忘れた頃にやってくる赤毛の乙女!
今日から本格的に御守りの制作に取り掛かる。ストラップの方は暇を見つけて縫っていたので全員分用意してある。あとは水晶を縫い付けるだけだ。
「あれ?」
結界内の巾着から水晶玉を一つ手に取った瞬間、違和感を感じた。
集中して水晶玉を観察すると、今までは内封された気が水晶玉の表面を軽く覆う程度の輝きだったが、今は火の様な力強い気が、水晶玉を覆っていた。現実に見たら火の玉に見えなくもない。
だが水晶玉よりも自分を不安にさせるのが、隣の水晶の原石だ。
原石の方は、昨日の夜に気を込めたが、ほぼ自身の持つ全ての気を込めた。気の量が量なので、しっかりと内封するように札まで貼ってなんとか気を安定させた。
結果から言えば成功なのだろうが……。
視線を水晶の方に向ける。そこでは、なんか生まれるんじゃねってくらい光り輝いて奇麗な青い炎を迸らせている水晶の原石が鎮座していた。
だ、大丈夫かこれ?
悪い感じはしない、だが、薬も行き過ぎれば毒となる。
……心苦しいけど、彼女に試して貰おう。
「水晶玉の効果の実験?」
「はい。一応改良を重ねて効果を上げてみたのですが、その、ちょっとちゃんと使えるか自信が無いので」
朝の稽古が終わった後に、ヒュームさんと天衣さんに例の件で話があると伝えて、その後会議室のような広い部屋に移動して、揚羽さん、クラウディオさんも呼んだ五人で話し合うことになった。
「ふむ。優季、とりあえず見せてくれるか?」
「はい」
そう言って、持っていた水晶玉の一つを机の上に置くと、全員が眉を顰めた。
「む。強い気を感じるな」
「ああ、不思議な感じはするな」
「ほう。集中して見なくてもここまでの気配を発するか」
「なるほど。この強い力が正しく機能するか不安、と言ったところでしょうか?」
「その通りです」
揚羽さんと天衣さんは不思議そうに、ヒュームさんは興味深げに眺め、クラウディオさんはいつもの笑顔でこちらの考えを言い当てる。
「よし、天衣。今日一日これを所持して仕事に当たれ。それで不幸が減れば効果有りと言う事だろう」
「分かった」
「まぁ大丈夫だろう。悪い感じはせんから、悪化する事は無い」
「だといいんですけど」
補助効果で悲運が強くなったとかした目も当てられない。
とりあえず今日の結果を待つ事にして、その日は学校に向かう事にした。
放課後は特に用事が入っていないので、マルギッテさんとの決闘場所である川神山に下見に向かう。
登山ルートは整地されて歩き易くなっているが、少し外れると獣道だ。
マルギッテさんから貰った地図に記されたルートを通りながら周りの地形を確認して、道順を頭に叩き込んで迷わないようにする。
木々の合間を抜けると、木や茂みが殆ど無い、平地の空間だ現れる。
平地なのは円形でだいたい直径五、六メートル。その空間で戦うなら問題ないだろうが、一歩でもそこから出れば、木々や斜度のせいで視界や動きが制限されるのは間違いない。
少し周りを確認しておくか。
平地を起点に、その周囲を見回る。
木の少ない場所、多い場所。斜度の急な場所、緩やかな場所。地盤のしっかりした場所、ぬかるんだ場所。当日にならなければ正確な情報は分からないが、それでも当日に事前に調べた情報とどれだけの差があるのかを把握する為にも、時間を掛けてゆっくり見回る。戦いやすいポイント、気をつけるべきポイントなどがあった場合は、その場に座ってマルギッテさんから貰った地図に文字や印を書き込んでいく。
「よし。それじゃあ――っ!?」
地図への書き込みを終えて立ち上がったその時、不意に頭上から僅かに気配を感じで咄嗟にその場を飛び退く。
大きな音を立てながら地面に『襲撃者』が落下する。
何故襲撃者と分かったのか?
理由は単純だ。落下して来た人物を避ける際に辛うじて目で捉えた相手の眼光が、鋭かったからだ。 少なくとも不意な事故で落下して来た者は、あんな鋭い目つきはしていない。何よりその相手というのが……。
「ふっ、流石は優季。気配を完全に消したと思ったのですが」
マルギッテさんなのだから、襲撃と勘違いしても仕方ないだろ?
「どういうつもりですか?」
まさかの襲撃に内心驚きながらも、約束を破ったのかという思いもあって、少し不機嫌そうな声が自分の口から零れた。
「自分の具合の確認と、決闘までの間、貴様が腑抜けないように釘を刺したまで。どうも私との決闘以外にも、色々とやっているようだからな」
今度はマルギッテさんが不機嫌そうな声でそう呟いた。
「た、確かに色々やる事が多いですが、決闘の事を忘れた訳じゃありません。むしろ、その為に色々習っているところです」
これは嘘ではない。元々天衣さんを切っ掛けにしなくても、符術の技術の向上は考えていた。
個人的にだが、慢心を捨てた本気のマルギッテさんの実力は百代達同様の最強の域にあると考えている。特に技術では間違いなく百代や項羽姉さんを上回る。となるとセイバーモードではこちらが先に体力を削られる可能性があった。
それに礼装はあくまで自分自身の身体能力を上げてイメージ通りに無理矢理身体を動かす力技だ。自分自身の技術の錬度は元のままなため、同レベルになると経験差が如実に現れる。多分剣術勝負ではセイバーモードでも義経には叶わない。
故に、非力な今の自分が本気で勝利を考えるなら、キャスターの呪術による多面的な戦術は必要不可欠な要素となる。
しかしこちらの答えを聞いても、マルギッテさんはまだ疑いの眼差しを変えない。
「……では、何か賭けますか?」
「賭け?」
「優季を信じない訳ではありませんが、憂いは払っておくに越した事はない」
「まあ、それでマルギッテさんが納得するなら」
「では私が勝ったら優季、私の部隊に配属しなさい」
「……それは賭けにしても重くないですか?」
いきなり将来の道が決定してしまいそうになってそう口にする。
「無自覚なようだが、お前の能力を高く買っている組織や人間は多い。私もその一人と理解しなさい。お前を将来我が隊に入れたいと常々思っていた。これは良い機会です」
満足そうな笑顔で答えるマルギッテさんに、目を閉じて眉を潜めるが、将来なりたいものが決まっていない自分には反論するための武器が無い。
「はぁ、分かりました。なら自分が勝った時は?」
「私が叶えられる範囲でなんでも。こちらは貴方の人生を頂く訳ですから、それくらいのリスクはこちらも負いましょう」
なんというか、強者はみんな『自分が負けない』って思っているから条件が似るなぁ。
百代と同じ様な状況に、つい苦笑する。
「ではそれで。それと話は変わりますが、今度の七夕に風間ファミリー、葵ファミリー、武士道プランのみんなでお祭りに行くんですが、マルギッテさんはどうするんですか?」
今日の朝、冬馬と百代に七夕祭りがあるから義経達も一緒にどうかと誘われて、渋る与一を説得して全員参加することになった。もっとも、かなりの大所帯だが、まぁ祭りなんだから人数が多い方が楽しいだろうと、気にしないことにした。もしかしたら現地でグループ分けするかもしれないしな。
「お嬢様にどうしてもと誘われていますから、もちろん行きます」
やっぱり身内に甘いなぁマルギッテさん。
「あはは、やっぱりマルギッテさんはクリスに甘いですね」
「その言葉、そっくり反させて貰う。優季は義経達に甘過ぎる」
そ、そうかな? 個人的に甘やかしている気は無いんだが?
「いや、義経達だけでなく大体貴様は誰に対しても隙が多過ぎると理解しなさい。いいですか――」
何故かその後、マルギッテさんに説教される羽目になった。なんで?
マルギッテさんのお説教が終わり、これ以上一緒に居ると戦闘衝動が抑えられなくなりそうだと彼女に言われたのでその場で別れた。
九鬼のビルに戻ると、入口で待っていた天衣さんが物凄い勢いで駆け出してきた。
「優季やったぞおおぉぉ!」
「ぐっぬぅう?!」
物凄い勢いで抱きつかれ、なんとか倒れそうになるのを堪える。
「お前の御守りのお陰で、今日一日身に降りかかる不幸の質が落ちた!」
「そ、それは良かったです」
とりあえず天衣さんを落ち着かせて離れて貰う。余程嬉しかったのだろう。
「ただ、やはり一日が限界だな。水晶球もこの通りだ」
差し出された水晶玉は既に罅割れが酷い。だが朝感じた強い力強さはまだまだ健在で、確かに今日一日くらいなら持ちそうだ。
「それで、質が落ちたというのは?」
今後の為にも話を訊いて参考にしたい。
「今までは石とか缶が降ってきたりもしたんだが、そいういう『怪我』する不幸が無くなった。鳥の糞や、服を引っ掛けて破いたり、昼食で支給されたお弁当を落したり等の不幸はあったが、今までに比べれば全然ましと言える結果だ!」
……個人的には後半のその不幸でも自分だったら泣くと思うが、確かに危険が減ったというなら災厄の御守りとしては機能していると言うことになる。
今日明日頑張れば、七夕までには全員分の御守りと、天衣さんへの開運アクセサリーを完成させられるかな。
ヒュームさんに朝と夜の訓練をお休みさせて貰う許可を得る事を考えながら、天衣さんと一緒に今度こそ九鬼ビルへと帰宅した。
という訳で久々のマルさんでした。それと日常回は今回で終わりです。次回からは七夕イベントに入ります。さて、七夕イベントはどうしようか……。