遊戯王VRAINS 幽霊に導かれし少年   作:ナタタク

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第36話 傷ついた刑事

「うーむ…想像以上の凍傷だ。後遺症が残らないだけでも奇跡としか言いようがない」

病院のベッドで横になる徹のカルテを確認しながら、眼鏡の位置を直した菊岡は彼の運の良さを素直に称賛する。

心臓に遠い位置で、なおかつ外気にさらされやすい箇所が凍傷になりやすいと言われているが、彼の場合はその一番なりにくいと言われていた胸部をはじめ、手足や額などに凍傷ができていた。

まだ感覚がなくなってしまう前に処置できたが、黒く変色する一歩手前まで重篤になっていた。

最悪切断を覚悟していたが、それはせずに完治できるのが救いだ。

「ああ…だが、これじゃあ谷村は当分動けんな」

「ええ。入院するのですから、1カ月は前線には出られないと思っていただきたい」

「そうだな…治療を頼む」

「申し訳ありません、菅原課長。あの状況では、退避というプランを提示できない状況だったとはいえ、彼に大けがを負わせてしまいました」

「ん…ああ、気にするな。ステージ2と戦う以上、こうしたことが起こることくらい、こいつも覚悟しているさ。お前はよくやったよ、デルタ」

ベッドのそばに置かれているデュエルディスクに中に一時的に入っているデルタをねぎらうように菅原は撫でる。

あのデュエルはP03DXそのものにもダメージを与えており、現在は小沢の手でオーバーホール中だ。

今後の戦闘も想定して、パワーアップを考えているらしい。

最も、デルタのAIユニットをアーマーから移植することなど無理な話であるため、警察署に置いてあるユニットを衛星回線を通じて徹のデュエルディスクにデータのみが送られている格好だ。

「すまねえな…オーバーホールされているならともかく、いざとなれば俺も…」

「菅原課長。警部には別の役割がありますので、そちらに専念されてください」

「デルタ…」

「ですので、一つ提案があります。全快祝いに私たちや結城誠、桐ケ谷直葉と共に慰労会を行いましょう。場所は西川河川敷、そこでのバーベキューを希望します。もちろん、経費か課長殿の自腹で」

「ま、待て!経費といっても、こんなトンデモ部署にまともに予算があるわけが…って、お前も来るつもりか?肉なんて食べれねえだろ?」

「何を言っているのですか?私もアンノウン対応課のメンバーです。なのに慰労会で私だけ警察署かトレーラーの中で留守番ですか?我慢なりません」

やっぱりこのAIはおかしい。

この人間のような反応を見せるAIをなぜつける必要があったのか?

小沢の話ではこれがあるからこそ、ステージ2を倒し、精霊を強制送還できるという話で、実際に現場でそれを見ているが、それでも信じられなかった。

(やっぱり、こんな得体のしれないもの…俺は使いたくねえな)

 

「あー、でもよかった。入院だけで済んで…」

「本当だよね。見つけたときは意識を失ってたから…」

徹の容態を聞き終え、病院から帰る中、アカネと直葉は徹を見つけてからのことを思い出す。

ステージ2が生み出した吹雪が収まったとはいえ、道路はまだ凍っており、救急車を呼ぶことができず、氷漬けの車や建物の中に閉じ込められた人もいる。

途方に暮れる中で、徹のアーマーに搭載されたAIであるデルタから何をすべきかを教えられた。

それに従い、徹のデュエルディスクに内蔵されているアーマーのコントロールシステムを誠が使って体温調整機能にアーマーの電源を集中させ、直葉はアカネの力を使ってモンスターや魔法を使って救助に当たった。

そのおかげか、死者が出ることはなかったが、それでも多くの人が怪我をしたうえに車や建物などに被害が出ることになった。

街を歩いていると、その事件の噂でもちきりとなっており、集団下校する小学生の姿もあった。

「どうにかして、早くこんな事件を終わらせたいけど、どうしたら…」

今の誠達にできることは目の前に現れたステージ2を倒すことだけ。

ステージ1を見つけることが不可能な以上、どうしても後手に回ってしまう。

「直葉はどうなの?ステージ1になった時の感覚は…?」

「ううん、特にそんなの感じなかった。それに、アカネに憑依された時のこと…ステージ2になるまで、全然覚えてないから」

「う…ごめん…」

「あ、ううん!!気にしないでアカネ!アカネを責めてないから…」

ステージ2からステージ3となった今だから、憑依された時のことを鮮明に思い出すことができる。

不可抗力もあり、大きな事件にもなったが、それでも今はアカネと一緒にいられることが楽しい。

「和人兄ちゃんにもう少し、聞いてみ…あ、電話」

スマホが鳴り、ちょうど相手が和人だった。

「もしもし、和人兄ちゃん。どうしたの?」

「誠、スグも一緒にいるか?」

「うん、いるよ。どうしたの?」

「お前たちに話したいことがある。明日奈と一緒に…。急いで帰ってきてくれ。内容はそこで話す」

「う、うん…分かったよ、和人兄ちゃん」

答えると同時に電話が切れ、携帯をしまった誠はあまりにも急な呼び出しに何か不安にさせるものを感じた。

 

カフェランベントに戻り、4人が座る席には明日奈が入れたお茶が置かれている。

最初にお茶を口にした和人は空っぽになったカップを置くと、ふうと呼吸をする。

今日はカフェが休みになっていて、客や従業員の姿もない。

「ああ…お前たちにとって、何かの鍵になればうれしい話なんだが…。俺には監視者になっている間の記憶がほとんどないが、朧気に覚えていることがある。今まで、あまりにもあいまいな記憶で、話すべきか考えたが、ようやく話すぐらいになった」

「和人君、大丈夫なの?つらい記憶なら…」

「大丈夫だ、もう過ぎたことだからな。監視者になっている間、俺は確かに監視者としての別の人格に支配されていた。そして、その俺に指令を与える奴がいた」

監視者として、霧山城市などで活動するとき以外では、どこか真っ白な神殿のような空間の中で眠っているばかりだ。

その中で何もできることはなく、ただ眠ることしかできない。

だが、そこから出る直前に白いローブ姿の人物が入ってきて、指示を出してくる。

「監視者はあくまでも、実行係でしかない。そして、俺が元に戻ったことで、監視者は空席になった。だから…」

「新しい監視者が…」

ということは、またそのために人間がさらわれるということか。

和人が受けた苦痛を味わう人間が増えてしまうということか。

悲しいことが繰り返される可能性に誠はこぶしを握り締める。

「お兄ちゃん、その白いローブの人で、分かることはあるの?」

「そうだな…。低い声だった。逆なでするような感じがして、頭に直接響く感じだ。体格からすると、少なくとも男…悪い、分かるのはそれだけだ。そいつを倒さない限り、何度でも監視者が現れるぞ」

「白いローブの男、真っ白な神殿…。神殿はもしかしたら、精霊世界に…」

決着は精霊世界でつけることになる可能性は菊岡からも聞いている。

だが、そこへ向かうための手段が現状、存在しない。

唯一別世界へ行ける可能性があるとしたら、以前誠達が使った馬廻神社のお堂だが、そこをコントロールする手段がないために、やみくもに使用すると最悪の場合、元の世界に戻れなくなる可能性もある。

「そうだ、アカネ。アカネはどうやって精霊世界からこの世界に転移してきたの?」

「ええっと、精霊世界が嫌になって、精霊世界にあった『門』を使って、この世界に来たの。それで、気づいたら直葉ちゃんのデッキケースの中に…」

「そういえば、ステージ2になった人のデッキって…」

これも菊岡から聞いた話だが、ステージ2となった人々は全員カードを持っており、憑依された精霊とデッキ構築は所持しているカードに依存しているらしい。

実際、最初に誠が戦った吸血鬼男はヴァンパイアデッキを普段使っていたことが分かっている。

直葉のデッキには元々、《アカシック・マジシャン》のカードは入っていなかったが、魔法使い族デッキを使っていることもあって、引き寄せられたのだろう。

「出口になるカードは自然に生まれるのか…。ということは」

その出口となったアカネのカードがもしかしたら、ヒントになるかもしれない。

そして、シャドーが持っているらしい鍵も。

「シャドー、鍵のことはどうなの?」

「ぜーんぜん、分かんねえな。やっぱ、インターネットを探しても見つからねえよ。ま、見つかるわけもねえけどな」

精霊世界が生み出したものを人間界の知識の集合体といえるインターネットで調べることなんてできるわけがない。

ひょっとしたら、という淡い期待を抱いて調べていたこともあるが、結局徒労に終わっている。

結局手詰まりなことに変わりはない。

(けど、必ず行かないといけない…。霧山城市を守るためにも…)

 

「フフフ…まぁ、監視者が解放されるような事態は想定はしていたが、な」

真っ白な神殿の中、ヴィシュヌは水色の液体の中で眠っている、上半身だけが出来上がっている全裸の男を眺めつつ、浮遊させている書物にも目を通す。

書物には和人をはじめとしたさまざまな人物の写真とプロフィールが書かれており、和人のページ以降が白紙となっている。

「まったく、クロノスの監視者の次は私、か…。そして、その次がオーディンだな…」

世界の監視者は過去の協定によって決めており、一人の監視者が数百年にわたって世界を監視し続ける。

様々な世界に監視者がいるが、共通しているのはそれが人間であること。

人間だけが神の存在を認知し、人間だけが信仰する。

それが時に賢者が如き恵みをもたらすことがあれば、愚者が如き災厄をもたらすこともあるが。

だが、その神にとって最もその下僕として最適なのが人間だ。

「桐ケ谷和人…。彼は確かに監視者としては優秀な男だった…。ならば、そのコピーを作ってしまえばいい。そういえば、クローン人間というものがあったな」

人間には遺伝子をコピーし、同じ個体を作る技術がある。

現在では倫理的な問題で禁止されているようだが、別次元にいる神である自分たちには何も問題はない。

それに、短命だったりとろくなクローンを作れない人間と比較すると、もっと精密なクローンを作ることができる。

実際、あの中で眠っている少年は和人そっくりで、ようやく下半身の精製が完了すると液体の中から出てくる。

「貴様は監視者としての生を全うするのみの存在だ。そのことをゆめゆめ忘れるなよ…?」

ひざまずく新たな監視者の頭に左手を置き、そうつぶやくと同時に彼の体を白いローブが包んでいく。

左腕には純白のデュエルディスクが出現し、彼が使うデッキも装着された。

 

「ああーーーー、ちくしょう!!退屈だ。退屈でつまらねー…」

数日後、意識が回復した徹は己の置かれている今の状況にため息をつく。

気絶してからこれまでの状況は菊岡から説明を受けており、後遺症はないという話を聞いた時は安心した。

ただし、入院を突きつけられ、外出も禁止されてしまった。

暇つぶしにスマホをいじっていたが、すっかり飽きてしまった。

そのため、何かないか菅原に数時間前に相談したが、応答代わりに持ってこられたのは山ほどの未処理の書類だ。

彼の言い分では、これまでいろいろと理由をつけて書類仕事をさぼって来たから、時間ができた分これで暇をつぶせとのことだ。

「くそ…こんなのつまらねーし…」

Den Cityにいたときも書類仕事は何かと理由をつけて同僚や後輩に押し付けて来て、まともにやった経験はあまりない。

不真面目ではあるが、ある程度検挙率もあることからか、このことについては時折上司からガミガミと不真面目な所業も含めて説教を食らう形で収まっていた。

ここに来たときはステージ2との戦いや得体のしれない強化服の装着もあり、書類仕事については大目に見てもらえるだろうと思ったが、それは甘かった。

アンノウン対応課のメンバーは3人しかなく、おまけに菅原はそのことを見逃してくれない男だったからだ。

「おい、デルタ。お前も手伝ってくれよ」

「手のない私にどうしろというのです?それに、百歩譲ってできたとしても、それではあなたのためになりません。ステージ2とのデュエルでは私を存分にこき使って構いませんが、それ以外のことで私に期待などしないでください」

「はいはい分かった分かった。頼んだ俺が馬鹿だったよ」

頼れるのは己のみ。

あきらめた徹はペンを手にして、書類の山を1枚ずつ片付けていく。

期限が菅原から決められており、一体今日どれだけやればいいのか、終わるころには真夜中になるのか。

そんなことを考えていると晩ご飯の時間になり、看護婦が病院食を持ってくる。

Den Cityでも一度だけ短期間、けがで入院した警官があるが、そこで出された病院食は味がしないうえに油を使った料理が少なく、量も少なかったために正直に言って食べた感覚があまりなかった。

霧山城市立病院は量が少ないことには変わりないが、それでもDen Cityのそれと比較すると美味だ。

これはK市の栄養医療専門学校の影響があるのだろう。

そこの栄養士科では、学生だけで病院食のメニューを作り、実際に調理を行い、食べたうえでフィードバックするという授業があり、そこでいられたデータを元にこの病院では病院食が作られている。

おまけに地元の鮮度のいい野菜が使われていることもあり、都会のDen Cityの淡泊なものと比較するとはるかにこちらがいい。

文句を言うとなると、もっと量がほしいのだが、入院中は日常のように動けているわけではないからと拒否された。

「あーあ、さっさと退院して、かつ丼喰いてえなぁ…」

馬廻駅の一つとなりの駅の近くにある蕎麦屋ではうまいかつ丼が食べられるとほかの警官から聞いたことがある。

デルタが言ってたようにバーベキューをするのも悪くはないが、プライベートではそこへ行きたい。

そんな欲を胸に抱きながら、徹は漬物を口に入れた。


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