岸波白野の転生物語【まじこい編】【完結】   作:雷鳥

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幼少期編のメインイベントです。



【嵐の夜】

 あの日から、小雪は空き地によく、というかほぼ毎日来るようになったらしい。

 自分が来る休みの日なんかは、必ず自分の隣にいるのが当たり前となっていた。

 なんか妹が出来たみたいで嬉しかった。

 

 小雪は隠そうとしていたが怪我をして来たりする時もあったので、こっそり彼女の怪我の治療をしてあげたり、何かあった時に助けてあげられるように、家の近くまで送ってあげたりもするようになった。

 

 そんな風に付き合っていたら……。

 

「ユーキ大好き!」

 

 なんて感じで今迄以上にべったりになってしまった。

 そして小雪のべったりに比例して、この頃から百代の稽古の厳しさが増した上に、よく小突かれるようになった。何故だ?

 

 そんな日々が続き、今日も小雪と手を繋いで一緒に夕暮れの街を歩いて彼女の家へと向かう。

 

「リュウゼツラン楽しみだね!」

 

「ああそうだな。二日後には咲くって話しだし、楽しみだ」

 

 ここしばらくファミリーの話題は空き地に生えた竜舌蘭(りゅうぜつらん)の事でもちきりだった。

 

 竜舌蘭は五十年に一度しか咲かない稀有な花らしい。

 なんか最近ニヒルな中二を患った大和が色々詳しく語ってくれたが、覚えていない。 

 その後も二人で色々と話し合い、小雪の家の近所で彼女と別れ、改めて家に帰った。

 

 

 

 

「優季もそろそろ『気』について勉強してみるか?」

 

「あのなんでも出来る『気』ですか?」

 

 竜舌蘭の開花を翌日に控えたその日の稽古で父さんがそう口にした。

 

 気と言うものの存在は随分前から知っていて興味はあった。

 

 以前顔の怪我を治す時に、鉄心さんに少しだけ話も聞いたし、上機嫌な鉄心さんが気を使って神様を模して具現させたり、火を出したり、符を人の様に動かしたりしてみせてくれた。まさに魔法と言ってもいい万能エネルギーである。

 

「はは、何でも出来るようになるのは一部の才能の有る者だけさ。普通はよくて自分自身の身体に纏って身体の強度を上げたり、それを応用して自分の武器にも気を纏わせたりくらいが限界さ。父さんも自分の肉体保護と掌から気の衝撃波を放つのが限界だ」

 

 そう言って父さんは掌を一枚の木の板に触れる。

 

「ハッ!」

 

 次の瞬間木の板が砕ける。

 

 す、すげー!?

 

 なんか本当に漫画みたいな能力なんだな、気って。

 ……あれ? もしかして前世の記憶のあれと使い方的には一緒なんじゃないか?

 

「ふう。気の操作は天性の才に左右される。始めは自分の体に流れる気を感じ取って――」

 

「…………あ、できた」

 

「なんとおぉ?!」

 

 自分の掌に出来た光る球体を眺める。

 

 うん。やっぱり『霊子(りょうし)』と同じ様な使い方で使える。

 

 無機物・有機物問わず、あらゆる存在には魂がある。

 その魂をデータとして形にした情報体の事を、生前いた世界では霊子と呼んでいた。

 

 そんな霊子を利用して電子虚構世界や霊子虚構世界に魂を霊子化してダイブし、ハッキングを行う者達を、自分のいた世界では『魔術師(ウィザード)』と呼んでいた。

 

 彼らは先天的に持って生まれた『魔術回路(サーキット)』を使う事で虚構世界に自身の魂ごと介入することができる。

 そしてその世界の情報を思いのままに書き換えたり、その世界から欲しい情報を盗んだりしていた。

 

 勿論魂ごとダイブしているのだからデータでしかない電子虚構世界なら兎も角、魂のデータで造られた霊子虚構世界で死ねば、現実に死ぬ事も普通にある。

 俺が前世で魔術師として戦っていた世界はそんな霊子虚構世界だった。

 

 知識として覚えている。

 

 データを気というエネルギーに置き換えてイメージする。

 自分の体の中から気を引き出して、掌にそれを集めて、球体として出現させるイメージ。

 イメージを繰り返していると、いつの間にか掌が温かくなり、気付けば光る球体が浮んでいた。

 

「優季は気の操作の才能があるのかもしれん。しかし私は気の操作は苦手な方だしな……仕方ない。とりあえず私が知る気に関する事を教えつつ、その間にお前の才能を伸ばせる方法を模索するとしよう」

 

「はい。よろしくお願いします!」

 

 良かった。自分にもまだ、お前を追いかけられる可能性は残っていたみたいだぞ、百代。

 最近めっきり戦いに関する地力と技術で百代に置いていかれていた自分にとっては、嬉しい発見だった。

 

 翌日、天気予報で超大型の台風が明日にも直撃すると流れていた。

 しかし午前中は空は晴れていて雲の流れが速い程度だったので普通に学校の授業は行われた。

 

 天気が本格的に崩れて来たのは夕方過ぎくらいからだった。

 雨よりも風が強く。色々な物が吹き飛ばされていた。

 

「危ないから今日は外に出ちゃダメよ」

 

 母さんの忠告に頷き、俺は部屋で気の操作の修行をしていた。

 竜舌蘭の事が気になっていまいち集中できなかった。

 そんな時、キャップから電話があった。

 

「リュウゼツランを守りに行くからユウも来てくれ!」

 

「来てくれって、おい! 今外はマジで危険なんだぞ!」

 

「けどこのままだとあの花が吹き飛ばされちまうよ!」

 

 キャップの声色から、こちらが何を言っても一人で行ってしまいそうだと判断し、なんとか冷静にと自分を落ち着けつつ、キャップに質問した。

 

「……他に誰に連絡したんだ?」

 

「大和に連絡したら、とりあえず先ずはモモ先輩とお前に連絡しろって言われたからまだ誰も誘ってないぜ。ガクトとモロは自分達からウチに着たけど」

 

 という事は小雪と一子は平気か……いや、ガクトとモロが勝手に動いたんだから、まずは二人が家に居るか確認するのが先か。

 

「分かった。大和に一子が家にいて、竜舌蘭を心配していたらもう手は打っておいたって言って安心させて家から出ないように注意してあげてくれ。小雪の方は俺が確認しに行く。その後で空き地で合流しよう」

 

「分かった! ありがとうなユウ!」

 

 キャップの電話を切って母さんに正直に友達がこの嵐の中外に出ているらしい事を告げて、外出の許可を許して欲しいと頼み込む。。

 

「お願いします母さん。友達が危ないかもしれないんです」

 

「……はぁ、分かったわ。けど、必ず無事に帰ってくるのよ」

 

「はい!」

 

 困った笑顔を浮かべた母さんに、しっかりと頷いて答え、動きやすい服で家を飛び出した。

 

 こ、これはキビシイ!

 

 外に出た途端に感じた強風に、思わず顔を顰める。

 

 しかし行くしかない!

 

 雨は既に止んでいたが暴風が凄まじく、道に出ると彼方此方から物が飛んで来た。

 それら全てを気を纏う事で強度を増した身体を使って、辛うじて弾き飛ばしたり、防いだりして進んで行く。

 

 くっそ。見えているのに体がついていかない!

 動体視力の良さに体が追いつかない苛立ちを覚えながら、俺は小雪の家目指して突き進む。

 

 

 

 いつもの倍近い時間をかけて小雪の家の近くまで来たその時、電柱に捕まって蹲っている誰かを視界に捕らえた。

 

「え?」

 

 心配になってよく目を凝らして見てみれば、その人物は自分のよく知る少女だった。

 

「っ、小雪! どうした小雪!」

 

「うう、ユーキ……」

 

 蹲っていたのはやはり小雪だった。

 小雪の身体に触れると、彼女の身体は完全に冷え切っていた。しかも彼女は裸足だった。

 

 竜舌蘭を見に行こうとしたんじゃないのか!?

 

 まるで着の身着のまま何かから急いで逃げて来たみたいな彼女の格好に戸惑いつつも、このままではまずいと思って彼女を背負う。

 

 急いで病院に連れて行かないと。確か近くに大きな病院があった。あそこに連れて行こう。

 

 自分の記憶を頼りに彼女を背負って嵐の中を進む。

 

 民家に助けを求めようかとも思ったが、もしも小雪の家の人が来て、小雪に酷い事をしたらと思うと、助けを求められなかった。

 

 小雪が家で何かあったのは間違いないし、虐待されているのは知っていたからな。

 知っていながら何もしなかった。何も出来なかった自分に腹が立った。

 

「あっつぅっ!?」

 

 飛んできたガラス片で額を切った。

 手は小雪を背負っていて使えない。脚も踏ん張る力を緩めたらすぐに仰向けに倒れてしまうため使えない。

 そのため飛んでくる物は容赦なく無防備に晒された顔を、身体を傷つけて行く。

 

 小さな木板が頭や身体を強打し、ガラス片が肌を切り裂き、時には大人の拳位はありそうな石すら飛んで来た。

 

 いくら気を纏えると言っても、習ってまだ一日だ。父さんの様にしっかりと安定して纏う事は出来ない。

 

 しかし、それでも自分はただ前に向かって進んだ。障害物を避けようと無理な動きをすれば、小雪に負担がかかる可能性があったからだ。

 

 そして自分は今の状況に感謝していた。

 

 自分に対して向かい風で良かった。少なくとも、背中の小雪が怪我をすることはない。

 確かに痛くて辛い。でも、大切な人が傷付くよりは何倍もましだった。

 

「ユーキ?」

 

「ん、目が覚めたのか? すぐに病院に連れて行ってやるからな」

 

「ユーキ、え? あ、そうか僕……」

 

 そこで小雪は言葉を飲み込んでしまい、首元から前に出していた手に力を込めてより強く自分に抱きついてきた。

 

「……小雪、別に何があったのかは聞かない。でも大丈夫。自分はお前の味方だから。もう大丈夫」

 

「うん……うん」

 

 小雪は涙ぐんだ声色で何度も頷いた。その後も、小雪は小さく喉を鳴らしていた。

 そんな彼女を安心させるために、何度も何度も大丈夫だと語りかけ続けた。

 

 

 

 

「おっ。ようやく見えたぞ」

 

 小雪が目覚めてしばらくして、目的の病院を見つける。 

 

 片目の視界が血のせいで赤く見え、身体の方は先程まで痛みを感じていたのに、今は感覚が殆どない感じだった。

 

 しかしようやく辿り着いた。もう一踏ん張りだ。

 

 入口にはガードマンのおじさんが合羽を着て手に誘導棒を持っているのが見えたのでそちらに向かうと、逆におじさんの方が血相を変えてこちらに走り寄ってきた。

 

「君達こんな日に一体何を、いやそれより酷い怪我じゃないか!!」

 

「すいません。この子をお願いします。お願いです。この子をお願いします」

 

 小雪を背負ったまま、首だけを動かして頭を下げる。

 

「子供がそんな事をしなくていい! 急いで病院内に入りなさい!!」

 

 おじさんはまだ力の入らない小雪を抱き抱えて病院の入口の鍵を開ける。

 

「すいません急患です!!」

 

 大声でおじさんが叫ぶと、看護士さんと医者、それとスーツを来た人がやって来た。

 

「酷い怪我! 急いで処置しないと!」

 

「自分より先にその子を……」

 

「確かにこの子の衰弱具合も酷いな。私がこの子を診る。君達はこの子の手当てと別の先生を呼んでくれ!」

 

「分かりました。さ、行きましょう」

 

「ユーキ……」

 

「大丈夫。この人達は良い人だから。安心しろ」

 

「……うん」

 

 安心させるために小雪の頭を数回撫でると、小雪は笑ったままゆっくりと目を閉じた。

 

「お願いします」

 

「ああ。君も早く治療するんだ!」

 

 小雪は医者に連れられて行き、自分は看護士さんに連れられて別々の病室に移された。

 医者が来るまでの間にベッドに横になって応急処置を施される。

 

 なんか安心したら頭が痛くなってきたな。

 

 ぼうっとする意識の中、入口で見かけたスーツの女性がやってきた。

 榊原さんと名乗った女性は『苦しい時にごめんなさい』と前置きしてから家の連絡先を教えて欲しいとお願いされた。

 

 なんとか頭痛に堪えて自分の家の連絡先を教え、小雪の事情も一緒に説明した。

 

「分かったわ。君の家には連絡を入れておくから安心して。女の子の方は様子を見ましょう。あなたも頑張って」

 

 スーツの女性は俺の頭を優しく撫でた後、退室して言った。

 俺はその女性の優しくも凛々しい微笑みに安堵した瞬間……意識を失った。

 




と言う訳で幼少期編のラストイベントです。
小雪がなんで出歩いていたのかは原作をやっていれば分かると思います。
本編でもちゃんと語るつもりなので、原作を知らない人も安心してください。


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