蒼に行っておいでと言われたためその誘いに応じたエメだったが…
エメが大活躍したドッジボール大会から数週間後、私達の学校は夏休みに入っていた
エメ「いやー、最近暑いねぇ…プールでも行きたく…ん?」
蒼「どうしたの?」
エメ「LINEだ……へぇ、そんな企画するんだ」
蒼「一人で納得しないでよ…私にも教えて」
エメ「なんかね、明後日に中学時代の同級生で集まってどこか行こうって誘われたのよ。どうしようかな…」
蒼「?…行ってくればいいじゃない。誰か苦手な人でもいるの?」
エメ「いや、別にそうじゃないんだけど…蒼を置いて一人で遊びに行くのはちょっと気が引けるかもって思ってね」
蒼「そんな事で気を使わなくたって大丈夫よ。あまりに暇だったら私一人でもどっかに遊びに行くしさ」
エメ「そう?…じゃあ行ってこようかな」
蒼「うん、楽しんできなよ」
いつも自分の支えになってくれているエメにこんなところまで気を使わせる訳にはいかないと思い私はエメに気兼ね無く遊んでくるように促した
二日後
エメ「じゃあ行ってくるね蒼、たぶん夕飯までには帰ると思うから」
蒼「分かったわ、じゃあ夕飯作って待ってるね」
どこの新婚だと思うような会話をしながら私はエメを送り出した
某文化会館
エメ「集合場所ってここよね」
携帯に知らされた場所に来たエメは周りを見渡した
すると、向こうから見知った顔がこちらへ向かってきた
里奈「久しぶりやなエメ!元気しとったか?」
エメ「久しぶりね里奈、相変わらずこっちは元気よ」
彩「相変わらずあんたはテンション高いわねぇ…」
里奈「テンション低いよりはええやないか…」
彩「なんか言った?」
エメ「会って早々喧嘩しないでよ…」
エメが二人を宥めていると、続々と中学時代の同級生がやってきた
女子A「さてと、もう全員集まったかな?」
男子A「えっと…そうだね。予定が合わなかった子達以外は全員来てるね」
里奈「さて、どこ行く?案がある子はどんどん出してやー」
男子B「プール!」
里奈「誰も水着用意してへんやろ…」
女子B「ショッピング巡り!」
男子A「男子が退屈だ」
彩「…山とか川はどう?お金かからないし、川に行けば涼めるわよ」
女子B「山に川か…良いかも!男子はどう?それでいい?」
男子C「確かに最近すっごい暑いし、賛成だよ」
男子A「僕もそれでいいよ」
ようやく話が纏まり、エメ達は近くの山に行くことになった
山
ピッ…ピッ…ピー!カシャッ!
女C「よし!ちゃんと取れてるね!じゃあ、5時にまた集合って事にして、各自解散!」
女子の一人が集合時間を指定して自由に山の中で遊ぶことになった
エメ「(うーん、これといってやりたい遊びとかないんだよねぇ…そこら辺でも散歩しながら考えようかな?)」
何か楽しそうな事がないか探しながら歩いていると、吊り橋にたどり着いた
エメ「へぇ、こんな所に吊り橋なんかあったんだ……ん?」
エメは吊り橋の向こう側に誰かいる事に気がついた
向こうもこちらに気が付いたようで橋を渡ってこちらへ来た
彩「あら、あんたもする事なくて散歩してんの?」
そこにいたのは彩だった。中学時代に里奈がカツアゲにあっていたが、麗華の腰巾着だった為か、カツアゲ自体もあれっきりだったので私も里奈も今は特に気にしていない。尤も、当時は名前さえ知らなかったわけだけど
エメ「あんたも…って事は、彩もする事がなかったの?」
彩「まあ、私はこういう集まりにあんまり来る習慣ないしね」
エメ「(じゃあなんで来たのよ…)」
彩「散歩すんのは嫌いじゃないし、柄にもなく自然を楽しもうかしら」
今の言葉は私に言ったのか、それともただの独り言なのかは分からないが、彩は再び橋を渡って向こうへ歩き出した
彩サイド
彩「(ちょっとエメに意地悪してやろうかな…)」
橋の下をチラッと覗き、下の川が結構広い事を確認した彩は、とある悪戯を思いついた
彩「ねぇエメ、あれなんだろうね」
エメ「あれ?何の事?どこにあるの?」
彩「ほら、あそこだよ」
そう言い、彩は橋から少し身を乗り出し下の方を指さした
エメ「えぇ?何かある?…」
何かあるのだろうと思い橋の下の方を覗くエメを彩は軽く突き飛ばした
エメ「え?…」
彩「(うわ、エメすっごい驚いてる!普段あんま表情が顔に出ない子だからレアかも!)」
エメが珍しく驚いている顔をした事、自分の悪戯が成功した事でご機嫌だった彩だったが、次の瞬間血の気が引いた
落ちていくエメの姿と下に見える川の比率が明らかにおかしいのだ
人は大きい物を見ると直感的に近くにその物体があると思い込むものだ。しかしこの時、彩はしっかり確認しなかった為気が付かなかったが、下にある川はあまり高さがない為広く見えていたのではなく、かなりの高さがあってもなお広く見えるほど幅のある川だっただけなのである
彩の目測では川は5~10mそこら下だと思っていたが、実際は20m近くある高さにこの吊り橋は架かっていたのだ
しかし、今更そんな事に気が付いても既に遅く、次の瞬間にはエメは水面に叩きつけられ、谷下の川を赤く染めた
彩「わ…私…そんなつもりじゃ…ただ、ちょっと悪戯を…」
誰も周りに居ないというのに言い訳を続ける彩だったが、幸か不幸かその現場も彩の言い訳も見聞きした者がいなかった
数時間後
女C「さてと、全員集合した?」
里奈「ちょっと待ち!エメがおらへんで。あの子時間には厳しい方やのに、どうしたんやろ…」
男子D「山のどっかで道に迷った…とか?」
女子D「でもそれなら誰かに連絡入れるんじゃない?それよりはどこかで倒れてるって可能性の方が大きいかも」
彩「ね、ねぇ!」
女子B「どうしたの?エメから何か連絡が来たの?」
その女子がそう言うと、みんなの視線が一気に彩に向けられた
彩「えっと…エメは…」
少し口ごもってから彩は再び口を開いた
彩「途中で具合が悪くなったから帰るって聞いたわ」
里奈「そうやったんか…ん?でも、誰から聞いたんやそんな話」
彩「エ、エメ本人からよ!その時たまたま私と一緒にいたから」
彩の言葉には幾つかの綻びがあったが、エメがいなくなってしまったかもしれないと危惧していたメンバーは安心しきってしまい、そこまで頭が回らなくなっていた
男子C「それじゃエメ以外は全員いるか?」
女子A「ちょっと待って、今数えるから…うん、全員いるよ」
女子D「じゃあ帰ろうか」
最終的に彩の嘘によってエメは同級生達に探されぬまま帰られてしまった
蒼サイド
蒼「エメ、遅いなぁ…夕飯までには帰ると思うって言ってたのに…」
蒼はリビングにかけてある時計を見ると、既に7時を超えていた
仮に友達と夕飯を食べて帰ってくるなら何かしらの連絡が来るはずである
となると、何か事故に巻き込まれたのだろうかと思い、エメのスマホに電話を掛けた
プルルルル…プルルルル…プルルルル…
機械音声「おかけになった番号は現在電源が入っていないか、電波が届かない場所にあります」
蒼「(繋がらない…まさか本当に事故に巻き込まれたんじゃ…)」
何の連絡も無く、終いにはこちらからの連絡も取れない状況に不安は募るばかりで、蒼は思い切って警察を呼ぶ事にした
数分後
警官「簡単な事情は先程電話で聞きましたが、もう一度詳しくお願いします」
蒼「は、はい。えっと…友達のエメ…エメラルドが帰ってこないんです!」
警官「えーっと…エメラルドさんは向こうのお宅の方だと思うんですが?」
蒼「ちょっと事情があって少し前から私の家に居候してるんです。夕飯までには帰るって言っていたんですけど、帰ってこないし連絡も取れなくなってるしで…」
警官「居候云々の話はこの際深くは聞きません。わかりました。今日はさすがに捜索は無理なので、明日朝一で捜索をしてもらえるように本部へ伝えておきます」
蒼「お願いします!」
警官「エメラルドさんが見つかった時に連絡が取れるよう、ここに連絡先を書いてください」
蒼「分かりました」
私は一応のため自分の携帯を見ながら連絡先を紙に書き警官に渡した
警官「ありがとうございます。それで、エメラルドさんがどこに出かけて行ったか心当たりはありませんか?」
蒼「あっ、それなら…」
蒼は警察を呼ぶ前にツイッターで見つけていた写真を警官に見せた
蒼「これ、どこかの山で撮った集合写真だと思うんですけど…エメの着ていた服ですし、投稿日が今日なのでおそらく行先はここだと思います」
警官「分かりました。こちらで調べてみますね」
そう言い警官は一礼をすると警察署へと帰って行った
その後蒼は冷めきってしまった夕飯を温めなおし、一人で夕飯を食べた
蒼「(エメが私の家に来るまでいつもこうだったのに、なんでだろう…涙が止まらない…)」
人は他人の温かさに一度でも触れてしまうと、再び孤独を感じた時以前より孤独感を感じてしまうものだ
蒼「(エメ…無事でいて…私を一人にしないで…)」
蒼は祈る事しかできない自分が情けなくなったが、エメが無事帰ってくると信じ眠りについた
次の日
蒼「(一人でご飯食べても、おいしくない…中学時代もボッチ飯してたし、家でもほとんど一人でご飯食べてたのに…)」
昨日に引き続き一人で食事をしながら涙を流している自分を不思議に思っていた
食事も終わり、食器を片付けている時、携帯が鳴った
蒼「誰から?…っ!警察からだ!」
エメが見つかったのだと思い私は通話に応じた
蒼「はい!時雨です!」
警官「あっ、時雨さん、昨日お訪ねした警官です」
蒼「エメが見つかったんですか!?」
警官「え、えぇ、エメラルドさんは見つかりました」
蒼「エメは無事なんですか⁉」
警官「…エメラルドさんは…お亡くなりになられていました」
蒼「え…」
警官「発見した時点で既に亡くなられていました…ご遺体の損傷も相当なもので…」
蒼「そん…な…」
警官「エメラルドさん本人か確認していただきたいのですが…こちらに来ることは可能ですか?」
蒼「…はい…今そちらに…向かいます」
警官「分かりました…無理をしないでくださいね」
警官がそう言ったのを聞くか聞かないかというところで私は電話を切り、その場に倒れ込んだ
蒼「……何でよ!なんでみんな私を置いて行っちゃうの!?私が何をしたって言うの!?…」
この気持ちを誰に向けたら良いのか分からなくなった私は、壁を殴り、クッションを叩き付け、机を蹴り飛ばし、かんしゃくを起こした子供の様に暴れた
そして一通り暴れ切った後、また一人になってしまうという予感が確信に変わった事で泣き出してしまい、気持ちが落ち着くのにかなりの時間を費やした
1時間後
警察署
蒼「すいません、すぐ行くと言ったのにお待ちさせてしまって」
婦警「いえ、お気になさらないでください。ご友人が亡くなられたのですからショックも大きかったでしょうし」
警察署に着くと、出迎えてくれたのは昨日の人ではなく、婦警さんだった
その婦警さんに案内され応接室まで行き、エメと思しき人の遺体写真を見せられた
婦警「この方はエメラルドさんで間違いないですか?」
蒼「はい…間違いないです…」
間違いであってくれと思った私の願いは残念ながら打ち砕かれた
そこに映っていたのは紛れもなく私の友達であるエメの姿だった
婦警「内容が過激なので、辛くなったら言ってください。すぐにやめますので」
蒼「はい…わかりました…」
その後、何度か吐きそうになりながら捜査の内容を聞いた
まず、エメは発見現場の上に架かっている吊り橋から落ち、下の川に落下したそうだが、その川はそこまで深い物ではなく精々水深1mで、川に落下した瞬間に即川底に叩きつけられ、後頭部及び背骨が粉砕され、ほぼ即死だったようだ
蒼「突き落とされた…という可能性はないんですか?」
婦警「一応、事件の可能性も否定できないんですが、何せ最近天気が良かったので付近に足跡も見つかりませんでしたし、ロープの指紋は逆につきすぎていて証拠にはなりにくい為、今のところ事故と判断するしかありませんでした」
蒼「そう…ですか…」
婦警「もう少し詳しく調べてみますが、それでも証拠が出ない場合、仮に事件であったとしても事故と判断されます。いいですね?」
蒼「…わかりました」
事件であろうが事故であろうが、エメが帰ってくる事はもうない。しかし、血縁関係はなくとも蒼の唯一の家族を喪ったことに対する辛さを、犯人がいるならその犯人にぶつけたい思いがあり、自分勝手ながら事件であって欲しく、犯人が見つかる事を願っていた
その後、エメの火葬やその他諸々の手続きをして出てくると、婦警さんが私を気遣ってくれたのか、歩いて一時間もかからない距離の家まで私を送ってくれた
To Be Continued
心の拠り所にしていたエメが死に、心にポッカリと空いた穴をどうやったら埋められるのか戸惑う蒼であったが、夏休みが終わってもその答えは出ないでいた
次回『一本の外れたネジ』