射手の青年、鳥の娘   作:はたけのなすび

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日刊ランキングに一時載っていて、やったとなりました。

プロトアーサーリストラという色物な本作なので、こう言うのはあれですが安心しました。






Act-4

 

 

 

「……ねぇ、セイバーはセイバーって名前なの?」

 

朝のことである。

鳩と戯れる剣士に、そんな風に話し掛けてくる子どもがいた。

黒い髪に青い瞳の女の子、セイバーのマスターとは違って、いたいけとか健気とかという言葉が見事に嵌まる幼子、沙条綾香である。

沙条の家に住む鳩を肩に止まらせ、彼らからこの街の話を聞いていたとき、セイバーはふと視線を感じた。

見れば幼い子が一人、興味津々と言った風に木の陰からこちらを見ていたのだ。

 

「おはよう……ええと、綾香だったね」

「お、おはよう。セイバー」

 

ひらひら手を振ると、綾香は腰が引けながらも近寄って来た。目はセイバーの周りで喉をくうくうと鳴らしている鳩に向けられている。

 

「鳩が気になるのかい?ちょっとおしゃべりしていたのだけど、可愛いね」

「……え?セイバー、鳩の言葉分かるの?」

「分かるし、話せる。そういう特技があるからね」

 

セイバーは鳥に育てられたから、人と会話するのと同じように鳥と会話ができる。鳥の言葉しか分からないが。

ぼかした説明ながら、綾香は納得したらしい。すごいね、と言って少し間を空けて隣に座ってきた。

過去ならば、この子くらいの歳であれば意識を研ぎ澄ますことで大概の動物や霊獣と同調できたのだが、それはやっていないらしい。

ともあれ、綾香は鳩に懐かれるセイバーを見て警戒心を低くしたらしく、名前を聞いてきた。

セイバーは、異国の言葉で剣士を指す。

あだ名か偽名を疑われてもおかしくなかった。

 

「セイバーはあだ名みたいなものさ。でも本当の名前は内緒」

「……教えてくれないの?」

「教えてあげられないのさ。ごめんね」

 

しゅん、と綾香の肩が落ちた。

セイバーは罪悪感を感じるが、サーヴァントの情報など、なまじ知らせない方がいいだろう。

そう考えたら、セイバーはそもそもこの子とあまり親しく話すべきではない。

 

『セイバーちょっと、鳩と遊んでないで戻って来てくれないかしら』

「……了解、愛歌」

 

折良く愛歌からの念話が入ったと、セイバーは立ち上がった。

膝と肩に止まっていた鳩が一斉に飛び立つ。

 

「じゃ、綾香。きみの姉さんに呼ばれているから、私はもう行くよ」

「……うん。……あ、待って!!セイバー!」

 

ん、とセイバーは綾香を振り返る。

綾香は大きな声を出したことに、自分が一番驚いているような顔をしていた。

 

「えっと……わたしに、聖杯戦争のこととか、わからない、んだけど。……あの、セイバー、お姉ちゃんをお願い、します」

 

手を胸の前で握り合わせている綾香へ向けて一度だけ頷いて、セイバーは後ろを向く。そのまま綾香へ向けて手を振って、場を離れる。

向かった先のダイニングで、愛歌は椅子に座って頬杖をつき、足をぶらぶらさせていた。その目の前には昨日セイバーが、ランサーと戦ったときに見事に踏み割った赤いガラス瓶の破片があり、朝日を浴びてきらきら光っていた。

 

「セイバー、また鳩と遊んでいたの?」

 

セイバーが正面に座るなり、愛歌は言った。

 

「まあね」

「そう。霊鳥スィームルグの化身ともなれば鳥に懐かれやすいのかしら」

 

つくづく、人の過去を持ち出して話をするのが好きなマスターであった。

セイバーはやや呆れ顔で言う。

 

「化身って、それはあとの人たちが言い出したことだよ。私は生まれて死ぬまで人間以外の何かになれた覚えは無いからね」

 

昔々の話だ。

ある国に、不吉な白い髪を持って生まれた赤子がいた。赤子は親の手で山に捨てられ、たまたま霊鳥スィームルグに拾われて育った。

赤子は生まれついて、神代に先祖返りした丈夫な体を持っていたから子どもになるまで山で生き延びた。そうして人里から離れて暮らし、思考も道徳も霊鳥と同じになっていたその子は、やがて山に白い鬼が出るという話を聞きつけて真偽を確かめるため山を訪れた弓の上手な青年と出会った。

色々なことを教えてもらって、けれど子どもは心は霊鳥の側に属していた。

青年もそれは知っていた。

 

―――――お前は、鳥だからな。人の戦いなんぞに来るべきじゃない。自由に飛べるところまで行け。羽が疲れるまで飛んで、色んな世界を見て来い。

 

なんて、そんなことを言って青年は人の戦いに向かい、子どもから少女に成長していたその人間は、それきり二度と彼には会えなかった。しかし結局、少女はそれを後悔して山を離れた。

それから霊鳥スィームルグたちは、他の幻獣たちと同じように人の世が台頭する時代に押されて、世界の裏側へと消えていった。母だった霊鳥とも少女は二度と会えなくなったのだ。

そして少女は彼らと別れた後、色々と冒険をして、死んだ後に英霊の座に登録された。

その少女がセイバーという訳だ。

 

「でも霊鳥と暮らしてたのは本当なんでしょう?」

「それはそうだね。騎兵で召喚されたなら、宝具として鳥の兄さんが喚べたんだが、今は剣士だからね。羽しか喚べないよ」

 

セイバーはくるりと手を振って、掌の中に一枚の羽を顕現させる。大きな孔雀の羽にも似ているが、込められている神秘は桁外れに高い。

 

「それが霊鳥スィームルグの羽なのね。それで撫でられれば傷が治る、というのが宝具としての効果よね」

「ああ。真名解放をすれば勿論。しなくても持っているだけでどんな傷でも、病でも緩やかに治るという仕様になっているようだ」

「ふぅん。ねえちょっとそれ、貸して。触ってみたいの」

 

はい、とセイバーは愛歌に渡す。

一頻り弄くり回してから、愛歌はそれで羽扇のように顔を扇ぎつつ目の前の小瓶を指差した。

 

「昨日あなたが持って帰ったこれ。ちょっと調べてみたら、サーヴァントの精神に影響する霊薬だったわ」

「精神?肉体ではなく?」

「ええ。精神のみよ。一言で言うと、感情を増幅させるの。怒りも悲しみも愛も、みんな倍にしてしまう感じかしら」

 

へえ、と鼻を鳴らして瓶を見る。

感情の振れ幅を激しくする薬とは、妙なものだ。戦いで激することは諸刃の剣なのに、ランサーは何故それを敢えて此方の目の前で飲もうとしたのか。

セイバーが瓶を見つつ考えを巡らせていると、ことりと似た形の瓶が隣に置かれた。

 

「で、これがわたし流に薬を再現したもの。結構上手くできたと思うから、セイバー、試しに飲んでみる?」

「慎んでお断りする。というか愛歌、昨日この薬はかなり貴重だから、台無しになったら作り手が憤死すると言っていなかった?」

「言ったかもね。でもわたしのはただの真似だもの。一から薬を作った訳じゃあないもの。だから大丈夫」

 

大丈夫の要素が欠片も見当たらないと、思わず白い眼になった。そもそも何のために愛歌はセイバーを呼んだのだ。

愛歌は無言になってしまったセイバーを見て、肩をすくめた。

 

「もう。冗談が通じないわね、セイバー」

「はいはい。話が進んでいないよ、マスター。ランサー周辺にかなり腕が立つ薬師がいることは分かった。それに、東京の都心で噂される空飛ぶ幽霊のような銀の人影がいることも知っている。あれもランサーじゃないのかい?」

「……どうして知っているの?ラジオでも使った?」

「鳥に聞いたのさ」

 

セイバーは言って、窓の外に並んで止まっている鳩や雀を指差した。つられて見上げた愛歌は、くすりと笑った。

 

「おもしろい、あなたっておもしろいわね、セイバー」

「……そりゃどうも。でもね、私は剣士のサーヴァントになったつもりはあっても、道化師になったつもりはないよ、マスター。今日の夜はまた外に出るつもりさ」

「……そう。でもそれなら、夜でなくとも良いじゃない。今から出かけましょう」

 

愛歌はドレスを優雅に翻して立ち上がった。

一瞬呆気に取られてから、セイバーはその後をついていく。

 

「愛歌、行くのは構わないが、せめてコートなり何か防寒具を羽織らないか?この季節にそのドレスは目立つだろう」

「セイバー。あなたもその目立つ白い髪を何とかしないといけないのよ」

 

というような会話を経て、彼女らはそれから数十分程で新宿へと辿り着いていた。

ドレスの上からコートを羽織り、マフラーを巻いた愛歌と、白髪を束ねて帽子の中に押し込んだセイバーは、傍目には普通の人間のように装っていた。

物珍しそうに辺りをきょろきょろと見回し歩くセイバーと、冷めた目で街を見ながらその横を歩く愛歌とは、対照的だった。

 

「愛歌、何処へ向かっているんだ?」

「何処でもないわ。でも、こうして歩いていたらきっと会える相手がいるのよ。何となく、そんな気がするの。ほら、例えばあの人たちとかね」

 

人混みの中、愛歌の白く細い指が今まさに新宿駅の入り口から吐き出されてきた二人組をすっと指し示した。

一人は少年。この国の人間と思われる黒髪に、毒気のない幼さの残る表情。現代風のジャケットとズボンを纏っている。

もう一人は、青年。一目で異国の者と分かる金髪碧眼に整った顔立ちをしていて、こちらは古風な格好のせいでやや周りから浮いていた。

目を凝らし気配を探り、少年と青年の間に流れる魔力を感じ取ってセイバーは気付いた。

 

「……サーヴァントと、マスター?」

「そうみたいね。わたしたちみたいに、遊……じゃなくて、偵察に来たのかしら」

 

向こうは愛歌とセイバーには気付いていないのか、サーヴァントらしい青年の方は珍しげに巨大なスクリーンを見上げ、マスターらしい少年は何事か話しかけている。

どうしようか、とセイバーは傍らを見て、そこに誰もいない事に気付いた。顔を上げれば、何の躊躇いもなく彼らに近付いていくマスターの姿があった。

セイバーが止める間もなく、沙条愛歌は背後から黒髪の少年に近付き、可愛らしく小首を傾げてその服の裾を引いた。

 

「こんにちは、サーヴァントとそのマスターさん。こんな昼日中に、こんな所で何をしているのかしら?」

 

振り向いた少年の顔が、固まる。

金髪の青年が動くより先に、セイバーは距離を一歩で詰めて愛歌の前に立った。

人ならざるその素早い動きに、金髪の青年の顔が険しいものになる。黒髪の少年を背に庇う青年を留めるため、セイバーは彼の顔の前で手を広げた。

 

「待ってくれ。警戒するのははもっとも。でも此方に戦うつもりはない。そも、昼日中では戦わないのが私たちのルールだろう」

「……昼日中にいきなり僕のマスターに話し掛けるのが君たちのルールかい?」

「……」

 

青年の声はその瞳に映る光と同じほど、固かった。

 

「あら、わたしはただ話し掛けただけよ、ねえ、セイバー」

 

後ろからひょこりと顔を出して、クラス名をあっさりとばらしてくるマスターに、セイバーは一層肩を落とした。

傍目から見れば少女たちのただのやり取りである。そこに何を見たのか、それまで黙っていた黒髪の少年が割り込んだ。

 

「ち、ちょっと良いか?セイバー、とそのマスター」

 

緊張しているのか、やや上擦っている声のまま少年はしっかりと愛歌とセイバーを見た。

 

「ええ、何かしら、第七位のマスターさん?」

 

セイバーの陰から顔だけを出し、愛らしい笑みを浮かべる愛歌に少年―――――來野巽は、言い募った。

 

「俺――――俺たちは君たちと、話がしたいんだ、今から時間、くれるか?」

 

そのとき、くすくす、と愛歌が嗤うのをセイバーは確かに聞いた。

 

「ええ、良いわよ。セイバーも良いでしょう」

 

自分を見上げて問うてくるマスターに、セイバーは了解、と頷くしかなかった。

 

 

 

 

 




可愛らしいだけの愛歌は愛歌っぽくないだろという……。

というか、キアラが実装されたなら愛歌も実装されるのだろうか。

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