仕方ないんです!システィちゃんとルミアちゃんが可愛い過ぎるから!!
文才ゼロです。でも頑張ります。
朝比奈信一の朝は早い。
フィーベル家という名家でお世話になっている居候という立場であるが故に、朝はフィーベル家の家人が起きるより早く起床し、郵便物の回収と朝食の準備を始める、が———
その前に日課である素振りを行なっていた。彼の握る武器は反った片刃が特徴的な剣。“刀”の呼ばれるアルザーノ帝国では珍しい舶来品だ。それを左右の手に一本ずつ持って、丁寧に力強く振るう。
「9998、9999、10000!」
フィーベル家の広い庭で日課の素振り10000回を終え、木陰に置いてある竹筒の水筒に入った水を飲み干す。
「ふぅ……」
朝のパリッとした空気の中で流す汗は最高だぜ!と、爽やかな笑顔を浮かべ、額に薄っすらと浮いた汗を拭う。
「う〜ん……よし、やっちゃおう」
少し悩むように考える仕草をし、何かを思い立って井戸の方に向かう。
よいせよいせと井戸から桶一杯の水を掬い出し、一思いに服の上からにも関わらずザバァーと被り、一気に体を冷やした。
「気持ち良いいいイィィィィィッ!!」
「うるさい!」
「痛い!?」
そして、傍に置いてあった刀で鞘越しにゴツンと頭を殴られる。鉄の刃を納めているだけあって、響くように痛い。それはもう、お星様とヒヨコさんがパ・ド・ドゥで踊る様子が見えてしまうほど痛い。
「いてて……おはようございます、システィーナお嬢様」
いつまでもお星様とヒヨコさんのバレエを見ていたい気持ちに駆られたが、その先に見えた川に危機感を覚え、意識を無理矢理こちらに戻して信一は主であり護衛対象であり、そして従者の自分を家族と言ってくれる銀髪の少女に笑顔で挨拶をする。
それに対し、システィーナも主らしく同年代と比べると少々平面度の高い胸を張り、腰に片手を当てて挨拶を返す。
「うん、おはよう信一。朝から精が出るわね」
「……早朝から下ネタですか?」
「そういう意味じゃないわよ!」
主らしさは一瞬の後に霧散した。
ブンッ!とわりとマジで振られる自分の刀を今度はしっかりと避け、井戸の淵に手をついてそのままバク転。最短距離で井戸の反対側に移動し暴力的な主から距離を取る。
対して信一の主であるシスティーナはフーフー!と猫のように威嚇していた。はて、何か怒らせるようなことをしただろうか?
右から回って追いかけてくるシスティーナから逃げるように自分も右に回り、急転回で左から回ろうとしてくれば自分も左に逃げる。
井戸の周りで行われる奇妙な鬼ごっこはシスティーナの体力切れという結末で幕が下りた。
「お嬢様、お水をどうぞ」
「ぜぇ…はぁ…はぁ……この体力バカ!」
「基礎体力がなければお嬢様方の護衛は務まりませんので」
慇懃無礼な態度で疲れ果てて座り込んでしまっているシスティーナをニヤニヤと見下ろす信一は三下悪役そのものだ。間違っても護衛対象に向けるべき眼差しではない。
「それより珍しいですね?お嬢様がこんな早朝に何か庭にいるなんて」
「あ〜……ほら、今日から新しい講師が来るらしいじゃない?それが気になって早く目が覚めちゃったの」
「またいじめるのですか?」
「別にいじめてなんかないわよ。ただ単にわからないことを徹底的に質問してるだけじゃない」
システィーナは学習意欲の大変高い女の子である。信一やシスティーナが通う『アルザーノ帝国魔術学院』では、“講師泣かせ”と不名誉極まりないあだ名を頂戴しているほどだ。
これだけなら嫌われそうなものだが講師を泣かせる程度には魔術の理解も深く、覚えも良い優秀な生徒なので、わりと評判がいい。困っている生徒にも手を差し伸べることを忘れない、信一にとっても誇らしい主なのだ。
「私、信一が心配よ。ヒューイ先生のおかげでなんとか進級できたけど、あなた……【ショック・ボルト】しかまともに起動できないじゃない」
「お言葉ですがお嬢様、【フラッシュ・ライト】や音響魔術だってちゃんと使えますよ?」
「その2つは学院の進級に必要ないでしょ……」
「むぅ……」
呆れたように額を小突かれ、信一は不満そうに口を尖らせる。
確かにシスティーナの言うことは正論だが、だからと言ってそれで主から軽視されることは従者としてのプライドが許さない。
しかし、いくらプライドが高くとも、それだけで成績が貰えないのが『アルザーノ帝国魔術学院』という場所だ。
一応学友には恵まれ、主やもう1人の居候、急に辞めてしまったヒューイ先生などたくさんの人のおかげで進級できたのは事実なので何も言い返せない。
何も言い返せないのは悔しい。なので話題を変えてしまおうと考え、信一は刀を抜く。
この刀という武器、アルザーノ帝国では武器ではなく芸術品として見られることが多く、そう見られることも恥じぬ不思議な美しさがあるのだ。
大貴族フィーベル家の次期当主であるシスティーナは芸術も解するので、困った時はこの刀の刃を見せて黙らせるのが信一の常套手段になっている。
「ほぇ〜……何度見ても綺麗ね。これが戦う為の武器だなんて信じられないわ……」
「しかし、結局は人殺しの道具です。俺が生まれた国ではコレを使って長いこと人々が争っていました」
「ふぅん。せっかくこんなに綺麗なのに……もったいないわね」
「はは、そうですね。みんながみんな刀を芸術品として扱っていれば、きっと起きた争いはもう少し規模が小さかったことでしょう」
しかし、その争いがなければ自分がここにいることはなかっただろう。
その気持ちを優しげな微笑みで隠し、信一は手を差し出す。
迷わずシスティーナもその手を握り、それを頼りに立ち上がった。
「それでは屋敷に戻りましょう」
「えぇ」
刀をもう一度鞘に収め、2人は屋敷に戻っていく。
ティーポットにトポトポと優しくお湯を注げば、上等な茶葉の香りがキッチンに充満する。
2人分の量を淹れた後蓋をし、ティーカップが2つ載ったトレーに並べてシスティーナに手渡す。
「ルミアさんが起きたらカップに注いでください。そのタイミングが茶葉も程良く蒸れる絶妙な頃合いでしょう」
「ありがとう」
もう1人の少し寝坊助な居候を主に起こしてもらい、朝食ができるまでは部屋で紅茶を飲んで待ってもらう。
2人がどの程度の時間でお茶を飲み終わるかは長い経験でなんとなく分かるので、その間に朝食を作り終わることを信条にしている。
転ばないように慎重な足取りでキッチンから出て行く主を見送り、自分はエプロンを装着し眼光を鋭くして調理台を睨みつける。
「さて……何を作るかな」
「私は久しぶりにお味噌汁が飲みたいわね」
「かしこまりました、奥様」
いきなり横から現れた妙齢の女性———フィリアナ=フィーベルに対して信一は特に驚いた様子もなく、味噌と呼ばれる大豆を使って作った発酵食品を棚から取り出す。
たんたんと調理をする信一に、フィリアナはつまらなそうに頰を膨らませた。
「むぅ……少しは驚いてくれてもいいんじゃない?」
「奥様の気品は俺のような下々の民にとって太陽のように美しい。太陽に気付かない人類はいないでしょう?」
「そういうことは目を見て言って欲しいものよ」
「それは旦那様のお役目ですよ」
システィーナの母親であるフィリアナは、あの年の子どもがいるとは思えないほどの美貌の持ち主だ。
自分の母親であろうとする姿勢がなければ、きっと1人の女性として恋慕の情すら抱く事もあったかもしれない。
未だそうならないのは、やはり自分も彼女に母親としての母性を強く感じているからだろう。
「そちらにティーポットを用意しておきました。お手数ですが、お湯を注いで旦那様と一緒に飲みながらお待ちください」
「えぇ、ありがとう」
信一の頭を軽く撫でてから言われた通りにフィリアナもキッチンを出て行く。
「味噌となると……やっぱり主食は米だね。おかずはどうしようかな……」
色々悩んだ末、卵焼きと豆腐に決定した。
「おはようございます、旦那様、ルミアさん」
「あぁ、おはよう信一」
「おはよう、シンくん」
食卓に食事を運び込むと、既にフィーベル家の面々が揃っていた。
まずこのフィーベル家の現当主、レナード=フィーベル。
そして、もう1人の居候。3年前から一緒に暮らしている金髪の少女、ルミア=ティンジェル。
そこにシスティーナとフィリアナも加わり、信一の朝食を今か今かと待っている状態だった。
少し遅れてしまったことを反省しつつも、今は彼女達の朝食を並べることに専念する。と言っても、この家の住人は基本的に自分で自分の皿を受け取ってくれるので、単純に信一はフォークやスプーンを並べるだけなのだが。
「本日の卵焼きは味噌汁もあるということで少し甘めの味付けとさせていただきました」
おぉ!と、システィーナとルミアの顔が嬉しそうに綻ぶ。甘めの卵焼きを気に入ってくれている女子2人に微笑みを返して信一も自分の席に着く。
本来なら従者の自分が主と食事を共にするなんてことはありえないのだが、本人達の強い希望に寄り、僭越ながら同じ食卓についている。
信一の手元にはフォークやスプーンはなく、手のひらサイズの木の棒が二本。箸と呼ばれる極東の食器だ。
「それでは、いただきます」
「「「「 いただきます 」」」」
アルザーノ帝国にはこのように食前の儀礼は基本ないのだが、5年前に信一がやってるのを見てフィーベル家に浸透したものが今でも続いている。
フィーベル家の食事は穏やかな会話が弾む、静かでゆったりとした時間の中で行われていく。
長い布袋に刀を二本入れ、アルザーノ帝国魔術学院の制服をしっかりと着こなした姿で信一はフィーベル家のある部屋に向かっていた。
既にシスティーナとルミアは屋敷の玄関で待っている。
にも関わらず、信一は出掛ける前の日課を済ませる為にある部屋の扉をノックする。
返事が返ってきたことは……信一がこの屋敷に来た5年前から一度もない。
「入るよ、信夏」
部屋の中には簡素なベッドが1つ。そのベッドの上には5年前から眠り続ける妹の姿がある。
5年前のある事件がきっかけで精神的なショックを受け、未だに昏睡状態が続く妹の髪を優しく撫でて額にキスを1つ落とす。
「いってきます」
しかし、妹は何も言わない。今にも起き出して来そうな寝顔が、いつも信一に返事を期待させる。しかし……何も言わない。
その様子を見て、信一は唇を噛みながら手元の布袋に入った刀を憎らしげに睨む。
その表情も束の間、信一は優しく妹の寝顔に笑いかけ、部屋を後にした。
どうでしたか?ルミアちゃん……ほとんど喋ってないやんけ……っ!?
あらすじに書いた『迅雷』は作者の中二病的な思考が生み出したオリジナルの魔術です。うん、恥ずかしい。
それでは、評価など色々していただければ嬉しいです。