前回七夕と言いましたが、ちょと分けました。という訳で天衣編最終話です。
ガリガリ。
ガリガリガリ。
ガリガリガリガリガリ。
「……ヤバイ。傍から見たら危ない人に見える気がする」
水晶玉の効果が確認されたその日の夜。卓上ランプの小さな明かりの中で水晶の一部を切り取って鍵の形に形成して行く作業に寂しさを覚え始め、つい独り言を口に出して呟いてしまう。
全員分の御守りは縫い付け作業だけなのですぐに完成させる事が出来たが、開運アクセサリーは形や大きさもそうだが、効果も違うため、専用の術式も組まないといけないので、常に陰陽術の書と睨めっこしなければならない。
えっと、確か生前持っていた礼装の鍵の形はこうだった筈。
水晶が割れないように珍重に削っては術式の文字を全て彫れるか慎重に全体の長さや大きさを確認する。
その作業を繰り返し続ける。正直球体を作って気力を込めてるだけで済んだ厄払いの御守りの時の労力とは雲泥の差だ。
特に納期なども決まっていないのだが、自分の中で七夕にみんなに贈り物をすると決めていたので、可能ならば間に合わせたい。
「はぁ。今日は徹夜だな。まぁ三徹くらいなら余裕だけど、それは眠れない環境だからな訳で、自室で眠れないって言うのは……結構精神的に来るなぁ」
それと勉強の方は学校の休み時間や昼休みを利用しよう。
「聖杯戦争時に比べれば楽な方だ。うんうん」
そうやって自分を激励しながら作業に没頭した。
翌日も、学校に行く以外は部屋に食料を買い込んで作業に没頭する。
昨日の晩に徹夜で鍵の作ったので、ここからより細かい整形と術式を彫り、『開運』の文字を彫る。英文は術式の文字的に無理そうなので断念した。
そしてガリガリと部屋に水晶を削る音が響く事約十時間……ようやく最後の念を込めて切れ難くした肌触りの良い紐を結って完成させる。
「できた……もう二度と……こんな凝った物は作らない」
生前見た『開運の鍵』に似た形状のアクセサリーを見ながら、精魂尽き果てて机に突っ伏したいのを我慢し、携帯に手を伸ばして天衣さんに連絡を入れる。正直他の人に連絡を入れている余裕は無かった。
「優季、本当に出来たのか!?」
「ええ。あ、どうぞ中に」
興奮しながら凄い勢いで入って来た天衣さんに苦笑しながら卓上テーブルの前に座るように彼女を促す。そして天衣さんが座るのを確認してから、テーブルの上に開運の鍵モドキを乗せて彼女の前に差し出す。
「以前自分が見かけた開運アクセサリーを再現した形にしてみました。その名も開運の鍵です」
「ま、まんまだな」
ごもっとも。しかし名は体を表す。とも言うし、ここは生前の礼装に肖らせてもらう。
それにこの開運の鍵は今までの使い捨ての災厄守りではない。
「この開運の鍵は今までの御守りと違って『天衣さんの不幸気質を幸運気質に近づける』という、所謂性質変化系の力を働かせます」
元々の幸運の鍵で使用できるコードキャストが『サーヴァントの幸運値上昇』だった為、それを再現してみた。まぁコードキャストは自分がサーヴァントに対して使用するスキルだけど、別に良いよな。
「な、何か違うのか?」
首を傾げる天衣さんに、いつもより思考の巡りの悪い頭を何とか回転させて説明する。
「えっとですね。今までの水晶玉は効果としては病気とか事故とかの身体的な厄を祓う効果な訳です、なんせ御守りですから。その為に身体的に被害の低い鳥の糞とか服が破れたりの不幸が抑えられなかった。しかしこの開運の鍵は不幸な出来事を起こす体質そのモノを変えるため、それらの他愛ない不幸も防げるはずです……理論上では」
一度口を閉じて天衣さんが理解できたか確認する。こちらの視線に気付いた彼女が頷いたので、続きを語る。
「そのため開運の鍵は内封する気力を消費して、常に天衣さんに効果を及ぼし続ける仕様にしました。これは水晶自体への負担を減らすためでもあります。それと補充の術式も込めましたから、天衣さんが開運の鍵に気力を込め続ければ、半永続的に使用し続けられる作りにしてあります」
天衣さんは義手を気力で動かしているので、アクセサリーに気力を注ぎ込むのも可能だろうと思い、陰陽術の書にあった術式を大麻呂さんの助言を貰いながらなんとか組み上げることに成功した。
そのせいで鍵には術式の文が多く彫られて、ちょっとしたオカルトアクセサリーみたいになっているが、これくらいは我慢して貰おう。
「一応紐の長さを調整する事でネックレス、ブレスレット、あと天衣さんが腰につけているアクセにも巻きつけられると思います。とりあえず元々がネックレスだったので、それを基準に作りました。身に着けてみてください」
そう言って天衣さんに開運の鍵を身に着けるよう促すが、彼女はテーブルの鍵を見詰めたまま、真剣な表情で答えた。
「……すまない優季、できれば君がつけてくれないか」
「自分がですか?」
首を傾げながら聞き返すと、彼女はなんとも恥かしげに顔を赤らめて、しばらく視線を彷徨わせると泣きそうな顔で呟いた。
「持った瞬間壊したら困る。今日貰った水晶玉はもう壊れてしまったし」
なるほど。確かにそれは自分も嫌だ。というかあまりのショックに卒倒する、間違いなく。
「それじゃあ失礼します」
開運の鍵を持って天衣さんの背後に周り、紐の先端のフックを外して広げて鍵を首の前に回し、後ろでもう一度フックで止める。
「長さの調整は必要ですか?」
「いや、問題ない。丁度胸元辺りだ」
「なら良かったです」
立ち上がって改めて天衣さんの前に座って気を放ち、集中して彼女を調べる。すると胸元の開運の鍵から淡く優しい光が、天衣さんを包み込んでいた。
「どうですか? 何か違和感とかありますか?」
「こう、なんとなく護られているという感じはするが、それ以外は特に」
立ち上がった天衣さんが身体を少し動かして状態を確認しながら答える。
「とりあえず、様子を……見ましょ……う」
あっ。安心したら睡魔が。
◇
「優季!」
急に前のめりに倒れた優季の身体を手で支える。
「どうしたんだ?!」
慌てながらも優季の状態が分からないため、ゆっくりと床に仰向けに寝かせる。これでも元軍人だ。ある程度の応急処置は施せるし、対象の状態の確認も出来る。
「すぅ……すぅ……」
しかし私の焦りはただの杞憂だった。
仰向けにされた優季は幸せそうな顔と穏やかな寝息を発てていた。
良かった。特に病気になったとか、そういう訳では無さそうだ。
安堵の溜息を吐き、ベッドの上掛ける布団をどかし、大柄な優季を抱きかかえてベッドに運び、布団を掛ける。この時ばかりは義手と義足で良かったと思う。リミッターが掛けられているとは言え、人一人くらいなら難無く運べるのだから。
優季をベッドに寝かせたあと、彼の目元に隈が出来ている事に気付く。
……こんなに疲れるまで頑張ってくれたんだな。
私はいとおしい気持ちでその隈を指でなぞり、その頬に触れる。彼に触れる度に胸が高鳴り、いとおしい気持ちが溢れる。
そして気付く。自分が女として、戦士として、友として、彼を愛していることに……。
もしも自分に幸運が働いたというのなら、彼に出会えたことだろう。
「優季、もし我侭を許してくれるなら、私はお前の歩む道を傍で見ていたい」
彼の頬に触れていた手を放して部屋から退室し、そして私は『町へと向かう』。
恐れは無い。だって彼があれだけ丹精込めて作ってくれたのだ。私の役目は唯一つ、彼に朗報を届ける事だ!
自分でも分かるくらいの不敵な笑みを浮かべ、私は夜の町へと繰り出した。目指すはステイシー達がいるバーだ!!
◆
「それにしても、最近は優季が忙しくて付き合い悪いぜ」
「まぁ、テスト前ですし天衣の件もありますからね」
「ま。そこは大人の余裕で我慢するしかねぇだろ。なんせ優季の場合、S落ちすれば九鬼ビルから出て行かなきゃいけないしな」
「分ってるよ。でも寂しいんだよ~」
ステイシー、李、あずみの三人はいつもの行きつけのバーでいつものように他愛ない会話や恋愛話に花を咲かせていた。
ステイシーがお酒の入ったグラスを呷り、李やあずみもそれに続いて飲み干し、お代わりを注文しながら、つまみとして注文した果物を口に運んでいく。
「そういや、テスト後はあの狂犬と
あずみが思い出したように呟き、ステイシーと李が暗い顔をする。
それを見てあずみは頭を掻きつつ前々から思っていたことを二人に尋ねた。
「なぁ。告白できてないあたしが言うのもあれだが、なんで二人は告白しないんだ? 優季は別に英雄様みたいに九鬼にずっと居るわけでも、特別な立場でもないだろ?」
あずみの答えに二人は同時になんとも難しい顔をした。
「……多分、誰か一人でもあいつに告白したら、全員告白する事になる。そんな予感がする」
「同じく」
なるほど。と、あずみは思った。
確かに恋する女性陣に告白の事が知られれば、堰を切ったように他の奴も告白するのは目に見えてるな。個人的にはそれはそれで鉄がどんな決断を下すのか見てみたくもあるがな。
「ゴール!」
あずみがそんな事を考えていると聞き覚えのある声がバーの入り口から聞こえたため振り返る。
そこには感無量と言いたげな顔で拳を握り『やったぞ優季』と涙を流しながら呟く、テンションが高い天衣が立っていた。
「橘お前、何勝手にビルから出てんだよ!」
最初に我に返ったあずみが天衣の元に向かって腕を掴んでとりあえず自分達の席に連れて行く。
「ああ、すまない。しかし優季の為にも早く効果があるか試したかったんだ」
仕事場ではないということで天衣も素の表情と口調であずみに受け答えしながら事情を説明した。
その説明を聞かされ、あずみ達も優季に同情しつつ、気になった事を尋ねてみた。
「で、肝心の不幸は抑えられたのか?」
「ああ。今までは棒が二本付いているアイスを買うと少し食べてすぐに両方とも落ちていたが、今回は一本で済んだし、自販機でジュース買う場合、大抵財布ごと落としていたが、それが小銭、しかも一回で済んだ。不良や酔っ払いも睨みつければすぐに引く大人しい奴らばかりだった。ああこれが、運の在る世界なんだな!」
いや、あんたはまだどちらかと言えば運の無い世界の側だよ。
三人は同時に同じ事を考えたが、確かに今までの天衣の悲運のレベルを考えれば格段に改善されたのは確かなため、口には出さなかった。
「さて、なら飲んでくか? お祝いってことで奢ってやるよ。一応橘もあたい達の同僚な訳だし」
「ならありがたく一杯だけ軽いのを頂く。今日は帰ってすぐに揚羽達にも伝えないといけないし、今後の身の振り方もある」
あずみの申し出に天衣は暫く思案したあと、好意を無碍にするのも良くないと判断し、一杯だけと申し出を受け入れた。
「そう言えばそうですね。不幸体質だったからビル周辺で生活していた訳ですし、今後の話し合いが必要でしょう」
李が天衣の言葉に頷きながら、バーのマスターに天衣の分のお酒とそれに合う甘味系のツマミを注文する。
「ツマミはあたしと李からだ。なあ天衣、良かったらそのまま従者部隊に入れよ。あたし達と一緒にロックに仕事しようぜ」
ステイシーが天衣に提案するが、天衣は首を横に振る。
「悪いステイシー、まだ返事は出来ない。だがしばらく、少なくとも一年半は九鬼に居させて貰えないか頼むつもりだ。勿論今まで以上に仕事はさせて貰うつもりだ」
「なんで期限決めてまで残るんだ?」
「ああ、優季が居る間は私も九鬼に厄介になる。あとは優季の卒業後次第だな」
天衣はそう言って、目の前に置かれた酒とチーズケーキを口に運ぶ。
「……なんでそこで優季が出てくるんです?」
李が訝しんだ表情で尋ねると、不幸体質ゆえに早食いを身に着けた天衣は、すでに酒とケーキを食べ終えていたのか、手を合わせてご馳走様と言っている最中だった。
「えっ。ああ理由か? 理由は単純だよ。私は彼の傍で、彼の将来を、彼の歩む道を見てみたいんだ。恥かしい話……その、心底惚れてしまったんだ。女としても、人としても」
天衣のその言葉に、三人は唖然としてしばらく呆然としていたが、やはり逸早く我に返ったあずみが尋ねた。
「えっと。それはつまり、優季と結婚を前提にお付き合いしたいと?」
「も、勿論そうなれば言う事無しだが、例え優季が誰かと付き合ったり結婚しても、私は可能な限り彼の傍で彼を手助けしていくつもりだ。言っただろ、人として惚れ込んでるって」
なるほど、小十郎と同じタイプか。あいつも揚羽様を異性として好いているがそれ以上に人として敬愛してる感じだし。まぁ、あたいも似た様なもんだが、流石にまだ二人みたいに割り切れねぇわ。
あずみは天衣の答えに、同じ境遇の同僚を思い浮かべながら腕を組んで溜息を吐く。
「こ、告白はすぐに?」
フリーズから立ち直った李が、なんとも落ち着きの無い表情で尋ねると、天衣は首を横に振った。
「いや、優季のテストの邪魔はしたくない。だから夏休みに入ったときにでも伝えよう思う。まぁ揚羽達には伝えるつもりだ。それじゃあ三人とも、今度は一緒に飲もう」
天衣はそう言って席を立ち、晴れやかな顔でバーを去って行った。
「……なぁあずみ、これはライバルが増えたのか?」
ステイシーの問いかけにあずみは手の中のグラスに注がれた酒を見詰めながら呟いた。
「さあな。だがまぁ、何処かの誰かの言葉を借りるなら『
という訳で、天衣さんが猶予期間の終了を告げる起爆剤でした!
そして猶予期間の終わりとはつまり……戦争が始まる!(恋する乙女限定の)
まぁ、まだマルさんもあるし、その最後の大舞台までの話もあるしで、全然猶予期間終わらないんですけどね(苦笑)