ジュー、ジューと目の前の七輪から肉の焼ける音が響く。
ちょうどいい感じで焼けた牛カルビ一切れを誠は割りばしで取り、焼き肉のたれが入った青い小皿につけると、それを一度ご飯に軽く乗せた後で口に運ぶ。
そして、口の中に入れた肉が胃に向かっていった後で、今度は肉とタレがついたご飯を口の中にかきこんでいく。
こういう食べ方はあまり行儀は良くないからやめなさいと、家で焼き肉をしていたときは明日奈に注意を受けたが、今はそんなことは気にしない。
確かに家の近くにある焼き肉屋だが、ここで食べているのは誠と目の前に座っている和人の2人っきりだ。
「どうしたの?和人兄ちゃん。早く食べないと、肉が焦げちゃうよ」
「それは分かってるけどよ…いや、なんで焼肉なんだよって思ってさ」
退院し、菊岡や谷村の助けによって学校へも復学し、少しずつ元の日常を取り戻しつつある和人へのお祝いの気持ちはうれしい。
お金については菊岡が出してくれているため、あまり気にする必要はない。
焼肉も好きなのだが、もっとお祝いとしたらマシなチョイスはないのか、と少し文句を言いたくなる。
本来なら、明日奈と直葉も来る予定にはなっていたが、直葉は急遽練習試合が入ってしまっていて、明日奈についてはサークル活動が入ってしまい、来れなくなってしまった。
「お祝いなら、K市まで行けばバイキングがあるし、この近くだってもっとマシなところがあるだろ。それを…」
「いいじゃんか。おいしいし」
「まぁ、それは否定しないけどなぁ…」
この焼き肉屋は小さいころ、たまに和人と誠の家族総出で行ったことのある場所だ。
2人が生まれたときからずっとあり、サービスもしっかりしてくれているからこそ、リピーターも多い。
「おやおや、和人君。どうしたんだい?まだまだ病み上がりで脂っこいものは食べれないか?」
「大島さん…」
厨房から出てきた、白髪と皺が目立ってきた60代の男性で、黒いTシャツとグレーのズボン姿をした男、大島平八が和人の小皿を見て、あまりたれが減っていないのを確認した後で、誠が注文した肉と野菜をテーブルに置く。
「まぁ、油の少ないものを選んどいたから、少しずつ食べな。ずっと入院してたから、こういうのは逆に慣れなくなってしまったんだろう?」
「ああ、ありがとう…おっちゃん」
以前と変わらないやさしさに感謝した和人は気を取り直して、新しい肉を七輪に乗せていく。
「どうなってやがる…和人って野郎の記憶、お前と直葉、それから明日奈って姉ちゃんは正確に戻ったみてーだが、他の奴らについてはまた改ざんされている…」
「気にはなるけれど…まぁ、そのおかげで和人兄ちゃんが元の日常にすんなり戻るというなら…」
和人が元の日常に戻る中で、問題なのはこの行方不明になっている間のことをどうするかだ。
また、高校生活を迎えるための学力も心配だったが、それについてはなぜか問題はなかった。
試しに高校3年生までの内容のセンター試験の模試及び明日奈が通っている大学の筆記試験の過去問を解いたところ、その合格点はしっかりとクリアしていた。
それまでの学習内容も頭に入っているようだったため、あとは本格的に高校卒業認定試験と入試をパスすれば、来年の4月からにはなるが大学生活を送ることができる。
空白期間についてはどうすべきかが大きな問題だったが、再び和人に関係する記憶の異変が起こったのは彼が退院してからだ。
和人と直葉の両親を含め、誠達以外は和人のことを病気のために長期間にわたって入院していて、最近になってようやく治療が終わり、無事に退院できたという形に書き換わっていた。
「まぁ、おかげでしっかり大学に入るまでは明日奈のところでバイトをしながら、通信で勉強すればいいだけだが、それにしては、あまりにも都合がよすぎる…。まるで、まだまだ俺たちが奴らの手の中にあるみたいで…」
「それは分かるよ。和人兄ちゃんを取り戻すことができたからと言って、まだまだ精霊の事件が解決したわけじゃないから…」
退院して、こうして2人で焼き肉をするまでの2週間、その間にも散発的にステージ2との戦いはあった。
誠がステージ3となってからと比較すると、勢いは弱いものの、それでも街に被害があり、けが人も出ている。
「根本的な…その精霊の神様って奴をどうにかしない限りは、この事件はいつまで経っても解決しないのかもしれないな…」
「その手掛かりになるのは『鍵』で、そうなると…やっぱり、シャドーの失った記憶が頼りか…うん?」
ブーンとポケットに入れているスマホが震え、和人に断りを入れてから店を出た誠は電話に出る。
「悪かったね、せっかくの焼肉に水を差すようなことをして」
「菊岡さん、どうしたんです?もしかしてまた…」
「いや、まだステージ2の反応はない。今回は別件で、シャドーについてだ…」
「もしかして、できたんですか?」
「ああ…仮のもので、もしかしたらシャドーにとっては不本意かもしれないが、いつまでも元の体がない状態は厳しいだろう?それに、君の体の中に戻ることもできて、一定距離離れない限りは2人とも問題はないのだろう?」
菊岡の分析、そして誠とシャドー本人の実体験から判断すると、シャドーが誠の体から離れたとしても、ごく短い距離、2メートル程度の距離であれば両者に特に影響はない。
しかし、それ以上離れてしまうと徐々に誠は死因となった腹部の傷が戻っていき、シャドー本人も徐々に消滅していくことになる。
理論上は離れることができたとしても、問題なのはその間の依代になるもので、アカネのように小さい幻影みたいなものになることができないシャドーにはそれをするメリットがない。
「明日、病院に来てくれ。その時に渡そう」
「分かりました、楽しみにしています」
電話を切った誠はフゥとため息をついた後で、空を見上げる。
こうしたものが用意されるということもまた、まだまだこの事件は終わっていないことを意味していた。
いつまでそれを続ければいいのか。
いつになったら、自分が本当の意味で元に戻り、シャドーも体と記憶を取り戻すことができるのか。
クリスタルのような岩と足場がどこまでも続き、雲一つない水色の空が広がる。
そこにある、それらと同じ素材で作られた椅子の周囲には透明のカードが無数に浮遊している。
その中の椅子の一つがかすかに揺れる。
「おや…僕かな?一番最初に到着したのは…」
ピーッと笛の、聞いた人々の心を鎮めるような静かな音色が響く。
どこまでも届くようにも思えるが、吹いた本人にはあまりこの光景を含めて何も感動が感じられない。
こういう音色は草木があふれ、鳥のさえずりといった背景といった、動きは少ないが確かに確立している静寂があってこそ価値がある。
このような命のない殺風景な世界には意味のないものだ。
「ふん…貴様の笛になど誰も興味はない。すべてを制する力こそ重要ではないか、ヴィシュヌよ」
もう1つの椅子が揺れるとともにカチャリ、カチャリと金属音が響く。
これまた殺風景な音が聞こえたものだと、ヴィシュヌと呼ばれたその存在はため息をつく。
殺風景なこの世界に似合う、これまた無骨なものが現れたとなると早々にここを立ち去りたいとさえ思ってしまう。
「ふん…数百年ぶりのめぐりあわせだね。しかし…一番最初に来ていて挨拶もなしで傍観なんて、余裕の態度を見せてくれているものだね…クロノス」
動く気配のないもう1つの椅子に対して、ヴィシュヌが語り掛けるが、何も反応を見せない。
生み出されてからこの方、彼が話した姿を見たことは一度もなく、どうして自分のような優雅な兄弟がいないのかと父親を恨みたくなる。
「聞いたぞ、クロノスよ。監視者が敗れたとな…まったく、嘆かわしいことだ。そのおかげで我らが封じた召喚法が再びあの世界に散らばった」
「おやおや、君がこの会議を仕切るのかい?オーディン。まぁ、議長がいなければ書記もいないこんな会議なら、言ったもの勝ち…野蛮な価値観で考えるなら仕方がないか」
口火を切るオーディンに冷ややかな言葉をぶつけるが、オーディンにはそのような言葉は蚊に刺されるほどの痛みもない。
ペンデュラム召喚については自分たちが想定していなかったイレギュラーによってもたらされることになった点は仕方がないと割り切っている。
しかし、融合召喚、シンクロ召喚、エクシーズ召喚についてはいただけない。
それが起こらないように監視をしてきた存在が破られたとあっては再び人間がメギドの炎を手にすることになってしまう。
「何か申し開きをせよ、クロノスよ。そもそも貴様が次の依代を…」
「静かにしないか、オーディン。君がいくら言ったとしても、彼が口を開くわけがないじゃないか。何百年学習すればわかるんだい?」
「では、どうするというのだ!鍵のこともある!俺が自ら出向いて…!」
「短気なものだ。安心するがいいさ、もう手は打ってある。クロノスも認めてくれているよ…」
「ううん、ここは…」
夜になり、自室で寝ていたはずだった誠が目を開けるとなぜかそこは自分の部屋ではなく、プラネタリウムの中だった。
しかも、その場所はなぜか客席が自分が座っている場所だけで、中央にあるのは本来ではなく、なぜかもう1つの座席となっており、そこには1人の男性が座っている。
茶色いバケットハットをかぶり、茶色いコートで身を包んだ彼の顔を見ようと立ち上がりたい誠だが、なぜか体を動かすことができず、金縛りにあったような感覚だった。
「やぁ、初めましてだね」
バケットハットの男が口を開き、どうにか深呼吸をして気持ちを落ち着かせようとする誠に対して、語り続ける。
「突然の訪問で済まなかったね、本当はもっと早く来たかったが、生憎自由に会うことができなくてね。私の名前は…そうだな、あまりにも長い間ここにいて、フルネームが思い出せなくなってしまった。ひとまず、そうだな…石倉、とでも呼んでほしい」
「石倉…さん?何者なんですか!?ここはいったい…??」
「ここは君の心の中の空間。ここには時間の概念は存在しない。現実の君は眠ったままだ。こうして無理に呼んだのは、こうして…君に警告しておかなければいけないことがあってね」
「警告…?精霊について、ですか??」
「そう…。君は何の因果か、精霊と命を共有する関係になった。そして、町を守るために戦う宿命を背負っている。その戦いが次の男系へ移行しつつあるんだよ。そのきっかけはもう君自身も感じ取っていることじゃないか?」
「それは…」
否定したいが、彼の言う通りであることは直感で理解してしまっていた。
ルールの変化や再びこの世界に現れたというシンクロ、エクシーズ、融合、ペンデュラム。
そして、それらを封印したのは父祖と言われる存在。
「ちょっとだけ、お話をしてあげよう。デュエルが誕生してから、人々は力を求め、いくつもの召喚法を生み出していった。ちょうど、彼らによって封印されてしまった召喚法もそれだ。それらはいずれも誕生と同時にデュエルの世界に確信を与えた。しかし、同時に人に過ちをもたらす存在ともなってしまった」
とある少年は人間であるにもかかわらず、行方不明となってしまった友を探すべく精霊世界にやって来た。
しかし、運命を共にした仲間たちがその戦いの中で犠牲となり、孤独になった彼は力を求めるようになってしまう。
彼が最も得意としていたのは融合召喚。
それを極め、究極の融合魔法を生み出すべく、彼は数多くの精霊たちを殺し、その魂を生贄に捧げた。
その結果として、究極の融合魔法を誕生させたが、それによって精霊世界は滅亡しかけることになってしまった。
「あの戦いは…精霊が人間に恐怖を抱くには十分すぎる一件だった。よもや、精霊自らではなく、別次元の人間によって、精霊世界が滅ぼされるかもしれなかったからね。だが、時にはその矛先が人間自らに向けられることがあった。そのきっかけとなったのはシンクロ召喚、そして究極のエネルギー発生システムにして夢の永久機関とされるモーメントだ」
「モーメント…?」
「遊星粒子という遊星歯車のように粒子と粒子を結ぶ特性を持った粒子を使うことで生み出される夢のエネルギー。確かに、メルトダウンを起こさないこと、無限のエネルギーであることを考えると、石油や石炭、原子力よりもはるかに優れていると言えるだろう。だが、その遊星粒子には人間の心を読み取る力も持っていた。そして、それを促進させたのがシンクロ召喚だ」
なぜシンクロ召喚にそれほどの力があったのかは分からない。
しかし、シンクロ召喚によってモーメントの回転スピードが速まり、それによってさらに生み出されたエネルギーが人々を豊かにした。
そのため、シンクロ召喚は人類を進化させる存在として数多くの人々が使い続けた。
遊星粒子の人の心を読み取る力を見落として。
「確かに、シンクロ召喚の発展はモーメントにさらなる力を与え、そして人々の文明をも進化させた。しかし、人の心というのは弱いもの。そして、善と悪の心は誰もが持っている。そのバランスが崩れたとき、福音のはずだったモーメントを悲劇の引き金へと変えた…」
そのどこまでも進化する、人間が耐えられるスピードを超えたシンギュラリティによって、人の心は荒んでいった。
さらなる富や進化を求めた人々は戦争を安易に繰り返すようになり、地球を食いつぶしていった。
その人の心の闇を過剰なまでに読み取り続けたモーメントはインターネットとつながることで、人類は世界を滅亡させる存在だという結論を出してしまう。
その結果、モーメントは人類を滅ぼす兵器を自らの手で作り出し、最終的には人類滅亡に至った。
「エクシーズ召喚は世界のありとあらゆるものに干渉できる存在を巡る争いを引き起こした」
ナンバーズと呼ばれる100枚のエクシーズモンスターがそこへ至る鍵であり、それを手にした者は世界の過去・未来のありとあらゆるものを自分が望むままに書き換えることができるようになる。
そんな、人間の手に余る存在を手にしようとした存在によって、3つの世界を巻き込んだおぞましい戦いが引き起こされることになった。
また、エクシーズモンスターにはランクアップする力もある。
そのためにとある世界は悪や憎しみの心を捨て去るべく、その根源となるカオスを別世界に追放した。
だが、カオスには生存のための基本的な生命の源としての力があったために、ランクアップを目指せば目指すほどに衰弱するという矛盾を生み出すこととなった。
そして、追放されたカオスが別世界を作り出し、己を追放した存在への憎悪がナンバーズを求める根源となった。
「そして…ペンデュラム召喚。あれは本当に一度世界を破壊してしまった。そもそもがとある男の負の心が生み出したから、やむを得なかったところもあるが、ね。だが、君も分かるかもしれないが、ペンデュラム召喚はそんな簡単なものじゃない。2つの力、2つの感情、それが生み出しているのだから」
ペンデュラム召喚、そしてペンデュラムモンスターは複数のモンスターを一度に展開する力があると同時に、そこからさらにシンクロ、融合、エクシーズのようなさらなる特殊な召喚法につなげることもできる。
それを悪用する形でそのすべての召喚法の力を融合させ、覇王竜という存在を作り出した。
その力はすさまじく、その竜によって世界は破壊されることになった。
「そんな自らを滅ぼしかねない召喚法を使うことを精霊たちが許さなかった。その結果として、この世界からはそれらの召喚法が封印されてしまったのさ。その結果、唯一残ったのがリンク召喚だ。だが、リンク召喚もまた、新たな過ちを犯そうとしている」
「新たな過ち…??」
「ハノイの騎士を知っているだろう?ネット空間のテロリスト。だが、それ以上の災厄が起ころうとしている。まぁ、君がそれにかかわることはないかもしれないが、おそらく精霊世界はそれを見逃さない。そして、本当の意味で人間を見限るかもしれない」
「人間を見限る…??」
「おそらくは、人々からデュエルの存在そのものを奪うかもしれないね。そして、そのための行動がすぐ、というわけではないが、行われようとしている。重々に気を付けたまえよ」
「待ってください!!言っていることがまるでわからないですよ!!」
そもそも、人類滅亡や複数の世界の争いなど、誠にとっては知らないことだ。
それがあたかも起こっていたかのような口ぶりと何かを知っている石倉に問いただそうとした誠だが、その石倉が消えてしまう。
同時に誠も激しい頭痛を覚えると当時に椅子にもたれた状態で意識を失ってしまった。