超速い慇懃無礼な従者   作:技巧ナイフ。

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語る事など……ありません(泣)


第9話 家族を守ると決めた少年のお話

 さらさらと耳に優しい川のせせらぎで意識が戻る。

 

 後頭部には柔らかい感触。前髪の生え際から頭頂部にかけて断続的に感じる人の温もり。どこか懐かしく、そのまま身を委ねていたい気持ちにさせる。

 

『目、覚めた?』

 

 どうやら自分は寝てしまっていたようだ。慈愛に満ちた女性の声で目を開ける。

 

「母…さん……?」

 

『おはよう、信一』

 

 そこには自分の顔を覗き込む、今は亡き母親の顔があった。

 

 ……あぁ、なるほど。俺は死んだのか。

 

 周りを見回せばそこには水が流れている。母親の後ろに岸。自分の足を伸ばしている方向にも岸。

 どうやら自分は人の足首程度の水位しかない川の真ん中で母親に膝枕をされているようだ。

 

 こんな異常な状況、死後の世界としか考えられない。

 

「ねぇ、母さん。俺は死んだの?」

 

『まだ死んでないわ。死んでたらこの川を渡りきってるもの』

 

「そっかぁ……」

 

 さきほどから自身の頭を撫でる手が心地良い。このまま眠ってしまいたい。

 

 もう疲れた。結局自分は5年前と同じ。家族を守れなかった。

 

「母さん。俺、またダメだったよ」

 

『ダメだったの?』

 

「うん。また大好きな家族を守れなかった」

 

 何も変わっていない。

 

 大好きな母親の首を落とし、大切な妹が世界に見切りをつけるきっかけを作り、ただ自分の無力さに大泣きしていた5年前。

 

 家族を守ろうとし、失敗して剣を胸に受け死にかけてる今の状況。

 強くなろうとし、なんの奇跡かもう一度手にした家族を守ろうとし……そして自分が無力なせいで何もできない。

 

 本当に何も変わっていない。自分は守るべき人たちを取りこぼしてばかりではないか。

 

『まだ死んでないなら、チャンスはあるのよ?』

 

「もう無理だよ。俺は結局……弱虫で泣き虫の人殺しだ」

 

『まだあなたの家族は死んでないわよ』

 

「きっとグレン先生が守ってくれる。もう俺なんかいらないよ」

 

 護衛対象を守れない従者に価値なんてない。こんな中途半端な人間、死んだほうがいいだろう。

 

 

 

 

 

 

『あなたが死んじゃったら、今の家族は泣いてしまうわよ?』

 

 

 

 

 

「…………え?」

 

 もはや生きることを諦めていた信一の耳にその言葉は、まさに晴天の霹靂であった。

 

「俺は……守れなかったんだよ?弱くて、無力で……何もできない奴だよ?」

 

『そうかもね。あなたは弱い。でも———それがなんだっていうの?』

 

 母親が何を言っているのか、信一には理解できなかった。

 

 誰の役に立つこともできず、誰も守れず、ただ弱くて泣くことと人を殺すことしかできない。

 そんな自分は生きてる必要なんてないはずだ。

 

 だというのに……慈愛に満ちた母親の眼差しはそれを口にさせてくれない。その言葉を口にすることは許さないと言外に伝えてくる。

 

『あなたにとって、今の家族は守る()()()()の存在?その人たちの幸せはただ生きていることだけだと思う?』

 

「……………………………」

 

『もし本気でそう思ってるなら———それは間違いよ』

 

「間違い?」

 

『えぇ。今のあなたの家族にとって、あなたは何?』

 

「俺は……」

 

 自分はあの方たちの従者だ。でもそれだけではない。

 

 今は亡きレドルフ(大旦那様)は言った。信一は家族だ、と。

 レナード(旦那様)は言った。信一は家族だ、と。

 フィリアナ(奥様)は言った。信一は家族だ、と。

 ルミアは言った。シンくんは家族だ、と。

 そしてシスティーナは言った。

 

 

 

 ———————信一は家族だ、と。———————

 

 

 

 自分はあの方たちにとって、従者でありながら掛け替えのない家族だ。家族になってしまったのだ。

 そんな当たり前のことに今更ながら気付く。

 

『家族を失う辛さをあなたは誰よりも知っているでしょ?』

 

 それは卑怯だ。

 心の底からそう思う。

 

 心優しい彼女達は自分が死んだら泣くだろう。こんな弱虫で泣き虫の人殺しが死んだだけで泣いてしまうだろう。

 

 

 

 

 それは自分が1番避けなければならないことだ。

 

「……そっか。そうだね」

 

 信一は目を閉じる。フィーベル邸に来てから今まで、色々なことがあった。

 おやつを交換したこともあった。隠れんぼをしたこともあった。忙しい仕事の合間を縫ってピクニックに連れて行ってもらったこともある。

 時にはケンカもした。そしてその数だけ仲直りをし、その人のことを深く知った。

 

 それらの経験を踏まえ、自分の心に問いかける。彼女達が泣いてもいいのか、と。

 

 答えなんて考えるまでもない。

 

「母さん、俺は死なない。次は守る。今度こそ守り抜く」

 

『それがどんなに辛くても?』

 

「家族がいなくなるより辛いことなんてないよ」

 

 自分はそれを知っているのだ。誰よりも。

 

 だからあの気持ちを今の家族に味あわせるわけにはいかない。その決心を胸に、信一は母親の膝から立ち上がる。

 それと同時に母親も立ち上がった。

 

 母親を殺してから5年。体は成長し、あの時より背もいくらか高くなった。いつも泣きついていた母親の背中よりも。

 

『信一、大きくなったね?』

 

 そう言って母親は少し背伸びをしながらもう一度息子の頭を撫でる。

 

「うん。そうかもね」

 

 そんな母親に微笑みかけ、そして親子はお互いに背中を合わせる。

 子は生の世界を向き、親は死の世界を向いた。

 

「ねぇ、母さん」

 

『ん?』

 

 振り向かず、背中越しに信一は母親に声をかける。

 

 5年前からずっと言いたかったこと。大好きな母親にずっと言いたくて……ずっと心の中で叫び続けた言葉。

 

「殺しちゃって……ごめんなさい」

 

 答えは今なら聞けるから。

 

『ふふ……いいのよ信一。殺させちゃってごめんね』

 

 母親の返事を確かに聞き届け、答えを得た。謝罪をした。許しをもらった。

 

 ならもう交わす言葉はない。信一は生の世界へと歩き出す。母親の足が水を割る音が遠ざかる音を聞きながら。

 

 あの時、自分の判断が早ければあんな惨事にはならなかっただろう。自分の行動が速ければ母親を救えただろう。

 この気持ちは今も変わらない。今後変わることもない。

 

 だからこそ、懺悔の言葉はこれしかない。早くなかったことの後悔。速くなかったことの後悔。次はその後悔をしない為に———

 

 

 

 

 ————————疾くあれ!!—————————

 

 

 

 

 

 

 

 

 バキッ……バキバキと、システィーナに膝枕されている信一の身体から何かを引き絞るような音が鳴る。それと同時に右胸の傷口から止め処なく流れ出ていた血が一気に減った。

 

「信一……?」

 

 自分の前ではグレンが戦っている。避ければシスティーナや信一に当たるから時には飛来する剣を掴むことさえいとわず、守っていた。

 そこに迷いはない。

 

 肉に刃が食い込むことも気にせず、掴む。白刃取りで止める。肘と膝で挟み殺す。

 

 攻撃に出るのは愚の骨頂。そんなことをすればレイクの操る魔導器は容赦無く信一とシスティーナに凶刃を向けるだろう。返す刀で自分も斬られる。

 

 今のグレンにとって、防御に徹するというのは奇しくも1番生存率が高いことになっていた。

 

「クソッ!このままじゃ!ジリ貧……だ!」

 

 システィーナが【ウェポン・エンチャント】をかけてくれているので、弾くこと自体は難しくない。だが、それをすると腕の動きが大きなって二撃目の対応が遅れることになる。

 

 チラっと一瞬だけ2人の様子を振り返る。嵐のような剣戟の中、微かに聞こえた筋肉を絞り上げる音。あれは【迅雷】が起動した証だ。

 まだ信一は死んでいない。

 

 システィーナが叫ぶ。

 

「信一!目を覚まして!」

 

 もはや【ライフ・アップ】を受け付けられないほど信一の傷はひどいものだった。それでもシスティーナの手は血に汚れることも構わず傷口を抑えながら【ライフ・アップ】の淡い光が灯っている。

 

 再度、システィーナが叫ぶ。

 

「信一!!」

 

 目から流れる涙は止まることを知らない。蛇口を捻ったかの如く流れ続けている。

 

「お願い信一!死なないで!!」

 

 三度叫んだ瞬間、彼女の元に剣が飛来した。

 

 その剣が目に映った瞬間、システィーナの世界がスローモーションになる。

 

 猟奇的な鋭い刃が煌めき、迫ってくる。間違いなく直撃する。信一に膝枕をした状態では避ける術はない。【ライフ・アップ】を行使しているので防ぐ為の魔術も起動できない。

 

 そして剣は容赦無くシスティーナを貫く……はずだった。

 

 

 

 バオオォォウウゥゥゥゥ———ッ!

 

 

 

 何かが風を切る音を鳴らしながらシスティーナに迫る剣を弾く。

 それだけに留まらず、弾かれた剣を美しい刃紋の浮いた片刃が自身にもひびを入れながら粉々に砕き割った。

 

 剣を弾いたのは人の足。剣を砕き割ったのは刀。

 

 そんな芸当ができる者などこの場では1人しかいない。その1人の男はシスティーナを守るように背を向け、片手の刀を振り抜いた格好で佇んでいる。

 

 男———信一はいつもの優しげな笑みを浮かべ、システィーナに振り向く。

 

「お嬢様、“死なないで”と申しましたか?」

 

「信一……」

 

 泣き腫らした目が映す幻覚じゃない。確かに信一はそこにいる。

 

 対して信一はシスティーナに返す言葉を考えていた。結局彼女を泣かせてしまった。だからこそ、それを挽回する言葉で泣き止んでもらわないといけない。

 

 そんな魔法の言葉を……自分は知っている。だから安心させるために微笑み、

 

「いついかなる時も、貴女の御心のままに」

 

 そう言い放った。そして、両足の付いていた床を爆ぜさせながら消える。

 

 

 

 

 

 

 システィーナに1本剣が飛んでいった瞬間、グレンの意識はそちらに向いてしまった。その一瞬を逃すレイクではない。

 

 残りの4本でグレンを3次元的に囲み、逃げ場を作らせないと同時に必殺とする。

 

 ……終わりだ、グレン=レーダス。

 

 ここでグレンを殺し、突然立ち上がった信一も先ほどと同じ要領で殺す。これで自分の勝利は揺るぎないものになる。

 

 

 

 

 ———だが、それは間違いだった。

 

 

 

 突如グレンと2本の剣の間に割り込む人の胴体———それはジンの死体だ。ジンの死体に阻まれ、その2本の剣は虚しく亡骸に刺さって勢いを失う。

 しかし、残りの2本もグレンに辿り着く事はなかった。

 

 その剣があった空間が歪み、刹那の先にはバラバラに砕け散る自身の魔導器。それと同時に折れた片刃の刀身も1本宙を舞う。

 剣が砕け散った場所には折れた刀とひびの入った刀身の刀を両手に持ち、羽のように広げた態勢の信一がいた。

 

 そして瞬く間に消える。

 

 ブオォウゥゥゥゥゥン——ッ!!

 

 長年の戦闘で培った勘が叫んでいた。全力で後ろに飛べっと。

 それに従い、必死の形相で後ろに飛ぶレイク。その後すぐに今自分がいた空間が歪み、恐ろしい速さの刀が通過した。

 

「逃すかよっ!」

 

 刀を振るった勢いを殺さず、信一は体を回しながら折れた刀の柄を投擲。レイクを追い込んでいく。

 

「クッ……!」

 

 当たれば顔面が石榴のように破裂するような勢いを内包した柄。それを無様にも後ろに転ぶように転がって避ける。

 だが、レイクも近接戦の覚えはあるほうだ。そうでなければ信一の剣術の腕を杜撰と判断できなかった。

 

 ナイフを持った手を床につき、体幹と背筋の力だけで体を起こす。油断することはしない。今ここで信一の猛攻を防げば自分の勝ちだ。

 

 

 

 

 ———そう思った瞬間、信一は既にレイクの真後ろで刀を振りかぶっていた。

 

 

 

 自身に振り下ろされるひびの入った凶刃。これが当たれば斬られるとごろではない。レイクを斬ってなお余りある衝撃が内側から体を四散させるだろう。さきほどの【ブレイズ・バースト】のように。

 

「剣よ!」

 

 身の毛もよだつ自身の死に様を想像し、背中に冷たい汗が流れる。

 しかし、そんなこととは関係なくレイクは適切な判断で刀の軌道上にジンに刺さっていた2本の剣を割り込ませた。

 

 

 

 

 パキイィィィンッ!!

 

 

 

 甲高い音と共に()()()()が折れ、頭上に舞う。

 

 これで信一の武器は両方とも無くなった。対してレイクにはまだ魔導器が2本と手元にナイフが2本。状況は圧倒的にレイクが有利な状態となる。

 

 振り向き、信一の頸動脈目掛けてナイフを二閃。神速と言っても過言ではない完璧な軌跡の斬撃を……しかし信一は伏せてかわす。

 

「———————ッ!」

 

 そしてあろうことか、何かを呟きながら無手のままレイクに抱き着くように組みついた。

 

 このまま人間離れした膂力で背骨を折ろうという魂胆なのだとレイクは素早く判断を下し、それと同時にナイフを逆手にもって信一のうなじに刺し下ろす。

 

 いくら信一の【迅雷】を用いた筋力が凄まじくとも、ナイフのほうが圧倒的に速い。システィーナとグレンは強く目を瞑る。

 

 勝負は決した。

 

 

 

 

 

 

 ———その場にいる誰もがそう思った。

 

 

 

 

「ルウゥアァァァァァァァァァァァ——ッ!!」

 

 突如、信一が獣の如き咆哮を上げる。その声量は間違いなく普通の人間が出せる大きさではない。

 空気を震わせ、その振動だけ窓ガラスを割る人外の咆哮。

 

 それは【迅雷】を使ったものでは()()

 

 学院中に、もしかしたらフェジテにも響き渡るような声の正体。それは……

 

「音…響…魔術……だと……ッ!?」

 

 大音量の空気の振動を誰よりも近くで受けたレイクは、その身を痺れたように動かせないでいる。脳がダメージを受けて動けないのだ。

 

 そして、その隙は殺し合いの場において致命的過ぎる隙。

 

「———死ね」

 

 折れて宙を舞っていた刀身を無造作に掴み取り、刃が肉に食い込むことも構わずそれをレイクの眼窩に深々と突き刺す。

 

 コンと内側から頭蓋骨を叩く音が鳴ったことを確認した信一は、自分が唯一まともに起動できる呪文を使用。

 

「《雷精の紫電よ》」

 

 刀身に紫電を伝導させ、レイクの脳を完全に破壊した。

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

 息を切らせながら眼窩に刀身を突き刺したまま倒れるレイクを見る。

 

 ……やっぱり何も感じないか。

 

 人を殺したのに何も感じない。罪悪感も恐怖も何もない。ただ乾いた洗濯物を畳んだような、そんな日常の当たり前をこなしたなんてことのない気分だ。

 

 それに小さく落胆する。その落胆だって読みかけの本に栞を挟み忘れたような小さなもの。コーヒーの一杯でもあれば治ってしまう。

 

「信一!大丈夫か!?」

 

「大丈夫ですよ、グレン先生。守ってくれてありがとうございます」

 

「いや、それはこっちのセリフだよ。さっきのは流石にやばかった」

 

 ところどころにある裂傷から血を流す痛々しいグレンの姿に、必死で守ってくれていたことを痛感する。

 この人がいなければ勝ちはなかっただろう。

 

 信一はにっこりと笑って、使用者を失って床に落ちている剣の魔導器を2本とも拾う。

 刀を防いだことでひびが入っているが、まだ使えそうだ。刀身は刀の三分のニといったところか。少し短いが贅沢は言えない。まだ戦いは終わっていないのだ。

 ついでにレイクが両手に握っていたナイフ2本と腰に吊るしていたホルスターを奪い、自身のベルトに装着。なんとかまだ戦える装備が揃った。

 

「グレン先生、魔力のほうはどの程度残っていますか?」

 

「正直かなり少ないが……それがどうしたんだ?」

 

「敵の情報ですが、ルミアさんはどうやら転送塔にいるみたいです」

 

「転送塔?あの馬鹿高い塔に?なんでそんなところに……あぁ、そういうことか」

 

 まだ全て話したわけではないが、グレンは察したらしい。

 

「確かに門の結界は外から入れず、中から出られずだった。それでどうやってテロリスト共が逃げるのか気になってたが、転送方陣を使うつもりだったのか」

 

「恐らくですけどね。それで、少なくともそこに敵が1人以上いるはずです。しかも学院に潜んでいたスパイ」

 

「スパイか……妙だな」

 

「妙とは?」

 

 グレンが考えるように顎に手を当てて気になることを呟く。

 それについて信一が質問すると、グレンはポケットから半割れの宝石を取り出した。

 もう半分の宝石を持ってる相手と離れた場所でも会話ができる通信結晶だ。

 

「今俺以外の学院の講師陣が全員帝都の学会に行っているのは知ってるな?」

 

「はい」

 

「セリカに聞いたんだが、どうやら学院に裏切り者はいないらしいぞ」

 

「そうですか」

 

 そのセリカもそちらに行っているせいで、今の騒動を自分達が解決する羽目になっている。ただの一生徒である自分や家族が危険な目に遭っているのだから迷惑極まりない。

 

「そうですかって……」

 

「あぁ、すみません。正直なところ裏切り者が誰であってもあまり関係ないんです。ただ、グレン先生がその裏切り者を特定できていれば対策が立てられるってだけで」

 

 信一にとって、敵の協力者が誰であろうとどうでもいい。殺すことはもう決まっているのだ。

 

「お前のそういう考え方……似てるな」

 

「俺の父親にですか?」

 

「あぁ。今まで同僚だった奴でも、敵になった瞬間斬り伏せようとしてたよ」

 

「その話はまた後で聞きます。今はルミアさんを助け出しましょう」

 

 もう5年も会ってない父親の話は気になるが、優先すべきことはさっきから変わらない。ルミア奪還。信一の頭にはそれしかない。

 

「お嬢様。すみませんがグレン先生に【ライフ・アップ】をかけた後、教室に戻っていただけますか?」

 

「いやよ。私も行く」

 

「ですよね〜」

 

 まぁ、どうせそうだろうなとは思っていた。こうなったシスティーナは梃子でも動かないだろうことは家族であり、従者である信一がよくわかっていることだ。

 

「それに信一……あなた、マナ欠乏症になってるでしょ?」

 

「……バレてましたか」

 

「顔色を見ればね」

 

 マナ欠乏症とは極端に魔力を消耗した時に起こるショック症状だ。

 信一は戦闘中に何度も【迅雷】を使っていた。

 

【迅雷】はそもそも消費する魔力が【ショック・ボルト】程度の燃費が良い呪文だが、潜在魔力(キャパシティ)が少ない信一にはその連続行使だけでも充分過ぎるくらいきつい。

 

 実際、信一の顔色は真っ青で体温も人とは思えないほど低くなっていた。

 

「このペンダント、貸してあげる」

 

「これは……魔晶石ですか?」

 

「それに私の予備魔力が蓄えられてあるから。少しは楽になるはずよ」

 

 システィーナの胸元から取り出されたペンダントを首にかけると、徐々に魔力が回復していることが分かる。これならいけそうだ。あと5()()は【迅雷】が使える。

 

「ありがとうございます。助かります」

 

 本当に何から何までこの方は自分を支えてくれる。だからこそ、守らなければならない。この方の家族であり、自分の家族でもある金髪の少女を。

 

 

 

 

 

 バァンッ!!と荒だたしい音を立てて転送塔最上階のよ扉をグレンが蹴り開ける。

 

 転送塔の下の入り口付近には警備用のゴーレムが守るように配置されていて、そこで信一は【迅雷】を3回も使ってしまった。しかし、そのおかげで3人は突破することができた。残り2回。できれば使わないことを願う。

 

 転送塔最上階には魔法陣に囲まれたルミアがいた。

 

「先生!シンくんにシスティも!無事だったんだ……」

 

「あのな、これが無事に見えるなら病院行け」

 

 グレンはボロボロ。信一もまだ少量とはいえ右胸からは血が流れている。完全に無傷なのはシスティーナくらいだ。

 

 安堵のため息を吐くルミアのすぐ近くの闇の中にローブを纏った長身痩躯の男が立っているのが見えた。

 信一はその男を敵と断定し、素早く両手の剣で斬りかかる。

 

「シンくんダメ!」

 

 剣が男の喉を貫く寸前でルミアの声に信一が動きを止めた。

 

「暴力は関心しませんよ、信一くん」

 

 その男の声は、聞き覚えのあるものだった。きっとグレンの後ろにいるシスティーナも驚愕を顔に貼り付けているだろう。信一も目を見開く。

 

 剣の間合いに入ったことで男の正体が見えてくる。

 

 優しげに細められた目。涼やかな顔立ち。柔らかい金髪。

 総じて優男と評するのが適切な青年だった。

 

 その男を信一は知っている。去年散々お世話になり、自分を進級までさせてくれた恩師。

 

「ヒューイ……先生……」

 

 授業の評判も良く、多くの生徒から慕われていたにも関わらず突然学院を去った講師。

 

 ヒューイ・ルイセンだった。






はい、どうでしたか?

実を言うとここで終わらせて次回に【迅雷】の術理を話して、その次から二巻目突入といきたかったんですが、長くなりそうなので切ることにしました。


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