岸波白野の転生物語【まじこい編】【完結】   作:雷鳥

23 / 68
百代が何故負けたかのフォロー回のようなもの。



【もう一度強くなる為に】

「……ん?」

 

 百代が目を覚ます。

 

「お、目が覚めたか?」

 

「うおあ!?」

 

 目覚めた瞬間、にこやかに笑った優季の顔が飛び込んできて、百代は驚きの声を上げて飛び起きる。

 

「流石百代、もうそんな事ができるくらいにまで回復したのか、こっち全身筋肉痛で死にそうだっていうのに」

 

 呆れたように呟く優季を他所に、百代の頭は混乱していた。

 

 なんでここに優季が!? どうやって!? いや、そもそも私は今どんな格好だ!?

 

 百代はパニック状態のまま自分の身形だけはちゃんと確認する。そしていつも自分が寝巻きに着ている服装だと知ると、若干落ち着きを取り戻して数回深呼吸した後……優季を取り合えず力いっぱい小突いた。

 

 

 

 

「……理不尽すぎませんか?」

 

「乙女の部屋に勝手に入っておいて何を言うか!」

 

 あまりの痛さにしばらく蹲っていた優季は、頭の痛みと筋肉痛の痛みに耐えながら、上半身を起こして百代を批難する。しかし百代は優季の方に非があると言って睨む。

 

「いや、百代がもうすぐ目覚めるだろうからって、鉄心さんが案内してくれたんだが?」

 

 あのクソじじい!!

 

 百代の頭の中に愉快に笑う祖父の顔が浮かび、忌々しげな表情で指を鳴らす。

 

「まあとりあえず落ち着け、そして座れ、な?」

 

「……分かったよ。あのじじいは後でシメる」

 

 取り合えず優季の言葉に従って百代はベッドに座り、優季も改めて床に座り直す。

 

「……あれからどれくらい経った?」

 

「一日半って所か。お互い丸一日寝てたみたいだな。自分が目が覚めたのはお昼過ぎ、今はもう夕方だな」

 

 そう言って優季が窓の先を指差すので百代が視線を向けると、確かに窓から差し込む光は茜色に染まっていた。

 

 そっか。私は……負けたのか。

 

 完全に落ち着きを取り戻すと同時に、百代は自分が気絶した理由を思い出す。

 

「……強くなったな優季」

 

 それは紛れも無い百代の本心からの呟きだった。

 しかし優季は嬉しそうな表情一つせずに、真剣な表情のまま百代を見詰めて言い放った。

 

「……お前が強くなっていなかっただけだろ」

 

「……何?」

 

 聞き捨てならないとばかりに百代が眉を吊り上げる。

 

「……百代、自分はな、『お前が最強』。そう思って今日まで鍛え続けて来た。最初は体術でお前との力量を計って、勝てなさそうなら符術や気による具現武器の使用。それこそ体術の切り札以外にそういった技の切り札も幾つも用意して……お前に挑んだ。そもそも体術のあれは発動したらもう戦えないから、切り札としてはかなり使えない部類だった」

 

 真剣な表情で語る優季に、百代も、表情を戻して優季の対面に座って話を聞く。

 

「自分とお前では武、特に身体能力や格闘センスなんかに関してあまりにも差があった。極端に例えるが、こっちが一歩進んでる間に、お前は百歩進んでいるようなものだ。だから……効率良く努力する必要があった」

 

 鉄の技の習得はぜずに攻撃技は一撃必殺であり、カウンターもなせる一足一倒の動きだけを毎日決まった時間行い続けた。

 

 それ以外は基礎的な特訓と八極拳や合気道の動きのトレーニングを行い、義経達やヒュームとの組手で試行錯誤して、痛みと共に学び、見切りとカウンターの研鑽を続けた。

 

 他にも気の能力の向上、義経達との関係向上、学力の向上、その限られた時間の中で体術を鍛え続けた。

 

「その程度しか鍛錬していない以上、お前が真剣に努力していたら……体術格闘縛りで、勝てるはずが無いんだよ」

 

 優季は百代に、遠回しに『お前は努力を怠った』と告げる。

 百代はその言葉を、唇を噛み締めて受け止める。

 

「……私は確かに、努力を怠った」

 

 百代は川神院の修行には必ず参加していたし、鉄心達から与えられるノルマもこなした。

 だが、それは百代からすれば『こなせる範囲』でしかなく、日々淡々とこなし続けるだけだった。それでも強くなってしまうのが百代の才のなせる業だが、それでも強くなる歩みは遅くなる。

 

 その結果がこの現状。自分が何度も倒した相手に負けるという現実。

 

 私は……自分で自分の信念を裏切っていた。

 

 百代の信念は『誠』。

 嘘を嫌い。自身の発言に責任を持ち。真剣に生きて行くこと。

 それが百代の信念だった。

 

「……で? なんでそんな風になったんだ?」

 

「……別に」

 

「なら約束の願いを聞くっていうのを使おう。約束は守るよな、百代?」

 

「うっ……」

 

 百代は初めて幼い頃の自分の行いを後悔した。

 

「……ああもう! 分かったよ」

 

 聞くまで許さないと睨む優季に、根負けして百代が自身の胸の内を語り始めた。

 

「お前と居た頃、というか釈迦堂(しゃかどう)さんが居た頃辺りまでは本当にただ強くなる事だけしか考えていなかった。別に相手を叩きのめすのが好きだったんじゃない。全力でぶつかり合うのが……好きだったんだ」

 

 だが、と百代が天井を見上げる。

 

「いつの頃からか負ける事が無くなって、どんな相手も一撃で倒せてしまえる様になって、倒した相手もたった一度負けただけなのに、私に挑まなくなった。それからは……意図的に最初から全力を出さなくなった」

 

 強くなればなるほど、戦う相手が減って孤独になって行く。

 

「多分、あれは生まれながらの強者にしか分からない感覚だろうな」

 

「……ああ、そうだな。それは……自分には分からない」

 

 優季が神妙な顔で一度頷く。

 

「そして多分、私は強くなる事の楽しみを捨てる代わりに、戦う事の楽しみだけを追求するようになった。今迄感じていた孤独を紛らわせるために。そして多分、私は……」

 

 自傷気味な笑みを浮かべて、百代が続きを口にする。

 

「心のどこかで、負けたかったのかもしれない」

 

 百代の一番の不運は環境だな。

 

 もしも百代の前に彼女の力を受け止める相手がいたなら、彼女はこうはならなかったと優季は考える。

 

 だが唯一百代とまともに戦えるであろう鉄心もルーも責任ある立場であり、百代のように好き勝手に全力を出す訳には行かなかったのだろうという、川神院側の事情も理解していた。

 

「……ああくそ、でもやっぱり、負けるのは悔しいなぁ」

 

「……背中くらいはいつでも貸すぞ」

 

 百代が呟き俯いた瞬間、優季はそう言って、百代に背を向けた。

 

「……おせっかいめ」

 

「ま、悔し涙流す気持ちは理解できるからな」

 

 百代は身体を寄せて優季の背中に自分の背中をくっつけ、小さく呟きながら……悔し涙を流した。優季がそっぽを向いていたため、その姿を知るのは百代自身だけとなった。

 

 

 

 

「くそぉ。一生の不覚」

 

 百代は涙を流した後、後悔の念に捕らわれた。何故なら久しぶりに泣いたせいで目が赤くなってしまったのだ。

 

「なんのことだか」

 

 しかし優季は気にしないとばかりに笑って百代の横に座り、顔を赤くして俯く百代とは対照的に天井を見詰める。

 

「だけどまあ、感謝するよ優季。お陰で私はまた、強くなれる」

 

 百代は自分の目の前にあった手の平を握り締め、視線を上げて前を見据える。

 

 やれやれ、もう目が完全に武人のそれとは、やっぱり百代は強くなるのに貪欲だな。

 

 しかしそのどこまでも上を目指そうとするまっすぐな視線が、優季は子供の頃から好きだった。

 

「とりあえずもう一度基礎からやり直しだな。瞬間回復も余程の事が無い限りは使用を止めるべきか」

 

「その方がいいな。実際、回復技があるせいか大振りな攻撃が多かったし」

 

「ぐっ。すぐに技術面でも追いついてやるからな!」

 

「安心しろ、その時はこっちも符術とか色々使わせてもらう」

 

「おい、ずるいだろ」

 

 百代が子供のようにむくれて優季を睨むが、優季は自信満々の笑みで答えた。

 

「お前が真剣に強くなろうとするなら、事実強くなる。だから今度は持てる全てで挑まなきゃ負けると思っている。勝とうが負けようが関係ない。いつだって、自分はお前が最強だと信じて疑わない」

 

 『だから自分はいつだって全力だ』

 

 そう言って優季は笑う。

 その笑顔に百代はしばらく呆けたように見詰めた後、表情を崩して笑った。 

 

「……お前は凄いな」

 

 私なんかよりずっと真剣に日々を生きている。

 

 やらなければならない事の多い九鬼で、それをこなしながら時間を作って鍛え続ける。

 それがどれだけ難しくて大変なこなのかは、少し考えれば分かる事だった。

 

「自分より凄い奴なんて沢山いるよ。凄い人だらけで毎日ついて行こうとするだけで大変だ」

 

 だというのに優季はそれをおくびにも出さずに他人を褒め称える。まるで自分のしている事など当たり前の事だと言いたげに。

 

 いや、事実お前はそう思っているんだろうな。

 

「……そんなお前だから、強いんだろうな」

 

 百代は一度大きく頷くと、身体を起こして携帯を手に取る。

 

「とりあえず小雪には伝えておくか」

 

「ん、何をだ?」

 

「気にするな」

 

 気にはなったが流石に他人のメールの内容を何度も尋ねるのはマナー違反だと思い、優季はそれ以上追求しなかった。

 

「それじゃあ百代も大丈夫そうだし、もう帰るよ。百代に勝った事で少し周りが煩くてさ。まあ非公式だったから世間的にはそれほど騒がれていないけど、川神市ではそうはいかないらしい」

 

 面倒くさそうに呟く優季に百代も同調する。

 

「あ~てことは私の方にも来るかな」

 

 非公式とはいえ、武神の敗北。そんなネタを世間、特に川神市が放って置く訳がなく、優季はこの後記者達に色々話を聞かせないといけない事になってしまった。

 

「ただ幼馴染と楽しく決闘しただけなのにな」

 

「ああ楽しかった。またやろう」

 

「ま、しばらくは組手で本気は無しな。これでもお前と一緒の学校で学園生活を送るの、楽しみにしていたんだからな」

 

 優季が笑って本心を伝えると、百代は僅かに頬を染めて忌々しげに優季を睨んだ。

 

「そう言うことを平然と、この誑しめ」

 

「何故!?」

 

 

 

 

 その頃小雪は百代から送られたメールを見て蹲っていた。

 

『件名:宣戦布告

 優季はイイ男なので私のモノにする事にした!

 これからはお前がライバルだな!』

 

「どんだけぇ!?」

 

 小雪は優季のフラグ建築及び回収能力の凄まじさに戦慄した。

 




実は百代フォロー回という名の百代フラグ回収回だったんだよ!!
ちょっと乙女チックですが、原作の百代さんらしくサッパリした感じに纏められたかなと思っています。
直球告白させるか迷いましたが、なんかイメージとして百代は誰かに惚れたら『自分に惚れさせようとするタイプ』な気がしたのでこっちの演出にしました。
そして小雪の苦難は続く(一番最初に惚れたのにね)


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。