暖かい視線を向けてきている。

 

「……策士だね、テレサ。あれも嘘泣きだったの?」

 

「泣き落としは女の子の特権ですから」

 

 まんまと騙された。

 

 どうやら怯えていたのは自分のほうだったらしい。

 だって———また自分と友人でいてくれる彼女らの心が嬉しくて目頭が熱くなっているのだから。

 

「ハァ……ありがとう、みんな」

 

 涙の浮かんだ目を誤魔化すようにため息を零し、信一はクラスメイトに礼を述べる。

 その姿は狂人とは程遠い、どこにでもいる友達と笑い合う少年の姿であった。

 

 

 

 

 

 

 ある日の休日。

 信一は対面に座って美味しそうに自分の作ったマフィンを頬張るシスティーナとルミアを眺めていた。

 あまりにも美味しそうに食べるので、それを見てるだけでお腹いっぱいになってしまう。

 

 

 ……まさかルミアさんが3年前に病死したエルミアナ王女だったなんてね。

 

 

 事件から数週間が経ち、傷も癒えた信一はグレンとシスティーナと共に事件解決の功労者として帝国上層部に密かに呼び出された。

 そこで聞かされたのはルミアの素性。

 

 彼女は正真正銘の王女であり、また“異能者”でもあった。

 

 “異能者”とは、生まれながらにして魔術とは別の力を持った人間のこと。

 それは魔術と違い原因が解明されておらず、悪魔の生まれ変わりとされてきた。

 そんな悪魔の生まれ変わりが王室に生まれてしまい、彼女は様々な政治的事情で放逐されたらしい。

 そして、帝国上層部からの要請はそんなルミアの素性を帝国の未来の為に秘密にしておいてほしいとのことだった。

 

 

 ……国の為に家族を放逐なんて、胸糞悪いったらありゃあしないよ。

 

 

 もちろん、その決断を下した女王陛下の心に葛藤があったとは思う。

 ただ、信一としては葛藤するくらいなら国なんて捨ててしまえと言いたい。家族より大切なものなどあるものか。

 

 心から筋違いの怒りが湧くが、すぐに収まる。この考えだって庶民出身の自分だからこその意見だ。

 

 それに事情はどうあれ、自分が出会い家族として生きている彼女はエルミアナ王女ではなく、ルミア・ティンジェルなのだ。王族だとか異能者だとか関係なく、自分がやる事は決まっている。

 

「どうしたの、シンくん?私の顔に何か付いてる?」

 

 つい、彼女の顔をまじまじと見つめてしまっていたらしい。きょとんと首を傾げるルミアに信一は優しく笑いかけた。

 

「……はい。食べカスが」

 

 テーブルの上に置いてあるナフキンでルミアの口の周りを拭いてやり、マフィンの食べカスを落とす。

 王室出身だろうと、今の彼女は年相応の甘いものに夢中な女の子だ。そんなルミアの世話を焼いてやることに自分はこの上ない充足感を感じている。

 

「えへへ〜、ありがとう」

 

「もう…がっつきすぎよ、ルミア」

 

「お嬢様も付いてますよ」

 

「ウソッ!?」

 

「はい、嘘です」

 

 慌てて口元を拭うシスティーナに信一はニヤニヤ笑いながらサラッと言ってのけた。

 システィーナの顔がみるみる赤くなる。それを気にすることもなく、信一は紅茶を一口。

 実にふてぶてしい態度だ。

 

「うぅ〜〜〜ッ!」

 

「どうどう、おさえてシスティ」

 

 悔しそうに歯噛みして睨みつけてくるが、信一には子猫が一生懸命威嚇しているようにしか見えない。

 

 ぶっちゃけ、俺の主マジ可愛い!!と声を大にして叫びたい気分になる。

 

「そ、それより!信一、早く【迅雷】のこと教えなさいよ!」

 

「おや?それが人に物を頼む態度ですか?」

 

「うぐっ……」

 

 今回のおやつタイムはシスティーナが【迅雷】について知りたいと言い出したのが始まりだ。

 またもや悔しそうに顔を赤くしているシスティーナだが、魔術に対しての学習意欲は非常に高い子である。

 

 身近に固有魔術が使え、なおかつそれを間近で見てしまえば好奇心が勝ってしまうのは仕方のないことだろう。

 信一としても、別に教えるのはやぶさかではない。

 

 それに、あまりからかい過ぎると拗ねてしまうので大変面倒なのである。今の信一の思考はこれが9割を占めている。

 

「まぁ、仮にもお嬢様の頼みですからね。それじゃあまず最初に言っておきますが……」

 

 にっこり笑い、慇懃無礼な態度をまったく崩さない信一。しかし、システィーナは本題に入ると見て特に気にしない。あとで相応の仕返しはするが。

 

 

 

 

 

 

 

 

「そもそも【迅雷】という固有魔術は()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

「「 え? 」」

 

 システィーナとルミアは呆けた声を上げ、目を丸くした。

 

 当然だろう。【迅雷】とは強力な固有魔術という噂が帝国では一般化している。実際、信一自身がこれは固有魔術と言ったこともあった。

 

「そもそも“一子相伝の固有魔術”という時点でおかしいでしょう?それなら単純に眷属秘呪(シークレット)と言えばいいんですから」

 

 固有魔術とは個人が持つ魔術特性(パーソナリティ)を組み込んだオンリーワンの魔術のことを指す。

 

 そんな大それたもの、落ちこぼれの自分が使えるはず()()

 

「ちょっ……じゃあ【迅雷】ってなんなのよ!?身体強化の白魔【フィジカル・ブースト】とは別物でしょ!?もしかして……」

 

 言葉を切り、システィーナがチラリとルミアを見た。

 

 彼女が言及したいことはわかる。【迅雷】とは“異能”なのか、という可能性だ。

 

「お嬢様の考えてることと俺が考えてることが同じなら、それも違います。【迅雷】はれっきとした魔術です」

 

「えぇ……?」

 

 システィーナは頭を抱える。ならあの人外の動きはなんなのか。刀を薙いだだけで【ブレイズ・バースト】を打ち消せる身体強化の魔術なんて思いつかない。

 

 そんな彼女の様子を楽しげに眺め、満足した信一は種明かししようと左手人差し指をシスティーナに向ける。

 

「《雷精よ・紫電 以て・撃ち倒せ》」

 

 グレンが授業中にやってみせた、出力を物凄く落とす方法で【ショック・ボルト】を起動。紫電はシスティーナに直撃するが、ポスっと間抜けな音を立てただけで消える。

 

「今のが【迅雷】の正体です」

 

「「 はい? 」」

 

 パチクリと大きな目を瞬かせながらシスティーナとルミアは首を傾げた。

 その様子を見た信一はわずかに吹き出す。

 

「えっと……信一、もしかしてふざけてる?」

 

 笑われたことが癪に障ったのか、システィーナの額に青筋が立っていた。

 無論、信一はふざけてなどいない。仮にも主からの質問だ。真面目に応えている。

 

「まぁ落ち着いてください。ちょっと話が変わりますが、人間の体って普段は何%で活動しているか知っていますか?」

 

「なによいきなり……」

 

「確か2%だったよね?」

 

 怪訝そうに眉を顰めるシスティーナに変わり、ルミアが答えた。

 

「その通りです、ルミアさん。それ以上使うと体に負担がかかって動けなくなってしまうので、脳がリミッターをかけているんですね」

 

 それを聞いたシスティーナはハッと何かに気付いたように顔を上げる。

 聡明な彼女は話の流れで【迅雷】がどのようなものか理解したようだ。

 

「もしかして……【迅雷】って脳に直接【ショック・ボルト】を打ち込んで強制的にリミッターを外す術ってこと?」

 

「さすがお嬢様です。その通り」

 

 人間の体は脳からの電気信号で動いている。その電気信号に直接割り込んでリミッターを外すというのが【迅雷】の術理だ。

 

 リミッターが外れた人間は文字通りの超人になる。超音速で刀を振るうくらい朝飯前である。高所から人1人を抱えて両足での着地もまた然り。

 身体面だけでなく、五感においてもかなり強化される。

 視野が広くなり、音と空気の流れだけで視界の外からの攻撃にも対応できる。嗅覚で相手の位置を探ることだった可能だ。

 思考速度も急速に上がる。

 

「つまり【迅雷】って言うのは固有魔術ではなく、汎用魔術の応用に過ぎないんです」

 

「でもちょっと待って……。使う魔術が【ショック・ボルト】ってことは……」

 

「はい。魔術を扱う者なら誰だって使えるってことです。それこそ、お嬢様やルミアさんでもね」

 

 なにせ落ちこぼれの自分が使えるのだ。自分より優秀な彼女達が使えない道理はない。

 ただ、使い方を教えてやるつもりは毛頭ない。脳に直接電撃を打ち込むのだから、それ相応の危険が伴ってくる。

 

「まぁ、だからこそ固有魔術って言い張ってるんですけどね」

 

「「 ………………… 」」

 

 システィーナとルミアは顔を青くして頷く。

 

 軍用魔術を身体能力だけで打ち消すことのできる魔術が誰でも使えるなどと知れたら、魔導大国と名高いアルザーノ帝国なんて2、3回は軽く滅ぶ。

 国民の自分たちもポコポコ自国が滅びられてはたまったものではない。

 

 しかし、『【迅雷】は固有魔術』と喧伝しておけばそうなる可能性はグッと低くなる。何せ固有魔術はオンリーワンなのだから。

 

「なんか……凄いこと聞いちゃったね」

 

「えぇ。これって話しても良かったの?」

 

「たぶんダメですね。あ、お茶のおかわり淹れてにましょうか?」

 

 もはや彼女たちは空いた口が塞がらない状態だった。こんな重大なことをポロっと零しちゃっていいのだろうか?

 なにより、何故こいつはこんな重大なことを話した後で平然とお茶を啜れるのだろうか?

 

 そんな2人の不安をよそに、信一はティーポットを持って部屋から出ていった。

 

 

 

 

 

 

 キッチンに行く前に、少し寄り道をした。未だに昏睡状態の妹が眠っている部屋だ。

 

「入るよ?」

 

 もちろん返事はない。しかし、信一は少し待ってから扉を開ける。

 妹———朝比奈信夏は今日も眠り続けていた。きっと明日も、その次の日も目を覚ますことはないだろう。

 

 そんな妹の寝顔に信一は優しく微笑みかけ、頭を撫でる。

 

「俺…ヒック……今度は…守れたよ……エグ…」

 

 しかし、信一の目からは涙が溢れていた。止め処なく、嗚咽を抑えながら静かに涙だけが流れる。

 

 信一は、今が幸せだった。システィーナやルミア、レナードやフィリアナといったこのフィーベル家でお世話になりながら彼女達に尽くす毎日が幸せだ。

 

 だが、今が幸せだからこそ妹への罪悪感は大きくなっていく。

 

 母親を殺しておきながら、自分だけが幸せになっている事実が自身の心を締め付ける。

 

「ごめんね……ごめんね……」

 

 何度謝っても罪悪感は消えない。涙を流しても自責の念は消えない。

 自分は本来ならこの世全ての不幸を背負って地獄に落ちるのが妥当なほどの大罪人だ。にも関わらず、新しい家族に囲まれ幸福な時を過ごしている。

 

 そんな自分が許せなかった。

 

 結局昔から変わっていない。

 5年前、母親を殺す前は“弱虫で泣き虫”。

 母親を殺した後は“弱虫で泣き虫の人殺し”。

 

「きっと信夏は過去じゃなくて今を見ろって言うんだろうね」

 

 いつも明るくて、人懐っこくて、誰からも愛されていた自分の妹はポジティブな考え方を持っていた。

 今の自分の姿を見たら、優しく微笑んで容赦無く今を大切にしろと言うだろう。

 

 だから考える。今の自分に相応しい肩書きを。

 

 今度こそ家族を守る為に速くなろうとした。

 従者でありながら家族としても生きていけるように慇懃無礼な態度を取ろうとした。

 

 そんな自分にピッタシな肩書き、それは……

 

「『超速い慇懃無礼な従者』、かな」

 

 どうにも語呂が悪いが、まぁいいだろう。いつかしっくりくる日が来る。

 

 

 ……今度は守り抜くよ。

 

 

 心にそう誓い、信一は妹の部屋を後した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アルザーノ帝国、帝都オルランド某所。

 

 ある男性は椅子に座り、行儀悪く机に足を乗せて紙の束を読んでいる。その男性の顔は純粋無垢な子供のように楽しそうだ。

 

 紙の表紙には『アルザーノ帝国魔術学院自爆テロ未遂事件』の文字。男性はその事件の報告書を楽しげに読んでいた。

 

「とある非常勤講師と生徒2名の奮闘により、自爆テロは未遂に終わった。尚、事件解決に協力した生徒1名が【迅雷】を使用した模様……か」

 

 報告書の特に気に入った部分を改めて声に出して読み、男性は嬉しそうに笑う。

 

 その時、部屋の扉からコンコンと無機質なノックが鳴った。

 

「どうぞ」

 

「…………………」

 

 扉を無言で開けて入ってきたのは———すらりとした長身痩躯の男だ。

 藍色がかった長い髪の奥から覗く双眸は鷹のように鋭い。

 

「どうした、アル?何か用か?」

 

 どこか冷淡さを感じる声音で話す彼の名はアルベルト=フレイザー。

 帝国宮廷魔道士団特務分室、執行者ナンバー17『星』の名を冠する男性の同僚だ。

 

「仕事だ。今度フェジテのアルザーノ帝国魔術学院で行われる『魔術競技祭』に女王陛下が賓客として赴くことになっているのは知っているな?女王陛下から直々にお前を護衛に加えたいとのことだ」

 

「女王陛下には王室親衛隊がいるだろ?なんで宮廷魔道士団の俺が?」

 

「知らん。ただ、最近その王室親衛隊が不穏な動きを見せている。個人的に交友のあるお前がいたほうが陛下も安心するのだろうな。ついでに親衛隊の見張りもしてこい」

 

「してこいって……俺一応お前より年上なんだけど?」

 

「軍での階級は俺のほうが上だ」

 

 にべもないアルベルトの態度に男性は肩をすくめてため息を1つ。

 ちょっと言ってみただけで、別に彼もアルベルトの口のきき方なんてどうでもいいのだ。

 

 それより問題は女王陛下の護衛。つい3日前に“天の智慧研究会”の構成員を500人ほど血祭りに上げたばかりだ。

 少し間があるとはいえ、国家元首の護衛が予定に入るなんぞ頭痛の種にしかならない。

 

 ハァ……ともう一度深いため息を吐いて、ふと何かに気付いたように顔を上げる。

 

「アル、フェジテのアルザーノ帝国魔術学院って言ったか?」

 

「あぁ。……どうした、急にニヤけだして?控え目に言って気色悪いぞ」

 

 どこをどう控えたのか気になるアルベルトの物言いを尻目に、男性は嬉しそうに笑う。

 

「いや、なんでもないよ。それよりちょっと手を貸してくれないか?」

 

 機嫌良さげに足を乗せていた机の引き出しから新品の通信結晶を取り出し、それをコツンと指先で小突く。

 それだけで通信結晶は綺麗な真っ二つになった。

 

 それをアルベルトに渡し、通信結晶として機能するように魔術を施してもらう。

 

「楽しみだなぁ……あいつらと会うのは5年ぶりか」

 

 男性———帝国宮廷魔道士団特務分室、執行者ナンバー13『死神』の零こと、朝比奈(れい)はワクワクした表情を浮かべながらポストカードに羽根ペンで文字を記す。

 

 その机には刀が一振りと血を吸ったかのように赤い槍が一本、静かに立てかけてあった。




はい、いかがでしたか?
これにて一巻のお話は終了です。もちろん二巻に続きますけどね!!

最後にチラッと出た男性は言うまでもなくオリ主の父親です。
二巻の内容からは彼も絡ませますぜぇ(ワルイカオ)

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