高町なのはバース   作:たくやんか

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私の好きって気持ち・前編

[ルームワールド]

 

 誰にも認知されていない場所。

 既知の者以外には誰にも知られてはいない場所。

 そこには、なのはを狩る者達が住んでいた。

 人が人を差別する時代。貴族が下流階級を搾取する時代。シャーロックホームズとモリアーティ教授が相対する時代。

 我々にとってのそんな時代風景を思い出させるような空間であった、そこは。

 きらびやかな装飾と、豪華絢爛な食卓。従順なメイド達がい並ぶ所。幻想と神威が共存する世界。そこには、時代があった。

 

 カツコツと靴音がする。

 光り輝く眼差し、眼光鋭い男。

 着込まれた貴族服が破れそうな程、隆起した肉体。

 発せられる怪しくも恐ろしいオーラ。

 遠巻きに見て、明らかに尋常ではなく、人ではない者が歩いていた。

 

 物言わぬ彼からは、その内面が表情からしか探る事が出来ない。故に、その顔を見ると、訝しげな…はたまた不機嫌そうな印象が伺えた。

 場内の従者達は主人のその不機嫌さに戸惑い、許しをこうように機嫌を取ろうと、備えている。

 執事と思わしき、初老の者が我先にと声をかけた。

「いかがされましたか?」

「うむ。今回は、あまり質のいい『なのは』はとれなんだ」

 右手にこめる力は手のひらから、おそらくは上腕部まで筋肉の隆起と血管の躍動に満ちていると思われる。

 歯を食い縛る彼は、口中に見える犬歯…いやさ牙を折らんとばかりの様だった。

「御兄弟、御姉妹様達に笑われますかな?」

 執事は含み笑いをし、主の男をからかってみせる。それに対し、本気にはせずとも男は苛立ちを見せた。

「ふん。あやつらとて何を狩ってくるやら、そこらへんの有象無象のなのはでは、話にならんぞ。せめて、竜種のなのはくらいは持ってこねばな。おお、この間俺が狩ってきたなのはは、かなりの極上だったろう。あの位の質ならば家族皆納得するというもの」

「左様で」

 男と執事は大広間に向かって歩き出す。ゆっくりと、大きく。そうしていると、廊下の隅にいる使用人の数々が深々と挨拶をしだす。手を振り、挨拶を返すと使用人の数々は照れくさそうに、もしくは顔を赤らめながらという風に表情を変えた。この居城は隔絶された空間にある。彼らと彼等のハッピーランドだ。

 

「兄上のお帰りですか」

 

 対面してきたのは、男を兄と呼ぶ細身の男。彼も口から牙を出していた。服装も似たような中世貴族。クルクルと回る姿は軽やかだった。

「上機嫌だな。良いことでもあったか?弟よ」

「それはもう。質の良いやつが採れまして。プリプリのプリプリというやつですね」

「おのれ!先を越されたか。うぬぅ。すぐに俺も狩ってくるぞ」

「出かけるのですか?」

「目をつけていた世界がある。稀に見る不屈度だ」

「おやおや、それはそれは」

「犬を何匹か連れていく。本格的な狩りといこうぞ」

 

 男はルームワールドを後にする。彼の目指す先は?

 今また、なのは達に危機が迫っていた。

 

 

 私の名前は、高町なのは。現在中学二年生。極々普通の平凡な女の子。家は花屋さんを営んでいます。

 成績は上の下辺り。ソフトボール部に入っているけど、運動神経はそれほどでもない。仲のいい子達もいるけど、親友と呼べるのは4人です。

 普通の、ほんとに普通のなのはです。

 現在、なんと恋をしています。

 その人は、ピアノが得意で知的で静かな人です。

 …せん、っぱいです。一つ年上の三年生なんです。

 名前は、優野。『優野宿也《すくや》』先輩。

 初めて会ったのは、入学式。

 小学校を卒業した私を待っていたのは、中学校の制服でした。少し、大人びていて、それでもまだ大人には見られない、そんな年に着る新しい制服。それを着て過ごす中学校生活が楽しみで仕方なかったんです。

 朝起きて、水やりをして、お母さんのお手伝いをして、お姉ちゃんが作ってくれたドライフラワーのブローチを鞄に付けて、いざ出発。

 

 事件はそこで起きました。

 

 通学バスが来なかったんです。

 

 二つ前の停留所で、バスのタイヤが4つともパンクしてしまったんです。もう、大惨事。

 私は、遅れないために学校へ全力ダッシュ。

 走りながら、お母さんの作ってくれた朝食サンドイッチを食べながら一生懸命に走りました。

「ワ、ワワワ!」

「キャア!」

 曲がり角を曲がると、誰かにぶつかってしまいました。頭が痛い。血が、…出てない。けど、痛い。

「もー、誰なの!」

「あ!ごめんなさい。(それがし)余所見をしていたでござるで候」

「春男君!?小学校の時にも、同じことしたよ、もー!」

「なのは氏でござったか。あい、大変申し訳ない事をしてしまったで候。()のハンカチで汚れを拭いてくだされ」

「うー。私もハンバーガー食べながら走ってたから、偉そうな事は言えないよ。ごめんね。立てる?」

「元気ピンピンでござるよ候」

「じゃあ、行かなきゃ。私入学式に遅れちゃう」

「むほう!なのは氏も遂に中学生でござるか候。某もなのは氏の御健康をお祈りしているで候」

「ありがとう!春男君もバーロー・ワークに遅れないようにね」

「今日こそは仕事を見つけてくるでござるよ候」

 

 春男君は親指をその時立てていました。

 

 そして、直ぐそれを下の方向に回転させました。意味は分かりません。

 私が頭の上に乗っかったパンをまた咥えながら走り出すと、春男君が後ろから大声で叫んでいました。

 

「恭也氏によろしく言っといてほしいでござる候。夏に国際展示場で待っていると!」

「はーい!」

 

 それから、私が三十分位ノンストップで走り込むと、ようやく中学校が見えました。けれど、もう校門が閉まっています。しまった!私は学校の周辺を見回って、入れそうな場所がないか探しました。すると、物置小屋の脇にあるフェンスが壊れかけてて、登れそうです。

「よいしょ」

 一番上まで登ると、フェンスがグラグラと揺れ、遂には折れました。私は前へ投げ出され、そこには、人が…

「どいてー!」

「うおっ!」

 盛大にぶつかると、そこには…

「もー、誰なの!」

「あ!ごめんなさい。(それがし)冒険をしていたでござるで候」

「夏男君!?小学校の時にも、同じことしたよ、もー!」

「なのは氏でござったか。あい、大変申し訳ない事をしてしまったで候。()のスポーツタオルで汚れを拭いてくだされ」

「うー。私もハンバーガー食べながらよじ登ってたから、偉そうな事は言えないよ。ごめんね。立てる?」

「元気ピンピンでござるよ候」

「じゃあ、行かなきゃ。私入学式に遅れちゃう」

「むほう!なのは氏も遂に中学生でござるか候。某もなのは氏の御健康をお祈りしているで候」

「ありがとう!夏男君も会社に遅れないようにね」

「今日こそは契約を取り付けてくるでござるよ候」

 

 夏男君は親指をその時立てていました。

 

 そして、直ぐその指で、首をかっきりました。意味は分かりません。

 私が頭の上に乗っかったパンをまた咥えながら走り出すと、夏男君が後ろから大声で叫んでいました。

 

「恭也氏によろしく言っといてほしいでござる候。冬に国際展示場で待っていると!」

「はーい!」

 

 私が体育館まで行くと、門が閉まっています。どうしようかと思っていたら、どこからか、綺麗な音が聞こえてきました。音のする方に歩いていくと、音楽室のような所から聞こえています。そーっと除いて見ると、まるでおとぎ話に出てくる王子様のようなカッコいい人がいました。思わず見とれてしまい、その人の奏でるピアノの音が、原因だったんだなと、理解しました。とても、綺麗な音とカッコいい人に目を奪われ聞き惚れていると、しばらくして、その人は歌い出しました。まるで、天使のような声。

 私は釣られて、歌い出しちゃいました。それが、その人に聞こえたようで。

「誰?」

 やってしまったと、顔を隠して、うずくまってしまいました。それも見えたらしく、こちらへ歩いてきたその人は窓を開けて、じぃっと見ると、声をかけてきました。

「新入生?」

 おそるおそる顔を上げて、見上げると、ふふ…と声を漏らし、その人は笑いました。

 

 綺麗な笑顔。

 

 呆然と立ち尽くす私はどうしていいか分からず、ただ顔を見つめるばかりで、顔を反らせばいいのに、ずっと見てばかりでした。

 

「もしかして、体育館に入れなくて困ってる?」

「ひゃ、ひゃい!」

 変な声が出てました。

「やっぱり。新入生が入学式に出ずにこんな所にいるなんておかしいと思ったんだ」

「あ、あの…」

「来て。体育館に入る秘密の抜け穴があるんだ」

「え、ええ!?」

 

 その人はサッと窓を飛び越えると、私の手を引きました。私は抵抗なんて出来ず、そのまま連れられ…

 

「ここ。ここから入れるんだ」

 

 屋根づたいに小さな穴みたいな所から入り込み

、体育館に侵入しました。

 薄暗い体育館の中は、ちょうど入学式の真っ最中で、私はその人に連れられ、自分の席へ。途中でアリサちゃんに見つかると、目を見開いて、何やら無言の圧力をかけてきました。先生方に見つかる事なく、入学式に紛れるとようやく私は安堵しました。横を見ると、その人が隣に座り、指を口に当てて、シィーと静かにするようにと促します。

 その人はそのまま、入学式が終わるまで傍にいてくれました。

 それが、私と先輩の最初の出会いでした。

 

 それから、一年と少し経った今、私は先輩が好きです。でも、まだ告白が出来ません。好きって気持ちをあの人に伝えていません。ほんの少しの勇気があればいいのにと、いつも思います。

 

「あーあ」

 

 これは、そんな時に、アリサちゃんが持ってきた話。

 

「なのはー!」

「アリサちゃん?」

「大変よ。優野先輩、海外留学するって!」

 

 

「嘘……」

 

 

 高町なのはは、気持ちを伝えられるでしょうか。

 

 


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