メドゥーサが逝く   作:VISP

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第六話 アナが逝く

 イアソンがギリシャ英雄大集結、苦難の旅へレディGO!な事態にビックリした少しだけ後。

 間もなくアルゴー号は完成し、出発準備が整うという頃、イアソンの下に一人の来客があった。

 

 「ギリギリ間に合いましたか…。まだ船員の募集はしていますか?」

 

 白い布で覆った棒状の何かを持ち、白いフードに身を隠した少女だった。

 声の具合と微かに覗ける容姿から、その少女が美しくも幼い事を悟ったイアソンは、こんな危険過ぎる航海にあたり若い少女を参加させるべきではないと意見を翻させようと口を開いた。

 アタランテ?最速野獣系ロリショタ大好きガールは人類ではなく英雄の範疇なのでノーカンで。

 

 「お嬢ちゃん?君にも事情があるんだろうけど、この航海は本当に危険なんだ。もし事情があるなら、僕に言ってほしい。時間は少ないが、多少なら力になれると思う。」

 

 態々膝を突き、真摯に説得する。

 正直、何を好き好んであんな危険な航海に出るのか、英雄達の気が知れない。

 自分で誘っておいてなんだが、まさか「求む英雄。至難の旅。僅かな報酬。未知と驚愕溢れる日々。絶えざる危険。生還の保証なし。成功の暁にのみ、名誉と賞賛を得る。」とかふざけた誘い文句で来るとは思わなかったのだ。

 この少女が英雄なんていう者になりたいのか、或は用があるのかは知らないが、他のもっと生存率の高い場所で頑張ってほしかった。

 

 「はぁ…。」

 

 それを、目の前の少女は呆れた様な溜息をつく事で返答した。

 そして、ぐいとイアソンの襟首を掴んで自分に近づけると、彼にしか聞こえない至近距離で、世界で一人しか持っていない筈の四角い瞳孔が見える距離で口を開いた。

 

 「何事も、自分の眼で見て判断しなさいと言った筈ですよ。」

 「ッ!?」

 

 その瞳、その言葉。

 それで漸く、イアソンは目の前の少女の姿をした者が、誰であるかを理解した。

 

 「申し訳ありませんお師匠様!」

 

 距離を離して瞬時に土下座する。

 物心ついた時からの恩人であり、師弟関係故に、イアソンは彼女に逆らえない。

 

 「頭を上げなさい、イアソン。それでも貴方は船長ですか。人の上に立つのなら、相応の態度があるでしょう。」

 「それは…はい。」

 「ならシャキッとしなさい。御母上に笑われますよ?」

 

 そこまで言って、漸くヘカテーのシビュレは笑みを浮かべた。

 今は幼気な少女の姿を取っているとは言え、その根っこは女神として長きを過ごし、修練を重ねた戦士であり、魔術師である。

 今更自分が原因の弟子の無礼を咎める気はなかった。

 …まぁ、本当にやらかした時は相応に罰を与えるが。

 

 「今の私はアナと呼びなさい。航海中は魔術師として仕事をしますので、一船員として指示を出すように。」

 「は、はい!委細承知しました!」

 「もう少し力を抜きなさい。それでは他の船員に怪しまれますから。」

 

 いや、結局乗る事は確定なんですか師匠!?とイアソンは叫びたかった。

 叫びたかったが、そんな事をすればスパルタクス並かそれ以上に厳しい師匠の怒りを買う事になるので、イアソンは素直に指示に従う事にした。

 

 

 

 なお、意外にも若返った師匠ことアナと言う少女の魔術師は、あっさりと英雄達に受け入れられた。

 その主な原因が、彼女の料理と持ってきた美酒によるものだったのだが…イアソンはまぁそうだよね(白目)と受け入れた。

 だって、どんな人間だって美味しいものは拒めないんだよ。

 基本的に英雄って人種は、自分の欲求に素直過ぎるものだしね。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 そして、多くの人々に見送られ、女神ヘラとアテナ、序でにメドゥーサの加護を受けながら、アルゴー号は果てのコルキスへ向けて出航した。

 その最中、アナは常に風と波の流れを読み、船の行先を常に指し示してみせた。

 その容姿故か、同じく女だてらにアルゴー号に乗ったアタランテからは特に気にかけられ、何くれと構われたのだが、それをイアソンは表に出さずともハラハラしながら見守っていた。

 何せ、自身の師匠であり、年齢不詳の美女であるヘカテーのシビュレが偽名?を名乗り、若返ってまで自分の船に乗り、他の船員達に年下として構われているのだ。

 誇り高い人間なら、それこそ鬱陶しいと思い、諍いの原因になりかねなかった。

 だがまぁ、そこは亀の甲より年の功と言うべきか、アナはそうした他の船員達とも気兼ねなく接し、時に英雄譚を聞き、時に知識を話し、時に美味なる料理や酒を振る舞い、長く辛い筈の船旅を決して飽きさせなかった。

 また、航海中に出会った多くの困難でも、彼女は活躍した。

 女だけになったリムノス島では、女達に夢中になった英雄達(-3名)を相手に、島の中心の山の頂に剣を持った巨人を召喚し、「日没までに来なかったら追い立てる」と宣言し、バカンス気分を終了させた。

 キオス島では、ヘラクレスに「貴方の最も大事な宝の一つが攫われる」と予言し、警戒したヘラクレスによって従者兼恋人(美娼年)のヒュラスが泉の精ニュムペー達に攫われるのを防ぎ、これが後々に生きてくる。

 他にも多くの冒険を経ながら、アナはより実践的な魔術を磨いていった。

 そして遂に、アルゴー号は果てのコルキスへと到着した。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 さて、いきなりやってきた英雄一行に、そう簡単にコルキス王アイエテスが自国の国宝とも言える代物を渡すだろうか?

 答えは否である。

 

 「…言いたい事は分かった。しかし、タダでくれてやる程、我が国の宝は軽くはない。」

 

 色々と怒りとか突っ込みとかをぐっと堪えながら、アイエテス王は告げた。

 

 「あの金羊毛皮は我が国に富を齎している。それを失えば、どれだけの損失が出るか、考えたくもない。」

 

 国家元首として極々当たり前の事を告げる王に、イアソンは当然と頷いた。

 

 「でしょうな。少なくとも、同格の宝かそれ以上のものと交換せねば、この国の誰もが納得しないでしょう。」

 

 その言葉に、アイエテス王が訝しむ。

 この事態を予期していたのなら、それこそ今言った通りのものを用意している可能性があった。

 

 「こちらをご覧ください。」

 「む?」

 

 イアソンの後ろに控えていた白いローブを纏った小柄な従者が、鉢植えを持ってやってきたのだ。

 その鉢植えには未だ30cm程度しかない若木が一本生え、一つの青い果実を実らせていた。

 

 「これは…?」

 「これは桃と言う果実の若木です。」

 

 聞いた事の無い名だった。

 しかし、この場に出すだけの価値があるものだと言うのなら、相応の効果がある筈だった。

 

 「この木に生る薄紅色の果実は災いを払い、一年だけですが寿命の延長と病魔の克服を可能とします。」

 「なんと!?」

 

 その言葉にアイエテス王は驚く。

 本当ならば、それこそ女神ヘラの果樹園にあると言う黄金の林檎に近しい代物と言う事になる。

 

 「また、木の方も有用です。矢にすれば魔性の類によく効き、枝を畑に刺せば害虫除けになります。」

 「メディア、間違いないか?」

 

 流石に怪しく感じたのか、アイエテス王は同席させていた愛娘に尋ねる。

 魔術師として彼の女神ヘカテーの弟子である娘ならば、会話の真偽や物品の真贋を見極める事も可能だと考えての事だった。

 

 「はい、お父様。あの木は本物です。普通は何かしらの神々の持ち物ですのに…。」

 「えぇ、元は遠き東の地にある神仙の畑から、何とか種だけを苦労して手に入れて育てたものです。」

 

 いや、本当に大変でした、とはアナの言である。

 場所は中国、崑崙山の蟠桃園で育てられた桃、即ち蟠桃である。

 最高位の女仙・西王母の生誕祭である蟠桃会に招かれた神仙達に供されるもので、直前になって七仙女によって手ずから採取される。

 無論、警備は厳重であり、多くの神仙や神獣によって守られた蟠桃園を突破せねば、入手は出来ない。

 しかし、数少ない例外として、とある猿がヤンチャした時が挙げられる。

 ある蟠桃会の時、この猿は蟠桃園の守衛を任せられたのだが、その時の会に招かれなかった事を恨み、園の桃を食い荒らし、酒宴の場で大暴れしたのだ。

 この時、混乱に乗じて密かに侵入し、幾つかの種を持ち帰ったのが嘗て世界中を旅したメドゥーサだった。

 彼女はそのとあるお猿さんに感謝しつつ、その種をギリシャに持ち帰り、密かに栽培、既に果実を実らせる事に成功した。

 今回持ってきたのは蟠桃園から失敬した種の孫世代にあたる株だった。

 無論、ギリシャの風土でも育つように改良済みである。

 

 「とは言え、ちゃんと成長させるには優れた魔術師による管理が必要です。」

 「成程、それならば確かに我が国にとって宝となるな。」

 

 コルキスではギリシャ世界としては当然としてオリュンポス十二神を奉っている。

 が、その中でも特にヘカテーとアレスとは縁が深く、そのためか優れた魔術師や戦士が多い。

 

 「無論、この若木から増やす事も可能です。流石に黄金の林檎程の劇的な効果はありませんが、その分時間をかければ多くの利益を生じます。」

 「むぅぅ……。」

 

 正直、心惹かれないと言えば嘘になる。

 既に老境になっているアイエテス王としては、寿命を延ばしてくれる仙桃は喉から手が出る程に欲しい。

 その枝木にも、時間をかければ木材としての価値も見い出せるだろうし、直ぐにとはいかないが金羊毛皮を手放す損失も十分に埋められるだろう。

 

 「とは言え、急すぎる話です。王よ、続きは後日に致しましょう。」

 「む、そう言えば其方達はテッサリアから航海してきたのであったな。よろしい、今夜は王城で歓迎の宴を開くため、ゆるりと旅の疲れを癒すと良い。」

 

 その言葉にイアソンの背後に控えていた英雄達がオオ!と歓声を上げる。

 如何に屈強な彼らと言えど、流石に厳しい船旅は応えるものがあった。

 まぁ美酒と美食(一部は美色)は十分だったんだけどネ!

 

 だが、平和な会談はそこで打ち切られた。

 

 「曲者!」

 

 白いローブの従者、アナの叫びに、誰よりも早くヘラクレスが即応した。

 半神と言うよりも殆ど神霊としての知覚を未だ有する彼女は、その知識からもだが、明確にメディアに向けられる神霊の悪意を感じ取っていた。

 

 「むん!」

 

 棍棒を一閃、それでメディアに向けて放たれた恋の呪いを宿した矢が払われる。

 流石にヘラクレスの相手はごめんだと、矢の持ち主たるエロスは即座に遁走する。

 如何に自分の主アフロディテを通してヘラから命じられた事とは言え、命を賭けるには値しないと判断したのもあったため、二の矢は撃たなかった。

 

 「メディア!?」

 

 驚いたのはコルキス側の面々だ。

 兵士達は危うく自国の姫君が殺されそうになった事に驚き、王の命令とほぼ同時に王族二人の守りを固め、メディアに至ってはガタガタ震えている。

 まぁ誰だって自分を守るためとは言え、ヘラクレスが振るう棍棒が傍を掠めれば怖いとは思うが…。

 

 「アナ、次はあるかい?」

 「いえ、来ませんね。少なくとも今夜はもう来ないでしょう。念のため、ヘラクレスさんか私の知覚範囲内にいる様にして頂ければ大丈夫かと。」

 「分かった。アナはメディア姫の傍にいてくれ。」

 「分かりました。」

 

 白ローブの従者、アナはローブを頭から降ろして鉢植えをイアソンに渡すと、棍棒に弾かれた矢を拾い、間違っても傷がつかないように厳重に布で巻いた後に魔術で固定、封印した。

 これで被害者は早々出ないだろう。

 

 「何があったのだ?」

 「愛の神エロスがメディア姫を狙ったのです。あの神は悪戯好きですが、或は他からの指示があったかは定かではありませんが…。」

 

 この時、イアソンはほぼ間違いなくオリュンポスの神々、取り分けヘラからの差し金だと確信していた。

 何せ、自分がこの冒険を成功させて喜ぶのは、あの女神だけだからだ。

 

 「取り敢えず、こちらの従者が彼女を護衛しますので、当面は安全です。」

 「何から何まで済まぬな…。」

 

 流石に愛娘の身が危険とあって、アイエテス王も平静ではいられなかった。

 

 「…イアソン殿、先程の件だが」

 「聞きましょう。」

 

 後で構わないとされた用件を相手側が話し出したのだから、話を持ってきた側として応じなければならない。

 

 「金羊毛皮だが…桃の木との交換に応じよう。但し、我が国の魔術師の中でも最も優秀なメディアに育て方を教えてもらいたい。」

 「分かりました。」

 

 本当は説明書もあるのだが、恐らく目的は言葉通りのものではない。

 今のやり取りでメディアへの愛情は篤いと知ったイアソンは、アイエテス王の条件が娘のためのものだと見ていた。

 何せ、育て方を習う間はアナと付きっ切りとなるだろうから。

 そして、期限を切っていない事から、これが愛娘の護衛のためとも取れる。

 

 「すまぬ。くれぐれも娘を…。」

 「お任せを。全力でご期待に応えてみせましょう。」

 

 イアソンは一人の英雄として、娘を愛する父親と約束した。

 

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 「アナさんは、本当に凄いですね!」

 「そうでもありません。貴方の方が呑み込みは早い位ですよ。」

 

 宴の最中、二人の麗しい少女(一人は合法)が盛り上がっていた。

 一人はメディア、一人はアナ。

 共に女神ヘカテーの弟子である女魔術師だった。

 

 「でも、この桃って果物も本当に素晴らしいですし、魔術の知識だって…」

 「知識も何れ経験と学習を重ねれば大丈夫です。私は自分からヘカテー様に弟子入りしましたが、貴方はヘカテー様自ら見出されたのでしょう?なら素質は十二分と言う事です。」

 「うむむ…確かにヘカテー様の慧眼に狂いなんてないですが。」

 

 いや、結構物臭でスイーツに目が無いですよ、とはアナは言わない。

 だって何か視線感じるし!主に遥か彼方の頭上から!

 お師匠様、満月の夜だからって視線強すぎィ!

 

 「そう言えば、まだ桃自体は食べてませんでしたね。」

 「あるんですか!?」

 

 メディアの目がキラキラと輝く。

 女の子は何時だって甘いものが好きなもの。

 そこには年齢、出身、文化、種族すら関係ない。

 

 (私にも献上せよ。)

 (アッハイ。)

 

 師匠からの要求に呆れながら、アナは甘く煮た桃のコンポートと桃の果実酒を取り出した。

 

 「では皆さんの分もお出ししますから、手伝ってくださいね。」

 「はい!」

 

 甘い香りに女官達や御婦人方の視線が集まった事を感じて、アナは自分達が味わうのは後になりそうだな、と悟った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝

 

 「すぅ…すぅ…」

 「」

 

 何故か、アナはメディアと一緒の寝台で寝ていた。

 裸で、一糸纏わず、全裸で。

 

 「お酒は止めましょう。」

 

 断酒を固く誓いながらも、時既に遅し、アナは横で寝息を立てる王女様(ギリシャらしく可愛ければ男女関係なく喰っちまう派)にロックオンされていた。

 


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