メドゥーサが逝く   作:VISP

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第三話 メドゥーサが逝く3

 事の次第を聞いた時、ギリシャの神々はまさか、と思った。

 だが、多くはメドゥーサが怪物になった事に驚いたのではない。

 あの美食の数々をもう食べられない事に嘆いたのだ。

 純粋に心配したのが極一部、具体的にはハデス夫婦と調理器具の作成で親しくなったヘファイストス等のギリシャの神々の中では比較的まともな者達だけだった。

 地母神の筆頭格であるデメテルと魔術の師匠であるヘカテーは事の次第を把握していたので、大して心配もしていなかった。

 だが、総じて共通していた事はあった。

 どうやってこの事態に対応するのか、と言う点だった。

 実は近場の英雄達が勝手に首級を求めて戦いを挑んだのだが、あっさりと石化の魔眼にやられて死亡していた。

 それを掻い潜った者も、その巨体に押し潰されるか鱗に阻まれ有効打を与えられないのが殆どだった。

 そして、それらをクリアした極一部の者にしても、本格的に外敵の排除行動を開始したゴルゴーンの前には無力だった。

 しかも、毒物や魔術も金剛鉄の鱗に弾かれ、辛うじて刺さった同じく金剛鉄製の矢も鱗に刺されど中身まで貫通できないし、あっと言う間に治ってしまうのだ。

 それがゆっくりと移動し、道中の全てを薙ぎ払って何処かへと向けて進んでいるのだ。

 既に進路を予想した者達によって、進路上の人々は避難させられているが、全長300mを超える巨体が移動するだけで、被害は甚大だった。

 甚大だったが、取り敢えず神々は静観する事にした。

 相手の目的が不明だったし、下手に手を出して火傷で済むとも思えなかったし、先ずは情報を集める必要があると判断したからだ。

 そして、その判断は正しかった。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 アレスと言う神がいる。

 ギリシャ神話において、主神ゼウスと王妃ヘラの間に生まれ、血筋・能力共にオリュンポスでも高い実力を誇る。

 また、彼は兄弟姉妹にして半身とも言えるアテナと戦神としての立場を二分する男神だ。

 アテナを都市国家の守り神とするなら、アレスは戦闘での狂乱を司り、周囲に恩恵よりも災厄を撒き散らす存在でもある。

 その性質のため、粗野で野蛮な振る舞いが目立ち、時に人間に敗れる事もあったため、後世からはハイスペックマダオ扱いされる事が多々あるし、神々からも厄介者扱いされている。

 反面、身内や愛人には優しく、特に自身の血をひく子供には自身の宝を直々に与えたりもする。

 そんなアレスだが、彼自身は自身の役割に対しては誰よりも真摯だった。

 守るのも、知恵を授けるのも、守りの内側で多くの文化を育てるのも、全ては半身であるアテナの役目だ。

 ならば、自分がする事はただ一つ。

 即ち、世界の脅威に対して、常に全力で戦う事だった。

 

 「オオオォォォオオオォォオオオオオオォォォおおおおおおおおおおッッ!!」

 

 咆哮と共に、青銅の鎧と大槍、丸盾を持ち、本来の神としての巨大な姿となったアレスがゴルゴーンへと突撃した。

 

 「…………。」

 

 ぎろりと、ゴルゴーンはその排除対象へと視線を向ける。

 大抵の相手はそれだけで石化するが、その程度ではこの戦馬鹿は止まらない。

 見られるとちょっと身体が重くなるが、その分頑張って動けばよい!

 高位の神性故に対魔力と耐久力を基礎とした超脳筋思考で、彼はそのまま槍を叩き付けた。

 

 「■■■■■■■■■…!?」

 

 悲鳴と共に、ゴルゴーンの身体が山肌に叩き付けられた。

 同時、追撃として放たれた刺突がゴルゴーンの身体を貫通し、更に後ろの山まで貫徹、大穴を開けた。

 

 「………。」

 

 ここで始めて、移動を優先していたゴルゴーンの意識が、明確に外敵の排除へとシフトした。

 ブンと、その巨大な蛇体が蠢き、アレスに向け、横薙ぎに振るわれる。

 

 「ぬぅお!?」

 

 それを丸盾で受け止めるが、余りの質量差に盾を構えたまま吹き飛ばされる。

 次いで、先程のお返しとばかりにゴルゴーンの髪が変じた蛇達が、一斉にその口から毒の吐息を吐き出し、吹き飛ばされたアレスを追撃する。

 流石に毒は嫌なのか、アレスは吹き飛ばされながらも槍を地面に突き立てて停止、盾を正面に構えながら突っ込んできた。

 

 「おおおおおおりゃあああああああああああああああああ!!」

 「■■■■■■■■■■■■■…!」

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 オリュンポスの神々は、手出し無用の伝令を受け取る前に突撃しやがった馬鹿に対して頭を痛め、次にギリシャ世界を崩壊させかねない戦いの規模に戦慄し、最後に被害が限定されるように各々が権能や魔術を生かして戦いの余波を辛うじて抑え込んだ。

 何せ余波だけで山脈が消え、大河が干上がり、大地は震動と共に罅割れて砂となり、森が耕されていくのだ。

 それは遠きオリュンポスにすら僅かながらも振動が届く程なのだ。

 このまま地上が滅んでも、何の不思議も無かった。

 しかも事態は更に最悪の方向へと突き進んだ。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 さて、話は少し戻るが、自身の身体を怪物へと変質させるにあたり、メドゥーサは純粋なスペックの向上も当然ながら、幾つかの試験段階の機能も付け足していた。

 一つはエネルギー生産能力。

 具体的に言えば、吸収した物質を純粋な熱量へと変換、それを吸収する機能だ。

 端的に言えば、核融合である。

 これはFateにおける英霊が神秘の篭もらない食事を僅かながらも魔力へと変換する事を参考にし、魔力ではなくより純粋な熱量へと変化させる事で生産効率を上昇させる事に成功した。

 反面、排熱に問題を抱えており、通常の体表面からの排熱の他に、定期的に収束した熱量を排出する必要が出来てしまった。

 一見、便利だがやや不便な能力に見える。

 しかし、それは高い再生能力も併せ持つゴルゴーンからすれば、ある攻撃手段を増やす事とイコールだった。

 そしてもう一つが、自己進化だった。

 とは言え、彼の大英雄の12の命の様な耐性の獲得でも、急激な形態変化でもない。

 ただ、外敵と戦い、生き延びれば、その外敵が脅威であっただけ、次は二度と生命を脅かされない様により強くなると言う自己強化能力だった。

 とは言え、あくまで試験段階であり、想定したものは精々が総合10%程度の強化だろうとメドゥーサは判断していた。

 これは直ぐに事態が解決しないためのものであり、搭載したメドゥーサにとっては精々時間稼ぎ程度の認識でしかなかった。

 だが、彼女はこの時甘く見ていた。

 オリュンポスの神々と言うものを。

 アレスの愚かさと強さを。

 自身が何を生み出してしまったのかを。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 「ぐぁ…ッ!?」

 

 疾うに鎧は千切れ飛び、今しがた盾も砕かれた。

 全身から血を流し、満身創痍になりながらも、アレスは未だ闘志を燃やしていた。

 既に戦いが始まってから三日が経過しており、アレスは限界を迎えようとしていた。

 

 「………。」

 

 だが、ゴルゴーンは何も変わっていなかった。

 その美貌を寸とも動かさず、ただ淡々と外敵を屠らんと行動する。

 アレスによって翼を、腕を、尾を捥がれ、千切られ、切り離されても、ゴルゴーンは怯みもせずに戦い続ける。

 消費したエネルギーは傍から回復し、付けられた傷も直ぐに再生し、四肢や翼は生え変わる。

 一撃で死にかねないダメージを間断なく投射しない限り、この大魔獣は幾らでも戦い続けるのだ。

 

 「喰らぇいッ!!」

 

 独特の歩法で助走をつけて直上へと跳躍する。

 そして自由落下と自身の膂力、しなやかな腕の振りによる運動エネルギーの全てを槍へと集め、投擲する。

 軍神たるアレスは、それ即ち人の世の武術、その奥義にすら十二分に通じる。

 即ち、ケルト神話の鮭跳びの術からの槍の投擲を模倣する等、朝飯前にやってのける。

 普段はしないのは、戦いを楽しみたいが故であり、今こうして全力で戦い勝利する事を目的とした場合のみ、その制限は解除される。

 

 「……………。」

 

 投擲された槍は音を超え、風を裂き、空間を軋ませながら、大魔獣へと迫る。

 威力は疾うに対軍を超え、対城の中でも最上位に位置する程になっている。

 そんな同質量の隕石の衝突とも言える一撃に対し、ゴルゴーンの取った策は簡単だった。

 巨体故に回避など不可能、ならば耐えるしかない。

 その蛇体を球体状に丸め、人の形を残した上半身のみを守るために防御を固める。

 そして、来た。

 槍が衝突し、球体状になったゴルゴーンの巨体を貫徹せんと鱗を砕いていく。

 それに対し、ゴルゴーンは全身の筋肉に力を込めて、槍の侵攻を阻む。

 既に3度も尾を貫かれながら、それでもまだ耐えると力を込め続けるも、その眼前に槍が迫り…

 

 「…………。」

 

 そこで、槍が止まった 

 ゴルゴーンの心臓も頭も貫く事なく、漸く槍はその猛威を収めた。

 なら、次は反撃だ。

 この外敵を確実に排除するための一撃によって、この戦闘を終わらせる。

 

 「■■■……。」

 

 それどころか、急遽始まった過剰なまでの熱量生産に全身が薄紫に光り輝き、全身に放出し切れずに溜まった熱量が自己を崩壊させながら一か所に集まっていく。

 黒く染まっていた蛇体、その鱗の隙間から漏れ出る不吉な光は毒を帯びており、周辺の大気を、土地を、生物を死に絶えさせていく。

 それはあらゆる者を絶滅させていく、猛毒ならぬ絶毒であり、それは更に輝きを増していく。

 

 「させ、ぬ…!」

 

 それを見て、アレスは駆け出した。

 徒手空拳の身だが、己が手足を犠牲にしてでも、次の一撃は放たせてはならないと、彼は確信していた。

 だが、悲しいかな。

 三日に渡る激戦で、もうアレスは限界だった。

 対して、殺せれば死ぬが、そこまでが難しすぎる大魔獣は、今なお十二分に戦闘続行可能だった。

 

 「■■■■■…。」

 

 全身の熱量がブレスとして口に集められていく。

 威力はそれこそ核弾頭や隕石の衝突に匹敵するか、或は凌駕する。

 それ程のエネルギーを、しかしゴルゴーンはただ一人の外敵を排除するためだけに使用する。

 アレスは邪魔しようと、その蛇体に掴みかかるが…

 

 「熱っ!?」

 

 余りの熱量に、その全身は焼けた鉄以上の熱を持ち、アレスはまともに触れる事すら出来ない。

 そうこうする内に、遂に準備は終わってしまった。

 

 「『自己崩壊・終末神殿』。」

 

 激しさはない、寧ろ穏やかと言って良い真名の解放に比して、その効果は絶大だった。

 そして、高々と持ち上げられた鎌首から、コブラが獲物へと食らいつく様に、ゴルゴーンは口内の膨大な熱量を薄紫色の光線として一気に解放した。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 その一撃を、アレスは両腕を交差する事で辛うじて頭部と心臓を守った。

 だが、無意味だった。

 オリュンポスの神々のなかで、殊に戦闘に関しては主神に伍する彼であるが、その性質上攻撃に偏った彼にはその光を防ぐ術はなかった。

 しかし、一瞬で蒸発する程、オリュンポスの神々は脆弱ではない。

 彼はその一撃を受け、全身を太陽の表面温度を超える灼熱に焼かれる痛みに苛まれながらも、未だ意識があった。

 

 (この威力、早々出せる筈がない!終わった瞬間こそが勝機…!)

 

 アレスの目論見は当たっていた。

 当たっていたが、それを彼が掴む事は無かった。

 終わらないのだ、光の放出が。

 やがて、アレスはそれを受けたまま、押し出される様に地面が足から離れた。

 そのまま、天へ天へと光線によって押し上げられ、遂には…

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 オリュンポスの神々は見た。

 ゴルゴーンの吐き出す光線を受けて、アレスが天へと押し上げられていくのを。

 そして、遂にその光線とアレスが空間を突き破り、事態を見守っていたオリュンポスの神々の下へと届くのを。

 無限の栄光を宿した大神殿が一撃で両断され、絶毒に犯されたのを。

 余りに予想外の事態に、神々はそれぞれに逃げ出した。

 自らの随獣や戦車に乗り、あの絶毒と大魔獣に恐怖しながら逃げ出したのだ。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 メドゥーサは見た。

 自分が作ってしまった惨状を。

 いや、確かに皆困れ皆死ねとか思ったが、まさか現実になるなんて…と頭を抱えた。

 取り敢えず、戦闘終了と判断したゴルゴーンに移動を再開させる。

 先ず海に出て排熱と自己治癒、自己進化をしながら、帰巣本能に則って「ある島」を目指して移動していく様を確認しつつ、どうやってアレ処分しようと頭を悩ませる事になった。

 

 

 

 

 

 


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