Fate/Zero Son of Sparda   作:K-15

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EPISODE24 聖杯

 時臣と雁夜は遂に対峙する。

 聖杯はもはや目の前。夜の冬木市市民会館、まだ建造途中の屋上に立つ両者。

 積年の憎悪を向ける雁夜は目の前の相手を殺す事しか頭にない。

 この為だけに諦めた。

 この為だけに苦しんだ。

 この為だけに耐えてきた。

 この為だけに……。

 

「時臣、俺はここでお前を殺す! 殺さなくてはならない! この瞬間の為だけに俺はッ!」

 

「魔導の道を外れた貴様が聖杯戦争に参加するなど、恥知らずも良い所だな。間桐も落ちる所まで落ちたと言う事か」

 

「うるさい! お前のような外道にとやかく言われる筋合いはない! 姉妹で殺し合いをさせるようなお前に!」」

 

「君が家督を拒んだことで、間桐の魔術は桜の手に渡った。むしろ感謝するべき筋合いとはいえ……それでも私は、君という男が赦せない。血の責任から逃げた軟弱さ、そのことに何の負い目も懐かぬ卑劣さ。間桐雁夜は魔導の恥だ。再び相見えた以上、もはや誅を下すしかあるまい」

 

「お前は……お前はッ!」

 

 話をした所で互いの価値観をわかり合う事などできはしない。平行線を辿る両者はもう戦うしかなかった。

 蟲を操る雁夜と魔術を駆使する時臣。

 雁夜は蟲を呼び出し一斉に飛び込ませるが、時臣が得意としている魔術は炎。魔術師として卓越した技術を持つ時臣の炎は威力も桁違い。

 大粒のルビーをはめ込んだ杖を軽く振るうだけで前方に炎の渦が出現する。

 戦闘力はあるが所詮は蟲。炎を前にしては呆気なく灰にされてしまう。

 

「聖杯戦争に参加して良いのは魔術師のみ。まさかそれが魔術などと言う訳ではあるまいな?」

 

「黙れ、黙れッ! 時臣、お前を殺す! 殺してやる! その為に俺は、悪魔にも魂を売ったんだ!」

 

「悪魔? フフッ、そこまでしてその程度なのか? ならば悪魔を退治して、私の戦いに華を添えるか」

 

「ぐぅっ!?」

 

 雁夜と時臣とでは相性が悪すぎた。雁夜は蟲を操る事しかできないが、時臣は炎以外の魔術も使えるし、その魔術も普通の魔術師と比べて遥かに卓越している。

 そして唯一の武器である蟲も全く通用しない。更には体も現界が近づいていた。苛まれる痛みに片膝を付いてしまう。

 

「何とも呆気ない。これで悪魔か。では間桐雁夜、私からの最後の手向けだ。その魂を地獄に送り届けてやる。これで聖杯は――」

 

 どう足掻いても雁夜に勝ち目はなかった。時臣は雁夜に目掛けて炎の魔術を放とうとするが、突如として巨大な揺れが2人を襲う。

 

「何だ、この揺れは!?」

 

「じ、地震か?」

 

「この魔力の流れ……もしや聖杯が……」

 

 揺れは市民会館どころか冬木市全体を包む程に大きい。屋上でなんとか体を支える雁夜と時臣だが、この市民会館はまだ建造途中。

 至る所から綻びが発生し、数秒もすれば足元から崩れ始めた。2人が立つ屋上も例外ではなく、激しい揺れの中で時臣が立つ足場は重力に引かれて落ちて行く。

 魔術師と言えども空を飛ぶ事などできはしない。コンクリートや鉄骨のガレキと一緒に時臣は飲み込まれていく。

 

「うお゛お゛お゛ォォォッ!?」

 

「くっ!? 蟲共、俺の体を持ち上げろ!」

 

 羽を持つ蟲を無数に呼び寄せる雁夜はそのまま屋上から飛び降りた。同時に蟲は雁夜を持ち上げて空を飛ぼうとする。だが人間の体を持ち上げられるだけの力は蟲が束になっても出せない。それでもゆっくりと安全に、雁夜はアスファルトの地面へと着地できた。

 

「はぁ……はぁ……揺れは止まった。時臣は……死んだか?」

 

 周囲を見渡しても時臣の姿はどこにも見えない。宿敵の呆気ない幕切れにどこま虚しさを覚えてしまう。

 だが雁夜が憎悪を向ける相手がもう1人、崩れかけの市民会館から現れた。

 

「良くやったぞ、雁夜。ご苦労」

 

「臓硯……」

 

 どれ程にこの男の事を忌まわしいと思ったか。それでも離れる事ができない。父である臓硯が杖を付いて目の前に立っている。そしてその隣には、最愛の人の娘が。

 

「桜ちゃん!? 臓硯、これはどう言う事だ! どうしてお前がここに居る? それに桜ちゃんまで」

 

「聖杯がもうすぐワシの物になるのでな。居ても立ってもいられず、ここまで足を運んでしもうたわい」

 

「聖杯が? でもまだセイバーが残ってる筈だ。それに桜ちゃんが居る事と聖杯と何の関係がある?」

 

「カッカッカッ。愚息と侮っておったがここまで善戦するとは思わんだぞ」

 

「俺の質問に答えろ! 臓硯、お前は――」

 

「さくらッ」

 

 背後から声が聞こえた。聞き覚えのある女の子の声。

 振り返った先に居たのは思いを寄せる人とその娘。

 

「葵さん! 凛ちゃんも!? 臓硯、お前……まさか……」

 

「聖杯をこの手にするには器が必要だ。中身だけでは意味がない。桜にはその器になって貰う」

 

「器だと!?」

 

「だがな、ここまで来て聖杯が手から溢れるなどあってはならん。だから念の為に代わりも容易した」

 

「その代わりが凛ちゃんだと? 臓硯、お前は初めから俺との約束なんて守る気はなかったな!」

 

「いいや、そんな事はないぞ。お前の為に母親の方も呼んでやったではないか。あの娘と1つになるのが夢であったのだろう? その夢、叶えてやるぞ? 親子共々、聖杯の中で溶け合い1つになるのだ」

 

 この言葉を聞いた瞬間、血の気が引いた。そして目の前の男からとてつもない邪悪を感じ取り、雁夜は葵と凛の前に行く。

 

「葵さん、凛ちゃんも。とにかくここから逃げるんだ!」

 

「雁夜君、どう言う事なの? それに桜が……」

 

「説明してる時間はない。お願いだ、とにかく逃げてくれ!」

 

 必死の形相で2人を逃がそうとするも状況が飲み込めない葵は動くに動けない。そうしている間にも、臓硯は不気味な笑みを浮かべながら雁夜に近づいて来る。

 

「ッ!? 臓硯、今までお前の事を少しでも父親だと思った俺が間違いだった」

 

「ほぅ、育ててやった恩も忘れて。で、間違いに気が付いたお前は恩をどう返すつもりだ?」

 

「殺すッ!」

 

 雁夜は臓硯を食い尽くすつもりで蟲を呼び出し飛ばした。けれども臓硯は余裕の態度を崩さない。どこまでも不気味な笑みを浮かべたままだ。

 

「お前に蟲の扱い方を教えたのはワシだぞ? それにお前の蟲はワシ自らが体内に埋め込んだ。だから――」

 

 雁夜の腹部から蟲が飛び出す。内蔵を食い破り、皮膚を引き裂き。

 血まみれになって現れたその蟲は、臓硯の手によって入れられた物。桜の純血を奪った忌まわしい蟲。

 イモムシのように地面を這い回りながら進む蟲は臓硯の手の中へ。雁夜が呼び出した蟲もあらぬ方向へと飛んで行く。

 

「所詮、お前はその程度の男よ」

 

 腹を食い破られ、口からも血が逆流し、何もできないまま前のめりに倒れていく。けれども寸前の所で体を抱き寄せるのは、想い人である葵。

 

「雁夜君! しっかりして、雁夜君!」

 

「あお……さ……にげ……」

 

「待ってて! あの人を呼べばすぐに!」

 

「にげ……」

 

 もう声を振り絞る事しかできない。目の前の女性の優しさも、暖かさも感じ取れなくなり、力なくまぶたを閉じた。

 

「雁夜君! 死んじゃダメ! 雁夜君!」

 

「カッカッカ、無駄じゃよ。どのみち、ここで死ななかった所で1ヶ月も生きられたかどうか。さぁ、ワシと一緒に聖杯へ来て貰うぞ」

 

「ひッ!? アナタは……息子を殺すなんて……」

 

「聖杯を前にしては些末な事。さぁ、こっちへ来るのだ。桜も居るぞ?」

 

 ゆっくりと近づいて来る臓硯に恐怖を感じる葵。

 母の窮地を感じ取ってか、凛が1人前に出る。

 

「お母様は逃げて下さい! 遠坂家の跡取りとして、私がお母様をお守りします!」

 

「ダメ……ダメよ、凛! 私が――」

 

 背中から凛を抱き締める葵は覆い被さるようにして凛を守ろうとした。

 魔術師ではない彼女には何もできない。それでも母として、最愛の娘を守る為にできる事をやる。例えここで死のうとも、凛さえ生き残れるのならそれで良い。

 力の限り凛を抱きしめ、その瞬間が来るのを震えながら待った。

 けれども、その時は訪れない。恐る恐る振り返ると、目の前に居たのは青い剣士。

 

「生きているな?」

 

「アナタは……」

 

「話は後だ。まずは目の前の妖魔の始末が先だ」

 

 アーチャーを退けたバージルがようやくここまで来た。握る閻魔刀は鞘から抜かれており、伸ばされた臓硯の右腕を斬り落としている。

 

「ぐぅッ!? サーヴァント風情が」

 

「死に損ないが、次は粉微塵になるまで斬り刻んでやる。妖魔、お前ごときを殺すのに1秒と要らん」

 

「フフフッ、万全の状態ならばそうだろう。だが今のお前はアーチャーとの戦いで傷ついておる。そんなお前など!」

 

「ッ!?」

 

 上空から羽を広げる蟲の群れが襲い掛かって来た。幻影剣を周囲に展開し閻魔刀を構えるバージル。

 見境なく目の前の肉を食らい付くそうと迫る蟲、バージル程の手練からすれば倒す事など容易いが、臓硯が言ったように体にはアーチャーとの戦いのキズがまだ残っている。

 戦いの様子を暫らく見守る臓硯。

 

「倒す事は無理でも時間稼ぎくらいはできるか。予備を使えないのは諦めるしかないな。さぁ、行くぞ桜よ」

 

「はい……」

 

 攻防一体の円陣幻影剣は近づく蟲を次々に斬り落とし、閻魔刀の斬撃が空間ごと消滅させていく。だがそれでも時間が掛かり過ぎた。

 全ての蟲を倒した時には臓硯の姿はどこにも見当たらない。

 

「チッ! 妖魔め」

 

 閻魔刀を鞘に戻すバージル。臓硯は既に市民会館の中へと入っていってしまった。事は一刻を争うが、背後から聞こえて来る悲鳴にも似た泣き声に、バージルは振り返るを歩を進める。

 

「雁夜君、気をしっかり持って! もうすぐあの人が来てくれるから! そうすればこんなキズなんて……」

 

「雁夜おじさん! 死んじゃヤダ!」

 

 雁夜の命は風前の灯。腹部からの出血を見れば誰にでもわかる事だが、葵はそれでも声を出し続けたし、凛も涙を流しながら雁夜の手を握っている。

 バージルは2人に囲まれた雁夜の元へと来ると、鋭い視線でその顔を睨み付けた。

 

「ここで死ぬつもりか、雁夜? まだお前の願いは叶っていないぞ?」

 

「アナタ、こんな時に何を――」

 

「対価を必要とする代わりに悪魔は願いを叶える。俺が悪魔である為にも、今ここで死ぬ事は許さん」

 

 言うとバージルはコートから何かを取り出した。それは時計の彫刻が施された銀色の腕輪。バージルは手に取った腕輪を自らが使うのではなく、泣き続ける凛に手渡した。

 

「なに……これ……」

 

「お前が使え。俺は魔術など使えん。だがお前ならできる筈だ」

 

「これを使えば……雁夜おじさんを助けられるの?」

 

「助けられるかはお前次第だ。この腕輪は時の腕輪。真に魔術師を目指すのなら、使いこなしてみせろ」

 

 言うとバージルは踵を返し市民会館に向かって進む。悪魔として雁夜の願いを叶える為に。

 

(雁夜、残る令呪。使わせて貰うぞ)

 

 

 

///

 

 「あれが……聖杯だと……」

 

 切嗣は絶句するしかできなかった。

 目の前に姿を表した聖杯。けれどもそれは万能の願望機とは程遠い。幾度の聖杯戦争を得て歪に変化した聖杯は、もはや邪悪そのもの。

 泥の塊のようなそれにアイリスフィールは聖杯の器として邪悪に取り込まれてしまった。

 そして聖杯に匹敵するだけの邪悪がもう1人。

 

「カッカッカッ! この時を……この時をどれだけ待ち焦がれたか! 聖杯が遂にワシの物に」

 

 間桐臓硯、彼は桜を隣に引き連れて邪悪の目の前にまでやって来た。

 どこまでもドス黒い漆黒。見るもおぞましい存在。この世の異物。

 邪悪を前に臓硯は躊躇なく手を伸ばし、そして飲み込まれていく。隣に居る桜も一緒に。

 

「ハハハハハッ! 感じるぞ、伝わるぞ! これが聖杯の力! みなぎる……溢れ出る……もはや聖杯戦争などどうでも良い! この力さえあれば、残るサーヴァントを倒す事など容易な物よ! そしてワシの願いは成就する。不死身、不老不死! あッはははははッ! いいや、それだけではない。ワシはこの混沌の世界の王となろう! 聖杯よ、ワシを王に選べ!」

 

「あの男、間桐臓硯か? 聖杯の力を宿したのか? いいや、違う。飲み込まれただけだ」

 

 切嗣は握るライフルのトリガーを引き弾丸を浴びせるが、もはやその程度でどうにかできる存在ではない。それどころか無事に生き残れるかどうかすら危うい状況で、たった1人にできる事など限られている。

 この場から逃げる。邪悪に飲み込まれる前に逃げるしかない。

 だが切嗣はその選択肢を選べなかった。無駄とわかっていながらライフルのトリガーを引き続ける。だが邪悪の塊である臓硯に近代兵器が役に立つ筈もない。

 塊から無数に漆黒の手が伸びると切嗣は追い詰められていく。退路を絶たれ、退ける方法もない。

 

「ここまでなのか……俺は最後まで……」

 

「いいえ、まだです」

 

 迫る手が寸前の所で斬り落とされる。切嗣の前に現れたのは自身のサーヴァントであるセイバー。その手には黄金に光る剣が握られている。

 

「マスター、ここは私が。早急にこの場から退避を」

 

「セイバー、もはやアレは聖杯なんかじゃない。あんな物を手にした所で、望んだ奇跡など得られはしない」

 

「わかっています。何としてもここで破壊します!」

 

 戦闘をセイバーに任せる切嗣はこの場から離れ、セイバーは1人邪悪に向かって対峙した。

 

「今更、サーヴァント風情が!」

 

「ただの邪悪に何かを言われる筋合いなどない! 我が剣と誇りに誓い、お前はここで倒す!」




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