「クリュサオール!」
先に主神の雷霆を受け、死亡した自身の眷属、その再召喚。
同時、自身を中心に蜷局を巻いているゴルゴーンへと特攻した。
「馬鹿め。」
それをゴルゴーンは嘲笑う。
既に死んだ者を呼び出して、何をすると言うのか?
況してや、既に詰んだ状態で。
ゴルゴーンの考えは、この状況では的確だった。
現にたった今、シビュレはゴルゴーンの体表から照射される光線に左腕を切り飛ばされたのだから。
しかし、左腕を代償に、シビュレは安全圏であるゴルゴーンの体表へと辿り着いた。
ここなら自滅を恐れ、早々攻撃する事は出来ない…
「馬鹿めと言ったぞ?」
筈だった。
しかし、人型の上半身なら兎も角、下半身ならどうとでも再生できるし、斬り捨てる事も出来る。
元より、自身のオリジナルを相手に油断や慢心など在り得ない。
故に、ゴルゴーンは迷いなく、自身の蛇体ごと攻撃した。
「えぇ、知っています。」
自身が愚かである事など、疾うの昔に承知している。
左腕を光線で焼き切られ、凄まじい激痛に苛まれながら、それでもシビュレの目は未だに死んでいなかった。
「『止まりなさい』!」
「ッ!!」
作成の際に組み込まれた強制停止コマンド。
その発動はしかし、半秒後にはレジストされる。
しかし、それだけあれば、シビュレが回避する間は十分だった。
「上方注意、ですよ?」
「ぬぅぅ…!?」
そして、それだけは済まさない。
ズドン!と、地を揺るがす程の勢いで、全長30mの巨人の死体が降ってきた。
例え命を失っても、黄金の巨人は母の力となり、ゴルゴーンに極単純な質量兵器としてぶち当たった。
「こんなものでぇッ!」
無論、上半身だけでも10mあるゴルゴーンにとり、巨人の死体は重いものの、即座に圧死する程ではない。
意識して力を込めれば、割とあっさりと持ち上げられるだろう。
だが、それには僅かな間がある。
「ルーン魔術、私も使えるんですよね。」
クリュサオールが持つ、黄金の大剣。
地に突き立った剣の上、その鍔へと着地すると、シビュレは徐々に傾いていた剣身を更に傾斜させていく。
「ぐ、」
全長10mを優に超える代物であり、切れ味も強度も重さもゴルゴーンを斬るには十二分だ。
しかし、それを振るうには巨人並の筋力と体躯が無ければ出来ない。
「っ」
しかし、何事も例外は付き物。
シビュレは焼き切られた左腕を除く全身へとルーン魔術を施し、その身体能力を限界を超えて引き上げた。
それはクー・フーリンがサーヴァントでありながら、ルーン魔術による強化によって一時的に全盛期の力を振るう様に似ていた。
無論、元々戦神でもないシビュレがそんな事をすれば、立っているだけで筋肉によって骨格と内臓が圧迫され、全力を出せばそれだけで自身へのダメージとなる。
「あ」
全身の筋肉が、神経が、魔術回路が断末魔の悲鳴を上げる。
骨は砕け、肉は裂け、血管が破裂していく。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!!」
だが、この瞬間だけはシビュレはゴルゴーンに匹敵する筋力を発揮できる。
故に、地に突き立った我が子の遺品を、一度限りだが振るう事が出来た。
「何と!?」
滅茶苦茶である。
全身から血飛沫を上げ、それでもなお咆えながら、シビュレは地に突き立った黄金の巨剣を振り下ろした。
「ぐ…!?」
無論、ゴルゴーンとて何もしない訳が無い。
尾を動かして薙ぎ払うか、溜め無しで放てる尾からの光線を使っての迎撃を選択し…
「凍結だと!?」
先程、シビュレごと攻撃した尾の部分が凍結し、蜷局を巻いていた事もあって、完全に固定されていた。
見れば、シビュレの金剛鉄の穂先を持った槍が尾に刺さり、そこからゴルゴーンの蛇体を氷漬けにしていた。
「ぬぅぅぅぅぅぅぅぅ!」
無論、砕く気で動かせば何れ解ける拘束だが、直ぐには出来ない。
故に今動かせる上半身で、巨剣を防ぐ事にした。
幸い、盾は既に持っている。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!」
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!」
ゴルゴーンは迫り来る巨剣に対し、抱えていたクリュサオールの死体を盾にして、何とか鎖骨までの被害で抑えてみせた。
「ハハハハハハハハハハハ!万策尽きたな!」
「まだです!」
哄笑と共に、ゴルゴーンが頭部の蛇を動かし、シビュレに石化の魔眼を放とうとするが、それを両断する様にシビュレが吼えた。
「『壊れた幻想』!」
宣言と同時、ゴルゴーンの肩に食い込んでいた巨剣が爆発した。
その構成材質である金剛鉄に内包された全ての神秘を、質量をエネルギーへと変換、解放する事で発生した爆発は凄まじい勢いで周囲を包み込み、何もかもを吹き飛ばした。
……………
「ばか、め…。」
全身をあらゆる生物を絶滅させる絶毒と熱量に包まれながら、凍結していた蛇体を木っ端微塵に砕かれ、左上半身が消し飛んだ状態で、それでもなおゴルゴーンは即死していなかった。
しかし、それでももう時間の問題だった。
全ての炉心を壊され、脳髄にも深刻な損傷を受け、既に再生もできない程の致命傷を負っていた。
「えぇ…しってます…。」
このまま戦いを長引かせれば、何れヘラクレスがやってきて、片を付けてくれただろう。
だが、それでは駄目なのだ。
「もう、だれも…」
シビュレもまた、致命傷を負っていた。
爆発の瞬間、縮地によって後方へと跳んでいたが、それでも爆発の規模が、威力が大き過ぎた。
空間転移を連続使用し、異相空間への滞在時間を長引かせる事で回避したものの、重症の身に致命打となるには余波でも十分だった。
「わたしのせいで…しなせたく…。」
それが、多くの英雄を育て上げた女傑の、神々と人々に追われ続けた女性の、自分なりに生きられる場所を求めた女の、最期だった。
「やはり、お前は馬鹿者だ…。」
その末期の言葉に、ゴルゴーンは哀れみしか抱けない。
「こんな愚か者だらけの世で、お前の様な初心な小娘が生きられるものか…。」
もし、シビュレが諦めや妥協を抱いていたら、こんな事にはならなかっただろう。
単なる世捨て人として、人々とは距離を置いて生きていられただろう。
だが、彼女は孤独は嫌だった。
一人ぼっちは、寂しすぎたから。
「お前も、私も…疾うの昔に……」
ゴルゴーンもまた、意識が遠のく。
寧ろ、今まで死んでいなかった方がおかしい程のダメージを受け、なおも正気を保っていたのはギリシャの二大怪獣の矜持故か。
「死んでおく、べきだったのだ…。」
誰もその言葉を聞く事なく、嘗て一つであった女神は地獄の様な劫火の中で静かに息絶えた。
「Grrr………。」
誰もいない筈の劫火の中で、ゆっくりと目を開ける者がいた。
それは先程ゴルゴーンが脱ぎ去った筈の嘗ての巨体。
主神や最上級の英雄を屠るための、使い捨ての装備。
だが、プロメテウス炉心を三つも内蔵し、ゴルゴーン同様の各種機能の他、特に生命力と耐久性を強化されていた。
また、もしもの時は独立して可動し、本体たるゴルゴーンとの連携すら考えられていた。
しかし、主神の雷霆を受け、機能不全に陥っていたそれは、当初の目的である主神の雷霆の吸収・放出にしか使用されなかった。
だが、今はどうだろうか?
指令を出す筈のゴルゴーンとシビュレの生体反応は途絶え、御自慢の鱗は全て剥がれ落ち、翼も残らず切り落とされ、再生できていない。
本当なら、そのまま機能停止している筈だった。
だが、先程受けた衝撃と熱量に機能が再起動、熱量を吸収し、それを起爆剤に停止していたプロメテウス炉心が再稼働する。
既にこの肉に意思は無い。
意思を持ち、判断を下すべき者が既にいないために。
それは即ち、この肉が本能と機能のままに行動を開始する事に他ならない。
「GYAAOOOOOOOOOOOOOOOOOOoooooooooooooooooooooooooow!!」
炭化した表面の肉を脱ぎ捨て、嘗ての美しい美女の姿の面影はない。
蛇体ではなく、二足歩行する黒い蜥蜴にも見える姿は、しかし、深海生物の様な焦点の合っていない目、不規則に並んだ背鰭、体表を血管の様に走る赤い魔力ライン、黒くボコボコした分厚い肌も合わさり、悍ましさと恐怖しか感じられない。
もしこの場に、シビュレの中の人と同じ時代を生きた者がいたなら、畏怖と戦慄と共にこう叫んだ事だろう。
ゴジラ、と。
次回、ゴジラVSヘラクレス
どっちが勝っても、ギリシャは終わる。