射手の青年、鳥の娘   作:はたけのなすび

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感想、誤字報告、ありがとうございました。

では。


Act-12

 

 

「僕はね、正義の味方になりたかったんだよ」

 

東京の二月の寒空の下で、緑眼を灰色の雲に向けて呟いた青年がいる。

 

「正義の味方?」

 

青年から少し離れたところで鳥を肩に止まらせている白髪の少女、セイバーは鸚鵡返しにバーサーカーの言葉を繰り返した。

 

「ああ。僕は生前僕自身の過ちが原因で、多くの人を傷付け、殺めてしまった。そのことを僕は悔いていて、その一念でサーヴァントとして顕現したと言っても過言ではないのさ」

 

へえ、とも、ほぉ、ともつかない声でセイバーは鼻を鳴らした。

沙条の屋敷前にて、バーサーカー主従とセイバーとは何をするでもなく時間を食いつぶしていた。

愛歌の発案で聖杯を探そうということになったものの、魔術がからきし駄目なセイバーと素人の巽では何の役にも立たないので、外に出されたのだ。アサシンは愛歌に付き従ったままだがセイバーは特に気にすることもなく、沙条邸の門番を務めながら、歌混じりに鳥を腕に止まらせていた。

夜になるまでに聖杯の場所を見つけ、見つけたならばアーチャー陣営にも伝える、と愛歌は言っていた。

愛歌が本気で探そうと思ったなら、どれだけ聖杯が厳重に隠されていたとしても、恐らく夜までには見つけられるだろう。そして夜になり、聖杯の場所が分かったと愛歌が言えば、アーチャー陣営は何か接触してくるだろう。

アーチャーのマスター、エルザ・西条は願いを抱いて聖杯戦争に参加した外様の魔術師。聖杯に直接に関わりのある話なら、見過ごしにはできないだろう。

それまではセイバーは暇だった。暇だからと鳥から街の話を聞いていたところに、バーサーカーが口を開いたものだから、セイバーは彼の方へ目をやった。

 

「それじゃ、きみも大して聖杯はいらないのか。私やらアサシンやら、この戦いの参加者はそんなのばっかりだな」

「ああ。そういうサーヴァントが集まったのは本当に珍しいと思っているよ。そして僕の願いは巽のようなマスターに召喚された時点で、半ば叶っている……。と思っていたんだけどね」

 

バーサーカーは重い息を吐いた。巽は朝から愛歌に叩き起こされた反動か、公園のベンチに座ってまどろんでいる。寒空の下で寝こけるほど、愛歌に神経を削られたのかと思うと起こすのは気の毒な気もした。

彼がまどろんでいる最中に言うということは、マスターには聞かれたくない話なんだろうな、とセイバーは察した。

 

「思っていたってことは、今は違うのかい?」

「違う、というより揺らいでいるんだよ。……僕はサーヴァントだ。自らの願いを叶えようと思う亡霊でもあり、同時に主を守るための力でもある。でも、僕はさっぱり主を守れてもいない。どころか、僕という神秘に出会わない方がマスターにはきっと良かったはずだ」

 

確かに、と言う代わりにセイバーは目を伏せた。

東京で殺し合いの儀式が行われているということを知らず、魔術という裏の世界があるということも知らず、一般人として真っ当に生きるのが、きっと來野巽という少年にとっては幸せだろう。正義感に突き動かされて命を落としていては、あまりに救いがなさすぎる。

生真面目な見た目通り、バーサーカーはそこに悩んでいた。それに理由はどうであれバーサーカーのこの正義感の強さが、巽に聖杯戦争から逃げ出すという選択肢を取らせなかったのは確かだ。

人として優しく真っ当な精神のサーヴァントが、同じく善良な気質のマスターを死地に連れて行ってしまっていたことは、セイバーには皮肉な構図にしか見えなかった。少なくともちっとも笑う気になれる類ではない。

 

「でもさバーサーカー、正義の味方なんていう難行、どこの誰にできるんだよ」

 

バーサーカーが目線を上げる。あー、とセイバーは余計なことを言ってしまったと後悔するように肩を落とした。腕を振って鳥を空に飛ばし、足元に散らばる枯れ葉を拾い上げ、それをむしりながらセイバーは独り言のように言葉を続けた。

 

「正義なんて人や時代によって変わってしまうだろ。誰にも受け入れられる正しさなんて、この世のどこにもないよ。ここは私たちが生きていた時代でもないし。だったらせめて、私はマスターの味方であろうって思うだけさ」

「それはマスターが、サーヴァントの願いを叶えてくれる存在だからかい?」

「……意地の悪い聞き方は似合ってないよ。バーサーカー」

 

セイバーの黒の瞳が、すっと細められる。バーサーカーはすまない、と小さく答えた。

別にいい、とセイバーは千切られ、虫食いになった葉を投げ捨てた。

 

「普通ならマスターが願いを叶えてくれるって期待するから、サーヴァントってのはマスターに従うんだろ。そっちが当たり前の構図だと思う。そういう意味じゃ、私は半分叶ったから呑気なものだし、だから一番の優先事項に自分の悲願じゃなくて、マスターの安全を持ってくることができているわけだけど」

「そうかな?」

「さぁ。あくまで私の見解だからな。バーサーカー、きみ、何だかよく分からないが色んなことを学んだ学士なんだろ?無学な私に聞くより、自分で考えた方が良いと思うぞ」

「……僕は学問を修めたと言っても、荒事のことは都市犯罪くらいにしか関わらなかったんだが」

「ほんとにバーサーカーらしくないな」

 

葉をぶちりと両手で千切って、セイバーは呆れ顔とも何とも判断のつかない優しい顔をバーサーカーに向けた。

 

「とにかく私は、顔も分からない正義よりもマスターをどうやって守るかって考えてる。それだけだ」

 

そもそもさ、と言い置いてからセイバーはまた別な枯れ葉を拾い上げて毟りながら、バーサーカーとその隣で船を漕いでいる巽に黒い目を向けた。

セイバーの手の中から、乾いた血のように赤い枯れ葉の欠片が次々こぼれ落ちては風に拐われて灰色の空へと飛んで行く。

 

「敵サーヴァントに助言なんて求めるなよ。幾ら触媒無しで召喚されたサーヴァントとマスターは似る傾向にあるって言ったって、きみも巽も人が良すぎる」

「……その通りだね」

 

バーサーカーが頷くのを見て、セイバーは唇を噛んだ。

慣れないことを言い過ぎて、背筋が痒くなりそうだった。人に何かを言えた立場じゃなかろう、と思うセイバーは口の中が苦かった。

そのとき葉を踏みしめる音がして、セイバーとバーサーカーは同時に顔を向ける。

 

「こんにちは」

 

木立の間からアーチャーと共に姿を現した女魔術師、エルザはからりと笑って片手を上げた。

バーサーカーは巽の前に立ち、セイバーは眉をひそめた。

 

「エルザにアーチャーじゃないか。私のマスターに用があるのかい?」

「まあね。バーサーカーとどうなったかって聞こうと思ったんだけど、その分だと何とかなったみたいね」

 

直前まで穏やかに会話していたらそれはばれるよな、とセイバーは思いつつ頷いた。

 

「あとは偵察かな。ここらに魔術師の家がある感じはしていたし。ちょっと歩いてたら、魔力の気配を見つけたって訳。」

「そんな堂々と偵察してるって言われたら、警戒する気も起きないね。ま、沙条邸へようこそとは言っておくよ。一応これでも門番もやっているから、通す訳には行かないが」

 

沙条邸の門を背にして、片手に顕現させた短剣をセイバーはくるりと回し、切っ先をエルザたちへと向けながら答えた。

黒い瞳の輝きは鋭く細められ、アーチャーへ据えられている。アーチャーは苦笑しながら掌をセイバーへ向けた。

 

「分かりやすい挑発は勘弁しろ。昼日中に騒ぐ気は無いんだろ?」

「当たり前さ。言ってみただけだよ」

 

短剣を消し、セイバーもアーチャーと同じく空の手を広げて笑った。

 

「あなたたちの冗談って心臓に悪いわね。まあ、同盟組んでいる間に話したいことがあるなら話しておけば?これが終われば戦うんでしょう?」

 

エルザの呆れ声にセイバーは言われたことを噛みしめるように目を瞬かせ、それからしみじみとした声音で言った。

 

「……エルザ・西条。きみ、良い人だね」

「止してよ。アーチャーがあなたと戦ってる最中に引っかかりがあったら困るってだけ。単にあたしのためよ。ただし、すぐ来てくれる距離で話してね」

 

ぱたぱたとエルザは手を振る。

 

「それは無論。じゃ、ちょっとアーチャーを借りるね」

 

言って、セイバーはアーチャーの腕を掴むとすたすたと歩き去った。

あとに残るエルザは肩をすくめ、苦笑してそれを見送ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

木立のそれほど奥ではない場所。

少し開けていて、太陽に白く照らされている場所まで来てセイバーは足を止めた。

 

「で、お前さん。話って何だい?」

 

腕組みをするアーチャーに、セイバーはその前に聞きたいことがあると告げた。

 

「アーチャー、本当はこんなことを聞くのはご法度何だろうけど、敢えて聞くよ。……宝具を使ったらあなたは死ぬのか?」

「本当に無茶なことを聞くな。敵サーヴァントに尋ねることじゃないな」

「確かに。でもあなたが真にアーラシュ・カマンガーなら、きっと宝具は生前の逸話の再現だろう?違うのか?言っておくけど、私に嘘は通じないから」

 

アーチャーより頭一つ小さなセイバーは、真っ直ぐに彼を見上げて問うた。

 

「……正解だ。まあ、使わずとも何とかしてはみせるつもりで俺はここで戦ってる。それだけさ」

「そうか。うん、それなら安心した。あなたは間違いなく私の知っているアーラシュ・カマンガーってことだ」

「おいおい。疑ってたのかよ。俺は間違いなく俺だぜ?お前がお前のままでサーヴァントとしてあるようにさ」

「だってあなたが死んだ後、色々な話が出てきたんだよ。アーラシュは死んでいない、本当はまだ生きている、とかさ。アーチャーがそっちの偽の伝承を元にしたサーヴァントだったら、あなたはアーラシュであって、私の知っているアーラシュじゃないってことになってしまうだろ?それじゃあ、意味がないんだ」

 

セイバーは皮肉気に口の端を吊り上げ、アーチャーは苦笑した。

 

「そんな噂が立ったのか。まあ、そういうのは全部間違いだな」

「噂が立つくらい、あなたを惜しむ人たちはたくさんいたってことだよ。本当はアーラシュが生きているって、みんな思いたかったんだよ」

「それはお前もか?アフタル」

 

弓兵の問いかけに、剣士の表情が一瞬色を無くし、黒い瞳に鈍い光が宿った。

 

「兄さんのばか。千里眼を持っているくせに、どうしてそんな分かり切ったことを聞くんだい。当たり前だ。私だって思いたかったさ。でも、そんな都合の良い夢なんて見れる訳ないだろ」

 

自分の力が足りなかったときのこと、痛めた体を動かすこともできずに、山から去っていくアーラシュの背中を見送ることしかできなかった日のことを、セイバーは覚えている。泣いてしまうほど歯がゆくて、同時に泣くことしかできなかった自分を心底憎み、許せなかった。その記憶がある限り、セイバーという少女は綺麗な夢など見ることもできない。

狼のように唸る寸前のようなセイバーを見て、アーチャーも真剣な表情になった。

 

「悪かった。今のは言うべきじゃなかったな」

「全くだ。この朴念仁。次に言ったら許さないから」

 

セイバーは腕組みをして、木漏れ日で光っている木に背中を預けた。悪かった、とアーチャーがもう一度言い、セイバーは頬を緩める。

 

「いくらでも話したいことはあるけど、今は時間が惜しい。だからアーチャー、言わなければならないことだけ言うよ」

 

こほん、とセイバーはおどけて咳ばらいをした。

 

「ずっと昔の話だ。あなたが死んでから、何年か経ったあとの話。私は、街で大きな祭りに出くわした」

 

今思い返せば、あれは夏至のことだったか。

アフタルという名前の少女は、たまたま立ち寄った人里で大きな祭りに遭遇した。老いも若きも誰も彼もが笑い合い、酒を飲み、夜になっても暗さを吹き飛ばすほど大いに騒ぐような、そんな祭りだった。

少女は祭りの楽しみ方は知らなかったが、流れで騒ぎの中に混じり、初めて酒を飲んだ。体が頑丈だったから酔うこともなく、男装をしていたから女とばれもせず、騒ぎの中に立ち混じって人々を眺めていた。

 

「そこで、ある人に声をかけられたんだ」

 

供を引き連れ、筋骨隆々として壮健な体は威風堂々。正に英雄と呼べる風格ある男だった。だが、彼はひどく酔っていた。

男は酒で全く酔うことのできない少女に声をかけ、そして言った。

 

「私みたいに祭りの席でも酔わずに、人々の営みをただ眺めていた友がいたんだって」

 

男の友は優しく強かった。強かったが故に孤高で、人々の穏やかな暮らしに混ざることなかった。ただただそれを守ることができるように離れた場所に立って、一人陽だまりを眺めているような人間だったという。

だが、自分は()()()()()()()()()()()()()、と男は語った。

死なせたことをあなたは後悔して酒に酔うのか、と少女は男に尋ねた。男は呵々と笑った。

 

――――後悔はしていない。それは人々の願いでもあり、友の祈りでもあったから。ただ、お前のように祭りの日に酒に酔えない者を見て、思い出しただけだ。

 

それから少女の肩を乱暴に叩いて、男は言った。多分、彼は少女を少年と思い込んでいたのだろう。

 

――――童よ、お前は健やかに生きよ。私の友はお前たちのような者のため命を使った。よく生きて、その先にある天上の国で、私の友に会えたなら。

 

「今日ここにある風景を忘れずに伝えてほしい、このざわめきを、喜びを、人々の健やかな営みを。この眩いものたちをありったけ心に刻み込んで、この光景を見ることのできなかった誰かに、届けてほしい。―――――そう言われたよ」

 

セイバーは組んでいた腕をほどいた。彼女の前に佇む弓兵は、何も言わなかった。褐色の精悍な顔には、様々な感情が浮かんでは流れ消えて行った。それを剣士は静かに見守った。

しばらく沈黙した後、アーチャーは口を開いた。

 

「その男の、名前は?」

「私も名乗らなかったし、その人も名乗らなかった。だからもう分からない。ただ、周りの人に()()とは呼ばれていたけれど」

 

男と少女は祭りの日を最後に二度と会うことは無かった。

会うことは無かったけれど、男の言葉を少女は忘れなかった。忘れないまま生きて死んで、少女は剣の英霊となって今このとき、この場に立っている。

あるいは、酒の席での戯言だったかもしれない。それでも良かった。喜び合う人々を眩しく、尊いものだと少女も確かに思っていた。

その眩しさを、アーラシュの見た夢の続きを伝えたかった。それだけのことだった。

何も言わない弓兵に向けて、剣士は明るく笑った。冬の日差しのように暖かにやわらかく、何かから解き放たれたように屈託なく笑顔を浮かべた。

 

「私からの話はこれで全部だよ。少し時間がかかり過ぎたけど、言えてよかった。……うん、私は諦めないで良かったよ」

 

セイバーは木から背中を放し、下からアーチャーの顔を覗き込んだ。

顔を片手で覆っていたアーチャーは表情を緩め、セイバーの肩を軽く叩いた。

 

「……気の利いたことが言えたら良いんだがな。今は、ありがとうとしか言えないな」

「それで十分だよ」

 

 

話は終わり、さあ戻らないと、とセイバーは言って、帰り道を指し示したのだった。

 

 

 

 




セイバーと言うより、メッセンジャーなお話。
今週の投稿はこれだけとなります。




あと、ここに書くことではないかもしれませんが、筆者の別作《太陽と焔》に挿絵を頂きました。
挿絵一覧に貼ってあります。
本当にイラストって貰えるんだ、と驚愕しつつ感謝しています。

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