さて、今日も呪術の勉強だ。今日は結界の練習をする。
とは言っても相手の攻撃を遮断する結界なら、模倣な上に劣化版だが、黒天洞や
勉強机にテーブルクロスを敷き、その上に五芒星の書いた大きな紙を置く。そして木・火・土・金・水の気を込めた札を、星の五角に一枚ずつ貼る。勿論札には気を込めた墨で文字と図を描いて、札の効果の補強も行っている。
五行の要素は普段自分が使用してる属性でいいと式紙通信で大麻呂さんに教えられた。因みに土要素は通常の気を札に固定させて代用している。『形作る。形が定まる』も土要素に入るらしいから、多分大丈夫だと信じたい。
札を貼り終えた後はあら塩に満たされた水晶と水晶玉を入れた小さいタライを置く。水晶玉は既に気で満たしているが水晶の方はまだいじっていない。
「最後に……急急如律令」
印を結んで発動させる。するといつもの防御用の結界とは違う、小さいながらも不思議なドーム状の結界が机の上に展開される。
よし成功。書によればこれで邪気を近寄らせないようにできる筈だが。まぁ失敗しても害は無いし。問題ないだろう。
とりあえず今日すべき事は終わったので、弁当と今日の放課後の為にお菓子の準備をしにキッチンへと向かった。
◆
優季達が学校に云っている頃、朝の稽古を終えた天衣は、従者部隊の制服であるメイド服を着て、ステイシーと李にビルの外の清掃と外回りの警備の仕事を教わっていた。
元々軍人であった天衣は、仕事時は一番の新参という事で誰に対しても敬語を使っている。
そして仕事モードの時は自分の不運の被害が周りに行かないように気を張っているため、いつもの天然で表情豊かな女性の面影は薄れ、厳しい目つきで隙の無い動きをしていた。
「にしても、見た目完全に生身なのに、義手なんだよな?」
そんな天衣に、ステイシーが興味深げに呟きながら彼女の腕を見る。
「はい。可能な限り人肌を再現したと教えられました。一応某ナンバー4のサイボーグみたいに外れるんですよ」
そう言って天衣の指先が収納されて銃口の様になる。
「ここから小さい気弾が機関銃の様に発射されます」
「こわっ!」
「その内研究班にリアルロケットパンチとか付けられそうですね。立場ない現状を利用されて、橘だけに」
李がドヤ顔で天衣とステイシーを見るが、ステイシーは呆れ顔をし、天衣は理解できなかったのか首を傾げる。
そんな二人の様子に、李は眉を潜めて俯く。
「不発しました」
「李先輩はどうしたのでしょう? 確かにロケットパンチは付けられる可能性はあると思いますが?」
「そうか。お前はギャグをギャグと理解できないタイプかっと」
ステイシーと天衣が、会話の途中で咄嗟にその場を同時に一歩分相手から離れる。すると先程まで二人が立っていた場所に鳥の糞が落下してくる。
「……それにしても、不幸もこんだけショボイのが連続されるとイラっとくるな。こりゃ確かになんとかしたくなる訳だ」
ステイシーが同情したように呟いて、押していた清掃用具の籠から清掃道具を出して鳥の糞を片付ける。
因みに鳥の糞による攻撃は本日既に四回目である。そして時たま吹く突風によって飛んでくる空き缶や小石を撃ち落す事三回。どれもこれも被害としては小さい、しかしやられ続けるとストレスが溜まる事ばかりだった。
「申し訳ありません」
「いや、こうなるのは揚羽さまやクラウディオさまから聞いていたから大丈夫だ」
「そうですよ。むしろ外の清掃と警備しかさせられない事を申し訳ないと言っていました」
沈痛な表情で謝罪する天衣に、ステイシーと李が笑って慰める。
そもそも天衣の監督にこの二人が選ばれたのも天衣の不幸によって起きるハプニングのフォローをするためだ。
「ま、優季に期待しろ。あいつはやる男だ」
「ええ。優季は約束したことには全力で取り組んでくれる少年です」
「もちろん信じてはいますが、例え失敗しても、私は彼を責めません。私の不幸体質にここまで真剣に取り組んでくれたのは、彼が初めてですから……それに」
そこで言葉を切って頬を少し赤らめた顔で下を向いた天衣に、ステイシーと李が『まさかまたライバルが?』と言った感情から、訝しんだ表情で天衣の言葉の続きを待つ。
「彼からは他人のような気がしない。同士のような気がしてならない!」
そんな二人の感情を裏切るように、顔を上げた天衣は良い表情で拳を握って力強く言い放った。
彼女の発言は優季も不幸体質だと断言しているようなもので、優季からすれば失礼極まりない発言である。しかし二人は否定しない。なぜなら天衣程ではないにしろ、優季もまたトラブル体質だと理解しているからである。そして天衣の言葉に二人は表情を崩し、同時に同じ様なことを考えた。
似た境遇の仲間が居て嬉しいんだな。
とりあえず天衣に恋愛感情が無いと分かった二人はいつもの表情に戻り、天衣に仕事を教えて周った。
◇
「ほらほらユーキ! 遠慮しないで上がって」
「ああ、お邪魔します」
小雪が嬉しそうに自宅の玄関を開けて自分を招く。
以前から小雪に家に遊びに来て欲しいと誘われていたので、試験勉強のついでにその約束を果たす事にした。
流石にみんなの前で言うのは恥かしかったのでメールで放課後大丈夫か尋ねたら、送って一分も経たずに了承の返事が返ってきた。因みに冬馬や準も誘おうとしたが、二人とも用事があるからと断られた。
そして今、実際に小雪の家に来たが、彼女家は清潔感のある外観によく手入れされた小さな庭と少し広めのガレージがある、一般的な一軒家だった。
やばい。川神の自宅を思い出してちょっと泣きそう。
自分が意識不明で九鬼に厄介になるときに、両親は自宅の管理を川神院に任せたらしい。目が覚めてからは母さんや父さんが時折掃除しに戻って来ていたと、鉄心おじさんに教えて貰った。
確か今回の海外での仕事が終わったら、二人共家に戻ってくるって言ってたな。自分も早くあの家に戻りたいな。
「ユーキ、どうしたの?」
懐かしさが込み上げてつい考え込んでしまっていたらしく、小雪がこちらにやってきて心配した表情で自分を見上げていた。
「いや、自宅を思い出していただけだよ。思えばもう川神にいるんだから、これからは自宅の掃除をしにちょくちょく行こうかなって」
合鍵は持っているから問題ないし、子供の頃のままの部屋とかどうなっているのか気になる。
「そっか。ならその時は僕も手伝うよ」
「ああ、ありがとう。それじゃあ改めて、お邪魔します」
小雪が先に上がり、自分もそれに続く。玄関には框が無く玄関周りにマットが敷かれていて、靴箱や扉なんかは殆どが引き戸だった。多分だけどバリアフリーを取り入れた設計なのかもしれない。
小雪の手紙から感じた榊原さんの人柄を考えると、そういう細かい部分に気を使っていそうな気がするもんなぁ。病院の経営にも関わっているし。
玄関で靴を脱いでスリッパに履き替え、リビングに向かう途中で突然小雪が嬉しそうに小さく笑った。
「えへへ、子供の頃の夢が一つ叶っちゃった」
「夢?」
「うん。僕ね、いつかユーキを自分の家に招くのが夢だったんだぁ。ほら、子供の頃は家に呼ぶことすら出来ない状態だったから、いつも家で遊ぶって言ったら、ユーキの家だったでしょ?」
確かに。それにしても、小雪はずっとそんな事を気にしていたのか。
自分としては小雪と遊べるなら場所など何処でも良いと思っていただけに意外だった。
なんと返すべき悩んでいると、先に小雪が口を開いた。
「それでね。家にユーキを招いたら伝えたかった事があるんだ」
小雪はそこで言葉を一度切り、自分の目をしっかりと見据えてから、口を開いた。
「いらっしゃいユーキ、ここが、僕の家だよ」
そして小雪は照れたように、微笑んで見せた。
たった一言。
普通ならなんて事の無いその一言を伝えるために、小雪は一体どれだけ頑張ってきたのだろうか。
彼女の過去を知るが故に、その一言の重さが理解できる。きっと想像を絶するほどの苦悩との戦いだったはずだ。
慣れない環境。
愛していた両親との別れ。
見知らぬ者達との交流。
そんな色々な障害に耐え、乗り越えた末の一言だったに違いない。
もう小雪は子供じゃない。立派な、尊敬できる相手だ。いつもの癖で頭を撫でそうになった手を引いて、微笑み返すだけに留めた。
相手を慰めたり安心させたり、触れ合いたいと思った時は幾らでも撫でるが、今ここで撫でれば、それは『子ども扱い』になるような気がした。それは、これまで頑張った小雪に対して失礼だ。
大きく、そして強くなったんだな……小雪。
あの日妹の様に思い、手を引いてあげていた女の子は、もう自分が手を握らなくても、しっかりと一人で立って笑えるようになっていた。
「……小雪の家は、奇麗で住みやすそうな家だね。また、誘ってくれるか?」
尊敬の念と共に、彼女の言葉に答える。
「っ、うん!」
自分の返答を聞いた小雪は、少し気恥ずかしそうに、しかし嬉しそうに満面の笑顔を向けて頷いてくれた。
「さて、勉強しようか。お菓子も作ってきたし」
「わーい!」
鞄からお菓子を取り出すと、先程のちょっと大人びた笑顔から、子供のような無邪気な笑顔になる。
そういうところは変わらないんだな。まぁ、そこが小雪の魅力か。
小雪の成長と、昔から変わらない魅力を嬉しく思いながら、その日は二人で楽しく勉強した。帰り際に少しだけ私室も見せて貰った。絵本や可愛らしい物が多い、まさに女の子な部屋だった。もっとも、自分としては私室以上に、部屋を見られて恥ずかしそうにしている小雪の姿が可愛くて印象的だった。
小雪のヒロイン属性は極めて高いと思う今日この頃。
実は本編読むと分かるが、彼女が一番優季と二人っきりになっている。
幼馴染二人が空気読んでくれているのがでかい。あと一子同様作者の贔屓である。