射手の青年、鳥の娘   作:はたけのなすび

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twitterでの宣言通りにはなったものの、別作品にかまけて遅れ、すみませんでした。

では。


Act-16

 

 

 

 

結局、この数日は沙条愛歌にとって何だったのだろう、と考えることがある。

聖杯戦争に勝つための日々だった訳ではない。

聖杯戦争に勝利することが沙条の使命だと、ずっとそう考えて生きてきた父は、聖杯の正体を見せられてすっかり駄目になってしまっている。

娘なら、どうにかこうにかして自分を愛してくれている父親を慰めたりすべきなのだろうけれど、そういうことは愛歌には苦手だ。そもそも聖杯戦争に勝つことは根源に至るためなのに、愛歌は生まれ付き根源に繋がっている。

根源接続者故の万能感を元にして人格が出来ている愛歌では、多分何を言っても間違いにしかならない気がした。父親を慰めるのは、綾香の方がずっと向いているだろう。

沙条愛歌には、聖杯戦争の勝利は何の価値もない。ただその勝利に至るための道具、サーヴァントになら価値はあったと思う。

セイバー。白髪黒眼の少女姿の剣士。愛歌の選んだサーヴァント。

セイバーは確かに強いけれど、彼女より強い英霊も人格的に素晴らしい英霊も、いくらでもいる。愛歌はそれを知っている。

でもセイバーは愛歌を初めてただの女の子扱いした人間で、守ろうとしていた。だからもう一度、会ってみたかったのだ。今度は夢の中ではなく、現実で。

夢の中のように制限された姿では無くて、ありのままの沙条愛歌として会ったなら、セイバーはどうするのか、と。

ただの好奇心、だったのかもしれない。

けれどいざ呼び出してみて、セイバーが愛歌のことを全く覚えていなかったのが癪で少し意地悪をした。

それでもセイバーは怒らなかった。

仕方ないなと、子どもの悪戯を咎める様に呆れただけだった。

どうやら自分は、思っていたよりもセイバーに好かれていたらしいと、愛歌が気付いたのはその時だった。

いや、好かれているというより、信頼されているのか。

セイバーは沙条愛歌に呆れもするし、振り回されることに腹も立てる。

でもセイバーは、愛歌なら最後の一線は大丈夫だ、と思っているのだ。しかし、何がどうしてそう思われているのか、愛歌にはちっとも分からない。

そんなに信頼されるようなことを、自分はセイバーにしたと思わない。セイバーの事情を知りながらその心を引っ掻き回したし、尚悪いことに、今でもそれを悪いことと思っていない。

なのにセイバーは、数多の英霊の中から喚び出した主だからという理屈や、愛歌がずば抜けて優秀なマスターだからという利益だけでなく、それ以上の何かを理由にして沙条愛歌のサーヴァントとして在ることを良しとしている。

愛歌はそれを聞いてみたい。問うてみたい。人の心を、もっと知りたいのだ。

そのためにはこの状況は煩わしかった。

太陽王も、黙示録の獣の卵も、どうして愛歌(わたし)を狙ってくるのだ。

そんなもの願い下げだ。

特に獣の卵は嫌いだ。

お腹が空いたと喚いて、愛歌に縋ってきた。

人を食べるしか能のない獣に縋られる覚えはない。せっかく人をもっと知りたいと思っているのに、人を酷く殺すだけの獣なんて邪魔なだけだ。

あなたなんて疾く消えてしまえと言いたい。

太陽王も嫌いだ。

怪物王女(ポトニア・テローン)なんて名前、愛歌(わたし)は知らない。あんな醜い獣と十把一絡げにして呼ぶなと怒りたい。

太陽王がこの戦いで愛歌を試すというなら、それで良い。それに乗ってやる。

善のサーヴァントの主らしく戦って、悪性の塊の獣とは違うんだと言ってやる。

そしてきっと、今感じている怒りにも似た昂りが、この聖杯戦争で愛歌が手に入れたモノなのだ。

不安定で脆くて、愛歌の元の(さが)が出れば砂糖細工のように砕け散ってしまうような想いだけれど、でも、それを守りながらそれの赴くまま行動するのは、何だかとても楽しかった。

 

 

―――――昂りのまま表面はにこやかに愛らしく中は好戦的に笑いながら、沙条愛歌が巽を連れて乗り込んだのは玲瓏館の屋敷だった。

巽を連れて来たのも、本当なら意味はない。彼は無力で、戦力には最初から数えていない。

ただ巽は、この聖杯戦争きっての善の象徴だ。そういう人間が近くにいるのは、多分今自分を構成して動かしている心に必要なことだと、彼女は無意識に感じていた。

巽当人の心や感情はまるきり考慮していないが、愛歌は巽を自分の行動を映す鏡としてある意味信頼している。

それこそ、サーヴァントと相対している今のように、超常の力を振るわなければならない今のようなときなら尚更。

 

「あなたはキャスターのサーヴァントね。知っているだろうけれど、わたしは沙条愛歌。セイバーのマスターをしているわ。あなたのマスターに、取り次いでもらえるかしら?」

 

目の前に立つ黒髪の青年に、愛歌は笑いかける。流麗で線の細い女の人のようにも見えるけれど、彼は違う。

キャスターの真名は、ヴァン・ホーエンハイム・パラケルスス。

錬金術、魔術、医術を極めて遍く人を救おうとし、最期にはそれをよく思わない者たち、神秘の漏洩を許さない魔術師によって命を絶たれた、歴とした英霊に他ならない。

優しい人、なのだろう。今頃嬉々として戦いに突入しているセイバーより倍は人間が出来ている。

キャスターは微笑み、口を開いた。

 

「こんばんは、若き魔術師。ですが残念ながら、貴女の申し出は受けられない。ここに私が姿を現していることの意味は分かりますね?」

 

ふぅん、と愛歌は小首を傾げると、愛らしい笑顔を浮かべた。

 

「これはわたしからあなたたちへの申し出じゃないわ。頼んでいるのではないの。そうしなさいと言っているのよ」

 

愛歌の視界の端では、巽がうわぁと呟いて顔を引きつらせる。

 

「おい、沙条……」

「ちょっと黙っていて、巽」

 

少年を一睨みして下がらせると、愛歌はキャスターに視線を戻した。

魔術師のサーヴァントは揺らいでいない。彼からして見れば、まだ幼い魔術師がサーヴァントも連れずに無謀にやって来たようにしか見えないのだろう。

何せ、愛歌はまだ彼の前に本性を晒していないのだからそう認識するのは当たり前だ。

無謀なマスターを積極的に殺しに掛かるのではなく、どこか憂いを含んだ表情で佇む辺り、キャスターはやはり()()人間ではあるのだろう。

とはいえ、こちらも彼を踏み倒して行かなければならない。

令呪の疼きから察するに、港の方ではまだ戦いが続いている。

セイバーは負けていないし、魔力を遠慮なく使って好きに暴れているようだ。

彼女が楽しそうなのは結構だけれど、余裕が無いのもまた事実。神王は三騎士を持ってしても無傷で倒せる相手ではないし、下手に倒せばあの獣に餌を与える羽目になる。

何につけても時間が惜しい、と愛歌は決断した。

 

「『包み、守りなさい』」

 

レースに包まれた手を振るう。

それだけで玲瓏館とその一帯は結界に包まれた。愛歌はふわりと浮き上がり、キャスターの背後へ転移。

右手に持った雷の槍を投げ付けようとした所で、キャスターが虚空より創り出した炎の結晶に阻まれた。

炎と雷撃が衝突し、爆風が玲瓏館の屋敷に叩き付けられて門と壁が軋む。

キャスターの影が伸びて、地面に降り立ちかけていた愛歌の足元を襲う。槍のように鋭利な影を、愛歌はワルツを踊るような足取りで躱すと、そっくりそのまま槍をキャスターへ弾き返した。

キャスターの白い衣が翻って、影は霧散する。

やっぱり面白い術を使う人ね、と愛歌は距離を取りながら観察する。

彼が背にしている屋敷の中には推定二人の人間がいる。

その他の生命の気配も幾つかあるけれど、力が弱い、気配が薄い。恐らくは大方キャスターの造ったホムンクルスか何かだ。

人間の一人はキャスターのマスターにして玲瓏館の現当主だとして、ではもう一つは誰の気配だろうか?

 

「そう言えば、玲瓏館には子どもがいたって聞いたような……聞いていなかったような」

 

愛歌と同じか、少し歳下の女の子がいると何時だったか聞いたことがある。

すっかり忘れていたけれど、父親からだったかもしれない。

 

「名前は確か、美沙夜ちゃんだったかしらね?キャスター」

 

くるりと宙で回って勢いを殺し、空中に佇みながら愛歌は眼前のキャスターに問い掛けた。

愛歌としてはただ確認の為に聞いただけだったのに、キャスターは更に険しい顔になる。

多分、この善人のキャスターにとって美沙夜という子は大事なのだろう。

そもそもパラケルススとは、万人に魔術による癒やしを与えようとして殺された英霊だ。つまり、優しくて甘い。

 

「別にその子に何もしないわよ。わたしはさっきから言っているじゃない。あなたのマスターに話があるの。美沙夜という子が大事なら、少しそこを退いて頂戴」

 

返答は五大元素のエレメンタルによる砲撃だった。

転移でエレメンタルの攻撃を避け、顔を庇って立ち竦んでいた巽の横に戻る。

 

「困ったわ。キャスター、ちっとも話を聞いてくれないじゃない」

「……沙条はちょっと聞き方が不味いんだろ。いきなり魔術ぶつけたら、そりゃ警戒されるっての。―――――説得なら俺がした方が良い。ってか、その方がマシだ」

 

言って、巽は前に出て声を張り上げた。

 

「キャスター!俺は、バーサーカーのマスターだ!アンタとライダー以外の他の組は、今協力関係にある!」

 

目の前で次元違いの魔術の一端を見せられた少年は、半ばやけのように叫んだ。

隣ではふわりと浮かんだままの少女が、魔術で少年の声を増幅して響かせる。

キャスターも、それまで全く気にかけていなかった、何の力もない少年の声に驚いて一度攻撃をやめた。

 

「キャスター。アンタとマスターがこの聖杯戦争に、何の願いをかけているかは知らない。でもこのままだと、アンタたちが勝とうが何をしようが、その願いは叶わないんだ」

 

はい、と察した愛歌からガラス瓶に封じ込められた泥の欠片が巽に渡される。

冷たいガラス瓶が手に触れた瞬間、封印越しでも悍ましい気配を感じて背筋が総毛立った。

これをけろりとした顔で受け取っていたセイバーや、涼しい顔で持っていた愛歌とはやはり自分は違うのだ。

意識のすべてを集中させなければ、泥の欠片一つで心がばらばらになってしまう。

 

―――――そんなこと今更すぎて、どうだって良かった。

 

「これはこの聖杯戦争の要、大聖杯の中にあったものだ。魔術師なら、コイツがどういうものかは分かるだろ?」

 

キャスターへ向けて、巽は渾身の力でガラス瓶を放った。

大きく弧を描いて飛んだそれを、キャスターは受け取って、そして目を見開いた。

 

「大聖杯の中身はそれだ。盃の中にはそんな泥しか入ってやしないんだ。このまま何もしないで戦ってたら、ソイツはどんどん成長しちまう!」

「ええ、そうね。あなたたちの魂を燃料に、その泥はもっと大きくなるの。―――――わたしたちの言うことが信じられないなら、あなた自身で解析して確かめて。五大元素使い(アベレージ・ワン)、ヴァン・ホーエンハイム・パラケルスス。あなたはそれができる人でしょう?」

 

どうなるだろうか、と眼を細め、巽は手をきつく握り締めた。これ以上、彼は言葉を持ち合わせない。

横では愛歌が首を傾げている。キャスターの返答次第で、彼女はまた人智を超えた魔術を解き放つだろう。

少年と少女が見る中で、キャスターは瓶を持ち上げて月光にかざし、ためつすがめつ黒い泥の入った瓶を転がした。

青年の顔色はたちまち変わる。

 

「これ、は―――――」

「理解してくれたかしら?今は、戦って魂を器に捧げ合っている場合ではないの」

「……」

 

キャスターは無言で瓶を砕けそうな程の力で握った。

 

「マスターに、取り次いでみましょう」

 

言って、青年は衣を翻して屋敷へと姿を消した。同時に辺りを覆っていた愛歌の結界が解かれ、音が戻って来る。

雷撃と炎で無惨に破壊されたはずのアスファルトは、何の損害もなく月光に白々と照らされていた。

強い魔力の塊が離れ、つい足から力が抜けて巽は思わずへたり込んだ。

 

「あれで……良かったのか?」

 

見上げると、小さな少女は腕組みをして巽を見下ろしていた。何だか視線が冷たい気がする。

 

「すぐヘタれて情けないわよ、巽。さっきのセイバーみたいなよく分からない威勢は、どこへ行っちゃったのかしら」

「あのな、お前たちと一緒にするなっての。……それにしても沙条、アイツの真名、一体何時から知ってたんだ?」

「んー。セイバーに記憶を見せてもらったときかしら。彼のパラケルススが、あんな風に女の人みたいに綺麗とは思っていなかったけれど」

 

沙条でも意外に思うことはあるんだな、と巽は膝に手を置いて立ち上がった。

それはどういう意味なのかしら、と愛歌が不服そうに両手を腰に手を当て、そのまんまの意味だっての、と巽は返した。

この少女と軽口を叩く辺り、巽も自分がかなり吹っ切れてしまっているという気がしないでもない。

そう言えば、学校も無断欠席してしまっている。今まで当たり前だったことの大半を、巽はここ数日で忘れてしまっているようだった。

 

「港のセイバーたちは、ともかくとして。あとは伊勢三の方に行ったエルザたちね。巽、バーサーカーとのラインはどうなっているの?」

「……一応普通に通ったままだぞ。これって、無事ってことだろ?」

「もう、頼りない返事ね。わたしのアサシンが大丈夫そうだから、多分平気なんでしょうけど」

 

エルザたちはライダー陣営の方へ向かったままだ。

 

「と言っても、がちがちに引き篭もっている伊勢三相手なら、あっちはまず最初に城塞を壊すくらいしないと話に応じてくれないかもね」

「……え?」

「でもバーサーカーとアサシンがいるならエルザも大丈夫でしょう。セイバーの宝具もエルザに預けているし、あれがあるなら多少の怪我や毒は平気だものね」

「……」

 

とりあえずセイバーは、またも無断で宝具を使われているらしい。

自分の意志と関係なく、毒を常に発散し続けているというアサシンの側にいるなら、それは確かに必要な措置なのだろうが。

何だかなぁ、と急に巽は空を仰いだ。

離れている友人と念話の一つも繋げられない自分が、何とも情けない。

情けないのは重々承知なのだが、何もしないでアスファルトに立ち尽くすしかない今は、それが尚更胸に染みた。

愛歌はひょこひょこと体を揺らして、知りたがり屋の栗鼠のように玲瓏館の方を伺っている。

ふぅ、と巽が白い息を吐いた、正にそのときだ。

彼らの背後、東京湾の方で光の柱が夜空を切り裂いて立ち上がる。

愛歌は魔力によって起きた風で揺れる髪を押さえ、振り返った。

遠い海上では、一応決着が着いたらしい。念話は切れているが、パスは盛んに魔力をセイバーへと供給している。

兎にも角にも長い一日はまだこれからかしら、と愛歌は人が動き始めた玲瓏館屋敷に目を戻して、うーんと伸びをしたのだった。

 

 

 

 

 




このSSの愛歌お姉ちゃんは、良識はあります。
無いのは常識です。

以下はただの戯言です。



蒼銀のドラマCD、欲しいぞぅ。

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