射手の青年、鳥の娘   作:はたけのなすび

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では。


Act-10

 

 

 

沙条綾香にとって聖杯戦争はよく分からないけれど大切な儀式、という認識だった。

お父さんは雰囲気が怖くなって、家にいることも減った。それは少し寂しかったけど、反対にお姉ちゃんが変わった。

姉はよく笑うようになったのだ。おはよう綾香、と廊下で会ったら先に言ってくれ、魔術や学校のお勉強をしていると、ふらりと現れて教えてくれる。

そういうことは、聖杯戦争前にはなかった。

綺麗で何でもできるお姉ちゃんが、そうして自分に関わってくれるようになったのは嬉しい。ただ当然、お姉ちゃんは最近家にいないことの方が多い。朝昼晩問わず、何処かに出掛けているのだ。

聖杯戦争前になかったことはまだある。

屋敷に姿を現すようになった、セイバーという名前の人だ。

おばあさんみたいな真っ白い髪なのに、歳は姉より幾つか上にしか見えず、時々庭の真ん中に座って鳩や雀、燕や烏を肩や手に止まらせている変わった人だ。

セイバーは綾香が見る限り何をするでもなく、ふらふら屋敷を歩いている。姉に呼びつけられたときはふいと姿を消すが、綾香が話しかければちょっとぶっきらぼうな口調だけど、ちゃんと答えてくれた。

セイバーは何でも、お父さんに聞いたところによれば聖杯戦争に必要な存在だそうだ。どう必要なのかは綾香には分からないのだけれど。

その飄々としているセイバーが、かなり急いだ風にして姉と共に屋敷に帰ってきたとき、綾香はちょうど起きたところだった。

玄関先で何か物音がすると思い、覗いてみたらそこにはガラス窓から差し込む朝日を浴びてセイバーと姉が佇んでいたのだ。

 

「起きたのね、綾香」

 

なんて姉は言って、笑顔と共に綾香の頭を軽く撫で、セイバーと一緒に奥の部屋へと消えて行く。セイバーはすれ違い様に、小さく綾香に頭を下げて行った。

 

「愛歌とセイバーが戻ったのか?」

 

それを見送った綾香の後ろから声がする。

振り向けば、少し目の下に隈を作った父が立っていた。

 

「お、おはようございます、お父さん」

「おはよう、綾香。……付いてきなさい」

 

言って、父はにこりともせずに朝の日課の魔術の修練場へ向かう。

 

「……ねえ、お父さん。お姉ちゃんとセイバーは、なにをしているの?」

 

姉がセイバーと共に聖杯戦争をしているということは分かっている。それ以外の答えが返ってくるはずもないのに、つい綾香は聞いていた。

 

「……聖杯戦争だ。大切な儀式なのだから、綾香はただ毎日を過ごすことだけを考えていなさい」

 

お父さんはやっぱりそう言うんだ、と綾香は心の中で俯きながら、はい、と答えた。

中庭を通り過ぎるとき、少し思い立って綾香は本邸を振りった。

気のせいか、二階の部屋にほっそりとした人影が動いていて、こちらを見下ろしているような気もした。

けれど、誰なんだろうと綾香が見返す前に、窓辺の人影は消えていた。

 

「綾香、何をしている?」

「あ、はい!」

 

おまけにお父さんに名前を呼ばれてしまう。

慌てて跡をついていきながら、綾香はぼんやりした砂のような不安を噛み締めていた。

 

―――――お姉ちゃん、無事でいてくれるんだよね。

 

この儀式が終わった後も、ずっと朗らかな姉とお父さんと暮らせれば良いのに、と綾香は誰に願うでもなく思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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セイバーが愛歌によって引き合わされたアサシンは、褐色の肌をした少女の姿形をしていた。

見た目だけで言えば、アサシンは愛歌よりは歳上、セイバーよりは歳下である。

ただし肉体の艶めかしさはアサシンとセイバーでは比べるべくもない。アサシンの体には、不自然なまでな女性らしさ、言ってみれば艶と色気が備えられていた。

黙して佇むだけで、男の情欲を掻き立てそうなアサシンを見て、セイバーは彼女の暗殺の仕方を察した。

 

「こっちがアサシンよ。ええと、真名は静謐のハサン。今はわたしと二重契約中なの。供給魔力は絞っていたから、セイバーの戦闘に支障は無かったはずだけど」

 

愛歌とセイバーが使っている沙条邸の一室にて、無言で向き合うセイバーとアサシンの間で愛歌はそんなことを言う。

 

「……二重契約って、いつそんなことを?あと令呪はどうしたんだ?」

「契約したのはあなたが昨晩奥多摩に行ったあとわりとすぐよ。公園で巽を見つけたから、一緒にアサシンを探しに行ったの」

 

巽の願いへの想いを、意志の強さを、愛歌は何となく試したくなったそうだ。たまたま目に付いた巽とバーサーカーを引っ張って、都心へ赴いた愛歌は魂喰いで魔力を得ようとしていたアサシンを単身撃破。

巽はしかし、アサシンを殺せととうとうバーサーカーには言えなかった。

そのまま愛歌がアサシンを回収したところで、彼女の撃破をマスターから命じられたランサーにばったり遭遇。これを何とか誤魔化して躱し、回収したアサシンを沙条邸へ放り込んでから、ライダーとセイバー、アーチャーの所に転移してきた、というのが愛歌の昨日の行動だった。

全て聞いて、八面六臂のマスターの行動にセイバーは絶句し、文字通り頭を抱えた。

 

「……じゃあ、令呪は?」

「あなたの分を一画使っているわ。でも、別に無くてもいいの。アサシンはとってもわたしに懐いてくれているから」

「?」

 

きょとんと首を曲げるセイバーを置いて、愛歌はアサシンの手を取る。

そのときにアサシンが微かな喘ぎ声をもらした。閨の中の睦事のようなその声音に、セイバーはぎょっとした。

アサシンと手を握りあったまま、愛歌はセイバーに言う。

 

「ハサンはね、こうやって誰かと触れ合いたかったんですって。全身が触れたら死ぬ毒に染まっているこの子は、誰かの温もりを欲して聖杯を求めたの。だから、触っても死なないわたしはハサンの願いを叶え続けていることになるの」

「あー、つまり彼女は令呪が無くても裏切ることは無いって?」

「……はい。我が主、沙条愛歌さまに私はすべてを捧げます。……この体も、心も、命も」

 

水晶玉が擦れ合うような声で、アサシンが言う。

 

「セイバー、あなたは私を信用しなくて良い。ただ私は、主のために動くだけだから。決して裏切りはしない」

 

アサシンは狂気すら感じさせる凛とした瞳で髑髏の仮面越しにセイバーを見た。

固い決意の籠もった言葉は、セイバーも一瞬怯ませかける。

それを眺めていた愛歌は、ぽんと手を打った。

 

「セイバー、あなた確か、頑健スキルをAランクで持っていたわよね」

「ああ。だけどそれが何か?」

「じゃあきっと大丈夫よ」

 

えい、と愛歌は可愛らしい声と共にセイバーの手を取って、静謐のハサンの手を握らせた。

セイバーは顔色一つ変えずに首を傾げ、アサシンは目を瞬かせた。

 

「ほらやっぱり。セイバーは頑丈だもの。良かったわね、アサシン。わたし以外にもあなたに触れて平気な人がいて」

 

笑った愛歌は、サーヴァント二騎の手を取って部屋の真ん中に置かれた机の所まで彼女たちを引っ張る。

机の上には、東京の地図が置かれていた。

 

「と言うわけで、対ライダーのために状況整理に入るわ。どうやらわたし、ライダーに目を付けられてしまったみたいだから、しっかり守ってちょうだいね」

 

口でそう言いつつ、愛歌は何処か楽しげだった。

アサシンが生真面目に胸に手を当てて誓うのを横目に見ながら、セイバーは肩を竦めて愛歌の反対側に座った。

それを待ってから、愛歌は白い紙を取り出してきて、また七つのサーヴァントクラス名を書き出した。

今度はその横に、マスターたちの氏名が書き込まれる。

 

「これでアサシンとセイバーは同一陣営になったわけだけど。……アーチャーとわたしたちは、ライダー戦終了までは不可侵。ランサーはアーチャーたちに任せるとして、問題はバーサーカーとキャスターね」

 

頬杖をつく愛歌の前で、セイバーは身を乗り出して地図の一点を指差す。赤く塗られたそこは、玲瓏館邸の場所だった。

 

「ライダーに、キャスターと組まれたくない。神殿規模の工房を短期間で作れる相手が、ライダーを魔術で援護すると思うとゾッとする」

「でもね、そのキャスターは玲瓏館のサーヴァントよ。伊勢三と玲瓏館には、極東の名門同士という繋がりもある。同盟を組みやすいと思わない?」

 

極東のそれなりの名門であるのは沙条家も同じだが、伊勢三のライダーが沙条のマスターである愛歌を敵とした以上、少なくとも伊勢三との同盟は不可能だ。

セイバーは立ち上がった。

 

「それじゃ私は、玲瓏館宅に今から行って、同盟出来ないか聞いてくるよ」

「今から?」

 

セイバーは首を縦に振った。

 

「今からだ。ライダーのいう刻限とやらがいつか分からない以上、時間がないだろ?やれるだけのことは何でもやるさ」

「……そうね。じゃあ、セイバーは玲瓏館へ行ってきて。わたしはアサシンと巽の所へ行くわ。特に疲れてもいないし」

 

アサシンがそこで、褐色の指を動かして紙の上に記された巽の名を指差した。

 

「タツミとはバーサーカーのマスターですが、彼を倒しに行くのですか?」

「違うわ。誘いに行くのよ。……巽はね、一般人なの。戦力としてはあまり頼りにはできないわ。バーサーカーを含めてもね」

「では、何故?」

「他の魔術師にバーサーカーを取られちゃうと困るからよ」

 

愛歌は珍しくきっぱりと言い、アサシンの手を取る。

 

「じゃあまたね。セイバー、わたしはアサシンに守ってもらうから。令呪もあるし」

「了解」

 

セイバーは霊体化してかき消え、愛歌は空間転移でアサシンと共に姿を消す。

一瞬で誰もいなくなった部屋の中、机の上の地図だけが朝日に白々と照らされていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

玲瓏館邸の規模は沙条邸のそれより大きかった。愛歌と綾香の父、沙条広樹氏曰く、裏の世界に住む魔術師にしては珍しく、表の世界でも政財界を統べているという。

世にはそういう魔術師もいるんだ、とセイバーはそれを聞いて思う。聖杯戦争のもみ消しも、玲瓏館の世俗の権力でどうにかしている部分があるのだろう、とも。

生前では世捨て人のような魔術師しか知らなかったセイバーにとっては意外だった。

霊体化して玲瓏館邸に急行したセイバーは、門前で実体化した。玲瓏館邸は全体を森に囲まれており、門前からでは本邸は緑の奥に遠く霞んでいた。

隠されていたサーヴァントの魔力が解放され、邸内にざわめきが走ったのをセイバーは肌で感じ取る。

どうやって進もうかと思う前に、扉が開く。セイバーが庭園に踏み込んだ途端、直後に魔力が収束した。輝く魔力は人型になり、長い黒髪に、白い長衣を纏ったの男の姿となる。

 

「……玲瓏館のサーヴァント、キャスターとお見受けするが?」

「如何にも。そう仰るあなたは沙条家のサーヴァント、セイバーですか」

「ご名答」

 

一見したところ、当然ながらキャスターは立ち方にも隙があり、戦闘向きの人間では無いように見えた。

美しい女のようにも見える、線の細いキャスターは、感情を読ませない笑顔でセイバーを見た。

 

「あなたの用向きを当ててみせましょう。玲瓏館との同盟の申し入れ、違いますか?」

「分かっているなら話は早い。昨晩の戦い、そちらは見ておられただろう?」

「ええ、無論。そして先にお答えします。それはお断りしましょう」

 

セイバーの片眉がぴくりと跳ね上がった。

 

「ライダーの伊勢三陣営と、もう同盟を結ばれたのか」

「察しが早いですね。ええ、その通り。よって今、あなた方は我らの敵です」

 

キャスターの右手が持ち上がり、セイバーを取り囲むように炎、氷、土の塊が空中に顕現した。

 

「エレメンタルか。……あなたは正統なキャスターのようだな。聖杯への願いは、さしずめ根源への到達といったところかな?」

 

現代風の衣のままセイバーは大剣を右手に換装し、軽々と肩に担ぐと口の端を吊り上げて笑った。

キャスターは笑顔のまま、手を振り下ろす。炎と氷が刃となり、土塊が津波となってセイバーに襲い掛かる。

セイバーは回転した勢いのまま炎と氷を切り裂き、土塊は魔力放出により巻き起こした風で吹き飛ばし、片手で腰の短剣を抜いてそれをキャスターへと投げつけた。

短剣は的を外さずキャスターの額に突き刺さるが、その姿は呆気なく硝子のように砕け散った。

 

「それは幻影です。……しかし、あなたの力の一端は分かった。今日はこれにて終いにします。我ら玲瓏館はライダーと共に戦場へ臨みましょう。マスターへとそう伝えなさい。あなたは道中、お気をつけて」

 

軋んだ音を立て、閉じていた門が開く。

セイバーも大剣を消し、魔力放出の弾みで頭から飛んだ帽子を拾うと被り直した。

失敗か、とセイバーは苦い顔で玲瓏館邸を一度だけ振り仰いでから、敷地を出た。

結局、セイバーはキャスターの風貌とエレメンタルを扱うという情報しか得られなかった。愛歌に記憶を読み取ってもらえば、キャスターのことも更に分かるかもしれないが、当初の目的は見事に失敗だった。

白髪を帽子の中に押し込め、セイバーは閑散とした街を歩く。

電線に止まってこちらを見下ろしている烏、冬空を鳴きながら飛んでいく雀を見上げたセイバーは、ふと往く道の先に人影があるのに気が付いた。

 

「昨晩振りであるな。怪物王女が走狗、剣の英霊よ」

 

騎兵の英霊、太陽王オジマンディアスは、驚きで動きを止めたセイバーに向けて、獰猛な顔を向けたのだった。

 

 

 




区切りの十話目なので、スキル一覧。

セイバーの保有スキル
頑健:A
動物会話(鳥):B
魔力放出(風):B

クラス別能力
対魔力:C
騎乗:A+


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