射手の青年、鳥の娘   作:はたけのなすび

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Act-2

 

 

 

沙条愛歌がそのサーヴァントを呼び出したのは、幾つかの偶然が重なった結果だった。

愛歌は根源に繋がって生まれた。

つまり、この世のあらゆる物事を知ることができる。その気になりさえすれば世界の法則すら書き換えることも可能だった。

必然的に、愛歌の精神の形は普通の人間とは異なるものになった。

普通の人にはないはずのものがあるのだから、当たり前だった。

何でもできるし、何でも見ることができる。神にもなれるだろうがなったところで意味がなくつまらないから、愛歌はゆっくり時を殺して生きていた。

人の世に混じって暮らすために未来を見る眼だけは閉じようかと思った。そんな枷だけでは愛歌は何も変わらないが、それすらしなければ無気力が過ぎて死んでしまいそうだったからだ。

でもある日、何となく思いついたのだ。

並の人間のように、夢を見てみよう、と。

眠りは本来なら必要のないものだけれど、ただ気分で。未来を見る目を閉じる前に、一度だけやってみよう、と。

だから愛歌は意識を身体から切り反し、夢の海へと彷徨わせた。

世界の裏側をくぐり抜け、幾つかの世界を辿り、そうして辿り着いた先はある一つの巨大な迷宮だった。並行世界のどこかに作られた、歪な迷宮。そこでは、亜種の聖杯戦争とやらが行われていた。

根源と繋がった身体から離れたせいか、それとも愛歌が無意識に弱い自分というものを味わってみたいとでも思ったからか、そこでは愛歌は極めて弱くなっていた。

具体的に言えば、魔術師の色位に少し足りないくらいにまで。迷宮を一人で遊ぶには、少し頼りないかしらと思うくらいにまで。

そして、愛歌は出会ったのだ。

 

「―――――ん、子ども、か?――――おいで、出口までは送るよ」

 

媼のような白髪に、身長ほどもある大剣を持った戦士。

聖杯すら手に入らない、無意味な亜種聖杯戦争に引っ張り込まれた剣士のサーヴァント、セイバー。

彼女は愛歌をただの子どもと言って守ろうと立ち回るおかしな人だった。

迷宮自体は、そのセイバーが一人で踏破した。愛歌は特に何もしなかった。

セイバーの後ろで、本当にただの子どものように化物や罠と戦うセイバーを見ていただけ。きみは戦わなくていいから自分のことだけ考えていて、とセイバーが言ったのだ。

守ってもらいながらの冒険は、なかなかに新鮮な体験だった。

迷宮を歩きながら、何度か会話はした。

愛歌に妹がいると知ると、セイバーはふうんと言って、じゃあ絶対にその子のところへ帰りなよ、と続けた。

このセイバーには兄が一人いたのだそうだ。

ずっと昔のことだが、戦争に行ったきり帰ってくることはなかったという。

だからきょうだいは大切にした方がいいよ、と彼女は当然の理屈のように語った。

愛歌には実感はなかったけれど、そういうものなの、と納得することにした。

 

「まあ、私も兄も英霊の座には昇れたようだから、いつか何処かで会えるさ」

 

その人に会いたいの、と愛歌は聞いた。

 

「会いたいよ、もちろんさ。だからこうして、喚ばれるたびに出てきているんだよ。願いを叶えるためにね」

 

変な人、と愛歌は正直に言った。

何度も何度も本来なら自分とは関係ない戦いに引っ張り出され、そうまでして会いたい人がいるのか、とそれが愛歌には不思議に思えた。

 

「うん。きみは子どもだから。そう思える相手にまだ会ってないんじゃないのか?」

 

訳知り顔で宣うセイバーは、愛歌には妙に憎らしかった。

結局、その迷宮は最深部にあった核をセイバーがそこの主ごとばっさり切断することで崩壊し、愛歌はそれをきっかけに元の世界へと帰った。

別れ際、じゃあねとセイバーは手を振った。

またね、と愛歌は笑った。

別れて目覚め、愛歌は再び全能である自分の身体に戻った。

そこで聖杯戦争のことを思い出したのだ。

聖杯戦争とは近々東京で執り行われる、七騎の英霊を喚び出す壮大なる魔術儀式。

沙条の家として、愛歌も参戦することだけは決まっていた。退屈しのぎにはなるかと、無気力に捉えていた。

別にどんな英霊でも良かったのだけれど、喚び出すのはどうせならあのセイバーが良いかしら、と愛歌は考えた。

歴史の中には他に強い英霊も理想的な英霊も、いくらでもいるだろう。でも白髪のセイバーは、愛歌が初めて面白いと感じた他人だった。彼女が死者であろうと関係ない。

未来を覗く眼を瞑る前、愛歌はちらりとセイバーの聖杯戦争を垣間見た。

結果分かったのは、聖杯戦争に参加すればセイバーは会いたい人には再会できる、というものだった。

じゃあちょうどいいわ、と愛歌は生まれて初めて朗らかに笑って、白髪のセイバーを喚び出すことに決めた。

そうして喚び出されたのが、あの白髪の剣士だ。日本においてはほぼ無名の英霊を喚んだことに父は失望したようだが、愛歌は気にしなかった。

だが、愛歌とは違ってセイバーは迷宮での冒険を綺麗さっぱりに覚えていなかった。

並行世界の、それも亜種の聖杯戦争だったからかもしれない。でも愛歌には何となく面白くなかった。自分だけが覚えていて、セイバーが覚えてくれていなかったのがつまらなかった。

 

―――――だから、これはほんの少しの意地悪。

 

この聖杯戦争にはあなたの一番会いたがっている人がいるわよ、と言うことを愛歌は自分からは教えてやらないことに決めたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「人の数は、随分増えたんだ」

 

深夜のことである。

剣の英霊、セイバーは戦いの場になる東京の町を、高いビルの上に立って見下ろしていた。

 

「ええ。この街だけで何百、何千万の人がいるのか知れないわ」

 

寒さなど関係ないかのように、セイバーの隣で笑っているのは碧のドレスを纏っている彼女のマスター、沙条愛歌である。

一応見た目を気にして茶色のコートを借りたセイバーと違って、愛歌はレースの付いたドレスのままだ。

そもそも、セイバーが東京の町を見ておきたいと言い、それならわたしも行くわと愛歌がついてきて、こうして二人並んで摩天楼の頂上で生命犇めくきらびやかな大都市を見下ろしている。

ネオンの光の中に、白い顔を浮かび上がらせながらセイバーは口を開く。

 

「……愛歌、率直に言っていい?」

「なあに?」

「この都市で、私たちみたいな存在を七騎も戦わせて神秘を隠匿せよと宣うって、無理にもほどがあると思う」

「それを言ったらお終いじゃない。そもそも、喚び出しに応えたのはあなたよ」

 

そうなんだけれどね、とセイバーが吐いた息は、白く凍えた。

 

「こんな大都市とは思っていなかったんだよ。もうちょっと辺境というか秘境というか、ともかく人がいない所かと」

「もう、我儘ね。じゃあ、奥多摩辺りの山で戦えば?あそこなら隕石が落ちたとか何とか言えば誤魔化しの効く範囲よ。尤も、誤魔化すのはわたしたちの仕事じゃないけれど」

 

さり気に悪魔だよこのマスター、と可愛らしく小首を傾げる愛歌を横目に見つつ、つとセイバーは視線を夜空に向けた。

人工の灯りは強く、天の星の光はかき消されそうだ。自分の時代のような満天の星空は、遠くなってしまった。

 

「星が見えないのが不満?」

「まあね」

「あなたの名前、星っていう意味だものね。付けてくれたのはお兄さんだったかしら」

「……確かにそうなんだが、話していないことをそうざくざく言われると反応に困る。マスター」

 

思わず憮然としたセイバーを見て、くすくすと愛歌は笑った。

仕方ないマスターだと言うしかない。他に幾らでも強い英霊を好きなように喚べただろうに、あえて自分のような知名度の微妙なサーヴァントをわざわざ喚ぶ辺り、このマスターは相当に享楽主義者である。

首を振ったところで、何かの気配を感じた。

 

「敵?」

「その様。此方には気付いていないらしい」

「そう。じゃあ適当に叩いて。倒せるようなら倒して、何かあるようなら偵察だけで戻って来て。わたしは戻っているから、また後でね」

 

瞬間、空気に溶け込むように愛歌は気配ごと消えた。

愛歌お得意の空間転移の魔術である。セイバーの生前でも、そうそう使い手にお目にかかれることのなかったような絶技だ。それを、愛歌は呼吸するかのようにこなす。

正直、あれだけで立ち回り次第でサーヴァントも相手取れる気がするのだ。

それをやらないのは、愛歌言う所の『楽しみ』のためなのだろう。

まあいいか、とセイバーは発動させていたスキル『情報秘匿』を切る。

逸話によって付与された個人スキルで、戦闘時以外は常に使い続けている。

効果は単純。サーヴァントとしての気配を絶ち、ステータスの隠蔽を行うものだ。それを使うのを止めたなら、敵サーヴァントはすぐに此方に気付くだろう。

案の定、高密度の魔力が真っ直ぐこちらへ向かって来る。

だが、ここでは戦い辛い。街を切り裂きながら空中戦など冗談ではない。

借り物のコートと当世の衣装に代わり、軽鎧と篭手を一瞬で装備すると、掴まっていた避雷針から手を離して闇夜に体を踊らせた。

 

―――――たちまち天地が反転する。

 

頭を下に落下しながら空を見れば、一瞬前まで自分のいたところに大槍を持った女が一人いた。仰向けに自分から落ちていくセイバーを追撃するか否か、考えあぐねていた。

 

「――――ついてきてくれないと、困るんだ」

 

風属性の『魔力放出』を行って、落下に歯止めをかけつつビル壁を蹴って向きを変える。

そのままビル壁を次々足場にして、空中を駆けた。

後ろを見てみれば、女―――――推定、ランサーのサーヴァントは空中に不思議な文字を光らせながら飛行して追撃してくる。

 

『それ、原初のルーンっぽいわね。とすると北欧とかケルト出身かしら、あのランサー。ステータス的にはかなり高ランクで纏まってるし』

「解説どうも」

『いいえ。初手から三騎士に当たるなんて流石、幸運:Cってとこ―――――』

 

完全に観戦へ移ったらしいマスターとの念話を中途で切断し、超高速で跳び逃げ、ランサーを町から離れた山の方へと誘導する。

何となく分かるのだ。あのランサーは神に連なる者。存在からして此方より上位だ。

 

「でもサーヴァントの位は同格。なら―――――殺せない道理はない」

 

空気から臭みが抜け、澄んだものへと変化。

それを確かめ『魔力放出』を止めれば、体は石のように落下する。

地面に追突する直前で、再び風を噴射。強引に向きを変えて反転し、背後の空に迫っていたランサーよりも高く飛び上がる。

セイバーはそのまま左手に大剣を換装し、両手で握って大上段から振り下ろした。数値的にはAの筋力値で振るった所に魔力放出で勢いを上乗せして、空にいたランサーを地面に叩き付ける。

木々を薙ぎ倒して着地したランサーは、セイバーの目から見て美しい女だった。星の光そのもののような長い銀の髪を煌めかせ、紫水晶のような瞳を一杯に見開いている。

だがそれも少しの間。

ランサーの目が高い木に止まるセイバーに据えられたかと思うと彼女の項にびり、と寒気が走る。

 

「ッ―――――!」

 

風を操り、その場から離脱した。一瞬後には、紅蓮の炎が空一面を舐めている。

やけに焦げ臭いと思ったら、髪が一房燃えていた。

 

『炎に特化した魔力放出かしらね?うん、ルーンと炎を扱う女槍兵といえば、真名がかなり絞れそうね』

「実況中継がそんなに楽しいのか、愛歌」

『ええ!ほら、来るわよ』

 

ランサーの姿が消えた―――――と思う間もなく、右手から風切り音。

セイバーは大剣を盾に防ぎ、そのまま無理矢理に横凪にすればランサーは空中でその一撃を避けた。

間をおかず、風を放出して斬りかかる。

剣と槍では間合いで負ける。おまけにセイバーはランサーより小柄で、剣が届かなければ殺せない。そのために懐に飛び込んで押し切る。

右、左、上、下と、嵐もかくやという勢いで斬撃を繰り出せば、ランサーはわずかに後退し、今度は炎を槍に纏わせ突貫してきた。

顔目がけて突き出された槍を首を振って避けざまに、槍の刃を風を纏わせた拳で殴った。

鈍い音がし、軌道を逸らされた刃が上を向く。

がら空きのランサーの胴に剣を見舞おうとして、そこで気付いた。

ランサーの目が、笑っている。

直感に従い、今度はそこから後方へ離脱。

瞬間、ランサーの周りの地面一体が爆発した。

 

「残念。折角ルーンを撒いておいたのですけれど、避けられてしまいましたか」

 

爆炎を切り裂き現れながら、ランサーが澄んだ声で言う。無傷だった。

 

「獣のような直感と、基礎だけを与えられ我流で研いた狂戦士のような斬撃。しかし、街の人々を巻き込むことは厭う。あなたは、良き善姓の英霊のようですね」

『あなたのアライメントは中立・善だから、ランサーの見立ては合ってるわね』

 

セイバーにしか聞こえないのを良い事に、一々茶々を入れてくるマスターだった。

 

「それはどうも、ランサー。気高き戦乙女にそう言って貰えるのは望外だね」

「あら。ばれてしまいましたか」

 

槍の刃を撫でながら、ランサーは妖艶に笑った。セイバーとしてはカマをかけたつもりが、見事に正解だったらしい。

 

「ではこれは、あなたの前で飲むこととしましょうか」

 

ランサーの手が動き、懐から何かを取り出そうとし―――――セイバーは猛烈に嫌な予感がした。

魔力放出を全開に、大剣を槍のように投擲。ランサーへ突貫する。

 

「な!」

 

盾のように視界を塞ぐ大剣を弾くために、ランサーが動く。そのときには此方は大剣の陰から、逆手に持った短剣を構えて突っ込んでいた。

ランサーが後ろへ飛び退こうとし、弾みで小さな小瓶のようなものを取り落とす。

更に前へと踏み込もうとしていたセイバーは、地に転がったそれを避け損ねて、見事にその瓶を踏み割った。

儚い音がしてガラスの瓶は砕ける。

 

「あ」

『あら』

 

一瞬足が止まり、意識が逸れる。

そのときには、ランサーは槍を携え空へ跳び上がっていた。

 

「……今宵はここまでにしましょう。マスターからの帰還命令が出ましたので」

「待っ―――――!」

 

止める間もなく、ランサーは高速で離脱してしまった。

 

『あなたも帰ってらっしゃい。セイバー。どうやら別のサーヴァントがそこを嗅ぎ付けたようよ。先は長いから今日はもう撤退してちょうだい』

「……了解、愛歌。この砕けた瓶と霊薬どうしようか?一応回収する?」

『んー。あっちの陣営の手掛かりになるかもしれないから持って来て頂戴』

 

手早く鎧と剣を消し、コートの中に瓶を収めてから、風に乗ってその場を離脱する。

時間が経っても、瓶も霊薬も消失しない辺りこれは宝具ではなく、恐らく現代の者によるモノだ。

ランサーのマスターか、或いは協力者の手によるものか、そこまでは判断しかねたが。

 

『にしても、見事に台無しにしたわね。その霊薬。サーヴァントにも効く現代魔術師の霊薬だなんてかなりの代物なのに。作り手が見たら憤死するんじゃないかしら』

「あんなあからさまに飲まれると危なそうな代物、うかうか飲ませてたまるかという話。霊薬を飲まれて力が倍増でもされたらきつい」

『だったら飲むのを邪魔すればいいじゃない、なんて見事に脳筋ね。ペルシャってみんなそうなの?』

「さあね。生憎上品に戦ったことがないのさ、此方は。というかこの薬、霊体の私たちにも効くのか……」

 

そう考えるとセイバーはコートの中の重みが急に怖くなってきた。

この時代の魔術師の薬が、あのように何処かの神威を纏った英霊にすら作用できるのだ。自分などでは太刀打ちできないだろう。

 

『効くんでしょうね。試しに舐めてみたら?』

「絶対断る」

 

鈴の音のような愛歌の声を頭の中に響かせながら、セイバーは一路沙条の家へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……こりゃ、サーヴァントだな。間違いない」

 

剣士と槍士が消えた後、破壊のあとも生々しい山中にて一人呟く者がいた。

黒い髪と瞳に褐色の肌。緑の軽鎧を纏った精悍な面立ちの青年である。サーヴァント階梯第三位、アーチャーである。

マスターと共に探索していた所、東京郊外にて戦闘を探知したため最速でやって来たのだが、生憎戦っていた者たちは離脱してしまった後だった。

地が抉れて焼け焦げ、木々が数本なぎ倒されているが、恐らくただの前哨戦の余波だろう。

どのサーヴァントもまだ離脱してはいまい。

 

「エルザ、ここは外れた。やり合ったのは―恐らく多分セイバーとランサー辺りだろうが、どっちも消えてやがる」

『そっか。じゃ、戻って来て。こっちもマスターは見付からないしね』

「了解っと」

 

軽快なマスターの声に応えつつ、アーチャーは足元の焦げた石ころを何となしに蹴飛ばした。

 

「……どうも、懐かしい気配がしたようだが。こりゃ、俺の国に近い誰かが呼ばれたのかね」

 

呟き、アーチャーも闇に溶けた。

 

 

 

 

 




独自設定として、愛歌はFate/Labyrinthの冒険を本編よりも前に体験しています。

以下、セイバーのパラメータです。宝具、スキル、その他諸々は追々出します。

セイバー
ステータス
筋力:A 耐久:B 敏捷:B- 魔力:C 幸運:C 宝具:A

一言紹介
神代との切り換え間もない型月世界で生まれた、普通の山育ち。

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