(大きく腕を一回転。反時計回りに一回転!)
軟球を左手に持った後は、前へ大きく右足を踏み出し、体全体で球をひねり出す。狙った所へ届きますようにと、お願いしながら私は投げた。打たれてしまったら、後がない。だから、ここで決めるしかない。行け、走れ、進め、私の大事な球ぁぁぁ!!
「シュートォ!」
カッッキィン!
「あちゃあ…」
アリサちゃんから先輩の海外留学の話を聞いた、その日の部活動。私は調子を崩していた。パカパカと投げた球は打たれるし、簡単なはずのフライも落とすし、間違えて味方に球をぶつけるし、そのせいで『破壊王なのは』という嬉しくもないアダ名をつけられるし、どうしたものか。
「ねえ、なのは?」
「……」
「ちょっと、なのは?」
「………」
「ちょ!聞いてるの?なのは!」
「ん?んん!え、あ、何?アリサちゃん!」
アリサちゃんの声が耳に入らなかった。だって、余計な事ばかり考えている。先輩が海外留学。それって、どのくらいなんだろう。どこに行くんだろう。先輩の意思かな。行きたいのかな。もしかして、もう帰ってこないとか…あるかな。…もう、会えないのかな。それは、とっても悲しいな。凄く、嫌だな。きっついな。私、まだ何も伝えていない。好きって気持ち、一言も伝えていないよ。
「大丈夫?なのは。私、余計な事言ったかもしれない」
「ううん。アリサちゃんに非はないよ。遅かれ早かれ、先輩の海外留学の話はどこかで聞いただろうし。ただ…」
「ただ?」
「どうしたらいいんだろうなっ…て」
「なのは…」
「帰ろ。明日も朝練があるよ」
「ええ。そうね…」
家へ帰ると、お母さんがちょうどお客さんの相手をしているところだった。聞き耳を立てると、友達以上恋人未満の人にあげる花を選んでいるところのようだ。
「はい。こちらの花ならお客様のご要望にお答え出来ると思います。いかがですか?」
「そうですか。いいですね!なら、その花を束にしてもらえますか」
「はい、かしこまりました。少々お待ちください。あ、なのは、お帰りなさい。早速で悪いんだけど、くるむの手伝ってくれる?」
「はーい。かしこまり!」
荷物を置くと、私は小さい頃からやっているラッピングやリボンでの装飾を行う。慣れた手つきで、丁寧に素早く、花を包んでいった。今では、目を瞑っても包める。
赤を主軸においた包装は、情熱的だった。
「ありがとう、なのは。おばあちゃんに、そろそろ晩御飯の仕度をしますよ、って伝えてきてね。裏で掃除をしている森下君にもあがっていいですよ、って言ってきてちょうだい。それから…」
「それから?」
「美由希が今日は帰ってきます」
「お姉ちゃんが?フランスでイベントの最中なんじゃないの?」
「一時帰宅よ、一時帰宅。少し、気を抜きたいらしいわよ」
「へー」
お姉ちゃんはここ半年はほとんど家にいなかった。有名なフラワーコーディネーターな姉だから、各地から引っ張りだこだ。今は、フランスのパリ、シュノンソー城近辺でイベントを行っているはずだ。花の都パリかあ。やっぱり、好きな事をやっていると、海外とか行っちゃうのかなあ。お姉ちゃんが帰ってきたら聞いてみようかなぁ。
その日の夜は、久しぶりに家族が全員集合していた。
証券会社の課長をしているお父さんが帰ってくると、お風呂に入り、ビルを飲み始めた。赤ら顔で御機嫌だよ。
おばあちゃんはお仏壇で3年前に死んだおじいちゃんの写真に手を合わせた後、お漬物を食べて、しょっぱい!と言い続ける。お兄ちゃんは、高校で新任教師をやっているのでクタクタな顔をしていた。都内でも有名な不良校らしく、初日から色々と大変だったらしいが、私のお兄ちゃんは、とてもお強いので、不良校という環境も相まって、ちゃんとやれているらしい。野球で甲子園を目指すらしく、一度だけ私も硬球を使って投げた事があったが、「さすが、鬼の妹だぜ。鬼兄妹だぜ」と失礼な暴言を言われた。ちょっと、お話しました。
お兄ちゃん、帰る時に本とか服とかいっぱい持ってたけどあれは何だったんだろう。薄ら笑いしてたけど。
そして、最後にお姉ちゃんが「たっだいまー」って言いながら帰ってきました。直ぐに、またフランスへ行かなきゃいけないらしいけど、顔は安らいでいたので、私も少し安心。これで、高町一家全員集合。豪勢な夕食、ってわけじゃないけど、お母さんの味はいつでも美味しい。明日も頑張るぞー!
「ねえ、お姉ちゃん。ちょっといい?」
「んん?どうしたの、なのは」
「ちょっと、聞きたい事があるんだ」
「私に?いいけど…」
私は言った。
大好きな人が遠くへ行ってしまうって事を。
その人にまだなにも言えてないという事を。
旅立つ人に、かける言葉が見つからないという事を。
「お姉ちゃんは今の仕事楽しいの」
「そりゃね。花を飾っている時、自分と向き合っている気がするんだけどね。どう置くか。どう魅せるか。どんな色合いにするか。そして、出来上がった物を眺めて思うよ。見てくれる人が楽しく見てくれるだろうかって。それだけでも、フラワーコーディネーターやっててよかったーって」
「大好きな事を仕事に出来るって凄いね」
「趣味と仕事は別、って人だっているから千差万別。私は運が良いのかもしれないし、それしか出来なかったのかもしれない。なのはが好きな子は、…まあ、海外留学を決めるくらいだから、よっぽど大好きか、よっぽど才能があるか、あるいはその両方」
「明日、先輩とちょっと話してみようかな」
「それもよし。自分が大好きって言うだけじゃ、一方通行だもんね 」
「お姉ちゃん…」
「うん?」
「また、相談するね」
「いつでも!」
☆
翌日になって、私が教室に行くと、アリサちゃんとすずかちゃんとフェイトちゃんとはやてちゃんがお話してたので、私もその輪に入りました。皆でおはようの朝の挨拶をした後に、はやてちゃんから話始めます。
「そうなんよ。生徒会長が来年の生徒会に入ってくれと、もうそれはそれは激しく勧誘してくるん」
「生徒会長が?来年の生徒会長になってくれとか?」
「いや副会長にな。時期生徒会長、いや時期生徒会長候補の有古須君の補佐になってほしいって言うねん」
「何となく、乗り気になれなくてなー。ベロとは付き合い長いけど、そんな頼りない奴でもないしな。私じゃなきゃ駄目ってわけでもないと思うんやけど。心配性なんかなー、生徒会長先輩方は」
「心配されてるのは、実ははやてちゃんかもよぅ?」
「私?何で?」
「やる気ないとこよ!はやては、やれば出来る有能人間なんだから、何もしないのは勿体ないって話よ!」
アリサちゃんが言っている生徒会の面々は、歴代生徒会の中でも、結構苛烈な方だ。
・生徒会長『
・副会長『
・会計『
・庶務『
・外部協力者の『
この4人と1人が、数々の生徒会伝説を残しているのは、私達の年代では有名な話だ。生徒会の通った後には、ぺんぺん草一つも残らないとさえ言われている。
そんな生徒会を1年生の時から、こっそりと手助けしていたのが、はやてちゃんだ。どうにもならなそうな出来事があっても、奇跡のような解決法を見出だし、何度も窮地を救ってきた。そんなはやてちゃんに、当然生徒会は思うところがあるのだけれど、はやてちゃんはのらりくらりと各部活動の勧誘をかわし、のんべんくらりとスローライフ三昧。悪いとは言わないけど、よくも思ってない人達もいるわけで、アリサちゃんもそうだし、生徒会先輩達も、そう思っているんじゃないかという訳だろう。
「そうか、そうなんか!」
「そうよ!はやて!」
「ムムム。まさか、そんな風に思われとるとは知らなんだわ」
「だから、はやてに生徒会に入ってほしいんだね」
「きっとそうよ、フェイト」
「なんか、そんなに先輩方に思われとるとは、申し訳ない気持ちになってきたわー」
「やる気になってきたの?はやて!」
「よし!断ろう!」
「何でよ!」
「ダラダラしたいもん」
けど、最終的にはやてちゃんは、この話受けるんだろうな。そういう彼女だ、と私はそう思う。
「すずかちゃんは最近どうなん?」
「私!?私はね、そうだね、順調だね」
「ほう!それは水泳部がかね?」
「うん。新記録出たよ」
「ほうほう。陸上部もかね?」
「うん。新記録出たよ」
「凄いわあ。んで、サッカー部は?」
「男子を抜いて、ハットトリックを決めたよ」
「アハハ。ボクシング部は?」
「KO出来ました。10カウント!」
「ああ、そう。そうなんや。なら、もう言うことはないなあ。…茶道部は?」
「入部者0です…」
すずかちゃんの本来の部活動は茶道部だったのだが、あんまり茶道部に入ろうという人がいなくて、宣伝のためにスポーツに手を出したら、そっちの方に神様の与えたもうた才能が開花してしまったという話。たまに、ソフトボール部にも来るしなあ。
「フェイトは?フェイトはどうなのよ?」
「私は、皆が知っている通り、部活動には入ってないけど、母さんのレッスンが厳しくて…」
フェイトちゃんは、元子役だ。小さい頃から色々なドラマや映画。テレビ等に出演している。天使のような愛くるしさと優しそうな雰囲気で、当時の人気は凄かった。
中学生になると同時に一時芸能界を休業して、今は将来を見据えたお勉強というところ。歌やダンス。演技の練習。会話術なんかも頑張っている。マネージャーとコーチを受け持っている彼女の母親は、いわばスパルタな人間で、とても言葉じゃ言い表せない位らしい。
それでも、フェイトちゃん本人がやると言ったそうなので、フェイトちゃんお母さんも納得した上で、容赦なしらしい。きっと、数年もしたら、芸能界に華々しく復活することだろう。…サインもらっとかなきゃ。
私とアリサちゃんはというと、普通に勉学と部活動で忙しい。ソフトボール部のピッチャーの一人と、スラッガーで2年生の中では期待されてるアリサちゃん。毎日、いつも朝と放課後は部で顔を会わせてる。今は、大きな大会を2ヶ月後に控えているので、締めてかからねばならない。
お店の方は、アルバイトの人がいつもいるので、私が率先して出なければならないなんて事もないので、部活動に専念している。そうだよね。本当、聞く人によったら、そんな状況で恋愛なんてって言うよね。でもでも、先輩に話を聞くだけでもしたい、なあ。
「なあ、なのはちゃん」
「何?はやてちゃん」
「優野先輩、ドイツ行くんやて。しっとった?」
「ちょっと、はやて!」
「……そっか。海外ってドイツだったんだ。音楽だよね、やっぱり」
「知ってたか。先輩、実は前々からその話されとって、止める気はないようやで」
「何々?何の話?」
「そうだよ、はやて。何の話なの?」
「優野先輩、知っとる?」
「ピアノの得意な先輩だよね。一度弾いてもらった事があるよ」
「なのはちゃんの好きな先輩だよね」
「ちょっと、すずか!」
「うん、好きな先輩」
「ちょ、そんな大っぴらに言っていいの?」
「隠してもしょうがないかなあ、って」
親友には、話してもいいような気がする。というか、私の揺れてる様々な感情や決めきれない決意を実は後押ししてほしいという卑しいモノがあるんだろう。お姉ちゃんにも聞いて、皆にも求めて、それでいいのかっていうと、分からない。常識とか良識で見ると駄目かも。でも、私は弱い子だから、何にでも誰にでもすがりたいのだ。
「好きって言うの、なのは」
「言いたい、かな」
「簡単に出来ないのよ。物凄く勇気がいることよ」
「相手の事情も理解しないと」
「でもなあ、そんな事言っとったら、先輩ドイツ行ってまうよ。押しつけがましくても、それがどうにも止められないなら言うた方がええよ。後悔したいん?」
「したくない。言いたい。伝えてみたい。話してみて、それで聞いてみたい。私の事好きですかって。でも、前に出ないの。怖いの。全部駄目になっちゃったら、どうしようかって」
言葉に詰まってきたのか、空気が重くなるのを感じる。ごめんね、皆。朝からこんな事言って。
「
「すずかちゃん?」
「季節外れの桜だよね。何故か1年に2回咲く桜」
「それも、季節外れに1日しか咲かない桜」
「桜の開花の瞬間に、告白すれば思いが成就するという伝説の桜」
「そこで、なのはちゃんが告白すれば…」
「この恋叶う?叶うかもよ、なのは!」
「いや、無理や。大人気スポットや。皆狙ってるよ」
「何とかしない?私達で、力を合わせて。なのはの恋、叶えてあげない?」
「やってみてもいいかも」
「本気かいな!うーん。こりゃ難易度高いなあ」
「いいよね?ね?なのははどうなの?」
「そんな悪いよ。私の問題だよ、皆の力を借りるとか悪いよ」
「ようやく、借りが返せるね」
「そうか、そうよね。なのはに借りが作れるわね」
「うん」
「しゃあないなあ。なんか考えてみるよ」
「いいの?皆」
私の告白大作戦。いいのかな?でも、皆の気持ちを無駄には出来ない。よし!私も覚悟を決めよう。先輩に気持ちを伝える勇気。出してみよう。
その日の放課後、部活動の前に私は先輩のいつもいる部屋へ行った。告白大作戦の前に、一度お話しておこうと思ったから。
清みわたる空気の中、静かにピアノの音が聞こえる。
そこに、先輩が…いた。