「はい、ご注文はコーヒーとハムエッグ、ホットケーキ2枚。ほかにご注文はございませんか?」
「いいや」
「かしこまりました。少々お待ちください!」
カフェランベントのエプソン姿の誠が伝票に注文されたメニューを書くと、すぐに厨房までもっていく。
「コーヒー1、ハムエッグ1、ホットケーキ2!」
「誠さん、2番テーブルの紅茶2杯、できました!」
「ありがとう、持っていくよ!」
桂子から受け取った紅茶をお盆に置き、大急ぎで2番テーブルまでもっていく。
今日は午前中で授業が終わり、午後は琴音のことで直葉と菊岡に相談しようと思っていた。
しかし、お客が大勢いたことから明日奈に助けを求められ、やむを得ず直葉共々店の手伝いをしている。
「直葉ちゃんはトマトを切って!節子さんはホットケーキ、里香はハンバーグのタネを作って!」
ちょうどお昼時で、近所の主婦や営業の仕事中のサラリーマンなどが入ってきて、今でも並んでいるお客もいる。
生活が懸かっているため、お客が来るのはうれしいが、ここまで大勢来るのは予想外だった。
「はあ、はあ…そういえば、口コミでカフェランベントの評判、書いてあったな…」
誠は昨晩ネットサーフィンしていたときに見つけたカフェランベントの口コミを思い出す。
グルメペッパーというレストランの口コミサイトにカフェランベントの名前が書かれており、『現役大学生の店長が作るコーヒーとカレーが絶品!』『仕事に疲れてこの店に来たとき、笑顔で出迎えてもらえて疲れが吹き飛んだ』などのコメントがあった。
現役の学生が店長として経営しているカフェというユニークな部分もあって、最近お昼時や晩ご飯の時間帯にお客が来ることが増えてきた。
「うう…こんなにいっぱい人が来るなんて。明日奈にちょっとボーナス出してくれないか聞いてみようかしら」
ハンバーグのタネを作り、注文と同時に焼き始めた里香はあまりの忙しさにため息をつく。
日本文学論での課題レポート『自然主義文学の日本とフランスの比較』の提出期限が迫っており、できればこの日はそれを書くのに使いたかったが、明日奈に助けを求められて、やむなく入っている。
ちなみに明日奈はそのレポートをすでに書き終えており、その課題が出されたのが2週間前。
締め切りギリギリでやろうと考えていた里香はまだ図書館で借りたゾラの『居酒屋』を1ページも読んでいなかった。
「ええっと、このお盆は3番テーブルで、こっちのコーヒーは2番…4番はホットケーキはまだで…」
伝票とお盆に置かれた料理を参照し、間違いがないか確認した後で急いで料理を持って行った。
「疲れた…」
「誠君、ぐったりしてるね」
「だって…3時間ずっと走り回ってたから…」
手伝いを終え、特に足が疲れた誠は自室の布団の上でうつぶせになっていた。
直葉は座布団の上に座っていて、すっかり伸びている誠を見て思わずクスリと笑ってしまう。
シャドーと出会い、ステージ3となってステージ2と戦い続け、だんだん頼もしく感じてきた幼馴染の相変わらずなところを見ることができた安心感が大きい。
今日はかなりお客が来て、仕事が大変だったこともあり、祝儀の意味合いも込めて明日奈からアルバイト代に色を付けてもらえた。
「ねえねえ、直葉ちゃん。そのお金でまたネットカフェへ行かない!?もう1度あのゲームやりたいなー!」
「ネットカフェへ行かなくても、そのゲームはできるんじゃないの?」
「確かにできるけど…ネットカフェ特典がついて、いろいろ便利な機能が入るし、しかもコントローラーも貸してくれるんだよ!家とは大違い!」
アカネはすっかりネットカフェでやったネットゲームの虜になっているようで、土日にそれがやりたくてよく直葉にねだっている。
面白かったことを覚えている直葉もやりたい気持ちはやまやまだが、頻繁にネット喫茶へ行けるだけのお金を持っているわけではない。
家のパソコンも家族で共有となっていて、パソコン情報誌の編集者である彼女の母が締め切り前になると占領してしまう。
ネットカフェならドリンクを飲みながらパソコンをいじれるものの、それよりは今後のことを考えると自分のパソコンを買った方が結果的に安上がりかもしれない、
実際、誠は店の手伝いでもらったお小遣いとお年玉を使って自分用のパソコンを買っている。
Officeやハードディスクも購入しており、将来仕事やレポートづくりにもつかえる状態だ。
確かにアカネの言う通り、ネットゲームの中にはネットカフェでのプレイで様々な優遇措置や特典を手に入れることができる。
だが、それでもコストパフォーマンスを考えるとやはり自分のノートパソコンを買った方がいい。
「ねえ、誠君。ネットゲームがやりやすいノートパソコンってある?」
こういうことは実際にパソコンを買っていて、自分よりもそちらについて知識のある幼馴染に聞いた方がいいと思った直葉は思い切って彼に尋ねる。
「うーん、アカネとネットゲームがしたいとなったら、ノートパソコンよりもデスクトップの方がいいけど…」
最近はノートパソコンの性能も向上しており、Den Cityでは新たにネットゲームが安定した速い速度で楽しめる新型のノートパソコンまで出ている。
ノートパソコンとしてはかなり高めだが、デスクトップよりは安価となっている。
地元の電気屋で扱っているかはわからないが、なかったとしてもネットで注文することもできる。
問題は直葉の予算だ。
ゲーミングノートパソコンの値段はよいものとなると12万以上がザラだ。
「ちなみに…どれだけそのパソコンにお金出せる?」
「うーんと…アルバイト代とお年玉で9万円くらい」
「うーん、あるかな…」
その値段で買えるものがないかスマホで調べようとすると同時にそのスマホが鳴る。
菊岡からの電話で、誠は急いで電話に出る。
「菊岡だ。どうやら、君の近しい人が精霊に憑依されたようだね」
「はい…まだ、ステージ2にはなっていませんが、このままだと」
「分かっている。だが、ステージ2になっていない以上はこちらもどうしようもない。それから、新しいステージ2が出現したぞ」
「え…?どこに!?」
「東アルト・テノール通り、ラーメンロードだ。おかしいな…?君は頭痛で先に気付くものだと思ったが…」
なぜそのステージ2に気付かなかったのかはわからないが、出現している以上は動くしかない。
「分かりました。すぐに行きます!」
「誠君…もしかして、琴音が!?」
「ううん、竹宮さんとは別の。これから助けに行く!」
デュエルディスクとデッキケースを手にした誠は部屋を出ようとする。
だが、物音が聞こえて振り返ると、デュエルディスクを付けた直葉が立っていた。
「直葉、もしかして…」
「当然、あたしも行くよ。あたしだってステージ3なんだから」
「おお、直葉ちゃんやる気十分!私もやるよ!」
直葉もアカネもやる気十分で、ついてくる気満々だ。
本当は止めたい誠だが、直葉は別世界のLINK VRAINSで洗脳されたデュエリストをブルーエンジェルと共に何人も撃破していて、ステージ3となって手に入れた融合召喚によってデッキの完成度も上がっている。
それ以上に、きっと止めても勝手に追いかけてくるかもしれない。
それなら、自分の見える範囲で一緒にいてもらった方が守りやすい。
「分かったよ…一緒に来て、直葉、アカネ」
「うん!」
「了かーい!」
「うわああ、なんだよコイツは!?」
「逃げろ逃げろ!化け物だ!!」
東アルト・テノール通りで2メートル以上の大きさで、 何段もの脂肪でできたたるんだ腹をした紫のコアラ型の化け物がラーメン屋から出て来て、持っているラーメンをどんぶりごと口に放り込み、バリバリと音を立てながら食べ始める。
「食わせろー…食わせろー…」
化け物が出てきたラーメン屋の中は災害の後のようにグチャグチャになっており、床には逃げ出した店員や客がこぼしたラーメンや餃子、割れたどんぶりやコップ、皿が散乱していた。
東アルト・テノール通りはラーメンロードと呼称されているように、10店近いラーメン屋が並んでいる。
この化け物が入り込んだラーメン屋はこれで3店目だ。
そこで料理をまるでブラックホールのように食器ごと口に放り込んでいき、まだまだ食べ足りないのか別のラーメン屋へ向かっている。
「あそこにいる!?」
「うわあ、すっごいおなか。脂肪まみれで健康に悪そう」
自転車で現場に誠と一緒に到着した直葉はそのステージ2の不健康な体つきにげんなりしていた。
口元はスープの油でギトギトになっていて、食べた麺やネギも残っている。
まだ人に被害を与えてはいないみたいだが、このまま放置するわけにはいかないし、憑依された人間がただでは済まなくなる。
「よし…ここは」
「待って、あたしにやらせて」
「直葉…」
デュエルディスクを展開した直葉は誠の前に立ち、デッキから《アカシック・マジシャン》のカードを出す。
「あたしが戦う!あたしにも…誰かを助ける力があるから」
「けど…」
「止めちゃだめだよ、誠君。こういう時の女の子って強いんだよ!直葉!」
「うん、力を貸して、アカネ。変身!」
《アカシック・マジシャン》のカードが光り、直葉の姿が変わっていく。
ステージ3としての姿になり、デュエルディスクが展開したことでコアラのステージ2の本能を刺激し、彼はデュエルディスクを展開する。
こうなったら、もうどちらかが勝つまで止めることができない。
「直葉…」
「何女々しく止めようとしてんだよ。あいつらの勝手にさせりゃあいいんだ」
「シャドー、でも…」
「うるせえな、いい加減黙ってみてやがれ。悪いが、今は変身できねえぞ。変身しようとしたなら、俺が邪魔してやる」
変身は人と精霊が一緒に戦う意思を見せないとできない。
シャドーが戦う意思を見せていない以上、誠は変身できず、その力なしでステージ2と戦わなければならなくなる。
そうなったときの危険性を理解しているため、もはや直葉とアカネを信じるしかない。
(頼むよ…直葉、アカネ…)
直葉
手札5
LP4000
コアラ
手札5
LP4000
「直葉!頑張ろう!」
「もちろん!あたしの先攻!あたしは手札から《魔道化リジョン》を召喚!」
魔道化リジョン レベル4 攻撃1300(2)
「更に、私は手札から永続魔法《黒魔術修行その1:使い魔召喚》を発動!このカードは1ターンに1度、手札のマジシャン・ガール1体を墓地へ送ることで、あたしのフィールドに《使い魔トークン》1体を特殊召喚できる!」
直葉のフィールドに赤いリボンを首に就けた黒猫が現れる。
使い魔トークン レベル1 攻撃300(3)
手札から墓地へ送られたカード
・キウイ・マジシャン・ガール
「更に、《魔道化リジョン》の効果!このカードがモンスターゾーンに存在するとき、通常召喚に加えて1度だけ魔法使い族モンスター1体を表側攻撃表示でアドバンス召喚できる。あたしは《使い魔トークン》と《魔道化リジョン》をリリースして、《ブラック・マジシャン》をアドバンス召喚!」
ブラック・マジシャン レベル7 攻撃2500(3)
「そして、《魔道化リジョン》の効果はこのカードがフィールドから墓地へ送られたとき、デッキ・墓地から魔法使い族通常モンスター1体を手札に加える。だけど、この効果は使わないことにするね」
直葉のデッキに入っている魔法使い族通常モンスターは《ブラック・マジシャン》1体のみ。
効果を使っても意味がないことはわかっている。
だが、まだまだ止まるつもりはない。
「私はさらに手札から魔法カード《黒魔術のヴェール》を発動。ライフを1000支払い、手札・墓地から闇属性・魔法使い族モンスター1体を特殊召喚する!あたしは墓地の《魔道化リジョン》を特殊召喚!」
直葉
LP4000→3000
魔道化リジョン レベル4 攻撃1300(2)
「現れて、魔力を繋ぐサーキット!アローヘッド確認!召喚条件はトークン以外の魔法使い族モンスター1体以上。あたしは《ブラック・マジシャン》と《魔道化リジョン》をリンクマーカーにセット。サーキットコンバイン!リンク召喚!現れて、リンク2!《リーフパイ・マジシャン・ガール》!」
肌色のとんがり帽子とスカート付きビキニを模したローブ姿をした小学生くらいの少女がフィールドに現れる。
リーフパイ・マジシャン・ガール リンク2 攻撃1900(EX1)
「《魔道化リジョン》の効果発動!墓地の《ブラック・マジシャン》を手札に加える。さらに、《使い魔召喚》の効果発動!あたしのメインモンスターゾーンにモンスターが存在しないとき、このカードを墓地へ送ることで、墓地からマジシャン・ガール1体を特殊召喚できる。あたしは《キウイ・マジシャン・ガール》を特殊召喚!」
2本角の悪魔をもした帽子と黒いスパッツと水色のアーマーを重ね着した女性が《黒魔術修行その1:使い魔召喚》が変化した渦の中から飛び出す。
キウイ・マジシャン・ガール レベル5 攻撃1900(2)
黒魔術修行その1:使い魔召喚
永続魔法カード
このカード名の(1)(2)の効果はそれぞれ1ターンに1度ずつしか使用できない。
(1):自分フィールドに魔法使い族モンスターが存在するとき、自分の手札に存在する「マジシャン・ガール」モンスター1体を墓地へ捨てることで発動できる。自分フィールドに「使い魔トークン」1体を特殊召喚する。
(2):自分メインモンスターゾーンにモンスターが存在しないとき、自分フィールドに存在するこのカードを墓地へ送ることで発動できる。墓地に存在する「マジシャン・ガール」モンスター1体を特殊召喚する。この効果を使用したターン、自分は魔法使い族以外のモンスターを召喚・特殊召喚できない。
使い魔トークン
レベル1 攻撃300 守備300 トークン 闇属性 魔法使い族
「黒魔術修行その1:使い魔召喚」の効果で特殊召喚される。
このカードは魔法使い族モンスター以外のS召喚・X召喚・融合召喚・リンク召喚の素材にすることができない。
「さらに、《リーフパイ・マジシャン・ガール》の効果発動!このカードのリンク先にマジシャン・ガールが特殊召喚されたとき、デッキから《融合》、もしくは《ティマイオスの眼》を手札に加える。あたしは《ティマイオスの眼》を手札に加える!」
《リーフパイ・マジシャン・ガール》がリーフパイ型のオレンジ色の宝石がついたステッキを天にかざす。
デュエルディスクから《ティマイオスの眼》が自動排出され、直葉の手札に加わる。
「さらに、《リーフパイ・マジシャン・ガール》の効果発動!このカードのリンク先に存在するあたしの魔法使い族モンスター1体をリリースすることで、手札からレベル7以下の魔法使い族モンスター1体を特殊召喚できる。あたしは《キウイ・マジシャン・ガール》をリリースして、もう1度《ブラック・マジシャン》を特殊召喚!」
ブラック・マジシャン レベル7 攻撃2500(1)
リーフパイ・マジシャン・ガール
リンク2 攻撃1900 リンク 知属性 魔法使い族
【リンクマーカー:下/左下】
トークン以外の魔法使い族モンスター1体以上
このカード名の(1)(2)の効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できない。
(1):このカードのリンク先に「マジシャン・ガール」モンスターが特殊召喚されたとき、自分のデッキに存在する「融合」または「ティマイオスの眼」1枚を対象に発動できる。そのカードを手札に加える。
(2):このカードのリンク先に存在する自分の魔法使い族モンスター1体をリリースすることで発動できる。手札に存在するレベル7以下の魔法使い族モンスター1体を特殊召喚する。この効果で特殊召喚されたモンスターは攻撃できず、ターン終了時に墓地へ送られる。
(3):このカードのカード名は墓地に存在する限り、「ブラック・マジシャン」としても扱う。
「そして、あたしは手札から魔法カード《ティマイオスの眼》を発動!このカードはフィールドのブラック・マジシャンモンスター1体を墓地へ送り、そのモンスターを融合素材としてカード名に記されている融合モンスター1体を融合召喚する!」
《伝説の竜ティマイオス》が《ブラック・マジシャン》の背後に現れ、その瞳を青く光らせる。
すると、《ブラック・マジシャン》の姿が次第に《呪符竜》へと変化させていった。
呪符竜 レベル8 攻撃2900(2)
「あたしはこれで、ターンエンド!」
直葉
手札5→0
LP3000
場 リーフパイ・マジシャン・ガール(リンク先:《呪符竜》) リンク2 攻撃1900(EX1)
呪符竜 レベル8 攻撃2900(2)
コアラ
手札5
LP4000
場 なし
「ぐうう…食わせろ…食わせろぉ…」
ジュルルと口から垂れているつばをすすり、コアラがジロリと直葉のフィールドのモンスターたちを見る。
彼の眼にはどのモンスターも極上の肉に見えているようで、そんな彼の目線が恐ろしいようで、《リーフパイ・マジシャン・ガール》は涙目になる。
「フフ、ドロー…」
コアラ
手札5→6
「グフフ…《おとぼけオポッサム》、召喚…」
おとぼけオポッサム レベル2 攻撃800(3)
「手札からフィールド魔法《深き森》発動…!」
発動と同時に、周囲にアスファルトに次々とひびが入り、どこから木が生えてくる。
木々が3人の姿を隠していく。
「この木…ソリッドビジョンじゃない!?」
「そりゃあそうだろ…精霊の力が宿ってるやつとのデュエルなんだからな。モンスターだけが現実に影響を与えるわけじゃあねえ!」
「《おとぼけオポッサム》の効果…。このカードの攻撃力よりも高い攻撃力を持つモンスターが相手フィールドに存在するとき…このカードを破壊する…!」
《おとぼけオポッサム》が木々の中へと姿をくらます。
同時にズシン、ズシンと足音とアスファルトが砕ける音が聞こえてくる。
「このカードは…自分フィールドの獣族モンスターが破壊されたとき…ライフを1000支払うことで、手札・墓地から特殊召喚できる…。だが、《深き森》の効果により、そのライフコストを0にする」
「ライフを支払わないで《グリーン・バブーン》を召喚!?」
巨大なゴリラの手が邪魔な木々をどかし、《森の番人グリーン・バブーン》が姿を現した。
森の番人グリーン・バブーン レベル7 攻撃2600(1)
コアラのような姿のステージ2であることから、獣族を使ってくることは予想できた。
《森の番人グリーン・バブーン》を使ってくることも重々承知していたが、まさかサポートカードを使ってライフコストを帳消しにしてくるとは思わなかった。
「永続魔法…《フィールドバリア》。お互いにフィールド魔法を破壊・発動できない…。《深き森》の効果発動…」
《森の番人グリーン・バブーン》の姿がまるでカメレオンのように森の中へ溶け込んでいき、姿を隠していく。
いきなり目の前の化け物がいなくなったことで、2体のモンスターは直葉のそばに現れたアカネと一緒にキョロキョロと探し始める。
「《深き森》…俺のフィールドの表側表示モンスターが獣族モンスター1体のみのとき…そのモンスターはダイレクトアタックできる」
「ということは…直葉!!」
「ハンマー・クラブ・デス…ミンチになれぇ!」
《森の番人グリーン・バブーン》が直葉の背後に突然現れ、持っている棍棒を振り下ろす。
アカネがバリアを展開させ、威力を軽減させたものの棍棒は直葉の頭に直撃する。
「キャアア!!」
頭から激痛を感じた直葉は悲鳴を上げながら両手で頭を抱えた。
もし変身していなかったら、頭どころか体そのものが彼の言う通りミンチになっていたかもしれない。
直葉
ライフ3000→400
「グフフ…カードを2枚伏せ、ターンエンド…」
直葉
手札0
LP400
場 リーフパイ・マジシャン・ガール(リンク先:《呪符竜》) リンク2 攻撃1900(EX1)
呪符竜 レベル8 攻撃2900(2)
コアラ
手札6→1
LP4000
場 森の番人グリーン・バブーン レベル7 攻撃2600(1)
フィールドバリア(永続魔法)(3)
伏せカード2(2)(4)
深き森(フィールド魔法)
「あたしのターン…!」
「直葉、大丈夫!?」
右手で頭を抱え、立ち上がる直葉だが、タラリと一筋の血が流れ、緑に変化した瞳を赤く濡らす。
頭の中が響く感じがするが、少なくとも今の直葉にとっては死に至るようなダメージではない。
「直葉!!」
「大丈夫…。誠君って、こんなに痛いの、何度も我慢してたんだね…」
ダメージを受け、攻撃を受ける瞬間、体がすくむほどの恐怖を感じた。
だが、誠はステージ2と何度も戦う中で、このような痛みと恐怖に何度も襲われていた。
きっと、サイキック族のステージ2から自分を救うために戦っていた時も。
そのことが本当は逃げ出したいほどの恐怖に耐える力を与える。
「怖い…けど、負けない!あたしだって…あたしだって誠君みたいに、誰かを助けられるくらい強くなりたいから!」
「直葉…」
直葉はデッキトップに指をかける。
《森の番人グリーン・バブーン》を倒したとしても、次のターンにコアラが攻撃力400以上の獣族モンスターを召喚されたら、《深き森》の効果によるダイレクトアタックで敗北してしまう。
《森の番人グリーン・バブーン》と《深き森》の両方を対処しなければ、次のターンがない。
「ドロー!!」
直葉
手札0→1
「あたしは手札から《黒き森のウィッチ》を召喚!」
三つの目を持ち、両肩を露出させた黒い分厚めのローブ姿の女性魔導士が現れる。
黒き森のウィッチ レベル4 攻撃1100(5)
「現われて、魔力をつなぐサーキット!アローヘッド確認。召喚条件は魔法使い族モンスター2体以上。あたしは《リーフパイ・マジシャン・ガール》と《黒き森のウィッチ》をリンクマーカーにセット。サーキットコンバイン!リンク召喚!現れて、リンク3!《アイスクリーム・マジシャン・ガール》!」
真っ白な巫女服を模したローブ姿で、氷の結晶がついた長杖を両手で握る少女が現れると同時に、森の中に粉雪が降り始める。
アイスクリーム・マジシャン・ガール リンク3 攻撃2300(EX2)
「《黒き森のウィッチ》の効果発動!このカードがフィールドから墓地へ送られたとき、デッキから守備力1500以下のモンスター1体を手札に加えるよ。あたしは《マジシャンズ・ロッド》を手札に加える!」
「罠発動…《奈落の落とし穴》!!攻撃力1500以上のモンスターが召喚・反転召喚・特殊召喚されたとき…そのモンスターを破壊して除外する…ギヒヒヒ!」
《アイスクリーム・マジシャン・ガール》の足元に紫の渦の穴が出現し、その中へ引きずり込まれようとする。
しかし、なぜか《森の番人グリーン・バブーン》が《アイスクリーム・マジシャン・ガール》を突き飛ばし、自らが身代わりとなってその穴の中へ入っていった。
「何…??」
「《アイスクリーム・マジシャン・ガール》が相手の攻撃・効果で破壊されるとき、代わりにこのカードのリンク先に存在するモンスター1体を破壊できる!」
「それで、《グリーン・バブーン》に身代わりになってもらったってわけ!」
《おとぼけオポッサム》が次のコアラのターンに再びフィールドに戻り、その効果とのコンボで再び《森の番人グリーン・バブーン》が特殊召喚される可能性がある。
だが、直葉のフィールドには《アイスクリーム・マジシャン・ガール》と《呪術竜》の2体が存在する。
このターンの間にとどめを刺すことができる。
「バトル!《呪術竜》でダイレクトアタック!マジックデストーション!」
《呪術竜》の口から青い魔力のブレスが発射され、コアラとその後ろにある木々を焼き尽くしていく。
コアラ
LP4000→1100
「更に、《アイスクリーム・マジシャン・ガール》でダイレクトアタック!アイスクリーム・シュート!」
《アイスクリーム・マジシャン・ガール》がコーン付きアイスを模した氷を召喚し、それをコアラに向けて発射する。
しかし、コアラの目の前にピンク色の《羊トークン》が出現し、そのモンスターが身代わりとなって消滅した。
「速攻魔法…《スケープ・ゴート》…」
羊トークン×3 レベル1 守備0(2)(4)(5)
(このタイミングで…リンク素材かシンクロ素材にするつもりで…?)
もし、ダメージを受けずに自分のターンを迎えたかったら、最初の《呪術竜》の攻撃の時に《スケープ・ゴート》を発動しているはずだ。
おまけに《アイスクリーム・マジシャン・ガール》のリンク先にならないようにモンスターを並べている。
「あたしはこれで、ターンエンド」
直葉
手札1(《マジシャンズ・ロッド》)
LP400
場 アイスクリーム・マジシャン・ガール リンク3 攻撃2300(EX2)
呪符竜 レベル8 攻撃2900(2)
コアラ
手札1
LP1100
場 羊トークン×3 レベル1 守備0(2)(4)(5)
フィールドバリア(永続魔法)(3)
伏せカード1(4)
深き森(フィールド魔法)
「ドロー…」
コアラ
手札1→2
「グフフ…現れろ、神へ導く未来回路…。アローヘッド確認。召喚条件は獣族モンスター3体…。グウウ、《羊トークン》3体をリンクマーカーにセット…。サーキットコンバイン…!!リンク召喚。現れよ、リンク3。《悲劇の獣クーボ》…!」
森の木の一部の葉がユーカリへと変化していき、コアラの目の前には《ビッグ・コアラ》並みの巨体で、コアラには似合わない毛皮でできた布きれを身に着けた灰色のコアラが現れ、むしりとったユーカリの葉を口にする。
悲劇の獣クーボ リンク3 攻撃2400(EX1)
「やっぱり獣族のリンクモンスターを…!」
「《深き森》の効果により…《クーボ》はダイレクトアタックできる…」
《悲劇の獣クーボ》が右手を直葉に向けて振り下ろす。
この攻撃を受けたら、直葉のライフが0になる。
「直葉!!」
「あたしは《アイスクリーム・マジシャン・ガール》の効果発動!相手モンスターの攻撃宣言時、このカードをリリースすることで、その攻撃を無効にする!」
《アイスクリーム・マジシャン・ガール》が姿を消し、直葉の周囲に吹雪が発生する。
吹雪によって彼女の姿が見えなくなり、吹雪に触れた瞬間、手が凍り始めたのを見た《悲劇の獣クーボ》は攻撃を中断する。
「そして、墓地から《ティマイオスの眼》とブラック・マジシャンモンスターを1枚ずつ手札に加える。あたしは《ブラック・マジシャン》と《ティマイオスの眼》を手札に加える!」
「《悲劇の獣クーボ》の効果…。1ターンに1度、フィールド魔法が発動しているとき…墓地から獣族・鳥獣族・獣戦士族モンスター1体を特殊召喚できる…。《グリーンバブーン》を特殊召喚…」
《悲劇の獣クーボ》が凍った手を左腕で包んで温めつつ、左ひじで近くの巨木をたたく。
すると、森の奥深くから再び《森の番人グリーン・バブーン》が戻ってきた。
森の番人グリーン・バブーン レベル7 攻撃2600(4)
「そして、《クーボ》の攻撃力はこのカードのリンク先に存在する獣族・鳥獣族・獣戦士族モンスターの数×400アップする…」
悲劇の獣クーボ リンク3 攻撃2200→2600(EX1)
アイスクリーム・マジシャン・ガール
リンク3 攻撃2300 リンク 水属性 魔法使い族
【リンクマーカー:右上/左上/下】
魔法使い族モンスター2体以上
(1):このカードが相手の攻撃・効果によって破壊されるときに発動できる。代わりにこのカードのリンク先に存在するモンスター1体を破壊する。
(2):相手の攻撃宣言時、自分フィールドに存在するこのカードをリリースすることで発動できる。その攻撃を無効にする。その後、自分の墓地から「ティマイオスの眼」と「ブラック・マジシャン」モンスターを1枚ずつ手札に加える。
(3):このカードのカード名は墓地に存在する限り、「ブラック・マジシャン」としても扱う。
「さらに…自分フィールドに獣族リンクモンスターが存在するとき…《ユーカリ・バード》はそのリンク先に特殊召喚できる…」
両翼がユーカリの葉のような緑色で、くちばしにユーカリの葉を加えたロリキートが現れる。
ユーカリ・バード レベル3 守備800(3)
悲劇の獣クーボ リンク3 攻撃2200→3000(EX1)
「これで…ターンエンド…」
直葉
手札1→3(《ティマイオスの眼》《ブラック・マジシャン》《マジシャンズ・ロッド》)
LP400
場 呪符竜 レベル8 攻撃2900(2)
コアラ
手札1
LP1100
場 悲劇の獣クーボ(リンク先:《森の番人グリーン・バブーン》《ユーカリ・バード》) リンク3 攻撃3000(EX1)
ユーカリ・バード レベル3 守備800(3)
森の番人グリーン・バブーン レベル7 攻撃2600(4)
フィールドバリア(永続魔法)(3)
伏せカード1(4)
深き森(フィールド魔法)
「あたしのターン、ドロー!」
直葉
手札3→4
「あたしは《マジシャンズ・ロッド》を召喚!」
マジシャンズ・ロッド レベル3 攻撃1600(1)
「このカードの召喚に成功したとき、ブラック・マジシャンのカード名が書かれた魔法・罠カードをデッキから手札に加えることができる。あたしはデッキから《黒魔術修行その2:七変化》を手札に加える。そして、手札から魔法カード《ルドラの魔導書》を発動!あたしの手札・フィールドの魔導書かフィールドの魔法使い族モンスター1体をリリースして、デッキからカードを2枚ドローする。あたしは《マジシャンズ・ロッド》をリリースして、デッキからカードを2枚ドロー!」
役目を終えた《マジシャンズ・ロッド》が消滅し、新たに2枚のカードが手札に加わる。
そのうちの2枚はフィールドに存在する《ブラック・マジシャン》を要求するカード。
しかし、肝心の《ブラック・マジシャン》はまだ手札の中だ。
「あたしは手札から魔法カード《死者蘇生》を発動!その効果で墓地から《アイスクリーム・マジシャン・ガール》を特殊召喚!」
アイスクリーム・マジシャン・ガール リンク3 攻撃2300(2)
「更に手札から魔法カード《埋葬呪文の宝札》を発動!墓地の魔法カード3枚を除外して、デッキからカードを2枚ドロー!」
墓地から除外されたカード
・死者蘇生
・黒魔術修行その1:使い魔召喚
・ルドラの魔導書
「そして、手札から速攻魔法《ディメンション・マジック》を発動!あたしのフィールドに魔法使い族モンスターが存在するとき、あたしのフィールドのモンスター1体をリリースして、手札の魔法使い族モンスター1体を特殊召喚できる。あたしは《呪符竜》をリリースして、手札の《ブラック・マジシャン》を特殊召喚!」
(《アイスクリーム・マジシャン・ガール》じゃなくて、どうして《呪護竜》を!?)
攻撃力が彼女のフィールドでは一番高いはずのそのモンスターが消滅し、フィールドに再び《ブラック・マジシャン》が現れる。
ブラック・マジシャン レベル7 攻撃2500(2)
「そして、《ディメンション・マジック》の効果発動!相手フィールドのモンスター1体を破壊する!」
古代エジプト風の棺が《悲劇の獣クーボ》の背後に出現し、扉が開くと同時にその中へそのモンスターを吸い込んだ。
棺が閉まると、その真下に出現した紫色の渦の中へと消えていった。
「《ユーカリ・バード》の効果発動…。このカードのリンク先のモンスターが相手によってフィールドから離れたとき、このカードをリリースすることで、相手フィールドに存在するカードを1枚墓地へ送る…。《アイスクリーム・マジシャン・ガール》を墓地へ」
《ユーカリ・バード》が姿を消し、フィールドに残った羽がミサイルのように《ブラック・マジシャン》に向けて飛んでいく。
《アイスクリーム・マジシャン・ガール》のリンク先にモンスターはなく、このままでは墓地へ送られてしまう。
「あたしは手札から速攻魔法《黒魔術修行その2:七変化》を発動!あたしのフィールドに《ブラック・マジシャン》が存在するとき、あたしのフィールドの他の魔法使い族モンスター1体をリリースすることで、手札・墓地から魔法使い族モンスター1体を特殊召喚できる。あたしは《リーフパイ・マジシャン・ガール》を特殊召喚!」
《アイスクリーム・マジシャン・ガール》が姿を消し、羽根がそのままその後ろにある木に刺さる。
そして、再び《リーフパイ・マジシャン・ガール》がフィールドに現れる。
リーフパイ・マジシャン・ガール リンク2 攻撃1900(2)
黒魔術修行その2:七変化
速攻魔法カード
このカード名のカードは1ターンに1度しか使用できない。
(1):自分フィールドに「ブラック・マジシャン」が存在するとき、自分フィールドに存在するほかの魔法使い族モンスター1体をリリースすることで発動できる。自分の手札・墓地から魔法使い族モンスター1体を特殊召喚する。
「ぐうう…《深き森》の効果…。俺のフィールドに存在するモンスターが獣族モンスター1体のみの時…相手は攻撃宣言できない…」
「その効果があるから、《ユーカリ・バード》の効果を…!」
《ユーカリ・バード》と《悲劇の獣クーボ》がいなくなったことで、フィールドは再び《森の番人グリーン・バブーン》1体のみとなった。
《深き森》はまさに獣族1体のみの時に真価を発揮し、そのモンスターの独壇場へと変貌させるカードだった。
おまけに《フィールドバリア》のせいで破壊が難しくなった点もたちが悪い。
悲劇の獣クーボ
リンク3 攻撃2200 リンク 闇属性 獣族
【リンクマーカー:下/右下/左下】
獣族モンスター3体
(1):1ターンに1度、フィールド魔法が自分・あいてフィールドに表側表示で存在するとき、自分の墓地に存在する獣族・鳥獣族・獣戦士族モンスター1体を対象に発動できる。そのモンスター1体を特殊召喚する。
(2):このカードの攻撃力はこのカードのリンク先に存在する獣族・鳥獣族・獣戦士族モンスターの数×400アップする。
(3):このカードがフィールドに存在する限り、相手はこのカードのリンク先のモンスターを攻撃対象とすることができない。
ユーカリ・バード
レベル3 攻撃400 守備800 効果 風属性 鳥獣族
このカード名のカードは自分フィールドに1体しか存在できない。
(1):自分フィールドに獣族リンクモンスターが存在するとき、手札のこのカードはそのリンク先に特殊召喚できる。
(2):このカードをリンク先としているモンスターが相手によってフィールドから離れたとき、自分フィールドに存在するこのカードをリリースすることで発動できる。相手フィールドのカード1枚を墓地へ送る。
深き森
フィールド魔法カード
(1):自分が「森の番人グリーン・バブーン」をそのカードの効果によって特殊召喚するとき、自分はライフを支払わなくてよい。
(2):自分バトルフェイズ開始時、自分フィールドに存在するモンスターが獣族モンスター1体のみの場合に発動できる。そのモンスターは相手プレイヤーに直接攻撃できる。直接攻撃を行ったターン、自分フィールドのモンスターは攻撃宣言できない。
(3):相手バトルフェイズ時、自分フィールドに存在するモンスターが獣族モンスター1体のみの場合、相手は攻撃宣言できない。
(このままだと、次のターンのダイレクトアタックで…!)
直葉には攻撃を止めるためのカードが今の手札にもデッキにもない。
しかも、《森の番人グリーン・バブーン》か《深き森》を破壊できるカードもない。
だが、ピンチであるにもかかわらず、直葉は笑顔を見せた。
「現れて、魔力をつなぐサーキット!!」
上空に手を伸ばすとともにサーキットが出現する。
《ブラック・マジシャン》と《リーフパイ・マジシャン・ガール》は互いにうなずき合い、すでにそこへ飛び込む準備を整えていた。
「アローヘッド確認。召喚条件はトークン以外の同じ種族のモンスター2体!あたしは《ブラック・マジシャン》と《リーフパイ・マジシャン・ガール》をリンクマーカーにセット!」
「これは…私の出番ね!」
「サーキットコンバイン!力を貸して、あたしの分身!リンク2!《アカシック・マジシャン》」
サーキットが光るとともに、アカネが実体化してフィールドに向かう。
勝負の分かれ目で自分を召喚してくれた直葉の力になろうと、真剣な表情になって杖を構えた。
アカシック・マジシャン リンク2 攻撃1700(EX1)
「《アカシック・マジシャン》…!?」
「《アカシック・マジシャン》の効果発動!このカードのリンク召喚に成功したとき、このカードのリンク先のモンスターを手札に戻す!《グリーン・バブーン》を手札に!」
「飛んで、いっちゃえーーー!!」
アカネが杖を思いっきり地面にたたきつけ、自分を中心に衝撃波を発生させる。
《森の番人グリーン・バブーン》が衝撃波によって吹き飛ばされ、コアラのフィールドががら空きになる。
「バトル!《アカシック・マジシャン》でダイレクトアタック!」
「ええーーーい!」
《アカシック・マジシャン》がコアラに向けて杖からビームを発射する。
セットしているカードは《トラップ・スタン》で、この状況を打破できるものではない。
残った伏せカードは攻撃対応のものではないようで、撃ち抜かれたコアラはあおむけに倒れた。
コアラ
LP1100→0
「ふうう…」
倒れたコアラを見た直葉は元の姿に戻り、その場に座り込むが、右手が光ったように感じ、その手を見る。
右手の中に空欄のカードが現れていた。
誠の真似をするように、直葉はそのカードをコアラに向けて投げると、コアラから青い光が放出され、そのカードの中に吸収されていく。
コアラは80キロ後半くらいあるだろう太った男性に変わり、カードは《ビッグ・コアラ》のカードとなって直葉の手に戻る。
「やった…あたしにも、誠君みたいにできた…」
「おめでとう、直葉!」
「良かった…直葉」
勝利し、無事に精霊を送還することができたことから誠も安堵する。
だが、デュエルによって出現したこの木々は消えることがなく、その木を切り倒し、再び舗装するまでラーメンロードは通行止めになるだろう。
死者は出ていないが、少々交通の便で困ることになるだろう。
パトカーのサイレン音が聞こえてくる。
「警察が来る…。今のうちにここを離れよう」
「うん…あ、あれ??」
誠の手を借りて、立ち上がろうとする直葉だが、ダメージのせいか、それともデュエルでの疲労のためか、足に力が入らず、中々立ち上がれない。
「ど、どうしちゃったんだろう…??」
「まずい…これは!!」
仮にここに警察が来たら、おそらく太った男性は病院に運ばれ、自分たちはここでの一件の参考人、もしくは容疑者として連行されるかもしれない。
もうパトカーのブレーキ音も聞こえ、警察が迫っている。
(おんぶして連れて行ってもいいけど、これじゃあ…)
「動くな、警察だぁ!…って、こいつはひでえな…」
葉巻煙草を口にした、黒い刈上げ気味のヘアスタイルをした若干こわもてな顔立ちの男性、菅原峯二が道路のど真ん中からラーメン屋の駐車場までユーカリなどのさまざまな種類の木が生えていて、こんなことが短時間で起こるのかと首をかしげる。
また、そのラーメン屋がいきつけの場所で、豚骨しょうゆベースのラーメンと少し硬めで食べ応えのあるチャーシューがおいしいところなので、今度新設されるチームの親睦会の会場にしようと思っていた。
これだと営業再開まで時間がかかることに頭を抱えながら、彼は木の隙間をくぐって中に入る。
木の枝が服に刺さるのを気にせず、奥まで入っていくと、そこには誠と直葉の姿があり、驚きの余りポトリと煙草を落としてしまう。
「子供…じゃねえか。にしても、この状況は…」
「ステージ2の仕業っすね。菅原さん」
菅原の隣に、アーマーを装備した徹が現れる。
ヘルメットのバイザーの録画機能を起動しており、録画した映像を送っていた。
「ステージ2…はぁ、こんなのが街中で暴れまわられちゃあ、たまったもんじゃねえなぁ」
彼がステージ2が起こす騒ぎの現場に来たのは初めてで、普通は想像できないような光景を簡単に作り出すことのできる彼らに恐れを抱く。
問題はこれをどう説明し、立証するかだ。
幸い、それについて知っていそうな人物が目の前にいる。
そして、気絶した太った男にも起きた後で事情徴収すればいい。
「何がどうなっているのかわからないが、ちょっと話を聞かせてくれるか?」
「話…ええっと…?」
見たことのないアーマーを装備した人物がいる点は置いておいて、警察に今起こったことを話しても信じてもらえないだろう。
そう考え、何か理由をつけて直葉と一緒にここを出ようと考えていた。
そんな誠の様子を見た菅原はこういう行動に出ようとする誠に納得はしているものの、ため息をつかざるを得ない。
こんな場所にいて、何かを説明しても、おそらく警察はこんな非現実的なことを納得するはずがないだろう。
おそらく自分も、こうして現場に来るまでは納得できなかったかもしれない。
それは分かっているが、まるで警察を信用してもらえていないように思え、情けなく思ってしまう。
「まさかとは思うが、このごろ起こっているこの騒ぎ、お前ら…関係あるだろ?」
録画を終えた徹は2人の前でヘルメットを外した。
「あなたは…?」
「俺は谷村徹、アンノウン対応課っていうわけのわからねー課の警察官だ」