ご注意下さい。
地下で蠢き続けていた、名も無き獣がいた。
敢えて名前らしきもので呼ぶならば、神の愛を求めた人々が生み出した黙示録の獣。
教会の枢機卿の手で造られ、極東の都の地下に封じられ続けていたモノだ。
この世の終わりに生まれ出て、生命を喰らい殺すモノが、その獣のオリジナルである。
発端からして狂っている、と目の良い射手なら言っただろう。
哀れな生だ、けれど殺す、と直に対面した白髪の剣士は断じた。
獣にはこの世に生まれ出たいという欲求と、満たされない空腹しかない。
地上で息づき、生を謳歌する小さな生命たちを食べてしまえば焼け付くような空腹は収まるのだろうか。
この街に降りた、七つの輝く魂を取り込めばまだ生きられるのだろうか。
あるいは、あの輝きを持つ者を喰らえば良いのだろうか。
ふと感じ取った、一際暗い輝きを放っていた一つの生命。
深淵に繋がっているかのような底知れなさは、安らかな闇のようだった。
それは、獣の僅かな思考能力にも感じ取れた。
あれがあるならば、己はこの世に完全な形で生誕できるのかと獣は感じ取った。
一度目にその輝きを喰らおうとしたときは、七つの魂のうちの幾つかに阻まれた。
それから獣は動きづらくなった。
キャスターのかけた封印だとは、獣には理解できない。
生命を喰らい尽くしたいと空腹を感じながら、闇の中で蠢くだけだ。
蠢き続け、ふと獣はごく微かにまたあの深淵の気配を感じ取った。
だが、動けない。封印は効いていたからだ。
胎動するうち、獣は感じ取った。
あの深淵が、薄れている。
見たものを飲み込む闇の底知れなさが、淡い光に少しだけ取って代わられつつあったのだ。
そして深淵の魂の持ち主から己へと向けられた感情を、獣は僅かだが感じ取る。
獣の中に人の言葉があったなら、それを憐れみだと判断し、表現できただろう。
だが獣に、言葉は与えられていない。
故に獣は、絶叫した。
光の無い空間で叫び続け、身体を縛る何かを無理に引き千切る。
叫びは大地を揺らし、獣の末端は地上へと押し寄せた。
だが再び、泥の腕は輝きを放つ魂に阻まれた。阻んだのは剣の英霊にして、第一位のサーヴァント、セイバー。
深淵の魂を主に持つそのサーヴァントは、また主を庇った。
それから彼女は一騎でその場に残り、泥を食い止めることを選択した。
―――――喰らいたい、邪魔をするな。
泥は矢継ぎ早にセイバーを襲った。
善なる英霊に括られているセイバーは、強力な悪性の泥と極めて相性が悪い。
故に、獣はただ触れるだけでセイバーを呪いに染めることができるし、泥で絡め取ればそれで彼女を喰らうことができる。
セイバーを取り込めば、完全に満たせなくとも、多少は飢えを沈められる。
主がいなくては、空を自在に飛ぶ手段を持たないセイバーは、鼠のように地上を駆け回っていた。
己と比べれば、遥かに小さな身体の英霊を、しかし獣はなかなか捉えられなかった。
セイバーは風を操って上手く直撃を避け、逆に剣を振るって徐々に泥を削る。
大質量で押し潰そうとすれば、剣士は魔力任せの暴風を放出して押し返してきた。
泥が掠めるたびに、霊格の汚染が進んでいるはずなのにセイバーにはその乱れもないように攻め立てた。
かと言って、セイバーには獣を消し飛ばす力はない。が、少なくとも彼女は単騎で押し留めることには成功していた。
無限には戦い続けられないはずなのに、呪いで傷付けられているはずなのに、英霊は動きを鈍らせない。
けれど実の所は、セイバーには、秘策も秘密もなかった。
ただ愛歌からの大量の魔力供給、それに気合いと根性で持ち堪えているだけだった。
それが獣には何より厭わしい。
矮小な英霊は、耐え続けた。
だが、横薙に振るわれた触手の抉った大木が、セイバー目掛けて倒れてくる。
躱すために跳んだセイバーの足首に、泥が巻き付いた。
斬って捨てるも、次の瞬間には大質量の泥がセイバーを吹き飛ばした。
小柄な剣士は耐え切れずに吹き飛んで、大木を何本も巻き込んでへし折り、ようやく止まった。
倒木に手足を挟まれ、セイバーはすぐには動けない。自分目掛けて襲い掛かる泥を、彼女の目が捉えた瞬間。
横から飛来してきた矢と炎の球が、泥を根こそぎ消し飛ばした。
大地に倒れたまま、もがいて自由にした腕で上体を支えてセイバーはそれを見た。
同時に、彼女を押さえ付けていた倒木は誰かの手であっさりと退けられる。
アーチャーは快活に笑って、セイバーを見下ろした。
「ったく。一人で何やってんだ、セイバー」
「分かってるよ。……ちょっと油断しただけだよ」
倒木の下から出て、セイバーはアーチャーに言い返した。
「それだけ減らず口叩けるんなら、大丈夫そうだな。そら、奴さんが来るぞ」
再び迫って来た泥を避けて、アーチャーは後ろへ、セイバーは前へと跳んだ。
同時に森の暗がりから黒塗りの短刀が投擲され、泥を串刺しにする。
短刀を仕掛けた褐色の肌の少女、アサシンは、小鳥のように軽々と木々の間を跳び移って泥を避けた。
よく見れば、銀色に煌めく槍の連撃と炎も見えていた。
「セイバー、大丈夫なのかい?」
続いて降り立って来たのは、バーサーカーである。
ライダーとキャスター以外のサーヴァントは皆、この場に来ている、ということらしい。
ほら、とバーサーカーはセイバーに薬の瓶を渡してきた。
躊躇わず一息に飲み干して、セイバーは口元を拭った。損傷していた手足は、煙を上げてたちまち元へと戻る。
「不味い……」
「……君にとって安心できるのは、他のマスターはここにはいないことだね。ライダーからは這い出てきた泥を洞窟に押し返せ、と言われているよ」
薬が苦いと子どものように顔をしかめたセイバーにやや呆れ顔になりながら、バーサーカーは言った。
吹き飛ばされたときに落とした剣を拾い、セイバーは頷いた。
「了解したよ。それにしても薬をありがとう、バーサーカー」
「キャスター謹製の薬さ。礼なら彼と、それをもぎ取ってきた君のマスターに言うべきだね。それとキャスターは、ここいら一帯を結界で覆っている。暴れても問題はない、ということだよ」
そうか、とセイバーは首肯して、再び泥へと向かって行った。
泥の触手は、荒れ狂っている。
しかし、アーチャーの矢とランサーのルーン。アサシンの短刀とセイバーの斬撃は、質量を少しずつ押し返した。
泥に触れれば彼らとて大なり小なり汚染されるが、この場には五騎が集まっている。
一騎が危うくなれば別の一騎が手を貸し、彼らは滑らかに連携を続けた。
それでも、泥はしぶとかった。
汲めども尽きない泉のように、押し寄せる。
「なんて無茶な……」
「あっちだって、生きるのに必死なのさ。きっとね」
戦いの中、自然とアサシンとセイバーは、互いに背中合わせになって、泥を斬り払っていた。
「アレに、そんな思考があると?」
「あると思うよ。でも愛歌を狙う以上、きみにとっても私にとってもあれは敵だ。だろう?」
「当然。主を狙うものは、容赦しません」
髑髏面で表情を伺わせないながら、アサシンは言い切り、セイバーは笑った。
同じ主を戴いて、彼女らは泥に立ち向かい続ける。
永遠のように長く思える時が過ぎ、やがて泥ははっきりと後退し始めた。
それを見計らい、後ろで射撃を続けていたアーチャーは大きく弓を引き絞る。
これまでとは桁違いの魔力が収束され、セイバーたちもその気配を察知した。
振り返ったセイバーの顔が、束ねられた魔力の光で白く照らされる。
矢を弓に番えたまま、アーチャーは確かにそれを見て取った。
「―――――貫け」
矢が弓から放たれるのに合わせて、セイバー、アサシン、ランサーは皆飛び退る。
流星のように闇を切って飛んだ矢は、泥に突き刺さり、まだもがいていたそれを大きく抉り取った。
地上を侵食しつつあった泥の大半は後ろへと仰け反り、千切れて飛び散った残滓は悲鳴を上げてのたうち回るかのように大地を揺らして暴れ狂った。
誰の耳にも届かないはずの獣の断末魔を、セイバーはそのとき聞いたように思った。
だがそれも一瞬のことだった。
星の瞬き始めた夜空が、一転して太陽そのものの光に満ち溢れたからだ。
空中に現れたのは、言葉で言い尽くせないほど絢爛な黄金の船であった。
白い衣を翻し、黄金の装飾品を煌めかせて船の先に立つのは、まさに地上に降臨した太陽のような王者。
ファラオたるオジマンディアスは、王笏を持ち、冷然と地上を眺めた。
「我が威光を持って焼き払うには、不浄すぎるものであるな。―――――未だ生まれ得ぬ獣の卵よ、貴様如きにファラオの威光を示すのは、穢れとなるやもしれぬ」
そこまでを言い、ライダーの瞳はつと地上に向けられた。
夜の闇に覆われた地を踏み締めて、呪いを食い止める六つの魂の光がそこには確かに輝いていた。
「―――――だがそれでも、勇者たちの戦いは賞賛されるべきものである!彼らの煌めきを称えぬことは有り得ぬ!」
故にこれは焼き滅ぼす、とライダーは王笏を掲げた。
虚空に顕現するは、いつかに東京湾を占拠した壮麗豪華な神殿。
オジマンディアスの持つ、至高の宝具だった。
神殿の砲台へと集まる黄金の魔力の量と質、熱を正確に感じ取り、セイバーの頬を冷や汗が伝った。
威力は確かに申し分ない。
だが、この速さであの神殿から巨大な砲撃が放たれれば、巻き込まれてしまうだろう。
「撤退!」
最も近くにいたアサシンにそう叫んで、セイバーは一心に駆けた。
背後では高まる魔力と共に、地響きの迫り来る気配がした。
「然とその魂に刻みつけよ、これが王たる者の輝きである!―――――
唱えられた真名と共に神殿から、黄金の光が放たれる。
光は過たず獣の卵に着弾、爆発した。
「うわ」
「ッ」
爆風に煽られて、最も泥に接近していたセイバーとアサシンの足は地上から離れかけた。
それを誰かの手がしっかりと抑えた。
暖かく乾いたその手が、誰のものかは確かめられない。
直後に轟いた耳を聾さんばかりの轟音で、束の間何も分からなくなったのだ。
が、意識が薄れたのは一瞬のことだった。
容赦なく叩き付けてくる灼熱の爆風で肌は焼かれ、純白の光で眼が潰れそうになる。
それでもセイバーは眼を見開いて、太陽の光の中で洞窟が崩落していくのを見た。
光の中、焼かれながら蛇のように身を捩る漆黒を、確かに彼女は目に焼き付ける。
この世に生まれることの無かった災厄の獣は、卵のままに燃え尽き、消えて行く。
その終わりを惜しむことはないが、勝ちを称えることもしない。
砕かれ斬られた泥の欠片が、最後の一欠片になって燃え尽きるまで、セイバーは地上に太陽が顕現したかのような猛威から、決して眼を逸らさなかったのだった。
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太陽の輝きに蹂躙されていた地は、再び夜の帳に覆われていた。
だが静けさとは縁遠い。
地上からは煙が立ち上り、木々は根こそぎ倒されて、地上は無惨にも荒れた地肌を晒していた。
けれど奇跡的に砕けなかった岩の陰、そこにセイバーとアサシンはいた。
束ねていたセイバーの白髪は髪紐が千切れてしまって、肩の上に落ちていて、しかも先の方が焼け焦げていた。鎧も砕けていて、もう使い物にならない。
アサシンも髑髏面が爆風に持たなかったらしく、少女の顔が顕になっていた。露出している肌の所々に火ぶくれがあり、それが痛々しい。
ニ騎共に眼は閉じていて、顔には血の気がない。
とはいえ、
「セイバー、アサシン、生きてるか?」
「……生きてるよ」
瞼が開いて、黒い瞳が眼の前のアーチャーを捉えた。アサシン、セイバー共に身を起こして、立ち上がる。
「状況は?」
「おう、勝ったぞ。ファラオの兄さんの一撃で卵は壊れた。もう復活することもあるまい」
頷いて、セイバーは岩の上にひょいと跳び上がった。
洞窟だった場所には、深いクレーターが口を開けている。凄まじい被害だが、中にいたモノがモノだけに致し方無かった。
それに―――――喩え直せと言われても、自分たちにもうそんな時間は無いだろう。
「ライダーとランサーは?」
「ライダーは消えたぜ。王が留まる理由はもう無い、とさ。ランサーも同じだ。さようなら、だと」
じゃあバーサーカーは、と岩から降りたセイバーは辺りを見渡して、ふとナイフが一本星明かりに照らされて地面に落ちているのを見つけた。
銀色のナイフは、端から輪郭が解けて空気に溶けて行く。程なく刃は完全に無くなり、魔力の粒子も流れていった。
ナイフは、バーサーカーの持ち物だった。持ち主の後を追ったのだろう。
辺りを覆っていた結界の感触が既にないから、きっとキャスターも同じだ。
ここにいる自分たちが最後、ということらしい。
「壊すだけ壊して去るのは気が引けるが、仕方ないな」
アーチャーは頬をかいた。
どうやら、セイバーと大体同じことを考えていたらしい。
「……致し方ありません。主の敵でした故」
ぽつりとアサシンが言った。
彼女の艷やかな髪も少しずつではあるが、輪郭が朧になりつつあった。
アーチャーも、それにセイバー自身も徐々にこの世との繋がりが薄れている。
彼らをこの世に引き寄せる依代だった大聖杯は、既に跡形もない。それに彼ら自身、もうこれ以上留まるつもりはなかった。
「アーチャー、エルザにお別れは言ったの?」
「まあな。お前たちに、ありがとうと言っていたぜ」
快活にアーチャーは笑った。
どんな言葉を交わしたかは知らないが、彼にとって主との別れは満足行くものだったようだ。
「それは、こちらの台詞なんだけど。……もう伝えられないか」
そうだな、とアーチャーはセイバーの肩を軽く叩いた。
その力も、もうほとんど感じられない。肩に置かれた手を、セイバーは軽く握り返した。
「行くのか、兄さん」
「そうだな。だが、お前たちよりちょっとばかし早いだけだ」
手を離したセイバーと、その隣に佇むアサシンは共に頷く。
「まあ、あれだな。色々あったが、俺はまたお前と会えて良かったぞ、アフタル」
「うん、私もだよ。兄さん」
不思議と、セイバーの頬を涙は流れなかった。
寂しい気持ちもある。でもいつかのように涙が溢れることはない。
今回は、戦いに置いて行かれた訳ではなかったから。
皆それぞれに、やるべきことをやったのだ。同じ場所に立ち、力を振るった。
その果てがこれならば、別れを寂しく思いはしても惜しむことはない。
「じゃあな、セイバー。何処かで会うならば、また共に戦いたい。それとあんたもな、娘さん」
最後に一度手を振って、アーチャーは消えた。
春のそよ風が吹き抜けるように一瞬のことで、セイバーの眼は天へと運び去られる魔力の光の煌めきを捉えられただけだった。
曇りのない視界で、セイバーはそれを見送る。
最後に見たのが快活な笑顔だったことが、心を温かい湯で満たされているようだった。
「……あ」
小さくアサシンが声を漏らす。
天から地上に視線を戻すと、そこには少女が一人きりで立っていた。
翠のドレスを纏う妖精のような主、沙条愛歌だった。
何かをセイバーが言う前に、愛歌はふわりと彼女たちのすぐ前に現れる。
そのまま、そっとセイバーとアサシンの頭を抱いた。
引っ張られて、ニ騎は地面に腰を下ろす。
少女たちは静かに、互いの体温を感じた。
「愛歌?ちょっと、どうしたんだい?」
「良いの。なんだか、こうしたくなっただけなのよ」
すっと愛歌は離れて、可憐に微笑んだ。
アサシンは少しだけ名残惜しそうに愛歌の手を握っていた。
「お疲れ様。それと……ありがとうね」
「いいよ。どの道、ここいらの後始末、私たちにはできそうにないから丸投げになるんだし」
「ああ、それは丸ごと教会に押し付けるわ。だって、あの卵を造ったのは教会なんだもの。自分たちの不始末は自分たちで肩をつけてもらわないと、ね」
くすくすと愛歌は笑った。
悪戯好きの、無邪気な妖精のようだった。
時々何処か遠い所を、ぞっとするほど冷たい眼で見ていた女の子は、何故だが少しだけ明るくなったようだとセイバーは思う。
この数日で、愛歌は何か変わったのだろうか。
聞いてみたい気もしたが、セイバーはやめておくことにした。
愛歌が何かを得ていたとしても、その答えは愛歌のものだ。これから去って行く人間が無理に聞いて、知ることではない。
ふとセイバーは、自分の手に目を落とした。
輪郭が既に無くなっていた。アサシンも同じように手を見つめ、そっと握り込んでいた。
「セイバー。もう行くの?」
同じことを聞いてくるな、とセイバーは苦笑した。見送る者が去る者に尋ねることは、いつも変わらない。
「うん。ここ数日は楽しかった。……ありがとう、愛歌」
いつか、バーサーカーにも言ったけれど、もしかしたら、愛歌なら聖杯がなくともサーヴァントをこの世に留めて置けるのかもしれない。
それでもそれを頼もうとは思わなかった。
過ぎた力は災いになる。死人が何時までも留まることは正しいことではない。
生命は移ろい流れ去って、再び巡り行くもの。
英霊は、ただそれを手助けするのみだ。
「アサシン、あなたも?」
「……はい、我が主。あなたに会えて、私は多くの暖かさを得られました。……本当に感謝しています」
そう言ったアサシンを、愛歌は優しくて抱き締める。愛歌の腕の中で褐色の肌の華奢な少女は、安らかな顔で眼を閉じ―――――硝子細工が砕けるように消えた。
最後にちらりとセイバーに向けて微笑んだ……ような気もする。確かめることは、できないけれど。
剣の主従は、改めて向き合った。
愛歌の透き通った色の瞳の中に、自分の姿が映っている。
共に戦った誰かと別れることは、セイバーにとっては何度も体験していることだ。
けれど、沙条愛歌にとっては最初になる。或いは、これが最後になるのかもしれない。
そうだったら良いな、とセイバーは夢見た。
「じゃあね、愛歌。本当の本当にお別れだ。……綾香と巽によろしく言っといてくれ。あと、出会えたのなら、エルザにはお礼を言っておいてほしいな」
「……そう、分かったわ。……さようなら」
セイバー、と言いかけて愛歌は首を振った。
「さよなら、アフタル。英霊のあなたがわたしを忘れても、わたしはあなたを忘れないわ」
「……そっか。……うん、それじゃ私もきみを覚えておけるように頑張るよ」
さようなら、とセイバーは口を動かす。
けれど、己の声がもう聞こえなかった。
笑顔を浮かべた少女の姿は輪郭を失い、静かに大気へと還る。
この世界に降り立った一つの英霊の魂は、再び巡って行くのだ。
その様子を、沙条愛歌は見届けた。
次の一日を告げる太陽が、ゆっくりと昇ってきて、地上に座る彼女の体を暖めた。
その暖かさを感じながら、愛歌は立ち上がる。
「―――――さぁ、帰りましょうか」
この数日の間、その言葉に答えてくれた声は、もう無い。
家に帰れば、妹にアサシンとセイバーがもう戻らないことを言わなければならない。
彼女たちに懐いていたようだったから、もしかしたら綾香は寂しがるかもしれない。
「でも、妹を泣かせたら駄目なのよね。わたし、お姉ちゃんだもの」
そんなことを呟いて、愛歌は何も無くなった大地を見渡す。
太陽王に戦乙女、学士に魔術師に、暗殺者に射手、そして剣士。
ここには多くの人がいた。戦いがあった。そうして皆、いなくなった。
それでも、彼らが残していったものがある。
―――――それらは決して眼には見えない。でも残ったものを抱いて、わたしは家へ帰ろう。
そう呟いて、沙条愛歌は姿を消した。
後には朝日に染められる大地だけが、残ったのだった。
サーヴァントたちは皆去りました。
あとは残った人々のエピローグのみですが、少々お待ちを。
次の投稿も三十分後です。
セイバー消滅に伴い、マテリアルを以下に記載。
真名:アフタル
身長:160cm / 体重:48kg
出典:ペルシャ神話
地域:西アジア
属性:中立・善 / カテゴリ:地
性別:女性
サーヴァント階位:第一位
イメージカラー :黒
特技:鳥と話すこと。
好きな物: 豆類/ 嫌いな物:金ピカしたもの
天敵:オジマンディアス、イスカンダル
ステータス
筋力:A
耐久:B
敏捷:B-
魔力:C
幸運:C
宝具:A
クラス別能力
対魔力:C 騎乗:A+
保有スキル
気配秘匿:B 動物会話(鳥):B 魔力放出(風):B
宝具
『
ランク:B
種別:対人宝具
レンジ:-
最大補足:1人
『
ランク:A
種別:対城宝具
レンジ:1~50
最大補足:100人
人物
白髪黒眼の少女。外見年齢は十代後半から二十歳程度。身の丈以上ある大剣を軽々扱う。一人称は「私」。
喜怒哀楽のはっきりした性格をしている。
戦うことも好き、狩りも好き、ただ弓術は苦手と宣う気さくな狩人。
大概はマスターを裏切ることはなく、気軽に仕える。何故なら生前は旅をしながら戦う遍歴の戦士であり、喚ばれては戦うサーヴァントという在り方は生前とあまり変わっていないと認識しているため。普通のマスターとは付かず離れず、適当に仕事仲間として付き合う。
仮にマスターが善人で自分と深く打ち解けようとする相手なら、拒絶はしないが何処か最後の一線を引いて接する。
これは山で育ったため、まともな人間への接し方にどこか引け目を感じている故。陽気に振る舞うが根本には人付き合いへの自信の無さがある。マスターが善人であればあるほどその傾向が強くなる。
逆に親近感を覚えたマスターにはかなり懐く。ただ彼女が親近感を覚える相手はあまりいないし、本人の中での基準もよく定まっていない。
要は気紛れであり、結局は自分の良心に従う人間である。
付き合う上で特に地雷はないが、仮に縁の深い射手辺りが反転させられ、貶められたと判断すれば手の付けようがないほど激怒する。反転した射手も、彼を反転させた者も必ず殺すまで止まらない。
マスターを外道と断じればあっさり主の首を狩ることも自分で自分の命を絶つこともある。
どこまでも私情に流されやすいためか、清廉な騎士タイプの人間とは微妙に反りが合わない。
生前の行動については本編にて。
彼女の最期は何処かの竜と村を守るため戦い、怪我を負って以後その村で静かに暮らしてこの世を去る、というもの。
亡くなったときは悲しまれ、歌物語として辺境の地にて残る。竜殺しの白髪の剣士は、そうして今も息づいている。
能力
見た目に反して頑健な体をしている。竜種の牙レベルの神秘には負けるが、それ以外の刃で傷は付かない。毒も効かない。
人から武術をまともに習ったことがほぼないため、獣じみた挙動で戦う。
得物に拘りもなく、剣がなければ筋力に任せて肉弾戦に持ち込む。
宝具としては次元を切り裂いて対象を世界の裏側送りにすることができる斬撃を持つ。
強力だが、回数制限がある。
対人も出来ないわけではないが、より対怪物に優れているサーヴァント。
適性はセイバー、ライダーの二つ。
ライダーのときは聖鳥を複数召喚する宝具が追加される。
が、より鳥と心が近しかった頃に最適化されるため身体が十歳程度のものになってしまい、筋力及び耐久が共にCへとランクダウンする。