メドゥーサが逝く   作:VISP

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第十二話 シビュレが逝く5

 違和感。

 雨霰と降り注ぐ閃光と雲霞の如く襲い来る竜鱗を捌きながら、それを先程からシビュレは感じていた。

 否、新生したゴルゴーンを見てから、ずっとそう感じていた。

 

 それはあの不必要に巨大な身体だった。

 全長7kmにも及ぶ巨体。

 それはこのギリシャのどんな神々や怪物よりも大きい。

 例外と言えば、古の天空神たるウラノスとクロノス、そして大地母神たるガイアだろう。

 これ以降の神々は神威を全開にすれば巨人達とそう変わらないサイズにもなるのだが、精々全長50m程度であり、ゴルゴーンほど非常識なサイズではない。

 なら、あの巨体には何の意味があるのか?

 確かに無数の竜鱗を始めとした魔獣達の母胎としては有用だろう。

 だが、それとて精々全長数km程度で十分だ。

 ならば、別の用途がある。

 ゴルゴーンもまた自分なら、無駄な事は好まない実用主義の筈だ。

 では、どの様な用途があるだろうか?

 

 例えば、プロメテウス炉心。

 これは要は物質を純粋な熱量へと変換する魔術式の核融合だが、その性質上どうしても排熱の問題を必要とする。

 これをゴルゴーンは専用の排熱器官ではなく口内からブレスとして放出するか、体液を媒介に体表から熱を逃がす事で対応している。

 そのための巨体とも考えられるが…それは11基と言う不必要に多い炉心を減らすか、専用の排熱器官を設ければ良い。

 なので没。

 

 例えば、全身から放つ光線。

 口内から放つブレスと同質のものを全身から放ち、これに鋭敏な各種感覚器官を合わせて、極めて高精度な全方位への攻撃を可能としている。

 だが、そもそも巨体のせいで一々迎撃する手間がかかっていると考えれば、これも巨体を必要とする理由にはならない。

 よって没。

 

 例えば、更なる強化のため。

 これは十分考えられる。

 今でも十分に強いが、次なる強化を見据え、そのための土台として大型化する必要がある。

 だが、これは現段階では大型化する必要が無いという事でもあるので没だ。

 

 なら、ゴルゴーンは一体どんな意図でそんな巨体になったのか?

 答えは簡単だ。

 このギリシャにおいて、力持つ存在は限られている。

 特にアレスを倒した初期のゴルゴーンかそれ以上となると、本当に一握りだ。

 そういった一握りの存在に対抗するために、態々巨体となる必要があったのだ。

 

 (特に主神ゼウスの雷は強力ですからね。)

 

 他のオリュンポスの力ある神々だと、ポセイドンならば海の権能や鉾、ヘファイストスならば火山の権能と槌に多くの道具、ハデスなら冥府の権能と隠れ兜に二又の槍等だ。

 そして、ゼウスと言えば天空の権能と雷霆、そして二つの鎧を持つ。

 この内、雷霆は全宇宙を破壊するとも言われる程に強力な対界宝具であり、ゴルゴーンもこれには警戒していただろう。

 単なる雷なら、魔術や流体操作でどうとでも対応できる。

 しかし、主神クラスの神が操る雷となれば、生半可な手段では易々と突破される。

 実際、記録された映像ではゴルゴーンは真空を形成し、大地にアースした上で主神の雷霆を受けてなお、ダメージを逃し切れていなかった。

 それはつまり、主神の雷霆を受けたという事。

 なら、こう考える事も出来る。

 

 主神の雷霆を、体内に溜め込む事で対処したのだと。

 

 その解答を知る機会は、直ぐに訪れてしまった。

 バリリと、ゴルゴーンの巨体の体表に紫電が奔る。

 その光景に全てを悟ったシビュレが戦慄する様子を、ゴルゴーンもまた気づいていた。

 

 「■■■■。」

 「クリュサオールッ!!」

 

 死ねと、分からないながらも確かに殺意だけは伝わった。

 その瞬間、シビュレは全速で己の眷属を呼び出し、黄金の剣を持った巨人を盾にする。

 次瞬、ゴルゴーンを起点に、全方位へと主神の全力の雷霆が放たれた。

 自身の周囲に展開する何十億と言う竜鱗の全てを囮とした回避不能の致命的な攻撃に、それでもなお大英雄は反応してみせた。

 

 「ぐ、おおおおおおおおおお…ッ!」

 

 直撃を貰ってしまったヘラクレスは、10ある命のストックを次々と削られていく。

 咄嗟の事で彼まで作り出した安全地帯へ入れる事は出来ず、辛うじて手に持った大斧を地面に突き立て、少しでも雷霆を地面へと逃がす。

 しかし、これは全方向へと放出する事で収束度が極端に下がったとは言え、紛れもなく主神の雷霆である。

 放出されたそのエネルギー量たるや、現代で言う所の戦略核弾頭に匹敵、或は凌駕するものがあった。

 

 「やって…くれましたね…!」

 

 そんなものを即席の盾で防げる筈もなく、大気を操作して何とか身を守ったが、シビュレも全身に深度2以上の火傷を負う事となり、しかも電撃の影響でまともに身体が動かなかった。

 その視線は余りにも過剰な放電に全身黒焦げとなったゴルゴーンの死骸へと向けられている。

 否、それは死骸ではない。

 唐突に、ゴルゴーンの上半身の背から突き出す様に二対の翼が生えた。

 次に、翼が広がるに連れて背中の肉が開き、鮮血が噴き出していく。

 

 「あぁ、やはりこの方が良い。」

 

 そこから現れた、先程よりも遥かに小さなゴルゴーンが、自らの鮮血を浴びながら、気持ち良さ気に目を細めて呟いた。

 本来持たない筈の会話機能まで獲得して、嘗て女神であった者が目覚める。

 上半身は10m、下半身は1km程度と、先程よりも遥かに小さくなったその姿は、しかし、全くと言って良い程に無傷だった。

 

 「寸前で気づいたのは見事だが、ちと遅かったな。」

 「えぇ、その様ですね。」

 

 見れば、剛力無双を誇ったギリシャの大英雄は地に伏していた。

 如何にヘラクレスと言えども、自らの父にしてギリシャの主神の雷霆は堪えたらしい。

 つまりはそういう事なのだ。

 あの巨体はゼウスの雷霆に耐え、その力を身の内に溜め込むためのもの。

 つまり、あの巨体は特大のコンデンサーだったのだ。

 主神の雷霆と言う常識外の電力を蓄え、ヘラクレス等の常識外の大英雄を放電して撃破するため。

 そのためだけにあの巨体となり、そしてヘラクレスと言うゼウスに並ぶ最大の脅威を撃破するために、一切の躊躇なく使い潰す。

 一度限りとは言え、見事なものだった。

 

 「では、詰みと行こうか。」

 

 ふわりと、縮んでなお巨大と言えるゴルゴーンが優雅に空に舞い上がる。

 熱反応から察するに三つになったらしいプロメテウス炉心を持ち、嘗て女神だった頃に磨いた武技と魔術、そして魔獣としての力を持った、本当のゴルゴーンが戦闘態勢に入っていく。

 

 「さらばだ本体よ。私を捨てた事、それが其方の敗因だ。」

 「えぇ、きっとそうなのでしょう。貴方を生み出した事、それが私の失敗です。」

 

 だが、しかし、

 

 「その程度で諦めるつもりはありません。」

 

 槍を握り直し、焼け爛れた身体を魔術で治癒しながら、それでも英雄達の師は笑って魅せた。

 

 「此処で諦めたら、弟子達に笑われてしまいますからね。」

 「では、皆纏めて冥府へと送ってやろう。」

 

 再び、ゴルゴーンの全身から絶毒を宿した閃光と竜鱗が放たれた。

 

 

 ……………

 

 

 「オラァァァァァ!」

 

 トネリコと青銅の槍の一撃で、アキレウスが巨大なトカゲの頭を砕く。

 これで27匹目だが、それ以上の数が続々と集結し続けている現状、焼石に水でしかない。

 

 「おおーい!無事かー小僧ー!」

 「誰が小僧だぁ!」

 

 最早凡百の英雄等超越した戦果を上げながら、アキレウスは自分へと向けられた声に一瞬で反応した。

 

 「おし来たな。次は西側の戦線が手薄だ。急いで救援に向かってくれ。」

 

 未だ顎鬚を生やす前の青年であるヘクトールの言葉に、アキレウスが切れかけるが必死に自制して背を向ける。

 このいけ好かないクソ野郎をぶん殴りたいが、それ以上に今は味方の救援こそが大事だった。

 

 「最初からそう言いやがれえええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ………」

 

 ドップラー効果を残しながら、ギリシャ最速の少年英雄が窮地の味方へと駆けていく。

 既に20人以上の犠牲が出ているが、それでもゴルゴーン討伐隊は無数の魔獣達を相手に奮闘していた。

 次々と、次々と、本当に嫌になる位に大量の魔物が集結してくる。

 これに対し、ゴルゴーン討伐隊は兵を四方に分け、別個に迎撃戦を開始した。

 ヘクトール自身もその一つ、北側の小高い丘へと布陣し、遠距離攻撃の得意な英雄達と共に魔獣に対して陣を巧みに動かす事で常に十字砲火を食らわせる事で防衛戦を継続していた。

 南側は平坦な丘で、最も魔獣の数が多い事からイアソン率いるアルゴー二世号と本隊が布陣し、艦載兵器による空対地支援を行いながら戦闘を続けている。

 東側は狭隘な谷があり、主にそこから魔獣達が進行してくる事から、無敵の加護や防具の宝具を持つ者達がケイローンの指揮の下、特に頑強に防衛している。

 西側は森であり、こちらには特にこれと言った指揮官こそいないものの、アタランテを始めとした狩人や森に慣れた英雄達がゲリラ戦を展開し、魔獣達を一匹一匹丁寧に始末していた。

 これに加え、アキレウスや有翼の兄弟らを始めとした飛翔能力、或は高速移動能力を持った者が、制空権の確保及び全体の支援を行っていた。

 本来なら鼻っ柱の強いアキレウスだが、この世界線では二人の師匠によって見事にへし折られ、自分よりも遅い者に追いつかれ、剰え近接戦闘で全身の関節を外されて身動きを封じられた上で、無敵の加護を貫通する様な虐待同然の酷い修行を加えられたせいで、素直に人の話を聞き、理があればむかっ腹が立っても従うと言う、史実を知る者なら発狂しそうな状態になっていた。

 人格と踵以外に問題の無いアキレウスとか、敵にとってはヘラクレスに並ぶ程に厄介な存在に、魔獣達は次々と討ち取られていく。

 しかし、それ以上に鬱陶しいのは竜鱗だ。

 空からやってくる無数の竜鱗による噛み付き攻撃と炎のブレスは、正面の魔物に手いっぱいな英雄達には相当な負担だった。

 今は何とかアキレウス達が助力しているが、どこかの戦線が崩れれば、そのまま済し崩しに全てが崩れる可能性が高い。

 

 「くそ、姐さん達はまだかよ!」

 

 自身は良い。

 だが、自身以外が死ぬのは嫌だ。

 そうならないために、アキレウスはいけ好かない野郎の命令にも従いながら、また空を駆け抜けた。

 

 

 

 

 

 


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