Fate/Zero Son of Sparda 作:K-15
「これは……生きてる?」
息を吹き返す雁夜、腹部のキズが治った所か血の汚れも破れた服も全てが戻っている。そして、蟲に蝕まれた体も。
白髪だった髪の毛も黒くなり、失った左目の視力も戻っていた。
「目が見える!? 体も……血も出てない!?」
「雁夜君……」
振り向いた先に居るのは想い人である葵。そして娘である凛と因縁の相手である時臣。涙を流して喜ぶ葵と凛を前に、心の中で怒気が孕む事はなかった。
「良かった……生きてて本当に良かった……」
「おじさん……雁夜おじさん!」
「凛ちゃん、もう大丈夫だから。葵さんも」
凛の頭を撫でてあげる雁夜は冷たいコンクリートの上から立ち上がる。そして対面するのは魔術師。
「時臣、お前が助けたのか?」
「随分な口の聞き方だな。まぁ、今は目をつむってやる。お前が助かった理由、それくらいは聞かせてやろう。この腕輪だ」
「腕輪だと?」
言うと時臣は時の腕輪を差し出した。時計の彫刻されたこの腕輪だが、今はもうヒビが入り使えなくなってしまっている。
「この腕輪は魔導器、だが普通の魔導器ではない。時間を操る魔導器だ。これを使い君の体を治癒した。いや、正確ではないな。時間を巻き戻した。君の体は治ったのではなく時間ごと遡った。故に瀕死の重傷を負ったと言う現象さえも失くなった」
「時間を? だったら――」
説明を受けた雁夜は体の中を這いずり回る蟲に命令を飛ばそうとするが、そもそも蟲の操り方が記憶から薄れている事に気が付く。
その感覚がなかなか思い出せない。そうしている間にも次々に記憶から消えていく。蟲も雁夜の体から完全に消えていた。
「蟲が……」
「これで体は大丈夫だ。記憶は次第に消えて行くだろうがな。どの程度まで記憶が消えるのかは私にもわからん」
「記憶が!?」
「当然と言えば当然だろう。この1年近くに体へ受けた現象は消滅したのだ。記憶にも変化が現れる。君の体が治ったのは治癒などと生易しい魔術ではない。時間の流れを操作するなど、魔術ではなく魔法の類だ」
「時臣、魔術でも魔法でも今はどうでも良い。助けてくれた事は感謝している。でもどうしてだ? お前にとっても俺は目障りな存在だ。なのに……」
「そうだな。聖杯戦争のマスターであり、魔導の道を外れた男。私からしたら不愉快極まりない。だが、令呪を失くしたマスターを保護するのは教会の役割。当然、教会に属している私もその役割を全うする必要がある」
雁夜は自らの手の甲を見てみた。マスターに選ばれた人間に刻まれる令呪さえも消えてしまっている。雁夜の体は聖杯戦争に参加する前の体に戻っていた。
「たった……たったそれだけの理由で俺を助けたのか?」
「私は遠坂家の当主だ。他の魔術師の模範になる行動を取らなくてはならない。一時の感情で魔術師としての尊厳を傷付けるなど愚の骨頂」
「どこまでもお前は! やっぱり、魔術師なんかに道徳心は――」
「それと、娘を守ってくれた」
「え……」
思わず言葉を失う。魔術師は嫌悪する存在でしかなかったが、そんな相手が初めて人間らしい表情を見せた。
「娘と家内を守ってくれたせめてもの礼だ」
「時臣……お前……」
「これ以上、お前と話す事はない。生き返った体で自由に生きれば良い。凛、行くぞ」
「待て……」
背を向ける時臣、だが雁夜はまだ時臣を行かせる訳にはいかなかった。確かめる必要がある、見届ける必要がある。この男の本質を。
悪魔は代償を必要とする代わりに対価を与える。バージルは雁夜との契約を守った。
もはや跡形もない市民会館から出て来たのはサーベントであるバージル。その両腕には時臣の娘である桜が抱えられている。
流石の時臣もそれを見て目を見開く。
「桜……」
バージルは何も言わずに桜の体を地面に下ろし、雁夜の元へと歩いて行く。
娘との久方ぶりの再会に歓喜する凛と葵だが、今の雁夜はその光景を遠目から見る事しかできない。
「バージル、約束は守ってくれたんだな」
「それが俺とお前の契約だ」
「そうだったな。悪魔との契約。最後にあの3人の姿を見れただけでも本望だ。もう心残りはない」
「そうか……」
折角、生き延びた体。けれどもその祈りは捧げなければならない。それが悪魔との契約。
閻魔刀を抜くバージルは鋭い切っ先を心臓に向ける。
「雁夜君! アナタは……」
「葵さん、時臣、助けてくれた事は感謝している。けれども俺は生きる事を許されない。聖杯をこの手にし、臓硯の手から桜ちゃんを救い出す。その為に悪魔へ魂を売った。もう……人間じゃない……」
死への恐怖か、悲願が達成された事への喜びか。様々な感情が胸の中でうずまきながら、雁夜は瞳から涙を流す。
悪魔との契約は代償が必要、初めからわかっていた事。
「さぁ、バージル。俺の魂だろうと何だろうと持っていけ」
「雁夜、最後に1つだけ教えてやる。お前はまだ人間だ。悪魔は泣かない」
閻魔刀が心臓をえぐる事はない。その言葉だけを言い残し、バージルは現世から居なくなった。
///
10年後――
第4次聖杯戦争を最後に、マスターとサーヴァントが聖杯を求めて争う聖杯戦争は起こっていない。
遠坂桜は1学年上である衛宮士郎と共に市内の病院へ向かっていた。
「先輩まで来て頂く必要はなかったのに」
「いや、でも桜の知り合いの人なんだろ? それに晩飯の買い出しもあるから気にする事ない」
「そう言えば、お母様の容態は大丈夫なのですか?」
「良くはないけど悪くなってる訳でもないからな。車椅子や松葉杖の使い方ももう慣れてるし、あんまり過保護にすると逆に怒られる」
「そうですか。こっちは階段から転けて骨折したみたいなんです。私のお母様の幼馴染みで、雁夜おじさんって呼んでるんですけど。そう言えば……結婚式に行ってから少し疎遠になってましたね。結婚されてもう7年かぁ」
「へぇ、切嗣みたいに尻に敷かれてなけりゃ良いけど」
「え……前に見た時はそのようには見えませんでした」
「偉そうにしてるように見えるだろ? あれは偉そうにさせて貰ってるんだよ」
結末は変わった。
それぞれを取り巻く環境も、世界の在り方も。
だが運命は変わらない。聖杯もまた然り。
Fate/stay night
to be continued
これにて完結です。
最初にも書きましたように書きたい所しか書いてないので間はすっ飛ばしてますし、長編小説としての形は保ってません。
急いで書いたので誤字脱字も多いかも。
粗も目立つ出来栄えではありますが、今作は取り敢えずこれで。
機会ができればちゃんと作り直すか続きを書きたいと思います。
ご意見、ご感想お待ちしております。