遊戯王VRAINS 幽霊に導かれし少年   作:ナタタク

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特別話7 解決

「さぁて、カラオケに来たわけだし楽しもう!」

侑哉の掛け声に、一斉に皆で声を上げる。

侑哉によって案内されたカラオケに葵、レイ、花恋、誠、直葉、アカネと侑哉を含めた7人でカラオケに入り今に至る。

「それじゃあ、まずは誰が歌う?」

「はい!私が歌います!」

そう元気よく声を上げたのはレイだ。

「レイが歌うのか…ちょっと楽しみだな…皆もそれで良いか?」

「私は別に構わないわよ、レイちゃんが何を歌うのか楽しみだし!」

花恋はそう言って、笑みを浮かべた。

他の皆もそれで構わないといった様子で頷いた。

「よし、じゃあ決まりだな!レイ、よろしくな!」

「はい!お任せください!私の歌でマスターの心を奪ってみせます!」

「お、おう…楽しみにしておくよ」

侑哉は苦笑しながら、そう言った。

「…それでは聞いてください!『smile for you』です」

 

「歌も歌えるなんて…レイってすごいAIだね…」

「よくわからねえぜ…歌って何か意味があるのかよ」

誠達が楽しむ一方、シャドーにはなぜ歌うのかわからずにいた。

シャドー自身、歌うことができないのもあるかもしれないが、そもそも歌が存在する意味が分からない以上はそう考えても仕方ないかもしれない。

「シャドーも聞いていればその内わかるさ…歌の良いところが…まぁ、こういうのは考えるよりも、感じるものだけどね」

シャドーの言葉を聞いた侑哉はそう返す。

「感じるもの、か…」

「そうそう!せっかく来たんだしシャドーも楽しんでくれよ!その方が俺としても嬉しいからな」

侑哉はそう言って笑みを浮かべた。

「じゃあ率直にレイちゃんの歌を聴いてシャドーはどう思うの?」

「さあな。気分よさそうとしか言えねーよ」

「ねえ、葵ちゃんと侑哉君でデュエットは?」

まったく興味がなさそうなシャドーを放っておいて、直葉は恋人同士である2人の歌が聞きたそうに目をキラキラさせる。

「えっ…!」

「良いわね!侑哉、私とデュエットしよ!」

「ちょっ!さすがにそれは恥ずかしいぞ…」

いきなりの提案に侑哉は赤面しつつそう答える。

「良いじゃない!私も侑哉と葵ちゃんのデュエットを聞いてみたいし」

「花恋まで!?…はぁ、わかったよ…でも、とりあえず葵の歌を聞いてからで良いか?」

さすがに今すぐデュエットをするのは恥ずかしいのか、侑哉はそう言った。

「わかったわ!それじゃあ今度は私の歌で侑哉の心を奪ってあげる!」

「あぁ、楽しみにしてるよ」

「マスター!?私の時と反応が違いすぎませんか?」

歌い終わったレイが侑哉と葵の会話を聞いて、そう声を上げる。

「まあまあ、レイちゃん。一緒にお菓子を食べようよ!ほら、いっぱいあるよー!」

テーブルには注文したポッキーやポテトチップスなどのお菓子が山ほど置かれていて、これらのほとんどがアカネが注文したものだ。

LINKVRAINSのカラオケは無料だが、こうした飲食品は有料だ。

請求書の代金を見て、誠は一瞬めまいを起こしそうになる。

(これ…さすがに菊岡さんも怒るだろうな…)

ネット喫茶での支払いのこともあり、さすがにこんな出費をどこまで許容してもらえるのか、疑問に感じる。

交通費や発生した損害の賠償は菊岡が行ってくれるが、気になるのはそれだけのお金を菊岡はどうやって手にしているかだ。

医者の給料が高いとしても、それだけで賄えるほどのものではない。

副業をしている気配もないため、出資者が別にいるのかと勘ぐってしまう。

「誠君…請求書を見てたの?」

「はい、そうなんです…」

花恋に声を掛けられた誠はそう返す。

「どれどれ…なるほどね、これぐらいなら私が払うから、問題ないわよ」

「えぇっ!?本当ですか?」

花恋の思わぬ一言に誠は驚きを露にする。

「お金のことなら心配しなくて良いわ、特許で結構稼いでるから」

花恋はそう言って、誠に笑みを向けた。

「と…特許って、侑哉君、花恋さんってもしかして発明家なの…?」

「うーん、まぁそんなところだよ…色々と発明して、その特許でお金をもらってるんだ…分かりやすいところで言うならAI搭載型の新型デュエルディスクがあるだろ?あれは花恋が設計して、SOLテクノロジーにそのデータを渡したんだ」

「…まぁ、私が渡したのはあくまで大元だけで、その後SOLテクノロジーの人達が色々とアップデートして今の形になったんだけどね」

「へえ…今のデュエルディスクを…」

花恋の話を聞いていたら、レイのようなAIができたのもある意味当然かもしれないと思った。

見た目からは普通のきれいな女性だが、人は見かけによらない。

(じゃあ、僕たちの世界のAI搭載型デュエルディスクって誰が設計して、開発したんだろう…?)

「まぁ、侑哉は新型デュエルディスクよりも旧型のデュエルディスクの方が好きらしいから、それを色々とアップデートしてるんだけどね」

「あぁ、本当にいつもお世話になってるよ…ありがとう」

侑哉は花恋に改めてそうお礼を言う。

実際、花恋のアップデートのおかげで侑哉のデュエルディスクは新型デュエルディスクと同等かそれ以上の性能になっているため、花恋には感謝しかない。

誠はポッキーを食べながら、姉弟の会話を見ていた。

家族構成が似ているからか、ますます彼に親近感を抱くようになっていた。

「あ、そうだ。そろそろ誠君も歌ってみたら?」

「え…!?い、いいよ。僕、歌下手だし!」

「関係ないの!何を選ぶ?」

直葉はすぐに冊子を開き、どの歌を歌うか選ぶよう急かす。

アカネもワクワクしながら誠を見ていた。

「えーっと…」

助けを求めるように侑哉にチラリと視線を向ける。

「…頑張れ、誠!」

「侑哉君まで!?」

「ははっ、冗談だよ…歌うのが恥ずかしいなら、先に俺が歌おうか?」

「じゃ、じゃあ…お願い…」

助け舟を出してくれた侑哉に感謝していると、葵が侑哉にマイクを手渡す。

「はい!侑哉!」

「ありがとう、葵…」

葵からマイクを受け取った侑哉はそう口にする。

「それで…どうだった?私の歌」

「あぁ、最高だったよ!また聞かせてほしいぐらいだ」

「ふふっ!ありがとう…侑哉!」

侑哉の感想に葵は嬉しそうにそう言った。

「それじゃあ、俺も頑張って歌ってみるかな!俺が歌うのは『いつもこの場所で』だ、結構良い歌だから、聞いてくれたら嬉しいかな」

侑哉はそう言って、歌い始めた。

 

「《アカシック・マジシャン》を得た少女がステージ3となったか…」

誠達がいるカラオケのあるビルをLINKVRAINSの上空から仮面の男が見つめる。

Dボードがないにもかかわらず、彼は浮いていて、おまけに警備用ドローンも彼に反応していない。

「彼女には融合召喚を預けていた。これで、人間どもに融合召喚が…ふっ、まあいい」

手に取っている1枚のカードを見る。

紫色の鎧で、《C.C.ジェニオン》と同じく双子座の配置の球体がついた巨大な戦士。

「《C.C.ジェミニア》。お前も感じているな…奴と奴の中にある物を…」

これから起こることを感じ、笑みを浮かべた仮面の男は煙のように姿をくらました。

 

「ふぅ、こんな感じかな…上手く歌えたかはわからないけど」

「すごく上手だったわよ!侑哉!」

「はい!それに関しては私も同意見です!マスターは歌も上手なんですね!」

「さすがにそこまで絶賛されると、照れるな…」

葵とレイから絶賛の言葉を浴びせられ、照れくさいのか、侑哉は少し頬を赤くしながらそう呟いた。

「侑哉の歌を聞いてたら私まで歌いたくなってきちゃった…誠君、次は私が歌っても大丈夫?」

花恋は誠にそう尋ねた。

「はい、お願いします。ところで、何を歌うんですか?」

「そうね…『流星』でも歌おうかしら」

誠は近くにある端末を操作し、『流星』が流れ始める。

「アハハハ、みんな上手上手!」

「にしても、こいつ…どんだけ食うんだ?」

アカネの目の前には空っぽになった皿や丼が積み上げられており、その量にシャドーはげんなりする。

おまけにまだ食べたりないようで、〆のケーキまで注文していた。

精霊であるため、カロリーについては人間と同じ程度と考えるのは適当でないかもしれない、

だが、それでも誰が見ても食べ過ぎだ。

「ね、ねえ…アカネちゃん。食べ過ぎじゃ…」

「えー、いーじゃん。人間界の食べ物っておいしくておいしくて…あ、直葉のことは呼び捨てなのに、私はちゃん付けなんだー」

「いや…だって直葉は幼馴染だから…」

「幼馴染以上…じゃないのー?」

「アカネ!!」

いたずらっ子のように笑いながらからかうアカネにさすがの直葉も顔を赤く染める。

「直葉さんと誠君って仲が良いのね」

「そうだな…まぁ、仲が良いに越したことはないんじゃないか?」

「そうね…」

そう言って、葵は侑哉の手をそっと握り、侑哉に体を預ける。

侑哉はそれに応えるように、その手を握り返した。

「…今度は、二人でカラオケに行くなんていうのも良いかもしれないな」

「ふふっ!そうね…そうすれば侑哉の歌を聞き放題だし」

「俺も葵の歌を聞き放題だしな」

侑哉と葵はそんなふうに会話しながら、お互いに笑いあった。

「あっちはもう出来上がってるー。恋…かぁ…」

誠と直葉、侑哉と葵を見ていると、なんだかアカネも仲の良い異性がほしくなってきた。

自由になったのだから、相手を見つけてそういう仲睦まじいことをしてもよいだろう。

問題はそういう相手を見つけることができるかどうかだが。

「じゃあ、そろそろ誠君の番だね」

花恋が歌い終わるのを見た直葉はフフフと笑いながら誠にせまる。

「やっぱり…歌わないと…駄目?」

「俺も聞いてみたいな、誠の歌…それに、割と皆歌ってるし今度は誠の番じゃないか?」

侑哉も直葉の意見に賛成なのか、誠の方を見ながらそう言った。

「わ、分かった…じゃあ…」

ついに観念した誠はマイクを受け取り、曲を探し始める。

MeTubeで聞きかじっただけで、歌えるかどうかの自信はないものの、とりあえず某元ヤクザが大暴れするゲーム2作目のリメイク版のテーマ曲『A』を選んだ。

「どんな感じなんだろうか…楽しみだな」

侑哉はそう呟いて、曲を聞き始めた。

 

 

「そういえば、デュエットする曲は決まった?」

「まぁ、一応は…『千の言葉』っていう曲なんだけど」

葵にデュエットする曲について聞かれた侑哉は、自分の中で歌いたい曲について答える。

「『千の言葉』か…良い曲よね、私も好きよ!」

「そっか…それなら良かった!」

「それじゃあ、それで決まりね!侑哉とのデュエット、楽しみだなぁ…」

葵はそう言って、嬉しそうな表情を浮かべる。

侑哉もそれに釣られて思わず笑みを溢した。

「それにしても、誠君こういう歌も歌うんだ…意外だなぁ…」

誠が歌っている曲はヘビメタ気味のロックで、シャイな誠が歌うものとは思えないものだ。

歌っていることで若干ハイになっているようで、ノリノリになっていた。

「おぉ…すごいテンションになってるな…まぁ、こういう曲ならあんな風になるのも無理はないか」

侑哉自身もヘビメタ気味の曲ではないが、『OVERLAP』という曲でかなりテンションが上がったことがあるため誠の今の状態がなんとなく理解できた。

「ふうう…」

歌い終わった誠は疲れた様子で席につき、マイクを直葉の渡す。

人前で歌うのは彼にとって想像以上にエネルギーを使うことなのだろう。

「あ、そうだ!葵。私と一緒に歌ってみない?」

「直葉さんと…?私は構わないけど…せっかくだし、アカネさんと歌ったら?カラオケに一番行きたがっていたのはアカネさんなんだし」

葵は直葉にそう提案する。

葵は侑哉から今回カラオケに行った理由を聞いていたため、カラオケに行ったのはアカネとの約束を守るためであることも知っていた。

だからこそ、直葉にアカネと歌うことを勧めた。

「それもそうだね…!じゃあ、アカネとは…」

直葉は端末で2人で歌う音楽を探し始める。

そうしていると、『crossing field』という曲に手が止まる。

これはデュエットの曲ではなく、歌いたくて手を止めたわけではない。

自分でも、なぜこの曲が気になったのかわからない。

「直葉さん?どうかしたのか?」

侑哉はそう言って、直葉の手が止まった曲を見る。

(あれは…『crossing field』か、なるほどな…)

直葉の手が止まった理由に検討がついた侑哉は納得したような表情を浮かべる。

「ええっと、直葉。この曲はどうかな?」」

急いで誠は『storia』という曲を選び、それを直葉とアカネに見せる。

「ふぅーん、いい曲で歌いやすそう。私はいいと思うけど、直葉は?」

「じゃ、じゃあ…これで…」

(こいつ…あの直葉って女と話しているとたまに違和感があるな…)

直葉が何かを気にすると、すぐにそれから逸らそうとするかのように誠は話題を変えたりする。

何か直葉に隠したいことでもあるのかと気になってしまう。

(ちっ…何を気にしてやがる!こいつはあくまで一時的な関係だ!気にすることはねえんだ…)

「うーん…何か引っかかるな…」

「侑哉…?どうかしたの?」

「あぁ、いや大したことじゃないよ…」

「そう?それなら良いけど…」

葵とそんな会話を交わしながら、侑哉は思考を始める。

(…もしかしたら、直葉は潜在的にSAO事件について覚えているのかもしれないと思っていたけど、それだけじゃなさそうだな)

直葉が曲を選ぶ時に手が止まったことについて侑哉はある仮説を立てていた。

それは直葉がSAO事件について潜在的に覚えている、といった仮説だ。

某想定科学ADV風に言うならば、別の世界線の記憶がデジャヴとして残っているといった所だろう。

もちろん、それも疑問の一つではあったが侑哉がそれ以上に気になったのは誠の先ほどの態度だ。

まるで何か直葉に知られたくないことがあるかのように話しを逸らしていた。

(…それに、どうしても一つだけ気になっていたことがある…誠の世界に何故、キリトがいない?少なくとも直葉と明日奈さんは居た…菊岡さんだって居た、だけどキリトの存在だけがなかった…まるで世界から消されたみたいに…)

もちろん、以前侑哉が立てた仮説が間違っていて、キリトが存在しない世界だという可能性もある…だが、この胸の引っかかりを解消することはできなかった。

(…もしかして、それが誠が隠していることなのか?だとすれば、誠はキリトについて知ってるのか?)

「…あのさ、誠…一つ聞いて良いか?」

「何かな?」

急に質問してきた侑哉に驚くも、笑みを浮かべて元の調子に戻ったことを示す。

「キリト…いや、桐ヶ谷和人って言った方が良いか?その名前に聞き覚えはあるか?最悪、どっちの名前でも良いけど…」

「…!?う、ううん…知らない…」

一瞬目を大きく見開いた誠だが、目を背けながら見え見えのウソをつく。

桐ケ谷和人という名前に触れられたくないものがあるのか。

それとも、直葉について隠していることはその名前に関係することなのか。

「…そうか、知らないなら良い…悪いな、変なこと聞いちゃって…さぁ、カラオケの続きだ!直葉さんは結局何を歌うんだ?」

侑哉はそう言って、話を無理やり変える。

(…誠は明らかに嘘をついている…そんなに知られたくないことなのか?後で誠だけ呼び出して聞いてみた方が良いか?)

侑哉はそんな風に思考しながら、誠に視線を戻した。

「じゃあ、誠君が選んでくれた曲で!アカネ、行こう!」

「うん!」

アカネと直葉はそれぞれマイクを握り、『storia』を歌い始める。

2人が歌っている間、誠は先ほど直葉が気にしていた曲のことを考えていた。

(あれは…気に入っていた曲。家で一緒に遊んでくれた時に聞かせてくれた曲…)

「…誠、ちょっと良いか?」

誠がその曲について考えていると、侑哉が誠にそう声を掛ける。

「侑哉君…どうしたの?」

「皆の飲み物を入れて来ようと思っているんだけど…さすがに1人で全部持っていくのは無理だから手伝ってくれないか?」

「うん、いいよ」

立ち上がった誠は侑哉と一緒に部屋を出て、ドリンクバーへ向かう。

LINKVRAINSでは空想でしかないが、水分を補給したり食事をとることができる。

味覚と腹持ちは再現されているようで、実際に誠は菓子を食べたときにおなかが膨らんだのを感じた。

誠は直葉やアカネたちが飲むような飲料を選び、コップに入れ始める。

「…悪いな、手伝ってもらっちゃって」

「気にしないで、僕もちょうど喉が渇いてたから」

誠はそう言いながら、作業を続ける。

「それなら良かった…ところで、誠…やっぱりお前は桐ケ谷和人について何か知ってるんだろ?」

再び桐ケ谷和人の名前を耳にし、誠の手が止まる。

明らかに図星だった。

「その反応を見るに図星だな…まぁ、話したくないなら無理に話さなくても良いけどさ…だけど、いずれは話さなくちゃならない時が来ると思う」

侑哉は作業を続けながら、誠にそう告げる。

「…分かってる。でも、話すことで直葉と姉さんを…失いたくない」

桐ケ谷和人について知っていることを認めつつも、不安と恐怖の混ざった声で、侑哉に目を向けることなくつぶやく。

「…そっか、なら、俺からはこれ以上は聞かない…悪かったな、嫌なことを聞いちゃって…」

侑哉はそう言って、誠に謝罪する。

疑問を抱いたとはいえ、誠の心の傷を抉ったような気になり、申し訳なく思ったからだ。

確かに、それぐらいの覚悟を持って聞いたつもりだが実際にあんな反応をされれば、さすがに堪える。

「…さて、飲み物も入れ終わったし皆のところに戻るか!まだまだお楽しみはこれからだしな!」

侑哉はそう言って、誠に笑みを向けた。

「うん…」

首をわずかに縦に振り、入れたばかりのドリンクをお盆にのせると、先に部屋へ戻っていった。

「…さて、俺も戻るか…それにしても、誠は俺が桐ケ谷和人について何で知っているのか気にならなかったのか?」

誠の様子を見るに他の人達は桐ケ谷和人については知らない可能性が高い。

だとすると、誠からすれば侑哉が桐ケ谷和人について知っているのは有り得ないことのはずだ。

「まぁ、今は考えてもわからないよな…」

侑哉はそう呟いて、部屋へ戻っていった。

 

「スー…スー…」

しばらくすると、すっかり遊び疲れたのか、アカネはぐっすりと眠っていた。

直葉も彼女と一緒に眠っていて、誠は借りた毛布を2人に掛ける。

「すっかり楽しんだみたいだ…。これじゃ、帰るにも起きるのを待たないと」

2人の寝顔を見て、誠は笑みを浮かべる。

ステージ3になってしまった以上、直葉はこれから何が起こるかわからない。

だからせめて、この間は静かに眠っていてほしいと願った。

「お帰り、侑哉!」

「あぁ、ただいま!」

「それじゃあさっそくデュエットしよ!」

侑哉とのデュエットをよほど楽しみにしていたのか、葵は侑哉に詰めよりながらそう口にする。

「いきなりだな…まぁ、良いか…それじゃあやってみよう!」

侑哉はそう言って、笑みを浮かべる。

「…まぁ、直葉さんとアカネは寝ちゃってるけどな…」

「確かにそうね…でも、『1000の言葉』はそこまで激しい曲じゃないから大丈夫だと思う…」

「それもそうか…よし、それじゃあ歌ってみようか!」

「うん!」

そうして、侑哉と葵は歌い始めた。

 

「うーん、楽しかったぁー!」

「本当だね。またみんなで行きたいね」

カラオケボックスから出て、思いっきり歌うことができたためにアカネはすっかり満足している。

誠達の世界へのゲートは開いたままで、他のアカウントには見えていないのか、みんな変わらずデュエルに興じている。

「ありがと、約束守ってくれて…」

「気にしなくて良いよ…むしろ、自分から約束したのに忘れたらダメだろ?」

侑哉は笑みを浮かべながらそう口にする。

「はぁ…侑哉は相変わらずね…まぁ、それが侑哉の良い所でもあるんだけど」

「葵…?それってどういう意味だ?」

「教えない…」

葵はそう言って、目を逸らす。

その様子はどことなく楽しそうだった。

「うーん、よくわからないけど…まぁ、良いか」

侑哉はそう言って、少し間を置いてから言葉を紡いだ。

「誠、色々とそっちは大変かもしれないけど頑張れよ!お前がピンチの時は助けに行くからさ!」

「うん…。きっとまた、会えるよね…?」

誠の世界と侑哉の世界は本来で交わることのない平行世界。

花恋の装置で世界を超えたようだが、それにまたあのお堂が答えるかどうかは分からない。

誠が思うように、直には会えないかもしれない。

「大丈夫だ、きっと会えるさ!まぁ、確証はないけどな…だけど、そう信じることが大切なんじゃないかな?」

「そう…だね。信じる…か…」

笑みを浮かべた誠は静かにうなずく。

その眼には確かに何かの決意が宿っていた。

(信じる…今はそれしかない。そうしたら、いつの日かきっと…)

「…これなら、大丈夫そうだな…またな!誠!」

侑哉はそう言って、誠に手を振る。

「また遊ぼうねー!!」

「助けてくれてありがとー!!」

「いつかまた…侑哉君!」

誠達はサーキットの中へ入っていき、元の世界へ帰っていく。

そして、サーキットはもう1枚の《D.C.サイバスター》に変化すると、ヒラヒラと侑哉の手に落ちてくる。

「これって…《D.C.サイバスター》!?どうしてこのカードが…」

「侑哉、そのカードは…?」

侑哉の反応が気になったのか、葵は侑哉にそう尋ねる。

「このカードは誠がスキルで手に入れたカードなんだ…それが、何でか俺の所にも来たみたいだ」

「どれどれ…?これは、多分侑哉の力が影響してるのかもしれないわね…そもそもこのカードは侑哉の力と誠君の力が合わさって出来たものだしね」

花恋は侑哉のカードを見ながら、そう呟く。

「なるほどな…つまり、友情の証みたいなものってことか…そういうことなら、ありがたく使わせてもらうか!」

「うぅ…また私の出番が少なくなりそうです…」

「そのことについては問題ないさ…これからも頼りにさせてもらうよ、レイ!」

「マスター…!ありがとうございます!」

侑哉の言葉にレイはパアッと顔を輝かせてそう口にした。

「…うふふ、こっちは相変わらず元気ね…それにしても、侑哉があそこまで能力を開花させるなんて…」

花恋は侑哉が開花させた新たな力を思いだしながら、一人そう呟く。

(侑哉の潜在能力の高さは知っていたけど、覇王の力とでも言うのかしら…あんな力が侑哉に眠っているなんて…これも何度も世界を渡った影響なの?)

「花恋?どうかしたのか?」

「…あ、ごめんごめん、ちょっと考え事してたわ…気にしないで」

花恋はそう言って、誤魔化すように笑みを浮かべる。

「そっか…それなら良いけどさ、さて…俺達も帰ろう!ご飯の用意もしなくちゃならないしな」

「それじゃあ、今日は私も手伝うわ!ついでに侑哉の家に泊まっても良い?」

「葵が来てくれるなら、俺としては大歓迎だよ!」

侑哉と葵はそんなふうに会話を交わす。

そして、そのまま侑哉達は自分達の家に帰っていった…別の世界の友のことを思い浮かべながら。

 

「…戻ってきた」

サーキットを渡った誠達は馬廻神社のお堂の前に立っていた。

上空には先ほど通ったサーキットがあり、そこからは侑哉達の世界のLINKVRAINSの光景が写っていたが、次第にそのサーキットは消えていった。

「なんだか…不思議な体験だったね」

「うん。けど、ますますこのお堂のことが分からなくなった気がするよ。菊岡さんに話して、お堂とその付近には誰も入らないようにしないと…」

仮にこのお堂の力で別の世界とのつながりができたとしたら、何も知らない人が巻き込まれる可能性がある。

今回の一軒のことを考えると、このお堂への対処も考えなければならない。

そして、直葉のことも含めて。

(侑哉君…僕、信じてやってみるよ。だから、また会おう…)

「誠君」

「何?直葉」

「誠君にはいっぱい聞きたいことがあるよ。でも…何があっても、あたしはあなたを信じてるから」

「…ありがとう、直葉」

きっと、直葉には隠していたことを何もかも話さなければならなくなる時が来る。

いつまでもその秘密を隠すことはできない。

誠は自分のデッキをじっと見る。

(話してしまったら、もう2度とこの日常は戻ってこないかもしれない。でも、それを認めるつもりもないし、奪われるつもりもない。強くなろう…今よりももっと。少しずつでも…)


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