今はアナと名乗り、少女の姿となったメドゥーサは思う。
どうしてこうなってしまったんだ、と。
その独白にヘカテーは律儀に答えた。
曰く、ギリシャの人間は性別如何に依らず、美しいものは愛でる質だから仕方ない。
そして、それをちゃっかり聞いていたメディアは宣言した。
曰く、絶対に逃がしませんお姉様。
アナは全力で逃げ出そうとしたが、何故かヘカテーがノリノリで協力しているため、この空間転移式自動追尾地雷少女から終ぞ逃げる事は叶わなかった。
「たすけて」
「すいません無理です。」
師匠の余りの気の毒な様子(具体的には何故か頬がこけ、美しかった長髪からは艶が消え、目は虚ろ)に何とかしたいと思ったが、物陰からこっちをジッと見ている姫君に、イアソンは自分の無力さを嘆くだけだった。
「お・ね・え・さ・ま~♡」
「助けて!助けてイアソぉァァァああああああああ…!?」
イアソンは悲鳴を背後に置き去りにして走った。
だって巻き込まれたら何されるか分からなかったから。
船長と言う責任ある立場を背負う身としては、時に非情な決断もしなければならなかった。
……………
元々、アナもといメドゥーサは神々が取り合う程の美貌と料理の腕前を持った女神であり、普通に考えれば超高嶺の花なのだ。
この世界線ではない、本来の世界線であっても、オリュンポスの神々の中でも特に屈強で知られる海神ポセイドンの愛人の一人であり、その美貌には女神アテナすら嫉妬したと言われる程だ。
つまり、本当ならモテない訳がないのだ。
それがモテなかったのは、本人がそういった事を避け、男性からのモーションを悉く断ってきたからに他ならない。
また、女神から人間となって旅していた頃は、寧ろ盗賊や国の兵士からその美貌故に狙われ、超お粗末な口説き文句を散々に聞かされた事もあり、愚かで強引な男に対する嫌悪感が強かった。
故にこそ、弟子達には常に理性的であれ、謙虚であれ、誠実であれと説いてきたのだが…。
「まさか同性から襲われるとは思いもよりませんでした(白目)。」
しかしまぁ、これは良い機会なのかもしれない。
性に重きを置いた魔術や宗教、術式なんかはそれこそ世界中に見られる。
一人では殆ど出来なかったものだが、これを機に修めてみるのも悪くはないかもしれない。
ただ…
「どうしましたお姉様?」
「メディア、そのお姉様とは…。」
「はい!アナお姉様は私の姉弟子にあたる方ですから、この呼び方でも問題ないと思いまして!」
ニコニコニコニコニコニコ!とまるで悪びれなくハレの気を放つ姫君の姿に、アナは嘆息した。
「……色々と言いたい事はありますが、契約は契約です。貴方に蟠桃の栽培方法を伝授します。序でに役に立ちそうな魔術も幾つか教えましょう。」
「はい!よろしくお願いします!」
それはそれとして、等価交換を原則とする魔術師の端くれとして、アナはメディアに自身の知識を教授し始めた。
……………
「さて、許可も得た事だ。我々もそろそろ金羊毛皮を入手しよう!」
イアソンの言葉に、アルゴノーツ達が賛成の叫びをあげる。
今現在、歓待を十分に受けた彼らはその充実した気力・体力の矛先を欲していた。
「金羊毛皮は眠らずの竜によって守護されている。また、周辺は近年になってメディア姫の配置した竜牙兵に炎を吐く牝牛までが守りについている。我々の役目はこれらの撃破だ。」
アイエテス王ですらこれらの宝物を守護する怪物の制御は出来ないため、国宝を欲するなら己で勝ち取るべしと告げていた。
しかし、どれもこれも結構な怪物である。
眠らずの竜は百の頭を持ち、常に幾つかの頭が交代で周囲を監視し、死角もなく、全方位にブレスを吐く。
竜牙兵は土中の牙さえ残っていれば無尽蔵に湧き出すし、骨だけの身体なので疲れを知らない。
炎を吐く牝牛もそのブレスだけでなく、極めて屈強な身体を持っている。
下手に対応すると、最悪その三種類全てを一度に相手する事になるのも嫌な点だ。
「なので、隊を三つに分ける。比較的戦闘力の低い者は竜牙兵に対応し、可能なら土中の牙を壊してくれ。大まかな位置ならアナとメディア姫なら分かる筈だ。牝牛には戦闘を得意とする者達が対応するように。そして、眠らずの竜にはヘラクレスを中心として選抜した者達で当たる事とする。この時、他を担当する仲間達の邪魔にならず、また邪魔をさせないように気を付けてくれ。」
納得の布陣だった。
しかし、選抜した者達、と言う言葉が英雄達に刺さる。
まぁヘラクレスが対竜の選抜メンバーなのは仕方ないが、他はどう決めると言うのか?
正直、立候補者だけでも結構な人数になりそうだし、英雄となれば誰でもドラゴン相手の方が燃えるもの。
無限湧きする雑魚よりも、多くの者はそっちの方に参加したがっていた。
「各担当者の選出に関しては、この中から希望者を募った上で総当たり戦の結果で決める。無論、最低条件として必ず生還し、栄誉を手にするように。死にさえしなければ、アスクレピオスが治してくれる。皆、心して挑んでくれ。」
イアソンは全体の指揮のため、前線で戦いはしない。
無論、身近に危機が迫れば自身でも対応するが、指揮官としては全体に目を配る必要がある。
まぁ、そんな事は無いだろうなぁ…と思っていたりするが。
「よし。では選抜の希望者は早速集まってくれ。これより総当たり戦を開始する。」
そして、英雄達の盛大な肉体言語が開始された。
希望者と言っているのに、アスクレピオスとアタランテを除いたほぼ全員が一斉に乱闘を開始したのだ。
これはギリシャ英雄達が我こそ最強!我こそ竜を討つ勇者!と意気込んだ結果だった。
まぁギリシャだし、誰だって竜殺しで名を立てたいから、仕方ないネ。
「って、ちょっと待て!僕は指揮官で…!」
「ははは、この際だからお前も混ざってみろ!」
「ちょ、おま、アルケイデスてめぇ!?」
そして、イアソンも審判として観戦しようとしていたら、何故か盛大に担ぎ上げられ、乱闘状態の英雄達へと投げ込まれそうになる。
何とか逃げようにも相手はギリシャ最大の英雄だ。
結局、笑顔と共に強制参加となってしまった。
総当たり戦、と言う名の大乱闘の結果、各担当のメンバーは決定した。
そして、イアソンは何とか終盤まで勝ち抜き、手加減されたとは言えヘラクレス相手に3分持ち堪えたとして、船員達から盛大な拍手で讃えられた。
だがしかし、当然の結果としてボロボロになった英雄達が金羊毛皮を取りに行くのは三日後に延長された。
……………
形の無い島にて
「不味いわね、私。」
「そうね、私。」
魔性の美貌を誇る双子の女神が、その端正な面差しの眉根を寄せていた。
ふぅ…と悩まし気に溜息をつく姿すら様になっているが、生憎と今は彼女達の美貌を讃えている場合ではない。
「大きくなっているわね。」
「えぇ、とても大きくなっているわ。」
二人の視線の先、そこには島の中心のカルデラ湖に蜷局を巻いて眠り続けているギリシャ最大の怪物の一角ゴルゴーンがいた。
問題はその姿だった。
明らかにこの島に戻ってきた時の姿よりも、二巻分は蛇の下半身が長くなっていた。
また、背の翼も同様で、今まで飾り同然だったそれは、恐らくだが羽ばたけばちゃんとその巨体に浮力を与えてくれるだろう。
「まだ大きくなるつもりなのかしら、この駄妹は?」
「でしょうね、私。何せメドゥーサですもの。」
現在、ゴルゴーンは竈の女神ヘスティアにより主動力たるプロメテウス炉心の稼働率が低下し、魔術の女神ヘカテーの結界によって拘束され、更に島全体をヘファイストス製の捕縛城壁によって囲まれている。
その状態で、現状を維持するのなら兎も角、まさか成長するとは誰も思っていなかった。
ただ一人、この大怪獣の制作者を除いて。
「取り敢えず、報告しましょう私。」
「賛成よ、私。このままじゃ遠くない内に駄妹が起きてしまうわ。」
妹を守るために頭を悩ませる双子の姉。
その姿を、眠っている筈のゴルゴーンは正確に知覚していた。
彼女は、己の役目と現在の状況を正確に把握していた。
自分は望まれた怪物だが、現在は想定された状況を疾うに逸脱している事を。
また、このままでは死ぬ事すら難しい事も。
そして、歪んではいるが確かに家族であり、自身に愛情を持っている姉達がこのままでは戦いに巻き込まれる事を。
更に、もし自分が迂闊な行動をすれば、主神による宙対地雷撃がこの島ごと自分を焼き尽くす事を、正確に理解していた。
(更なる、強化を…。)
元よりそれしか知らない兵器である彼女は、自身を強化する事で状況を打破する事を選択した。
後に神々は戦慄する事となる。
あの大魔獣ゴルゴーンが、更に強くなって帰ってきた、と。